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妻が夫に仕掛けた高等戦術?=世説新語

「世説新語」(明治書院「新書漢文大系21」)シリーズから、本日は「謝安」の逸話を二つ紹介します。子供の教育に親がどこまでかかわるのか?母親なのか父親なのかはたまた…?最初のエピソードは親ならだれでも抱える悩みをさりげなく浮き彫りにしています。

謝公夫人、児を教へ、1)タイフに問う、ア)那得ぞ初めより君が児を教うるを見ざる、と。答えて曰わく、我、常に自ら児を教う、と。(徳行篇36)

1)「タイフ」=太傅。「書経」に出てくる官名。天子の補佐役。三公の一つ。「傅」は「かしず・く」とも訓む。傅育(フイク=そばにいて身分の高い人の子を守り育てる)、傅説(フエツ=星の名。後宮で子を求めるときにまつる)、傅会(フカイ=無理に理屈をつけてこじつける=附会)、傅婢(フヒ=おもりの妾)、傅姆(フボ=めのと)、師傅(シフ=おもり役)。

ア)「那得ぞ」=なん・ぞ。反語の漢文訓読用法。「那ぞ」も「なんぞ」。

【解釈】 謝公(謝安)夫人は子供を教育していて、夫の太傅に尋ねて言った。「どうしてあなたは一向に子供を教えようとなさらないのですか」。夫は答えて言った。「私は日ごろの生活の中で自然に子供を教育している」。

謝安(320~385)は清廉潔白を以て知られた人で、「蒙求」巻上に「謝安高潔」の故事が載っています。また、「晋書」謝安伝には「家に処れば常に儀範を以て子弟に訓ゆ」という彼の「教育ポリシー」も載っていて、明治書院によれば、「自らの行動を一つの儀範として示すことで子供の教育を行っていたらしいが、夫人にはその真意が伝わらなかったとものと思われる。しかし子供は父の背中を見て育ち、瑤(ヨウ)・琰(エン)の二人の子は家名を落とさず、特に次子琰は東晋末の内乱に殉死して忠粛と諡された」と謝安を“支持”しています。

学校の教育力低下が言われて久しいですが、それと同時に家庭の教育の在り方にも焦点が集まっています。しかし、親父の威厳なんて今どきあるのか?「庭訓」という論語に載っている言葉があります。家庭での躾や教えのことです。孔子が、庭を通った息子の鯉(リ)を呼びとめて、詩や礼を学ぶべきことを教えた故事に由来します。「黙って父親である俺の背中を見ろ」と何もしない謝安とは、対極の位置にある教育スタンスと言えるでしょう。

孔子のように、詩経から礼義まで子供に手取り足取り教え諭すのがいいのか。それとも謝安のように、自分の生きざまを子供に見せることこそ教育だというのがいいのか。人によって分かれるところでしょう。ま、両方バランスよく目配りできるのが「優秀な父親」ということなんでしょうが、そんな“スーパー父ちゃん”なんていないですよね。

ところで、子供の教育問題で妻が夫に愚痴をこぼすシーンは現代の日本の家庭のそれかと見紛うばかりですな。それにしても謝安夫人が「あなたはどうして教育されないのか」などとぼやいたのはなぜでしょうかねぇ。子供が乱暴すぎて手に負えないからなのか?夫が無関心すぎて腹に据えかねたからなのか?夫婦仲がいいんだか、悪いんだか。。。教育をめぐって母親と父親が議論することは大事ですが、「私一人じゃできないわ。父親なら何とかしてよ」VS「俺は仕事で忙しいんだ。それは母親の役目だろ」――その見解の溝が埋まらないのも世の常。父親が事細かに子供の躾に口出しするのもどうかと思う半面、母親の抱えるストレスが子供にいい影響を与えるわけなく、要は夫婦円満。これが最大の「教育的効果」が得られる秘訣かもしれませんね。


兄弟があなたより先に出世してしまった場合、心から祝福できますか?謝安の次の逸話は、そんな人間の本質、器の大きさを剔り出しています。

初め謝安東山の居に在りて2)フイたりし時、兄弟に已に富貴なる者有り、家門をイ)集翕し、人物を3)ケイドウす。劉夫人戯れに安に謂いて曰わく、大丈夫当に此の如くなるべからざらんや、と。謝乃ち鼻を捉えて曰わく、但だ恐らくは免れざらんのみ、と。(排調篇27)

