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蹉跌に泣いた屈原と柳宗元も敬慕する一休=漢詩学習

一休宗純の「狂雲集・第三夢閨の章」から、彼が中国詩人に捧げた「通信簿」とも言える詩の数々を玩わいます。本日は屈原と柳宗元です。

■屈原像(屈原の像)■

楚人離騒述□□
深吟湘南秋水長
□□忠言千載潔
春蘭風露幾清香

楚人は離騒にシュウチョウを述ぶ
深吟する湘南 秋水長し
ギャクジの忠言 千載に潔し
春蘭の風露 幾ばくか清香


「離騒」は「憂いに会う」「別離の愁い」という意味。屈原の出身地・楚(現在の湖南省南部から洞庭の南に広がる古代農耕国家)でうたい継がれてきた歌謡の形式を基に詠じた三百七十五句に及ぶ長編の自伝的叙事詩。「楚辞」に収録されている。讒言に遭って退けられた憂国の公憤を述べている。

「シュウチョウ」は浮かびますか?「繡帳」でも「秋蜩」でも「酋長」でもありません。聞き慣れないですが、正解は「愁腸」。心細い気持ち、わびしい思いのことですが、「愁思」「愁心」「愁襟」「愁中」「愁裏」ともいいます。「腸」(はらわた)は「人の心の中」を指す。漢詩では「断腸」でよく使いますよね。「愁絶」は「ひどくわびしがること」、「愁眉」「愁眠」「愁夢」「愁吟」など「愁~」の熟語は多いです。
「湘南」は屈原が身を投じた汨羅の淵のある地。「秋水」は「秋の台風」。荘子に「秋水篇」がある。
「ギャクジ」はいかがでしょう?音として聞いても単語はすぐには浮かびませんね。稍難問ですかね。正解は「逆耳」。「忠告のことばが耳に入りにくい、忠言を聞き入れにくい、また、聞きづらい忠告の言葉」という意味で「みみにさからう」とも訓読する。

この場合の「逆耳忠言」とは、屈原の「漁父」(一休の次の詩も参照)に出てくる老漁夫が諌めて語った「聖人は物に凝滞せずして、能く世と推移す。世人皆濁らば何ぞ其の泥を淈=みだ=して其の波を揚げざる。衆人皆酔わば何ぞ其の糟を餔=くら=いて其の=しる=を=すす=らざる。何の故に深思高挙して、自ら放たれしむるを為すや」(聖人は物事にこだわらず、世と共に移り変わると申します。世人がすべて濁っているなら、なぜご自分も一緒に泥をかきみだし、波を立てようとはなされないのか。人々がみな酔っているなら、なぜご自分もその酒糟をお食べになり、糟汁まですすろうとはなされないのですか。どうしてそのように深刻に思い悩み、高尚にふるまって、自ら放逐されるのを招くようにするのですか)の台詞を指す。この詩では漁夫は最後に「滄浪の水清まば以て吾が纓を濯うべし。滄浪の水濁らば以て吾が足を濯うべし」との決め台詞で去ってゆきます。そのあと屈原は汨羅に身を投げるのです。ちなみに「滄浪」「纓」などは漢検1級試験では必須ですね。

「風露」は「秋の風光」。「清香」は「すがすがしいかおり」。

■「漁父」■

学道□□失本心
漁歌一曲価千金
湘江暮雨楚雲月
無現風流夜々吟

学道サンゼン 本心を失す
漁歌の一曲 価千金
湘江の暮雨 楚雲の月
限り無き風流 夜々の吟


「サンゼン」は、①三千②参禅③粲然(燦然)④潸然⑤産前――から選んでください。一休にとっての学問であり、それが禅の道の修行。正解は「参禅」です。
「漁歌の一曲」というのは、漁父の「逆耳忠言」のこと。

屈原に関しては「ベキラに身を投じた憂国の貴公子、王孫詩人として知られた。伝説と作品を分ち、楚の地における、南方民俗の発生を想定する近代研究も、広い意味の中国文学が、この人とともにはじまることを否定しない」と「日本の禅語録十二 一休」(講談社、P300)は述べています。迂生も以前、晩唐詩人の李商隠が屈原を詠じた「楚宮」という詩をmixi日記で玩わったことがありますので、少し長いですがここに引用しておきます。

