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「銅檠」「小廝」「鋪甎」「彝鼎」…「秋山図」も語彙が豊富〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑮

 【秋山図】


 ●黄大癡(コウタイチ)

 「――黄大癡といえば、大癡の秋山図をご覧になったことがありますか?」

 →「元代の文人画家。元末四大家の一人。江蘇省生。幼名は陸堅、字は子久、大癡は号、別号に一峯。初め役人となったが、のち官を棄て松江で売卜生活を行った。帰省してのちは全真教に帰依し、蘇州に三教堂を建て、晩年は西湖の富春山などに隠棲した。諸学諸芸に通じ、詞曲や鉄笛も得意とした。董源・巨然を宗とする山水画には、筆勢雄偉な浅絳山水と水墨による筆意簡遠なものの二種があった。至正14年(1354)歿、86才。」(某美術サイトからまんまパクリました)
注意すべきは「大癡」には「ばかもの・おろかもの」という差別的意味があることです。無論、黄大癡とは何の関係もありませんが。「癡」は「痴」の旧字です。

 ●神手(シンシュ)

 「大癡老人黄公望は、梅道人や黄鶴山樵とともに、元朝の画の神手である。」

 →神の手。ゴッドハンド。鬼才、奇才くらいの意味か。辞書には見当たりません。

 ●訝しい(いぶかしい)

 「南田は訝しそうに、王石谷の顔へ眼をやった。」

 →不審に思われる。疑わしい様子。あやしい。「訝」は1級配当で「ゲン・ガ」「いぶか・る」「いぶか・しむ」。「怪訝」は「ケゲン」と「カイガ」の2つがあります。「人を迎える」意味もあり、「訝賓」(ガヒン=途中まで客を出迎えてねぎらう)。

 ●真蹟(シンセキ)

 「いや、模本を見たのでもないのです。とにかく真蹟は見たのですが、――それも私ばかりではありません。」

 →その人が本当に書(画)いた筆跡・絵。真筆。反対語は「偽筆」。「跡」に書き換えが可能。「蹟」は準1級配当で「セキ・シャク」「あと」「ふむ」。「蹟意」(セキイ=書画の筆遣いのあとと、意匠・工夫)、「史蹟」(シセキ)、「遺蹟」(イセキ)、「旧蹟」(キュウセキ)、「事績」(ジセキ)、「聖蹟」(セイセキ)、「筆蹟」(ヒッセキ)、「墨蹟」(ボクセキ)。「あと」はこのほか、「阯」「迹」「蹤」「踪」「趾」「墟」「址」「痕」。

 ●銅檠(ドウケイ)

 「南田は銅檠の火を掻き立ててから、慇懃に客を促した。」

 →「灯檠」(トウケイ)は「灯火の油皿をのせておく台。灯台」。その台が銅製。「檠」は1級配当で「ケイ」、訓読みは「ゆだめ」「ともしび」。「短檠」(タンケイ=脚の短い灯台)、「檠灯」(ケイトウ)。「鼠短檠」(ねずみタンケイ)というのもあり、鼠の口から油が自動的に注がれます。また、「ゆだめ」は「曲がった弓を両側から引き締めて、ゆがみを直す道具」=弓矯、榜、弼。


 ●墨妙(ボクミョウ)

 「何しろそういう妙画を蔵している家ですから、そこへ行けば黄一峯の外にも、まだいろいろ歴代の墨妙を見ることができるに違いない。」

 →書画や文章にすぐれていること。「筆精墨妙」(ヒッセイボクミョウ)は書画の最大級の褒め言葉。

 ●刺(シ)を通ずる

 「しかしわざわざ尋ねて来ながら、刺も通ぜずに帰るのは、もちろん本望ではありません。」

 →なふだ。手札。手版。「~を通ずる」で「名刺を出して面会を求める。まず相手に名を知らせて都合を探ること」。「刺字漫滅」(シジマンメツ=長い間人を訪問しない→ポケットに名刺を入れたまま使わないので文字がすり汚れて見えなくなる意)。「刺」は4級配当の基本漢字ですが侮るなかれ。表外訓みに「そし・る」「とげ」があります。この関連では「諷刺=風刺」(フウシ=あてこすり)、「刺譏」(シキ=人の悪口を言う)、「刺口」(シコウ=とげのある口ぶり)。

 ●小廝(ショウシ)

 「そこで取次ぎに出て来た小厮に、ともかくも黄一峯の秋山図を拝見したいという、遠来の意を伝えた後、思白先生が書いてくれた紹介状を渡しました。」

 →子供の召使。類義語は「侍僮」(ジドウ)、「小童」(こわっぱ)。「厮」は1級配当で「シ」「こもの」。雑用をする召使のことです。「廝役」(シエキ=雑用)、「廝養」(シヨウ=雑用)=「廝徒」(シト)、「厮丁」(シテイ=律令制下の炊事役)。また、「厮打」(シダ)は「なぐりあうこと」。

 ●鋪甎(ホセン)

