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安易な「爾汝の交わり」は危険だよね=漢詩学習

本日は柏木如亭が友達を詠った「七友の歌、小栗十洲に贈る」から。如亭の六人の友を二句ずつ(柳坨と五山はまとめて四句)にして「礼讃の嵐」を贈っています。そして、七友、すなわち七人目の友が、そう、「あなたです、十洲さん」。。。という小洒落た趣向の詩なんです。岩波書店刊行の「新日本古典文学大系64」からです。

因是 文を作りて 馬 1)を脱す
韓蘇を蔑視して2)オウチせんと欲す
柳坨 五山 詩霊敏なり
一題手に到れば髭をア)ることを嫌ふ
豈に惟に3)トシュ一百篇のみならんや
4)ドバキショウ 皆是れ詩
勤斎 腕イ)くして 鉄を筆と為す
5)シンテン 漢文 写して遺すこと無し
菱湖 書を学んで 池已にウ)
6)ウンポウ工妙 エ)に画する錐
雲室 禅餘に7)テンセンを喜ぶ
俗オ)を脱尽して老いて更に奇なり
六人久しく已に相8)ジジョ
今来又た十洲の知有り



1)「キ」=馬が脱するもので「キ」。すなわち馬をつなぐもの、拘束するものと解釈すれば浮かぶでしょう。正解は「羈」。「たづな、おもがい」。

2)「オウチ(迂生注:本文のルビは『シ』となっていますが紕繆でしょう)」=凹地、樗ではない。稍難しい。正解は「横馳」。勝手気ままに走り回ること。「馳」は、速く走ること。「馳騁」(チテイ)は、地位や名誉を求めて奔走すること。「馳弁」(チベン)は、弁舌を揮うこと。「馳驟」(チシュウ)は、馬をはや掛けさせること。

3)「トシュ」=斗酒。徒手ではない。一斗枡の酒。この句は杜甫の有名な「飲中八仙歌」で先輩の李白のことを「李白一斗詩百篇、長安市上酒家眠」と詠んだことを踏まえた表現。

4)「ドバキショウ」=怒罵嬉笑。怒ったり、罵ったり、喜んだり、笑ったり。「ドバ」は駑馬でないことに、「キショウ」は、企踵、危檣、卉裳、奇峭、奇捷、愧悚、譏誚、奇聳、毀傷でないことにそれぞれ注意しましょう。要するに、人間の感情の起伏である喜怒哀楽のことです。

5)「シンテン」=これは稍難問ですが、進展、伸展、親展が浮かぶようではまだまだ甘いです。篆刻家のことを述べているくだりで、その後ろに「漢文」(漢代の文字、楷書のこと)もあるのですから「秦篆」が正解。漢字の書体の中の、所謂小篆のことをいう。秦代の李斯(リシ)が、文(チュウブン=大篆)を簡略化して考案した書体であるとされます。漢検1級受験者なら「史大篆」(シチュウダイテン)は押さえておきましょう。書体の歴史ですね。漢字好きなら大いに関心を持ちましょう。

6)「ウンポウ」=袍ではない。稍難問か。常用漢字系です。筆使いのことで、正解は「運鋒」。ふつうは「運筆」(ウンピツ)と言うところでしょうが、これを「鋒」(きっさき)というのが如亭流でしょう。筆使いの「鋭さ」が醸し出されます。

7)「テンセン」=浮かびますか?点線、殄殲、転戦ではない。正解は「点染」。う~む、難しいでしょうかね。画家が景物を描き、彩色すること。文章を美しく飾るたとえにも用います。

8)「ジジョ」=これは難問。言葉を知っているかどうかが問われています。自恕、自助、侍女などではありませんよ。直前の「相」がヒントです。如亭が六人の友人と「おまえ」と呼び合っている親しい仲だというのです。正解は「爾汝」。「爾」「汝」共に「おまえ、なんじ」。親しくなければ呼べませんよね。「爾汝の交わり」という成語もある。しかしながら、安易に「爾汝の交わり」を構築することは“危険”でしょう。じっくりと相手の性格、氏素性を見極めなてからでないとね。。。

ア)「撚る」=ひね・る。「髭を撚る」(ひげをひねる)というのは、詩のアイデアを得ようと苦吟呻吟するさまをいう。「蝨を捫る」(しらみをひねる)という「捫蝨」(モンシツ)があるわけですから、「撚髭」(ネンシ)があってもよさそうですが、残念ながら“熟語”としては存在しない。成句として「髭を撚る」を覚えましょう。

