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「教外別伝」「随波逐浪」「斬釘截鉄」=「碧巌録」で四字熟語

 本日の「碧巌録」は、「教外別伝」(キョウゲベツデン)と「随波逐浪」(ズイハチクロウ)と「斬釘截鉄」(ザンテイセッテツ)。「随波逐浪」は大勢に流されてはいけないと戒め、「斬釘截鉄」は、物事を決める時はこの覚悟を持ってやらなければなりませんね。優柔不断じゃいけませんよ。「教外別伝」は禅宗では必須語。真理への到達は言葉から言葉だけじゃないんです。目と目、心と心なんです。

 「第一四則 雲門の対一説」の「評唱」冒頭に次の一節があります。

〔評唱〕 禅家流、仏性の義を知らんと欲せば、当に時節因縁を観ずべし。之を教外別伝、単伝心印、直指人心、見性成仏と謂う。釈迦老子、四十九年の住世、三百六十会に、頓漸権実を開談す。之を一代時教と謂う。這の僧拈じ来たり問うて云く、「如何なるか是れ一代時教」と。雲門何ぞ他の与に紛紛(こまごま)と解説せずして、却って他に向って箇の「対一説」と道う。雲門は尋常一句の中に、須ず三句を具す。之を函蓋乾坤の句、随波逐浪の句、截断衆流の句と謂う。放去収来、自然に奇特、釘を斬り鉄を截るが如く、人をして他底(それ)を義解卜度し得ざらしむ。

 「教外別伝」は、「悟りは言葉や経典え伝えられるものではなく、心から心へと伝えられるものだということ」。禅宗の基本。類義語は「以心伝心」「拈華微笑」「不立文字」(既出、要復習)「維摩一黙」。

 「単伝心印」は「仏から禅僧に単独で教えを伝えること」。

 直指人心、見性成仏は既出ですね。要復習。

 「頓漸」(トンゼン)は「頓教と漸教のこと」。「頓教」は「長い修行を積まずに速やかに悟りを完成させる教法」、「漸教」とは「学びやすい教えから高度な教えへと順に導いていく教法。また、修行を積み重ねることによって悟りへ至らしめる教え」。

 「権実」(ゴンジツ)は「仮のものと究極的真理のもの。権教と実教、権智と実智、権者と実者など」。

 「随波逐浪」は「随波逐流」ともいい、漢検四字熟語辞典によれば、「自分の考えや主張を持たずに、ただ世の中の流れに従うこと。波に随い流れを逐いかけるという意」。「随波漂流」ともいう。

 「截断衆流」は既出。要復習。

 「斬釘截鉄」は文字通り、「釘を斬り鉄を截る」という意味で「くぎや鉄を断ち切る、毅然として決断力があるたとえ」。「截」は「たつ」とも訓む。「斬鉄截釘」(ザンテツセッテイ)と「鉄」と「釘」をひっくりかえしてもOK。

 「卜度」は「ボクタク」で「忖度」(ソンタク)と同義。おしはかること。

 本日のmixi日記転載四字熟語は以下の通りです。

★「堅甲利兵」(ケンコウリヘイ)

 堅固な鎧と鋭利な兵器。「堅甲利刃」(ケンコウリジン)が類義語。これも出典は「孟子・梁恵王・上」。王様が仁政を敷けば、すなわち、税金を軽くして刑罰も軽くすれば、家庭や社会の上下秩序を維持すれば、たとえ棍棒だけの武器でも堅甲利兵の強敵にも立ち向かって打ち拉ぐという文脈で用いられています。孟子は「仁者に敵なし」という諺があると言います。


★「翼覆嫗煦」(ヨクフウク)


 翼で包み抱き温める。転じて、いつくしむこと、愛撫すること。親なら子を、男なら女を、為政者なら人民を。「ヨクフ」が難しい。「ヨクフク」ではない。「覆」は「フ」と読む。「覆育」(フイク)があり。「覆簣」(フクキ)は「ひっくりかえったもっこ」。「覆甕」(フクオウ)は「自分の著作物の謙称」。「嫗」は「抱いてあたためること」、「煦」は「息を吹きかけてあたためること」。「煦嫗」(クウ)、「煦育」(クイク)もあり。ただし、「嫗」は「年老いた母、老婆」の意味があり、「媼嫗」(オウウ)、「老嫗」(ロウウ)は必須。対義語は「老翁」(ロウオウ)。


★「麵市塩車」(メンシエンシャ)


