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「水到渠成」「元正啓祚」「万物咸新」=「碧巌録」で四字熟語

 本日の「碧巌録」からは、「水到渠成」(スイトウキョセイ)と「元正啓祚」(ガンショウケイソ)と「万物咸新」(バンブツカンシン)。

 「第四三則 洞山の寒暑廻避」の「頌」に次の一節があります。ちなみに、これまでも何度も出ている「頌」というのは「仏徳を賛美した教理を説く詩のこと」。「偈頌」ともいい、いわば禅僧版の漢詩のことです。

 【頌】 垂手還って万仞の崖に同じ、〔是れ作家にあらずんば誰か能く辨得(やりこな)さん。何処か園融ならざらん。王勅既に行われて、諸侯道を避く。〕正偏何ぞ必ずしも安排に在らん。〔若是安排せば、何処にか今日有らん。作麼生か両頭渉(かかわ)らざる。風行(ふ)けば草偃し、水到れば渠成る。〕琉璃の古殿に明月照き、〔円陀陀地。切に忌む影を認むることを。且は当頭すること莫れ。〕忍俊たる韓獹(かんろ)も空しく階に上る。〔是れ這回(このたび)のみにあらず。蹉過(すれちが)い了れり。塊(つちくれ)を逐って什麼か作ん。打って云く、你は這の僧と同参なり。〕

 「風行けば草偃し」は「風が吹けば草がなびく、転じて、教えられれば人は自然と徳が身に付くということ」。漢検四字熟語辞典に記載のある「草偃風従」(ソウエンフウジュウ=人民は天子の徳によって教化され、自然とつき従うようになるということ)と類義語か。

 「水到渠成」は漢検四字熟語辞典に記載があり、「学問をきわめると自然に徳もそなわるということ、また、物事は時期が来れば自然に成就するということ」。「渠」は溝・掘割のことで、水が流れてくると、自然に溝ができるという意。類義語は「水到魚行」(スイトウギョコウ)。

 しかし、水が到るまでには相当の時間が掛かることは言うまでもありません。途中にはさまざまな障害が立ち開りますから。目標を高く掲げながらも、結果を追い求めず、只管邁進する。気が付けば目標をクリアしているのはおろか、さらに高みに到達しているのです。自分の歩んだ証としての「渠」ができているのです。他の誰のものでもない。自分が生きてきた足迹。

 「円陀陀地」(エンタタチ)は「月がまんまるいさま」。例の法則「A+B+B+地」のパターンですね。「陀」は梵語のダの音写字。「仏陀」(ブッダ)。ここでは珍しく漢音の「タ」で読んでいる。辞書には見えないが「まるい」という意味があるのかもしれません。


 次に、「第四四則 禾山、解く鼓を打つ」の「評唱」に次の件が見えます。

 …只如(たと)えば、鏡清(きょうしょう)に問う、「新年頭に還(は)た仏法有り也無(や)」。清云く、「有り」。僧云く、「如何なるか是れ新年頭の仏法」。清云く、「元正祚(さいわい)を啓き、万物咸く新たなり」。僧云く、「師の答話を謝す」。清云く、「老僧今日失利す」と。此の答話の似きは十八般の失利有り。

 「元正祚を啓き、万物咸く新たなり」は、「年の始め福運がひらけ、万物がみなあらたまる。あけましておめでとう。新年の挨拶用語」。この二つは、当然ながら四字熟語辞典には載っていません。二つセットで四字熟語というよりは成句として覚えましょう。「元正」は「ガンショウ」と読むのが正しいんでしょうね。正月、一月一日のこと。奈良時代の天皇は「元正天皇」(ゲンショウテンノウ)。「啓祚」はおめでたいこと。「祚」は「さいわい」。「啓く」は「ひらく」。「福祚」(フクソ)=幸福、「丕祚」(ヒソ)=天使の位、「祚胤」(ソイン)=幸せな子孫。「咸新」は、元号に向いているような感じもしますね。

 リセットです。政治の世界でも必要ですが、必ずしも今回の総選挙だけで完了するわけではありません。今回はリセットの始まりと見るべきなのでしょう。

 「失利」は「しくじり」。

 「十八般」は、「昔の中国で、十八種の武芸、転じて、あらゆる武芸」。

 本日のmixi日記転載四字熟語は以下の通りです。

★「銷鑠縮栗」(ショウシャクシュクリツ)