(以下、迂生のmixi日記=2009年3月21日付から)

屈原は古代中国、紀元前4~3世紀の伝説の詩人です。まさに春秋戦国時代の末期、楚国の華胄の家に生まれ、時の帝王に仕え出世したものの、帝の寵幸ぶりを妬んだ政敵の讒言に遭い、いまの洞庭湖あたりに流竄され彷徨。失意のうちに身を汨羅江(べきらこう)に投じました。「楚辞」(そじ)と呼ばれる朗誦体の詩は屈原の創始とされ、後世の詩人に多大な影響を与えている(以上、岩波文庫「中国名詩選・上」P112を参照)。後世、「汨羅之鬼」(べきらのき)という成句にもなっており、水屍体を意味する代名詞でもあります。古代中国の悲劇の大詩人は、同じく轗軻不遇の李商隠にとっても恰好の詩材となったようです。まさに屈原のことを詠じた詩が「楚宮」(そきゅう)。戦国時代に奢侈淫佚に耽った楚国の宮殿のこと。商隠は屈原の何処に惹かれたのか。。。そして、迂生もなぜ惹かれたのか。。。。揃い目記念日の五月五日は屈原の命日、そして端午の節句に食べる粽(ちまき)の起源が屈原にあることはご存知か?。。それも登場します。


 【楚宮】(七言律詩) =李商隠

 湘波 涙の如く 色漻漻たり

 楚〔示+〕の迷魂 恨みて逐いて遥かなり

 楓樹 夜猿 愁いて自ら断たる

 女蘿 山鬼 語りて相い邀う

 空しく腐敗に帰す 猶お復し難し

 更に腥臊(月+〈操-手偏〉)に困しめらる 豈に招き易からんや

 但だ使し故郷に三戸在らば

 綵糸 誰か惜まん 長蛟を懼れしむるを


(解釈)湘江の水は涙のように、透き通った色。そこに身を投げた楚の人屈原の怨霊はどこまでも恨みを追いかける。
 水辺の楓に鳴く夜の猿は、胸破れんばかりに悲痛な声。女蘿のつるをまとった山の鬼女は、言葉巧みに誘いかける。
 水底で腐爛している肉体は二度と呼び戻すこともかなわず、そのうえ魚に食いちぎられては魂を招き返すことができようか。
 もし屈原の郷里にのこった家がたった三軒だとしても、みずちをたじろがせる色鮮やかな糸で縛った食べ物を、彼の眠る水中に供え続けることだろう。

第一句の「湘波」(しょうは)は、湘江の波で、洞庭湖に南から注ぎ込む川。屈原が身を投げた汨羅江はその支流。汨羅江は、いまの湖南省北東部を西流し、湘江下流に注ぐ。長さ約200キロメートル。
「漻漻」(りょうりょう)は、水が清く、底まで見分けられるさまをいう。空なら高くて澄み切ったさま。水の流れが清らかなさまもいう。当然ながら、配当外の漢字です。あっても良さそうですけどね。音符が「翏」の漢字はいろいろあるので整理しておきましょう。

第二句の「〔示+〕」(れい)は非業の死を遂げた魂のこと。難しい、漢字源にもなかった。。。解説によっておきます。「」と同じだとある。「淫」(いんれい=たたり)という難しい熟語も紹介されていました。「楚」は屈原のこと。「逐う」は「お・う」と表外訓み。

第三句の「楓樹」(ふうじゅ)は、南方の楚国を代表する水辺の植物。フウ。「楓」は日本で言えば「かえで(もみじ)」。「楓橋」(ふうきょう)、「楓宸」(ふうしん=天子のいる宮殿)もある。「夜猿」(やえん)は、南方の猿が夜に泣き叫ぶ悲痛な声。「楓樹」も「夜猿」も屈原の詠んだ「楚辞」に出てくるキーワード。

