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涙無しに読めない先帝への忠心=「前出師の表」1

「世説新語」シリーズでは中国の主に三国、東西の晋の時代に活躍した歴史上の人物に纏わるエピソードを玩わいました。歴史を動かした英雄たちの「えっ?」という零れ話の数々は、現代社会を生きるわれわれから見ても、是非とも追随すべきものから、くすりと笑える気楽なもの、その真偽が訝しいもの、さらには、決して真似できずに反面教師としたいものまで千差万別でした。人間のドラマは今も昔もちっとも変わりませんね。

さて、今回から少し「毛色」を変えましょう。古来、中国の政治家や軍人、または文人たちが残した美文、名文が現代まで数多く伝わっています。後世の時代にも大きな影響を与えて、それぞれが歴史の積み重ねを繰り返してきた。怒り、憎しみ、諦め、喜び、悲しみ、忠心、懐古、反骨…さまざまな思いや、その時々に彼らが置かれた状況が鮮やかに盛り込まれている。そうした「魂の迸り」から生まれた文章をじっくりと噛んでみようと思いました。「菜根譚」と同様に簡単には噛み切れないことは覚悟しつつ、それでも何度も何度も時間を掛けて噛んでいればその一端からでも「味」が沁み出してくることを期待したい。その文章が放つ「教育的効果」、言葉や故事を学習できること。また、何よりも現代人が進むべき「方向」を誤らないためのヒントが得られるのではないか。そう考えました。

美文、名文の定義はやや曖昧ですが、「文章規範」「文選(文章篇)」「唐宋八大家読本」「古文真宝」をはじめ古来、歴史家が“公認”して編んだ書物があります。その中には人々を感動させ、今もなお人口に膾炙するものが数多採録されています。弊blogでは、これらの中から時代も背景もランダムに、肆意的に採り上げていこうと思います。正直、脈絡は有りません。

まずは「世説新語」でも活写されていた魏・呉・蜀の三国時代から、最も劣勢に在った蜀の名臣・諸葛武侯(181~234、諸葛亮、字は孔明)の「前出師の表」に挑戦します。なぜに「前出師の表」か。蜀帝・劉備と参謀・諸葛亮の兄弟のような、親子のような、友達のような不思議な君臣の関係は現代でこそ必要なものではないか。親子ですら希薄な関係しか持てなくなったわれわれが今一度、取り戻すべき人と人のつながり方を提示しているのではないかと考えたのです。

この「表」というのは「道理をのべて君主に陳情する文」のことを言います。「出師」は「軍隊の出動」。時に蜀の建興5年(227)。亡き劉備の息子、劉禅に上ったもので、このままだと坐して死するのみの国威を啓発して中原(魏)を手に入れるために、乾坤一擲の勝負に出ることを懇切に“諭し”ています。軍事行為の具申ですからおよそ、文学とは懸け離れている内容です。先帝劉備から受けた恩義を語るくだりは、後に「孔明の出師の表を読みて涙を落とさざる者は、其の人必ず不忠なり」(「文章規範」の安子順の評語)と言わしめるほど、“三国志フリーク”のみならず、およそ義理人情に絆されたことのある人ならば、読んで心を動かされない人はいない名文と言えるでしょう。

これも明治書院の「新書漢文大系」シリーズにある「9 文章規範」(前野直彬著、藤原満編)をベースにしつつ、同じく「35 文選<文章篇>」(原田種成・竹田晃著、小嶋明紀子編)も一部参考にしています。

このシリーズの「文章規範」は全体を細かく分けているため、素人にも読みやすくなっています。本文や背景などは主にこちらを借りて進めます。逐一の解釈は省きます。

【1】
臣亮ア)す。先帝創業未だ半ばならずして、中道に崩殂(ホウソ=崩御)す。今天下三分して、益州疲弊せり。此れ誠に危急存亡のイ)なり。

ア)「言す」=もう・す。表外訓みですがやや宛字チック。「もうす」は「白す、啓す、首す、禀す」もある。

イ)「秋」=とき。「たいせつなとき」という意味の表外訓み。「多事之秋」は「タジのとき」。

三国時代の中国は大小17の州に分かれていました。魏は12州、呉は4州を領有していましたが、蜀がただ1州持っていたのが「益州」です。今の四川省、パンダの王国です。先帝劉備様が道半ばでこの世を去り、魏と呉と蜀の中でも蜀が最も弱小でその存在すら危ぶまれたことに強い危機感を訴える劈頭の一節です。魏と蜀の国力を単純に比較すれば、おそらく10倍近い開きがあった。だが、もしここで魏に決戦を挑まず、魏の版図拡大を指を銜えてみているだけなら、国の破滅は必至だというのです。

