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「瓔珞」「老耄」…絶筆の「邪宗門」続きが読みたい〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑨

 

芥川転載シリーズの9回目。平安王朝物の「邪宗門」は残念ながら途中で終っています。本当に佳境に入ったところで中断されています。誰か続きを書かないかなぁ…

 【邪宗門】


 ●薨去(コウキョ)

 「が、その前に一通り、思いもよらない急な御病気で、大殿様が御薨去になった時の事を、あらまし申し上げて置きましょう。」

 →具体的には、律令制で皇族や三位以上の公卿の死を指す。「薨」は1級配当で「コウ」「みまか・る」。「薨ずる」(コウずる)ともいう。「薨逝」(コウセイ)。「薨薨」(コウコウ)は「もやもやと群がって音を立てるさま」。
 「礼記」曲礼篇によると、「天子の死は崩と曰い、諸侯は薨と曰い、大夫は卒と曰い、士は不禄と曰い、庶人は死と曰う」とあります。「崩御」(天皇の逝去)、「薨去」、「卒去」(シュッキョ・ソッキョ、四位、五位の貴人の死去)の順です。

 ●褥(しとね)

 「あまつさえ御身のうちは、一面に気味悪く紫立って、御褥の白綾も焦げるかと思う御気色になりました。」

 →坐るときや寐るときに下に敷く物。座布団や敷布団のたぐい。麻わたを芯にする。「褥」は1級配当で「ジョク」「しとね」「ふとん」。「蓐」(1級配当)とほぼ同義で書き換えが可能です。「褥瘡・褥創=とこずれ」(ジョクソウ)、「臥褥」(ガジョク)、「褥婦」(ジョクフ)、「産褥」(サンジョク)、「就褥」(シュウジョク)、「病褥」(ビョウジョク)、「褥月」(ジョクゲツ=うみづき)。「しとね」ではほかに、「茵」「衽」「袵」。面白い四字熟語に「墜茵落溷」(ツイインラクコン)があります。「フトンの上に隊ちるものもあれば、トイレ(=溷)に落ちるものもある。運不運はどうすることもできないたとえ」。
 ちなみに、上にかける「掛け蒲団」は「衾」(ふすま)と言います。

 ●肝胆を砕く(カンタンをくだく)

 「元よりその時も御枕もとには、法師、医師、陰陽師などが、皆それぞれに肝胆を砕いて、必死の力を尽しましたが、御熱は益烈しくなって、…」

 →懸命になって物事に当たること。心の限りをつかい、知恵を絞って思案に思案を重ねること。「肝胆」は「肝臓と胆囊。転じて心の奥底」。「砕く」は「摧く」とも書く。

 ●笙(ショウ)

 「…御自分も永年御心を諸芸の奥秘に御潜めになったので、笙こそ御吹きになりませんでしたが、…」

 →雅楽で奏する管楽器の一つ。吹き口のついたつぼの上に、長さの異なる17本の竹の管を環状に立てている。簧(した)と呼ぶ金属製のリードを振動させて音を出す。発音原理はハーモニカと同じ。構造上結露しやすいので炭火など暖めながら演奏する。5~7世紀に仏教とともに伝来した。雅楽奏者の東儀秀樹も吹きますが渠の専門は「篳篥」(ヒチリキ)ですね。
 似たような管楽器に「竽」(う)というがあります。笙と比べ1オクターブ低い音が出ます。竽は、「笙より一回り大きい。正倉院に三管ある。正倉院のものは長さ80~90センチメートル程。取り外しが出来る長い吹き口をもつ。現在の雅楽では使われていない」。「竿」(カン、さお)とは微妙に字が違うので要注意です。

 ●磬(うちならし)

