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「沈湎」「炮烙」「覿面」「贓品」「驍名」…漢検本番で出そうなものばかり〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑤

 芥川転載シリーズの5回目です。

 

 

【孤独地獄】

 ●大通(ダイツウ)、粉本(フンポン)

 「大叔父は所謂大通の一人で、幕末の芸人や文人の間に知己の数が多かった。河竹黙阿弥、柳下亭種員、善哉庵永機、同冬映、九代目団十郎、宇治紫文、都千中、乾坤坊良斎などの人々である。中でも黙阿弥は、『江戸桜清水清玄』で紀国屋文左衛門を書くのに、この大叔父を粉本にした。」

 →「通人」の最大級。最高の粋人。「半可通」(ハンカツウ)は「似非通人」。

 →古人・先人の画を写したもの。下絵。絵の上に紙や絹を置いて透き写す。墨でなぞると下の絵を汚すので、白い色の胡粉で輪郭を点々と写すことから粉本という。胡粉というのは、牡蠣の貝殻を粉状にしたものを原料とした顔料で、日本画などの白色に用いられる。単なる盗作、パクリ、剽窃にとどまらず、先達が残した名作を研究する意味も込められていたようです。ここでは、モデル、題材くらいの意味か。

 ●嫖客(ヒョウカク)、《花魁》(おいらん)

 「その津藤がある時吉原の玉屋で、一人の僧侶と近づきになった。本郷界隈のある禅寺の住職で、名は禅超と言ったそうである。それがやはり嫖客となって、玉屋の錦木という華魁に馴染んでいた。もちろん、肉食妻帯が僧侶に禁ぜられていた時分のことであるから、表向きはどこまでも出家ではない。」

 →芸者を買って遊ぶ客。うかれお。吉原通いのことです。飄客とも。「嫖」は1級配当で、「かる・い」と訓みます。

 →最高級の遊女の呼び名。傾城、和尚ともいう。熟字訓。ウィキペによると、「吉原遊廓で、妹分である禿(かむろ)や振袖新造が『おいらの所の姉さん』と呼んだのが語源とされる。京・大坂の『太夫』に相当する」という。単なる遊び女でなく、とにかく金と手間がかかる「高級娼婦」だったようです。しかし、何故に「花」に「魁(さきがけ)」なのでしょうか?「(梅毒で)鼻の先欠け」との怪しい説もあります。素直に「花」(=女)の最先端の存在でいいのでは?ちなみに、「肉食妻帯」は「ニクジキサイタイ」と読む。

 ●曠野(コウヤ)

 「唯、その中で孤独地獄だけは、山間曠野樹下空中、何処へでも忽然として現れる。」

 →広野の書き換え。荒野。荒れ果てて人気が全くない野原のことです。「曠」は1級配当で、音読みは「コウ」、訓は「あき・らか」「むな・しい」。旁の音符は「広」の旧字です。四字熟語に「曠日弥久」(コウジツビキュウ=無為に時間を過ごすこと)、「怨女曠夫」(エンジョコウフ=相手がいない男女→出典は「孟子」梁惠王。普通は『―なし』と用いて円満な家庭ばかりの太平の世を言う言葉です)、熟語に「曠官」(コウカン=尸位素餐〈シイソサン〉)、「曠古」(コウコ=前例なし)、「曠世」(コウセイ=稀代)など数多くあります。《曠野》は熟字訓で「あらの」とも訓めますが、これは「芭蕉七部集」の一つで有名ですね。

 ●沈湎(チンメン)

 「津藤は酒を一滴も飲まないが、禅超はむしろ、大酒家である。それからどちらかというと、禅超の方が持ち物に贅をつくしている。最後に女色に沈湎するのも、やはり禅超の方がはなはだしい。津藤自身が、これをどちらが出家だかわからないと批評した。」

 →酒や女に溺れること。類義語は「惑溺」(ワクデキ)。福沢諭吉の「学問のすゝめ」に「沈湎冒色(=酒色惑溺)放蕩無頼の子弟あらん」の一節が見えます。「湎」は1級配当で、音読みは「メン・ベン」、訓読みは「しず・む」「おぼ・れる」。


 【父】


 ●諧謔(カイギャク)

 「中でも能勢の形容が、一番辛辣で、かつ一番諧謔に富んでいた。」

 →ユーモア。しゃれ。皮肉を含んだ知的なおかしみ。ともに1級配当。「諧」は「やわ・らげる」「かな・う」「ととの・える」などと訓みます。「諧和」(カイワ)は「よく諧うこと」。「和諧社会」(ワカイシャカイ)は中国共産党の胡錦濤政権のスローガンですね。中国の目指すユートピアとは何なのか?中国よ、一体誰と調和するというのか?「謔」は「たわむ・れる」と訓みます。「謔笑」(ギャクショウ=おふざけ)、「謔浪」(ギャクロウ=おしゃべり)などがあります。ちなみに「辛辣」は「シンラツ」。「辣」は1級配当で「辣油」(ラーユ)、「辣腕」(ラツワン)、「辣韮」(ラッキョウ)で御馴染みですな。

 ●《河豚》(ふぐ)、 孕む(はら・む)
 
 「『あいつは河豚が孕んだような顔をしているぜ。』」

 →漢名。なぜに「河」に「豚」か?ふぐは中国ではむかし、河(黄河や揚子江)で獲れたようです。そして豚ですが、豚のように丸々太っているとか、豚のように美味だとか、豚の様な泣き声を出すとかの諸説あり。一字で「鰒」とも書きますが、1級配当で音読みは「フク」。訓では「ふぐ」のほか「あわび」(蚫、《石決明》)とも。「河」のつく熟字訓は《河岸》(かし)、《河童》(かっぱ)、《河内》(ハノイ)、《河馬》(かば)。ちなみに《海豚》は「いるか」のこと。「海」の熟字訓も数多いですが、また別の機会にでも。

 →妊娠する。布などが風を受け、片方に膨れる。この場合は単純にぷっくりと膨らんだ顔を表現したのでしょう。「孕」は1級配当で、音読みは「ヨウ」、「はら・む」「みごも・る」と訓読み。熟語は「受孕」(ジュヨウ=妊娠)、「孕婦」(ヨウフ=妊婦)。「はらむ」では、「妊む」「胚む」「姙む」「胎む」「娠む」があります。「みごもる」は「身籠もる」「孕る」「姙る」「娠る」「妊る」があります。「胚胎」(ハイタイ)は「ひそかに兆すこと」。

 ●羊羹色(ヨウカンいろ)、球竿(キュウカン)
 
 「その男は羊羹色の背広を着て、体操に使う球竿のような細い脚を、鼠の粗い縞のズボンに通している。」

 →黒色などの衣類が、色褪せて赤みを帯びた色。くすんだ小豆色。貧乏で同じ服を着続けるとこんな冴えない色になるようです。「羹」は1級配当、音読みは「カン・コウ」、訓読みは「あつもの」。故事成語の「羹に懲りて膾を吹く」(あつものにこりてなますをふく)、四字熟語の「懲羹吹膾」(チョウコウスイカイ)で有名ですね。必要以上に用心が過ぎてしまうことの喩えですが、似た意味に「呉牛喘月」(ゴギュウゼンゲツ)、「蜀犬吠日」(ショッケンハイジツ)があります。ぜひとも覚えましょう。

