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「楊貴妃」の笑いに隠された謎とは?=漢詩学習

中国四大美女の最後は楊貴妃です。以前弊blogで白居易の「長恨歌」シリーズで詳しく味わいましたが、古来、ほかの美女に負けず劣らず詩人にとって題材となっております。楊貴妃と言えば、唐代の玄宗皇帝の身も心もとろとろに溶かし俘にした「怪しい色香」が最大の武器。彼女の妙に艶めかしい描写が長恨歌にも全編にわたって盛られていましたよね。
本日は杜牧の詩を見ながら学習を進めます。


杜牧には楊貴妃を詠んだ詩(五言絶句)が三首連作であります。いずれもそれぞれのpunch-line(キーワード、落ち)と思われる「語句」を問題にしてみました。詠み下し文のみ。「岩波文庫「杜牧詩選」P60~67」からです。

「過華清宮絶句」(華清宮に過る 絶句)

【其の一】

長安より廻望すれば 繍 堆を成す
山頂の千門 次第に開く
一騎の紅塵 妃子笑う
人の是れレイシの来るを知る無し


【其の二】

新豊の緑樹に 黄埃起こり
数騎の漁陽の探使廻る
ゲイショウの一曲 千峰の上
中原を舞破して 始めて下り来る


【其の三】

万国笙歌して 太平に酔い
天に倚る楼殿 月分明なり
雲中に拍を乱して 禄山舞い
風はチョウランを過ぎて 笑声下る


【その一】

長安からこうべをめぐらしはるか遠くを眺めると、驪山はさながら美しい錦繡が積み重なっているようだ。山頂へと続く宮殿の門が次々と開かれていく。急駛の早馬が土埃を巻き上げて走り入ると、楊貴妃さまは嫣然と笑った。誰が知ろうか、遠路南からはるばる運ばれていた珍菓・ライチーだということを。

驪山は唐の都長安の東約25キロ(現在の陝西省臨潼県城の南)。その北麓には「華清宮」という温泉離宮があった。海抜1300メートル、西繍嶺と東繍嶺から成り、西繍嶺下が温泉保養地。「華清宮」は747年、玄宗皇帝が寵愛する楊貴妃のために、もともとあった温泉宮を大改造築した。「華(うるわ)しく輝き、清らかに澄みわたる」温泉の意。冬場の三カ月を楽しく暮らした。長恨歌でたっぷり歌われていました。「紅塵」は「黄塵」(その二では黄埃と表現)と同義ですが、楊貴妃の放つ“色香ビーム”では「紅」の方がお似合いでしょう。さて、「レイシ」。これしかないですね、「茘枝」。蜀出身の楊貴妃は茘枝が大好物。果肉は白く口中にほどよい甘みが広がります。皮をむいて食べますね、迂生も好きですよ。しかし、茘枝はすぐ腐るので早馬で嶺南から届けさせなければならない。人も馬も茘枝を運んだあとはへとへとに羸弱し倒れるとのことです。

【その二】

新豊付近の緑なす木々の隙間から、黄色い早馬の砂煙が沸き起こる。安禄山の動静を探りに漁陽に赴いていた使者たちが帰ってきたのだ。「ゲイショウウイ」の舞曲が緩やかな余韻と共に無数の峰々に消えてゆく。玄宗さまが歓楽にふけっているその間に都の地が陥落しまった。まさに遅きに失した驪山からの都落ちではなかろうか。。。

「新豊」は漢代の県名。唐代では京兆府照応県城(現在の臨潼県)の東北約9キロ、現在の新豊鎮。「漁陽」は唐代の郡名で現在の北京市。安禄山が放棄した拠点だった。玄宗が使いを出して反乱の意思があるかどうかを個人的に確かめさせたという。さて、「ゲイショウ」ですが、これはもう「霓裳羽衣」の「霓裳」しかないですね。四字熟語問題でも故事成語問題でも狙われるでしょう。大空を自在に飛翔する仙女を連想させる「霓(にじ)の裳(もすそ)、羽の衣」の名を持つ宮廷舞曲。西域(Brahmanインド)から伝来し、玄宗が編曲したものとされる。緩慢なリズムながら、余韻を引く情感たっぷりの舞踏曲だったらしい。「中原」は、東都・洛陽を中心とする河南省一帯の地。安禄山は755年11月9日挙兵し、12月には洛陽を占領した。

