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JARO?「ジャロ」ってなんじゃろ?=兆民「続一年有半」⑮

 中江兆民の「続一年有半」シリーズの15回目です。忘れていませんよぉ~。

 

 

 (八) 主 観

 

 主観とは、吾人が事物に対して視聴し若しくは思考判断することがあつても、その事物が真に①ガイカンに存在するのでなくて、ただこの観念の主たる吾人の精神の構造、自らこれありと認むるやうに為され居るが故に、かくは存在するかの如く②シイするといふ説である。即ち或る論者の意において、空間、時の二者は正に主観的である、即ち実際に存在するのではないのである。

 

 ①〔 外 間 〕→意味〔当局者以外の人々の間、その事に関係のない人々〕・「概観」「外患」「外艱」「駭汗」「外観」「漑灌」「外姦」「凱還」「外環」などが浮かぶが意味がね。。。・でも、兆民語でしょうね

 ②〔 思 惟 〕→意味〔心に深く考え思うこと〕・「緇衣」「祗畏」「肆意」「徙倚」「恣意」「鴟夷」「四夷」「尸位」「脂韋」なども同音異義語として押さえておきたいところです

 

 

 (九) 客 観

 

 客観とは、ガイカン現にその物があつて、その③エイショウを吾人の精神に写し来るのである、吾人の、空間の、時の二者における、正に客観的である、即ちこの二者④ゲンゼン存在して居るとの説である。

 

 ③〔 影 象 〕→意味〔すがたかたちのイメージ〕・兆民語

 ④〔 儼 然 〕→意味〔いかめしく、おごそかなさま。動かしがたいさま〕・常用漢字なら「厳然」が書き換え・「」は〔おごそ・か〕〔いかめ・しい〕とも訓む・「儼恪」(ゲンカク)は「おごそかでしんがかたい」・「儼乎」(ゲンコ)は「いかめしいさま、おごそかなさま」

 

 しかし彼れ奇を闘し新を標する哲学の大家先生連にあつては、主観客観の別はなかなか箇様の無造作な訳ではない、嗷然聚訟して⑤テイシする所ろを知らない。乃ち正にいはゆる道近にあり之を遠きに求むるので、吾人は箇様の物数奇を為す必要はない。

 

 ⑤〔 底 止 〕→意味〔いきついてとどまること、やむこと〕・「停止」「諦思」「涕泗」ではない・でもやっぱり兆民語でしょうね、こんな言葉は普段は使わんですよ…

 

 吾人を以てこれを言へば、およそ意象の過半、否な殆ど全数は皆客観的で、而してまた主観的である。もしそれ純然たる主観的は、病狂者の目に⑥ゲンシュツする種々の浮動物、及び宗教家のいはゆる独立不滅の霊魂等の如く、実際その物なくしてただ或る者の精神にのみ⑦エイシュツせらるるものをいふのである。純然たる客観的ともいふべきは、ガイカン実にその物ありて、而して吾人の精神いまだこれを⑧ショウチ(?セイチ)し得ないものをいふべきである。惟ふにかくの如き者、果て実際あるであらうか、例へば光温電の分子の如きはこの中に入れても良いのである、その他は客観主観相映じて⑨リョウキョウの如くにして、始て学術の強固なるを得べきである。

 

 ⑥〔 幻 出 〕→意味〔まぼろしのようにあらわれること〕・「病狂者の目」とありますから「現出」でないことに注意しましょう

 ⑦〔 影 出 〕→意味〔すがたかたちがあらわれること〕

 ⑧〔 省 知 〕→意味〔かえりみて知ること〕・「承知」「招致」「勝地」「小智」ではない・兆民語でしょうね→注意・「ルビではショウでしたが、かえりみるの意味ではセイの方が正確かもしれません。ですからセイチと読むのが正しいでしょうか」

 ⑨〔 両 鏡 〕→意味〔二つの鏡、相照らし無限であること〕・「両頰」もあり得るが違います・「碧巌録・第24則 劉鉄磨、台山」の「本則」に「両鏡相照して、影像の観るべき無きが如し。」とありますから、兆民もここを参照したかもしれません、あるいは熟読の結果自然と身に付いた言葉でしょうか?

 

 主観的の説を主張するのが甚しくて、終に天下過半の事物、否なほとんど全数を挙げて客観的には存しないでただ主観的にのみ存するとする者、即ちいはゆる懐疑派である、その最も極端に㋐せたのは、ピロニズム派である。都て哲学者の多くは⑩テンシ高邁で奇を好むより、従前の⑪トテツに㋑ふのを㋒しとしない。異を立て新を⑫テラはんとして思索を凝らし、遂に目前無造作の事物でも非常に奇怪視して、いはゆる謬巧錯雑の言を為し、自分も知らず識らずの際、⑬ジャロに陥りて自ら出ること出来なくなるのが往々である。吾人は務てこの弊を去らうと欲するので、古人の聚訟した事条についても、ただ務めて当面明白の道理を発して絶て新奇をテラはぬのである、また時として吾人一箇の解釈を与へて前人のテツを㋓まぬこともある。

 

 ㋐〔・せ〕→意味〔思いをはせる、ほしいままにする〕訓読みは難しくはないでしょうが注意すべきは音読み〔てい〕・「聘」と音符が同じため〔へい〕と読んでしまう虞があります・「騁馳」(テイチ)・「駆騁」(クテイ)・「騁懐」(テイカイ)・「馳騁」(チテイ)

 ㋑〔したが・ふ〕(表外訓み)→ほかには〔伏う、陪う、服う、率う、殉う、蹤う、跟う、扈う、婉う、隷う、賓う、徇う、順う、随う、遵う〕

 ㋒〔いさぎよ・し〕→意味〔通常は本文のように否定文で使用する。細かいことにとらわれないこと、こせこせしないこと、いさぎよしとしない、不屑いさぎよしとせず)とも〕・音読みは〔せつ〕・「竹頭木屑」(チクトウボクセツ)=詰まらない人物、「屑意」(セツイ)=思い煩うこと、「屑雨」(セツウ)=小糠雨、「屑然」(セツゼン)=こまごまと数が多いさま、突然

 ㋓〔・ま〕→「蹈む」・意味〔足でふんでいくこと〕・ほかには〔躡む、踏む、蹂む、駘む、廸む、躔む、躇む、迪む、履む〕・音読みは〔とう〕・「蹈海」(トウカイ)=海に身投げすること、「蹈常襲故」(トウジョウシュウコ)=従来の習慣やしきたりを守ること

 ⑩〔 天 姿 〕→意味〔うまれつき、天資〕・「天使」「天子」でないのは言う迄もない・類義語は〔天性、天賦、天質、天稟

 ⑪〔 途 轍 〕→意味〔物事の道理、すじみち〕・「途轍もない」は「まったく理屈に合わない、とんでもない」・麻生太郎の著書は「途轍もない日本」って、あんたが一番「途轍もない」やん・この場合の「」は〔わだち〕

 ⑫〔    〕→意味〔知識や才能をひけらかす、えらそうに見せかける〕・音読みは〔げん〕・「衒耀」(ゲンヨウ)=「自分の才能や学問などをひけらかしたがる気持ち」

 ⑬〔 邪 路 〕→意味〔道理に外れたこと、道理に外れた良くないやり方〕・類義語は〔邪 道〕・ちなみに誇大広告の改善を指摘する社団法人日本広告審査機構の「JARO(ジャロ)」ではない

 

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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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