 →明治の代表的体操である「球竿体操」に用いた体操用具。玉川大学のサイトによると、「これを用いて脚の弾性運動・腕の正しい挙振運動・姿勢の矯正運動などに利用された」とあります。「小学生徒体操の図」と写真を見ましたが、鉄亜鈴の超極細長いバージョン。長さ70、80センチくらいの棒の両端に球が付いている。素材は不明ですが、木製でしょうね。アメリカから輸入されたようです。太平洋戦争モードへの突入とともに消えた可能性あり。棍棒体操というのもあったそうです。殖産興業を掲げた明治日本の体育教育の象徴的グッズではないでしょうか。今はもうないのでしょうかね。新しい学習指導要領で中学生男子の「剣道・柔道」が必須化されますが、球竿体操を復活させるのもいいかも。それにしてもこれを足に見立てた芥川の形容は面白いですな。深い。ちなみに、「竿」は準1級配当。「さお」と訓よみ。〔百尺竿頭一歩を進む〕(ヒャクシャクカントウ=大事をなすも足元の一歩から)で使います。

 ●茫と(ボウと)

 「すると、いつの間にか、うす日がさし始めたと見えて、幅の狭い光の帯が高い天井の明り取りから、茫と斜めにさしている。」

 →ぼんやりとはっきりしないさま。「茫」は1級配当で「ボウ・モウ」。熟語には、「茫然」(ボウゼン)、「茫昧」(ボウマイ)、「蒼茫」(ソウボウ)、「茫洋」(ボウヨウ)、「茫然自失」(ボウゼンジシツ)、「茫漠」(ボウバク)、「茫茫」(ボウボウ)があります。ちなみに同系漢字に「芒」(1級配当)があり、読みは「ボウ」「のぎ」「すすき」。光の先端を指した「光芒」(コウボウ)が熟語であります。ほかに「芒洋」(ボウヨウ)、「芒種」(ボウシュ=二十四節気の一つで、麦を苅って稲を植える陽暦6月6、7日ごろ)もお忘れなく。

 

【虱】

 ●摩耶颪(マヤおろし)

 「最後に旧暦の十一月下旬だから、海上を吹いて来る風が、まるで身を切るように冷い。殊に日が暮れてからは、摩耶颪なり水の上なり、さすがに北国生れの若侍も、多くは歯の根が合わないと云う始末であった。」

 →「颪」は1級配当の国字で、山から吹き降ろす強い風。「下」に吹く「風」。和製漢字である国字は、分かりやすいのが特徴です。ところで、「颪」で有名なのは、「赤城颪」「伊吹颪」「蔵王颪」「鈴鹿颪」「筑波颪」「榛名颪」「比叡颪」「富士颪」に、そして「六甲颪」と「摩耶颪」。六甲と麻耶はほぼ隣接しているのでしょうか?「六甲摩耶鉄道」という鉄道会社もありますし、詳しくないのですが、六甲山と摩耶山は違う山ですよね。六甲山系とも言いますよね。いずれにせよこの言葉で、長州征伐に向かう加賀藩の金比羅船は、大阪を出て瀬戸内海の神戸付近を航行し、過ぎ去ったことが分かりますね。

 ●虱(しらみ)

 「その上、船の中には、虱が沢山いた。それも、着物の縫目にかくれているなどと云う、生やさしい虱ではない。帆にもたかっている。幟にもたかっている。檣にもたかっている。錨にもたかっている。」

 →翅のない吸血性の昆虫。哺乳類に寄生する。体長は1~4ミリ。人に寄生するのは、「アタマジラミ」「コロモジラミ」「ケジラミ」がいます。このところ小学生の間で流行しているようです。温暖化の影響か?それと食生活の変化が関係している?「虱」は1級配当で、音読みは「シツ・シチ」。異体字は「蝨」。「風」という字の半分だから、《半風子》(しらみ、ハンフウシ)とも書きます。故事成語に「蝨を捫る」(しらみをひねる=人前であっても敢えて礼儀作法にこだわらない態度をとること。傍若無人)→出典は「晋書・王猛」。ここから「捫蝨」(モンシツ)という熟語も出ました。ちなみに「捫」は1級配当で、「なでる」「手探りで探す」。「虱潰し」(しらみつぶし)も忘れずに。《壁蝨》は「だに」(=蟎〈国字、1級配当〉)。「蚤」は「のみ」。
 それにしても「虱」を「飼う派」と「食す派」に二分するというのはおもしろいプロットです。とても長州征伐に向かう緊張感の或る風景とは思えませんな。書いているうちにだんだん痒くなってきましたわ。

 ●《打遣》る(うっちゃる)

 「しかし、いくら手のつけようがないと云っても、そのまま打遣って置くわけには、なお行かない。そこで、船中の連中は、暇さえあれば、虱狩をやった。」

 →ほったらかしにする。相撲のうっちゃり。「《打棄》る」とも書く。

 ●嚔(くさめ)、洟(はな)

 「『各々は皆、この頃の寒さで、風をひかれるがな、この権之進はどうじゃ。嚔もせぬ。洟もたらさぬ。まして、熱が出たの、手足が冷えるのと云うた覚は、嘗てあるまい。各々はこれを、誰のおかげじゃと思わっしゃる。――みんな、この虱のおかげじゃ。』」

 →いずれも1級配当。「嚏」は「くしゃみ」「はなひ・る」とも訓み、音読みは「テイ」。熟語に「打嚔」(ダテイ)、「噴嚔」(フンテイ)がある。「洟」は「すすばな」「はなじる」「なみだ」とも訓み、音読みは「イ・テイ」。熟語に「涕洟」(テイイ=涙と鼻汁)、「唾洟」(ダイ=つばと鼻汁)がある。涕、洟、唾、嚏…当然ですが、水もので「さんずい」、口から出るもので「口偏」ですね。

 ●刻銘(コクメイ)

 「唯、ちがうのは、その取った虱を、一々刻銘に懐に入れて、大事に飼って置く事だけである。」

 →「刻」も「銘」も心に刻んでおくこと。克明と同義とみられる。本文の場合は一匹一匹の虱を大事にしまうくらいの意味か。

 ●〔身体髪膚之を父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始なり〕(シンタイハップこれをフボにうく、あえてキショウせざるはコウのはじめなり)

 「それのみならず、孝経にも、身体髪膚之を父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始なりとある。自、好んでその身体を、虱如きに食わせるのは、不孝も亦甚しい。だから、どうしても虱狩るべし。飼うべからずと云うのである。……」

