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処世術も大事だが教育はしっかりしようね=菜根譚

 「菜根譚」を「咬もう」と言ったのは、岩波文庫「菜根譚」の解説によると、「人よく菜根を咬みえば、則ち百事なすべし(人能咬得菜根、則百事可做)」と宋の汪信民(オウシンミン、名は革、撫州臨川の人)の語、つまり、菜根譚の名前の由来とされているもので、ここから取っています。続けて、朱子の編集した「小学」の善行章末尾に収録されており、朱子も「某、今人を観るに、菜根を咬むあたわざるによって、其の本心に違うに至る者衆し。戒めざるべけんや」と注記しているとあります。「菜根は堅くて筋が多いので、これをよく咬みうるのは、ものの真の味を味わいうる人物であるということを意味する。それと共に、菜根という語には貧困な暮らしというひびきがあるので、その貧苦の生活に十分耐えうる人物であってこそ、初めて人生百般の事業を達成することができるという」というのです。

 作者である洪自誠(コウジセイ)が、序文の執筆を依頼した友人である于孔兼に、「天、我を労するに形を以てすれば、吾、吾が心を逸して以てこれを補う。天、我を阨するに遇を以てすれば、吾、吾が道を高くして以てこれを通ず」と語ったと序文では紹介されています。

 天が私の肉体を苦しめるように仕向けるというなら、精神を安楽にして肉体の苦しみを補うようにするだけのこと。また、境遇を行き詰まらせるように仕向けるなら、自分の道を高尚にして貫き通すようにするだけだ。

 于孔兼はその序文で「固より清苦歴練の中より来たり、また栽培灌漑の裡より得たり。その風波に顚頓し険阻を備嘗せること、想うべし」と述べて、「菜根譚」という書物の「本質」を看破しています。

 さて、本日はまず、「前集83条」から。

 清にしてよく容るることあり、仁にしてよく断を善くし、明にして察を傷つけず、直にしてキョウに過ぎず。これをミッセン甜からず、海味からずと謂い、纔かに是れイトクなり。

 今井氏の解釈はこうです。

 潔白であるが、しかもよく人を容れる雅量があり、寛仁であるが、しかもよく決断力を持ち、明察であるが、しかも人のあら探しをせず、正直であるが、しかも並外れになることはない。このような人物を、砂糖漬け(の果物)でも甘すぎず、海産物でも塩辛すぎることはないと言い、それでこそ立派な美徳を持つと言える。

 ■「キョウ」は常用漢字です。解釈では「並外れ」と訳している。その前の「直」が並外れていないというのです。四字熟語に「キョウオウカチョク」「キョウオウカセイ」というのがあり、「物事を正そうとしても度を超してしまえばかえって新たな偏向や損害を招くたとえ」という意味です。「キョウ」は「曲がったものをまっすぐに直す」という意味ですから、もうお分かりですね。


 正解は「矯」。「ためる」とも訓む。「まげる」「いつわる」「あげる」という意味もあります。四字熟語は「矯枉過直」「矯枉過正」です。1級配当漢字がらみの熟語は「矯亢」(キョウコウ)、「矯虔」(キョウケン)、「矯誣」(キョウフ)、「矯」(キョウレイ)。

 ■「ミッセン」は、「甜」(カン、あまい)の字を用いており、甜い甜くないをいう食べ物です。そうなると、「ミツ」は何となく浮かぶでしょう。「蜜」でしょうね。問題は「セン」。今井氏の解釈では「砂糖漬け(の果物)」とある。さて。。。?でもこれむずい。知らないと解けないですね。


 正解は「蜜餞」。う~ん、出ないでしょう。「餞」は「はなむけ」「おくる」という意味でいいでしょうからね。漢字源によると、俗語として「蜜餞」が載っている。果物の砂糖漬け。同義語が「蜜煎」。つまり、「餞」の意味ではなく、イディオムとして知っていないと太刀打ちできませんね。「餞」の熟語は「餞宴」(センエン)、「餞筵」(センエン)、「餞亭」(センテイ)、「餞別」(センベツ)=「餞送」(センソウ)=「餞行」(センコウ)。

 ■「」は配当外。「カン」で「しおからい、塩漬けにする」。「しおからい」は「滷い」「鹹い」もあり、これらは1級配当漢字でよく出題されます。

 ■「イトク」は分かるでしょ。「遺徳」ではないので念のため。「イ」は1級配当漢字で「立派な美徳」という大ヒントまであるのですから。。。


 正解は「懿徳」。すぐれた徳。「懿」は「よ・い」「うるわ・しい」とも訓みます。「君子之懿」(クンシのイ)、「懿筐」「懿筺」(以上イキョウ)、「懿業」(イギョウ)、「懿訓」(イクン)、「懿旨」(イシ)、「懿親」(イシン)、「懿績」(イセキ)、「懿風」(イフウ)。「懿」の覚え方なんですが、素人的に「さむらい(士)・ワ・まめ(豆)・つぎ(次)・こころ(心)」じゃあきませんか?まぁ、四の五の言わずに興味と熱意を持って覚えればいいんですがね。。。え~、ちなみに「愨」(カク、つつ・しむ)は「さむらい(士)・ワ・いち(一)・るまた(殳)・こころ(心)」で覚えていま~す。この二つセットで不思議と忘れませんわ。

