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キベン、ユウベン、僕ブサメン?=世説新語

「世説新語」が扱うのは三国志の登場人物だけではありません。魏から西晋の時代にエピソードを残した三人の“珍人”を紹介します。いずれも三者三様の特徴で後世に言葉を残しています。本日も明治書院「新書漢文大系21 世説新語」を参考に致しております。

まずは「孫楚」から行きましょう。明治の文豪・夏目漱石の「号」の由来ともなった故事成語、「漱石枕流」の出典です。

孫子荊、年ア)き時、隠れんと欲す。王武子に語るに、当に石に枕し流れにイ)がんとすべきに、誤って曰わく、石に漱ぎ流れに枕せん、と。王曰わく、流れは枕す可く、石は漱ぐ可きか、と。孫曰わく、流れに枕する所以は、其の耳を洗わんと欲すればなり。石に漱ぐ所以は、其の歯を砥がんと欲すればなり、と。(排調篇6)

ア)「少き」=わか・き。「少い」は「わかい」と表外訓み。「すくない」とは違いますよ。送り仮名がちがいますので。「嫩い、夭い、妙い、叔い、稚い」も咸「わかい」。

イ)「漱がん」=すす・がん。「漱ぐ」は「すす・ぐ」。音読みは「ソウ」。「すすぐ」は「滌ぐ、洒ぐ、漑ぐ、浣ぐ、澡ぐ、澣ぐ、濯ぐ、盥ぐ、酳ぐ、雪ぐ」もある。

【解釈】 孫子荊(孫楚)は若いころ、隠棲したいと思っていた。王武子(王済)に語って、「石に枕し流れに漱がん」と言うべきところを、誤って「石に漱ぎ流れに枕せん」と言ってしまった。王武子は言った。「流れに枕したり、石に漱いだりできるものだろうか」。孫子荊は言った。「流れに枕するのは耳を洗うためだ。石に漱ぐのは歯をみがくためだ」。

孫楚(218?~293)の逸話は、負け惜しみが強く、自己の非を素直に認めないで、ひどいこじつけをする類の人を比喩するようになりました。slip of tongue(言い間違え)は誰しもあるべきで、素直に誤りを正せばいいものを、詭弁を弄して無理矢理ストーリーを構築する。そのたくましい想像力はある意味大したものですが、別のところで生かしたらいいという話ですね。

この逸話は元来、「晋書」巻五十六列伝二十六に拠っており、「蒙求」巻上にも「孫楚漱石」として掲載されています。孫楚は四十を越えて鎮西将軍の下役になり、最後は馮翊(ヒョウヨク)の長官まで出世した人です。文才があり秀でていたものの、性格は若いころから拗けていて、陵傲(リョウゴウ=おごること)する点が多かったとされ、地元の評判は今一。若いころのエピソードではありますが、いけすかない奴だったのは間違いないですね。

ちなみに、言い間違えて「耳を洗うため」という件は、前々回紹介した「許由(キョユウ)」の故事を踏まえている。許由は、堯帝から帝位を譲ると言われたことを穢らわしい話を聞いてしまったとして、潁川の水で耳を洗った。ちょっとした言い間違えをすかさず伝説の高潔の士の故事と重ねる孫楚の機転の巧みさは大したものです。シニカルながらのウィットには富んでいると言えるでしょう。

詭弁も単なる苦しい言い訳に終わっていないからこそ、現代にまでその名が残っているのでしょうし、漱石も号に望んだのでしょうね。ただ、石で歯を磨くのはよう分かりませんが……。ぼろぼろになりまっせ、正味な話。

次に「郭象」。これは短い。

王太尉云う、郭子玄の語議は、1)ケンガの水をウ)ぐが如く、注ぐもエ)きず、と。(賞誉篇32)

1)「ケンガ」=懸河。川を上からつり下げたように、流れの勢いが激しいこと。県河とも書く。「懸河の弁」が成句で、「川の水がとうとうと流れるようなよどみない弁舌」。「懸~」の熟語は案外いろいろなものがあります。懸崖(ケンガイ=断崖、崖っ縁)、懸隔(ケンカク=へだたり)、懸空(ケンクウ=架空、空理空論)、懸磬(ケンケイ=家の中に何もないこと)、懸弧(ケンコ=男子の誕生、男子が生まれると桑で作った弧ゆみを門にかけて祝ったことから)、懸衡(ケンコウ=勢力が拮抗しているさま)、懸車(ケンシャ=退官、七十歳)、懸鶉(ケンジュン=破れた衣の譬え)、懸泉(ケンセン=滝、懸溜、懸瀬、懸瀑、懸湍)、懸想(ケソウ=惚れること)、懸榻(ケントウ=珍客)、懸旆(ケンハイ=たれさがった旗、心が動揺すること)=懸旌、懸疣(ケンユウ=こぶやいぼ、無駄)、懸梁(ケンリョウ=苦学)。

ウ)「写ぐ」=そそ・ぐ。表外訓みですがこれは難問。「そそぐ」は「注ぐ、澆ぐ、濯ぐ、雪ぐ、灌ぐ、濺ぐ、灑ぐ、沃ぐ、淋ぐ、溲ぐ、喞ぐ、洒ぐ、淙ぐ、溌ぐ、漑ぐ、盥ぐ、瀉ぐ、瀝ぐ」も。↑「すすぐ」との比較で、「すすぐ」⊂「そそぐ」という集合関係にあることが分かります。

