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廬山の真面目…「侏儒の言葉」がフィニッシュだが〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕28


 芥川転載シリーズの本篇は今回が最後です。フィニッシング・ホールとなる「侏儒の言葉」は、ばらばらながら内容が多岐にわたり量的には長編です。

 しかし、実は補遺シリーズがまだ続くのです。それは次回から。

 【侏儒の言葉】


 ●鹹水(カンスイ)

 「しかし肉体的快不快と精神的快不快とは同一の尺度に依らぬ筈である。いや、この二つの快不快は全然相容れぬものではない。寧ろ鹹水と淡水とのように、一つに融け合っているものである。」

 →しおみず。しおからい水。対義語は「淡水」ですが、全く反対というわけではなく、淡水に塩を入れれば鹹水になる。集合関係では鹹水も広い意味で淡水となる。「鹹」は1級配当で「カン」「しおから・い」「から・い」「しおはゆ・い」。「鹹苦」(カンク)、「鹹湖」(カンコ)=「鹹水湖」→たとえばサロマ湖、「鹹味」(カンミ)、「鹹鹵」(カンロ)、「鹹酸」(カンサン)、「鹹地」(カンチ)=「鹹壌」(カンジョウ)=「鹹土」(カンド)→不毛の地。熟字訓で《鹹草》は「あしたば」。
 ちなみに、中華麺をつくる際に用いる添加物のアルカリ水も「鹹水」ですが、「梘水」とも書きます。「梘」は配当外(JIS第4水準1478)で「ケン・カン」。麺のコシを強めるほか、黄色の色彩を出すために用います。

 ●綵衣(サイイ)、筋斗(キント)

 「わたしはこの綵衣を纏い、この筋斗の戯を献じ、この太平を楽しんでいれば不足のない侏儒でございます。どうかわたしの願いをおかなえ下さいまし。」

 →うつくしい模様をほどこした衣服。彩衣とも書く。「綵」は1級配当で「サイ」「あや」「あやぎぬ」。「綵雲」(サイウン)、「綵帳」(サイチョウ)、「文綵」(ブンサイ)、「綵幄」(サイアク)、「綵幔」(サイマン)、「綵服」(サイフク)、「綵舟」(サイシュウ)、「綵船」(サイセン)、「綵繍」(サイシュウ)、「綵章」「綵勝」(以上、サイショウ)、「綵組」(サイソ)、「綵筆」(サイヒツ)、「綵房」(サイボウ)。数々の媚しく彩られた物に使える言葉です。

 →翻筋斗(もんどり)の略。とんぼがえりのこと。「筋」は「木を切る道具」、「斗」は「斗転でくるりと回る意味」。すなわち、筋がよく回転するさまを表わしている。
 中国四大奇書の一つ、「西遊記」で孫悟空が乗る空飛ぶ雲は「觔斗雲」(キントウン)。「觔斗」は「宙返り」の意味で、「筋」は「觔」からの誤用か。漫画アニメ「ドラゴンボール」では「筋斗雲」の字を当てています。
 「翻筋斗を打つ」「翻筋斗を切る」と使う。もともとは「もどり」と言っていたのが、撥音便化して「もんどり」に転じた。「もうどり」とも訓む。

 ●熊掌(ユウショウ)

 「どうか一粒の米すらない程、貧乏にして下さいますな。どうか又熊掌にさえ飽き足りる程、富裕にもして下さいますな。どうか採桑の農婦すら嫌うようにして下さいますな。」

 →熊の手のひら。「熊蟠」(ユウハン)ともいう。その肉は中国で古来、最大級の美味と称されている。毛むくじゃらなので丁寧に毛根から毛を抜くことが大切で、何時間も煮込まないと柔らかくならない。本当に蔗いのかどうか?「熊」は準1級配当で「ユウ」と音読み。熊本県の人は、県外に出ていて熊本に帰ることを「帰熊」(キユウ)と言います。「熊胆」(ユウタン)、「熊羆」(ユウヒ=くまとひぐま)、「熊虎」(ユウコ)、「熊白」(ユウハク)、「熊手」(くまで)。熟字訓で《大熊猫》(ジャイアントパンダ、パンダ)。孟子「告上」に「孟子曰、魚、我所欲也。熊掌、亦我所欲也。二者不可得兼、舍魚而取熊掌者也。」とあり、「魚と熊の手のどっちも好きだが、どっちか選べといわれたら、熊の手を選ぶ」んだそうです、孟子は。

 ●〔菽麦を弁ぜず〕(シュクバクをベンぜず)

 「どうか菽麦すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さえ察する程、聡明にもして下さいますな。」

 →(「菽麦」は豆と麦のことで、豆と麦すら見分けられない意から)非常に愚かな者のたとえ。出典は「春秋左氏伝」(成公十八年)に「周子は兄有れども恵無く菽麦を弁ずる能わず。故に立つべからず」とあります。「菽」は1級配当で「シュク」「まめ」。「菽水」(シュクスイ)→「菽水歓」(シュクスイのカン=貧しいながらも孝養に励み親を喜ばせること「礼記・檀弓下」)、「茹菽」(ジョシュク)、「菽粟」(シュクゾク)、「菽粒」(シュクリュウ)。

 ●金縷(キンル)

