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「ジチ」って自治?いいや放っておいても分かることさ=兆民「続一年有半」⑳

 中江兆民の「続一年有半」シリーズの第20回です。ラス前です。

 

 (十七)自省の能

 

 自省の能とは、己れが今ま何を為しつつある、何を言ひつつある、何を考へつつあるかを自省するの能を言ふのである。

 

 自省の一能の存否、これ正に精神の健全なると否とを徴すべき証拠である。即ち日常の事に徴しても、酒人が杯を挙げながら「大変に酔ふた」または「大酔ひである」などと明言する間は、さほどに酔ふては居ない、少くとも自身の能がいまだ①イメツしないのを証するもので、決して乱暴狼藉には至らぬのである。また精神病者が自身に「己れは少し変だな」などと言ふ中は、やはり酔漢と同じで、いまだ自省の能を喪失しない、乃ち全然狂病者とはなつて居ない徴候である。

 

 ①〔 萎 滅 〕→意味〔しおれてなくなること〕・「」は〔しお・れる〕〔な・える〕〔しぼ・む〕と訓む・「萎禾」(イカ)=枯れてしおれた苗、「萎靡沈滞」(イビチンタイ)=物事の動きに活気や勢いがないこと

 

 吾人はただこの自省の能があるので、およそ己れが為したる事の正か不正かを皆②ジチするのである。故に正ならば自ら誇りて心に愉快を感じ、不正ならば自ら悔恨するのである。この点からいへば、道徳といはず、法律といはず、およそ吾人の行為は、いまだ他人に知られざる前に吾人自らこれが判断を下して、これは道徳に反する、これは法律に背くと判断するのである。故に道徳は正不正の意象とこの自知の能とを③キシとして建立されたるものである。啻に主観的のみならず客観的においても、即ち吾人の独り極めでなく、世人の目にも正不正の別があつて、而してまたこの自省の一能があるために、正不正の判断が公論となることを得て、ここに以て道徳の根底が樹立するのである。

 

 ②〔 自 知 〕→意味〔おのずから自然と知ること、放っておいても分かること〕・辞書には没い兆民語・四字熟語に「冷暖自知」(レイダンジチ)があり「自分のことは他人から言われなくても自分でわかることのたとえ」・「自治」ではないので要注意

 ③〔 基 址 〕→意味〔建物の土台、転じて物事が成り立つもと〕・「基趾」とも書く・「」は〔あと〕とも訓む・「城址」(ジョウシ)、「旧址」(キュウシ)、「遺址」(イシ)

 

 世にはこの自省の能の極て微弱な人物が多々あるが、その人は恐くは世界不幸の極といはねばならぬ。たとひ身④チョウキを極め⑤フコウを㋐ねても、徒らに㋑々然として世を送りて、人てふものは皆かくあるべきはずだと思つて居る風で過ぎ去る者がいくばくなるかを知らぬのである。これ皆食ふに味を知らざると一般で、わが日本旧華族の大旦那は大抵この一輩の人物である。これに反し、たとひ一⑥タンシ一⑦ヒョウインでも時々自ら⑧テイセイして、即ち自省の能を使ふて自己の位地を点検して、いはゆる⑨フギョウ天地に愧ぢぬのを以て自ら楽み、いはゆる「採菊⑩トウリ下悠然見南山」底の境界に⑪ユウユウしたならば、その幸福は如何であるか。自省の能の有無は賢愚の別といふよりはほとんど人獣の別といふても良いのである、これあれば人でこれなければ獣である、世間如何して獣的人物が多いであらう。

 

 ㋐〔かさ・ね〕(表外訓み)→「かさねる」はほかに「褶ねる、荐ねる、套ねる、複ねる、畳ねる、塁ねる、襲ねる」

 ㋑〔ぼうぼうぜん〕→意味〔目が見えないさま、くらくてぼうっとしているさま〕・「」は配当外で「ボウ」・「蒙」「盲」が類義語・「騰」(ボウトウ)は「うっとりする、頭がぼんやりとしてふらふらするさま」