 →親から授かった大事な体は大切にするのが子供の務めであるという箴言。身、体、髪、膚(はだえ)。すべては親がいてこそのもの。すなわち自分のものであって自分のものではない。出典は本文にあるように「孝経」(コウキョウ)。儒家の始祖・孔子の言動を弟子である曾子の門人が記した経書のひとつ。「論語」とならび「七経」あるいは「十三経」に数えられる。孔子と曾子の対話形式で封建社会の家族の孝の道を説いている。「毀傷」は傷つけることで、「毀」は1級配当。音読みは「キ」。「そし・る」「こぼ・つ」「やぶ・る」と訓みます。「毀誉褒貶」(キヨホウヘン)、「名誉毀損」(メイヨキソン)など頻出語です。
 ちなみに、この後に続く文言は、「身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以って父母を顕わすは、孝の終わりなり」。立身出世こそが親孝行の極みなのでしょうか。

 ●蝦鞘巻(エビさやまき)

 「二言三言云いつのったと思ふと、森がいきなり眼の色を変えて、蝦鞘巻の柄に手をかけた。勿論、井上も負けてはいない。すぐに、朱鞘の長物をひきよせて、立上る。――」

 →車えびをモチーフに模様をかたどった鞘。《海老》鞘巻とも書く。本来は、鞘全体に海老の殻を刻んだ模様を浮かび上がらせるのですが、ここでは「巻」となっており、もしかしたら布か何かで鞘を巻いて海老の模様をかたどっているのかもしれません。さらに鐺(こじり=鞘尻のこと)を張らせて海老の尻尾風にしているのも特徴です。「蝦」は準1級配当で《蝦蛄》(しゃこ)、《蝦蟇》(がま)、《蝦夷》(えぞ)などの熟字訓で使われます。

 ●雪もよい

 「こう云う具合に、船中の侍たちが、虱の為に刃傷沙汰を引起している間でも、五百石積の金毘羅船だけは、まるでそんな事には頓着しないように、紅白の幟を寒風にひるがえしながら、遙々として長州征伐の途に上るべく、雪もよいの空の下を、西へ西へと走って行った。」

 →今すぐにも雪が降り出しそうな空模様のこと。「もよい」は「催い」(表外読み)と書き、(名詞の下について)その事が起こりそうな兆しが見えることを示す。天候に用いるので、当然ながら「雨もよい(雨催い)」もあります。私の語感では、「雨模様」は既に降っている状況、「雨もよい」はまだ降っていない。元々は「雨もよい」があって「雨模様」と混同して使われるようになったのかもしれません。両者を同義と言う人もいるでしょう。


 【酒虫】


 ●炮烙(ホウロク)

 「その畑の上に見える空も、この頃の温気に中てられたせいか、地上に近い大気は、晴れながら、どんよりと濁って、その所々に、霰を炮烙で煎ったような、形ばかりの雲の峰が、つぶつぶと浮かんでいる。」

 →平たい素焼の土鍋。まめを煎ったり、魚やマツタケを蒸し焼きにしたりするのに使う。焙烙とも書く。ホウラクとも読む。「炮」も「烙」も1級配当で、「炮」は「あぶ・る」、「烙」は「ラク・ロク」「や・く」で、「烙印を押す」(ラクイン)で使う。「焙」も1級配当で、「ホウ・ハイ・ホイ」「あぶ・る」。「焙煎珈琲」(バイセンコーヒー)、「焙炉」(ホイロ)など。有名な故事成語の「炮烙之刑」(ホウロクノケイ)は「火あぶりの刑」。銅の円柱を作り、油を塗って、炭上にかけ渡して罪人を伝い歩かせる。罪人は足がすべり踏み外して火に落ちて死ぬ――。古代中国の殷の暴君・紂王(チュウオウ)と王妃である妲己(ダッキ)が見物して楽しんだという。紂王は、殷王朝の前の夏王朝の桀王(ケツオウ)と並び称される暴君の代名詞で「桀紂」(ケッチュウ)の成語が。そして妲己は悪女の代名詞です。
 ちなみに「温気」は「ウンキ」と読みます。「霰」は「あられ」で、1級配当漢字です。

 ●麈尾(シュビ)
 
 「これはさっきから根気よく、朱柄の麈尾をふりふり、裸の男にたかろうとする虻や蠅を追っていたが、流石に少しくたびれたと見えて、今では、例の素焼の瓶の側へ来て、七面鳥のような恰好をしながら、勿体らしくしゃがんでいる。」

 →獣毛を束ねて柄をつけた仏具。払子(ホッス)。「蠅叩き」の大きなやつで、叩く部分がかなり大きく回りに毛がついている。高僧が説話の際に持ち、ああだこうだと振りまくる。「麈」は1級配当で「おおじか(大鹿)」。群れのボスである大鹿が尾っぽを振ってほかの鹿を操るイメージから名がついたようです。団扇の原型ともされています。
ちなみに、鹿に関係した漢字は、「麕」(のろ)→「麕集」(クンシュウ)、「麋」(へらじか)→「麋鹿」(ビロク)、「麌」(おじか)、「麝香鹿」(ジャコウジカ)、「麒麟」(キリン)、「麤」(ソ、あら・い)→漢検1級配当漢字では33画と最多画数を誇ります。

 ●■布衫(ソウフサン)

 「この男は、頤の先に、鼠の尻尾のような髯を、申訳だけに生やして、踵が隠れる程長い■布衫に、結目をだらしなく垂らした茶褐帯と云う拵えである。」

 →黒絹の簡素な衣服。「■」(白+十、JISコード第3水準8864)は1級配当で「くろ・い」、植物の《■莢》(さいかち=実がくろい)で有名。「衫」は「ひとえのうすもの」(2008年1月11日付日記「羅生門」を参照)。「踝」は「くるぶし」「くびす」。「拵え」は「こしらえ」。ともに1級配当。

 ●素封家(ソホウカ)
 
 「裸で、炎天に寝ころんでいるのは、この打麦場の主人で、姓は劉、名は大成と云う、長山では、屈指の素封家の一人である。」

 →民間の大金持ち。商家や豪農は、封禄は受けていないが、別の資産を持っているのでどんどん金が入ってくる。「素」は「資産や金をかけていない」「地のままで」「ただで」という意味。「尸位素餐」の「素」です。高い地位に甘んじて何もしない「ただ飯ぐらい」の意味で、ほかに「伴食宰相」(バンショクサイショウ)という言葉もあります。

 ●一甕(イチオウ)
 
 「それも、『独酌する毎に輒、一甕を尽す』と云うのだから、人並をはずれた酒量である。」

 →酒や水を入れる容器である「甕」は1級配当で「かめ」「みか」「もたい」。「甕裡醯鶏」(オウリケイケイ=世間知らず)、「甕牖」(オウユウ)、「甕天」(オウテン)があります。かめは「罌」「缸」「甌」「瓷」「瓮」「瓶」(すべて1級配当)があり、微妙に大きさ、形状や用途が異なる。「金甌無欠」(キンオウムケツ)、「罌缶」(オウフ)が用例。「輒」は「すなわち」で1級配当。

 ●負郭(フカク)
 
