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魂胆やこだわりを捨ててみれば何かが変わる?=咬め「菜根譚」



 「菜根譚」(岩波文庫、今井宇三郎訳註)を咬むシリーズの三回目。なかなか咬み切れませんが、無理して嚥み込まないでじっくりと何度も口の中で咀嚼しましょう。咬めば咬むほど味が出る。その味は血となり、栄養となって体中に、心に、頭に染み渡ります。それが「菜根譚」なのです。同じ文章を読んでも、その時々の置かれた状況によって受け取り方が変わると思います。だから、一回で終わらせずに、季節ごとに、あるいは、一年ごとに再読してみるのも、乙な翫わい方になるのではないでしょうか。

 本日の一発目は、 「前集198条」から。

 倹は美徳なり。過ぐれば則ちケンリンと為り、ヒショクと為りて、反って雅道を傷る。譲は懿行なり。過ぐれば則ちシュキョウと為り、曲謹と為りて、多くはキシンに出づ。

 今井氏の解釈はこうです。

 倹約は確かに美徳ではあるが、度を越すとけちになり、卑しくなって、かえって正道を損なう結果になる。また、謙譲は良い行為ではあるが、度を越すとばかていねいになり、慎みすぎて卑屈になって、たいてい何か魂胆のある心から出ている。

 ■「ケンリン」は簡単です。ノーヒントで。解釈を見れば「けち」。。。


 正解は「慳吝」。ものおしみすること、しみったれ。原文はこうですが、「慳悋」も正解としましょう。いずれも1級配当で基本漢字ですね。「慳」は「お・しむ」「しぶ・る」とも訓む。「慳貪」(ケンドン)、「突慳貪」(つっケンドン)、「慳惜」(ケンジャク)、「慳嗇」(ケンショク)。「吝」は「お・しむ」「しわ・い」「けち」「やぶさ・か」とも訓む。「鄙吝」(ヒリン)、「不吝」(フリン)、「吝情」(リンジョウ)、「吝気」(悋気、リンキ)。

 ■「ヒショク」は「慳悋」と似ている言葉です。解釈では「卑しくなる」とある。辞書変換では出ないですが、意味を考えれば浮かんでほしいところ。


 正解は「鄙嗇」。いやしくてけち。これもいずれも1級配当漢字です。「鄙」は「ひな」「ひな・びる」「いや・しい」「いや・しむ」とも訓む。熟語では「鄙近」(ヒキン)、「鄙見」(ヒケン)=「鄙懐」(ヒカイ)、「鄙言」(ヒゲン)=「鄙語」(ヒゴ)、「鄙事」(ヒジ)、「鄙儒」(ヒジュ)、「鄙心」(ヒシン)、「鄙人」(ヒジン)、「鄙賤」(ヒセン)、「鄙俗」(ヒゾク)、「鄙倍」(ヒバイ)、「鄙薄」(ヒハク)、「鄙夫」(ヒフ)、「鄙樸」(ヒボク)=「鄙朴」(ヒボク)、「鄙野」(ヒヤ)、「鄙俚」(ヒリ)、「鄙吝」(ヒリン)、「鄙劣」(ヒレツ)、「鄙陋」(ヒロウ)、「鄙猥」(ヒワイ)、「鄙穢」(ヒワイ)。
 「嗇」は「お・しむ」「やぶさ・か」「とりい・れ」とも訓む。元々は「収穫物を納屋にしまいこむ」という意子。ここから、物を取り込むだけで出さないさま、つまり、けちの意が誕まれた。「しわ・い」とも訓む。熟語では「嗇夫」(ショクフ)、「嗇事」(ショクジ)、「嗇用」(ショクヨウ)。

 ■「シュキョウ」は稍難しい。同音異義語では「主教」「酒興」くらいしか浮かびませんよね。解釈によると、「ばかていねい」とある。ん?浮かびませんね。非常に簡単な常用漢字なんですが、読みが特殊。「キョウ」は「うやうやしい」です。「シュ」が表外の音読み。「スウキョウ」とも読むと言えば。。。。