 「わたしはこの春酒に酔い、この金鏤の歌を誦し、この好日を喜んでいれば不足のない侏儒でございます。」

 →金色の糸。針金状の金の撚り糸。「縷」は1級配当で「ル・ロウ」、「いと」。「一縷」(イチル)、「縷言」(ルゲン)、「縷述」(ルジュツ)、「襤縷」(ランル)、「縷説」(ルセツ)、「縷切」(ルセツ)、「縷陳」(ルチン)、「線縷」(センル)、「縷縷綿綿」(ルルメンメン=話が長くてくどくどしい)。「縷かい」(こまかい)とも訓み、このほかに「齷かい」「軋かい」「緻かい」「綢かい」「孅かい」「稗かい」「綿かい」「密かい」。

 ●腰弁(こしベン)

 「なぜ円いかと問いつめて見れば、上愚は総理大臣から下愚は腰弁に至る迄、説明の出来ないことは事実である。」

 →腰弁当の略。(江戸時代、勤番の下侍が袴の腰に弁当をぶら下げて出仕したことから)文字通り、腰に弁当をぶら下げること。また、その弁当。転じて、日々弁当を携えて出仕する安月給取り。ここでは、薄給の下級役人のこと。low-paid office worker。

 ●緋縅(ヒおどし)

 「この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなった者ではない。」

 →鎧(よろい)の縅の一種。はなやかな緋色に染めた革、綾、組糸の緒でおどしたもの。糸を用いたものを糸緋縅ともいう。「火縅」「緋」「氷魚縅」とも書く。scarlet-threaded suit of armor。「縅」は1級配当の国字で、鎧の札(さね=革板の小片)を糸や細い革紐でつなぎ合わせること。また、そのもの。「緒通し」の意。「おど・す」と動詞でも訓み、「縅の細工を施すこと」。
 「緋」は準1級配当で「ヒ」「あか」。「あか」にもいろいろありますが、「緋色」は「濃く鮮やかな赤色。火のような明るい赤色」。「緋鯉」(ヒごい)、「緋縮緬」(ヒぢりめん)、「緋連雀」(ヒレンジャク)。

 ●檄(ゲキ)

 「武后は人天を顧みず、冷然と正義を蹂躙した。しかし李敬業の乱に当り、駱賓王の檄を読んだ時には色を失うことを免れなかった。」

 →自分の主張を訴え、人々に同調を呼びかける文書。1級配当で「ふれぶみ」。「檄文」(ゲキブン=檄が書かれた文書。檄書)、「羽檄」(ウゲキ)、「飛檄」(ヒゲキ)、「文檄」(ブンゲキ)。「檄を飛ばす」(ゲキをとばす)は「自分の主張を知らせて同調を促すこと」であり、「激励する」という意味ではないので要注意。よく誤用されます。音符の「敫」(キョウ)には、「檄」「激」(ゲキ)のほか、「徼」(ギョウ)、「邀」(ヨウ)、「竅」(キョウ)、「覈」(カク)があります。艱しいのばかりですが、すべて1級配当の必須漢字です。

 ●一抔(イッポウ)、六尺孤(リクセキノコ)

 「『一抔土未乾 六尺孤安在』の双句は天成のデマゴオクを待たない限り、発し得ない名言だったからである。」

 →(手などでの)一すくいの量。「一抔土」は「一すくいの土」で、この故事から「抔土」(ホウド)という言葉が生まれ、「(天子などの)お墓」をはばかる言い方を意味します。「一抔土未乾」は「天子が崩じてまだ間もない」という意味です。「抔」は1級配当で「ホウ」「すく・う」「など」。「抔飲」(ホウイン)。「すくう」はほかに、「贍う」「樔う」「汕う」「掬う」。「掬水」(キクスイ)は「水を掬って飲むこと」。

 →父に死に別れた15、16歳の幼君のこと。「孤」は「みなしご」。2歳半の身長を一尺としていたから、六尺で15、16歳となる計算。論語「泰伯」に「可以託六尺之孤」があり、これがベースになっています。(2008年2月6日「六尺」の項参照)
 『一抔土未乾 六尺孤安在』は、唐の第三代帝王・高宗が崩じた後、太后である則天武后が実権を握り、実家の武氏の勢力拡大につとめた。かねて不満を抱いた李敬業が乱を起こし、武后を伐とうとして発した檄の内容。初唐の四傑の一人、詩人の駱賓王が認めたもの。「先帝の高宗がなくなられ、そのお墓の土がまだ乾かないのに、幼君中宗は武氏のために廃せられて、いまどこにいらっしゃるであろうか」と訴えかけており、これを読んだ武后は「このような才ある者を流落不遇にしたのは宰相の過ちである」と愕然として言ったという。しかしながら、結局叛乱は失敗し、武氏の世の中となります。武后は中国史上唯一の女帝として武周王朝を樹てます。最終的に周代の御世は15年と短かったのですが、このあたりは中国史に精通していないと芥川の意図は掬めないですね。
 ちなみに、初唐の四傑を「王楊盧駱」(オウヨウロラク)と四字熟語で言います。すなわち王勃、楊炯、盧照鄰、駱賓王の4人で、いずれも唐代初期の人で近体詩の確立に功績があったといいます。

 ●棍棒(コンボウ)

 「此処に太い棍棒がある。これは社会主義者の正義であろう。」

 →殴打用の武器。先が丸い、ずんぐりした木製のclub。「棍」は1級配当で「つえ」。「棍成」(コンセイ)、「わるもの・ならずもの」の意味もあり、「棍徒」(コント)=ゴロツキ。
 新体操で使う手具の一種。木または合成素材製の先端の太くなった棒状の用具。一対で一組とする。

 ●欣幸(キンコウ)

