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「競秀争流」とは山水画のモチーフ=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁」(岩波書店)シリーズは「画に題す」(七言古詩)。ちょっと長めですが、なかなかに侮れない語彙が数多く含まれています。ただし、勉強にはなりますが、漢字検定試験本番にはあまり役立ちそうもありません。広範な語彙力を着けるという前提でお取り組みください。

江都の詩客 狂且つ顚
世と合はず去りて1)ヨウゼン
強如す 雲遊僧の行脚に
2)マアイ 竹枝 布行纏
3)キョウシュウソウリュウ 我を留めて住せしむ
到る処半年又た一年
多年の遊踪 画本と成る
山水結び得たり 文字の縁
一夕 4)ハツボク 胸臆を写す
5)ホウラン滃然として雲煙を起こす
樹せんと欲すれば即ち樹 石せんと欲すれば石
手にア)せて6)キサイすれば神有るが如し
須臾に開き来る一清境
柴門 流水 屋数椽
内に長几と7)ナントウとを設く
坐に宜しく臥に宜しく更に眠りに宜し
別に間地の麦を種うるに堪へたる有り
何ぞ啻に郭外二頃の田のみならんや
8)サソウ香椀も亦た清楚
我れ隠居すべく友延くべし
道ふこと莫かれ 一房9)ムカの客
読書無用 洗ふが如く貧なりと
請ふ看よ 10)ショウチク然く容易なるを
山を買ふに筆をイ)して銭を消さず


1)ヨウゼン=杳然。悠然たるさまの意。似たような意味の「ヨウゼン」として、遥然(はるかかなたにあるさま)や窈然(奥深くて暗いさま、遠くてかすかなさま)というのもあります。区別は難しいですが、ここは杳然を押さえておきましょう。

2)マアイ=麻鞋。文字通り、麻(あさ)で編んだ履き物。鞋は「くつ、わらじ、はきもの」。草鞋、青鞋、芒鞋。この句は旅の三点セットを詠じており、「竹枝」は「竹杖」の誤りで「つえ」、「布行纏」(フコウテン)は「布で作ったすねあて、きゃはん」。「行纏」は熟字訓で「はばき」とも訓むので要注意。「脛巾」とも書く。

3)キョウシュウソウリュウ=競秀争流。競い合うように聳え立っている峰々と争うように流れている川。世塵を離れた山水の景観をいう。四字熟語ではありますが、聊か特殊です。山水画の特殊用語です。「千峰競秀」とか、「万壑争流」といった画題も見えます。

4)ハツボク=潑墨。画を描く時の用墨の法。墨汁を澆ぎ散らす。

5)ホウラン=峰巒。抱卵ではない。連なった山々。「滃然」(オウゼン)は、雲気の湧き起こるさま。「滃」は配当外で、「水・雲・霧が盛んに起こるさま」。「滃滃」「滃渤」ともいう。

6)キサイ=揮灑。難問。記載、祈賽、餽歳、饋歳、饑歳、鬼才、奇祭、起債、機才ではない。筆を揮って墨を灑ぐこと、すなわち書画を描くこと。「灑」が「そそぐ」という意味であることに注意。音読みは「サイ・シャ」で「灑掃」(サイソウ)と「瀟灑」(ショウシャ)がある。「揮灑」は読み問題で出るかもしれません。「キシャ」ではアウトでしょう。

7)ナントウ=軟榻。これも難問。やわらかな腰掛け。杜牧の詩で「禅榻」というのがありましたが、「軟榻」は難しい。じゃあ、堅い椅子は「堅榻」というのかどうか?こんな漢字があるかどうかは知りませんよ~。「長几」(チョウキ)は「長い肘掛け」。「几」は「ひじかけ」。「榻」は「こしかけ」。

8)サソウ=茶竈。茶を沸かすかまどのこと。沙草、紗窓、茶槍(=茗)ではない。「竈」(かまど、へっつい)の音読みが「ソウ」であるのが難しいかも。「竈君」(ソウクン)=「竈神」(ソウシン、かまどがみ)、「竈戸」(ソウコ)、「竈突未黔」(ソウトツいまだくろまず=新居に移ってまだ日が浅いこと)。

9)ムカ=無家。むかっと来ます?簡単すぎて浮かばないですよね。無化、無何なども可能性ありそうですが、家を持たない旅人を表しています。その前の「一房」というのは、定まった家ではなくてその日その日に身を置く一室、旅先の宿のことを指しています。

10)ショウチク=小築。これも簡単すぎて難しい。小さな雅致のある住まい。陸游の「小築」に「小築清渓尾」がある。

ア)信せて=まか・せて。表外訓み。任せること。

イ)消して=ついや・して。表外訓み。「け・して」とも訓めるが、意味が通らない可能性が大。「消」は「少なくなる」から、「消費」があるように「ついやす、すごす」の意味も派生しているので要注意。「消日」(ショウジツ)、「消光」(ショウコウ)は「日々を過ごす」、「消春」(ショウシュン)は「春の日々を過ごす」。この句の場合、筆を消す=画を描きまくる、銭を消す=金を使う。

「江都」(コウト)は江戸のこと。「詩客」(シカク)は詩人。「狂且つ顚」は「狂顚」「顚狂」のことで「放蕩でかつ抑制のないさま」。「強如」は、「~よりも勝る、~よりもまし」。ここでは「雲遊僧の行脚」(=漂泊して行迹が定まらない)よりはましでしょ、このわたしは世の中と折り合わずにはるかに超然としているだけなのだから。。。。

「文字の縁」というのは「詩文を作ることで結ばれた因縁」。ここは如亭があちこし吟遊してまわり、詩をきっかけに滞在し、各地の風景は画の手本ともなってくれる。そしてまた滞在する。その繰り返しで日々の生活を送っていることを詠ったものです。

「屋数椽」(オクスウテン)とは、数棟の家屋のこと。陸游の七言律詩「曾原伯屢勧居城中而僕方欲自梅山入雲門今日病酒偶得長句奉寄」に「先葺雲門屋数椽」とある。「椽」は「たるき」で「椽大之筆」(テンダイノフデ=堂々とした立派な文章、重厚で優れた文章)。

「間地」は「閑地」のことで「空き地」のこと。「郭外」(カクガイ)は、城壁の外、つまりは町の外。「二頃」(ニケイ)は二百畝(ニヒャッポ)の田。中程度の家計を営むことのできる農地の広さを表す。

如亭がこの詩を詠んだ「画」とはどんなものでしょうか。田圃があって家が数軒あって遠くには峰々雲々。独り静かに暮らせる安住の地。陶淵明の「桃花源」と大きく異なるものではないでしょう。流浪する旅人であるがゆえに憧れるものの、現実には到底適わぬ代物。。。「一房無家の客」という句がそれを言い表わしています。だからこそ、「画」で描けば簡単にできるのさ。「画」の中なら一つ処に身を置くことができる。そんな詩人の儚い思いが溢れた「画」と「詩」なのでしょうね。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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