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漢字を切り口にして古人の糟魄を嘗めるblogです。since 2009 0330
中江兆民の「続一年有半」シリーズの第19回です。
(十五)意象の聯接
また意象のレンセツなる者がある、乃ち甲の意象が乙の意象を牽引し、丙に丁に波及するのである。
①〔 聯 接 〕→意味〔つながり続くこと、また、つらね続けること〕・「聯」は「連」が書き換え字です、「聯袂辞職」(レンベイジショク=大勢が行動をともにし、そろって職を辞すこと)も「連袂辞職」
夢中で見る所ろはこの意象のレンセツに由ることが多いので、即ち㋐遽に考へれば極て縁由のないやうな意象でも、その同時に記性中に入たとか、相継で入たとか、必ず幾分の因縁があつたがために、記性中に相並びて蓄蔵せられて居たのがその夢に由りてまたは思考に由りて惹出される時に、牽聯して出て来るのである。彼の狂病者が甲の事を㋑呶々するかと思へば、また乙の事を呶々して、その間少も縁故がないやうではあるが、彼れ病者自身にあつては恐くはこの意象のレンセツに由りてかくそれからそれと移り往くのであらう、②キョウシツを専門とする医人は宜く深く研究すべきである。
㋐〔にわか〕→正確には「遽か」と送る・ほかに「俄、霍、驟、駛、溘、伜、倅、卒、倉、猝、暴」がある
㋑〔どうどう、どど〕→意味〔くどくど言うこと、やかましく言うこと、また、そのさま〕・「呶」は〔かまびす・しい〕とも訓む・「喧呶」(ケンド、ケンドウ)は「やかましく叫ぶさま」
②〔 狂 疾 〕→意味〔精神障害、神経障害〕
また記憶は意象のレンセツに由りて成立ちて居るといふても可いやうである。幼時書を読みて記憶に存せんとする時に音訓の似たものまたは形質の類したものを切掛けとして、記憶を助けることがある、これ正に意象レンセツの理に㋒藉るのである。推理の事、想像の事は、前に已に叙述したので最早ここに言ふの必要はない。
㋒〔よ・る〕→意味〔かこつけること〕・「藉」を〔よる〕と訓むのは珍しい、通常は「し・く、か・す、か・りる」
(十六)断行、行為の理由、意思の自由
また断行の一事について古来相応に議論があつて、これに由りて行為の理由と意思の自由との二項が出来て、随分争論の種となつて居る。
行為の理由とは、吾人が何か為さんとするの場合には必ず一定の目的がある。この目的が乃ち云々せしめまたは斯々せしめるので、これ正に行為の理由である。而してこの行為の理由即ち目的がただ一箇であればそれまでだが、二箇以上である時には、わが精神は果て自身に選択してその一を取り、少も目的から制せらるることはないのであるか。即ちわが精神にはいはゆる自由の意思があるか、またさはなくて目的一箇なる時に論なく二箇以上が前に臨来つた時において、わが精神はその一を択ぶやうでも、実はその中の尤もわが精神を誘ふ力のあるものが、他の一を排斥して己れを択ばしたのであるか。即ち吾人が自ら択んだのではなくて、目的の誘導力が吾人をして択ばしめたのであるか。これを要するに、行為の理由が実に全権を有して居て、意思の自由は名のみであるか、または意思の自由は真に存在して、目的は吾人の選択に任されつつあるか、これ実に大困難事である。