 「やはり荒廃の気が鋪甎の上に、漂っているとでも言いそうなのです。」

 →しきがわら。「鋪」は「舗」(4級配当)の異体字で1級配当扱いでいいでしょう。「ホ・フ」「し・く」。「鋪装」(ホソウ)、「鋪道」(ホドウ)。「甎」は1級配当で「セン・タン」「かわら」。「甎全」(センゼン)=「瓦全」(ガゼン)。「磚」は異体字で「磚茶」(タンチャ=中国、チベットなどで飲まれているお茶で、茶葉を蒸して瓦のように圧して固めている)。「蓋瓦級甎」(ガイガキュウセン=屋根の瓦と階段の敷瓦のこと)。

 ●一幀(イットウ)

 「主人はすぐに快諾しました。そうしてその庁堂の素壁へ、一幀の画幅を懸けさせました。」

 →(画の)一枚。「画幅」は「絵画の軸物」。「幀」は1級配当で「テイ・チョウ・トウ」。絹地に書いた絵。掛け物を仕立てる。また、裏打ちして貼り付けた書画を数える単位。「山水画一幀」(サンスイガイットウ)のように使う。「装幀」(ソウテイ)=「装丁」。

 ●設色(セッショク)、委蛇(イイ)、蛤粉(ゴフン)

 「画は青緑の設色です。渓の水が委蛇と流れたところに、村落や小橋が散在している、――その上に起した主峯の腹には、ゆうゆうとした秋の雲が、蛤粉の濃淡を重ねています。

 →いろどり。彩色。

 →まがりくねっているさま。「イダ」とも読む。「紆余委蛇」(ウヨイダ=山や林などがうねうねと屈曲しながら長く続くさま)=「蜒蜒長蛇」(エンエンチョウダ=蜿蜿長蛇、蜿蜒長蛇)。「委」は「こまかい」「くわしい」、「蛇」は通常「ジャ」「ダ」ですが、「イ」と読むのは珍しく呉音です。「蛇行」(ダコウ)、「蛇足」(ダソク)、「蛇蝎」(ダカツ)、「蛇豕」(ダシ)、「蛇蛻」(ダゼイ)、「蛇附」(ダフ)、「蛇腹」(ダフクorジャばら)、「蛇籠」(ジャかご)に対して、「委蛇」「蛇蛇」(イイ)。

 →東洋画・日本画の白色に使う絵の具・顔料。胡粉(ゴフン)。2008年1月18日付日記「孤独地獄」の見出し語「粉本」で、「胡粉」(牡蠣の貝殻を粉状にしたものを原料とした顔料で、日本画などの白色に用いられる)と紹介しましたが、ハマグリの貝殻も材料に使い、「蛤粉」と書きます。作り方では、天日干しにするとか、焼くとか諸説あり。しかし、焼くと焦げるよなあ。白くならないような…。
「蛤」は準1級配当で「コウ」。「ゴフン」の読み方は恐らく「胡粉」から来ているものと思われます。「蛤柱」(コウチュウ)、「蜃蛤」(シンコウ)、「蛤蜊」(コウリ=ハマグリとアサリ)。「はまぐり」は「蚌」(1級配当、ボウ・どぶがい)もあり、「鷸蚌の争い」(イツボウのあらそい=漁父之利)、「老蚌珠を生む」(ロウボウたまをうむ=年老いて子供ができること。恥ずっ)が故事成語にあります。

 ●(シュ)、映発(エイハツ)

 「山は高房山の横点を重ねた、新雨を経たような翠黛ですが、それがまた硃を点じた、所々の叢林の紅葉と映発している美しさは、ほとんど何と形容して好いか、言葉の着けようさえありません。」

 →「」は配当外(JIS第3水準8901)で「シュ・ス」「あかい」。水銀と硫黄の天然化合物。朱色の砂で、朱色の顔料や朱墨をつくるのに使う。朱色のこと。「批」(シュヒ=清代、臣下の上奏文に皇帝が朱筆で批評を加えた)。

 →光や色彩がうつりあうこと。映帯。聞き馴れない言葉ですが、「山の翠黛」と「紅葉の硃」とがお互いに映り合っているさまを表現しています。
 「詩思は陵橋の上に在り、微吟就るとき、林岫便ち已に浩然たり。野興は鏡湖曲の辺に在り、独り往く時、山川自から相映発す」(菜根譚後集76)。

 ●渾厚(コンコウ)、爛然(ランゼン)、空霊澹蕩(クウレイタントウ)

 「こういうとただ華麗な画のようですが、布置も雄大を尽していれば、筆墨も渾厚を極めている、――いわば爛然とした色彩の中に、空霊澹蕩の古趣が自ら漲っているような画なのです。」

 →大きくて、どっしりと、深みのあること。「渾」は1級配当で「水が湧き出て盛んに流れるさま」。「雄渾」(ユウコン)、「渾渾」(コンコン=滾々)があります。「にご・る」「すべ・て」という訓読みもあり、「混沌」(コントン)=混沌、「円渾」(エンコン)、「渾大」(コンダイ)、「渾天」(コンテン)、《渾名》(あだな)、「渾然一体」(コンゼンイッタイ)、「渾身」(コンシン)、「渾一」(コンイツ)。
 「人を害するの心は有るべからず、人を防ぐの心は無なかるべからずと。此れ慮るに疎きを戒しむるなり。寧ろ人の欺きを受くるも、人の詐りを逆うること母れ、と。此れ察に傷るるを警むるなり。二語並び在すれば、精明にして渾厚たり」(菜根譚前集129)。

