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巫山戯るな!「崇」と「祟」は間違いやすいぜ〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕④

 芥川転載シリーズは4回目です。「川」の章に入ります。

 [「川」の章]

 【老年】

 ●一中節(いっちゅうぶし)

 「橋場の玉川軒と云う茶式料理屋で、一中節の順講があった。」

 →浄瑠璃の一種。国の重要無形文化財。ウィキペによりますと、「初代都太夫一中(1650年~1724年)が元禄から宝永ごろにかけて京都において創始した。先行する浄瑠璃の長所を取入れ、当時勃興してきた義太夫節とは逆に、温雅で叙情的な表現を目指したところに特色がある。三味線は中棹を用い、全体的に上品かつ温雅、重厚を以てその特徴とする。当初は上方の御座敷浄瑠璃として出発し、世人にひろく愛好されたが、後に江戸に下って歌舞伎の伴奏音楽としても用いられた。その後、ふたたび主として素浄瑠璃専門となって現代に至っている。上方では早く衰退し、現在では東京を中心に伝承されている。一中節自体ははやい時期に細い流れとなってしまったが、ここから出た豊後節および豊後節三流が邦楽に与えた影響ははかりしれない」とあります。あまり造詣が深くないのでこの辺で…。

 ●毛氈(モウセン)

 「その前へ毛氈を二枚敷いて、床をかけるかわりにした。鮮やかな緋の色が、三味線の皮にも、ひく人の手にも、七宝に花菱の紋が抉ってある、華奢な桐の見台にも、あたたかく反射しているのである。」

 →獣毛に熱や圧力を加えて、繊維を織物のように仕上げたもの。フェルト状で、敷物用。文中にあるように「鮮やかな緋色」をしているのが一般的。「氈」は1級配当で、「毛織の敷物、けむしろ」。熟字訓に《氈鹿》(かもしか)があります。音符は「セン」で、「羶」(なまぐさ・い=『羶血』<センケツ>『葷羶』<クンセン>)、「顫」(ふる・える=『顫動』<センドウ>)。「抉」は1級配当で、「えぐ・る」、「華奢」は「キャシャ」。覚えましょう。

 ●本卦返り(ホンケがえり)

 「隠居は房さんと云って、一昨年、本卦返りをした老人である。」

 →数えで六十一歳になること。還暦を迎え、生まれた年の干支に戻ること。「本卦帰り」ともいう。魔除けの「赤いちゃんちゃんこ」を羽織って赤ちゃんに戻るのです。「帯久」という落語では、この「本卦」と「本家」を引っ掛ける落ちがあります。「卦」は「カ・ケ」で準1級配当。卜形(うらかた)。易で吉凶を判断するもととなるもの。「卦体」(ケタイ=卜いの結果)、「有卦に入る」(ウケにいる=当分続きそうなよい運にめぐり合う。幸運に見舞われること)はよく出ます。「カ」と読むケースは「卦辞」(カジ=八卦を組み合わせた六四卦を説明した言葉)、「卦兆」(カチョウ=卜いに現れた形。卜形)。

 ●《刀柏》(なぎ)、高野槙(コウヤまき)

 「長い廊下の一方は硝子障子で、庭の刀柏や高野槙につもった雪がうす青く暮れた間から、暗い大川の流れをへだてて、対岸のともしびが黄いろく点々と数えられる。」

 →《刀柏》は当て字。マキ科の常緑高木。葉はタケに似るが厚くて光沢がある。樹皮はなめらかで紫褐色を帯びる。通常は、「梛」(1級配当、音読みは「ダ・ナ」)、もしくは《竹柏》と書きます。ウィキペによりますと、「熊野神社では神木とされ、また、その名が凪に通じるとして特に船乗りに信仰されて、葉を災難よけにお守り袋や鏡の裏などに入れる俗習がある。造園木としても利用される」とある。
 →「高野槙」はマツ目のコウヤマキ科の常緑針葉樹。庭園に植栽され、材木としても使う。高野山では霊木とされる。秋篠宮悠仁親王の御印とされましたね。やはりここでも登場した芥川の小道具の植物。江戸情緒たっぷりの中にぴりりと神木・霊木が空気を引き締めます。

