スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「鐃鉤搭索」と「作爺下頷」=「碧巌録」で四字熟語

 本日の「碧巌録」は、「鐃鉤搭索」(ドウコウタッサク)と「作爺下頷」(サクヤカガン)。


 「第九八則 天平和尚の両錯」の「本則」に次の件が見えます。


【本則】 …一日(あるひ)、西院遥かに見て召して云く、「従漪」。〔鐃鉤搭索し了れり。〕平、頭を挙ぐ。〔著れり。両重の公案。〕西院云く、「錯」。…西院云く、「適来(いましがた)の這の両錯、是れ西院の錯か、是れ上座(そなた)の錯か」。〔前の箭は猶お軽きも後の箭は深し。〕平云く、「従の錯なり」。〔馬鞍橋(ばあんきょう)を錯り認めて、喚んで爺(おやじ)の下頷(したあご)と作す。恁麼(さよう)の似(ごと)き衲僧、千箇万箇(せんにんまんにん)を打殺すとも、什麼の罪か有らん。〕西院云く、「錯」。〔雪上に霜を加う。〕…

 「鐃鉤搭索」は難しい四字熟語で、当然ながら漢検四字熟語辞典には記載がありません。「がんじがらめにして身動きできなくすること」と岩波文庫の語釈にはありますがよく分かりません。「鐃」は「どら」。鐘に似ている小さな楽器で、じゃ~んと打ち鳴らす。「鉤」は「かぎ、L字型の物を引っ掛ける金具」。「鐃鉤」は「捕獲用の熊手」という解釈もあります。「搭」は「のせる、つける、あわせてくっつける」。「搭索」は辞書に見えない。

 「馬鞍橋」は一般には「驢鞍橋」(ロアンキョウ)と書き、「ロバの鞍のくらぼね」。

 「爺の下頷と作す」は文字通りの解釈は「おやじのしたあごだと思う」。前段の「馬鞍橋」を自分の父親のしたあごの骨と思い込んでしまった。つまり、物事の見分けも付かない愚か者のこと、また、間違いのこと。漢検四字熟語辞典には「阿爺下頷」(アヤカガン)として掲載されています。「阿爺」は「おとっつあん」。だいじなおとっつぁんの骨と馬の鞍骨の区別もつかんのかわれは?「下頷」(カガン)=「下顎」(カガク)。んなら、「下腮」(カサイ?)、「下顋」(カサイ?)、「下頤」(カイ?)もありでげすかね?辞書には見えませんでしたが…。そうか、すべて「したあご」と訓で訓めばOKだね。ん?「頤」はこれ一字で「したあご」か。なら、「下頤」はダブリですね。「頤を外す」(おとがいをかずす)のも「したあご」に決まっていますよね。「阿爺頤」か(でも、こんなことばないっすからね)。


★「嘲風哢月」(チョウフウロウゲツ)?「嘲風弄月」?、「嘯風弄月」??「嘯風哢月」???


 風や月を題材にして詩歌を作ること。「嘲風」は文章家が戯れに作った詩文を毀る語。しかし、いかなる辞書を見ても載っていない言葉。「哢月」は月を眺めて楽しむこと。これ簡単そうで書けといわれたら意外に難しいですよね。「嘲」は「あざける」で、「風を嘲る」というのは変だなぁと思ったら、こんな意味か。。。。「哢」の方も「さえずる」で「月に哢る」ということか。難しいな。覚えられない。「鳥哢」は鳥がさえずる、だけど「嘲弄」はあざけりからかうこと。口偏のあるなしで大違いだ。「弄月」と書いてしまいそうで要注意だ。

 ここで止めようかと思ったのですが、でもなんか変な四字熟語だ、なんとなく覚えにくい。あそうだ、「嘯風弄月」(ショウフウロウゲツ)とごっちゃになってしまうからだ。でもこっちは「弄月」だぞ。やっぱ変だ。。。あれれ、善く善く見ると漢検四字熟語辞典にも類義語として「嘲風弄月」となっているぞ。。。うむ、初めて気が付いた。誤植だ。でもどっちが正しいんだろう。風に嘯き、月を弄ぶ。だったら、風を嘲り、月を弄ぶでもいいじゃん。やはり「嘲風哢月」という四字熟語は変だ。どっちを書けばいいんだ、両方とも正解か、いやこの問題はきっと出ないぞ。。。物議を醸す。。。