第四句の「女蘿」(じょら)は、地衣類の名。深山のブナや針葉樹の幹や枝にかかり、互にからまりあって群生する。サルオガセ。サガリゴケともいう。「松蘿」(しょうら)ともいう。「蘿」は「つた、かずら」。「蘿窓」(らそう)、「蘿蔔」(らふく、すずしろ)、(ちょうら)、「藤蘿」(とうら)、「蘿径」(らけい)、「蘿衣」(らい)、「蘿月」(らげつ)、「蘿薜」(らへい=つたかずら)=「蘿蔓」(らまん)=「蔦蘿」(ちょうら)。
「山鬼」(さんき)は、山中に住む女の神。これらも女蘿を帯とした山鬼として、「楚辞」に出てくる。
「邀う」は「むか・う」で「邀える」。招く、呼ぶという意。「邀」の音読みは「よう」。熟語には「邀撃」(ようげき)、「邀求」(ようきゅう)、「邀賞」(ようしょう)、「邀討」(ようとう)、「邀幸」(ようこう)、「邀賓」(ようひん)。

第六句の「腥臊(月+〈操-手偏〉)」(せいそう)は、なまぐささ。転じて動物そのものを指す。「臊」は配当外だが、「けだものの肉。むかむかするようなくさいにおい」。「臊腥」(そうせい)もある。「臊羯狗」(そうかつく=人をののしる言葉)は面白い表現だ。解説によると、「呂氏春秋」本味に「夫れ三群の虫、水に居る者は腥、肉を攫む者は臊、草を食らう者は羶」とある。腥、臊、羶いずれも「なまぐさい」。ここでは身投げした屈原の体が魚に食われ原形をとどめなくなったさまをいう。

「招く」は、死者の魂を招くこと。招魂(しょうこん)という言葉もある。

第七句の「三戸」(さんこ)は、家が三つになること。「使し」は「も・し」と訓読させているが、通常は使役の「せしむ」。ただ、意味的には「たとい~とも」と言った方が正確だろう。

解説によると、「史記」項羽本記に、楚の南公という予言者が「楚は三戸と雖も、秦を亡ぼすは必ず楚なり」と言った言葉に基づくとある。楚の人の秦に対する怨みは深いので、たとえ三戸まで落ちぶれたといえども、秦を滅ぼすことを諦めないだろうという意味。執念深い民族だというのです。

第八句の「綵糸」(さいし)は、色鮮やかな糸。「綵」は「あや、あやぎぬ」とも訓み、「綵幄」(さいあく)=「綵幔」(さいまん)、「綵衣」(さいい)=「綵服」(さいふく)、「綵雲」(さいうん)、「綵舟」(さいしゅう)=「綵船」(さいせん)、「綵繍」(さいしゅう)、「綵勝」(さいしょう)、「綵組」(さいそ)、「綵帳」(さいちょう)、「綵筆」(さいひつ)、「綵房」(さいぼう)。

「懼れる」は「おそれる」。びくびくすること。音読みは「く」。熟語には「恐懼」「驚懼」「兢懼」「兢懼」「兇懼」(以上きょうく)、「悚懼」「竦懼」「聳懼」「慴懼」(以上しょうく)、「懼然」(くぜん)がある。いかにもおどおどした感じの出ている漢字ですな。

屈原の命日五月五日が来るたびに、楚の人は竹筒に米を包んで霊を弔っていたが、後漢の建武年間、三閭大夫(屈原)と名乗る人物が現れ、「毎年いただいているものは蛟竜(こうりょう、みずち)に盗られているので、もしお恵みをいただけるんであれば、楝(おうち)の葉で蓋をして五色の糸で縛ってほしい。這の二つは蛟竜が苦手なものだから」と言う。以後、その通りに粽を作る風習が誕まれたという。

尾聯の二句は、楚の人の矜恃と屈原のエピソードを絡ませながら、前を向いて生きることの意味をシニカルに詠じているような気がします。

この詩は、屈原の無念を稍グロテスクな場面も織り交ぜつつも、彼の名詩「楚辞」にあるキーワードを鏤めながら、楚の人々に慕われ続ける大詩人に思いを馳せています。無念のうちに身を投じた先輩詩人に、やはり自分自身を投影していると見ていいでしょう。たとえ、思いがかなわずに自分の命を落とすことになろうとも、分かってくれる人がたった三人でも、いや一人でもいてくれたらいい。その人たちが熱い思いを持っていてさえくれたなら必ずや繋いでくれるはず。。。そのためには、生きている間には思いのたけを詩に詠もうではないか。その詩こそが人々の心を動かすのだから。そんな決意を李商隠は屈原に事寄せて固めたのだと思います。(以上、引用終わり)