 ■「纔かに」は「わず・かに」と訓み、漢文訓読の用法で「纔かに是れ~」で「はじめて~なのだ」。音読みは「サイ」ですが、熟語は「方纔」(ホウサイ=はじめて、やっと)。こちらの旁は「く(ク)・ろ(ロ)・ひ(比)・めん(免)・てん(、)」。素人かなぁ、素人だよなぁ。。。でも、覚えたもん勝ちだよねぇ。


 人間のキャラクターは右から左まで大ブレにブレるものですが、甘いのに甘過ぎず、塩辛いのに辛過ぎずがいいと、菜根譚お得意の「中庸の用」を説きます。いつも「目盛り」をほどよいところに置ければいいのでしょうが、人生そんな都合のいいようにはいかない。迂生は思うんですが、甘過ぎても、塩辛過ぎてもいいんですよ。ただし、これは甘過ぎるよな、ここは塩辛すぎるよな、と自浄能力が瞬時に働けばいいんですよ。その機能を自在に操れる能力こそがチャンスがピンチになったとしても、ピンチをチャンスに変えることができる。知らず知らずのうちに偏ってしまっても、その偏ったことを知らず知らずのうちに悟ること。これが処世術と言っていい。禍福は糺える縄の如し。チャンスの後にはピンチが潜み、ピンチの後にはチャンスが訪れる。一喜一憂せず己の信念を持ってぶれずに生きましょう。


 次は「前集116条」です。例によって短い箴言ですが、五個も格言が含まれており、故事成語の勉強にもなります。

 巧を拙に蔵し、カイを用てして而も明にし、清を濁にグウし、屈を以て伸をなす。真に世を渉るのイッコにして、身を蔵するのサンクツなり。

 今井氏の解釈はこうです。

 非凡な才能を内にかくして拙いようにふるまい、すぐれた知恵をくらましながらも明察することを失わない。清節を守りながらも俗流に身をまかせ、身をかがめるのはやがて身を伸ばさんがためである。このような態度が、真に世間の海を渡る上での貴き浮き袋であり、わが身を安全に保つ隠し場所である。

 ■「巧を拙に蔵し」は「コウをセツにゾウし」。老子に「大巧は拙の如し」(45章)とある。

 ■「カイ」は難しい漢字ではありません。解釈では「すぐれた知恵をくらましながらも」となっており、「明」と対照的な言葉ですね。「くらます」で「カイ」と言えばこれしかないぞ。1級配当ではない。


 正解は「晦」。「くらい」とも訓む。「易経」の明夷卦に「君子もって衆に(のぞ)むに、晦きを用てして而も明らかなり」(大象伝)とあり、ここから来ている。

 ■「グウす」は「身をまかす」という意。清さを保ち、濁りに身をまかす。


 正解は「寓」。準1級配当です。「やど・る」「よ・せる」「かこつ・ける」「かりずまい」などの訓みがあります。熟語には「寓意」(グウイ)、「寓懐」(グウカイ)、「寓居」(グウキョ)、「寓言」(グウゲン)=「寓話」(グウワ)、「寓宿」(グウシュク)、「寓食」(グウショク)、「寓直」(グウチョク)、「寓目」(グウモク)=「寓視」(グウシ)、「仮寓」(カグウ)、「羇寓」(キグウ)、「羈寓」(キグウ)、「寄寓」(キグウ)、「流寓」(リュウグウ)、「旅寓」(リョグウ)。

 ■「屈を以て伸となす」は「クツをもってシンとなす」。これも易経に「尺蠖(セッカク=尺取虫)の屈するは、もって伸びんことを求むるなり」(繫辞下伝)から来ている。頻出ですね。

 ■「イッコ」は浮かびますか?同音異義語では「一個」「一戸」「一顧」「一己」くらいですね。解釈を見ましょう。「貴き浮き袋」とある。何じゃ?これで「イッコ」ですか。まぁ、「イッ」は「一」でいいんでしょうね。問題は「コ」だ。「浮き袋」で「コ」。難しいですね。でも、これはきっと比喩ですね。素直に「コ」で「浮き袋」を考えては駄目だぞ。意味をもう少し考えると、「貴き」が付いているので普通は「浮き袋」なるような物ではないニュアンスが出ています。きっと貴重なものだ。本来は海に浮かぶはずのない貴重なものって何だろう?結構、引っ張っていますが、これといったヒントも浮かばず、どうしようか?「溺れる者は藁をも摑む」という諺がありますよね。これに似たニュアンスです。溺れていて「コ」があれば浮き袋がなくても助かるというのですよ。「コ」「コ」。。。残念ながら1級配当ではない。ちなみに「コ」で1級漢字を挙げてみると、「賈」「鴣」「餬」「錮」「辜」「詁」「觚」「蠱」「蝴」「蛄」「胯」「罟」「箍」「瞽」「痼」「瓠」「滸」「滬」「沽」「沍」「杞」「扈」「怙」「夸」「呱」「刳」「凅」「冱」「估」「涸」「炬」「琥」。正解は準1級配当漢字です。どうですか、溺れていてぷかぷかこれが浮いていたら飛び付く筈ですよ。


