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春は別れの季節なり綰ねし柳条「贐」にせん=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁」(岩波書店)からは三首をご紹介します。

まずは「壬申の元旦」。

文政九年(1812)の作です。

いきなり「壬申」が登場しました。これを訓読みで訓みましょう。

前回の“秘訣”を駆使して「ジン」ですから、「コウ・オツ・ヘイ・テイ・ボ・キ・コウ・シン・ジン・キ」で9番目。だから、「き(1兄・2弟)・ひ(3兄・4弟)・つ(5兄・6弟)・か(7兄・8弟)・み(9兄・10弟)」の「み」の兄で「みずのえ」。正解は「みずのえさる」。十二支はいいっすよね。「ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い」。「ね」を午前零時、つまり北に置いて、「うしとら」が北東、「う」が東、「たつみ」が南東、「うま」が南、「ひつじさる」が南西、「とり」が西、「いぬい」が北西。大丈夫ですよね。

客居無事 那ぞ貧を憂へん
1)オウスイ清き辺又た春にア)
イ)暖かにして五更幽味足る
2)ホウチ羨まず 早朝の人


1)オウスイ=鴨水。王水、黄水ではありません。これは固有名詞。京都・鴨川のことです。

2)ホウチ=鳳池。放置、朋知、報知、法治ではありません。鳳凰池のこと。宮中に庭園にある池。魏秦南北朝時代にこの池のそばに中書省が設けられ、皇帝の事務を取り扱った。

ア)値ふ=あ・ふ。遇うこと。表外訓みです。要注意。

イ)衾=ふすま。かけぶとんのこと。襖、麩も「ふすま」ですが意味が違う。

「五更」は午前4時をはさんだ前後2時間の時間帯。すなわち、ようやく夜が明けなんとするころ、夜の最終盤です。如亭はぬくぬくと布団に包まっている。これに対し、「早朝の人」というのは、早朝の政務に参ずる人、つまり、朝廷に出仕する役人のこと。如亭とはいわば正反対のポジションに居る人たちです。彼らは宮中の鳳凰池を眺めることができるけれど、元旦だというのに朝もお早いことでご苦労さん。遅くまであったかい布団の中に居られる今の自分の方が貧しいながらもよほどましさ。という半分本音、半分負け惜しみの如亭の声です。孟浩然の「春暁」も、そうした早朝出勤を余儀なくされる役人とは正反対の隠者の気だるい朝の心情を詠ったものだと石川忠久氏が解説していました。

「幽味」は何とも言えない奥深い味わいのこと。

次に「滕石甫が九島に還るを送る」。

この「滕石甫」というのは伝記不詳の人ですが、どうやら九州出身で京都に出張か単身赴任で来ていたのが帰還することになり、その送別会の席上で詠じたものです。「九島」というのはいまの「九州」。

し水笑ひて帰舟穏やかなり
十日の春風 送りて家に到らん
是れ3)チンケンの培養を待つが為に
4)イッキに棄て去る 帝城の花


3)チンケン=椿萱。「チンケン」といえばこれしかないですが浮かびますか?父親と母親のこと。四字熟語に「椿萱並茂」(チンケンヘイモ)がありますのでこれを想起する必要があります。「椿」は長寿を意味し、父親のこと、「萱」は憂いを忘れることを意味し、母親のこと。「萱堂」(ケンドウ)といえば母親のいる部屋のこと、転じて母親。

4)イッキ=一揮。一払いに思い切るさま。一揆、一簣、一饋ではない。「揮」は「ふるう」。一振り、振り回す動作を表します。

「山す」は山が眉をひそめるさま。「」は「ひそめる」。「呻」(ヒンシン)は「顔をしかめて苦しみうめくさま」、「蹙」(ヒンシュク)=「顰蹙」、「瘁」(ヒンスイ)は「眉をひそめて心配するさま」。次の「水笑う」とセットで、春の息吹を感じさせる風景を表しています。

「十日の春風」は、十日の間吹く風。五風十雨を思い出そう。唐末の詩人、胡宿の「憶薦福寺牡丹」に「十日春風隔翠岑,隻応繁朵自成陰。樽前可要人頹玉,樹底遙知地側金。花界三千春渺渺,銅槃十二夜沈沈。雕槃分篸何由得,空作西州擁鼻吟。」がある。

「培養」は、草木を大切に養い育てること、育成。やや大仰な表現か。

父母の待つ九州の郷里に帰る友人。京都で遊んだ女を残して。。。「帝城の花」をひと思いに棄て去るんですからね。。。それはご両親の方が大事かぁ。。。最初から遊びだからね。多分、地元では結婚が決まったのではないでしょうか。結句は茶目っ気たっぷりの如亭のシビアな皮肉が込められているのかもしれませんね。

最後は「新柳」。

一身5)ジュウビ 門に倚りて新たなり
額髪初めて斉しうして漸く春を領す
客子の6)ショウコン 此より始まる
軽軽送了す 幾多の人


5)ジュウビ=柔媚。やわらかな物腰でこびへつらうさま、と本来はすこし嫌な意味ですが、ここでは比喩的に、詩題にある柳の枝がしなやかでまといつく様子を言っている。戎備、十尾、縦鼻ではないので念のため。。。「媚」は「こび」。ちなみに「眉目好い」は「みめよい」。

6)ショウコン=銷魂。消魂でもOKか。悲哀などのため身体から遊離して消滅してしまったように感ぜられる魂。「銷」は「け・す」「と・かす」。商人が品物を売りさばくことも「銷」。「銷路」は販路、売れ行きのこと。銷鑠縮栗(ショウシャクシュクリツ=意気沮喪して縮み上がること)、黯然銷魂(アンゼンショウコン=悲しみや憂いに打ち沈むさま)も押さえましょう。

「額髪」は額にかかる髪、柳の枝が同じ長さで垂れ下がっている形容です。和漢朗詠集の「早春」に「気霽梳新柳髪」がある。ちなみに芭蕉の句に「あち東風や面々さばき柳髪」がある。

「春を領す」は、春を我が物とする。

「客子」は旅人のこと。家郷を離れて他の土地にいる人。

「軽軽」は軽軽しいさまで、ここでは柳の枝が軽やかに揺れるさまをいう。

ここは少し解説をつけましょうか。古来、中国では別離に際して柳の枝を手折って「餞」とする習慣がありました。詩人たちは「柳」を詠じることで、人と人の別れを描いてきたのです。あの盛唐のイケメン・マルチスト、王維は「送元二使安西」で「渭城朝雨浥軽塵,客舍青青柳色新。勧君更尽一杯酒,西出陽関無故人。」と詠みました。張喬は「寄維揚故人」で「別離河辺綰柳条、千山万水玉人遙。月明記得相尋処、城鎖東風十五橋。」と詠んでいる。この「綰」は「わがねる」。この「綰柳条」は、送る者と送られる者が双方とも、柳の枝と枝を結び合わせ、送別者の無事を祈願し、再会を期すことを託したのです。

春になって新しい柳の芽が芽吹くと同時に、多くの人との別れを如亭は詠じています。先ほどの滕石甫もその一人でしょう。この詩では直接的に女との別れを詠っているのでしょうね。「柔媚」「額髪」「軽軽」といった語彙が艶めかしい雰囲気を醸し出しています。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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