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「貴妃」の色香にぼ~絶頂期が一番危ないよ李白殿=漢詩学習

本日は李白の「清平調詩 三首」(いずれも七言律詩)。岩波文庫「李白詩選」(P57~62)によると、「玄宗は太真妃(楊貴妃)と牡丹花の美しさを愛でるため、玄宗皇帝が翰林供奉の職にあった李白に、新しい詩歌を作らせた」とあり、「李白は、二日酔いが醒めない状態だったが、即座に筆をとって…(略)…書き上げた」。この詩の素晴らしい出来栄えに感動した玄宗は以後、学士の中で李白を重用するようになったといいますが、実はこれには後日談というか、李白自身の首を絞めるエピソードがあるのです。その顛末は詩を味わった後で。。。本日も三首共にpunch-lineをカタカナ問題といたしますのでご了承ください。読み下し文のみ

【其一】

雲には衣裳を想い 花には容を想う
春風 檻を払って 露華濃やかなり
若し 群玉山頭に見るに非ずんば
会ず ヨウダイの月下に向いて逢わん


【其二】

一枝の紅艶 露 香を凝らす
雲雨 巫山 枉しく断腸
借問す 漢宮 誰か似るを得たる
可憐なり 飛燕 シンショウに倚る


【其三】

名花 傾国 両つながら相歓ぶ
長しえに 君王の 笑いを帯びて看るを得たり
解釈す 春風無限の恨み
沈香亭北 ランカンに倚る


【その一】

美しい雲は貴妃の衣裳のよう、美しい花は貴妃の顔(かんばせ)のよう。春風が宮殿のおばしまを吹きわたり、夜露が濃やかにきらきらときらめく。ああ、これほどの美しき人には、あの不老不死の西王母の住む「群玉山」のいただきでなければ、きっと神仙の住むという宮殿の月光のなかでしかお逢いできないだろう。

楊貴妃への賛辞の嵐ですね。「群玉山」は、「穆天子伝」(巻二)に「群玉の山に至る」とあり、郭璞注に「即ち山海(経)に“群玉山は西王母の居る所”と云う者なり」とある。「会ず」は訓めますか?漢詩ではときどきお目にかかります。「かなら・ず」と訓んでください。さて、「ヨウダイ」。「容体(容態)」や隋王朝の「煬帝」じゃないですよ~。ちょっと難しいかも。「ヨウ」は1級配当漢字ですがあまり馴染はないかも。「ヨウリンケイジュ」という四字熟語くらいですかね。正解は「瑶台」。月の異称でもあります。これを機に覚えましょう。出たら泣くに泣けない。「瑶林瓊樹」は「人品が卑しくなく高潔で、人並みすぐれている」意で、「瑶」も「瓊」も「たま」のこと。

【その二】

紅く艶やかな牡丹の花がひと枝。それは露を含んで濃密な香りを漂わせる。雲と成り雨となると契った巫山の神女さえも、この貴妃の美しさの前ではとてもとてもかなうまい。ちょっとお尋ねするが、あまたいる漢の後宮の美女のなかでどなたがこの貴妃に似ているというのでしょう。ああ、なんと華やかな、―そうそう例の趙飛燕さまの直したての自慢のご尊顔くらいでしょうか。

「巫山雲雨」はエロチックな四字熟語。昔、楚の先王が、楚の雲夢の沢にあった高唐のうてなに遊び、昼寝の夢の中で巫山の神女と契った。神女は別れ際に「妾は巫山のみなみ、高丘の岨に在り。旦には朝雲と為り、暮には行雨と為る。朝々暮々、陽台の下」と述べた。翌朝、王が見ると、果たしてその言葉通りだったため、神女のために廟を立てて「朝雲」と名付けたという故事。男女のむつびあいをいう。「枉」は少し難しい用法。通常は「まげる」という意味だが、ここでは副詞用法で「むな・しく」と訓んで、「いたずらに、その甲斐もなく」。「借問」は漢詩では必須語。「シャモン」と読みたいところ。軽く問いかける時の慣用語です。「可憐」も必須語。プラスにもマイナスにも感情の激しさを表す慣用語。現在日本で用いる「可憐な少女」とはちょっと意味が違うので要注意です。

