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陶淵明の「閑情の賦」シリーズ⑤=次第に落ち着くストーカー…

 本日は陶淵明先生の「閑情の賦」シリーズの5回目。mixi日記からの転載です。

今回は全般に大人しめです。次第に自然描写が多くなり、直接的な真情を詠むよりは、自然に事寄せる形を取っています。ストーキング熱を冷ますにはやはり、自分を外から客観的に見つめるのが「特効薬」なのでしょう。自分の内面から、自惚れた「俶さ」(よさ)を歪めて見るのではなく、一歩も二歩も離れた外から冷徹な「慝いところ」(わるいところ)を見るのです。そうすれば、段々とクールダウンしていく。。。しかし、度が過ぎると今度は新たな「病」に罹ってしまうので注意が必要です。


 葉は燮燮として以て条を去り、

 気は淒淒として寒に就く。

 日は影を負うて以て偕に没し、

 月は媚かしく雲端に景る。


 ■「燮燮」

 =「しょうしょう」。葉の落ちる音、とあるが難しい表現です。「燮」は「やわら・げる」と訓み、有名な「陰陽を燮理する」(いんようをしょうりする=宰相が国家を治めること)がある。この熟語は珍しい用例と言っていいでしょう。「燮和」(しょうわ)という熟語もある。世の中や陰陽をやわらげて調和させること。ちなみにこの漢字は覚えるの難しいですが「ひげんひまた」で迂生は覚えて忘れません。

 ■「条」

 =「えだ」と表外訓み。見出し語。とくに、「こえだ、細く長いえだ」とある。「条枝」(じょうし)、「柳条」(りゅうじょう)、「枝条」(しじょう)、「桑条」(そうじょう)、「条達」(じょうたつ)。

 ■「淒淒」

 =「せいせい」。漢検辞典小文字にあり。すごい、すさまじい、ぞっとするさま。「淒」は「さむ・い」「すご・い」よ訓む。ニスイである「凄」とは勿論別字ですが似た意味に使われるという。「淒惨」(せいさん)は、また登場「せいさ~ん」です。「リッシン偏」「サンズイ」「ニスイ」+「妻」はいずれも「すさまじい」「さむい」「すごい」。

 ■「就く」

 =「つ・く」。近づく、なる。「寒に就く」で「寒さに近づく、冬が近づいている」。「就木」(しゅうぼく=死ぬこと)=「就世」(しゅうせい)、「就褥」「就蓐」(以上しゅうじょうく=就寝)=「就牀」(しゅうしょう)。

 ■「媚かしい」

 =「なまめ・かしい」。通常は「こ・びる」「こび」と訓むが、意味的には「なまめかしい」。音読みは「び」で「明媚」(めいび→風光明媚)、「媚態」(びたい)、「阿媚」(あび)、「媚笑」(びしょう)、「媚薬」(びやく)、「媚子」(びし)、「媚辞」(びじ)=「媚語」(びご)、「媚承」(びしょう)、「媚附」(びふ)。


(解釈)木々の葉っぱはみなはらはらと枝を離れ落ちる。空気は冷え冷えと寒さ厳しい冬に近づく。太陽が沈みあたりが暗くなるころ、月だけが婀娜っぽい光を雲切れから放っている。

この段はこれまでから一転して、風景描写のオンパレード。自分の気持ちを抑えて冷静になろうと孜めています。いい傾向です。そう、気持ちが昂ぶってどうしようもないときは、いったん引いて自然を詠みましょうよ。脳内のマグマが枯渇して、思考回路はショートしている。健忘しかかり、顔色が悪いんですから、もう何をしてもうまくいくはずかないのです。葉、気、日、月。。。いずれ劣らぬ自然の構成物を眺めて、気持ちを静めましょう。熙らげましょう。偏屈なストーカーから真人間に戻るために。。。


 鳥は声を悽しくして以て孤り帰り、

 獣は偶を索めて還らず。

 当年の晩暮を悼み、

 茲の歳の殫きんと欲するを恨む。



 ■「悽しい」

 =「いたま・しい」。またまた登場です。「いた・む」とも訓む。「いたましい」は「惨ましい」「黯ましい」「痛ましい」「傷ましい」。

 ■「偶」

 =「ぐう」。対になる、つれあう、たぐい。「偶語」(ぐうご)、「偶坐」(ぐうざ)、「偶視」(ぐうし)、「偶対」(ぐうたい)、「偶匹」(ぐうひつ)=「偶儷」(ぐうれい)=「配偶」(はいぐう)。人偏でなくスキ偏になった「耦」(なかま、ペア)も同じ意味で「耦坐」(ぐうざ)、「耦語」(ぐうご)、「配耦」(はいぐう)、「耦刺」(ぐうし)などがある。

