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目的化した政権交代は「屎穢」に過ぎず=世説新語

世説新語(明治書院「新書漢文大系21」)シリーズから、今回は「殷浩」(インコウ)の逸話を取り上げます。期せずして(?)、問題にした言葉はいずれもお下劣なものとなってしまいました。ご容赦ください。気になるお方は鼻をつまみながらお読みくださいませ。

人、殷中軍に問うもの有り、何を以て将に位を得んとして棺器を夢み、将に財を得んとしてア)屎穢を夢みるや、と。殷曰わく、官は本是れ1)シュウフ、将に得んとして、棺屍を夢みる所以なり。財は本是れ2)フンド、将に得んとして、穢汙(オ)を夢みる所以なり、と。時人以て名通と為す。(文学篇49)

1)「シュウフ」=臭腐。腐臭と同義。腐ったにおい。いやなもの。汚物。

2)「フンド」=糞土。きたない土。「糞」は「くそ、ばば」。糞土之牆不可杇(フンドのショウはぬるべからず=やる気のないものに教化は無理)。

ア)「屎穢」=シワイ。シアイもありか。「屎」=「糞」。屎尿(シニョウ)=糞尿(フンニョウ)。「穢」の読みは通常、「ワイ」ですが「アイ」の慣用読みもあり。さらに呉音では「エ」で、穢土(エド)、厭離穢土(オンリエド)がある。訓読みでは「けがらわしい」「けがれる」。穢草(ワイソウ=雑草)、穢濁(ワイダク=人と人汚れた関係)、穢徳(ワイトク=悪徳)、穢史(ワイシ=事実を歪曲した歴史、とくに魏書を指す)。

【解釈】 ある人が殷中軍に尋ねた。「どうして官位を得ようとするときは棺桶の夢を見て、財産を得ようとするときには糞尿の夢を見るのでしょうか」。殷は答えた。「官位はもともと腐ったものだ。だからそれを得ようというときには棺桶や死体の夢を見る。財産はもともと糞土のようなものだ。だからそれを得ようというときは汚物の夢を見るのだ」。当時の人々は見事な解釈だともてはやした。

明治書院によると、殷浩(?~356)は、「桓温が強大な軍事力を背景にして東晋王朝での存在感を増しつつあったので、これを抑止するために会稽王司馬が重用した人物。司馬(シバイク)の庇護を得て、永和九年(353)に中軍将軍として華北遠征を行ったが大敗し、桓温の上疏によって罷免され庶人にまで落とされた」とあります。

この際、彼は司馬を恨み、「人を百尺の楼上に箸(お)き、梯を儋(にな)いて将(も)ち去れり(人を百尺もの楼上にのぼらせておいて、梯子をかついで持って行くとは)」と嘆かせた逸話が世説新語「黜免篇5」にあります。彼は桓温を牽制するためにいいように使われ、最後は孤立させられたのです。

俗に言う「梯子を外す」。美味しいことを言って、梯子を使わないと上れない高い場所に誘き出した後、梯子を外して二度と下りられないようにする。その時、「嗚呼、やられたあ」と相手の思惑に気づいても後の祭り。孤り浮いている自分がいる。裸の王様であったことに初めて思いを致すのです。

民主党政権、鳩山首相がそうならないことを祈念しております。小沢一郎が仕掛けた「梯子」は巧妙かもしれません。否、総選挙の時に「政権交代」という甘い言葉につられて、投票した有権者こそ梯子を外された主役だったら洒落になりませんね。投票して民主党という巨象(虚像?)が誕まれた。そこまで大きくなったことには若干の戸惑いを覚えたものの、「ま、自民よりはいいっか」と思ったはず。

しかしというか矢張りというか、所詮、巨象は寄せ集め集団です。一枚岩どころか、あちこちに亀裂があっていつどんな所から頽れるやもしれぬほど脆いのです。「群盲の象を撫づ」という諺がありますが、どこを触るか、その場所によって形や言っていることが全然違う。あまりにも大きい象だからです。国民は群盲であってはならないと思いますが…。

ところが、有権者、国民にはもう選択肢がないのです。梯子を外されたのかもしれないのです。現時点ではどうあれ、民主党にこの国の行く末を委ねるしか道はないのです。

でも、ご安心あれ、梯子は何も人から手渡されるだけではないのだ。本当にこんなに高いところから降りたいと思ったら、自分で作ればいいのですよ。かなり高い位置にいるからもしかしたら時間はかかるかもしれないが、じっくり民主党の、小沢一郎の出方を見定めながら、お手製の梯子を用意すればいい。だからこそ、政治にもっと関心を持って是々非々で批判をし、選挙のときにはみんなが投票に言って民意を示す。それが言わば梯子。みんなで作ったものであればあるほど、梯子は頑丈だ。政治を動かすし、政治は変わる、国は変わる。この前の選挙はまだまだ投票率が低い。政治家の奴らに簡単に外されてしまわれる「脆い梯子」たり得てしまうのでしょう。

さて、殷浩の「名通」です。お下劣なもののオンパレードで人々の「慾」を譬えている。出世と金。どちらも汚いもので欲しいと思った瞬間、夢に見てその本質がさらけ出される。いずれにせよ両者とも求めるものではないのでしょう。いわば黙っていても、求めなくてもちゃんとやれば結果として付いてくるもの。かの政権交代も求めなければできなかったのでしょうが、求めた時点では「汚物」でしかない。国民は政権交代を望んだわけじゃない。当の政治家の奴らが勝手に虚像を作っただけ。目的化しただけ。本当に結果が付いてくる真の政権交代はまだまだ先のことなのでしょう。求めているうちはダメですよ。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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