 正解は「足恭」。度が過ぎるほど、うやうやしいこと。おもねりへつらうこと。「スキョウ」とも読む。この「足」は副詞の用法で「あまりにも~しすぎる、十二分に」という意味。論語の「公冶長」に「巧言、令色、足恭なるは、左丘明(サキュウメイ)これを恥ず。丘(孔子)も亦たこれを恥ず」があり、これが語源です。やはり「スウキョウ」と読むのが一般的のようです。したがって「シュキョウ」は難しい。

 ■「キシン」は「魂胆のある心」とある。企みのことですね。同音異義語を想起すると、「帰心」「葵心」「寄進」「忌辰」「規箴」「羈心」「貴信」「鬼神」。心だから「帰心」や「葵心」辺りがいいかな。「帰心」は里心がついて故郷に帰りたいという気持ち、あるいは、心から君子に服従すること。違いますね。「葵心」は日光の方に傾くアオイの心、すなわち、君主、目上の人を尊び忠誠をつくす心のこと。やはり違いますね。魂胆です。からくりとでも言い換えましょうか。


 正解は「機心」。巧みにいつわる心。「機械之心」(キカイのこころ)ともいい、巧みに知恵を働かせていつわる心。意外とでないですよね。淮南子や荘子に出てくる言葉のようです。「機」は「からくり」。「機変」(キヘン)も、巧みにいつわること。

 ■「曲謹」(キョクキン)は、「謹」、つまり、ていねいにかしこまることも度が過ぎること。「足恭」とほぼ同義ですね。ばかていねい、慇懃無礼とでも言いましょうか。「曲」がらみでは、「曲学阿世」(キョクガクアセイ)、「曲突徙薪」(キョクトツシシン)、「曲肱之楽」(キョクコウのたのしみ)、「曲眉豊頰」(キョクビホウキョウ)「流觴曲水」(リュウショウキョクスイ)などが浮かべば合格で~す。


 質素も丁寧も本来、悪いことではない美徳と称されるもの。しかし、酸いも甘いも咬み締めた菜根譚では、ただ、ものを切り詰めればいい、ただ、人に遜ればいいというのではないと説きます。心の籠らない形式だけの、うわべの行為を誡めているのです。やりゃいいんだろ、やりゃ、という心持はすぐさま人に伝わる。そうすると、かえって逆効果。やりすぎると、やらない方がましということになってしまう。そうした評価を得てしまうと、何をやっても駄目。裏目裏目。魂胆も見透かされてしまう。さまざまな美徳がありますが、美徳と意識した瞬間に「お里」が知れてしまうのです。

 じゃぁ、倹約も謙譲もやらない方がいいのか、なっていしまいますよね。それでは単なる駄々っ子でしかない。勿論魂胆も大事ですよ。物事を進める意欲としては。しかし、それは自分の胸の内に秘めるもの。それを覚られずに振る舞うのが大人、処世の術だというのでしょう。魂胆を内に秘めるという難題に日々挑戦しようではありませんか。

 次は「後集9条」です。短いですよ。

 心に物欲なければ、即ち是れ秋空セイカイなり。座にキンショあれば、便ち石室タンキュウを成す。

 今井氏の解釈はこうです。

 人は心の中に物欲さえなければ、それでもう、心は澄み渡った秋空や雨の晴れ上がった海原のように明るい。また、身近に琴と一、二冊の書物さえあれば、(これで憂いを消し心を清めることができるので)、それでもう、身は仙郷にいるように脱俗の思いがする。

