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まだ純粋に真面目だった?17歳の一休さん=漢詩学習

本日の一休宗純「狂雲集 第三 夢閨の章」は蘇東坡(蘇軾、1036~1101)と黄山谷(黄庭堅、1045~1105)です。共に北宋時代の詩人で師弟関係にあります。

まずは、蘇東坡。諱を軾、字を子瞻といい、四川省眉山の出身。父は洵、弟は轍で、三蘇とも呼ばれた。狷介の性質で、俗と合わず、中年で黄州、晩年に恵州、さらに海南島に流され、常州で病没する。


■東坡像(東坡の像)■

竺土釈迦文殊師
即今蘇軾更看誰
黄竜禅味□□
万象森羅文与詩

竺土には釈迦 文殊の師
即今は蘇軾 更に誰をか看る
黄竜の禅味 ゼットウの上
万象森羅 文と詩と


「竺土」は、インドのこと、天竺ですね。

「ゼットウ」は「絶倒」ではありません。、ものの言い方、話しぶりのことで「舌頭」が正解。「舌尖」(ゼッセン)、「舌端」(ゼッタン)ともいいます。反対に「舌本」(ゼッポン)は、舌の付け根(舌根)。「舌耕」(ゼッコウ)といえば、講義、演説、講演など、弁舌によって生計をたてること。

「日本の禅語録十二 一休」(講談社)の解説によると、「蘇東坡と黄山谷の文学への、ひたむきな敬意と愛慕。一休もまたそんな中世禅林の流れに棹す。詩が禅を求め、禅が詩を求める。禅と詩の数奇な出会いの実体を、一休は東坡のすがたに確かめる。書蹟が知られることも、与って大きい」とあります。

■東坡像(東坡の像)■

画図今日尚驚群
赤壁玉堂如□□
海内先生広長舌
八万四千文

画図して今日尚お群を驚かす
赤壁と玉堂とヘンウンの如し
海内は先生の広長舌
ゴウを揮う 八万四千文


「画図」は「ガト」もしくは「ガズ」と読む。絵画のこと。また、絵を描くこと。蘇東坡は絵画もものしました。

「赤壁」は、湖北省黄岡県に近い、長江の左岸。赤鼻磯と呼ばれるところ。1082年7月、蘇東坡がここに遊び、「前赤壁の賦」を詠じた。「玉堂」は、宋代翰林院の別名。

「ヘンウン」は浮かびますか?ちぎれぐものことです。正解は「片雲」。「片雨」(ヘンウ)は通り雨のこと。「片月」(ヘンゲツ)は弓張り月、かたわれ月。「片楮」(ヘンチョ)は紙の切れ端、転じて簡単な手紙を指す。「片鱗」(ヘンリン)はすぐれた学識・才能などの一部分のこと。芭蕉の「奥の細道」に、いづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、とあるように、「旅」を寓意する言葉ですね。もちろん一休は芭蕉の生まれる前の人ですから、奥の細道は知りませんけどね。

「ゴウ」は「毫」。「毫を揮う」で「揮毫」。筆を走らせること。「八万四千文」は「東坡の偈。仏法を八万四千の法門といい、煩悩の数だけ悟りがある」。

同書の解説によると、「東坡といえば、『赤壁の賦』と『渓声山色』の句。禅の日本定着は、東坡を介して完成する。尨大なその詩文の註釈、『四河入海』がそれだ。夜来八万四千偈は、そのことを措いて理解されまい。江湖風月集は、日本に来てその本領を発揮する」とあります。


次の黄山谷は、諱が庭堅、字が魯直。江西省分寧の人。東坡に学び、蘇黄とも呼ばれた。生涯を流謫地で過ごし、広西の宜州で病没した。

■賛山谷(山谷を賛す)■

詩客風流常□□
寒儒吟興独清高
春風桃李十年燭
夜雨江湖□□

詩客の風流 常にセキバク
寒儒の吟興 独り清高たり
春風の桃李 十年の燭
夜雨の江湖 イッサンの醪


「詩客の風流」とあるのは、山谷が艶詩の名人であったことを指す。「セキバク」は平易で「寂寞」(寂莫)が正解。

第三、四句は山谷の名作「寄黄幾復」(七言律詩)を踏まえている。「イッサン」は「一盞」「一粲」「一山」「一散」から選んでください。後ろに「醪」(ロウ=にごりざけ、どぶろく)とありますから、正解は「一盞」。さかずき一杯の酒です。

山谷の詩は「名詩」なので訓み下し分だけ掲げておきます。一休さんは山谷の詩を踏まえながら見事に対句で詠んでいる。(石川忠久氏の「漢詩鑑賞事典」より)

我は北海に居り君は南海
雁に寄せて書を伝えんとするも能わざるを謝す
桃李春風一杯の酒
江湖夜雨十年の灯
家を持して但だシリツの壁有るのみ
病を治むるに三たび肱を折るを蘄(もと)めず
想い得たり書を読んで頭已に白く
渓を隔てて猿は哭さんショウエンの藤に


「シリツ」=「四立」→家徒四壁のイメージ。
「ショウエン」=「瘴煙(烟)」。中国嶺南地方の沼地に立ちこめるというガス。有毒で病気を引き起こすとされた。

同書の解説によると、「黄山谷の文学に、一休が触れるのは十五歳(迂生注:十七歳の誤りか?)の『中秋無月』。一休にとって、信にそれは中国文学そのものとの、決定的な出会いであった」と説明していますが、すいません、いまひとつよくわかりません。

「狂雲集 第一 純蔵主の章」には一休が十七歳、参禅した時の詩が載っています。

「中秋無月」

是無月只有名明
独坐閑吟対鉄檠
天下詩人断腸夕
雨声一夜十年情


是れ月無くして、只だ名の明らかなる有り
独坐閑吟 鉄檠に対す
天下の詩人 断腸の夕
雨声一夜 十年の情


この第四句はやはり黄山谷の詩の第四句を踏まえています。

解説には「一休の詩魂は、十分に熟し切っている」とあります。

盛唐詩人、王維の「秋夜独坐」にあるように、「独坐」は詩題として頻出する。「鉄檠」(テッケイ)は「鉄製の燭台」。「檠」はぜひとも覚えておきましょう。

十七歳のころの一休はむしろ、まだ冷徹というか只管修行にまい進した若者だったと言えましょう。好きな詩を換骨奪胎することや、「断腸」「独坐」といった本場の詩の基本タームを鏤めていることなど、この詩からはまだ生硬ながらも漢詩を詠じる「真面目」さがうかがえます。

要は彼がエロさを前面に出すのはもっと年をとってからというこってすわ。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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