 「これはその時磬の模様に、八葉の蓮華を挟んで二羽の孔雀が鋳つけてあったのを、…」

 →銅製、鉄製の仏具の鳴器。「馨架」(けいか)という木製の調度に紐を懸けて、仏教法会などで打ち鳴らす。もともとは石や玉で作られた中国古代の楽器で「へ」の字型をしていました。日本では左右対称の山型のものが多く、中央に撞座(トウザ)があり、上縁には紐を通すための鈕孔がつくられています。また、撞座の左右には鳥や蓮の花、唐草などの文様が彫り込まれていて、工芸品としても見事なものが遺っており、本文の模様の形容がまさにこれに当たります。
 「磬」は1級配当で「ケイ」「うちいし」。「磬鐘」(ケイショウ)、「石磬」(セッケイ)、「磬折」(ケイセツ)。磬折は重要単語で「(磬の形のように)体を折り曲げること。上体を深く曲げてする礼のこと」。先の「笙」と合わせて「笙磬同音」(ショウケイドウオン)という四字熟語があります。「人が心を合わせて仲良くするたとえ。各楽器の音が調和すること」。出典は詩経「小雅・鼓鐘」。「琴瑟相和」(キンシツソウワ)は夫婦円満。

 ●卻ける(しりぞける)

 「その後また、東三条の河原院で、夜な夜な現れる誘拐の左大臣の亡霊を、大殿様が一喝して御卻けになった時も、若殿様は例の通り、唇を歪めて御笑いになりながら、…」

 →「却」の本字。「却ける」「闢ける」「鐫ける」「貶ける」「屏ける」「擯ける」「黜ける」「逡ける」「蠖ける」などはいずれも「しりぞ・ける」。自動詞の「しりぞ・く」は「蠖く」「逡く」「屏く」「却く」「卻く」。「卻」は1級配当で音読みは「キャク」「しりぞ・く」。意味の違いは微妙ですが、「卻」については、「止也、不受也、又退也と註す。そこを避けて退き、又ことわりてかへすなり。且戰且卻·卻二暑與一雨者蓋の如し」(KO字源)とありましたがよく分かりません。

 

●糞(まり)

 「もしこれが私でございましたら、刃傷沙汰にも及んだでございましょうが、甥はただ、道ばたの牛の糞を礫代りに投げつけただけで、帰って来たと申して居りました。」

 →ふん。くそ。ばば。「まり」は、「まる」という「排泄」を表す古語から来ていると思われます。「おまる《御虎子》」もありますよね。「糞」は準1級配当で「フン」「くそ」。故事成語に〔糞土の牆は杇るべからず〕(フンドのショウはぬるべからず)があり、「怠惰で意欲のない者には教えてもむだ」(出典は論語)というたとえです。ふんは、「屎」(1級配当、シ)とも書きます。「糞穢」(フンワイ)、「糞壌」(フンジョウ)、「糞除」(フンジョ)、「糞尿」(フンニョウ)、「屎尿」(シニョウ)。やっぱ書けば書くほど汚いですわ。

 ●攫う(さらう)

 「さもなければ迂闊な近江商人が、魚盗人に荷でも攫われたのだろうと、こう私は考えましたが、…」

 →かすめとる。1級配当で音読みは「カク」。訓ではほかに「つか・む」。わしづかみにすること。「人攫い」(ひとさらい)、「攫取」(カクシュ=手に入れること)は基本。四字熟語に「一攫千金」(イッカクセンキン)。「攫搏」(カクハク=鳥獣が爪や翼で獲物をとらえること)、「攫鳥」(カクチョウ=鷙鳥、猛禽)、「攫噬」(カクゼイ=つかんでかみつく)は些し艱しい。音符の「矍」(カク)は、眼を光らせて鷲が小鳥を摑み取ることを表す。「矍鑠」(カクシャク)は「元気な老人のさま」。さらうはほかに、「掠う」。どぶをさらうは「濬う」「渫う」「浚う」。

 ●白癩(ビャクライ)

 「明日が日にも諸天童子の現罰を蒙って、白癩の身となり果てるぞよ。」

 →今で言う「ハンセン病」。平安時代は「しらはたけ」とも言った。癩病(ライビョウ)のことです。ある辞書によりますと、「癩菌によって起こる慢性感染症。感染力は弱い。皮膚に結節・斑紋ができ、その部分に知覚麻痺がある。かつては不治の病とされたが、治療薬の出現により治療可能となった。日本では新患者の発生はほとんどない。レプラ」。

 ●幢(はた)

