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「不請勝友」と「驪龍玩珠」=「碧巌録」で四字熟語

 本日の「碧巌録」は、「不請勝友」(フショウショウユウ)と「驪龍玩珠」(リリョウガンシュ)。


 「第六二則 雲門、中に一宝有り」の冒頭の「垂示」に次の件が見えます。

 垂示に云く、無師の智を以て無作(むさ)の妙用(みょうゆう)を発し、無縁の慈を以て不請の勝友と作る。一句下に殺あり活あり。一機中に縦あり擒あり。且道(さて)、什麼なる人か曾て恁麼にし来たる。試みに挙し看ん。

 「無師の智」は「師によらず自然に証得する知慧」。

 「無作の妙用」は「情識分別をまじえない絶妙のはたらき」。「用」は「ゆう」と呉音で読むのがポイント。

 「無縁の慈」は「平等無差別の慈悲」。無縁慈悲ともいう。

 「不請の勝友」(フショウのショウユウ)は「求められず自ら進んですぐれた友となる。衆生の導き手をいう」。「請」は呉音「ショウ」。「こうこと」です。ここでいう「勝友」は「すぐれた友」で「勝引」(ショウイン)ともいいます。「引」とは「自分の徳を進めてくれる友の意」。無償の愛ならぬ、分け隔てない友情。押し付けになってはいけないが、相手に何も要求しない友情こそ真の友情なのでしょう。難しいですがね。

 ちなみに、「勝」には「まさる、すぐれる、すぐれた景色」という意味があります。漢検1級試験でも白居易の「勝地は本来定主無し」から「勝地」(ショウチ=けしきのよい土地)が故事成語問題で問われたようです。「勝友」も覚えておきましょう。「松の木」という意味もあります。これを機会に「勝」の熟語を押さえておきたいところです。

 「勝概」(ショウガイ)=すぐれた趣。よい景色。

 「勝景」(ショウケイ)=すぐれた景色。

 「勝国」(ショウコク)、「勝朝」(ショウチョウ)=今の王朝に滅ぼされた前代の王国。

 「勝事」(ショウジ)=りっぱなこと、よいこと。人の耳目をそばだてひくような大事件。

 「勝状」=すぐれたけしき。

 「勝迹」(ショウセキ)、「勝蹟」「勝跡」=名高い古跡、すぐれた事跡。

 「勝絶」(ショウゼツ)=非常にすぐれていること、けしきが非常にすぐれていること、その土地。

 「勝致」(ショウチ)=すぐれた風景のおもむき。

 「勝兵」(ショウヘイ)=すぐれた兵隊、精兵、敵に勝った兵隊。

 「勝遊」(ショウユウ)=心にかなった遊び、風流な遊び。

 「勝流」(ショウリュウ)=上流階級。

 「勝麗」(ショウレイ)=けしきの非常に美しいさま。


 おなじく第六二則の「頌」には、次の一節が見えます。


 【頌】 看よ看よ、〔高く眼を著けよ。看ることを用いて什麼か作ん。驪龍珠を玩ぶ。〕古岸何人か釣竿を把る。〔孤危は甚(いかに)も孤危、壁立は甚も壁立なるも、賊過ぎし後に弓を張る。脳後に腮(あご)を見れば、与に往来すること莫れ。〕雲は冉冉、〔打断(たちき)りて始めて得し。百匝千重。炙脂の帽子、鶻臭の布衫。〕水は漫漫。〔左之右之(うろうろ)して、前に遮り後に擁ぐ。〕明月蘆花、君自ら看よ。〔看著すれば則ち瞎(かつ)す。若し雲門の語を識得せば、便ち雪竇の末後の句を見ん。〕

 「驪龍玩珠」の「驪龍」(想像上の驪=くろ=い龍)は、あごの下に宝珠を持つと言われ、それは仏性に喩えられる。その宝珠を龍自身がめでている情景をいう。「驪竜頷下之珠」と言えば「高価な美玉のたとえ、命懸けで求めなければ得られない貴重なもののたとえ」。