 ■「茲の」

 =「こ・の」。「茲」は「ここ」とも訓み、音は「し、じ」。ここ、これ、この、ここに。類義語は「此、斯」。「しげる」「ますます、どんどん増えるさま」との意味もある。熟語には「如茲」「若茲」(かくのごとし)、「来茲」(らいじ)、「今茲」(こんじ)。ちょっと馴染みが薄い漢字ですから、目に焼き付けておきましょう。

 ■「殫きる」

 =「つ・きる」。見出し語。使い果たしてなくなる。全部なくなる。「つ・くす」とも訓む。「ことごとく」とも。音読みは「たん」。「殫尽」(たんじん)、「殫見」(たんけん)、「殫竭」(たんけつ)=「殫極」(たんきょく)、「殫見洽聞」(たんけんこうぶん=物知り)、「殫残」(たんざん)、「殫亡」(たんぼう)。


(解釈)鳥は痛ましい声をあげひとり塒に帰って行く。獣は伴侶を探しているので戻れない。若いと思っていたが次第に寄る年波、余命の尽きる日も近いと思うと悲しくなってくる。残された時間は少ないのに。。。。

この段は少し「異質」ですね。自然を眺めて気分転換を図ったはずなのに、鳥や獣と人間である自分の立場とを比べている。鳥なら独りでも家に帰るが、盛りのついた獣はパートナーをナンパできるまで外をうろうろしている。はっ、まさに自分じゃないか。。。そんな無駄な時間を費やしているうちに、恐怖の「老い」にも直面。そう、時間を感じ始めたのです。残り時間は少ない。何をやっとるんじゃ、おのれは?焦りでしょうか?



 宵夢 以て之れに従わんと思えども、

 神 飄颻として安からず。

 舟に憑りて棹を失えるが若く、

 崖に縁りて攀る無きに譬う。


 ■「神」

 =「しん」。こころ、たましい。「神~」の熟語で注意すべきは「神韻」(しんいん)、「神宇」(しんう=中国)、「神荼」(しんと→鬱塁神荼=うつりつしんと)、「神廟」(しんびょう)、「神飆」(しんぴょう)、「神牖」(しんゆう=心の窓)、「神籟」(しんらい)など。

 ■「飄颻」

 =「ひょうよう」。ひらひらと動いて定まらないさま。「飄揺」(ひょうよう)とも書く。「飄」は「つむじかぜ」「ひるがえ・る」とも訓む。「飄逸」(ひょういつ)、「飄瓦」(ひょうが)、「飄客」(ひょうかく)、「飄忽」(ひょうこつ)、「剽疾」(ひょうしつ)、「飄然」(ひょうぜん)、「飄蕩」(ひょうとう)、「飄泊」(ひょうはく)=「飄寓」(ひょうぐう)、「飄泛」(ひょうはん)、「飄飄」(ひょうひょう)、「飄飄乎」(ひょうひょうこ)、「飄蓬」(ひょうほう)、「飄揚」(ひょうよう)、「飄零」(ひょうれい)=「飄落」(ひょうらく)=「飄墜」(ひょうつい)。「颻」は「よう」で「風が物を揺り動かす」=「揺」と同系。もちろん配当外。

 ■「憑る」

 =「よ・る」。よりかかる。「憑」は「つ・く」「たの・む」とも訓み、音読みは「ひょう」。川を徒歩で渡るのは「憑河」(ひょうが=馮河、暴虎憑河、暴虎馮河)、「憑依」(ひょうい)、「憑依妄想」(ひょういもうそう)、「憑拠」(ひょうきょ)、「憑険」(ひょうけん)、「憑肩」(ひょうけん)、「憑恃」(ひょうじ)=「憑仗」(ひょうじょう)=「憑藉」(ひょうしゃ)、「憑弔」(ひょうちょう)、「憑付」(ひょうふ)。

 ■「攀る」

 =「すが・る」。通常は「よ・じる」。よじのぼること。「すがる」は「縋る」もある。「攀」の音読みは「はん」で、熟語は「攀援」(はんえん)、「攀縁」(はんえん)、「追攀」(ついはん)、「登攀」(とうはん)、「攀桂」(はんけい)、「攀登」(はんとう→意外性を突いて出そうだ)、「攀竜附鳳」(はんりょうふほう)、「攀轅臥轍」(はんえんがてつ)、「攀恋」(はんれん)=「攀慕」(はんぼ)。


(解釈)夜中の夢の中だけでもあなたについていきたいのだが、魂はふらふらと揺れ動くばかり。気持ちは休まらない。譬えれば、舟に乗って棹をなくしたように、崖を登るもつかまるところがないように、気持ちが不安定なのだ。