 ●薮柑子(やぶコウジ)

 「きこえるのは、薮柑子の紅い実をうずめる雪の音、雪の上にふる雪の音、八つ手の葉をすべる雪の音が、ミシン針のひびくようにかすかな囁きをかわすばかり、話し声はその中をしのびやかにつづくのである。」

 →ヤブコウジ科の常緑小低木。冬に紅い実をつける。正月の縁起物として、「万両」(マンリョウ、ヤブタチバナ)、「千両」(センリョウ、クササンゴ)、「百両」(カラタチバナ)、「一両」(アリドオシ)(いずれも紅い実をつける)になぞらえて、ヤブコウジは「十両」とも称される。落語の「寿限無」で「やぶらこうじのやぶこうじ(ORぶらこうじ)」とある。漢語から来ている《紫金牛》との当て字もあります。これは熟字訓問題で出そう。

 ●白交趾の水盤(はっコオチンのスイバン)
 「三尺の平床には、大徳寺物の軸がさびしくかかって、支那水仙であろう、青い芽をつつましくふいた、白交趾の水盤がその下においてある。」

 →交趾は「交趾焼」で、「コーチ」ともいう。ウィキペによりますと、「陶磁器の一種でベトナムの交趾郡とも中国南部の産ともいわれる。コーチシナ(交趾支那)との貿易による交趾船によりもたらされた焼き物と言われる。正倉院三彩などの低火度釉による三彩、法花とよばれる中国の元時代の焼き物、黄南京と呼ばれる中国の焼き物や清の時代の龍や鳳凰が描かれた焼き物も広い意味では交趾焼であろう。総じて黄、紫、緑、青、白、などの細かい貫入の入る釉薬のかかった焼き物の事をさす」。水盤は、高さがない、平たい形状の花器のこと。花を生ける。芸術至上主義の芥川の面目躍如ですな。

 【ひょっとこ】

 ●舳(みよし)

 「そして、舳には、旗を立てたり古風な幟を立てたりしている。」

 →船首のこと。《舳先》(へさき)。以前(07年12月29日付日記の「湖南の扇」を参照)にあった「艫」(へさき)と同じ意味です。この時も書いたのですが、普通は「舳」が「へさき」で、「艫」が「とも」。芥川は両方とも船首の意味で使っていますね。整理すると、「舳」が船首で「へさき」「みよし」。「艫」が船尾で「とも」。ただし、中国古典では逆に使うこともあるようです。ややこしい。四字熟語は「舳艫相銜」(ジクロあいふくむ=多くの船が前後に連なって進むさま)。

 ●櫓(ろ)、棹(さお)
 
 「紅白の幕に同じ紅白の吹流しを立てて、赤く桜を染めぬいたお揃いの手拭で、鉢巻きをした船頭が二三人櫓と棹とで、代る代る漕いでいる。」

 →「櫓」も「棹」も船を操る道具のこと。「櫓」(準1級配当)は、「艪」(1級配当)とも書く。「艪臍」(ろべそ)という棒状の部材に装着され、長大な柄の先に翼断面を持つ板が、下向きの角度を付けて取り付けられる。漕ぐわけです。熟語には、「櫓声」(ロセイ=舟を漕ぐ櫓の音)があります。「やぐら」ともよみます。「火の見櫓」の「やぐら」です。
 「棹」(1級配当)は、「さおさ・す」と訓みます。船を操るための長い棒。水底に突き立てて船を進めたり、方向を変えたりする。「櫂」(かい)のことです。熟語に「棹歌」(トウカ=ふなうた)、「棹郎」(トウロウ=船頭)があります。漱石の「草枕」の冒頭の「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ」で有名。ただし、流れに乗るという意味で、流れに逆らう意味ではないことに注意しましょう。棹は、三味線の柄の部分。三味線や箪笥を数える単位も棹です。
 さて問題。操るのは「櫓」と「棹」のどちらが難しいのでしょうか?諺に〔櫓三年に棹八年〕があります。軍配は「棹」ですね。