【2】
然れども次衛の臣、内にウ)らず、忠志の士の、身を外に忘るるは、蓋し先帝の遇を追いて、之を陛下に報いんと欲するなり。誠に宜しく聖聴を開帳して、以て先帝の遺徳を光かし、志士の気をエ)いにすべし。宜しく妄に自ら1)ヒハクなりとし、喩を引き義を失いて、以て2)チュウカンの路を塞ぐべからざるなり。

1)「ヒハク」=菲薄。才能・人格が劣っていること。また、自分の才能・人格を謙遜していうことば。「菲」は「うすい」の意。浅学菲才(センガクヒサイ=自分を遜る言い方)、菲儀(ヒギ=薄謝、菲物<ヒブツ>とも)、菲質(ヒシツ=謙遜するさま)、菲菲(ヒヒ=草木がしげるさま、花の香りがかんばしいさま)、菲食(ヒショク=粗食)。

2)「忠諫」=真心をこめていさめる。「諫」は「いさめる」。

ウ)「懈らず」=おこたら・ず。「懈る」は「おこたる」「だるい」。音読みは「カイ」。懈弛(カイシ=心が緩みなまける)、懈怠(カイタイ・ケタイ・ゲタイ=物事をおろそかにすること、懈惰<カイダ>、懈慢<カイマン>)。

エ)「恢いに」=おお・いに。「恢」は通常「ひろい、ひろめる」と訓むのでやや宛字っぽい。音読みは「カイ」。恢偉(カイイ=大きくて目立つ)、恢恢(カイカイ=ひろくて大きいさま)、恢廓(カイカク=心が広く大きい)、恢奇(カイキ=非常に珍しい)、恢詭(カイキ=非常に奇怪)、恢宏(カイコウ=ひろめる)、恢達(カイタツ=心が広い)、恢誕(カイタン=大袈裟で出鱈目)、恢復(カイフク=回復)。天網恢恢(テンモウカイカイ=悪人は逃げ切れない、リンゼーさんを殺害した市橋容疑者のこと)。

「忠志の士」とは武官、即ち軍事に関係する役人のこと。これに対して「次衛の臣」とは武官以外、即ち文官のこと。陛下の周りには忠実な部下ばかりいるとアピールしながら、諸葛孔明は劉禅帝に対して、「ゆめゆめご自身で徳が薄いなどと言って、勝手な口実を設けてお逃げになってはいけませんぞ」とまさに「忠諫」しています。


【3】
宮中・府中、倶に一体と為り、3)ソウヒを4)チョクバツするに、宜しく異同あるべからず。若し姦を作し科を犯し、及び忠善を為す者有らば、宜しく有司に付して、其の刑賞を論じ、以て陛下平明の治を昭らかにすべし。宜しく偏私して内外をして法を異にせしむべからざるなり。

3)「ソウヒ」=臧否。物事の善悪・是非、人物のよしあしを判断し、批判すること。「臧」は「よい」とも訓む。臧獲(ソウカク=ボディーガード役のマッチョマン、臧穀<ソウカク>)、臧匿(ソウトク=隠れて物事の面に出ない)。慣用読みで「ゾウ」もありますが、漢検問題用には「ソウ」を覚えておくのが無難か。「贓物」は「ゾウブツ」。

4)「チョクバツ」=陟罰。官位を上げてほめることと、官位を落として罰すること。「陟」は「のぼる」「すすむ」の訓みがある。「黜陟」(チュッチョク=官位を下げることと上げること)、陟升(チョクショウ=高い所にのぼる、チックショー?ではない)、陟方(チョクホウ=天子が四方視察の旅にのぼる、天子が死ぬこともいう)、陟降(チョッコウ=天に上ったり地上にくだったりすること)。

「宮中・府中」は文官の朝廷と武官の幕府。うしろにある「内外」も同じ意味。文武一丸となって物の善し悪し、その時々の是非を判断しなければならない。ここからは、諸葛孔明が出兵した後の朝廷の動揺を予め鎮めておく狙いのくだりが続きます。「後顧の憂い」なく戦地に赴きたいという軍人としての切なる願い。そして、二代目皇帝、劉禅への置き土産と言ったら聞こえはいいが、要は頼りない坊ちゃんを叱咤激励する親心。うろたえることなく公平無私でいてくださいな。

「ぼん、しっかりしてくだせぇ」。

2代目は大変よね。

以下、次回に続きます。恐らく4回シリーズになるかと……。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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