一休の「狂雲集・狂雲の章」にも屈原の命日を詠った詩があります。

■端午■

千古屈平情豈休
衆人此日酔悠々
忠言逆耳誰能会
只有湘江解順流

千古 屈平 情 豈に休せんや
衆人は此の日酔いて悠々たり
忠言は耳に逆らう 誰か能く会せん
只だ湘江のみ解く順流する有り


「屈平」というのは「屈原」のこと。第二句は「漁父」の忠言に出てきた一節を踏まえている。「悠々」は「苦悩とは無関係に当然のこととして」。「順流」は、孔子が死んだ時、それを悼んで泗水が逆流したという伝説を踏まえ、それを揶揄するもの。言い換えれば、屈原の死を正当なものとして評価する一休のスタンスを明確に示していると言えます。


続いて、柳宗元(柳子厚)です。

■「柳子厚種木槲花図(柳子厚、木槲の花を種ゆる図)」■

独吟□□倚鋤頭
題取詩消木槲愁
遠客帰期公未誤
残生此地祝千秋

独り吟じてショウシャ 鋤頭に倚る
詩を題取して消す 木槲の愁い
遠客の帰期 公未だ誤らず
残生 此の地に千秋を祝す


「ショウシャ」は平易。「瀟洒」が正解。こざっぱりとして清らかなさま。「瀟灑」もある。「鋤頭」は「すきの柄」。「木槲」の「槲」は「かしわ(おおばくぬぎ)」。

中唐の柳宗元(773~819)は、字を子厚といい、河東(山西省)の人。21歳で進士に合格するほどの神童だった。中央政界では韓愈、劉禹錫らと机を並べた。33歳の時、時政を批判して失脚し、西方に左遷され、47歳のとき柳州(広西壮族自治区)の地で死去した。韓愈と共に、唐宋八大家の新文学を以て知られる。

柳宗元と言えば、超俗の名吟として有名なのが「江雪」(五言絶句)でしょう。「寒江独釣」という詩題を生みだし、絵画にもなっています。

千山鳥飛絶
万径□□
孤舟□□
独釣寒江雪


千山鳥飛ぶこと絶え
万径ジンショウ滅す
孤舟サリュウの翁
独り釣る寒江の雪


「ジンショウ」は「迅捷」…ではなくて「人蹤」です。人の「あしあと(蹤)」。「踪」とも書く。「サリュウ」は「蓑笠」が正解。「みのとかさ」。

まさに墨絵の世界そのものですね。

同書の解説によると、「柳子厚は、柳州に流されたとき、木槲をうえる詩をつくる。流謫の地にあって、主恩を忘れぬ忠節のあかしである。一休は、薪の酬恩庵を己れが流謫の地に見立てる。柳子厚や屈原に、わが身をかさねあわせての作品」とあります。

宗元が書いた「木槲花を種ユ」に「上苑ニ年々、物華ヲ種ユ、飄零今日、天涯ニ在リ、祗ダ応に長ク竜城ノ守ト作ラン、剰エ庭前ニ木槲ノ花ヲ種ユ」があり、都にいる帝に対する永遠なる忠誠の気持ちを詠んでおり、「木槲」は忠節の意をあらわすとされます。一休の詩はこれを踏まえています。酬恩庵というのは、京都府京田辺市にある禅寺。1456年、一休が草庵を結んで中興した。別名、一休寺ともいう。

一休は宋元の「江雪」に触発され、「秋江独釣図」という詩を詠んでいます。石川忠久氏の「漢詩鑑賞事典」(講談社学術文庫、P409)に拠りましょう。

清時有味是漁舟
水宿生涯伴□□
蒲葉□□半零落
一竿帯雨暮江秋

清時 味わい有るは是れ漁舟
水宿の生涯 ハクオウを伴う
蒲葉 ロカ 半ばは零落
一竿 雨を帯ぶ暮江の秋


「ハクオウ」は「白鷗」しかないですね。羽の白いカモメ。「ロカ」は「蘆花」が正解。アシの花。

解説には「(宗元の詠んだ)雪景色をむらさめの光景に移し、孤独や失意に耐える心を、自然と一体化し、孤高を持して暮らすよろこびに変えて、超俗の画幅を作り出している」とあります。一休さんの換骨奪胎は素晴らしい。単なるエロすぎる禅僧ではありませんね。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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