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「日日是好日」と「啐啄同時」=「碧巌録」で四字熟語抔

 本日の「碧巌録」からは、四字熟語でないのですが故事成語・諺として「日日是好日」(ニチニチこれコウニチ)を採り上げます。

 「第六則 雲門十五日」の「本則」から。

 挙す。雲門垂語して云く、「十五日已前は汝に問わず、〔半は河南、半は河北。這裏には旧き暦日を収(うけと)らず。〕十五日已後、一句を道い将ち来たれ」。〔免れず朝より暮に至ることを。切に忌む来日(あくるひ)は是れ十六(日)と道著(い)うことを。日月流るるが如し。〕自ら代って云く、「日日是れ好日」。〔収めたり。鰕は斗を跳び出でず。誰家(たれ)にか明月清風無からん。還(は)た知るや、海神は貴きことを知りて価を知らざるを。〕

 「垂語」(スイゴ)は、「垂示」(スイジ)と同義。問題を提起すること。

 「十五日」というのは、「夏安居」(ゲアンゴ)の最終期日である七月十五日のこと。「夏安居」というのは「僧侶が陰暦四月十六日から七月十五日までの九十日間、一箇所に籠って修行すること」。

 「日日是れ好日」とは「毎日がめでたい、日常性のマンネリズムを突き破る感動」(岩波文庫「上巻」P104)とある。手元に有る「成語林」によると、「毎日毎日が安楽なよい日であること、苦しい時は苦しいなりに、哀しい時は哀しいなりに、精一杯に努力して毎日を送ることの大切さを云った言葉」とある。

 「明月清風」は「万人に具わる清浄法身の譬え」。蘇軾(蘇東坡)が詠じた「赤壁賦」にも「清風」「明月」が出てくる。

 「海神」は訓めますか?「わたつみ」で「海をつかさどる神、竜神のこと」。珊瑚が貴重なものであることを知っていても、具体的な価値は分からない。転じて、誰しも自分に備わっている仏性の値打ちに気づいていないという譬え。

 「碧巌録」からもう一丁。今度は四字熟語で「啐啄同時」(ソッタクドウジ)。

 「第七則 法眼、慧超に答う」の「評唱」から。

 法眼禅師、啐啄同時底(の)機有り、啐啄同時底用を具して、方(はじ)めて能く此の如く答話う。所謂声を超え色を越えて、大自在を得、縦奪時に臨み、殺活我に在るなり、不妨に奇特たり。然れども此箇の公案は、諸方に商量する者多く、情解の会を作す者少なからず。知らず、古人凡そ一言半句を垂示するに、撃石火の如く、閃電光に似て、直下に一条の正路を撥開くことを。

 「啐啄同時」とは、「孵化の時、中の雛と外の母鶏とが相応じて殻を破ること。師弟の心機投合する譬え」。「啐啄」は「雛がぴーぴー叫ぶことと母が殻をついばむこと」。物事を学ぶ時には、教える側、教えられる側のどちらが先で後だというのではなく双方が同時に求め合うということ。もしかしたら、男女間の恋愛にもあてはまるかもしれません。どちらか一方の恋慕では恋愛は成就しないのでしょう。でも、どちらかが先でも後でもないのです。冷静に対処してみましょう。恋愛がうまくいく何らかのヒントが在るはずですよ。目と目とか…。視線を感じるでしょ。

 「縦奪」は「ショウダツ」、「殺在」は「サツザイ」。臨機応変に、自由自在に放ったり、取り込めたりすること。

 さて、本日のmixi日記からの四字熟語転載に参りましょう。

★「轅門二竜」(エンモンニリョウ)


 戦場。「轅門」は陣屋の門。戦場では車を並べて囲い、轅(ながえ)を向かい合わせて門のようにしたことから。この場合の竜は、唐の烏承ヒン(王偏に比)と族系の烏承恩。唐代、安禄山の乱の頃の著名な戦士。「轅」のついた四字熟語では、「北轅適楚」(ホクエンテキソ)、「南轅北轍」(ナンエンホクテツ)、「北轍南轅」(ホクテツナンエン)、「適楚北轅」(テキソホクエン)。志と行動が相反するたとえ。いずれにせよ「楚」の国が南にあるということを認識しなければなりません。「適く」は「行く」、「轍」は「わだち」。馬車や牛車のかじ棒である轅、其の車輪のあとである轍、そして北、南の楚。これらの相反する矛盾の関係が妙味です。「轅下駒」(エンカノク・こま)は、轅に繋がれた馬のことで「自由にならない境遇」。