 ④〔 寵 貴 〕→意味〔世に持て囃され、たっとばれること〕・「寵姫」「長跪」「趙岐」「肇基」「朝暉」「長期」「兆寸」「弔旗」ではない・「」(大切に可愛がる)の反対は「」(粗末に扱う)

 ⑤〔 富 厚 〕→意味〔財産が多く、豊かなこと〕・「富実」(フジツ)ともいう・「不幸」「阜康」「溥洽」「誣構」「普洽」「孚甲」「不苟」ではない

 ⑥〔 簞 食 〕→意味〔竹の器の飯〕=清貧に甘んじるたとえ・四字熟語で「簞食瓢飲」(タンシヒョウイン)・孔子が弟子の顔回の清貧ぶりをたたえた語・「論語・雍也」に出てくる・類義語に「一汁一菜」(イチジュウイッサイ)、「顔回簞瓢」(ガンカイタンピョウ)、「羹藜含糗」(コウレイガンキュウ)、「朝齏暮塩」(チョウセイボエン)、「断薺画粥」(ダンセイカクシュク)・「覃思」「潭思」「耽嗜」「譚詩」「耽思」「端子」短資」ではない

 ⑦〔 瓢 飲 〕→意味〔ひょうたんに入れた飲み物〕=同上・「」は〔ひさご〕〔ひょうたん〕とも訓む・「豹隠」ではない

 ⑧〔 提 醒 〕→意味〔はっきりと自覚すること〕・辞書にはない兆民語・「鄭声」「訂正」「鼎盛」「提撕」「帝政」ではないが、「提撕」(テイセイ)は「後輩や後進の者を教え導くこと」

 ⑨〔 俯 仰 〕→意味〔うつむここととあおぐこと〕・「俯仰天地に愧じず」は成句で「仰いで天に対しても、ふして地に対しても、心に疾しいことがないから恥じることがない、自分の心や行いに少しもやましいことがないこと」=出典は「孟子・尽子」

 ⑩〔 東 籬 〕→意味〔東のかきね〕・出典は陶淵明の「飲酒」です・「偸利」「桃李」「董理」「蹈履」「凍梨」「党利」ではない

 ⑪〔 優 游 〕→意味〔ゆったりとしているさま、こだわらないで自分の身を運命や世の成行にまかせるさま〕・「悠悠」「黝黝」「邑邑」「悒悒」「囿游」ではない

 

 未来の裁判の説を主張する者、動もすれば言ふ、世にはその自省の能のない者ともが、⑫インゼン大悪を為しつつ⑬ホウショウの⑭チュウに漏れて、平気で少も悔ゆることを知らず、かへつて自ら㋒として居るものが寡くない。此輩にあつては道徳自身の裁判は㋓に微弱であるが故に、必ず未来の裁判を待て始て罪過と懲罰と相ひ㋔ふことを得るので、さなければ自省の能のイメツしたものは、この世においては言はば道徳的の「フヂミ」である云々。

 

 ㋒〔ほこり〕→音読みは「コ」・「夸者」(コシャ)=ほこりたかぶる人、「夸毗」「夸毘」(以上コヒ)=へつらい従うこと

 ㋓〔まこと・に〕→音読みは「ジュン」・「洵美」(ジュンビ)=ほんとうに美しいこと

 ㋔〔かな・ふ〕(表外訓み)→意味〔つりあうこと〕

 ⑫〔 隠 然 〕→意味〔とくに表面にあらわれないが、重み・勢力を中にひめているさま〕

 ⑬〔 法 章 〕→意味〔規則、法律〕・類義語は〔法度、法典〕

 ⑭〔    〕→意味〔死刑〕・訓読みは〔ころ・す〕〔せ・める〕〔ほろ・ぼす〕・「誅求」(チュウキュウ)=税金を厳しくとり立てる、「誅翦」(チュウセン)=罪をせめて罰としてころす、「誅戮」(チュウリク)=罪のある者をころす、「誅殄」(チュウテン)=罪をせめてころす
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2006.6  2級合格
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