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マストアイテムは泛菊酒と茱萸実の「重陽の節句」=漢詩学習

本日9月9日は五節句のひとつ、重陽の節句です。わが国ではあまり重用されませんが、中国では古来、人々の秋の大行事であって、高いところに登って酒を飲んで、邪気を払う風習があります。ちなみに蛇足ですが、旧暦ではいまの10月なので本来はもっと秋が深まり始める菊が咲いている頃です。

初唐の王勃(649~676)に「蜀中九日」(七言絶句)という詩があります。「漢詩鑑賞事典、P77~81」から。

九月九日望郷台
他席他郷送客杯
人情已厭南中苦
□□那従北地来


九月九日望郷台
他席他郷客を送るの杯
人情已に厭う南中の苦
コウガン那ぞ北地より来たる


九月九日、望郷台に登る。異郷の地で重陽の宴会に加え、友人の送別会も兼ねている。酒の杯もいつもより進みがはやくなるのも無理からぬというもの。ああ、あきあきした。もううんざりだ。この蜀の生活には。だのになぜ、あのカリは北からわざわざここ南方の地に飛んでくるのか。

「望郷台」というのは、蜀の東部にあるとされた玄武山の高台の名称。同書によると、一説には隋の蜀王秀が築いた成都北部の高台をいう。

同書の「鑑賞」には「この詩は、重陽の節句に望郷の念にかられて作ったもの。沛王の修撰を首になったのち、勃は蜀(四川省)に旅した。その地で友人の盧昭鄰・邵大震と共に重陽の節句を迎え、酒をくみかわしたのであった。旅立つ『客』は邵大震だったらしい」とある。さらに、「前半二句と後半二句が対句仕立ての、いわゆる全対格である」として、第一句の「九月九日」、第二句の「他席他郷」といずれも九と郷を畳みかけています。後半二句も、長安の都や故郷山西省をさす「北地」を思う作者の心境を、北に帰る鳥に託するのではなく、「逆に北からやってくる鳥に対して、どうしてこんないやなところへ……と問うところに機知の冴えがあり、作者の望郷の念が強く迫ってくる」と指摘しています。渡り鳥である「コウガン」です。正解は「鴻雁」。同音異義語のうち、「亢顔」「狎玩」「厚顔」「紅顔」なら許せますが、「睾丸」はダメ。もう一度詩を翫味してください。

盧昭鄰の詩も紹介されています。おそらくこの時のものであろうと同書は指摘しています。

「九月九日登玄武山」

九月九日眺山川
帰心帰望積風塵
他席共酌金花酒
万里同悲鴻雁天


王勃の詩とまったく軌を一にしています。やはりここもpunch-lineは「睾丸」、じゃなかった「鴻雁」です。ちなみに「鴻鴈」ともいいますが、「鴻」はおおきなカリ、「鴈・雁」は普通のカリ。ちなみに「鴻都」と言えば「唐代の第二の都、洛陽のこと」。

重陽の節句で欠かせない小道具に「菊」があります。菊の花びらを酒盃に浮かべて、そのまま飲み、長寿のまじないとしました。

盛唐の岑参(715?~770)も重陽の節句に、異民族征伐の途上にある衛中丞という人の送別会に臨席し、高らかに「餞の言葉」を詠んでいます。岩波文庫「唐詩選(中)、P269~271」から。

「九日使君席奉餞衛中丞赴長水」(七言律詩)

節使横行西出師
鳴弓擐甲羽林児
台上霜風凌草木
軍中殺気傍旌旗
預知漢将宣威日
正是□□欲滅時
為報使君多泛菊
更将絃管酔□□


節使横行して西のかた師を出す
弓を鳴らし甲を擐(ぬ)く 羽林の児
台上の霜風 草木を凌ぎ
軍中の殺気 旌旗に傍う
預め知る 漢将 威を宣ぶるの日は
正に是れコジン 滅せんと欲するの時なるを
為に報ぜん 使君 多く菊を泛べ
更に絃管を将てトウリに酔えと


天子様から割符を授けられた将軍、衛中丞さま。自由自在に西方へ御出陣される。弓弦を鳴らし、甲冑をまとった近衛兵の健児たちをお従えになり、御史台にあったときは秋霜烈日たる勢いは草木をも枯らすほどでした。しかし、いま将軍となられた陣中では殺気にあふれ、旗さしものにもまといついておられます。この将軍がわが漢民族の威力をお示しくださること、そしてえびすの者がいたずらに巻き起こした騒乱のちりが消滅する時であることはもうわかっているのです。ですから、お見送りのみなみなさまにご進言いたします。杯にたくさんの菊を浮かべなさいませ、管弦の調べの中で、あの陶淵明のように東のまがきのもとで思いっきり酔うことにしようではありませんかと。


「コジン」=「胡塵
「トウリ」=「東籬」(陶淵明の「飲酒」にある有名な一節「菊を采る東籬の下」を踏まえた表現)