 「脳後に腮を見れば」というのは「頭の後ろに顔のある化け物」。「腮」は「あご」。

 「百匝千重」(ヒャクソウセンチョウ)は「百重千重にとりまかれているさま」。「匝」は「めぐる」。

 「炙脂」(シャシ)は「あかにまみれたさま」。「鶻臭」(コツシュウ)は「腋臭のくさいさま」。「布衫」(フサン)は「肌着」。要は、いかにも禅宗臭さが吹っ切れていないさまを表わしている。「鶻」は「はやぶさ」で「鶻突」(コットツ)=「渾沌」(コントン)。

 「明月蘆花」(メイゲツロカ)は「明月と蘆花が互いに照り映え、個別の相を消し去った情景」。

 「瞎」は配当外で「カツ」。目が見えなくなるさま、片目。


本日のmixi日記転載四字熟語は以下の通りです。


★「斉東野語」(セイトウヤゴ)


 聞くに堪えない下品で愚かな言葉。また、信じがたい妄説のこと。「斉東」はいまの中国山東省の東部。その地方の言葉は、辺鄙な田舎の言葉で相当に訛っていた。出典は「荘子・万章・上」の「孔子曰く、斯の時に於いて、天下殆いかな岌岌乎たりと、識らず、此の語誠に然るか。孟子曰く、否、此れ君子の言に非ず。斉東野人の語なり」。
 孔子が「この時ばかり(尭が舜に天子の位を譲った際、尭が諸侯を将いて臣下の礼を取り拝謁したことを指す)は、天下の人の倫は実に危険極まりないことであった」と言った。これが真実かどうか問われた孟子は「いやいや、君子が言っているのではない、斉の国の東の果ての分からずやの田舎者の戯言にすぎぬ」と答えた。なぜなら、尭の存命中は舜は天子に就かなかった、年老いた尭の代わりに摂政を執り行ったまでだというのです。天子であっても父子間の礼節は弁えるべきだとする儒家の根源をいうエピソードです。これを否定するものを孟子は「斉東野語」と罵ったのです。「岌岌」は「見るからに危険な様子」。


★「反哺之羞」(ハンポノシュウ)


 親の恩に報いること。「反哺」は烏の子が成鳥になると、育ててくれた親鳥に餌を運んで、口移しをして親を養うということから、父母への恩返しを表わしている。注目すべきは「羞」。ヘキサゴンで作られ、間もなく音楽活動を休止する「羞恥心」で用いられ、今年の漢字に選ばれても可笑しくないほど人口に膾炙した1級漢字ですが、「はずかしい」のほかに「すすめる、(食事を)そなえる」とも読む。反哺之羞はこちらの意味。いや、むしろ元々はこちらの意味。「羊」と「丑」が入っているが、これらの肉を手で細かく引き締めるさま。「時羞」(ジシュウ=その時節の食べ物)、「膳羞」(ゼンシュウ)=「羞膳」(シュウゼン)=「羞饌」(シュウセン=ごちそうを進める)。


★「汎濫停蓄」(ハンランテイチク)、「黛蓄膏渟」(タイチクコウテイ)


 前者は「広い分野にわたって、深い学識があること」、後者は「水面が非常に静かなさま」。全く無関係の四字熟語同士ですが、「蓄」と「停・渟」が何となく被っているので、どうせ覚えにくいのだから、こじつけ気味に同列にまとめてみようかと思っただけです。
 漢検四字熟語辞典には「渟」と「停」と書き誤りやすいとの注意書きがありました。「停蓄」は「渟蓄」の方が合って入るような気がします。もし問題ででたら迷うし、間違うなぁ。「汎濫テイチク」、「黛蓄コウテイ」。。。渟蓄。。。停蓄。。。膏渟。。。膏停。。。扛鼎。。。黛蓄。。。タイ地区。。。。

