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如亭はん、「有声の画」と「無声の詩」とは何ぞや…?=漢詩学習

柏木如亭の「如亭山人遺藁(巻一~三)」シリーズ(岩波文庫「新日本古典文学大系64」)に戻ります。


本日は「画に題す」(七言絶句二首)から。文化七年(1810)の作です。

湖山を収拾して尽く吟に入る
興来つて時に写す 古松林
詩人の1)レイタン 人応に笑ふべし
花陰を着けず樹陰を着くるを

湖山一色の秋を写さんと擬して
工夫幾日か為に2)ケイリュウ
3)ユウセイガリ 収め得難し
且く4)ムセイシリに向いて収む


1)「レイタン」=冷澹。淡白さ。もちろん「冷淡」で書き換えられますが、やはり「澹」で。「濃艶」の対義語です。「花陰」は花の陰、「樹陰」は木の陰。如亭の描いた画は花ではなく木を主題にしたのでしょうか。艶やかな美女ではなく、枯れた熟女。。。。いわば“水墨画”のようにあっさり風味だったのでしょう。

2)「ケイリュウ」=稽留。滞在すること、その地にとどまること。「稽」は「とどまる」とも訓みます。繋留や谿流などが浮かびますが、意味が合わない。う~ん、繋留も似た意味ではありますが。。。

3)「ユウセイガリ」、4)「ムセイシリ」=有声画裏。無声詩裏。有声画裏は詩、無声詩裏は画をいう。両者が“裏表”の関係ですね。声を出す画が「詩」で、一方、声を出さない詩が「画」。ん~成る程、深いですね。元代の文学者、方回(1227~1305)の「丹陽道中大雪」に「此是老父有声画、丹陽道上雪天詩」、北宋の詩人、黄庭堅(1045~1105)の「次韻子瞻子由題憩寂図」に「李侯有句不肯吐、淡墨写出無声詩」とそれぞれ出典らしきものがあります。「向いて」は「お・いて」。場所を表す「於いて」と同じ意味。ここでは多分、平仄の関係で用いたのでしょう。


続いて、「韵を次ぐ、茶鐺」(七言律詩)。この「韵」は「韻」の異体字ですが、それを「次ぐ」というのは「他人の作った詩の韻字と同じ韻字(順序も同じに)を用いて詩を作る」意です。

一炉の5)カッカ 一6)トウ鳴る
伴ひ得たり 幽人の7)カクムの清きに
ア)沙蟹 潮来つて斉しく眼を挙げ
嶺松 風度りて声をイ)めず
軒に当る片月 高くして堕つるが如く
戸に傍ふ孤雲 静かにして平かならんと欲す
身世知らず 歌舞の地
紅氍毹上 8)シンコウに熱するを


5)「カッカ」=活火。あかあかと燃え盛る火のこと。通常は隔靴、閣下なんていう漢字しか浮かばないですな。「カッカザン」なら活火山と正解できるでしょうが、「カッカ」だと途端に分からなくなるものです。

6)「トウ」=鐺。ここでは詩題にある「茶鐺」(サトウ)のことで、「お茶を煎じるのに用いる釜」。ちょっと難しい。「こて」とか「こじり」の方がまだ馴染みがありますね。しかしながら、「鼎鐺玉石」(テイトウギョクセキ)は基本です。「鼎」も「鐺」も三本脚ですが、その価値が全然違う。「玉」と「石」も天と地ほどの差がある。それなのに味噌も糞も同じように扱うことから、「非常に贅沢をするさま」をいいます。
7)「カクム」=鶴夢。超凡脱俗の夢。鶴に乗って世俗を超えるというのは画題によく用いられます。「幽人」というのは、奥深く隠れ住む「隠士」のこと。蘇軾の「定恵院寓居月夜偶出」に「幽人無事不出門」とある。

8)「シンコウ」=深更。夜更けのこと。むろん深夜ともいう。侵寇、晨光、榛荒、申誥、蜃蛤、親狎ではないのはお分かりっすよね。

ア)「沙蟹」=サカイ。砂地に棲むカニ。このあと、「眼を挙げ」とありますが、ご存知「蟹眼」(カイガン)を寓意している。つまり、お湯が沸騰し始めた時の蟹の眼のような「つぶつぶ」が出てきたことを言います。陸游の「午睡」に「聊呼蟹眼湯」とあります。

イ)「停めず」=とど・めず。留める。表外訓みでも少し珍しい訓み。

「嶺松」(レイショウ)は、嶺に生えている松。「松風」は、茶釜の煮たつ音、また茶そのものを指す。蘇軾の「試院煎茶」に「蟹眼已過魚眼生、颼颼欲作松風鳴」とある。「颼颼」(ソウソウ)は、さやさやと吹く風の音の形容。「蟹眼」から「魚眼」へと沸騰が進んだ様子が見て取れます。

「身世」(シンセイ)は、一生、あるいは終身。

「紅氍毹上」(コウクシュジョウ)は「紅の毛氈の上」。「氍毹」(クシュ、クユ)とは、毛などで織った敷物、じゅうたんの類。古代中国の演劇はこの紅じゅうたんの上で行われていました。それを江戸時代の風物として詠んでいる。

最後は「庖人木星に贈る」。これも文化七年(1810)の作。

調じて異味と成すは庖人に在り
何ぞ必ずしも9)バンバン八珍をウ)めん
10)ホウシャ一たび汝が手を経てより
尋常の11)サイハも亦た皆な新たなり


9)「バンバン」=盤盤。お皿のことです。「八珍」は珍味佳肴、珍饌美味のこと。

10)「ホウシャ」=烹煮。にること、料理全般を指す。硼砂、蓬舎などではないとは分かりますが、料理のことだということが浮かばないといけません。詩題の「庖人」は、料理人のことですからね。「木星」(ボクセイ)は、讃岐の料理人かとあるが詳しくは分からないようです。

11)「サイハ」=菜把。蔬菜のこと。この場合の「把」は、一握りの量を表す単位で、一把の野菜という意味。摧破、彩派ではない。南宋の詩人、范成大(1126~1193)の「冬日田園雑興」に「朱門肉食無風味、只作尋常菜把供」とあるのを基にした。

ウ)覓め=もと・め。音読みは「ベキ」。何度も登場しています。

最後の一句は、名コック、木星シェフ、大庖丁人の手にかかれば、ありふれたどうってことない野菜も途轍もない斬新でおいしい料理に早変わり~っところでしょうね。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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