 「しかし二十世紀の日本も尊王の精神に富んでいることは当時の仏蘭西に劣らなそうである。まことに、――欣幸の至りに堪えない。」

 →幸せに思い喜ぶこと。嬉しくてたまらないさま。「~の至り」として使うことが多い。欣快、欣悦。

 ●廬山(ロザン)

 「寧ろ廬山の峯々のように、種々の立ち場から鑑賞され得る多面性を具えているのであろう。」

 →中国江西省九江県にある山。多くの峰峰があり、見るとき・見る場所・見る方向によって様々に姿を変えることから、その全容は中々つかみ難いとされる。〔廬山の真面目〕(ロザンのシンメンモク)という故事成語があり、①大きく複雑で容易には真相をうかがい知れないことのたとえ②物事の真相を把握しようと思えば、身を局外において客観的に見るべきであるということ③物事の真相―などの意味。「真面目」は「そのものの本来の姿、真価」。
出典は蘇軾の「題西林壁」です。ここに掲げましょう。
 横に看れば嶺を成し側には峰を成す
遠近高低一も同じきは無し
廬山の真面目を識らざるは
只身の此の山中に在るに縁る
 「廬」は1級配当で「ロ、リョ、ル」。訓読みは「いおり」。「廬舎」(ロシャ)、「蝸廬」(カロ)、「結廬」(ケツロ)、「出廬」(シュツロ)、「草廬」(ソウロ)、「僧廬」(ソウロ)、「田廬」(デンロ)、「廬舎那仏」(ルシャナブツ=奈良の大仏)、四字熟語に「草廬三顧」(ソウロサンコ=礼を尽くして有能な人材を求めること)。

 ●隠約(インヤク)

 「しかし『コロンバ』は隠約の間に彼自身を語ってはいないであろうか? 」

 →言葉は簡単明瞭だが意味は奥深いこと。あからさまには表現しないこと。「隠約の間」は「一見そうとは見えないが、よく見ればほのかに見えて味わい深い」くらいの意味か。

 ●黄老(コウロウ)

 「黄老の学者の地上楽園もつまりは索漠とした支那料理屋に過ぎない。」

 →「黄老の学」ともいい、黄帝と老子とを祖とする学、すなわち道家の学の一つで、無為を貴び、生を養うことを主とした政治思想を説くもの。前漢初期に流行した。
 黄老思想は、中国、戦国時代から漢初にかけて流行した道家の一学派の思想。学問を黄老の学という。黄帝を始祖とし老子を大成者としたのでこの名がある。「黄帝四経」や「老子」がその思想的根拠となる。

 ●車匿(しゃのく)、馬轡(バヒ)

 「悉達多は車匿に馬轡を執らせ、潜かに王城を後ろにした。」

 →釈迦の弟子。梵語はChandaka。釈尊が出家のため王域を逃れ出たとき、犍陟(けんだか)という馬を牽き出して従った馭者。慠慢であったが、仏涅槃の後、阿難について学び、阿羅漢果を証したという。悪口車匿。

 →いわゆる「はみ」のこと。はみとは轡(くつわ)で馬の口にくわえさせる所。また、駻馬を制するため、口に縄をかませて、頭頂に縛っておくこと、また、その縄。「轡」は準1級配当で「くつわ」「たづな」。「轡銜」)(ヒカン)、「鞍轡」(アンピ)、「猿轡」(さつぐつわ)、「轡屋」(くつわや)

 ●悉達多(しったるた)、正覚(ショウガク)

 「悉達多は六年の苦行の後、菩提樹下に正覚に達した。」

 →釈尊の俗名。梵語はSiddhārtha。シッダールタ。悉達。悉多。悉陀。悉達太子。釈迦牟尼。

 →正しい悟り。真理を体得した仏の悟り。

 ●乳糜(ニュウビ)

 「彼はまず水浴している。それから乳糜を食している。最後に難陀婆羅と伝えられる牧牛の少女と話している。」

 →乳で作ったカユ。牛乳で炊いだかゆ。乳酪。「糜」は1級配当で「かゆ」「ただ・れる」が訓読み。「糜粥」(ビシュク)、「糜爛」(ビラン)。
 釈尊は成道の直前に、苦行で衰えた体力を回復するため乳糜を摂取。この乳粥を作り、釈尊の命を救った娘の名前が「スジャータ (Sujahta) 」。漢訳では「難陀婆羅」(ナンダバラ)。古代インドの女性名で、「良い生い立ち、素性」を意味する。難陀(Nanda)とは、歓喜。婆羅(Vara)とは、菩薩(求める)。ウルーヴィラ地方のセーナ村の豪族の娘だった。めいらくグループのコーヒー用ミルク「スジャータ」は、この故事から命名している。

 ●跋渉(バッショウ)

 「況や針の山や血の池などは二三年其処に住み慣れさえすれば格別跋渉の苦しみを感じないようになってしまう筈である。」

 →山を踏み越え、水を渡ること。転じて、諸国を遍歴すること。「跋」は1級配当で「バツ・ハツ」「ふ・む」。「跋履」(バツリ)ともいう。「跋扈」(バッコ)は「権威をほしいままにしてのさばり、はびこること。また、思うが侭に振る舞うこと」。「跋剌」(ハツラツ=溌剌)、「跋胡」(バッコ=進退窮まる喻え)、「あとがき」の意味もあり、「跋文」(バツブン)、「跋語」(バツゴ)、「序跋」(ジョバツ)、「題跋」(ダイバツ)、「跋尾」(バツビ)。「バサラ」(2008年1月29日付「婆娑」)は「跋折羅」とも書きます。「ふむ」はほかに、「蹂む」「駘む」「廸む」「迪む」「躔む」「躇む」「躅む」「蹠む」「蹈む」「踵む」「跖む」「藉む」「喋む」「践む」「籍む」「履む」「躡む」「踏む」。
 「渉」は2級配当で「わた・る」(表外訓み)。「渉外」「渉猟」「渡渉」「徒渉」「博渉」「渉世」「渉歴」。「わたる」はほかに、「躇る」「竟る」「杭る」「弥る」「航る」「絶る」「済る」「亘る」「亙る」。