 「尤も前にも云ったように、「負郭の田三百畝、半は黍を種う」と云うので、飲むの為に家産が累わされるような惧は、万々ない。」

 →城廓を背後に置いた土地。都市近郊。「負郭の田」(フカクのデン)というのは、優良な土地で地価や利用価値が高いわけです。1畝(日本では「せ」、中国では「ほ」)は、日本で「99.174平方メートル」、中国で「667平方メートル」。300畝は、とにかく広い。
 「種う」は「う・う」、「累わされる」は「わずら・わされる」と訓み、共に表外訓みですね。「黍」は1級配当で「きび」。五穀(米、麦、粟、豆、黍)の一つ。「粢」「稷」も「きび」。

 ●竹婦人(チクフジン)、丫鬟(アカン)

 「風通しのいい室で、竹婦人に靠れながら、棋局を闘わせていると、召使いの丫鬟が来て、…」

 →竹で編んだ抱き籠、細長い抱き枕。竹夫人ともかく。中が空洞で風通しがよく涼しい。夏の季語です。ダッチワイフの語源ですが、これ以上の言及は控えましょう。

 →丫頭(アトウ)とも。丫=英語のYに似た形、JISコード第4水準0106。あげまきに結った髪。転じて、その髪を結った少女・小間使い。あげまき(総角、丱)というのは、「髪全体を中央で二つに分け、耳の横でそれぞれ括って垂らし、そのまま輪にするか、輪の中心に余った髪を巻きつけて八の字型に作る物とがある角髪(みずら)をもとに、変形で耳の上辺りで角型の髻(たぶさ)を二つ作ったもの」(ウィキペ)とあります。
 「丫」「鬟」ともに1級配当。「丫」はこれでも漢字です。画数は3画。「ア」「あげまき」と読みます。「鬟」は「カン」「みずら」→髪を束ねてまるく輪にしたもの。わげ。四字熟語に「風鬟雨鬢」(フウカンウビン=苦労すること)があります。


 ●糟邱(ソウキュウ)
 
 「当座の行きがかりで、糟邱の良友たる孫先生が、この不思議な療治に立合う事になったのは云うまでもない。」

 →糟丘。酒かすで作った丘。古代中国の夏王朝の桀王(ケツオウ)が酒かすの丘を作り、十里先までの遠くを眺めたという故事から転じて、飲酒に耽ることの喩え。2008年1月19日付日記の「焙烙之刑」と同じく、暴君の乱行の代名詞です。有名な「肉山脯林」(ニクザンホリン)、「酒池肉林」も桀王の所業。「邱」は1級配当で「おか」。「糟邱の良友」とは早い話が、飲み友達。なお、十八史略を見ますと、「邱」ではなく「隄」(つつみ、JIS第3水準9360)となっています。

 ●芬々(フンプン)

 「所が、瓶の口からは、芬々たる酒香が、間断なく、劉の鼻を襲って来る。」

 →いいにおいが強く感じられるさま。かんばしいさま。「芬」は1級配当で「フン」、「かお・る」。「芬香」(フンカ)、「俗臭芬芬」(ゾクシュウフンプン=下品なさま)、《芬蘭》(フィンランド)などが用例。同じ音符の「忿」は「忿怒」(フンド=怒り)、「忿懣」(フンマン=怒り)、「扮」は「扮飾」(フンショク=粉飾)、「吩」は「吩咐」(フンプ=いいつける)、「枌」は「枌楡」(フンユ=ニレの木)。すべて1級配当漢字。まとめて覚えましょう。

 ●《蚯蚓》(みみず)、蠕動(ゼンドウ)、《守宮》(やもり)

 「それが或は蚯蚓のように、蠕動しているかと思ふと、或は守宮のように、少しずつ居ざっているようでもある。」

 →キュウインとも読む。ともに1級配当です。蚯も蚓も一字で「みみず」。土の上を体を引いて通った跡が丘のようになることからこの字ができたようです。

 →うごめくこと。ミミズのように筋肉を収縮させて波が徐々に動くような運動のこと。蠢動(シュンドウ)ともいう。「蠕」も「蠢」も1級配当。

 →ヤモリ科の爬虫類。体は灰褐色で《石竜子》(とかげ=蜥蜴)に似る。《壁虎》(漢語)、《矢守》《家守》とも書きます。家の守り神とも云われ、壁にはいつくばう。ちなみに「いもり」は「井守」、《蠑螈》(漢語)。こちらはイモリ科の両生類。形はとかげに似るのですが、色が違う。背中部分は黒褐色ですが、腹が赤いことから、アカハラ(アカデミックハラスメントではない)ともいいます。井戸に棲むのはやはり両生類だから。

 ●鰌(どじょう)
 
 「それが、喉仏の下を、無理にすりぬけたと思うと、今度はいきなり、鰌か何かのようにぬるりと暗い所をぬけ出して、勢よく外へとんで出た。」

 →五対の髭があり、柳川鍋や蒲焼きに。《泥鰌》とも書く。「鰌」は1級配当で「シュウ」。また、「鯲」(1級配当)もあり、国字の設問ではこちらを書かないと「鰌」ではバツになります。さらに、「鰍」(準1級配当)は普通「かじか」や「いなだ」ですが、「どじょう」を指す場合もあります。

 ●覿面(テキメン)

 「蛮僧の治療の効は、覿面に現れた。劉大成は、その日から、ぱったり酒が飲めなくなったのである。」

 →効果や報いがすぐに現れるさま。「覿」は1級配当で「テキ」「あ・う」「まみ・える」。熟語に「天罰覿面」(テンバツテキメン=天網恢恢)があります。必須です。ちなみに「効」は表外訓みで「しるし」「ききめ」。

 ●双(ソウビン)、纔かに(わずかに)、《顳顬》(こめかみ)

 「色光沢の悪い皮膚が、脂じみたまま、険しい顔の骨を包んで、霜に侵された双が、纔かに、顳顬の上に、残っているばかり、一年の中に、何度、床につくか、わからない位だそうである。」

 →「」(JIS第4水準9321)は「鬢」の異体字。「鬢」は頭の左右側面の耳際にある髪のこと。びんずら。「風鬟雨鬢」(フウカンウビン=雨も嵐も乗り越えて)、「鬢乱釵横」(ビンランサイオウ=女性のしどけない寝姿)、「鬢雪」(ビンセツ=白髪)などがあります。

 →「わずかに」は「僅かに」「錙かに」「銖かに」「釐かに」「毫かに」などがあります。「纔」は1級配当で「サイ」。音符の覚え方は「クロヒメンテン」(2007年12月18日付の日記「お富の貞操」を参照)。

 →ウィキペディアによりますと、「こめかみ(顳顬({需+頁}=JIS第3水準9406)、《蟀谷》とも)とは、頭の両側の目尻の後、目と耳のつけ根のほぼ中間にある、皮膚のすぐ下に骨(側頭骨)のある場所のこと。こめかみから下顎までを結ぶ側頭筋という筋肉があり、顎の動きに連動してこめかみが動く。『こめかみ』の語は、物を噛むとこの部分が動くことから『米噛み』に由来するもの。米以外のものを噛んでも動くが、これを『米噛み』という理由として、日本の主食が米であったことや、かつては固い生米を食べており、よく噛む必要があったことなどが挙げられる。漢字の《蟀谷》は中国語の『こめかみ』を意味する語をそのまま導入したもの。「蟀」はコオロギのことであるが、この字が使われる理由は不詳である」とあります。
 ともに1級配当漢字です。音読みは「ショウジュ」。書けるようにしましょう。