古来宗旨家及び宗旨に魅せられたる哲学家は、皆意思の自由を以て完全のものとなして居る。而して吾人の行為を出すには、その目的とすべき所ろのものが二箇三箇前に臨んでも、吾人は自由自在にその一を択びて少もこれが制を受けない、これ正に自由の尚ぶべき所ろである。もし左はなくて吾人が常に目的即ち行為の理由のために誘はれて、それに由りて断行するとした時は、善を為しても必ずしも賞すべきでない、悪を為しても必ずしも罰すべきでない、エンゼン磁石と鉄との如く、思ふに任せぬ事と言はねばならぬ。吾人の精神は決してかかる薄弱なものではないと言て居る。
③〔 宛 然 〕→意味〔さながら、まるで、あたかも〕・「嫣然」「婉然」「艶然」などと書き分けられるようにしておこう
これ一応尤もである。吾人の行為が一々目的に誘致せられて、自然に云々し自然に斯々するとした時には、吾人の精神はあたかも風に従ふ柳の如くで、極て価値のないもののやうに思はれる。けれども深く事項を研究したならば、奈何せん、実際意思の自由といふものは極て薄弱なものである。
近く譬を取れば、ここに酒一樽と④ボタモチ㋓一碟があるとせよ。上戸は必ず酒樽を取るであらう、下戸は必ずボタモチを取るであらう。もしさはなくてその上戸が㋔故らに意表に出でてボタモチを取たとすれば、これは必ず一座の様子を見てかくしたもので、やはり自己以外に行為の理由があつて、純然意思の自由から割出したのではないのである。もしまた上戸が他にためにする所ろもないのに、自分の意思から平生に反してボタモチを取たとすれば、これ意思の自由とは意味のない事にならねばならぬ。
㋓〔ひとさら〕→意味〔一皿〕・「碟」は配当外で「チョウ」と読み、「薄く小さな皿」
㋔〔ことさ・ら〕→正確には「故に」と送る・意味〔わざと、故意に〕・「殊更」とも書く
④〔 牡丹餅 〕→意味〔糯米に粳米を少し混ぜて炊き、軽く搗いて摶め、小豆餡・黄粉などをつけた食物、おはぎ〕・ま、書き問題で出ますね
また道徳に渉る目的が二箇あつて前に臨み来つたとせよ。即ちその一は明に正で、その一は明に不正で、その中の一に決すれば法律若くは道徳の罪人になるといふが如き場合では、ソクラットや孔丘は直にその正なる者に決するであらう、盗跖や五右衛門は直にその不正なる者に決するであらう。㋕啻にこれのみでない、ソクラットや孔丘は、たとひ洒落に物数奇に、一たび故らにその不正なる者を取らうとしても、必ず自ら忍ぶことが出来ないで、必ず竟にその正なる者を取るに相違ない。これは即ちソクラット、孔丘、盗蹠、五右衛門の意思に自由はない証拠である。
㋕〔ただ・に〕→音読みは「シ」・意味〔ただ単に、~だけ、後にのならずなどの言葉と伴って使用する〕・「啻ならぬ」との用法もある
しかればソクラットや孔丘は鉄に惹かれる磁石の如きもので、別に聖人とか賢人とか称讃すべきでないのであるか、盗蹠、五右衛門も同く鉄に惹かるる磁石であつて、こまた憎むべきではないのであるか。否々々、彼らは彼らの素行において、正に⑤ホウすべきと⑥ヘンすべきとの別がある。彼らの平生⑦シンドクの工夫の有無において、正に賞すべきと罰すべきとの別がある。ソクラット孔丘は、平生身を修め行を㋖礪くの功で、竟に善にあらざれば為さんと欲するも為すに忍びざるまでに、良習慣を作り来つて居る処が、これ正に⑧キショウすべきである。これに反して盗蹠五右衛門は、悪事を好むこと食色の如き平生の悪習慣が、正に憎むべきである。故に吾人の目的を択ぶにおいて果て意思の自由ありとすれば、そは何事を為すにも自由なりと言ふのではなく、平生習ひ来つたものに決するの自由があるといふに過ぎないのである。