 ●輿論(ヨロン)

 「輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても。」

 →世間一般の人が唱える論。社会大衆に共通な意見。与論とも。世論(よロン・湯桶読み)は書き換え語。できれば「セロン」とは読んでほしくないですね、恐らく誤用。
 「輿」は準1級配当で「こし」「かつぐ」が訓読み。「多い、もろもろ」という意味から、「輿議」(ヨギ)、「輿望」(ヨボウ)、「輿地」(ヨチ=世界)、「輿師」(ヨシ)、「輿図」(ヨズ)、「輿誌」「輿志」(以上、ヨシ)、「坤輿」(コンヨ)、「輿誦」(ヨショウ)、「輿衆」(ヨシュウ)。「こし」「かつぐ」からは、「輿駕」(ヨガ)、「神輿」(シンヨ、みこし)、「輿丁」(ヨチョウ=かごかき)、「肩輿」(ケンヨ)、「権輿」(ケンヨ)、「乗輿」(ジョウヨ)、「仙輿」(センヨ)、「籃輿」「鸞輿」「鑾輿」(以上、ランヨ)、「輿死」「輿尸」(以上、ヨシ)、「輿疾」(ヨシツ)、「輿薪」(ヨシン)、「輿人」(ヨジン)、「輿馬」(ヨバ)、「輿梁」(ヨリョウ)、「輿隷」(ヨレイ)=「輿台」(ヨダイ)=奴隷、「輿輦」(ヨレン)。

 ●障碍(ショウガイ)

 「いや、寧ろ与えたものは障碍ばかりだった位である。これは両親たる責任上、明らかに恥辱と云わなければならぬ。」

 →さまたげ。邪魔。障り。「碍」は準1級配当で「ガイ・ゲ」「さまた・げる」。「礙」は異体字。「妨碍」(ボウガイ)、「無碍」(ムガイ・ムゲ)、「碍子」(ガイシ)。「融通無碍」(ユウズウムゲ)。

 ●清冽(セイレツ)

 「少女。――どこまで行っても清冽な浅瀬。」

 →水が清く冷たいこと。「冽」は1級配当で「さむ・い」が訓読み。「冽冽」(レツレツ)は「寒さが厳しいさま、北風が激しく吹くさま」。「凛冽」(リンレツ)、「冷冽」(レイレツ)。ニスイでなくてサンズイの「洌」もあり、これも1級配当ですが、「きよ・い」と訓む。「清洌」(セイレツ)、「洌風」(レップウ)、「冷洌」(レイレツ)など、ほぼ同じ意味。「きよい」はほかに、「皓い」「皎い」「瀟い」「瀏い」「泓い」「浄い」。

 ●〔艱難汝を玉にす〕(カンナンなんじをたまにす)

 「艱難汝を玉にす。――艱難汝を玉にするとすれば、日常生活に、思慮深い男は到底玉になれない筈である。」

 →人は困難や苦労を経験し、克服することによって、あたかも地中から掘り出された璞(あらたま)が美しい玉に磨き上げられるように人格が練磨され、立派な人間に成長するという教え。「Adversity makes a man wise.」を意訳したもの。
 地獄変(上)の「苦艱」(クカン、クゲン)で紹介済み。「艱」は1級配当で「カン」「かた・い」「なや・む」。「艱険」(カンケン)、「艱渋」(カンジュウ=文章が艱しい)、「艱阻」(カンソ、カンショ)、「艱苦」(カンク)、「辛艱」(シンカン)、「険艱」(ケンカン)、「阻艱」(ソカン)、「憂艱」(ユウカン)、「丁艱」(テイカン=父母の喪にあうこと)、「艱易」(カンイ)、「艱禍」(カンカ)、「艱患」(カンカン)、「艱急」(カンキュウ)、「艱窘」(カンキン=饑饉の年)、「艱困」(カンコン)、「艱虞」(カング)、「艱貞」(カンテイ)、「艱難辛苦」(カンナンシンク=粒粒辛苦、千辛万苦、七難八苦)。

 ●〔管鮑の交わり〕(カンポウのまじわり)

 「もし寸毫の虚偽をも加えず、我我の友人知己に対する我我の本心を吐露するとすれば、古えの管鮑の交わりと雖も破綻を生ぜずにはいなかったであろう。」

 →互いによく理解しあって、利害にとらわれない親密な付き合いのたとえ。「管鮑」は「管仲」(カンチュウ)と「鮑叔、鮑叔牙」(ホウシュク、ホウシュクガ=牙は諱=)。出典は史記「管晏列伝」。杜甫が「貧交行」と題して詠んだ七言古詩の中に「君見ずや管鮑貧時の交わり」の一節があり、貧富変わらぬ交友ぶりの代名詞ともなっています。十八史略に簡単に紹介されているので書き留めます。
 仲字は夷吾。嘗て鮑叔と賈す。利を分つに多く自ら与ふ。鮑叔以て貪と為さず。仲の貧なるを知ればなり。嘗て事を謀りて窮難す。鮑叔以て愚と為さず。時に利と不利と有るを知ればなり。嘗て三たび戦って三たび走る。鮑叔以て怯と為さず。仲に老母有るを知ればなり。仲曰く、「吾を生む者は父母、我を知る者は鮑子なり」と。桓公諸侯を九合し、天下を一匡せしは、皆仲の謀なり。一にも則ち仲父二にも仲父といへり。
 ちなみに「鮑」は1級配当で「あわび」。あわびはほかに「蚫、石決明、鰒」。