 →きらきらと光り輝くさま。あざやかで美しいさま。燦然(サンゼン)。燦爛(サンラン)。「燦」は1級配当ですが既出。

 →この四字熟語は発見できず。「空霊」は「霊気が漂うさま」、「澹蕩」は「あっさり、ゆったり、のどかなさま」。よって、「物事に執着せずゆったりした空気が漂っているさま」。些し艱しい。「澹」は1級配当で「タン」「あわ・い」。「澹泊」(タンパク)、「澹月」(タンゲツ=朧月)、「澹乎」(タンコ)、「澹然」(タンゼン)、「澹澹」(タンタン)、「恬澹」(テンタン)。

 ●下風(カフウ)

 「実際この図に比べれば、私が今までに見た諸名本は、ことごとく下風にあるくらいです」

 →かざしも。人より劣った地位。ほかの者より低い地位にあること。「下風に立つ」は「人に後れる」。見劣りする。subordinate position、lower position。「人後に落ちない」(出典:李白「気岸遙かに凌ぐ豪子の前、風流肯えて落ちんや他人の後(しりえ)に」)は「人に劣っていない、負けない」という意味でよく使いますが、これを肯定文にして「人後に落ちる」「人後に落つ」とする言い方はどうやら一般的ではないようです。

 

●法燈を継ぐ(ホウトウをつぐ)

 「実際大癡の法燈を継いだ煙客翁の身になって見れば、何を捨ててもあれだけは、手に入れたいと思ったでしょう。」

 →弟子が師の道・教え・奥義を受け継ぐこと。「法燈」は「法灯」とも書く。「法燈」は「世を照らす法の教え」であり、元々は仏僧界の世代交代を表す言葉。類義語は「衣鉢を継ぐ」(イハツをつぐ)、「衣鉢相伝」(イハツソウデン)。「衣鉢」は「えはつ」とも訓み、衣の「袈裟」(ケサ)と「托鉢」(タクハツ)に用いる鉢のことで、いわば三種の神器ならぬ二種の神器。仏力の象徴です。ちなみに「遺髪」(イハツ)は継げないので念のため。

 ●鎰(イツ)、神趣(シンシュ)

 「しかし家蔵の墨妙の中でも、黄金二十鎰に換えたという、李営丘の山陰泛雪図でさえ、秋山図の神趣に比べると、遜色のあるのを免れません。」

 →金貨の重さの単位。20両または、24両or30両とも。時代によって微妙に異なるようで、周・漢代では約384グラムという説もある。「錙」「銖」「鈞」のほかたくさんの単位があります。しかしながら、「秋山図」は恐らく明の時代のお話で、「鎰」という単位は使われていなかったと思われます。芥川もはまりすぎて時代考証に紕繆が生じた可能性はありますが、私も詳しくないのでこれ以上の深入りは避けましょう。
 「鎰」は1級配当で「かぎ」とも訓む。「鑰」(1級配当)の誤用とされる。「鎰取」(かぎとり)、「鎰役」(かぎやく)。音符「」(=益の旧字)を使う漢字は、「溢」(イツ、あふれる)、「隘」(アイ、せまい)、「縊」(イ、くびる)、「謚=諡の異体字」(シ、おくりな)、「鷁」(ゲキ、水鳥の名)とさまざまな読みをするので注意しましょう。結構重要漢字が多い。準1級の「溢」以外はすべて1級配当。

 →神のおもむき。理性でははかれない不可思議な趣。この作品には「神~」という語彙が幾つも登場しますが、いずれも辞書には載っていない。恐らくは中国語から来ているものと思われます。

 ●惆悵(チュウチョウ)

 「そこで翁はやむを得ず、この荒れ果てた家のどこかに、蔵している名画を想いながら、惆悵と独り帰って来ました。」

 →恨み嘆くこと。残念がってかなしむこと。がっかりして元気をなくすこと。また、そのさま。ともに1級配当で「りっしんべん」+t音の連続熟語。検定では頻出語。「惆」は「チュウ」「うら・む」「いた・む」。「悵」は「チョウ」「いた・む」「うら・む」。「悵恨」(チョウコン)、「悵然」(チョウゼン)、「悵悵」(チョウチョウ)、「悵望」(チョウボウ)。
 「うらむ」はこのほか、「恨む」「鞅む」「謗む」「詛む」「懊む」「慍む」「恚む」「怏む」「憾む」。「いたむ」はこのほか、「輓む」「軫む」「癆む」「疼む」「愴む」「慇む」「惻む」「悽む」「恫む」「怛む」「俑む」「戚む」「惨む」「悼む」「傷む」。

 ●苑(カイエン)