これも盛唐の王維(699~759)も重陽の節句に望郷の思いを詠んだ詩があります。「漢詩鑑賞事典、P180~183」

独在異郷為異客
毎逢佳節倍思親
遥知兄弟登高処
遍挿□□少一人


独り異郷に在って異客となる
佳節に逢うごとに倍す親を思う
遥かに知る兄弟高きに登る処
遍くシュユ挿して一人を少くを


一人だけ故郷を離れ、異郷の地で旅人なっている。このめでたい節句の日が来るたびにいよいよ故郷の親兄弟が懐かしい。兄弟が高いところに登ってその折に、皆揃って赤いカワハジカミを頭に挿している。その中に自分一人だけ欠けている絵が眼前に浮かんで溜息をつくばかり。

同書の「鑑賞」によると、「この作品は王維の自註で、時に年17とある。山西省のいなかから、15歳のころ都の長安に出てきた。今でいう受験勉強のためである。といって、ただ勉強ばかりしていたのではない。上流階級の人たちに名を知られ、認められることも必要であった。絵に詩に音楽にと豊かな才能に恵まれた王維は、たちまち王侯貴族の間で評判になり、サロンの寵児となった。…(略)…この詩は九月九日、重陽の節句に故郷を懐かしんで作ったものである。重陽の節句には、『登高』といって高い所へ登って邪気払いをする風習があった。異郷にある者が高い所に登れば、故郷を懐かしく思うのも人情の自然。17歳の少年王維も、故郷にいれば家族そろって登高していただろう。が、今は異郷の都長安で、異客(仮住まいの身)となっているのである。起句の異郷異客は語呂の面白さをねらった。(迂生注:王勃の詩句を髣髴とさせる)…(略)…日常王侯貴族の間でいっぱしに交際していたであろうけれども、まだなんといっても17歳。その寂しさは、ついこういったところに出てしまう。いかにも少年らしい素直な感情がよく出た作品である」とある。

王維の這の詩は17歳ですよ。白居易の「王昭君」も17歳でした。天才の早熟性をいかんなく発揮しています。なんといっても単なる「早稲」ではなかったのは、その後の両人の活躍を見れば瞭然でしょう。

おっと、正解は「茱萸」。これがこの詩のpunch-lineですね。現代日本では「グミ」ですが、当時の中国では「カワハジカミ」のこと。赤い実がなり、邪気払いの力があると信じられていた。九月九日の節句には、茱萸を挿し、高所に登って菊酒を飲み、悪気を避け疫病を防ぐ風習があったといいます。

最後に、「詩聖」杜甫の「九日藍田の崔氏の荘」(七言律詩)を見ます。杜甫47歳の作品。「Around 50」も迫るのに、時の粛宋の怒りにふれ、左遷の憂き目にあっているさ中、その感懐を詠ったもの。読み下し文だけでご容赦ください(「漢詩鑑賞事典」、P306~308から)

老い去ってヒシュウ強いて自ら寛うす
興来って今日君が歓を尽くす
羞ずらくは短髪を将って還た帽を吹かるるを
笑って傍人を倩いて為に冠を正さしむ
藍水は遠くセンカンより落ち
玉山は高く両峰と並んで寒し
明年此の会知んぬ誰か健なる
酔って茱萸を把って仔細に看る


年老いたわたしは悲しき秋に当たり胸の思いをくつろげ、気の赴くままに本日は貴殿の歓待をたっぷりと受けさせてもらいます。薄毛なので風に帽子が吹き飛ばされると恥ずかしいです。そばにいるお方の手をわずらわせて直してもらうことの照れくささといったらありません。藍水は遠く千々の谷間の水を集め流れ落ち、玉山は高々とその双子の峰を並べて寒そうです。来年またこの会が催されたとしていったい健康で参加できる人は何人いるでしょう。酒に酔ってカワハジカミの実を指先につまみながらまじまじと見詰めるばかりです。

「杜甫詩選」(岩波文庫、P168~170)によると、この頷聯(3、4句)は陶淵明が「晋の故の征西大将軍の長史孟府君の伝」で述べた故事をベースにしている。晋の孟嘉(孟府君)が九日の宴(場所は竜山=今の湖北省江陵県西北)に、風に吹き落された帽子を種に一文を草して一座を感嘆させた、いわゆる「孟嘉落帽」と称されるもの。かぶっていた帽子が風で吹き飛ばされたことに気付かなかった孟嘉。宴の主催者である征夷大将軍桓温は一座の者に黙っているよう目配せし、名文家孫盛に命じてこれを嘲る文を書かせたが、厠から戻った嘉は考える間もなく超卓なる反駁文を書いて返したので、一座の者は一様に感嘆させられた。当意即妙の風流を表す故事として有名です。ちなみに孟嘉は淵明の母方の祖父です。

「ヒシュウ」=「悲秋
「倩う」=「やと・う」
「センカン」=「千㵎(澗)


老い先長くない轗軻不遇は身にこたえます。いや、心を抉ります。首聯(1、2句)と尾聯(7、8句)の心情は迂生も身につまされます。動かしがたいまでの心の叫びが頷聯の「詼けたユーモア」、頸聯(5、6句)の「川と山の自然描写」をがっちりと挟み込みます。「酔って」とあるが、これは実は、酔っていませんねぇ、いや、酔えていませんね。いつ果てるとも知れぬ命の短さを真っ赤な茱萸の実に重ねて見ている。長寿を願うはずの重陽の節句に詠まれる詩は悲しいものが多いですね。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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