 「女菩薩の幢を仰ぎますと、二人とも殊勝げな両手を合せて、わなわな震えながら、礼拝いたしました。」

 →筒型の幕に経文を書いて垂らし、仏殿の飾りにするもの。1級漢字で音読みは「トウ・ドウ」。訓では「はたほこ」とも。「経幢」(キョウドウ=布の幕でつくったほか、石柱に仏号などをきざんだものも)、「石幢」(セキドウ=経文を刻んだ石柱)、「幢牙」(トウガ=大将のたてたは=牙幢)、「幢主」(トウシュ=はたがしら)、「幢幡」(トウハン・ドウバン=仏堂に飾るはた)、「幢幢」(トウトウ=光が薄暗くゆらゆ揺らめいているさま)。はたはほかに、「罕」「旛」「旌」「旄」「旆」「旃」「幡」など。当然ながら「方偏」が多いです。ちなみに巾偏の「幡」は「幟」と同じく「のぼり」とも。目印のためにたてるはたのことで、「鯉幟」(こいのぼり)、「旗幟鮮明」(キシセンメイ)、「幡旗」(ハンキ)、「幡然」(ハンゼン)で使います。

 ●《驚破》(すわ)、算を乱す(サンをみだす)

 「驚破と云う間もなく、算を乱して、元来た方へ一散に逃げ出してしまいました。」

 →突然の出来事に驚いたり、あらためて気づいたりしたとき、発する声。感嘆詞で「あっ」。熟字訓。ちなみに「嗚呼」は(ああ)。

 →算木(サンギ)を散らしたように、人の集団が列や秩序を乱して、てんでばらばらになること。物事が散乱するさま。「算を乱す」ともいい、「蜘蛛の子を散らす」も同義。算木は「中国から伝わり、和算で使われた木製の小さな角棒。また、易(エキ)で占いに使う、長さ9センチメートルほどの角柱状の6本一組の木のこと」。

 ●
(はづな)、犇々(ひしひし)

 「が、盗人たちはそれには目もくれる気色もなく、矢庭に一人が牛の
を取って、往来のまん中へぴたりと車を止めるが早いか、四方から白刃の垣を造って、犇々とそのまわりを取り囲みますと、先ず頭立ったのが横柄に簾を払って、…」

 →「
」は配当外(JIS第3水準9381)で「キョウ」「はづな」「きづな」「くちづな」。馬を束縛して制御する綱。「鎖」(キョウサ=鎖は「とざしつなぐ」、他者からの束縛を受けること)。「飛」(ヒキョウ=馬を疾く駆けること)。いずれもちょっと艱しい熟語です。
 「菜根譚」(前集103項)に「幻迹を以て言えば、功名富貴に論無く、即ち肢体もまた委形に属す。真境を以て言えば、父母兄弟に論無く、即ち万物も皆吾一体なり。人能く看得て破り、認め得て真ならば、纔に天下の負担に任(た)うべくまた世間の
鎖を脱すべし」があります。最後の一節は「俗世間のしがらみから解放されるであろう」という意味。菜根譚いいですよ。一読をお勧めします。

 →すきまなくぴったりと寄り付くさま。1級配当で音読みは「ホン」。訓は「ひし・めく」。「犇く」はひしめくと訓みます。熟語では「犇走」(ホンソウ=奔走)があります。「ひしひし」にはいろいろな意味があり、ほかには「動作の激しいさま」「手厳しいさま」「鞭などでつよくたたくさま」「つよく身に迫って感じるさま」。「緊々」とも書きます。

 ●重畳(チョウジョウ)

 「それは重畳じゃ。何、予が頼みと申しても、格別むずかしい儀ではない。」

 →このうえもなくめでたいこと。とてもすばらしい。殿様や上司が、家臣や部下のした事や報告などを受けて「とても満足している」ということを感嘆詞風に使うこともあります。今風に言えば「Fantastic」。中国では「幾重にも重なっている」という意味でしたが、和語でかような意味に転じた語源には諸説紛々があります。

 ●穽(わな)