 もういっちょうありました。「渟膏湛碧」(テイコウタンペキ)。水があぶらのように深く静かによどんで深緑色にたたえているさま。「渟」は水が止まって流れないさま。「湛碧」は深緑色の水をたたえていること。


★「跛立箕坐」(ハリュウキザ)


 無作法なさま。片足で立ったり(跛立)、両足を投げ出して坐ったり(箕坐)するなど、見るからに礼を失した態度です。出典は「礼記・曲来・上」で「側聽(そくちょう)するなかれ。應(きょうおう)するなかれ。淫視(いんし)するなかれ。怠荒(たいこう)するなかれ。遊びて倨るなかれ。立ちて跛(は)するなかれ。坐りて箕(き)するなかれ。寢て伏することなかれ。髪を歛(おさ)めて髢(たい)するなかれ。冠して免(ぬ)ぐことなかれ。勞すとも袒(たん)することなかれ。暑くとも裳を(かん)することなかれ」から。いずれも不敬に当たる行為ばかりで、原文では「毋(なか)れ」と強い調子で禁じています。「跛」は「あしなえ」で差別用語。「跛鼈千里」(ハベツモセンリ、既出)は「びっこをひいたすっぽんも一歩一歩進めば千里をいける」。「跛行景気」は「同じ業界でも好調な企業と不調な企業がある斑な景気の様子(当たり前ですがね)」。ほかに、「跛蹇」(ハケン)、「跛倚」(ヒイ)は「ヒ」と読むが、これは出ないか?「箕」は「ミ」で「穀物を入れて上下に動かしながら塵や籾を取るための平らで四角い籠用の物」。「穀箕」(コクキ)、「箕賦」(キフ=聚斂、税の取り立て)、「箕箒」(キソウ=ちりとちとほうき)、「箕箒妾」(キソウノショウ=人の妻となる)。このほか、「箕裘の業」、「箕踞」(箕坐)、「箕山の志」=「箕山之節」など重要成句が目白押し。


★「発揚蹈」(ハツヨウトウレイ)


 手足を揚げて地を踏んで、激しい勢いで舞を舞うこと。「発揚」は盛んにすること、「蹈」はあしぶみすること、小躍りするさま、「」は激しいさまをいう。出典はこれまた「礼記・楽記」で「発揚蹈は、太公の志なり」とある。「蹈」は「ふむ」。「蹈海」(トウカイ=海に身投げ)、「蹈義」(トウギ)、「蹈践」(トウセン)、「蹈藉」(トウセキ)、「蹈敵」(トウテキ)、「蹈鞴」(トウビ、たたら)、「蹈履」(トウリ)。「蹈常襲故」(トウジョウシュウコ)も押さえましょう。「高蹈」(コウトウ)、「舞蹈」(ブトウ)の下付きも。


★「伐氷之家」(バッピョウノイエ)


 位の高い高貴な家柄のこと。出典は「大学」の「馬上を畜えば鶏豚を察せず。伐氷の家には牛羊を畜わず。百乗の家には聚斂の臣を畜わず。其の聚斂臣あらんよりは、寧ろ盗臣あらん」。卿大夫(家老職相当)以上の身分を言う。冬の間に氷を切り出して氷室に蓄え、夏季の卿大夫の喪礼祭礼にそれを分け与えて使わせた。その恩恵に与ることのできる家を指す。最後の件は故事成語問題で頻出。今回も要注意です。「聚斂」と「盗臣」が狙われます。財政再建もいいが、道議を守ることが最大の国益となる。しかし、今の時代、この道議が曖昧だと思います。一部の業界や階層だけが恩恵に浴しているのは事実。この国をどうしたいのかが明確でない気がします。だから、弱い。消費税増税も、財政再建も、景気対策も小手先の政策に過ぎないような気がします。「聚斂の臣よりも盗臣あれ」ではなくて、「聚斂の臣も盗臣も両方」がのさばっているのではないでしょうか。翻ってこの国の伐氷之家はもろもろの事情で窘しんでいますがね。。。。
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Author:char
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言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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