 「前にお話するのを忘れたが、この二つは秋山図同様、苑の奇観とも言うべき作です。もう一度私が手紙を書くから、ぜひこれも見ておおきなさい」

 →画壇。しかし、辞書には見当たらず、ネット検索でも引っ掛けることはできませんでした。艱しい言葉です。「」は配当外(JIS補5256)で「カイ」「えがく」「いろどる」「え」。模様を描き、彩色して飾ること。「画」(カイガ)、「文」(ブンカイ)。「苑」は準1級配当で「エン」「その」。「物事の集まるところ、特に、文学者、芸術家の集まり」という意味があります。「芸苑」「文苑」「学苑」などが関連語彙です。

 ●金(タクキン)

 「使は元宰先生の手札の外にも、それらの名画を購うべき金を授けられていたのです。」

 →これは難語。「」(配当外JIS第4水準1530)は、「」(配当外JIS第3水準6895)の異体字で、「ふくろ」「おさめる」と訓む。「囊」(準1級配当、「ノウ」「ふくろ」)が類義語。したがって、「金」は「袋(=財布)に入ったお金」=「中(=囊中)」のお金」。また、ラクダのこぶのことも言います。「駝」(タクダ)は「駱駝」(ラクダ)。
 ちなみに「手札」(てふだ)は「名刺」のこと。

 ●星霜(セイソウ)

 「煙客翁が私にこの話を聴かせたのは、始めて秋山図を見た時から、すでに五十年近い星霜を経過した後だったのです。」

 →(星は1年で天を一周し、霜は毎年冬に降りることから)としつき。歳月。年月。「幾星霜」(いくセイソウ)と使う事が多いです。「裘葛」(キュウカツ)という言葉があって「1年」との意。「裘葛を易える」「裘葛を更える」などと使い「1年を経る」。「裘」は冬に着る、「葛」は夏に着る、則ち衣を2回変えて1年が経ったということを言うのです。「星霜」も同じ発想でしょう。
 ちなみに、「幾」は4級配当で「キ」「いく」。湯桶読みの熟語が多く、「幾重」(いくエ)、「幾多」(いくタ)、「幾年」(いくとせ・いくネン)、「幾分」(いくブン)。注意すべきは「こいねが・う」と「ほとん・ど」の表外訓み。

 ●亀玉(キギョク)

 「ですからあの秋山図も、今は誰の家に蔵されているか、いや、未に亀玉の毀れもないか、それさえ我々にはわかりません。」

 →亀の甲羅の形をした宝石。
文中の「亀玉の毀れ」は論語「季氏篇第16」に出典がみえます。「且爾言過矣、虎兕出於柙、龜玉毀於中、是誰之過與」=「且つ爾(なんじ)の言は過まてり。虎兕(こじ)、柙より出(い)で、亀玉(きぎょく)、中(とくちゅう)に毀(やぶ)れば、是れ誰の過ちぞや。」=「虎や野牛が檻から逃げ出したり、亀の甲羅や宝玉が箱の中で壊れたりしたら、これは誰の過ちかね」。孔子が弟子の子路と冉有に主君を補佐する「宰相」の心構えを説いた件です。
 「亀」は準1級配当で「キ・キュウ・キン」「かめ」。「亀齡」(キレイ)、「亀鶴」(キカク)、「亀鑑」(キカン=手本。亀で吉凶を兆い、鑑で身を映して内省する)、「亀筮」(キゼイ=亀の甲羅と筮竹による卜い)、「亀卜」(キボク)。「亀玉大宝の瓦礫に渾じるは惜しむべし」というのは、「玉石混交」を戒めている成句です。「ひび・あかぎれ」の意味もあり、「亀手」(キシュ・キンシュ)、「亀裂」(キレツ)。「亀毛兎角」(キモウトカク)は「ありえない」、「盲亀浮木」(モウキフボク)は「千載一遇の好機到来」。
 「毀れ」は「やぶ・れ」「こぼ・れ」。「毀」は1級配当で「キ」「こぼ・つ」「こぼ・れる」「やぶ・る」「やぶ・れる」「そし・る」。「毀棄」(キキ)、「毀壊」(キカイ)、「毀言」(キゲン)、「毀疵」(キシ)、「毀歯」(キシ)、「毀傷」(キショウ)、「毀瘠」(キセキ)、「毀折」(キセツ)、「毀損」(キソン)、「毀誹」(キヒ)、「詆毀」(テイキ)、「破毀」(ハキ)、「毀誉褒貶」(キヨホウヘン=そしることとほめること)、「毀謗」(キボウ)、「讒夫毀子」(ザンプキシ)。

 ●画苑(ガエン)

 「ではちょうど好い機会だから、秋山を尋ねてご覧なさい。あれがもう一度世に出れば、画苑の慶事ですよ」

 →絵画の世界。芸術界。画壇。上記の「苑」とほぼ同じ意味でしょう。

 ●貴戚(キセキ)