 正解は「一壺」。引っ張った割には今ひとつですかね。「つぼ」ですね。「壺中天」(コチュウのテン)、「金壺」(キンコ)、「銀壺」(ギンコ)、「茶壺」(サコ)、「唾壺」(ダコ)、「投壺」(トウコ)、「銅壺」(ドウコ)、「漏壺」(ロウコ)、「壺餐」(コサン、コソン)、「壺觴」(コショウ)、「壺漿」(コショウ)、「壺尊」(コソン)、「壺天」(コテン)。

 冠子(カツカンシ)という書物に「中河に船を失えば、一壺も千金なり。貴賤常無し。時物をして然らしむ」(学問)があり、これに由来しているようです。よくよく考えたら、「一壺千金」(イッコセンキン)という四字熟語を思い出しました。ふだんは価値のないものでも、時と場合によっては、それがはかりしれないほど役に立つこと。「壺」は「ひょうたん、ふくべ」の意とある。普段はむしろ貴重なものではないのか。そうか、それが溺れているときには貴重なものとなるということか。ヒントは少し謬っていましたね。すいません。それでは応用問題です「中流に船を失えばイッピョウも千金」ともいうのですが、「イッピョウ」は何でしょう?


 正解は「一瓢」。「瓢」は「ひさご、ふくべ」ですね。

 ■「サンクツ」は、熟語として浮かぶものはないですね。パソコンの辞書機能では漢字が変換されない。解釈では「我が身を安全に保つ隠し場所」。「サンクツ」。。。あの四字熟語が浮かぶかどうか?。。。「コウトサンクツ」。


 正解は「三窟」。安全なかくし場所のこと。「窟」は準1級配当で「いわや、ほらあな」。戦国策の「狡兎(コウト=黠いこうさぎ)に三窟ありて、僅かにその死を免るるを得るのみ。今、一窟あれども、未だ枕を高くして臥するを得ざるなり。請う、君のためにまた二窟を鑿たんと」(斉策)から来ている。身を守るのに用心深いこと、また、困難をさけるのにたくみであること。「狡兎三穴」(コウトサンケツ)ともいう。

 どれだけの才があっても、それを衒らかさず、愚鈍を装いつつ真理を見失わない。そして、目立たぬように世間の流れに紛れて、いずれ身を伸びるために生きろと言う。それが世渡りだと。危険から身を守る最大の防御策だと。んでも、正直、難しいと思います。

 古来、中国では真の聖人は市井にこそいるものだと説かれてきました。聖人は平時には必要ないからです。それが、一旦緩急、人民の危機が訪れた際には、聖人の才能が必要となり、自ずと聖人が用いられるというのです。普段の日常生活でこそ、己の業を磋いておけということなのでしょう。今の日本ほど、聖人が求められている時代はないでしょう。それなのに、出てくる政治家は阿保ばかり。まぁ、政治家に聖人の性質を求めるのは酷っちゃあ、酷ですが、人材が輩出しないというのは国家の最大の危機ですよ。

 要は教育が大事なんですが、こうしたピンチで人材が頭角を現さないというのでは、明らかに教育の失敗ですよね。日々の学習こそが大事なのに、それを懶り、享楽だけを饕ってきたツケが今噴出していますね。日常生活で耐えることを知らんのよ、今の餓鬼どもは。。。権利だけを主張し、義務を果たさんのよね。。何でこうなっちゃったの?日本が進めてきた教育の失敗としか言えませんなぁ。。。今更道徳、規範意識と言ってもねぇ。。。無論、教育と言った場合は、学校だけじゃないですよ、家庭の役割こそ大きいですからね。才能ある聖人を育てるには、家庭の教育。御父さん、御母さんがしっかりしないといけないんですよ。

 諄諄かいても結論はないです。本日は以上です。

 【今日の漢検1級配当漢字】

 譚、咬、汪、做、于、阨、纔、枉、亢、虔、誣、、餞、筵、滷、鹹、懿、筐(筺)、愨、羇、羈、蠖、賈、鴣、餬、錮、辜、詁、觚、蠱、蝴、蛄、胯、罟、箍、瞽、痼、瓠、滸、滬、沽、沍、杞、扈、怙、夸、呱、刳、凅、冱、估、涸、炬、琥、觴、漿、謬、狡、黠、衒、磋、懶、饕
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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