 意気沮喪して縮み上がって懼れること。「銷鑠」は意気銷沈して蘯けること、「縮栗」は縮み上がって竦れること。「韓愈」の文が出典ですが引用は叩えます。「銷」は「けす、とかす」で「銷距」(ショウキョ=武器をなくすこと)、「銷骨」(ショウコツ=讒言)、「銷厭」(ショウヨウ=根絶やしする)、「銷落」(ショウラク=きえてなくなる)、「銷路」(ショウロ=売れ行き)など重要語が目白押し。特に「銷厭」は「厭」を「ヨウ」と読むケースとして注目できます。「鑠」も「とかす」で「鑠金」(シャッキン=金属を鑠かす)。「栗」は「慄」で「おそれて震える」。「栗栗」(リツリツ)、「栗烈」「栗冽」(リツレツ)などがあり。


★「漿酒霍肉」(ショウシュカクニク)、「食前方丈」(ショクゼンホウジョウ)、「炊金饌玉」(スイキンセンギョク)、「太牢滋味」(タイロウノジミ)


 いずれも非常に贅沢な食事をすることの譬え。

 漿酒霍肉は、酒を水(=漿)のように、肉を豆の葉(=霍)のように見ること。酒、肉を共に賤しい人が食べる物と見做すほど贅沢三昧を尽くす。「簞食瓢飲」(タンシヒョウイン)は其の対極にある言葉。

 食前方丈は、食事の席で一丈四方の大きなテーブル一杯に御馳走を並べること。出典は「孟子・尽心・下」で「食前方丈、侍妾数百人なるは、我志を得るとも為さざるなり」。山海の珍味が目の前に一丈四方に並び、給仕の美人が数百人侍ろうとも、自分がよしや大君の志を得ても決してそのような真似はすまい。孟子の志の高さ、欲望に負けず道を極める姿をいう言葉です。

 炊金饌玉は、金を炊いて食物とし、玉を取り揃えて膳に並べるということ。唐詩選の駱賓王の「帝京篇」に出典がありました。「金を炊ぎ玉を饌して鳴鐘を待つ」で、鳴鐘は食事の合図を鳴らす鐘のこと。「饌」は「そなえる」。「饌饋」(センキ)、「饌玉」(センギョク)、「饌具」(セング)、「饌米」(センマイ)などがあり。

 太牢滋味は、祭に供える牛・羊・豕の三種の犠牲(いけにえ)を揃え、栄養のある旨い食事が並んでいるさま。「太牢」は「大牢」でもOK。


★「支葉碩茂」(シヨウセキモ)


 支族まで繁栄すること。本家はもとより分家まで栄えること。一族郎党がみな繁栄を極めること。注意として意味的に「枝葉」でもいいとある。逆に言えば、「枝葉末節」は「支葉末節」でもいいのでしょうね。「碩茂」は大いに茂ることで、子々孫々が繁栄すること。


★「笑比河清」(ショウヒカセイ)


 厳恪でほとんど笑顔を見せないこと。「河清」は「百年河清」にあるように「あのどろどろに濁った黄河の水が澄むこと」。「笑いを河清に比す」と訓読する。つまり、「100年経っても澄むことがない黄河のように笑う」、言い換えれば、「笑うまでに100年もかかる」、要するに、「殆んど笑うことがない」。「ショウヒ」は「湘妃」「消費」ではないが「笑比」はもっと浮ばん。


★「上漏下湿」(ジョウロウカシュウ)


 貧乏なあばら屋のさま。屋根から雨漏り、床から湿気が沸く。「カシュウ」の読みが難しく1級配当になっているが、補説には「カシツ」でもいいとある。なぁんだ、じゃあ問題では出ないわこれ。類義語の「上漏旁風」(ジョウロウボウフウ)の方が出るか。

 出典は「荘子・譲王」で「原憲、魯に居る。環堵の室、茨(ふ)くに生草を以てし、蓬戸(ほうこ)完からず、桑を以て枢(とぼそ)と為し、而して甕牖(おうゆう)の二室は、褐以て塞(ふさぎ)と為す。上は漏り下は湿るも、匡坐して弦歌す」。孔子の門人、原憲が見事に質素を絵に描いた生活を送ったことを描写しています。環堵蕭然甕牖縄枢などの既習四字熟語がぱっと浮びますね。桑蓬之志というのもある。このあと、後輩の子貢から豪華な身なりで訪問を受けるのですが、そこで彼に言った原憲の皮肉たっぷりの台詞が泣かせる。深いわ、この荘子の文章。ぜひご一読を。。。。。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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