エ)「竭きず」=つ・きず。「竭きる」は「つ・きる」。音読みは「ケツ」。竭力(ケツリョク=尽力)、竭歓(ケッカン、カンをつくす=非常によろこび楽しむこと)、竭蹶(ケッケツ=喘ぎ転びつ急ぐさま、力不足だが努力はすること)、竭尽(ケツジン=すべてを使い切る、蕩尽)、竭誠(ケッセイ、まことをつくす=真心を出し尽くす)。

【解釈】 王太尉(王衍)が言った。「郭子玄(郭象)の議論は、まるで滔滔たる大河の水を切って落としたようで、いくら注いでも尽きることがない」。

有名な故事成語である「懸河の弁」の出典です。郭象(カクショウ、字は子玄、252~312)は、老荘の学に精通し、「郭象注荘子」の著を以て知られています。ただ、この「郭象注荘子」については、郭象が、未完のままであった向秀(ショウシュウ、竹林の七賢の一人)の注釈を盗作して完成したものと伝えられています。「世説新語・文学篇17」でその経緯が書かれています。いずれ取り上げることとします。郭象の名誉にかかわることですが、いつの世も著作物の盗作騒ぎは尽きませんなぁ。桑原桑原。。。

最後に「潘岳」。ジャニーズ張りの美男子だったようです。

潘岳は妙に姿容有りて、神情好し。少き時、弾を挟んで洛陽の道に出ずるに、婦人の遇う者、手を連ねて共に之にオ)わざる莫し。左太沖はカ)だ醜し。亦復た岳にキ)って2)ユウゴウす。是に於て群3)オウ斉しく共に之に乱4)し、5)イトンして返る。(容止篇7)

2)「ユウゴウ」=遊遨(敖)。楽しんで歩きまわる。気ままに遊び楽しむ。

3)「オウ」=嫗。おうな。お婆のこと。対義語は叟、翁。

4)「ダ」=唾。つばき、つば。乱「打」ではない。意外に難問。

5)「イトン」=委頓。ぐったりと力が抜けること、気力などが衰え弱ること。「委」は「だらりと落ちてそのままである」という意。金持ちの代名詞である「猗頓之富」(イトンノトミ)の「猗頓」とは違うので注意しましょう。

オ)「縈わざる」=まと・わざる。「縈」は配当外で「まとう」。音は「エイ」。縈紆(エイウ=くねくねと曲がりくねる)、縈回(エイカイ=ぐるぐると曲がりめぐる、縈繞エイジョウ)、縈胸(エイキョウ=こころにわだかまって離れない)、縈青繚白(エイセイリョウハク=周囲を緑の山に囲まれ清らかな水がめぐって流れている好景色)、縈帯(エイタイ=くねくねとめぐりとりまくさま)、縈抱(エイホウ=だきかかえるように取り巻くこと)。

カ)「絶だ」=はなは・だ。表外訓み。非常に。「はなはだ」はほかに「太だ、甚だ、孔だ、已だ、很だ、狠だ、苦だ」。

キ)「効って」=なら・って。「効う」は「ならう」。表外訓み。「ならう」はほかに、「倣う、傚う、嫺う、嫻う、狃う、肄う、閑う」。

【解釈】 潘岳は、容姿がまことに美しく、なんともいえぬ風情があった。若い時、はじき弓を小脇に抱えて洛陽の道に出ると、出会った女たちは皆手をつないで彼を取り巻いた。左太沖(左思)は、はなはだ醜かったが、彼も潘岳の真似をして遊びに出掛けた。すると婆さんたちがいっせいにやたらと唾を吐きかけたので、すっかりしょげて帰った。

潘岳(ハンガク、247~300)の名は後世、美男子の代名詞として文学作品に登場し、その字が「安仁」であったことから「潘安」と省略して記したり、「潘郎」と記したりしました。

「晋書」潘岳伝には、彼が洛陽の町を車で通ると女性は果物を投げつけ果物で車がいっぱいになるという故事が書かれています。漢検1級受験者なら必須四字熟語である「擲果満車」(テキカマンシャ=美少年)の主役の人物ですね。

このほかにも、「三国志演義」と並び中国四大奇書の一つ、明代の「金瓶梅」の主人公西門慶(セイモンケイ)が初めて登場する第2回には次のような一節があります。

張生(元代の戯曲「西廂記」の主人公)のような顔、潘安のような容貌が、いかにも意にかなった、風流士然とした男ぶりであった。

このように二枚目、今ならイケメンとして知られる潘岳。なんと文学的才能にも恵まれていたようです。この逸話に登場するもう一人の主人公、左思らとともに晋の元康時代(291~299)の文壇を賑わせたとあります。

そうそう、忘れておりましたがブサメン、左思くん(敢えてくん付け)。婆さんから唾を吐きかけられるとは何とまあ無体な話です。そりゃあ悄気て帰るよなぁ。ただ不細工なだけなのに。いや、訥弁でもあったようです。にしても不細工って罪なの??あんまりだよ。唾なら婆さんじゃなくてせめて美女のをかけてくれぇ~~~???

かわいそうな左思くんのために一つだけフォローをしておきましょう。

「洛陽紙価」(ラクヨウのシカ)という故事成語はご存知でしょう。著書が世に持て囃されて好く売れること。これの由来が左思くんなんです。「晋書」左思伝によると、彼は賦に巧みで、その作品「三都賦」が傑作であったため、洛陽の人々の評判が立ち、挙ってこの作品を書写した。このため紙不足が生じて紙の値段が急騰したとあります。。

洛陽の 紙価高からしむ 唾の借り

人間何かしら取り柄や才能があるものです。諦めるな~。人生の評価・決着は死ぬときまでできないからね。蓋棺事定(ガイカンジテイ)ですよ。日々、精進あるのみ。左思くんから学びませう。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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