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荀勗と阮咸の耳比べかたや「闇解」こなた「神解」=世説新語

「世説新語」(明治書院「新書漢文大系21」)の「竹林の七賢」シリーズは、「阮咸」です。阮咸は阮籍の甥です。

荀勗(ジュンキョク)、善く音声を解し、1)ジロン之を闇解と謂う。遂に2)リツリョを調え、雅楽を正す。正会に至る毎に、殿庭に楽を作し、自ら3)キュウショウを調え、韻にア)わざる無し。阮咸は妙賞なり。時に神解と謂う。公会に楽を作す毎に、心に之を調わずと謂えるも、既に一言の直す無し。勗は意に之を忌み、遂に阮を出だして始平太守と為す。後に一田父の野に耕して、周時の玉尺を得る有り。便ち是れ天下の正尺なり。荀、試みに以て己が治むる所の4)ショウコ・5)キンセキ・6)シチクを校するに、皆短きこと一7)ショなるを覚ゆ。是に於て阮の神識に伏せり。(術解篇1)

1)「ジロン」=時論。その時代の人々の意見や論議。とても簡単な熟語ですが、恐らく想起されるライバル候補である自論、持論と区別しておきましょう。

2)「リツリョ」=律呂。中国古代の音楽で、基準となる音名の総称。呂は陰の調子。六律・六呂あわせて十二あり、十二律という。転じて、音楽の調子をいう。

3)「キュウショウ」=中国の音楽で、音階の宮・商・角・徴(チ)・羽(ウ)・の五音(ゴイン)のうち、宮と商のこと。音階の基本となる。ドレミファソラシドのようなもの。四字熟語に「徴羽之操」(チウノソウ=正しい音楽のこと)もあります。淮南子・説林訓に出てくる。

4)「ショウコ」=鐘鼓。鐘と太鼓。ともに音楽を演奏するための代表的な楽器です。転じて、音楽を指すこともある。ちなみに鉦鼓は陣中で用いるかねと太鼓、もしくは音楽で用いる打楽器で銅製で浅い皿形をしており、つり下げて叩く、簫鼓はふえと太鼓。微妙ですが「ショウコ」を書き分けられるようにしておきましょう。

5)「キンセキ」=金石。鐘や磬など金属製や石製の楽器のこと。転じて、音楽や歌を指す。

6)「シチク」=糸竹。琴などの絃楽器と、笛などの管楽器のこと。転じて、音楽全般を指す。「金石糸竹」(キンセキシチク)で音楽。

7)「ショ」=黍。これは難問か。きび。一黍で「一粒のきび」。きびの一粒は大きさや目方が一定であることから、度量衡の単位として用いられました。便ち、きび一粒(一黍)の直径を一分(イチブ)、きび百粒(百黍)の重さを一銖(イッシュ)、きび二千四百粒(二千四百黍)の体積を一合(イチゴウ)としました。

ア)「諧わざる」=かな・わざる。「諧う」(かな・う)は、うまく調和すること。「諧」には「やわらぐ」「ととのえる」の訓みもあるので覚えましょう。諧謔(カイギャク)、諧協(カイキョウ)、諧語(カイゴ)、諧声(カイセイ)、諧調(カイチョウ)、諧比(カイヒ)、諧和(カイワ)。


【解釈】 荀勗はよく音楽を理解し、当時の人々はこれを「闇解」と評していた。かくて律呂を調え、雅楽を正し、正月の儀式に朝廷で音楽を演奏するたびに、自ら宮商を調えたが、韻律に適わないものはなかった。阮咸もすぐれた音楽鑑賞家で、当時の人々は彼を「神解」と評していた。公の会合で音楽が演奏されるたびに、内心その音楽は調子が合っていないと思っていたが、それについて何も言わなかったので、荀勗は心中これを憎み、ついに阮咸を始平太守に転出させてしまった。後にひとりの農夫が田野を耕していて、周代の玉のものさしをみつけたが、これこそ天下の標準となすべきものさしであった。荀勗はためしに自分が調律した鐘鼓・金石・糸竹の楽器を調べてみたところ、みな黍一粒分だけ短いことに気がついた。そこで始めて阮咸のすぐれた鑑識力に感服した。

現在でも「阮咸」という名の絃楽器(円形で平らな胴に長い棹をもつ四弦楽器)が伝わっており、阮咸はすぐれた演奏家であると同時に、逸話にある通り「神解」と評されるほどの耳の肥えた音楽鑑賞家でもありました。荀勗は後漢の司空荀爽の曾孫で、魏の侍中より晋の中書監に至り、律令を定めるとともに楽事にも携わった。音律をよく聞き分けて、かつて道で聞いた趙の商人の牛に着けられた鈴の音を忘れずに、後年音律を調える段になって足りない音階が生じた時、「趙の牛の鈴があればぴったり合うだろう」と言って趙の郡県から牛の鈴を集めさせたところ、果たしてぴったり合うものがあったという故事(「晋書」荀勗伝、「蒙求」巻上「荀勗音律」)が伝えられています。

ことほど左様に政治家でありながら「闇解(心中おのずと音楽の精巧をわきまえていること)」を讃えられた荀勗ではありますが、彼以上に阮咸はすぐれた耳を持ち、正確に音律を聞き分けたと言いますからこそ「神解(人知を越えた神妙の理解)」という呼称がふさわしく、音楽較べでは荀勗を圧倒したのでしょう。

ちなみに、この逸話に出てくる「周時の玉尺」「天下の正尺」ですが、度量衡の基本だったものです。度量衡は、政治や社会制度を整えるため必要なものですが、中国の場合、音律の調和のために重視されたことがうかがえます。
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2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
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