 雪の積もる形容。「麵」は「麦粉・うどん粉」、「麵市」は「雪に覆われた市街のたとえ」。「塩車」も「町往く車も雪をかぶっている形容」。「メン」は「麪」が正しいがこれは配当外の漢字(麵の異体字)。「麵麭」(ぱん)、「麵乳菓」(びすけっと)、「麵麻」(めんま)も序でに覚えておきましょう。

★「望文生義」(ボウブンセイギ)


 文字の意味をあまり考えずに見当で勝手に解釈すること。こじつけて解釈すること。都合の良いようにある部分を我田引水的に持ってくるという意味の「断章取義」(ダンショウシュギ)と似ているかも。「文を望みて義を生ず」と訓読する。


★「望洋之歎」(ボウヨウノタン)、「亡羊之歎」(ボウヨウノタン)


 「望洋」の方は、「あまりに広大すぎて計り知れないさまを嘆くこと。また、偉大な人物や深遠な学問などに対して自分の力不足を嘆くこと」。「望洋」は「とりとめがなく見当が付かない様子」。出典は「荘子・秋水」で「河伯、始めて其の面目を旋らし、望洋として若に向かいて歎じて曰く、野語にこれ有り、道を聞くこと百にして以て己に若くもの莫しと為すと曰う者は、我の謂いなり」。秋の大水で支流が流れ込んだ黄河の水嵩が増し、水があふれ川幅が広くなって両岸の間の牛馬の区別もしにくくなるほどで、黄河の神である河伯は自信たっぷりに天下の水が己に集まりきったとその存在感に満足します。ところが、そのあと大水に乗って北海に流れ着いた河伯。東方の海上に目をやったあとの彼の台詞。余りの汎さに言葉を喪い茫然自失します。若というのは北海の主。「(野語とは世間の諺)『百ほどの道理を聞き齧るともう自分に勝るものはないと思い上がることがある』というのは自分のことだった」。上には上が有ることを知った河伯は、北海若から「坎井之蛙」たることを知った河伯とは大きな真理を倶に語れると喜んだ。四字熟語辞典には載っていませんが、含蓄の或る言葉です。故事成語では狙われても可笑しくない。

 「亡羊」の方は、「多岐亡羊」が類義語。物事が多方面に分かれすぎていてどれを選択したらいいか分からなくなること。簡単ですが案外迷ったりするのでは??「望洋」と「亡羊」を明確な意識を持って甄別できるようにセンスを磨きましょう。


★「撲朔謎離」(ボクサクメイリ)


 男か女か分からないこと。なかなか覚えにくい四字熟語の一つでしょう。「撲朔」は「足が突っかかって前に進まない、つまずくさま」で、兎の雄のこと。「謎離」は「目がうつろでボンヤリしてはっきりしないさま」で、兎の雌のこと。兎の雄雌は見分けにくく、耳を持って吊すと撲朔したら雄、謎離したら雌だというのですが、何のことやら今ひとつはっきりしませんなぁ。

 ネットで検索しますと、11世紀に北宋で編纂された『楽府詩集』という漢詩集に収められている「木蘭辞」という叙事詩に「不知木蘭是女郎、雄兎脚撲朔、雌兎眼迷離、兩兎傍地走、安能辨我是雄雌」とあり、木蘭(ムーラン)という戦士が実は男装した女兵士だったことに12年間も同僚兵士が気づかなかったエピソードが書かれています。くのいち、女スパイ、何かしら怪しげな婬靡な雰囲気も。。。男装の麗人。宝塚の男役。う~~~む。

 この四字熟語は出ないかもしれないが、「撲朔」や「謎離」という熟語は読み問題で狙われるかもしれないですなぁ。


★「摩頂放踵」(マチョウホウショウ)


 自分の身を犠牲にして、他人のために尽くすこと。頭の先から足にかかとまですり減らす譬え。「頂(いただき)を摩して踵(くびす)に放(いた)る」と訓読する。出典は「孟子・尽心・上」で「楊子は我が為にす。一毛を抜きて天下を利するも、為さざるなり。墨子は兼ね愛す。頂を摩(すりへら)して踵にまで放(いた)るとも、天下を利することは之を為す。」。さまざまな儒家の特質を論じているくだり。楊子は自分本位で、わずかの毛一本でも天下の為になるといっても、それすらしない奴だ。ところが、墨子は博愛主義者(兼愛交利)で、たとえ頭のてっぺんから足のかかとまですりへらしても、天下のためとあらばそれそするのだ。自己犠牲の極致ですな。
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Author:char
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言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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