 ■「セイカイ」の同音異義語は「正解」「政界」「聖誨」「盛会」「青海」「精解」などありますが、いずれも不正解。解釈では「雨の晴れ上がった海原」とあるので、意味的にはイメージしやすいですね。「晴れ渡った」を意味する「セイ」を読み解くのがポイントで、「晴海」や「青海」などが浮かぶかもしれません。必ずしも不正解とは言えませんが、ここは出題の意図を汲み取っていただき、1級配当漢字を想起してほしいです。


 正解は「霽海」。「霽」は「は・れる」と訓む。四字熟語の「光風霽月」(コウフウセイゲツ)は基本中の基本です。「光霽」(コウセイ)、「霽威」(セイイ)、「霽月」(セイゲツ)、「霽止」(セイシ)。

 ■「キンショ」。咄嗟に浮かぶのは「禁書」くらいかな。座にあってほしいもの。解釈を見れば瞭然、「琴と一、二冊の書物」。憂いを消し、心を清めてくれるものと言えば。。。。


 正解は「琴書」。これは陶淵明の有名な「帰去来兮辞」にある「親戚の情話を悦び、琴書を楽しんで以て憂いを消す」から来ているくだり。

 ■「タンキュウ」と言えば普通、「探求」か「探究」ですよね。いずれも子供の学習意欲・姿勢として大切なものですわ。ここは別の言葉が入るのですが、ちょっと難しい。解釈では「身は仙郷にいるように脱俗の思い」とありますが、これはその前の「石室タンキュウ」を意訳したもの。正直、これは超難問。古代中国の詩の世界に通暁していないと浮かぶわけがありませんわ。さっさと正解に行きましょう。


 正解は「丹丘」。これは戦国時代末期、中国南部揚子江周辺にあった国・楚の大詩人、屈原の「楚辞」に出てくる言葉です。今井氏の解説によると、「羽人に丹丘に仍(つ)き、不死の旧郷に留まる」(遠遊)とある。「石室丹丘」は、仙人の住む郷のことをいい、「丹丘」は、昼夜、常に明るいということ。「丹」は「あかい」という意味で「いつも鮮やか」といったニュアンスを感じさせます。「黝堊丹漆」(ユウアクタンシツ)、「丹堊」(タンアク)、「丹壑」(タンガク)、「丹闕」(タンケツ)、「丹鳳」(タンポウ)。

 菜根譚の後集は、主として山林自然の趣と退隠閑居の楽しみとを取り扱うことが多いです。前集が、人寰の道を説くのとは対照的と言っていいでしょう。この条でも、陶淵明や屈原に触れており、「仙郷」への憧れを謳っています。徒な物欲は持たない方がいい。そうすれば心はいつも清明だ。そして、傍には音楽と書物があればそれでいい。それこそが、迂生にとっても理想的な生活と言っていいでしょう。そう簡単には行けませんがね。もう少し、あともう少しだけ精進を重ねる必要があります。俗から抜け出るためには。。。。

 最後は「後集111条」から。これもコンパクト。またまた「機」(からくり=魂胆)が登場します。

 機息む時、便ち月到り風来たるあり、必ずしも苦界の人世ならず。心遠き処、自らシャジンバセキなし、何ぞコシツの丘山を須いん。

 今井氏の解釈を見ましょう。

 たくらみ図る心がやんだとき、月は中天に澄み風は水面に来たる思いがし、必ずしもこの人生が苦海ばかりでもない。また、心が世俗からかけ離れると、自然に車馬のかしましさが消える思いがし、何も山水を不治の病いと称して丘山にかくれるには及ばない。


 ■「心遠き処…」は、陶淵明の長い詩「飲酒」(其の五)の「廬を結んで人境に在り、而も車馬の喧しき無し。君に問う 何ぞ能く爾ると、心遠く地自から偏なり。菊を採る 東籬の下、悠然として南山を見る。山気 日夕に佳し、飛鳥 相与に還る。此の中に真意有り、弁ぜんと欲して已に言を忘る。」が出典。心が世俗から遠く離れていれば、人里に廬を構えていても馬車の煩わしい音も聞こえないのだ。自然と僻遠の地に変えることができるのだ。う~ん、まさに理想郷ですね。この「髭鬚髯散人之廬」こそ、そうありたいですな。。。