 ●迭に(かたみに)

 「して見ると、貧病、迭に至るのも、寧劉にとっては、幸福と云うべきである。」

 →代わって。代わりばんこに。少し変った表現であまり用例は存りません。「更迭」にあるように「迭」(2級配当)は「か・わる」と訓みます。「かたみに」は「互に」で、一種の宛字でしょうか。ちなみに、「寧」は表外読みで「むしろ」。


 【野呂松人形】


 ●《歩衝》(ついたて)
 「舞台と云うのは、高さ三尺ばかり、幅二間ばかりの金箔を押した歩衝である。」

 →熟字訓ですが、普通は《衝立》と書きます。ちょっと珍しい。

 ●《左手》(ゆんで)・《右手》(めて)
 
 「すると、大名の人形が、左手を小さ刀の柄にかけながら、右手の中啓で、与六をさしまねいで、こう云う事を云いつける。」

 →左手に持つのは弓。右手に持つのは馬の手綱。したがって、左手は《弓手》、右手は《馬手》とも書きます。鎌倉武士の騎射三物(流鏑馬、笠懸、犬追物)では、基本のスタイルですね。


 【猿】


 ●《艙口》(ハッチ)

 「勿論、唯事ではありません。何にも事情を知らない私たちは、艙口を上りながら、互に『どうしたのだろう』と云い交わしました。」

 →貨物船の揚搭口。船艙内外に貨物を出し入れする際に開閉する四角い部分をいう。「ソウコウ」と音読みもする。英語の「hatch」を当てた。「艙」は1級配当で「ふなぐら」。

 ●《浮標》(ブイ)

 「身体検査ですから、勿論、皆、裸にさせられるのですが、幸、十月の始で、港内に浮んでいる赤い浮標に日がかんかん照りつけるのを見ると、まだ、夏らしい気がする時分なので、これはそう大して苦にもならなかったようです。」

 →艦船を海上で繋ぎ止める浮きのこと。「フヒョウ」と音読みもする。英語の「buoy」を当てた。港湾内で岸壁に着岸せず、沖のブイに船体を繋いで停泊することもある。かつては大型艦船の大半がブイに係留された。小型船が艦と岸を行き来して人やら荷物やらを運ぶ。

 ●贓品(ゾウヒン)

 「その中に、やっと、私と同じ候補生の牧田と云う男が、贓品を見つけました。時計も金も一つになって、奈良島と云う信号兵の帽子の箱の中に、あったのです。」

 →盗品、詐欺、その他犯罪行為によって不法に手に入れた財物。「贓物」(ゾウブツ)、「賍品(しょうひん)」ともいう。「贓」は1級配当で、「わいろ」の意味もあります。「贓吏」(ゾウリ=賄賂をむさぼる役人)があります。1995年に刑法が改正され、「贓物罪」が「盗品等関与罪」に改められました。贓物罪・盗品罪は「贓物であることを知りながらこれを取得し、運搬し、保管し、または取引の周旋をする罪。盗品等に関する罪。盗品など(贓物)の、無償での譲り受け(収受)、運搬、保管(寄蔵)、有償での譲り受け(故買)、有償の処分についての斡旋(牙保)をすることにより成立する罪」。法律界からも消えつつあることばですが漢検の試験では偶に出ます。ちなみに「貝偏」を取った音符の「臧」は1級配当で、「ゾウ・ソウ」「よ・い」。「臧否」(ゾウヒ・ソウヒ=物事の善悪・是非)があります。類義語は「淑慝」(シュクトク)。「蔵」の旧字は「藏」です。

 ●驍名(ギョウメイ)

 「殊に、今でも眼についているのは、副長の慌て方で、この前の戦争の時には、随分、驍名を馳せた人だそうですが、その顔色を変えて、心配した事と云ったら、はた眼に笑止な位です。」

 →天下にとどろく勇ましく強いという評判や名声。「驍」は1級配当で「ギョウ」、「ひときわ優れた馬」の意味もあります。「驍勇」「驍雄」(以上ギョウユウ)もあります。

 ●鸚哥(いんこ)、羽搏き(はばたき)

 「…ロオプに吊ってある籠の中で、鸚哥が、気のちがったように、羽搏きをするやら、まるで、曲馬小屋で、火事でも始まったような体裁です。」

 →音呼とも書く。人のことばを真似る能力を持っている鳥ですが、インコとオウム(鸚鵡)の分類の違いはよく分かりません。鸚哥の字は14世紀ごろ鎌倉時代あたりに輸入された漢語のひとつのようです。難読語の「背黄青鸚哥」は「セキセイインコ」。「鸚」は1級配当で「オウ・イン」「おうむ」。「哥」は1級配当で「カ」「うた」「うた・う」。

 →「搏」は1級配当で「う・つ」「はばた・く」。音読みは「ハク」。「脈搏」(ミャクハク)、「搏撃」(ハクゲキ)、「搏戦」(ハクセン)などがあります。手偏をとった音符(甫+寸)はなかなか艱しいですが、「榑」「膊」「傅」があります。

 ●禁錮室(キンコシツ)

 「奈良島は、その日一日、禁錮室に監禁されて、翌日、浦賀の海軍監獄へ送られました。」

 →罰としてとじ込めておく部屋のこと。禁錮は禁固とも書く。「錮」は1級配当で「コ」、「ふさ・ぐ」「とじこ・める」。故事成語に「党錮之禍」(トウコノワザワイ)があります。後漢末に官宦(カンガン)がのさばる政権の転覆を図って、気概のある志士がグループを作り烽起したが失敗し、逆に終身禁固刑に処せられた事件があります。徒党を組む行動には危険が付きまとうことを喻える。「なかなか治らない病気、長患い」のことを「痼疾」(コシツ)と言いますが「錮疾」とも書きます。

 

【尾形了斎覚え書】

 ●屹度(きっと)

 「私見聞致し候次第を、逐一公儀へ申上ぐ可き旨、御沙汰相成り候段屹度承知仕り候。」

 →確かに。必ず。当て字。「佶度」「急度」とも。「屹」は1級配当で、「キツ」「そばだ・つ」。「屹立」(キツリツ)、「屹然」(キツゼン)があります。高くそびえるという意味の「そばだつ」ではほかに、「聳つ」「崛つ」「峙つ」「仄つ」「岨つ」があります。

 ●砌(みぎり)

 「与作病死の砌より、専ら切支丹宗門に帰依致し、隣村の伴天連ろどりげと申す者方へ、繁々出入致し候間、…」

 →元々、瓦や石の端を切り揃えて重ねた階段のことですが、日本に入って「頃」「折」など時節を表す意味に転じました。「砌」は1級配当で、音読みは「セイ」。「砌下」(セイカ)は手紙の宛名の側に書き添えて敬意を表すことばです。軒下の雨だれを受ける敷石のことも指します。

