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石崇、王、王済のちょっと下品な金持ち比べ=世説新語

本日の「世説新語」(明治書院「新書漢文大系21」)は、晋代の大富豪「石崇」の逸話を二つ。まずは“残酷篇”です。

石崇客をア)えて1)エンシュウする毎に、常に美人をして酒をイ)らしむ。客の酒を飲みて尽さざる者は、2)コウモンをして交々美人を斬らしむ。王丞相、大将軍と嘗て共に崇にウ)る。丞相エ)より飲む能わざるも、輒ち自ら勉彊して、3)チンスイに至る。大将軍に至る毎に、固く飲まず、以て其の変を観る。已に三人を斬るも、顔色オ)の如く、尚お飲むを肯んぜず。丞相之をカ)む。大将軍曰わく、自らキ)の家人を殺す。何ぞ卿が事に預らん、と。(汰侈篇4)

1)「エンシュウ」=燕集。宴会を催すこと。「燕」は「宴」と同義で「くつろぐ」とも訓む。

2)「コウモン」=黄門。宦官の別名。肛門、候門、叩問、敲門、皐門、闔門などと区別を。

3)「チンスイ」=沈酔。泥酔、痛飲のこと。鎮綏、沈水ではない。

ア)「要えて」=むか・えて。「要える」は「むか・える」と表外訓み。

イ)「行らしむ」=や・らしむ。「行る」は「や・る」と表外訓み。

ウ)「詣る」=いた・る。「まい・る」ではない。

エ)「素より」=もと・より。

オ)「故の」=もと・の。

カ)「譲む」=せ・む。責める。これは稍難しい表外訓み。責譲(セキジョウ)。

キ)「伊」=かれ。

【解釈】 石崇は客を招いて宴会するたびに、いつも美女に酒をすすめさせた。酒を飲み干さない客があると、宦者に命じて次々と美女を斬り殺させた。王丞相(王導)と大将軍(王郭)とが、あるとき連れだって崇のもとを訪れた。丞相は平素から酒を飲むことができなかったが、無理に飲んで泥酔するにいたった。杯が大将軍のところにめぐってくるたびに、大将軍は決して酒を飲もうとせず、その成り行きを見守っていた。既に三人の美女が斬られたが顔色一つ変えず、それでもまだ飲もうとはしない。丞相が責めると、大将軍は言った。「自分の家の者を勝手に殺しているのだ。君に何の関係があるというのだ」。

石崇(249~300)は、盛唐の詩人李白の「春夜宴桃李園序」で「如し詩成らずんば、罰は金谷の酒数に依らん」(弊blogでも取り上げました→ここ)と詠じた「金谷の酒数」の故事となった人です。金谷園というのは洛陽の西北部の郊外にある彼の別荘で、石崇はそこにイケメン文士・潘岳ら時の名士を招いて昼夜を分かたず宴を張り、それぞれ胸の思いを詩に作らせたのです。李白の詩では、詩ができなかった場合は罰盃として三杯の酒を飲ませたといいますが、世説新語の場合は、美女が勧めた酒を飲まなかった場合は、何とその美女が斬り殺されるというとんでもない罰が待ち受けていました。石崇が著したという「金谷詩序」には、「遂各賦詩,以敘中懐,或不能者,罰酒三斗」とあります。

続いて“驕奢”篇です。

石崇王(オウガイ)と豪を争い、並びに綺麗を窮め、以て輿服を飾る。武帝は、の甥なり。ク)にを助け、嘗て一珊瑚樹の高さ二尺許りを以てに賜う。4)シカ扶疎、世に其のケ)比罕なり。以て崇に示す。崇視コ)わるや、鉄如意を以て之を撃ち、手に応じて砕く。既にサ)惋惜し、又以て己の宝をシ)めりと為し、5)セイショク甚だス)し。崇曰わく、恨むに足らず、今卿に還さん、と。乃ち左右に命じて悉く珊瑚樹を取らしむ。三尺四尺にして、条幹絶世、6)コウサイ目に溢るる者六七枚有り。が許の比の如きは、甚だセ)し。惘然自失す。(汰侈篇8)

4)「シカ」=枝柯。えだのこと。「柯」は曲がった枝。

5)「セイショク」=声色。声と顔色。生殖、聖職、整色ではない。

6)「コウサイ」=光采(光彩)。美しい輝き。

ク)「毎に」=つね・に。いつも。表外訓み。

ケ)「比罕」=たぐいまれ。

コ)「訖わる」=お・わる。音読みは「キツ」。清訖(セイキツ=清算し終わる)。

サ)「惋惜」=ワンセキ。残念なことだと惜しむこと。「惋」は配当外で「ワン」「うらむ」。惋恨(ワンコン=残念なことだとうらむ)、惋傷(ワンショウ=嘆き悲しむ、惋嘆ワンタン、惋慟ワンドウ、惋怛ワンダツ)。

シ)「疾めり」=ねた・めり。「疾む」(ねたむ)は「嫉む」と同系か。「にくむ」とも。

ス)「し」=はげ・し。「」は「といし」とも訓み、音読みが「レイ」。疾(レイシツ=はげしくてはやい)、色(レイショク、いろをはげます=厳しい顔つきをすること)、民(レイミン、たみをくるしむ=人民を苦しめる)。

セ)「衆し」=おお・し。表外訓み。「おおし」はほかに、「饒し、鉅し、蒸し、夥し、套し、巨し、庶し、戎し、林し、殷し、浩し、濔し、稠し、臻し、芬し、蓁し、藹し、輿し、黎し」もある。難しいのも入っています。

【解釈】 石崇は王と豪奢を競い、どちらも綺麗のかぎりを尽くして、その車や衣服を飾った。武帝(司馬炎)は、の甥である。いつもを援助し、ある時、高さ二尺ばかりの珊瑚樹をに賜った。枝がみごとに張り、世にたぐいまれなものである。はそれを崇に見せた。崇は見終わると、鉄の如意でこれを打ち、珊瑚樹はあっという間に砕けてしまった。はなげき惜しむとともに、自分の宝物を妬んだのだと思い、ひどく顔色を変え、声を荒らげた。崇は言った。「恨むことはない。今君にお返ししよう」。そこで、左右の者に命じてありったけの珊瑚樹を持ってこさせた。高さが三尺、四尺で、枝ぶりは世に類なく、目に眩いほどに輝くものが、六、七本もあった。のものぐらいなら、いくらでもある。は茫然となって気を失いそうになった。

晋王室の縁続きであったため贅沢三昧が許された王ですが、後世「金持ち」の代名詞ともなった石崇には遉に適わなかったようです。しかしながら、二人の贅沢較べは読んでいてもあまり楽しくはないですね。ところが二人の上を行く贅沢三昧人「王済」(オウセイ)の話が「汰侈篇3」に登場すると紹介されています。

武帝司馬炎が王済の家を訪れた時、王済は全て瑠璃の器を用いて食事を出した。百人を超える侍女は全員があや絹や薄絹の衣装を身につけて、食べ物や飲み物を捧げ持っていた。蒸した豚はよく肥えておいしく、普通の味と違っていた。武帝が不思議に思って、尋ねると、「人間の乳を豚に飲ませて育てたものです」と答えた。武帝はひどく不愉快に思って、食事も終わらぬうちに立ち去った。こうしたことは、王・石崇であっても思いつかないことであった。

上には上がいるというよりも、武帝が立ち去ったように気持ち悪いですよね。人間の乳を豚に飲ませるという発想は奇想天外、ハチャメチャでしょう。お下劣な言葉で「獣姦」と言っていいかもしれません。お金の使いどころが狂っているとしか言えませんな。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
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