 「その時の平太夫の姿と申しましたら、とんと穽にでもかかった狐のように、牙ばかりむき出して、まだ未練らしく喘ぎながら、身悶えしていたそうでございます。」

 →おとしあな。獣を生け捕るために地に深い穴を掘ったおとしあな。1級配当で音読みは「セイ」。「陥穽(カンセイ)、「穽陥」(セイカン)は基本熟語。わなでは「蹄」「羂」があります。「蹄」は上野公園の西郷隆盛像を見ると腰にぶら下げている、ウサギをとるわなです。「得魚忘筌、得兔忘蹄」(トクギョボウセン、トクトボウテイ)で有名。「目的を達するとそれまで役立ったものを忘れてしまうこと」(出典は荘子「外物」)。一般には悪い意味でとらえていますが、本義は「学問が成就すれば書籍はいらなくなる。つまり、真理を会得すれば方法論はどうでもいい。プロセスにこだわるな」という意味ですよ。「筌蹄」(センテイ=案内書)もお忘れなく。「羂」は「不空羂索観音像」(フクウケンジャク<orサク>カンノンゾウ)で使われており、「羂索」は鳥をとる縄製のわな。

 

●旁(かたがた)、《老耄》(おいぼれ)

 「それで予の腹も一先癒えたと申すものじゃ。が、とてもの事に、その方どもは、予が車を警護旁、そこな老耄を引き立て、堀川の屋形まで参ってくれい。」

 →~するついでに。~がてら。「旁」一文字で「かたがた」と読むことに注意しましょう。「旁」は1級配当で音読みは「ボウ」「ホウ」、訓では「あまね・し」「かたわ・ら」「つくり」。「博引旁証」(ハクインボウショウ=広く資料を引用し根拠を挙げ論証する)の「旁」は「あまねく」という意味です。「旁時掣肘」(ボウジセイチュウ=横から邪魔だて)、「旁若無人」(ボウジャクブジン=かたわらにひとなきがごとし)の「旁」は「かたわら」の意味。「扁旁冠脚」(ヘンボウカンキャク)の「旁」は「つくり」の意味。「旁午」(ボウゴ)は「往来が激しいこと。込み入って煩雑なこと」。

 →ご老人。「ロウボウ・ロウモウ」との音読みもあります。「耄」は1級配当で「モウ・ボウ」「ほう・ける」。中国では80歳・90歳のことを言います。「耄碌」(モウロク)、「耄耋」(ボウテツ)、「衰耄」(スイモウ)、「耄老」(ボウロウ)、「耄期」(ボウキ)。「ほうける」はほかに「呆ける」「惚ける」。老冠の漢字はほかに「耋」(テツ=70歳~80歳)、「耆」(キ=60歳~80歳)の二つ。「耋」では、「老耋」(ロウテツ)、「耋艾」(テツガイ=艾は50歳)、「耆」では、「耆宿」(キシュク=学問のある老人)、「耆艾」(キガイ)、「耆旧」(キキュウ)、「耆指」(キシ)、「耆老」(キロウ)、「耆寿」(キジュ)、「耆儒」(キジュ)、「耆欲」(シヨク=嗜欲→字が似ているから)。「伯耆」(ホウキ)は今の鳥取県西部。

 ●御諚(ゴジョウ)

 「『これ、これ、永居は平太夫の迷惑じゃ。すぐさま縄目を許してつかわすがよい。』と、難有い御諚がございました。」

 →主君・上位の人が発する話・言葉・命令のこと。おおせ。「諚」は1級配当の国字。熟語には「勅諚」(チョクジョウ)、「優諚」(ユウジョウ)があります。この場合は珍しく「ジョウ」と音読み。国字とはいえ数は少ないですが音読みするものがあります。ほかには、「働」(ドウ)→「稼働」(カドウ)、「腺」(セン)→「汗腺」(カンセン)、「膵」(スイ)→「膵臓」(スイゾウ)、「搾」(サク)→「搾乳」(サクニュウ)、「鋲」(ビョウ)→「画鋲」(ガビョウ)などがあります。「瓩」(キログラム)、「糎」(センチメートル)、「竍」(デカリットル)など単位を表す国字も音読みですね。

 ●這々(ほうほう)