 ●義絶(ギゼツ)

 「…ただいまにては、親類縁者とも義絶致し居り、追っては、村方にても、村払ひに行う可き旨、寄り寄り評議致し居る由に御座候。」

 →肉親、縁者、君臣らとの縁を絶つこと。類義語は「勘当」「義断」「不幸」(フキョウ)。

 ●讃頌(サンショウ)

 「右、はるれやと申し候は、切支丹宗門の念仏にて、宗門仏に讃頌を捧ぐる儀に御座候由、篠、其節枕辺にて、泣く泣く申し聞かし候。」

 →「讃」も「頌」もほめたたえること。「讃」は準1級配当で「賛」の書き換え。「頌」は1級配当で「ショウ・ジュ」「ほ・める」。新春の賀詞である「頌春」(ショウシュン)は「コウシュン」と読み間違いやすいですね。「偈頌」(ゲジュ)、「頌偈」(ジュゲ)は、仏徳を賛美した教理を説く詩のこと。

 ●《加之》(しかのみならず)

 「加之、右紅毛人の足下には、篠、髪を乱し候儘、娘里を掻き抱き候うて、失神致し候如く、蹲り居り候。」

 →そればかりでなく。それに加えて。漢文訓読体の基本用語で、順接の接続詞の一つ。このほか、「是以」(ここをもって)=以下、確定条件の関係を示す、「依之・依是・因之・因斯」(これによりて)、「然者」(しかれば)。逆接では「雖而・雖然」(しかりといえども) 、然而(しかれども)。転説では「而間・然間」(しかるあいだ)などがあります。有名なのが「就中」(なかんずく)、「以為」(おもえらく)、「有頃」(しばらくありて)。

 ●《懺悔》(こいさん)

 「今朝、伊留満共相従え、隣村より篠宅へ参り、同人懺悔聞き届け候上、一同宗門仏に加持致し、或は異香を焚き薫らし、或は神水を振り濺ぎなど致し候所、…」

 →懺悔は「過去のあやまちを悔い改めること」類義語は「改悛」(カイシュン)。「こいさん」を当てていますが、ポルトガル語で「コンヒサン」「コヒサン」があるのでこれでしょう。「いとはん」「こいさん」のこいさんではないですよね。「懺」は1級配当で「ザン・サン」「く・いる」。懺悔は仏教界では「サンゲ」といいます。りっしん偏をとった音符は艱しいですが、いずれも1級配当漢字で、「籖」(セン、くじ)→「抽籤」(チュウセン)、「当籤」(トウセン)、「殲」(セン、つ・くす)→「殲滅」(センメツ)、「殲撲」(センボク)、「孅」(セン、かよわ・い)→「孅介」(センカイ)、「讖」(シン、しるし)→「讖緯」(シンイ)、「図讖」(トシン)があります。「懺」が「ザン」、「讖」が「シン」以外は「セン」と読むことに注意しましょう。同じ音符で微妙に違うのは覚えにくいですな。
 「焚き薫らし」は「たきくゆらし=香りをだす」、「濺ぎ」は「そそぎ=注ぐ」と読みます。

 ●瘴気(ショウキ)

 「多くは、酒毒に中り、乃至は瘴気に触れ候者のみに有之、里の如く、傷寒の病にて死去致し候者の、還魂仕り候例は、…」

 →熱病を起こさせるという山川の毒気。瘴毒ともいう。マラリアの原因とも考えられた。「瘴」は1級配当で「瘴癘」(ショウレイ)は、南方湿地帯で発生するマラリアなどの熱病のこと。

 

【運】

 ●壺装束(つぼショウゾク)

 「清水へ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓をかけた法師が通る。壺装束をした女が通る。その後からは、めずらしく、黄牛に曳かせた網代車が通った。」

 →平安期以降の公家・武家女性の外出スタイル。袿(うちぎ)や衣(ころも)を、腰のあたりを絎紐でからげて、裾を短く折り重ねて踝まで上げて着ることから、名がついた。市女笠(いちめがさ)や被衣(かずき)をかぶるとばっちり旅装束が完成する。《黄牛》は「あめうし」で飴色の毛色の牛のこと。《網代》車は、牛車(ぎっしゃ)の一種。車の屋形に竹または檜(ひのき)の網代を張ったもの。四位・五位・少将・侍従は常用とし、大臣・納言・大将は略儀や遠出用とする。王朝物の情趣をたっぷり醸し出していますなぁ。

 ●《績麻》(うみそ)、(みせ)

 「『今、西の市で、績麻のを出している女なぞもそうでございますが。』」

 →紡いだ麻糸。細く裂いて糸として搓った麻糸。「うみお」ともいう。《績苧》とも書く。
 →1級配当漢字である「廛」(テン、みせ・やしき)の異体字。配当外でJIS第3水準9284。「肆廛」(シテン=店舗)、「廛宅」(テンタク=人民の住宅)などの熟語があります。

 ●《襤褸》(つづれ)

 「そこで、あの容貌のよい、利発者の娘が、お籠をするにも、襤褸故に、あたりへ気がひけると云う始末でございました。」

 →破れた部分をつぎはぎした、つづった衣服。ぼろの衣服。熟字訓問題では頻出。音読みも「ランル」。いずれも1級配当漢字で、それぞれ一字でも「つづれ」と訓み、この漢字でしか使いません。諺に「昨日の錦、今日の襤褸」があり、世の中の栄枯盛衰のはげしいさまを喻えたものです。「昨日の襤褸、今日の錦」と逆にしてもOK。「公家にも襤褸」は「身分が高くても着るものには気を使いなさい」。反対は「馬子にも衣装」。

 ●疋(ヒキ)

 「さて形ばかりの盃事をすませると、まず、当座の用にと云って、塔の奥から出して来てくれたのが綾を十疋に絹を十疋でございます。」

 →織物を数える単位で、一疋は布二反のこと。日本では鯨尺で五丈六尺(22.6~25メートル、用途・品目で違うので幅がある)。「匹」とも書く。

 ●《皮匣》(かわご)

 「綾や絹は愚かな事、珠玉とか砂金とか云う金目の物が、皮匣に幾つともなく、並べてあると云うじゃございませぬか。」

 →《皮籠》のこと。皮や竹で編んだはこ。ぴったりしまるふたがついている。「匣」は1級配当で「コウ」「はこ・くしげ」。「妝匣」(ソウコウ・ショウコウ)は「化粧道具を入れるはこ」。「はこ」もいろいろあって、「篋」「筥」「筺」「筐」「櫃」「匚」「笥」「匱」など。このほか、「匳」(=奩)は「レン、くしげ」と読んで、化粧道具を入れる小箱のこと。「妝匳」(ショウレン・ソウレン)は妝匣と同じ。

 ●肚胸(トむね)