 「その内にふと耳にはいったのは、貴戚の王氏が秋山図を手に入れたという噂です。」

 →君主・諸侯など高貴な身分の人の親戚。貴き血筋で、広く貴族を指すことも。「尊戚」(ソンセキ)ともいう。
 孟子万章章句下9に「王(=斉の宣王)曰、請問貴戚之卿、(孟子)曰、君有大過則諫、反覆之而不聽、則易位、王勃然變乎色」とあり、君主論を展開していた孟子と王の間には険悪な空気が流れます。この前段に王から、自分を支える「卿=大臣」の在るべき姿を問われ、「有貴戚之卿、有異姓之卿」のどちらのことをお聞きですか、と云っています。卿には、王の一族とそうではない者の2種類ある。貴戚之卿は「主君に重大な過ちがあれば、諌めます。しかし繰り返し諌めても聴かなければ、同族の別の王に代える義務があります」と、さも宣王のことを暗に指したような口振りだったから怒りを買いかけたのです。孟子は「疑わないでください。問われたから答えたまでですから」と逃げ王を安心させた上で、「然後請問異姓之卿、曰、君有過則諌、反復之而不聽則」と続く。つまり、異姓之卿は「主君に過ちがあれば、諌めます。しかし繰り返し諌めても聴かなければ、王の下を立ち去ります」。しかし、これも暗に王の下を自分が去ろうとしていることを示唆しているとも取られかねないと思いますが、ここで君主論のやりとりは終結しています。

 ●坊間(ボウカン)、彝鼎(イテイ)

 「何でも坊間の説によれば、張氏の孫は王氏の使を受けると、伝家の彝鼎や法書とともに、すぐさま大癡の秋山図を献じに来たとかいうことです。」

 →まちのなか。市中。類義語は「巷間」(コウカン)。「坊間の説」で「まちのうわさ」。

 →宗廟(先祖のみたまや)に供える重厚なかなえ。代々の祖先の功績をこれに刻んだ。「彝」は1級配当で「イ」「つね」「のり」。検定試験で狙われる言葉です。些し艱しい、知らないと絶対に読めない。「彝器」(イキ)、「方彝」(ホウイ)、「尊彝」(ソンイ)、「彝倫」(イリン)、「彝訓」(イクン)。「彝倫」(イリン=彝則イソク、彝憲イケン、彝典イテン)は「人としてつねに守るべき道理・不変の真理・倫理」。
 「鼎」は準1級配当で「テイ」「かなえ」。古代中国の、両手と三本脚のある鉄や鋼の釜。食器または祭器として用いた。「鼎の軽重を問う」は「権力者の実力を疑うこと、また、統治者を軽んじ、代わって天下を取ろうとするたとえ」。「鼎座」(テイザ)、、「鼎俎」(テイソ)、「鼎談」(テイダン=三者会談)、「鼎沸」(テイフツ=天下の乱れ)、「鼎立」(テイリツ)=「鼎峙」(テイジ)、「鐘鼎」(ショウテイ)、「鼎運」(テイウン=王室の運命)、「鼎彝」(テイイ)、「鼎位」(テイイ)、「鼎革」(テイカク=易姓革命)、「鼎貴」(テイキ)、「鼎鉉」(テイゲン)、「鼎耳」(テイジ=かなえのとって)、「鼎食」(テイショク)、「鼎臣」(テイシン)、「鼎士」(テイシ)、「鼎新」(テイシン)、「鼎盛」(テイセイ=真っ盛り)、「鼎祚」(テイソ=皇祚)、「鼎足」(テイソク=かなえの三本脚)、「鼎族」(テイゾク)、「鼎鼎」(テイテイ)、「鼎分」(テイブン)、「鼎輔」(テイホ)、「鼎味」(テイミ)、「鼎銘」(テイメイ)。王位のしるしでもあり、古来さまざまなドラマが展開されました。遉に豊富な語彙に圧倒。

 ▼オマケ 「鼎」の書き順は些し艱しい。トータルは13画。目から書いて計5画、左側が先で上から下ろして「うにゅ(縦棒)にゅ(横棒)にゅ(縦棒)(字で表せない)」と1画で続けて、横棒、縦棒(左はらい)の計3画、右側は一々区切って上から順に縦棒、横棒、縦棒、横棒、縦棒で計5画です。分かりますか。

 

 ●家姫(カキ)、千金を寿にす(センキンをジュにす)

 「そうして王氏は喜びのあまり、張氏の孫を上座に招じて、家姫を出したり、音楽を奏したり、盛な饗宴を催したあげく、千金を寿にしたとかいうことです。」

 →貴人の側妾、貴人に仕える貴婦人。「姫」は日本では「ひめ」ですが中国では側妾のこと。「キ」と読むのは音の表外読みで、「幸姫」(コウキ)、「姫妾」(キショウ)、「姫姜」(キキョウ)、「姫旦」(キタン)があります。

 →多額の金を祝いのお土産にすること。

 ●滄桑五十載(ソウソウゴジッサイ)

 「滄桑五十載を閲した後でも、秋山図はやはり無事だったのです。」

 →いろいろあって50年が経過したこと。「滄桑」は「滄海桑田」の略で「滄海(あおうなばら)が桑田(くわばたけ)に変るように、世の中の移り変わりがはげしいことのたとえ」。2008年2月5日付「桑海の変」でも取り上げました。「載」は「年。また、年数をあらわすことば。年月の切れ目の意から」。「王の三載」(オウのサンサイ=即位三年目)、「載祀」(サイシ=年)。そう言えば「千載一遇」(センザイイチグウ=またとないチャンス)の「載」も「とし」の意味でした。「千載一時」「千載一合」「千載一会」。