「飛燕」は前漢の成帝の皇后、趙飛燕のこと。やせ形で身の軽い、漢代随一の美人の誉れが高かった。さて、「シンショウ」です。同音異義語は「宸章」「振慴」「振懾」「新嘗」「晨鐘」「森聳」「臣妾」「薪樵」「震悚」「哂笑」「震懾」など目白押し(落語の「志ん生」師匠でもないですよ)ですが、ここは比較的平易な漢字で。正解は「新粧(妝)」。化粧したての姿。「倚る」は「恃みとして自身を持つこと」。

【その三】

名高い牡丹の花と傾国の美女が、たがいにその美しさをめであう。天子さまは楽しそうで両方とも眺めていても飽きられることがない。春風ゆえに生まれる無限の恨み、その欝屈を解きほぐすかのように、沈香亭の北にいて、手すりにもたれた妃のあでやかさといったらこの上もない。

「沈香亭」は、沈香でできたあずまや。興慶宮の竜池の東南にあったという。いまも興慶公園の沈香亭と名付け復元されている。「ランカン」は平易でしょう。「その一」で「おばしま」(檻)とありましたが、ここは「闌干」が正解。ただし、「ランカン」は幾つかあって「欄檻」「闌檻」「欄干」も正解ですかね(平仄は分かりませんが)。こっちの「倚る」は「もたれる。よりかかる」。

さて、李白が掘った「墓穴」というのはこうです。同書によると、玄宗の側近の官宦、高力士(コウリキシ)は、かつて宴席で李白に彼の靴を脱がさせられたことを恨みに思っていた。この「清平調詩」の第二首に詠われた「趙飛燕」を持ち出して、楊貴妃にこう讒言したのです。「趙飛燕は漢代随一の美女ですが、後年、王莽に弾劾されて庶民となり、自殺しております。かような女に楊貴妃さまをなぞらえたのです。かような不遜なことがありましょうか」。。。これが貴妃を通じて玄宗に伝わり、「かようなものを登用されることには反対いたしますわ」―。愛する女からこう言われればたじたじの玄宗もついには李白を退けることになったといいます。

「漢詩鑑賞事典」(講談社学術文庫、P214~216)の「鑑賞」には李白の“勇み足”についてこう述べています。「このころの楊貴妃は二十四、五歳、妖艶のきわみだったのだろう。思うに李白は、その美しさを間近に見て、ボーッとなったにちがいない。『露華濃やかなり』とか、「紅艶露香を凝らす」とか、花にことよせて、かなり濃厚な表現をしている。そして全体に、上っ調子な形容がめだつのもふだんの李白らしくない、というと言い過ぎであろうか。今と違って、昔は、宮中の奥深くいる人の姿など見ることのできる人はごく数少ない。楊貴妃が美人だ、美人だといっても、じかに顔を拝めるなど、夢にも考えられないことだったろう。それが、今宵は、牡丹の美しさと貴妃の美しさを詠じてみよ、とのご沙汰であるから、それこそそばへ寄って拝むことになったのだからドギマギするのも無理はない。二首目では調子にのって貴妃を趙飛燕になぞらえたものだから、飛燕のごとき素姓のいやしい者に比すとは何ごと、と告げ口されて、失脚するに至った、という」という。

いつの世も絶頂期といいますか、調子に乗り過ぎた時が一番危ないのです。シンプルな言葉で言えば「好事魔多し」。絶世の美女を拝めるばかりか、ありたけのおべっかを使って褒めそやし、皇帝の覚えも目出度くなったまでは良かったが、その背後に忍び寄る殃い。言葉が滑れば、待ってましたとばかり足元を掬う奴がいるのです。ま、いいじゃん。一瞬であれ楊貴妃と同じ空気を吸い、そばで臭い、じゃなかった匂いをかげたんだからさ。春の夜の夢。。一夜限りのなんとかで、絶頂から谷底にすとーんと落ちる「ジェットコースター・ストーリー」。その後、李白の流浪人生がはじまります。ときに李白、43、44歳といいますから、う~ん、迂生も身につまされますなぁ。。。。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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