 「これにはああ云う気丈な娘でも、思わず肚胸をついたそうでございます。」

 →「肚」は1級配当で「ト」「はら」。「肚裏」(トリ=心の中、心中)で使う。度胸、胆力の意味があり、「肚胸をつく」は「怖気づく、びびる」くらいの意味でしょうか。「肚胸」は重箱読みですね。「肚胸がある」だと「度胸がある、肝っ玉が太い」。

 ●《海鼠》(なまこ)

 「見ると、人間とも海鼠ともつかないようなものが、砂金の袋を積んだ中に、円くなって、坐って居ります。」

 →棘皮(キョクヒ)動物門ナマコ綱に属する海洋生物。体は円筒形で体全体に肬のような突起が覆っている。食用ですが、ふにゃふにゃしてゴムの食感で、味のほどは?老婆を喻えるのにナマコを持ち出した芥川のセンスには脱帽します。ちなみに《海鼠腸》は「このわた=ナマコのはらわたを塩漬けにした食べ物、冬の季語」、《海鼠子》は「このこ=ナマコの卵巣を干した食べ物」です。「海」系熟字訓が登場しましたが、これからもお目にかかるでしょうから、きょうは触れません。(「河」系熟字訓は2008年1月18日付日記「父」を参照)
 
 ●《炊女》(みずし)

 「どうも話の容子では、この婆さんが、今まであの男の炊女か何かつとめていたらしいのでございます。」

 →飯炊き女。かしぎめ。要は、お手伝いさん、家政婦・賄い婦か。江戸時代の飯盛り女なら、売春婦も兼ねていたのですが、遉に婆さんではねぇ、それはちょっとないでしょ…。「炊」は3級配当漢字ですが、「かし・ぐ」と表外読みがあります。四字熟語に「炊金饌玉」(スイキンセンギョク=御馳走)、熟語に「飯盒炊爨」(ハンゴウスイサン)があり。

 【道祖問答】

 ●褊袗(ヘンサン)??

 「阿闍梨は褊袗の襟を正して、専念に経を読んだ。」

 →これは「褊衫」(ヘンサン)の誤りではないでしょうか?「袗」は「シン」とは読みますが、「サン」とは読みません。以前、《汗衫》(かざみ→芥川は《汗袗》と書いています)のときも書いたのですが(2008年1月11日付日記「羅生門」参照)、大胆な仮説として、芥川は「衫」と「袗」を混同しているのかもしれません。この二つの漢字は非常によく似ているので迚も間違いやすいのは慥かですから。ただ、音符を見ると「衫」は「さんづくり」(「杉」もそう)なので「サン」。一方、「袗」は、「畛」(シン)、「軫」(シン)、「疹」(シン)、「診」(シン)、「趁」(チン)、「珍」(チン)(シンが100%でないので艱しいですが)、「シン」と読めます。別のことばで「■布衫」(ソウフサン、■=白+十)は、「サン」と読んでいるのですがね(2008年1月19日付日記「酒虫」参照)。そう言えば芥川は「祟」と「崇」を混同していましたね(2008年1月17日付日記「ひょっとこ」参照)。単に芥川の揚げ足を取っているのではありません。漢字は事程左様に微妙で艱しいなと、改めて奥深さに思いを馳せ、気持ちを引き締めているのです。でも、たとえ誤りでもこれだけ学べるから芥川の語彙は侮れませんよ。
 肝心の意味を忘れていました。「褊袗」(原文儘)は「僧衣の一つ。左肩から右脇にかけて上半身をおおう法衣。下半身に裙子(クンス)をつける。転じて、僧衣の意味」。「偏衫」とも書く。「ヘンザン」という訓みもあるようです。「褊」は1級配当で「ヘン」、訓読みは「せま・い」。

 ●《道祖神》(さえのかみ)

 「――が、道祖神は答えない。切り燈台のかげに蹲ったまま、じっと頭を垂れて、阿闍梨の語を、聞きすましているようである。」

 →悪霊の侵入を防ぎ、道路の安全や旅人を守る神。「さえぎる」の「さえ」から来ている。さいのかみ(賽の神)とも。「ドウソジン」と音読みもする。芭蕉の「奥の細道」の序文に、「そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず」と、道祖神に誘われるかのようにみちのく紀行に出かけた思いを吐露しています。

 

【忠義】

 ●忠諫(チュウカン)、苦諫(クカン)

 「彼が『板倉家の大久保彦左』などと呼ばれていたのも、完くこの忠諫を進める所から来た渾名である。」

 「だから、林右衛門は、爾来、機会さえあれば修理に苦諫を進めた。」

 →「忠諫」は、真心をもっていさめること。部下として忠義心から上司にする諫言。「苦諫」は苦言を呈すること。「諫」は1級配当で、「カン」「いさ・める」。熟語は多くあり、「諫言」「諫止」「諫臣」「諫諍」「強諫」「極諫」「切諫」「直諫」「諷諫」「至諫」……きりがないですな。諺に「諫言耳に逆らう」があり、「耳に痛い言葉はなかなか受け入れにくい、または相手に受け入れてもらえないということ」。要は「良薬苦於口」ですね。

 ●病緩(ビョウカン)

 「既に病気が本復した以上、修理は近日中に病緩の御礼として、登城しなければならない筈である。」

 →病気が小康を得て持ち直すこと。病間ともいう。「本復」(ホンプク)は病気が完全に治ること。全快。「病緩」「本復」「全快」は広い意味での類義語と言えるかもしれません。

 ●〔殷鑑遠からず〕(インカンとおからず)

 「万一それから刃傷沙汰にでもなった日には、板倉家七千石は、そのまま『お取りつぶし』になってしまう。殷鑑は遠からず、堀田稲葉の喧嘩にあるではないか。」

 →超有名な故事成語。成語林によりますと、(「殷」は中国古代の王朝名。「鑑」は、「かがみ・手本」。悪政を行って滅びた「殷」が手本とすべきは遠い時代に遡らなくても、一つ前の王朝の「夏」にあるというところから)失敗の前例は遠くに求めなくても身近なところにあるから、それをいましめとせよということ。出典は、詩経「大雅・蕩」これまでも何度か暴君の代名詞で登場している「夏の桀王」と「殷の紂王」ですな(2008年1月19日付日記「酒虫」、同20日付参照)。紂王の反面教師は、すぐ前の桀王がいたのに歴史を繰り返してしまった。

 ●放肆(ホウシ)
 
 「彼はそこで、放肆を諫めたり、奢侈を諫めたりするのと同じように、敢然として、修理の神経衰弱を諫めようとした。」

 →勝手気儘。我が儘。類義語は「放佚」「放逸」「放恣」「放埒」。「肆」は1級配当で「シ」「ほしいまま」「みせ」。「肆意」(シイ)、「驕肆」(キョウシ)、「肆虐」(シギャク)、「肆奢」、(シシャ)、「肆然」(シゼン)など多くあります。「みせ」でも「魚肆」(=魚屋)、「酒肆」(=酒屋)、「書肆」(=肉屋)、「店肆」(=みせ)などがあります。頻出語です。「ほしいまま」では、「驕」「侈」「亶」「蕩」「淫」「宕」「誕」「放」「専」「擅」「縦」「恣」があります。「奢侈」(シャシ)はぜいたくなこと。上司の精神的な病を諫めるのはいかがかと思いますが、だからこそ「敢然として」なのでしょう。

