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「虎嘯風生」と「喪車の背後に薬袋」=「碧巌録」で四字熟語抔


 本日の「碧巌録」からは、「虎嘯風生」(コショウフウショウ)と「喪車の背後に薬袋」(ソウシャのハイゴにヤクタイ)。


 「第五五則 道吾、漸源と弔孝す」の「本則」に、次の件が見えます。

 【本則】 挙す。道吾、漸源と一家(あるいえ)に至って弔慰す。源、棺を拍って云く、「生か死か」。〔什麼を道うぞ。好(はなは)だ惺惺ならず。這の漢猶お両頭に在り。〕吾云く、「生とも道わじ、死とも道わじ」。〔龍吟(うな)りて霧起り、虎嘯えて風生ず。帽を買うに頭を相(はか)る、老婆心切。〕…

 「惺惺」は「心が澄み切っていてさといさま、ウグイスの澄み切った鳴き声」。「惺」は「さとる」で「惺悟」(セイゴ)。

 「両頭」はここでは「生と死のこと」。

 「龍吟霧起」(リョウギンムキ)と「虎嘯風生」はペアで覚えるといいでしょう。合体して「竜(龍)吟虎嘯」(リョウギンコショウ)という熟語もあります。「同類が相応じ従うということ」。龍が吟ずれば雲がわき起こり、虎が嘯けば風が生ずるといわれる。ツーと言えばカー。要は「呼応」です。永遠のライバルである龍と虎のコラボレーションとも言っていいでしょう。自民党と民主党が切瑳琢磨するというなら龍と虎の関係と言っていいでしょうが、相手の中傷合戦に終始する限りは迚もそのレベルにまでは到達していませんね。
「嘯」は岩波文庫では「ほえる」と訓ませているが、漢検四字熟語辞典では「うそぶく」。いずれとも「嘯」の訓読みですのでしっかりと覚えましょう。「虎嘯風生」は「すぐれた人が時を得て奮起すること」。「虎嘯風烈」(コショウフウレツ)、「龍興致雲」(リョウコウチウン)が類義語です。

 「帽を買うに頭を相る」は「相手にふさわしい対応をする」。

 同じく「第五五則の本則」に続けて、次の一節があります。

 …霜云く、「什麼をか作す」。〔随後に婁藪す。〕源云く、「先師の霊骨を覓む」。〔喪車の背後に薬袋を抛つ。当初を慎まざりしことを悔ゆ。你什麼を道うぞ。〕霜云く、「洪波浩渺、白浪滔天、什麼の先師の霊骨か覓めん」。〔也た須らく他の作家に還して始めて得し。群を成し隊を作して什麼か作ん。〕雪竇著語して云く、「蒼天、蒼天」。〔太だ遅し。賊過ぎし後に弓を張る。好し与に一坑に埋却せん。〕源云く、「正に好し、力を著くるに」。…

 「婁藪」(ロウソウ)は「あれこれ詮索すること」。藪の中でずるずる物を引っ張る。

 「覓む」は「もとむ」で「求めること」。音読みは「ベキ」。「騎驢覓驢」(キロベキロ)はお忘れなく。。

 「喪車の背後に薬袋を抛つ」の「喪車」は「葬車」とも書き、棺を載せて運ぶ車のこと。「棺を乗せて運ぶ車の後に、薬の入った袋を下げる、転じて、間に合わないことの喩え、もう手遅れであること」。死体になって霊柩車で運ばれて火葬場に行った頃になって、病気に効く薬を持って来ても何にもならないことから。這の成句はどこかで見た記憶があったのですが、出典が分からなかった。成語林にも記載がありませんでしたが、「碧巌録」だったんですね。「抛つ」は「なげうつ」ですが、「懸ける」とも言うようです。「ヤクタイ」は「益体」ではないことに留意しましょう。

 「当初を慎まざりしことを悔ゆ」は「後悔先に立たず」。

 「蒼天」は「ああ」と訓ませ、歎息を表す感歎詞。「やれ悲しや」。

 本日のmixi日記転載四字熟語は次の通りです。


★「隋侯之珠」(ズイコウノタマ)、「隋珠弾雀」(ズイシュダンジャク)


 前者は「貴重な宝玉、天下の至宝」で、後者は「用いるものが適当でない譬え。また、得るところが少なく失うことが多い譬え」。出典は「荘子・譲王」で「今ここに人あり。隋侯之珠を以て千仞の雀を弾たば、世は必ずこれを笑わん。是れ何ぞや。則ち其の用うる所の者重くして、要むる所の者軽ければなり。夫れ生は豈に特に隋侯の重きのみならんや」。註釈によりますと、隋侯之珠は「伝説的な名珠で、明月の珠。隋侯が大蛇の傷を助け、その恩返しで得られたという(淮南子)」。荘子が謂うには、その明珠を弾き玉にして、千仞もの高さにいる雀をうったとしたら、世間の人々は笑いものにするだろう。どうしてか?彼が手段として用いたものが大変貴重なもので、目指して求めたものが詰まらない物だからだ。そもそも、命とは、とても隋侯之珠どころではないぞ、もっともっと貴重なものだ。本末転倒ということでしょう。手段がどんなに立派でも目的が賤しければ詰まらない。


★「青銭万選」(セイセンバンセン)


 すぐれた文章のこと。漢検四字熟語辞典によると、青銅製の銭は一万回選び出しても他と間違えられることがないように、何度試験を受けても必ず合格するような優れた文章のことを指している。註釈にはありませんが、あの難関試験の「科挙」のことなのでしょう。類義語には「椽大之筆」(テンダイノフデ)。「青銭」は青銅製の銭。
 「セイセン」は「精線」「旌旃」「盛饌」「腥羶」「精選」「聖戦」「聖泉」などが浮かび、「バンセン」は「蕃船」「盤饌」「槃旋」「番線」などが浮かぶ。意味を考えましょう。青銅製の銭は、一万回選んでも分かる。鐚銭ではないから。漢検1級の試験もそうでしょう。ちゃんとやった人は一万回受けても一万回受かる。


★「篳路藍縷」(ヒツロランル)


 おおいに苦労して働くこと。「篳」はいばら・しばのことで、「篳路」は粗末な車のこと。「藍縷」はぼろの着衣。出典は「春秋左氏伝・宣公十二年」で、創業期の艱難辛苦を表わした言葉です。「篳篥」(ヒチリキ)は読むのは当然、書けるようにしましょう。四字熟語辞典にはないが「篳門閨竇」(ヒツモンケイトウ)というのも見つかりました。柴竹の柴折戸と粗末な潜り戸。つまり、まずしい家の門、転じて貧乏生活の象徴。「竇」が難しい。「あな、くぐりど」のこと。「弊竇」(ヘイトウ)という熟語もある。「藍縷」は「襤縷」「襤褸」の方が一般的。


★「水到渠成」(スイトウキョセイ)→「碧巌録」で既出です

 学問を極めると自然に徳も備わるということ。また、物事は時期がくれば自然に成就するということ。「渠」は「溝、掘割」。水が流れると自然と溝ができるということ。蘇軾の書簡文が出典。


★「匪石之心」(ヒセキノココロ)


節操が固く何事にも動じない堅固な心の譬え。ころころ転がる石とは違い、うつろい変わることのない心の意。「匪」は「非」と同じ意。類義語は「鉄石の心」「鉄腸石心」。出典は「詩経・邶風・柏船」で「我心匪石 不可転也 我心匪席 不可巻也」のうち、「我が心は石にあらざれば、転がすことなかれや」の部分。やはりここでも詩経が出典。1級受験者にとっては「詩経」の学習は必須ですな。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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