 ●鋭鋒(エイホウ)

 「が、憎悪も利害の前には鋭鋒を収めるのに相違ない。且又軽蔑は多々益々恬然と虚偽を吐かせるものである。」

 →するどいほこさき。するどく攻め立てる、その勢い。転じて、言論などによるするどい攻撃。舌鋒。機鋒。(2008年2月11日付「鋒芒」で既出)「槍ケ岳の鋭鋒」とも使い、山が鋭く尖って聳えているさまにも言います。

 ●衒学者(ゲンガクシャ)

 「この故に処女崇拝者は恋愛上の衒学者と云わなければならぬ。」

 →学問のあることをひけらかし、自慢する人。pedant。「衒」は1級配当で「てら・う」「てら・わす」が訓読み。「衒売」(ゲンバイ)、「衒気」(ゲンキ)、「衒耀」(ゲンヨウ)、「誇衒」(コゲン)、「賈衒」(コゲン)、「衒鬻」(ゲンイク=実力以上に誇張して自分を売り込む)、「衒士」(ゲンシ)、「衒達」(ゲンタツ)、「衒賈」(ゲンコ)、「衒沽」(ゲンコ)。ostentatious。

 ●忸怩(ジクジ)

 「書生は始めて益軒を知り、この一代の大儒の前に忸怩として先刻の無礼を謝した。――こう云う逸事を学んだのである。」

 →恥じ入るさま。身が縮まる思いをすること。自分の行為について云う。間違っても人の事を非難する際に「忸怩」とは言いませんので要注意。いずれも1級配当で「忸怩」にしか用いません。「忸」は「は・じる」の訓読み、「怩」も「は・じる」。

 

●溌溂(ハツラツ)

 「益軒の知らぬ新時代の精神は年少の書生の放論の中にも如何に溌溂と鼓動していたか!」

 →元気のよいさま。生き生きしているさま。「溌」は1級配当で「潑」の異体字。「溂」も1級配当で「ラツ」。「剌」も同じ。「潑溂」「撥剌」「潑剌」とも書く。「辣腕」(ラツワン)の「辣」とは違うので要注意。「潑墨」(ハツボク)は水墨画の一技法。

 ●〔門前雀羅を張る〕(モンゼンジャクラをはる)

 「或新時代の評論家は『蝟集する』と云う意味に『門前雀羅を張る』の成語を用いた。『門前雀羅を張る』の成語は支那人の作ったものである。」

 →門前に網を張って雀を捕えることができるほど、訪れる人もなくさびれたさま。落ちぶれた様子を表わす。閑古鳥が鳴く。〔門外雀羅を設くべし〕ともいう。漢の武帝時代、翟公(テキコウ)が廷尉(刑罰を司る官)になると、詰め掛けた訪問客が門に盈ちたのに、その職を免じられると来客はすっかり途絶えて、門前に雀羅(スズメをとる網)を張り巡らせられるほどさびれてしまったという「史記・汲鄭伝・賛」の故事に基づく。
 反意語には「門前市を成す」(モンゼンイチをなす=訪ねてくる人が非常に多いこと。門の前には人だかりがして、まるで市がたったように賑わっている意)。

 ●震駭(シンガイ)

 「ポオはスフィンクスを作る前に解剖学を研究した。ポオの後代を震駭した秘密はこの研究に潜んでいる。」

 →おそれてふるえおどろくこと。「駭」は1級配当で「ガイ・カイ」「おどろ・く」「おどろ・かす」。「駭愕」(ガイガク=ぎくっ)、「駭世」(ガイセイ)、「駭浪」(ガイロウ)、「驚駭」(キョウガイ)、「怖駭」(フガイ)、「駭遽」(ガイキョ)、「駭汗」(ガイカン)、「駭惶」(ガイコウ)、「駭懼」(ガイク)、「駭震」(ガイシン)、「駭歎」「駭嘆」(以上、ガイタン)、「駭栗」「駭慄」(以上、ガイリツ)。「おどろく」はほかに、「咢く」「怛く」「慫く」「懼く」「顫く」「愕く」。

 ●鑵詰め(かんづめ)

 「芸術家の芸術を売るのも、わたしの蟹の鑵詰めを売るのも、格別変りのある筈はない。」

 →通常は缶詰め。「鑵」は「缶」の異体字(JIS第2水準7949)。「罐」は旧字。お湯を沸かす「やかん」も通常「薬缶」と書くが、「薬鑵」「薬罐」の表記もOK。

 ●溯る(さかのぼる)

 「こう言う問題を解決する為には、これも度たび申し上げた価値論へ溯らなければなりません。」

 →過去または根本にたちかえる。「溯」は準1級配当で「遡」の異体字。「ソ」が音読み。「泝」も異体字。「溯及」(ソキュウ)、「溯源」(ソゲン)、「溯游」(ソユウ)、「溯行」「溯航」「溯江」(以上、ソコウ)、「溯上」(ソジョウ)、「回溯」(カイソ)、「追溯」)(ツイソ)。