★「枕戈待旦」(チンカタイタン)


 闘いの備えを怠らないこと。戈を枕にして眠り、朝になるのを待つ意。いつも戦場に身を曝しているので気が抜けない、おちおち熟睡なんてできやしないということ。「枕戈寝甲」(チンカシンコウ)という類義語もある。「干戈倥偬」(カンカコウソウ)も忘れずに。。。


★「椿萱並茂」(チンケンヘイモ)


 父と母とが共に健在なこと。「椿」は「椿寿」という言葉もあるように長寿の木で、父に譬える。一方、「萱」は通称わすれ草といい、「憂いを忘れる」ことに引っ掛けて、主婦である母のいる部屋(北の座敷)の前の庭に植える風習から、母に譬える。「二人並んで蕃茂(長生き)する」のが「並茂」。「椿庭萱堂」(チンテイケンドウ)の類義語があり。「萱堂」は母親のこと。「椿寿」のほかには、「大椿」(ダイチン)、「椿年」(チンネン)、「椿齢」(チンレイ)がある。「椿庭」(チンテイ)、「椿堂」(チンドウ)、「椿府」(チンフ)も父親のこと。

★「墜茵落溷」(ツイインラクコン)


 人には運不運があるということ。「茵」はしとね・敷物、「溷」はかわやの意。風に吹かれて散った花びらが、あるものは幸運なことに敷物の上に落ち、別のものは運悪くかわやに落ちるというアイロニカルなデスティニー。類義語に「運否天賦」(ウンプテンプ)。出典は「南史・列傳第四十七」で「人生如樹花同發、隨風而墮、自有拂簾幌墜于茵席之上、自有關籬牆落於糞溷之中。墜茵席者、殿下是也;落糞溷者、下官是也。貴賤雖複殊途、因果竟在何處。」生れ持った身分の違いが最大の「墜茵落溷」ということなのか?抗えないのか?運不運で片付けていいのか?


★「提耳面命」(テイジメンメイ)


 懇切に教え諭すことの譬え。耳に口を近づけ面と向かって教え諭す意。「提耳」は両方の耳を持って引っ張り上げる、「面命」は目の当たりに命ずる、面と向かって教え諭す。「耳を提して面(まのあたり)に命ず」と訓読する。「耳提面命」ともいう。出典は「詩経・大雅・抑」で「於乎小子、未知藏否、匪手攜之、言示之事。匪面命之、言提其耳、借曰未知、亦既抱子。民之靡盈、誰夙知而莫成」。しかし、本当に懇到と言っていいのか?昏倒ではないのか?


★「鉄樹開花」(テツジュカイカ) →「碧巌録」で既出

 物事の見込みがないこと。「鉄樹」は鉄でできた木、また、60年に1度、丁卯(ひのとう)の年だけに開花するといわれる木のこと。鉄の花はめったに咲かないことから、反語的にあり得ないことを言う。出典は中国南宋期の禅の歴史書である「五灯会元=ごとうえげん(20)」で「鉄樹開花、雄鶏生卵、七十二年、揺籃縄断。」四字熟語辞典には「雄鶏生卵」(ゆうけいせいらん)も類義語とあります。前後の文脈が読めないので分かりませんが、世にも珍しいことが起こったようです。七十二年が何なのか気になるが。。。


★「轍乱旗靡」(テツランキビ)


 軍隊などが敗走する形容。兵軍の轍の迹が乱れ軍旗が撓垂れる意。
「靡」はしおれる、しなだれる。出典は「春秋左氏伝・荘公一〇年」で「吾視其轍乱,望其旗靡」。


★「顚委勢峻」(テンイセイシュン)


 水源も末流もその勢いが激しく盛んなこと。源流から末流まで勢いが途切れず激しいこと。「顚」は頂のこと、「委」は末・終わりの意。「顚委」は源流と末流の意。「勢峻」は勢いがあって激しいこと。出典は、柳宗元の「鈷潭記」で「顚委勢峻,蕩撃益暴」。少し上に「突怒偃蹇」(トツドエンケン)も同じ出典で見えました。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。