【その三】

天下のいたるところ、人民の笙や歌声が響き、太平の世に酔いしれる。天空にぞびえる高大なる宮殿は、明るい月の光につつまれ、さながら雲中で安禄山が胡旋舞を踊りだすや、宮女の相の手も合わせるのが難しい。重なり合う峰々を吹きわたる風にのって、にぎやかな笑い声が麓にまでおりてくる。

その三はすこし時間をさかのぼるようです。「笙歌」は問題にしてもいいですね。「ショウ」が「笙」と浮かぶかどうかです。「乱拍」は、でっぷり肥った安禄山が、胡旋舞(中央アジアのソグディアナ地方から伝わった、風のように右に左にくるくると旋回する舞踊)を踊りだすや、楊貴妃を始め宮女たちは、その剽軽な姿に笑い転げ、しかも、その旋廻の早さに手拍子が狂ってしまうことをいう。晩年の禄山は体重が350斤(約210キロ)もあり、腹が膝の下まで垂れ、左右の支えでようやく歩けたとありますが、胡旋舞を舞うときだけは人が変ったように風に酔うようにすばやく踊り続けたのです。白居易の「胡旋女 近習を戒むるなり」(石川忠久氏の「白楽天一〇〇選」)には「中には太真(楊貴妃のこと)有り 外には禄山 二人最も道う能く胡旋すと」や「貴妃 胡旋して君が心を惑わし 死して馬嵬に棄つるも念うこと更に深し」の句があり、石川氏も「当時、胡旋舞がもてはやされていたことから、楊貴妃もこれが上手だった可能性はある」と指摘しています。さて、「チョウラン」です。「雕欄」でないのは明らかなので正解は「重巒」。「巒」(やまなみ、みね)が1級配当の重要漢字。「巒丘」(ランキュウ)、「巒壑」(ランガク=やまとたに)、「層巒」(ソウラン)、「峰巒」(ホウラン)、「岡巒」(コウラン)などをしっかり押さえておきましょう。

杜牧の詩は明らかに白居易の「長恨歌」をベースにして、暢気な玄宗皇帝と楊貴妃、それに安禄山を揶揄している感じがします。

「杜牧詩選」(P62)によると、その一にある「一騎の紅塵 妃子笑う」の解釈には異説もあるとあります。驪山にまつわる故事(周代の幽王が寵妃褒姒=ホウジ=を笑わせるために、偽りの烽火をあげて国を亡ぼした)が投影されているため、「一騎の紅塵」は慌てて馳せ参じる諸侯の軍馬の沙塵を、さらに「笑」は慌てふためく諸侯を見た褒姒の不気味な笑いを連想させる、とあります。「褒姒」の故事は有名ですね。なかなか笑わない褒姒のために幽圧は何もないのに夷狄の侵入を知らせる烽火をあげてみた。すると、すわお国の一大事とこぞって集まった諸侯の慌てぶりと、「うそよ~ん、うそピー」なんて軽いタッチで言われた時の「啞然ぶり」をみた褒姒が初めて笑ったのです。そして、本当に敵が襲ってきたときに烽火をあげてもだれも助けに来なかったというおきまりの落ち。この故事は驪山が舞台でした。狼少年ならぬ、狼王様ですね。わらわん女も女だが、国の大事を女の媚を得るために使うなんざ、愚の骨頂もはなはだしい。麻生太郎みたいだ。選挙をやるために総理大臣になったのに、「百年に一度の経済危機」を好機到来とばかり、選挙を先送りし、大盤振る舞いのばら蒔きで選挙民の歓心を買おうと躍起になったが、滑りに滑って襤褸の出しまくり。追い込まれた任期満了近くの解散で、案の定、選挙民から見放されて襤褸負け。他国の危機を自国の危機にすり替えましたね。迂生は今でもそのセンスは疑うわ。あの時選挙をやっていれば。。。もういまさら言うまい。ぽっぽ鳩山政権に期待しましょう。

閑話休題。楊貴妃です。茘枝がとどいてほくそ笑んだのか、安禄山の蜂起を予感してかはわかりませんが、世の中の不吉な前兆はどこかにあるものです。常に怠らずに注視しなければなりません。いつまでも馬鹿みたいに笑っている場合ではないですよね。楊貴妃シリーズは次回も続きます。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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