 ●陳套語(チントウゴ)

 「落款の場所に注意せよなどと言うのは陳套語である。」

 →ふるくさい言葉。ふるめかしい言葉。陳腐語。常套語。陳言(チンゲン)。「陳」は「ふるい」という意味。「新陳代謝」、「陳根」、「陳事」「陳迹」(チンセキ)、「陳編」。「套」も「ありきたり、古臭い」という意味。「套言」(トウゲン)、「常套」(ジョウトウ)、「套語」(トウゴ)、「旧套」(キュウトウ)、「脱套」(ダットウ)。

 ●虹霓(コウゲイ)

 「わたくしは梅蘭芳の『虹霓関』を見、支那にも既にこの事実に注目した戯曲家のあるのを知った。のみならず『戯考』は『虹霓関』の外にも、女の男を捉えるのに孫呉の兵機と剣戟とを用いた幾多の物語を伝えている。」

 →にじ。「虹」も「霓」も「にじ」ですが、「紫が内側で色が鮮やか」なのを「虹」、「紫が外で色が淡い」のを「霓」という。「霓」は1級配当で「ゲイ」。四字熟語に「霓裳羽衣」(ゲイショウウイ=女性の美しく軽やかな衣装)。「雲霓」(ウンゲイ)、「紅霓」(コウゲイ)。
 「にじ」を竜と看做し、「虹」が雄、「霓」が雌。このように雄雌を組み合わせた熟語は「麒麟‥キリン」「鳳凰‥ホウオウ」「鴛鴦‥エンオウ」「翡翠‥ヒスイ」「鯨鯢‥ケイゲイ」などがあります。いずれも雄、雌の順です。
 二重になっている「にじ」もあって、主虹は「虹」と副虹は「霓」。
「虹霓関」は京劇の演目の一つ。梅蘭芳(メイ・ランファン)は清末から中華民国、中華人民共和国にかけての中国の京劇俳優。女形で名高く「四大名旦」の一人。日本の歌舞伎に近代演劇の技法が導入されていることに触発され、京劇の近代化を推進し、「梅派」を創始した。京劇の海外公演を最初に実現したことでも有名(公演地は日本)。(ウィキ)日本で言えば歌舞伎みたいなものでしょうか。

 ●雷霆(ライテイ)

 「哲学者胡適氏はこの価値の前に多少氏の雷霆の怒を和げる訣には行かないであろうか?」

 →かみなり。いかずち。「霆」は1級配当で「ライ」「いかずち」(2008年2月9日付「霹靂」の欄で紹介済み)。「霆撃」(テイゲキ)、「震霆」(シンテイ)、「電霆」(デンテイ)。
 武田信玄の「風林火山」の出自になっている「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷霆。」(孫子の戦国篇)にも見えます。一旦決めて行く時は一直線に行くべし。

 ●踵(かかと)

 「希臘の英雄アキレスは踵だけ不死身ではなかったそうである。――即ちアキレスを知る為にはアキレスの踵を知らなければならぬ。」

 →足裏の背の肉厚の部分。1級配当漢字で音読みは「ショウ」。訓では「くびす」「きびす」とも。「踵骨」(ショウコツ)、「踵武」(ショウブ)、「接踵」(セッショウ、くびすをせっする)、「旋踵」(センショウ)、「踵接」(ショウセツ)、「踵息」(ショウソク)。〔踵を接する〕(くびす)は「物事が続いて起こる」。〔踵を返す〕(くびす)は「元の方へ引き返す」。〔踵を回らさず〕(くびすをめぐらさず)は「戦場で勇敢に戦う。ごくわずかな時間」。〔踵で頭痛を病む〕(かかと)は「見当違いなことのたとえ。取り越し苦労」。四字熟語に「摩頂放踵」(マチョウホウショウ=自分の身を犠牲にして他人のために尽くすこと、頭の先から足の先まですり減らすこと)。
 「かかと」はほかに、「踝」「跟」。ともに1級配当で「踝」は「くるぶし」の意味もあり、「踝跣」(カセン)、「踝足」(カソク)、「跟」は「コン」「くびす」で、「跟腱」(コンケン)、「跟随」(コンズイ=追随)、「跟従」(コンジュウ)、「跟肘」(コンチュウ=かかととひじ)。

 ●蹊(ケイ)

 「『桃李言わざれども、下自ら蹊を成す』とは確かに知者の言である。尤も『桃李言わざれども』ではない。実は『桃李言わざれば』である。」

 →こみち。1級配当で「ケイ」「こみち」「みち」。「蹊径」(ケイケイ)、「成蹊」(セイケイ)が熟語であります。本文中の〔桃李言わざれども、下自ら蹊を成す〕は超有名な故事成語で、1級受験者は必須。成語林によりますと、(桃や李は何も言わなくても、その美しい花や実に惹かれて人が歩いてくるので、自然と木の下に道ができるの意から)徳が高く尊敬される人物のもとには世間の人が慕って集まってくるというたとえ。出典は史記「李将軍伝・賛」。前漢時代の将軍である李広(リコウ)は清廉な人物であり、泉を発見すれば部下を先に飲ませ、食事も下士官と共にし、全員が食事を始めるまで自分の分には手をつけなかったという。後に司馬遷はこの人柄について触れ、「桃李言わざれども下自ら蹊を成す」と評した。再チャレンジ安倍晋三前首相の母校「成蹊大学」の由来となっている。
 「李」は準1級配当で「リ」「すもも」で「バラ科の落葉小高木。中国原産。春に白い花。果実は赤く甘酸っぱい。生食やジャムにする」。
 芥川は肯えて、「物を言わないけれど」ではなく「物を言わないので」と訓読の誤りを指摘しています。有徳人はお喋りであってはいけないということでしょう。何も言わないからこそ、人々が知りたくなるのですから。