イ)「勁く」=つよ・く。「疾風勁草」(シップウケイソウ)は必須ですね。どんな風が吹こうとも同じスタンスで物事を続ける、それが大事なんです。そうした風が吹いた時にこそ、その人の真価が現れるのです。一喜一憂なぞ努々しませんように。。。

ウ)「黝し」=あおぐろ・し。これは訓めるようにしましょうね。出ますよ。音読みは「ユウ」。四字熟語に「黝堊丹漆」(ユウアクタンシツ=建物が古いしきたり通りに造られているということ)があり。ここは、日々使い残した墨汁が池に流れ込んで青黒く濁っていることをいう。これは王羲之の「与人書」にある「臨池」という故事を踏まえている表現です。すなわち、「張芝臨池学書、池水尽黒」。成語林によると、後漢の名書家張芝(チョウシ)が、池に臨んで書道の練習にはげみ、そのための硯の墨で池の水が真っ黒になったという故事から「書道・習字のこと」。この張芝は草書に長けており「草聖」と称されたともあり、例の宋代の詩人・文章家・書家・政治家であるマルチスト、蘇軾もことごとく詩の中で詠じています。たとえば、「石蒼舒酔墨堂」(岩波文庫「蘇東坡詩選」)では「不滅鍾張君自足」「不須臨地更苦学」と詠んでいます。

エ)「沙」=すな。音読みは「サ」。「沙に画する錐」というのは、古代の書家は錐で砂に画くような書法を、もっとも高妙なものとしたといいます。黄庭堅の「題絳本法帖」に「王氏書法、以為如錐画沙」とある。

オ)「蹊」=本当は「俗蹊」(ゾクケイ)として音読みなんですが、あえて一字だけ取り出して訓読みの問題に仕立てました。訓めますよね?四字熟語にある「桃李成蹊」(トウリウセイケイ)の「桃李言わざれども下自ら蹊を成す」もヒントに。正解は「こみち」。ここでは俗世間の小道、すなわち瑣末なる小事を指している。。

「小栗十洲」(?~1823)というのは、若狭小浜の人で、京都に住み、詩と画を能くした。如亭が京都に僑寓した年の冬、知り合った。小栗十洲の詩集「観梅詩楼小藁」如亭序に「戊辰冬(文化五年)余初入京、得一新知相交。小栗十洲是也」とある人。

「因是」は、葛西因是(1764~1823)。大阪生まれ、江戸に住み昌平黌に学んだ。如亭の最も古くからの友人で、名文家として知られた。

「韓蘇」は、唐代の韓愈と宋代の蘇軾(蘇東坡)。ともに文章の大家です。

「柳坨」(リュウダ、リュウタク?)は、大窪詩仏(1767~1837)の号の一つ。大窪詩仏は常陸国(茨城県)袋田村出身の漢詩人。市河寛斎、柏木如亭、菊池五山と並んで江戸の四詩人とも称せられた。次の「五山」は菊池五山(1769~1855)。この二人に如亭はさすがに一目を置いているようでセットで礼讃しています。「詩霊」とは、詩を作る魔法の力のことでしょう。それがするどいと言っている。お題があれば、苦吟することもなくさっと詠んでしまう。あの李白も顔負けの能力だ。つまり、喜怒哀楽すべてが詩になるのだ。

「勤斎」は、益田勤斎(1764~1833)。江戸の篆刻家で、青年時より如亭と親しかった。市川寛斎は「菫斎印譜序」(寛斎先生余稿)において、二人の関係を「万頃(勤斎の字)永日(如亭の字)一輩人也。既同其居、又同其貧。嗜好臭味、莫不悉同。而所其異者面与業已」と述べているとあります。

「鉄を筆とする」は、鉄の筆、すなわち篆刻家には欠かせない道具のことです。

「菱湖」は、巻菱湖(1777~1843)。越後新潟の出身で、江戸で書道家として活躍し、詩も能くした。

「雲室」(1753~1827)は、信州飯山(現在の長野県飯山市)に生まれ、江戸の芝にある光明寺の住職となった。山水画と漢詩を能くし、享和年間に如亭らと詩画を研鑽する小不朽社を結成した。「禅餘」(ゼンヨ)は、仏道修行の余。雲室は浄土真宗の僧侶。


放浪の詩人が見知らぬ京都に僑とはいえ居を構え、初めて得た友人に対して、これまでの知遇を詩を通じて紹介しているかのようですね。逆に言うと、これまでの友達に新しい土地で得た「新しい仲間」を紹介していると言った方が正確なのかもしれません。昔の軍歌にあった♪貴様と俺とは同期の桜~♪とあるのを思い出しました。リアルタイムでは知りませんよ~。ともに生死の境を歩いた友こそ「爾汝の交わり」と言えるのでしょうね。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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