 ●瑕瑾(カキン)

 「ことに、板倉本家は、乃祖板倉四郎左衛門勝重以来、未嘗、瑕瑾を受けた事のない名家である。」

 →きず。欠点。短所。ともに1級配当で「瑕」は「カ」「きず」、「瑾」は「キン」「美しい玉」。王偏・k音の連続でビジュアル的にもサウンド的にもきれいなことばなのですが、きずなので「瑾」を用いるのは誤用とされています(漢検では間違いではない)。本来は「瑕釁」(カキン)と書きます。「釁」はちょっと艱しいですが1級配当で「キン」「ちぬ・る」。物の壊れた割れ目などを意味します。「釁」が書けるようになったら一人前でしょう。ほかに「瑕疵」(カシ)、「瑕穢」(カアイ)があり、いずれも「きず・欠点」。「乃祖」は「ダイソ・ナイソ」で「汝の祖父。祖先。先祖」。

 ●権柄(ケンペイ)

 「病弱な修理は、第一に、林右衛門の頑健な体を憎んだ。それから、本家の附人として、彼が陰に持っている権柄を憎んだ。最後に、彼の『家』を中心とする忠義を憎んだ。」

 →尊大。傲慢。横柄。権力をもって人を威圧するさま。多くは「権柄ずく(漢字は尽く)」と言う成句で使います。「力ずく」「腕ずく」「金ずく」などの接尾語の「ずく」(~に物を言わせて)です。「権柄ずくで屈服させた」(権力に物を言わせて…)などのように使います。権力者の庇護のもとで「虎の威を借る狐」ですな。また、「権柄晴れて」というのもあって、「天下晴れて公然と」という意味です。

 ●粗匆(ソソウ)、〔愁眉を開く〕(シュウビをひらく)

 「が、別に殿中では、何も粗匆をしなかったらしい。宇左衛門は、始めて、愁眉を開く事が出来るような心もちがした。」

 →「粗匆」は「ソソウ」で「粗相=しくじり」のこと。「匆」=「怱」ですから「粗怱」(ソソウ)もありです。この「粗怱」に迚もよく似ていることばで「粗忽」がありますが、こちらは「ソコツ」と読みます。意味は「そそっかしいこと」ですから、全く無関係というわけでもありませんね。「怱」「忽」の違いは「点」のあるなしです。点のある方が「ソウ」。「忽」は「忽然」(コツゼン)の「コツ」。したがって「ソウテン(争点)」と私は覚えました。「匆」「勿」でも同じです。「勿」は「物」と同じ音符で「ブツ」「なかれ」。

 →うれえて眉を寄せていたが、心配事などがなくなってほっと安堵すること。「愁眉」は後漢の頃、都の洛陽の婦女が化粧のため、うれえを帯びるように細く曲がった眉を描いたことから云う。出典は劉兼の詩「春遊」の一篇から。反対は「眉を顰める」(まゆをひそめる=怪訝)。

 ●魚籃(ギョラン)

 「第二に、五月上旬、門へ打つ守り札を、魚籃の愛染院から奉ったのを見ると、御武運長久御息災とある可き所に災の字が書いてない。」

 →「魚籃観音」の略。三十三観音の一つ。手に魚籃(魚籠)を持つか、魚の背に乗っている。この観音には故事があって、唐の憲宗の時代、魚商をしていた美女が、法華経をよく読誦する者に嫁することを決意し、それを実行したある天才青年の妻となった。美女はまもなく歿したが、実は彼女は観音の化身だったことが分かり、のちに人々の信仰を集めるようになったといいます。特に漁業関係者からは深い信仰をあつめ、恵比寿とともに魚に関係する福の神として敬われているようです。筒井康隆の「魚籃観音記」は、孫悟空と観音様のSEXを描いた破天荒なSFポルノ小説です。ちなみに《魚籃》は熟字訓で「びく」と訓みます。

 ●将星(ショウセイ)

 「昨夜天文を見ますと、将星が落ちそうになって居ります。どうか御慎み第一に、御他出なぞなさいませんよう。」

 →古代の天文学で大将になぞらえた星のこと。転じて将軍そのものを指すこともある。歴史シミュレーションゲームソフトに「信長の野望・将星録」(版元はKOEI)というのがあります。プレーヤーは戦国大名になりきって天下統一を目指します。ちょっと古いです。

 ●劬る(いたわる)

 「中でも松平兵部少輔は、ここへ舁ぎこむ途中から、最も親切に劬ったので、わき眼にも、情誼の篤さが忍ばれたそうである。」

 →「劬」は1級配当で「ク」「つか・れる」「せっせとはたらくさま」。いたわるという意味は少し珍しい。「劬労」(クロウ)、「劬劬」(クク)があります。有名な故事成語に「哀哀たる父母、我を生みて劬労す」(出典は詩経「小雅・蓼莪」)があります。意味は「いたましくも気の毒に父母は私を生み育てるのに大変な苦労をされたこと甚だしい。それなのに、ああ父母はもうこの世にはなく、成長した自分が何の孝養もできなかったのは口惜しいかぎりだ」と嘆じた詩の一説です。もちろん「劬労」は「苦労」のこと。「舁ぎこむ」は「かつ・ぎこむ」。「舁」は「駕籠舁き」(かごか・き)にも使われる1級配当漢字です。

 ●《時鳥》(ほととぎす)

 「が、男は、物々しい殿中の騒ぎを、茫然と眺めるばかりで、更に答えらしい答えをしない。偶々口を開けば、ただ時鳥の事を云う。」

 →ホトトギス科の鳥。背面は白地に黒の横斑がある。ウグイスに托卵(卵の煦嫗から子育てを他人委せにする)する。鳴き声は「テッペンカケタカ」「トッキョキョカキョク」。季語は夏。漢語や異名が多いことでも知られ、《沓手鳥》《蜀魂》《不如帰》《杜鵑》《子規》《杜宇》《田鵑》《霍公鳥》《蜀魄》など。《郭公》(かっこう)を当てる例も多いです。「鵑」は一文字で「ほととぎす」。1級配当漢字で、音読みは「ケン」。《杜鵑花》(さつき)にも用います。

 【貉】

 ●貉(むじな)

 「書紀によると、日本では、推古天皇の三十五年春二月、陸奥で始めて、貉が人に化けた。」

 →アナグマ・タヌキの別称。「狢」とも書きます。民話や古典に登場しますが、人を化かす半妖怪として描かれることが多い。いずれも1級配当で音読みは「カク」。成句に「同じ穴の貉」「一つ穴の貉」→無関係に見えるが実は同類の悪者であるということ。四字熟語に「大貉小貉」(ダイバクショウバク=野蛮人に喻えた為政者)があります。「バク」と読むことに注意しましょう。「貉(むじな)偏」の漢字は他に、「豺」(やまいぬ)、「豹」(ひょう)、「貂」(てん)、「貎」(しし)、「貘」(ばく)などがあります。

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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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