 ●金(キンショウ)、第宅(テイタク)

 「私は取る物も取りあえず、金にある王氏の第宅へ、秋山を見に出かけて行きました。」

 →中国の地名。いまの蘇州市の中心地である区部。四方からの運河が合流しており、蘇州の別名を門、また金ともいう。
」は配当外(JIS第3水準9351)で、「ショウ」。「闔」(ショウコウ)は「天上界の紫微宮にあるという門」「天地の西方にあるという門」。「風」(ショウフウ)は「かわいて強い西の風」。

 →邸宅。大きな屋敷。

 ●玉欄(ギョクラン)

 「今でもはっきり覚えていますが、それは王氏の庭の牡丹が、玉欄の外に咲き誇った、風のない初夏の午過ぎです。」

 →これも辞書に無し。「欄」は「てすり・おばしま」。囲いという意味もあるので、「玉欄」は「玉のような美しい囲い」くらいの意味か。「玉蘭」なら「ハクモクレンの漢名」だし、「玉瀾」なら「江戸時代の画家、池大雅の妻」なのですが、関係なさそうだし…。

 ●揖(ユウ)

 「私は王氏の顔を見ると、揖もすますかすまさない内に、思わず笑いだしてしまいました。」

 →古代中国の礼の一種で、手を拱き、あるいは上下しあるいは左右し、あるいは推しあるいは引きなどして会釈すること。「揖」は準1級配当で「ユウ・シュウ」。「揖譲」(ユウジョウ=禅譲、⇔征誅・放伐)、「揖謝」(ユウシャ)、「拱揖」(キョウユウ)、「長揖」(チョウユウ)。

 ●雲煙邱壑(ウンエンキュウガク)、皴点(シュンテン)、

 「この雲煙邱壑は、紛れもない黄一峯です、癡翁を除いては何人も、これほど皴点を加えながら、しかも墨を活かすことは――これほど設色を重くしながら、しかも筆が隠れないことは、できないのに違いありません。」

 →「雲煙」は「山水画に於けるくもとかすみ」。「邱壑」は「丘壑」で「おかとたに」。則ち、山があって谷があって雲があって霞があって、黄一峯の画風なのでしょう。
「邱」は2008年1月20日付「糟邱」で既出。「おか」はほかに、「隴」「窶」「墟」「」「堽」「坏」「阜」「陵」「培」「崗」。
「壑」は1級配当で「ガク」「たに」。1級では頻出語ですがちょっと艱しい。「トワ一谷又土」(トワイチタニマタツチ)は少々コジツケ。「岩壑」(ガンガク)、「山壑」(サンガク)、「大壑」(タイガク)、「溝壑」(コウガク)、「岑壑」(シンガク)、「一邱一壑」(イッキュウイチガク=俗世を離れ自然に身を置き風流を娯しむこと)。「たに」はほかに、「㵎」「谿」「峪」「澗」「渓」。

 →これも辞書にはなし。「皴」は1級配当で「シュン」「ひび」「しわ」。画法の一種で、山や岩ひだを描く技法。以前、「皴法」(シュンポウ)を紹介しました(2008年2月10日付日記の見出し語「皸」で)が、恐らくはこれを指しているのではないでしょうか。山や岩のひだの凹凸、立体感を描いているさまをいうのでは。
「皴皺」(シュンシュウ、皴・皺ともに「しわ」)、「石皴」(セキシュン)。部首が「皮」なので音符は「皴-皮」。「逡」「浚」「悛」「俊」「駿」「峻」「竣」でグルーピングができますね。「しわ」はほかに「襞」。

 ●神逸(シンイツ)

 「廉州先生はまだ翁から、一度も秋山の神逸を聞かされたことがなかったのです。」

 →これも見当たらない。「神」には「ずばぬけてすぐれたさま」という意味があります。「逸」にも「抜きん出ている、すぐれている」という意味があり、「神をも凌駕するずばぬけた才能」くらいの意味でしょうか。

 ●鑑裁(カンサイ)

 「どうでしょう? あなたのご鑑裁は」

 →文字通りは「鑑定した上での裁断」。鑑別のこと。すなわち、考えと判断、お見立て、目利き。これも簡単な漢字なのですが熟語としては見当たらない。「芸術作品を仔細に調べて価値を値踏みしたり、真贋を見分けたりすること」くらいの意味でしょうか。「鑑」は4級配当で「カン」「かがみ(手本・見本)」「かんが・みる」。「鑑査」(カンサ)、「鑑賞」(カンショウ)、「鑑定」(カンテイ)、「鑑達」(カンタツ)。「亀鑑」(キカン=物事の基準になる占いやかがみ)、「鑑戒」(カンカイ=前例)。「鑒」は異体字。これはよくでます。

 ●布局(フキョク)