★「雲蒸竜変」(ウンジョウリョウヘン)

 英雄や豪傑が時運に乗じて起こること。出典は「史記」。「雲蒸竜騰」(ウンジョウリョウトウ)ともいう。

★「雲竜井蛙」(ウンリョウセイア)

 月と鼈。「雲壌月鼈」(ウンジョウゲツベツ)、「雲壌懸隔」(ウンジョウケンカク)、「雲泥万里」(ウンデイバンリ)もあり。


★「雲行雨施」(ウンコウウシ)


 天子の恩恵がすみずみまで広く行き渡ること。出典は易経(乾)の「大いなるかな乾元、万物資(と)りて始む。すなわち天を統ぶ。雲行き雨施し、品物形を流(し)く」。「雲」で始まる四字熟語も多いですな。

★「運斤成風」(ウンキンセイフウ)


 人間離れしたすばらしい技術のこと。「斤」は手斧のこと。「斤を運(めぐ)らし風を成(な)す」と訓読。出典は荘子(徐無鬼)の「匠石、斤を運らして風を成し、聴(まか)せてこれをけずる。堊(あく)を尽くして鼻傷つかず。郢人(えいひと)立ちて容を失わず。」鼻の上に塗った堊(しろつち)を斤でさっと風を起こし鼻を傷つけずにけずり取ったという神業のこと。ただし、誰彼に対してでもできるわけではなく、相手との阿吽の呼吸が大事だということ。この場合は郢人というパートナーが居てこそできたというのです。必ずしも技術のことをだけを誉めそやすのではなく、それが完成するための環境も大事なのです。
この四字熟語では「斤」が難しいでしょう。「きん」と言われて出てくるかどうか。「おの」との表外読みがあります。次の常用漢字表からは消える候補に一時挙がったが最終的には残ることになりました。食パンの一塊を数える単位でもあります。「運」も難しいか。「めぐる」との表外読みがある。「時は運る」と使う。「運斤」は「斤をぐるぐる回す」という意味。

★「含英咀華」(ガンエイショカ)

 文章のすぐれた部分をよく味わい、心の中に蓄積すること。「咀」が難しい。「かむ」と読む。「咀嚼」(ソシャク)や「呪咀」(ジュソ)で用います。多くは「そ」と読むので、この例のように「しょ」と読むのは少ない。ただ、音符の「且」は、苞苴(ホウショ)=賄賂、「苟且」(コウショ)=かりそめのように「ショ」と読む場合は多いですよね。。。「ソ」か「ショ」か。。。「ショカ」と言われて「咀華」が浮ぶかどうかがポイント。意味自体は、迂生も理想としたいところ。古人の糟魄を嘗めて含英咀華したい。

★「銜哀致誠」(ガンアイチセイ)

 哀切な気持ちと誠の心をささげて死者を弔うこと。「銜」は「ふくむ」。「ガン」とも「カン」とも「くつわ」とも読む。「銜轡」(ガンピ)は「馬を操るためのくつわとたづな、転じて法律のこと」。「銜枚」(ガンバイ、ばいをふくむ)は「枚をくわえて声を立てないようにする」。「銜恤」(ガンジュツ)、「銜泣」(ガンキュウ)、「銜冤」(ガンエン)など熟語は多い。「銜尾相随」(カンビソウズイ)もある。「銜轡」は出るなあ。「哀を銜み、誠を致す」(あいをふくみまことをいたす)と訓読。

★「管窺蠡測」(カンキレイソク)

 非常に見識が狭いこと。「管から窺い、蠡(れい)で測る」。「蠡」は「にな」という小さな淡水巻き貝の一種。ヒョウタンを割って作る「ひさご」の意味もある。今回は「にな」。「用管窺天」(ようかんきてん)、「牖中に日を窺う」(ユウチュウニひをうかがう)も同義。「甕裡醯鶏」(オウリケイケイ)だと「そうした世間知らず」。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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