 「一夜の内に腰さえ弓のように曲った平太夫は、若殿様の御文をつけた花橘の枝を肩にして、這々裏の御門から逃げ出して参りました。」

 →「這う這う」とも書き、「這う這うの体で」(ほうほうのていで)と使う事が多い。ひどい目にあってかろうじて逃げる様子。一種の当て字。「這」は準1級配当で「シャ」「は・う」「こ・の」。「這入る」(はいる)、「這い蹲う」(はいつくばう)、「這子」(ほうこ=はいはいのできる乳児)、「這般」(シャハン=こういう)、「這裏」(シャリ=この間の)、「這個」(シャコ=これ)。中国では「これ」「この」の意味ですが、輸入後、「はう」の意味に充てた。

 ●《跣足》(はだし)

 「平太夫は気も心も緩みはてたかと思うばかり、跣足を力なくひきずりながら、まだ雲切れのしない空に柿若葉ののする、築土つづきの都大路を、とぼとぼと歩いて参ります。」

 →普通は「裸足」。「センソク」と音読みもする。「跣」は1級配当で音読みは「セン」、一字で「はだし」。「すあし」とも。「赤跣」(セキセン=すあし)、「徒跣」(トセン=すあし)、「裸跣」(ラセン=すあし)、「跣歩」(センポ=はだしであるく)、「跣行」(センコウ=はだしでいく)。「玄人跣」は「くろうとはだし」。はだしはほかに、「跿」。これも1級配当で「ト」。「跿跔科頭」(トクカトウ=何もはかず何も被らない勇気ある兵士)。「」は配当外(JIS補6370)で「ク」。「跿跔」は「はだし」。

 ●倭絵(やまとえ)

 「もの静に御酒盛をなすっていらっしゃる御二方の美しさは、まるで倭絵の中からでも、抜け出していらしったようでございました。」

 →中国の題材を描いた「唐絵」に対して、日本の風物や物語を描いた絵画。大和絵。「倭」は準1級配当で音読みは「ワ」「イ」。中国でむかし、日本のことをこう呼んだ。「倭人」(ワジン)、「倭訓」(ワクン)、「倭語」(ワゴ)、「倭国」(ワコク)、「魏志倭人伝」(ギシワジンデン)。「倭寇」(ワコウ)は「鎌倉時代から室町時代にかけ、中国や朝鮮半島の沿岸で海賊行為を行った日本人。中国・朝鮮側からの呼称」。《倭文》(しず)は「古代の織物。カジノキやアサを青や赤に染め、縞を織り出したもの」。

 ●〔桑海の変〕(ソウカイのヘン)

 「今も爺の申した通り、この狭い洛中でさえ、桑海の変は度々あった。」

 →〔滄海変じて桑田と為る〕から。成語林によりますと、(青海原が桑畑に為ってしまうということから)世の中の移り変わりの激しいたとえ。「滄桑の変」、「桑田変じて海と成る」、「桑田碧海」(ソウデンヘキカイ)、「滄海桑田」(ソウカイソウデン)、「東海桑田」(トウカイソウデン)。出典は葛洪「神仙伝」王遠。

 ●女夜叉(ニョヤシャ)

 「別してあの赤裸の幼子を抱いて居るけうとさは、とんと人間の肉を食む女夜叉のようだとも申しましょうか。」

 →顔形が恐ろしく、人を食う猛悪なインドの鬼神。後に仏法に帰依して守護神となる。てっきり夜叉は女かと思っていましたが、男の夜叉も女の夜叉もいるということですね。ウィキペによると、「男はヤクシャ(Yaksa)、女はヤクシニー(Yaksni)と呼ばれる」とあります。

 ●《悸気》(おぞけ)、目蒐け(めがけ)

 「元よりこう嚇されても、それに悸毛を震う様な私どもではございません。甥と私とはこれを聞くと、まるで綱を放れた牛のように、両方からあの沙門を目蒐けて斬ってかかりました。」

 →通常は「怖気」。「悸」は1級配当で「キ」「おそ・れる」。恐れや驚きで心臓がドキドキすること。「心悸」(シンキ)、「動悸」(ドウキ)、「悸慄」(キリツ)、「悸悸」(キキ=おそれおどろき胸騒ぎがする)。