夢に魘されるシーンですね。現実から逃避して夢であなたに遭うことで気持ちを休めようとするのですが、かえって不安になってしまう。舟や崖というアイテムはまさにそうした不安の象徴でしょう。


 時に畢昴は軒に盈ち、

 北風 淒淒たり。

 〔忄(リッシン偏)+冏〕として寝ねられず、

 衆念 徘徊す。

 起きて帯を摂びて以て晨を伺うに、

 繁霜 素階に粲たり。


 ■「畢昴」

 =「ひつぼう」。「畢」も「昴」も二十八宿の一つ。共に晩秋を代表する星座とされる。「畢」は、雨を降らせる星と考えられた。基準星は今の牡牛座に含まれる。和名は「あめふりぼし」。「昴」は、基準星は同じく牡牛座に含まれ、肉眼では普通、六つの星がまるく固まって見えるので、六連星とも。中国では、俗に七簇星・琉璃星ともいう。秋を代表する星座で、白虎の座といわれる。和名は「すばる」。(http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/ktchn2800w.htm

 ■〔忄(リッシン偏)+冏〕

 =「けいけい」。心がやすらかでないさま。この漢字は配当外。音符の「冏」は1級配当漢字で「けい」「あき・らか」。「烱」(=炯)も「けい」。

 ■「衆念」

 =「しゅうねん」。さまざまな思い、妄想がかけめぐること。「衆~」で「多くの~」という言い方は、「衆口」(しゅうこう→衆口鑠金)、「衆芳」(しゅうほう)、「衆妙之門」(しゅうみょうのもん)、「衆愚」(しゅうぐ)、「衆辱」(しゅうじょく)。

 ■「摂ぶ」

 =「むす・ぶ」と表外訓みなのか、宛字訓みなのか。いずれにせよ辞書には見えない訓みです。通常表外訓みで「か・ねる」「か・わる」「と・る」といささか変わった訓みがあるので、これも要注意。「摂政」(せっしょう)で御馴染みでしょう。多分、このうち「てにとる」という意味から派生して「むすぶ」、「てにとってむすぶ」と訓ませているものと思われる。あるいは訓読で「帯を摂る(と・る)」と訓んでも間違いではなかろう。「摂~」の熟語は「摂受」(しょうじゅ→「しょう」という表外の音読みに注意)、「摂衣」(せつい)、「摂生」(せっせい)、「摂取不捨」(せっしゅふしゃ)。

 ■「繁霜」

 =「はんそう」。たくさんの霜。髪が酷く白くなったことの喩えとしても用いる。ここでも両方の意味を掛けていると思われる。「繁~」で「たくさんの~」という言い方は、「繁衍」(はんえん)、「煩苛」(はんか)、「繁華子」(はんかし)、「繁辞」(はんじ)、「繁縟」(はんじょく→繁文縟礼)、「繁文」(はんぶん)、「繁露」(はんろ)。

 ■「素階」

 =「そかい」。白くなった階段。「素」はここでは、「白い」という意。既出です。「階」は「きざはし」との表外訓みがある。

 ■「粲」

 =「さん」。あきらか、あざやか。この意味では「燦」も同義です。「粲粲=燦燦」(さんさん)、「粲然=燦然」(さんぜん)。「粲」には、「しらげよね、ついて白くした米」や「いい、めし、ごちそう」の意もある。「一粲を博す」(いっさんをはくす=ご笑納ください)は成句として覚えよう。この場合は、自分の詩文や贈り物に対して白い歯を出して笑ってお納め下さいという意。


(解釈)あめふりぼしやすばるといった晩秋の星座が窓一杯に燦めいている。北風が吹きすさび、目は冴えて眠れない。思いが頭を搔け巡り、起きて帯を締めて夜明けを待つ。外を見ると霜が階を覆って辺り一面真っ白だ。年を重ねた自分を思わないわけにはいかない。

ぐぐっと逼り来る段ですね。心に沁みます。人生の晩年を詠じると共に、抗えない老いへの諦めにも似た真情が風景と共に詠まれています。慥かに寂しいんですが、でも、それは己の欲望に勝てるかもしれないという淡い期待の「芽」でもあるのです。

「起きて摂びて以て晨を伺うに」との件には、そうした決意が感じられます。覚悟を決めたというか。眠れずに夢の中で悶悶とするよりは、起きて着替えて朝を待つ。未来を迎える。そして、刮目して現実から逃げない。窓の景色を眺めると寒々とした真っ白い階が。でも、その「攻めの姿勢」こそがあの人への叶わぬ思いを打ち消すことができるのではないでしょうか。
いよいよ次回は陶淵明「閑情の賦」の最終回です。ストーキングは一生続かない。。。人生はプチストーカーの積み重ね。。。。

(以上、charのmixi日記、2009年3月15日付からの転載です)
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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