 「全体の布局があのために、どのくらい活きているかわかりません」

 →「布置」(フチ、2008年1月30日付日記参照)と似た意味なら「物を適当に配置すること。また、そのありさま」ですが、この言葉は見当たりません。「構図」くらいの意味でしょうか。もしかしたら囲碁やチェスの用語かもしれません。

 ●狐仙(コセン)

 「ことによるとあの張家の主人は、狐仙か何かだったかもしれませんよ」

 →これもなかなか辞書には見つからない。文字通り、年を経た狐が行を積んで仙人の姿になったものでしょうか。中国で古来いるとされてきた、妖怪か何かの一種でしょう。狐は「疑りぶかくてずるがしこく、悪巧みに長けているもののたとえ」、仙は「人間界を避けて山中にはいり霞と露を食し、不老不死の術を修行したもの」あるいは「人間の体から抜け出た霊」。「狐鼠」(コソ)、「狐狸」(コリ)、「狐狼」(コロウ)、「狐惑」(コワク)。

 

【山鴫】


 ●山鴫(やましぎ)

 「二年ぶりにヤスナヤ・ポリヤナを訪れた Ivan Turgenyef は主の Tolstoi 伯爵と一しょに、ヴアロンカ川の向うの雑木林へ、山鴫を打ちに出かけて行った。」

 →シギの一種。翼長約20センチメートル。背面は大体赤褐色、下面は淡褐色で一面に黒褐色の横縞がある。ユーラシア大陸の中・北部で繁殖し冬は南方へ移動する。日本の山林に広く分布し、土中の虫を食べる。肉は美味。ボトシギ。ヤブシギ。秋の季語。山鷸とも書く。「鴫」は準1級配当の国字。「鷸」は1級配当で音読みは「イツ」。「鷸蚌の争い」(イツボウのあらそい)は頻出の故事成語。

 ●残(ザンクン)

 「トルストイは残を顔に受けながら、トウルゲネフの方を振返った。」

 →まだ暮れきらない夕陽の光。夕日。残照、残暉(ザンキ)。落映、落暉(ラッキ)。「」は配当外(JIS第3水準8542)で「クン」「くらい」「たそがれ」。「日」(クンジツ=夕日)、「夕」(セキクン=くすんだ夕日)。音符「熏」は「醺」(ほろよい)、「燻」(いぶす、くゆらす)、「」。

 ●鳧(けり)

 「空は、――微風さえ全然落ちた空は、その生気のない林の上に、だんだん蒼い色を沈めて来る、――と思ふと鳧が一羽、寂しい声を飛ばせながら、頭の上を翔けて通った。」

 →チドリ科の水鳥。形はシギに似て、湖沼などの水辺に生息する。  「鳧」(異体字は鳬)は1級配当で音読みは「フ」。「鳧翁」(フオウ=鳬の首に生えた毛)、「鳧鴨」(フオウ=水鳥の総称)、「鳧舟」(フシュウ=鳧船、鳧舫)、「鳧藻」(フソウ=欣喜雀躍)。「かも」「のがも=鴨」の意味もあります。四字熟語が4つあってどれも艱しいですが覚えましょう。▼「鳧趨雀躍」(フスウジャクヤク=欣喜雀躍・手舞足踏)▼「越鳧楚乙」(エツフソイツ=場所によって呼び名が異なること)▼「兎起鳧挙」(トキフキョす=ばやいこと)▼「断鶴続鳧」(ダンカクゾクフ=自然を損なうたとえ)。順に、1番目、2番目、3番目、4番目に「鳧」が這入っていることに気が付きましたでしょうか。自分で見つけたときには感動しましたが、覚えるのには苦労しました…。
 ちなみに「断鶴続鳧」は荘子「駢拇」が出典。「鳬の脛(はぎ)は短しと雖も、之を続(つ)がば則ち憂へん。鶴の脛は長しと雖も、之を断たば則ち悲しまん」。無理に手を加えずあるがままが一番と云っているのです。
 関連して「慙鳧企鶴」(ザンキフカク)という四字熟語もあり、「自分の素質を考えずにむやみに人の長所をまねようとすることの愚かさを戒めること」。出典は「文心雕竜」。
 「けりをつける」のけりも「鳧」。過去助動詞の「けり」ですが、カンペキな宛字。鴨か鴫かケリをつけようということで使ったという説もあるようですが、さて。

 ●犀利(サイリ)

 「少くとも外に真似手のない、犀利な観察眼を具えた作家だ。」

 →武器が堅く鋭いこと。転じて、文章の勢いや、頭の働きが鋭いこと。「犀」は準1級配当で「サイ・セイ」。サイ科に属するあの角のある哺乳類動物です。「犀角」(サイカク)。「利」にも「するどい」という意味があり、サイの角がするどい、で一般的な鋭いことも指すようになりました。漢書馮奉世伝が出典で「器不犀利」が見えます。「筆法犀利」(ヒッポウサイリ)、「木犀」(モクサイ・モクセイ=キンモクセイなどの総称)、「瓠犀」(コサイ=うりの一種)、「犀甲」(サイコウ=犀皮のよろい)。


 【アグニの神】


 ●愈(いよいよ)