㋖〔みが・く〕→音読みは〔れい〕・訓では〔あらと〕〔といし〕とも訓む・「淬礪」(サイレイ)、「砥礪」(シレイ)・ほかに「研く、磋く、瑩く、擂く、砺く、砥く、瑳く、琢く、攻く、磨く」がある
⑤〔 褒 〕→意味〔ほめること〕・↓と対の語・「褒貶」(ホウヘン)
⑥〔 貶 〕→意味〔けなすこと〕・訓では〔けな・す〕〔おとし・める〕〔お・とす〕〔さげす・む〕と訓む
⑦〔 慎 独 〕→意味〔独りを慎む、独りで居るときこそ行動を慎むべきである、出典は「中庸」の「君子は其の独りを慎むなり」〕・兆民語
⑧〔 貴 尚 〕→意味〔貴重なものとして尚ぶこと〕・兆民語・「気象」「奇聳」「毀傷」「譏誚」「譏笑」「企踵」「饋餉」「熙笑」「稀少」「嬉笑」「餽餉」「跂踵」「記誦」「騎牆」「起牀」「麾招」「愧悚」「奇峭」「奇捷」「危檣」「卉裳」ではないですが、これほど1級配当絡みの同音異義語があるのも珍しいですね、裏を返せば本番で狙われるということで、克服し甲斐がありますなぁ…
もし行為の理由即ち目的物に少も他動の力がなくて、純然たる意思の自由に由て行ひを制するものとすれば、平生の修養も、⑨シイの境遇も、時代の習気も、およそ気を移し体を移すべき者は皆力なきものとなり了はるであらう。これは歴史の実際において打消されて居る。
⑨〔 四 囲 〕→意味〔周囲、ぐるり、まわり〕・「思惟」「脂韋」「尸位」「四夷」「鴟夷」「恣意」「徙倚」「肆意」「祗畏」「緇衣」ではないが、これも多い…
これ故に人をして道徳的二個以上の事項が目前に臨む時に、必ずその正なる者について不正なる者を避けしめやうとするのには、幼時よりの教育が極て大切である。平時交際する所ろの朋友の選択が大に肝要である。もしかくの如き修養なくして漫然事に臨んだ日には、その不正の者に誘惑されないのは㋗罕れなのである。⑩セイチアンコウの大聖人と、移らず済度すべからざる⑪カグとのほかは、平時の修養如何に由りて善にも赴き悪にも赴むくこととなるのである。我れに意思の自由があるといつて、㋘叨りに自ら㋙恃みて事に臨めば、その邪路に落ちないものはほとんど希れなのである。即ち強窃盗の罪人が下層社会に多くて、詐偽⑫ガンゾウの罪人が中産以上に多いのは、その境遇階級が乃ち然らしむるのである。意思の自由を軽視し行為の理由を重要視して、平素の修養を大切にすることが、これ吾人の過ちを寡くする唯一手段である。
㋗〔ま・れ〕→通常は一字で「罕」・音読みは「カン」・「稀、少、希」も「まれ」
㋘〔みだ・り〕→意味〔いじきたない、不相応に恩恵を受けるさま〕音読みは「トウ」・ほかに「胡り、漫り、浪り、乱り、猥り、妄り、濫り」・「むさぼ・る」との訓読みもある・「叨恩」(トウオン)=みだりに恩恵を受けること、「叨窃」(トウセツ)=分不相応なものを持つ、不当に高い地位を得る、「叨冒」(トウボウ)=「叨貪」(トウタン)=官吏が私利を貪り、賄賂をほしがること=類義語は「貪冒」(タンボウ)
㋙〔たの・み〕→音読みは「ジ」「たよ・る」とも訓む・「怙恃」(コジ)=たよりになるもの、父母のこと、「恃頼」(ジライ)=たのみとすること=「恃憑」(ジヒョウ)、「恃気」(ジキ)=勇気をたのむ
⑩〔 生知安行 〕→意味〔生れながらにして人のふみ行うべき道を熟知し、心安んじてそれを行うこと、出典は「中庸」〕・類義語は〔良知良能〕(リョウチリョウノウ)
⑪〔 下 愚 〕→意味〔話にならないほどの愚か者〕・兆民語・「家具」「嗅ぐ」ではないよね
⑫〔 贋 造 〕→意味〔本物そっくりに似せてつくること、また、そのにせもの〕・「贋」は〔にせ〕と訓む