2)「フイ」=布衣。一般庶民の着る麻や綿の服、転じて、官位のない人、庶民。「ホイ」と読めば、日本の官位で六位以下の役人を指す。布衣之極(フイのキョク=庶民としての最高の出世)、布衣之交(フイのまじわり=庶民の付き合い)。

3)「ケイドウ」=傾動。傾き動かすこと。聳動。その名を世間にとどろかすこと。

イ)「集翕」=シュウキュウ。あつめること。「翕」は「あつ・める」「あつ・まる」。翕赫(キュウカク=物事の盛んで激しいさま)、翕合(キュウゴウ=多くの物をあつめあわせる)、翕忽(キュウコツ=急に起こりふと消える)、翕習(キュウシュウ=勢いの盛んなさま)、翕如(キュウジョ=多くの楽器が一斉に揃って鳴るさま)、翕然(キュウゼン=ぴったり一致するさま)、翕翼(キュウヨク・つばさをおさむ=鳥が翼をたたんでおさめじっとしている)。翕は「おさめる」とも訓む。


【解釈】 以前、謝安が東山にいて、官に就いていなかったとき、兄弟には、すでに富貴になっていた者がおり、一族の者をあつめ、世間の耳目を聳動させていた。劉夫人は謝安にたわむれて言った。「男子たる者、このようであるべきではありませんか」。謝安は鼻をつまんで言った。「どうせ免れまいな」。

最後の謝安の台詞である「但だ恐らくは免れざらんのみ」。「免れざらん」の主語と目的語が暈されて真意を曖昧にしています。これについて明治書院は、「二通りに解釈される」と指摘する。すなわち、一つは「いずれは自分も世に出ることを免れまい」、もう一つは「兄弟は今は時めいてはいても、いずれは災いは免れまい」。前者は、「いずれ世が自分を必要とするだろうという気概に溢れた、いかにも謝安らしい言葉」との解釈。これに対し、後者であるなら、「将来の兄弟の不幸を予告する皮肉な内容」であり、「後に東晋の国政を牛耳った宰相謝安の言葉としてはいささかけちくさい」と評しています。

「いつか見ていろ俺だって」との思いを秘めて表面的には祝福する。これが最も無難なリアクションでしょうか。その根拠に乏しい場合は言うだけ虚しいですからね。だから、「男は黙って何とかビール」じゃなけど、「免れざらん」と言う言葉で誤魔化して、その場を何とか取り繕う格好ですね。一方、「この世の春はいつまでも続かないさ」と敢えて言葉に出す。これは究極の嫉妬ですね。兄弟関係が相当拗れているとお見受けいたします。「いささかけちくさい」というのを越えて空恐ろしい。

さて、人としてどちらが真っ当な態度なのでしょうか?正解は「どちらもありで、どちらもなし」といったところかな。それよりも、「免れざらん」の前に「鼻を捉えて」とありますが、恐らくこれは自分の鼻ではなく、兄弟の出世を引き合いにして「大丈夫当に此の如くなるべからざらんや」と、夫に諷った劉夫人の鼻でしょう。だから、「災いが降りかかるのを免れないのはお前だ」と寓意したと見るのが最もまともな解釈ではないか。これはどこにも書いてありません。迂生の勝手な解釈ですが。

やはりここでも夫婦仲の悪さが浮かび上がります。子供の教育のみならず夫の出世にも口を出す夫人の浅はかさ。古来、名立たる毒婦は多いですが、劉夫人もその一人に列ねられても可笑しくありませんな。だけど、その女を娶ったのも謝安本人なんですよね。「むかしはそんなでなかった、俺の見る目がなかった」と嘆いてみても自己責任。

しかし、さらに一歩奥まで穿つことはできないか。この後、謝安は最終的には「大出世」を遂げているわけで、もしかしたら、劉夫人の「高等戦術」だったのではないか。彼女の皮肉の一言が、夫の尻を叩き、そのやる気に火を点けることに成功したとしたら…。一番ほくそ笑んでいるのは劉夫人ではないか。なんだかんだいって、夫は妻の尻に敷かれるのが一番安泰な関係なのかもしれませんなぁ。。。。ねぇ、皆さん。あ、そこの人、そんなに頷かなくても。。。
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Author:char
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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