 ●籠絡(ロウラク)

 「民衆は人格や事業の偉大に籠絡されることを愛するものである。が、偉大に直面することは有史以来愛したことはない。」

 →うまくまるめこんで自分の思うとおりに操ること。調子のいい言葉を弄して抱き込むこと。類義語は「懐柔」「手玉」「心服」「陥落」「誑し込む」。
 「籠」(篭は異体字)は準1級配当で「かご」「こ・める」「こ・もる」が訓読み。「籠城」(ロウジョウ)、「籠居」(ロウキョ)、「籠蓋」(ロウガイ)、「籠鳥」(ロウチョウ)、「籠鳥檻猿」(ロウチョウカンエン=かごのとり)、「籠禽」(ロウキン)、「籠統」(ロウトウ)、「籠銅」(ロウドウ)、「籠僮」(ロウドウ)、「籠媒」(ロウバイ=おとりの鳥)、「籠絆」(ロウハン)、「籠球」(ロウキュウ=バスケットボール)、「籠手」(こて)、「籠枕」(かごまくら)。
 「かご」はほかに、「轎」「罩」「籃」「篝」「筲」「筺」「筐」「樊」。

 

●千古無窮(センコムキュウ)

 「のみならず文章も千古無窮に力を保つかどうかは疑問である。観念も時の支配の外に超然としていることの出来るものではない。」

 →「千古」は「遠い昔、また、遠い後の世の意から永久の時間」を指す。「無窮」は「窮まらない、行き詰まらない、朽ちない」といった意味。殆ど同義の四字熟語に「千古不磨」(センコフマ)があり、「永久に滅びないこと。また、永久に伝わること」。類義語に「千古不朽」「千古不易」。

 ●廓大鏡(カクダイキョウ)

 「が、廓大鏡に覗いて見ると、緑いろをしているのは緑青を生じた金いろだった。」

 →虫眼鏡。ルーペ。「廓」は準1級配当で「カク」「くるわ」。「郭」の書き換え字。「おおきい」という意味もあり、「廓然」(カクゼン)、「廓然大悟」(カクゼンタイゴ)、「廓清」(カクゼイ=不正を清めること)、「廓寥」(カクリョウ)。

 ●折檻(セッカン)

 「殊に枕をはずすことにはその都度折檻を加えていたらしい。」

 →きびしく意見すること。転じて、せめさいなむこと。特に体罰を加えてしかること。「檻」は1級配当で「おり」。この場合は「てすり・欄檻」の意味で、「折檻」は「欄檻が折れる」。漢書「朱雲伝」に故事があり、「前漢の成帝の時代、臣下の朱雲(シュウン)が成帝の政治に対し厳しく忠告し、奸臣の張禹(チョウウ)を斬るように諫めたため、朱雲は帝の怒りを買い、御史が帝の面前から引きずり下ろそうとした。しかし、朱雲は檻に掴まり動こうとしなかったため、檻は折れてしまった。帝はそれを見て反省し、朱雲の意見を受け入れた」という。元々は切諫(セッカン)の意味。のちに朱雲を取り成す者がおり、朱雲は許されたが、成帝は以後も「直言の記念」として壊れた檻を修復せずそのままにさせておいたといいます。「折檻」を見て己を諫めるものがどんどん出てきてほしいとの思いからでしょう。これが虐待、体罰、お仕置きに転じたのはいかにしてでしょうか?しかしながら、ネット検索しても引っ掛かるのは「スパンキング」(spanking)ばかりです。
 また、「枕を外す」は、昔の枕は硬くて一段高いので寝ていて枕を外すさまは下品だったということでしょう。寝ているときもきれいな姿勢を保てということ。

 ●躾(しつけ)

 「彼女は定めし芸者になっても、厳格な母親の躾け通り、枕だけははずすまいと思っているであろう。……」

 →礼儀作法を教えること。1級配当の国字。「不躾」で既出(2008年2月20日付)。文字通り「身を美しくすること」。「躾縫い」は「縫い目を正しく整えるため仮にざっと縫い付けておくこと」。躾のための折檻は「discipline-spanking」。

 ●山巓(サンテン)

 「自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない。」

 →山のいただき。山頂。「巓」は1級配当で「テン」「いただき」。仏蘭西文学者であり詩人の堀口大学の詩集に「山巓の気」があります。太平洋戦争終結後間もないころに発刊され5万部を売り上げたそうです。

「 汚邪(ヲヤ)の地を去つて
  山巓(サンテン)の気に立たう。
  われらあまりにも
  巷塵の濁悪(ジョクアク)に慣れた。

  聴け、天の声、
  若い嵐が中空(なかぞら)高く歌い出す、
  喨々(リャウリャウ)と空間を馳せ、
  雲にこだまし、
  星々に呼びかける。

  ああ、平地!
  われ等あまりにも平地に棲んで、
  しなれたことをしすぎるよ!
  詩(うた)よ
   山巓の気に立たう。 」

 ●露悪家(ロアクカ)