 →「目掛け」の当て字。「蒐」は準1級配当で「シュウ」「あつめ・る」のほか「か・り」もあります。「狩」の「蒐り」です。「蒐畋」(シュウデン)、「蒐猟」(シュウリョウ)、「蒐田」(シュウデン)、「蒐索」(シュウサク)、「蒐狩」(シュウシュ)。ここからめがけに「蒐」を当てたものと思われます。「蒐集」(シュウシュウ)、「蒐荷」(シュウカ)など「収」に書き換えられるものもあります。音読みの「シュウ」はなかなか読めないですね。

 ●段々壊(ダンダンエ)

 「さもない時は立ちどころに、護法百万の聖衆たちは、その方どもの臭骸を段々壊に致そうぞよ。」

 →ばらばらという意味か?見慣れない言葉で調べても見つかりません。「臭骸」は「悪臭を放つ屍体」。それをさらにこなごなにして原型をとどめないようにするのでしょうか。何ともおぞましい言葉でしょうか。「壊」は「エ」で表外の音読み。「壊死」(エシ)、「壊疽」(エソ)でよく使います。

 

●蔑する(なみする)

 「しかも摩利信乃法師の容子では、私どももただ、神仏を蔑されるのが口惜しいので、闇討をしかけたものだと思ったのでございましょう。

 →見下す。軽んずる。あなどる。「蔑」は準1級配当で「ベツ」。訓読みでは「さげす・む」「ないがし・ろ」もあります。「蔑殺」(ベッサツ=値打ちがないので殺す)、「蔑視」(ベッシ)、「蔑如」(ベツジョ)、「蔑称」(ベッショウ)、「蔑蒙」(ベツモウ=もやもやわきおこる)、「軽蔑」(ケイベツ)、「侮蔑」(ブベツ)。さげすむはほかに「貶む」「藐む」。

 ●竜舟(リュウシュウ)

 「それから、廊に囲まれた御庭の池にはすきまもなく、紅蓮白蓮の造り花が簇々と咲きならんで、その間を竜舟が一艘、錦の平張りを打ちわたして、蛮絵を着た童部たちに画棹の水を切らせながら、…」

 →リョウシュウとも。へさきに竜の首の彫刻を飾った、天子の乗る舟。四字熟語に「竜舟鷁首」(リョウシュウゲキシュ)=「竜頭鷁首」(リョウトウゲキシュ)があり、「風流を楽しむ舟のこと」。竜の頭のついた舟と、水鳥の首のついた舟。転じて豪華な舟遊びの意で使うこともある。「鷁」は1級配当で「ゲキ」。鷺に似た水鳥。風雨に耐えよく飛ぶため、水難よけとして船首の飾りに使う。
 ちなみに「紅蓮」は「グレン」と読みます。「紅蓮の炎」で使います。

 ●瓔珞(ヨウラク)

 「…勢至観音などの御姿が、紫磨黄金の御顔や玉の瓔珞を仄々と、御現しになっている難有さは、また一層でございました。」

 →インドから伝来した頸飾り。珠玉や貴金属をひもでつなぎ、仏像の装飾品として用いられた。ともに1級漢字で「瓔」は「ヨウ」「エイ」。「珠瓔」(シュエイ)、「鈿瓔」(デンエイ)。「珞」は「ラク」。

 ●老衲(ロウノウ)

 「じゃによって一つは三宝の霊験を示さんため、一つはその方の魔縁に惹かれて、無間地獄に堕ちようず衆生を救うてとらさんため、老衲自らその方と法験を較べに罷り出た。」

 →年をとった僧侶。「ロウドウ」とも読む。「衲」は1級配当で「ノウ」「ドウ」、訓読みは「ころも」。僧衣のこと。転じて僧侶の自称でも使う。「衲衣」(ノウエ)、「衲子」(ノウス)、「愚衲」(グノウ)、「衲被」(ドウヒ)。

 ●戞然(カツゼン)