 「恵蓮は愈色を失って、もう一度婆さんの顔を見上げました。」

 →とうとう本物になって。ますます。事態や程度が先を越えて発展するさまを表す。「愈」は1級配当で音読みは「ユ」。《愈愈》も「いよいよ」(「旁」と同じですね。「旁旁」も「旁」も「かたがた」)。「愈愈」(ユユ)との音読みもありますが「憂えるさま」。下の心が取れた「兪」(しか・り)、これに之繞をつけた「逾」も1級配当で「いよいよ」。こちらには「こ・える」とう意味もあります。「逾越」(ユエツ)、「逾月」(ユゲツ)、「逾時」(ユジ)、四字熟語は「日月逾邁」(ジツゲツユマイ=年老いて死期が近づくこと)。
 音符「兪」(ユ、しかり)は「蝓」(蛞蝓)、「瘉」(=「癒」)、「瑜」(瑜伽)、「渝」(かわる)、「揄」(からかう、揶揄)、「喩」(たとえる、さとす、譬喩)「楡」(にれ)、「覦」(こいねがう、覬覦キユ)「踰」(こえる、こす、踰越)でいずれも音読みは「ユ」。

 ●憑る(かかる)

 「あなたは私と約束した通り、アグニの神の憑った真似をやり了せたじゃありませんか?」

 →神や霊魂などが乗り移ること。「憑」は1級配当で「ヒョウ」。訓読みではほかに「よ・る」「つ・く」「たの・む」「(川を)わた・る」。「かかる」では「神憑る」(かみがかる)、「つく」では「取り憑かれる」「憑き物」(つきもの)、「憑人」(よりまし)、
下心のない「馮」(ヒョウ・フウ)も1級配当でほぼ同じ意味。「憑依・馮依」(ヒョウイ)、「憑拠」(ヒョウキョ)、「証憑」(ショウヒョウ)、「信憑」(シンピョウ)→「信憑性」、「憑肩」(ヒョウケン)、「憑険」(ヒョウケン)。「憑恃」(ヒョウジ)、「憑仗」(ヒョウジョウ)、「憑藉」(ヒョウシャ)=いずれも「たよりにすること」、「憑弔」(ヒョウチョウ=古蹟によって往時を偲ぶ)。
 「暴虎憑河・暴虎馮河」は「ボウコヒョウガ=向こう見ずな行動を戒める句」。ちなみに「馮異大樹」(フウイタイジュ=傲り亢らない人)は「馮」のみ。


 【往生絵巻】


 ●鮓(すし)

 「鮓売の女 ほんとうに妙な法師じゃないか? あんなに金鼓をたたきながら、何だか大声に喚いている。……」

 →1級配当で音読みは「サ」。「鮨」も1級配当で音読みは「シ」。《寿司》は当て字。「鮓答・鮓荅」は「サトウ、馬や牛などの胆石や腸内の結石。解毒剤。牛黄(ゴオウ)」=へいさらばさら。

 ●媼(おうな)

 「菜売の媼 いやいや、難有い御上人かも知れぬ。私は今の間に拝んで置こう。」

 →年取った女。老女。対義語は「叟・翁」(おきな)。「竹取物語」の「竹取の翁」の妻は「媼」。1級配当で「オウ」が音読みで、「うば」とも訓読みする。「媼嫗」(オウウ)、「翁媼」(オウオウ)、「村媼」(ソンオウ)、「老媼」(ロウオウ)、「「おうな」では、ほかに「嫗」(オウ・ウ)。「翁嫗」(オウウ)、「老嫗」(ロウウ)。「煦嫗」(クウ)、「嫗煦」(ウク)の場合は「あたためる」という意。

 ●櫃(ひつ)

 「櫃をおえる従者 気違いには手がつけられませぬ。」

 →ふたのある大きな箱。おもに衣服や書物を入れる。1級配当漢字で音読みは「キ」。「米櫃」(こめびつ)、「炭櫃」(すびつ)、「飯櫃」(めしびつ)。木偏を取って「匱」(1級配当)も「ひつ」。こちらには「とぼしい」という意味もあり、熟語で「匱乏」(キボウ=貧乏)、「匱窮」(キキュウ)=「匱困」(キコン)=貧窮、「匱竭」(キケツ)、「匱盟」(キメイ)。

 ●牟子(むし)

 「牟子をしたる旅の女 私はちと足が痛うなった。あの乞食の足でも借りたいものじゃ。」

 →平安時代、鎌倉時代、女性が外出するときに「市女笠」(いちめがさ、2008年1月21日「壺装束」を参照)の周りに長く垂らした薄い苧(からむし)の布。むしたれ。「むし」は苧麻(からむし)の「むし」から来ているようです。「枲(むし)の垂れ衣」「帔(たれぎぬ・むしのたれぎぬ)」。
 「牟」は準1級配当で「ボウ・ム」「むさぼる」。「牟食」(ボウショク)。「釈迦牟尼」(シャカムニ)。「牟子」(ボウシ=眸)、「牟然」(ボウゼン=牛の鳴き声)、「牟利」(ボウリ=強慾)。

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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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