 「『振っている』『高等遊民』『露悪家』『月並み』等の言葉の文壇に行われるようになったのは夏目先生から始まっている。」

 →自分の悪いところをわざとさらけ出すことを趣味とする人。夏目漱石の「三四郎」に「昔の偽善家に対して、今は露悪家ばかりの状態にある。――君、露悪家という言葉を聞いたことがありますか」とあって、続けて「今ぼくが即席に作った言葉だ。君もその露悪家の一人(イチニン)――だかどうだか、まあたぶんそうだろう」と作中の人物に漱石自身の造語であることを匂わせつつ語らせています。偽善家の対比として、偽悪家と言わずに露悪家と呼んだのでしょう。悪(わる)を気取って粋がる風潮は明治の頃からあったのですね。

 ●蟇(ひきがえる)

 「最も美しい石竹色は確かに蟇の舌の色である。」

 →ヒキガエル科のカエル。体は肥大し、四肢は短い。背面は黄褐色または黒褐色で、腹面は灰色で、黒色の雲状紋が多い。皮膚特に背面には多数の疣がある。大きな耳腺をもち、白い有毒粘液を分泌。動作は鈍く夜出て、舌で昆虫を捕食する。冬は土中に冬眠し、早春に現れて、池や溝に寒天質で細長い紐状の卵塊を産み、復び土中に入って春眠、初夏に復び出てくる。日本各地に分布する。ヒキ。ガマ。ガマガエル。イボガエル。
 「蟇」は1級配当で「バ・マ」。異体字は「蟆」。《蟇股》(かえるまた)、《蟇蛙》(ひきがえる)、《蟇子》(ぶゆ)。《蝦蟇》(ガマ)。「ひきがえる」は《蟾蜍》とも書く。「センジョ」の音読みもありますが、「月に栖むと言うヒキガエル。転じて月の異称」=「蟾桂」(センケイ)。「蟾宮」(センキュウ=科挙に合格する)、「蟾光」(センコウ)、「蟾兎」(セント)=「蟾魄」(センパク)=「蟾盤」(センバン)=「蟾輪」(センリン)=「蟾窟」(センクツ)=「月のこと」。
 ちなみに「石竹色」(せきちくいろ)はナデシコ科の植物セキチクの花のような淡い赤色のこと。セキチクは中国原産種でおもに観賞用に栽培され、その花は赤や白やそれらの色を組み合わせた模様など多くの種類が存在するが、色名としては桃色に近い花の色のことを指す。撫子色、ピンクととほぼ同じ色合いであり、同様の語源を持つ。英語ではチャイニーズピンク(Chinese pink)という。(以上、ウィキ)それにしても、ヒキガエルの舌の色って見たことないですよねぇ?

 ●雪霽(ゆきばれ)

 「わたしは或雪霽の薄暮、隣の屋根に止まっていた、まっ青な鴉を見たことがある。」

 →雪がやんで空が晴れること。また、その晴れ間。「霽」は1級配当で「セイ・サイ」「は・れる」。「霽月」(セイゲツ)、「霽日」(セイジツ)、「開霽」(カイセイ)、「晩霽」(バンセイ)、四字熟語に「光風霽月」(コウフウセイゲツ=心が清らかでわだかまりがなく、爽快であること)=明鏡止水、虚心坦懐。「見霽かす」(みはる・かす=夐かに遠くを見渡す)。「霽威」(セイイ=怒りが解ける)、「霽止」(セイシ=雨がやむ)。横山大観の五指に入る水墨画「雨霽る」(あめはる)は島根・足立美術館に収蔵されています。

 ●指物師(さしものし)

 「あらゆる作家は一面には指物師の面目を具えている。が、それは恥辱ではない。あらゆる指物師も一面には作家の面目を具えている。」

 →釘を一本も使わずに、物差しで木の寸法を測り、木板同士をしっかりと組み合わせて作った家具や器具を「指物」といい、これらの細工をする職人のこと。箱や長持、机、椅子、箪笥など、板材を指し合わせて組み立てる技は、まさに名人芸で、別名、寄木細工師とも、指物大工、箱大工、さしものやとも呼ばれる。指物の歴史は元来、京都における平安時代の宮廷文化にまで溯ることができ、朝廷や公家が用いるものが主流。指物の中でも有名な江戸指物は、武家や町人・商人が用いるものが多く、材料は桑や欅、桐、黄檗(きはだ)などが使われ、素材の木目を活かした個性的で美しいものが多いことが特徴で、江戸職人の心意気が見られました。

 ●脈搏(ミャクハク)

 「若し医家の用語を借りれば、苟くも文芸を講ずるには臨床的でなければならぬ筈である。しかも彼等は未だ嘗て人生の脈搏に触れたことはない。」

 →普通は、常用漢字で「脈拍」と書きます。「搏」は1級配当で「う・つ」が訓読み。「搏撃」(ハクゲキ)、「搏戦」(ハクセン)、「搏食」(ハクショク)、「搏景」「搏影」(以上、ハクエイ=物の影をなぐりつける、手ごたえの無いことのたとえ)、「手搏」(シュハク)、「搏闘」(ハクトウ)、「搏鷙」「搏摯」(以上、ハクシ=手でつかまえる=搏獲ハクカク、搏執ハクシュウ)。四字熟語に「竜攘虎搏」(リョウジョウコハク=強い者同士が激しく戦うこと)=「竜挐虎擲」(リョウダコテキ)、「竜戦虎争」(リョウセンコソウ)。


ふう~っ。。。。でもまだ終らない、いや終れないのだ。。。

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枕をはずす の意味がずっと知りたかったので参考になりました。ありがとうございました。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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