 「金甲神の姿は跡もなく消え失せて、その代りに僧都の水晶の念珠が、まん中から二つに切れると、珠はさながら霰のように、戞然と四方へ飛び散りました。」

 →金石など硬いものが触れ合うときの高く鋭い音。また、そのようす。「戞」は1級配当で「戛」の異体字。「戛戛」(カツカツ)は、馬蹄の響く音。まさにひづめの音を表していますね。ちなみに「念珠」は「ネンズ」。お数珠のことですね。


 【るしへる】

 ●六合(リクゴウ)

 「…、まず DS はいつくにも充ち満ちて在ますと云うは、真如法性本分の天地に充塞し、六合に遍満したる理を、聞きはつり云うかと覚えたり。」

 →天地と四方(上下東西南北)。宇宙全体のこと。「六」を「リク」と読むことに注意。四字熟語に「六合同風」(リクゴウドウフウ=天下統一)、「六合一和」(リクゴウイチワ=世界が和すること)、「六韜三略」(リクトウサンリャク=兵法の虎の巻)、「六言六蔽」(リクゲンノリクヘイ=6つの徳に対し、6つの弊害もあるということ)、「六菖十菊」(リクショウジュウギク=時期外れ)、「六尺之孤」(リクセキノコorみなしご=未成年の遺児)などがあります。

 ●餮饕(テットウ)

 「総じてこの『じゃぼ』には、七つの恐しき罪に人間を誘う力あり、一に驕慢、二に憤怒、三に嫉妬、四に貪望、五に色欲、六に餮饕、七に懈怠、一つとして堕獄の悪趣たらざるものなし。」

 →がつがつ食うこと。欲深くて食物や財物をむさぼる。饕餮(トウテツ)とも言いますが、こちらは「貪慾な怪獣。竜の9匹の子供の1匹で、飲食を好むとされます。殷・周のころ、その姿を銅器などに刻んで賁りとした」を指すこともあります。いずれも1級配当で「むさぼる」。「饕戻」(トウレイ=欲張り)。「食の連続+t音の連続熟語」。「トウ」「テツ」、どっちがどっちだかわからなくなる艱しい読みなのですが、「殄」(テン)→「en」→「テツ」、「号」(ゴウ)→「ou」→「トウ」で覚えましょう。できれば読めるのは勿論、書けるようにしたい。
 「むさぼる」ではほかに、「愒る」「婪る」「叨る」「翫る」「沓る」「渇る」「毎る」「冒る」「牟る」。

 ●《崑崙奴》(コンロンヌ、くろんぼ)

 「われ、眼を定めてその人を見れば、面はさながら崑崙奴の如く黒けれど、眉目さまで卑しからず、…」

 →黒人。くろ。どうやら差別用語ですね。「崑崙」は中国西方にあるとされる伝説上の山の名で黄河の源、黒石が採れ「黒」の語源ともされている。西域からやってくる奴隷をさして「崑崙奴」。唐代以後は東南アジア人の総称となり、彼らが妖術を使うという伝奇小説が多く書かれた。顔が黒くて「こんろんぬ」と音が似ているので「くろんぼ」を当てているようです。

 ●蔓頭(マントウ)、截断(セツダン)、咄(トツ)

 「ああ、汝、提宇子、すでに悪魔の何たるを知らず、況やまた、天地作者の方寸をや。蔓頭の葛藤、截断し去る。咄。」

→つるがはったり、からみついたりしているさま。「蔓」は準1級配当で「マン・バン」「つる」。「蔓説」(マンセツ=主題から外れた無駄話)、「蔓生」(マンセイ)、「蔓延」(マンエン=蔓衍)、「蔓纏」(マンテン=まといつく)、「蔓延る」(はびこる)」は当て字読み。

 →断ち切ること。切り落とすこと。「截」は1級配当で「セツ」「た・つ」「き・る」。「截然」(セツゼン=ずばり気ってはっきりしている)、「直截」(チョクセツ)、「截留」(セツリュウ=進路を妨げ拘留する)、「截句」(セック=絶句)、「截髪」(セツバツ=真心から客をもてなすこと)。

 →おやおや。事の意外さに驚き怪しむ声。ちぇっと舌打ちする。1級配当で「トツ」、訓読みは「はなし」。「咄呵」(トツカ=ちぇっ)、「咄嗟」(トッサ=またたくま)、「咄咄怪事」(トツトツカイジ=ふかしぎな怪事件)、「小咄」(こばなし=小噺)。

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本日の学習【漢検1級】

[1/23深夜に更新しました] 何度も書くようですが、辞書をめくって色々調べていると、不思議と気持ちが落ち着いてきますね。 自分の知りたいことに集中することで、いろいろ頭の中が整理されてくる感じです...