 ■さて、陶淵明の詩もヒントにして「シャジンバセキ」を埋めましょう。。。。え?ヒント?う~ん、ノーヒントですよ。解釈では「車馬のかしましさ」に相当する部分ですよね。四字熟語として覚えてもいいかもですね。「シャ」と「バ」はいいですね?残りの「ジン」と「セキ」が問題です。う~ん、ちょっと難しいか。「シャジン」は、車が走りながら捲きたてるほこり、「バセキ」は、馬が通ったあと。大ヒントです。


 正解は「車塵馬迹」。「塵」は「ちり、ほこり、ごみ」。「塵埃」(ジンアイ)、「塵穢」(ジンアイ)、「塵涓」(ジンケン)、「塵垢」(ジンコウ)、「塵囂」(ジンゴウ)、「塵劫」(ジンゴウ)、「塵滓」(ジンシ)、「塵寰」(ジンカン)、「塵氛」(ジンフン)、「塵謗」(ジンボウ)、「塵蒙」(ジンモウ)、「塵鞅」(ジンオウ)。「迹」は「あと、あとかた、おこな・い」。「功迹」(コウセキ)、「行迹」(コウセキ)、「垂迹」(スイジャク)、「浪迹」(ロウセキ)。「セキ」は少し難しいかもしれません。

 ■「コシツ」はノーヒントですね。「不治の病」まであるのですから。。。。「個室」「固執」はないよね。


 正解は「痼疾」。久しく治らぬ病のこと。この場合は「丘山の痼疾」で「煙霞痼疾」(エンカノコシツ)と同様に、山水を愛好してばかりの生活から抜けられなくなってしまったこと。「痼」は「ながわずら・い」「しこ・り」と訓む。「痼癖」(コヘキ)、「癖痼」(ヘキコ)も同様の意味。

 この条でも陶淵明が出てきます。本当に彼が「隠者の憧れ」だったことが伺えます。魂胆を押し隠すと、本当に魂胆なるものが消えて熄くなり、人里から離れて自然を賞でることがしたくなる。いや、たとえ人里に身を置こうとも、心を遠く仙郷に馳せていれば、煩わしい人間関係も何も感じなくなる。煙霞痼疾に罹ってしまう必要はないよ。心さえしっかりすればね。見習いたものです。身と心の分離。幽体離脱でしょうか。日々、欲望、煩悩との鬨いなんですが、案外、こだわりなる物をあっさり捨ててみたらどうでしょう。仕事だって、人付き合いだって。。。いや、全部を棄て去れというのではないですよ。こだわりですよ。自分がこうしたい、人にああしてほしいという欲望というか。。。

 案外、無為自然のスタンスで、なるように委せたら、心が落ち着くのではないかと。勿論、難しいですよ。簡単に到れる境地じゃない。だけど、一つでもいいから、自分のこだわりを捨ててみたら気楽になれるのではないか。ふと、そう思ってみたりもしました。ただ、最後の譲れない一線は残さなければなりませんがね。ここが最も難しいでしょう。どこまで譲れるかです。ここが最後まで苦しめる葛藤となるでしょう。まず、明日から、何か一つ簡単なものを諦めてみたら、何かが変わるかも。。。?

 本日は3条。以上です。

 【今日の漢検1級配当漢字】

譚、咬、嚥、咀嚼、懿、慳吝、悋、貪、嗇、鄙、樸、俚、陋、猥、穢、亦、箴、羈、淮、慇懃、徙、觴、誡、霽、仍、黝堊、壑、闕、寰、廬、籬、髭鬚髯、迹、埃、涓、囂、滓、氛、謗、鞅、痼、熄、罹
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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