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知る喜びを推進力に

しのぶんさま

コメントどうもです。

> 日常で漢検1級レベルの漢字にかかわることに遭遇して、なおかつ反応してくださる方がいたので、とても嬉しく思ったことを覚えております。

そうそう、やはり「人間汗の如し」→「綸言汗の如し」でした。もう2年以上も前のことですね。それにしてもTVの字幕は酷いものです。知ったかぶりもいいが、そこまでやるか~といった感じですよね。

> おかげさまで1級はなんとか合格したのですが、もう少し高得点をとりたいという気持ちがありますのでまたいつの日か挑戦したいと思っています。

そうですか。少しでも高みを目指されることは素敵なことです。御精進ください。

> その昔旧漢字の三島全集や、古文を辞書をひきひき読み進めていた頃の「調べて知る喜び」

旧漢字の三島全集をお読みですか。流石ですね。彼の作品は金閣寺か仮面の告白ぐらいしか知りませんですが、1級漢字はどのくらいありますかね?今度調べてみようっと。もしかしたら弊blog記事のネタとして一考してみてもいいかも。古文もいいですよね。来年の大河ドラマが、サンバを踊らない方のマツケンの平清盛なので平家物語もいずれ採り上げようかな~などとも思案しているところです。

知らないことはある意味武器です。ただし、知らないことに安住してはいけません。知ろうとすることを推進力にしないと。知ることを喜びに変えないと。。。何にせよ楽しく自由にやるのが一番です。それが継続のコツですよね。

引き続きよろしくお願いいたします。

ありがとうございました

記事への掲載を許可してくださり、どうもありがとうございます。
こちらへのコメントは初めてですが、時々お邪魔しておりました。
以前のコメントを頂いた記事はこちらですね。
http://shinobun.blog26.fc2.com/blog-entry-1169.html
日常で漢検1級レベルの漢字にかかわることに遭遇して、なおかつ反応してくださる方がいたので、とても嬉しく思ったことを覚えております。
おかげさまで1級はなんとか合格したのですが、もう少し高得点をとりたいという気持ちがありますのでまたいつの日か挑戦したいと思っています。
文学作品を読み解きながらの漢字学習は、その昔旧漢字の三島全集や、古文を辞書をひきひき読み進めていた頃の「調べて知る喜び」を思い出します。
これからも楽しみにしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。




ようこそ

しのぶんさま

弊blogにお越しいただくのは初めてですね。参考記事リンクは何の問題もありません。これからもどんどんリンクしていただけれ嬉しいです。よろしくお願いします。

以前貴blogにコメントを投稿させていただいたのは何の記事だったですかね?かなり前のことではなかったかと思います。確かテレビのテロップで流れた「人間汗の如し」が「綸言汗の如し」の誤りであることにも瞬時に反応できるようになった、漢字学習の御蔭である、などなどの記事ではなかったかと思い、貴blog内を検索してみましたが辿りつけませんでした。

あのときは確か漢字検定1級の合格を目指されていたかと思いましたが、その後合格されたようですね。おめでとうございます。その後も「細々」とはいえ学習を継続されている姿勢に対しては頭が下がります。しかも、楽しくやられていることが頬笑ましく思います。何よりです。改めて「生涯の学習」の大切さを感じる次第です。

こんばんは

以前コメントをいただいたものです。
ごぶさたしております。私の方はサボりながら細々と漢検記事を続けている状態です。
今回記事を作成したところ、charさまのこちらの記事の方がより詳しい内容になっていることに気づいたため参考ページとしてご紹介させていただきました。

もしなにか問題があればご指摘くださると幸いです。
それでは失礼いたします。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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