 ●舷(ふなばた)
 
 「ただ、いい加減に、お神楽堂の上の莫迦のような身ぶりだとか、手つきだとかを、繰返しているのにすぎない。それも酒で体が利かないと見えて、時々はただ、中心を失って舷から落ちるのを防ぐために、手足を動かしているとしか、思われない事がある。」

 →船端。船縁。準1級配当。音読みは「ゲン」。「右舷」(ウゲン)、「左舷」(サゲン)。「舷梯」(ゲンテイ)はタラップのこと。〔舷舷相摩す〕(ゲンゲンあいます=船いくさの烈しい様子)。

 ●《雀斑》(そばかす)
  
 「山村平吉はおやじの代から、日本橋の若松町にいる絵具屋である。死んだのは四十五で、後には痩せた、雀斑のあるお上みさんと、兵隊に行っている息子とが残っている。」

 →《雀卵斑》《蕎麦滓》とも書く。「ジャクハン」と音読みすることも。人の顔に出来る茶褐色の細かい斑点のこと。熟字訓では基本語。顔にできる物は、「瘢」(しみ)、「靤」、「皰」、《面皰》(以上にきび)、「皺」(しわ)、《汗疣》(あせも)、「黶」(ほくろ)など。

 ●崇る(たた・る)??、仆れる(たお・れる)

 「ところが、その酒が崇って、卒中のように倒れたなり、気の遠くなってしまった事が、二度ばかりある。一度は町内の洗湯で、上り湯を使いながら、セメントの流しの上へ倒れた。その時は腰を打っただけで、十分とたたない内に気がついたが、二度目に自家の蔵の中で仆れた時には、医者を呼んで、やっと正気にかえして貰うまで、かれこれ三十分ばかりも手間どった。」

 →「あることが原因で悪い結果になる」という意味の「たたる」では「祟る」(1級配当、音読みは「スイ」)が正解でしょう。本文の字はよく見てほしい。「崇」(2級配当)は「あがめる」「たっとぶ」という意味です。漢和辞典を見ても「崇」に「たたる」の意味は見当たりません。芥川一流の当て字の一種でしょうか。「たたる」は、「出+示」、「崇」は「山+宗」。慥かによく似ています。実は要注意漢字なのですが、よもや芥川が誤字ということはないですよねぇ?漢検の試験だったら完全にアウトですね。

 →「たおれる」には、「顛れる」「殪れる」「僵れる」「蹶れる」「沛れる」「斃れる」などいろいろあります。「仆」は1級配当で、「ぱたっと前にたおれる」。音読みは「フ」。「仆斃」(フヘイ=ぱたっとたおれて死ぬ)があります。「殪」は「エイ」で、「殪仆」(エイフ=はたとたおれて死ぬ)があります。「斃」は「「ヘイ」で、「からだがだめになってたおれる」。「斃死」(ヘイシ=死ぬこと)があります。「僵」は「キョウ」で「僵仆」(キョウフ=たおれ伏す)があります。「蹶」は「ケツ」で「つまずいてたおれる」。「顛蹶」(テンケツ=つまずく)があります。四字熟語の「造次顛沛」(ゾウジテンパイ=短い時間、とっさに)も覚えましょう。

 ●咎める(とが・める)
 
 「踊りたければ踊る。眠たければ眠る。誰もそれを咎める者はない。平吉には、何よりも之が有難いのである。何故これが難有いか。それは自分にもわからない。」

 →「咎」は1級配当。「とが」「とがめ」とも訓み、音読みは「キュウ」。故事成語に「既往は咎めず」(キオウはとがめず=過ぎ去ったことをあれこれ非難してもどうにもならない。それよりも、此れから先の言動を慎重にすることが大切であるという誨え→出典は「論語」)。四字熟語で「既往不咎」(キオウフキュウ)。「とがめ」は「譴め」(譴責<ケンセキ、1級配当>、「尤め」(準1級配当)があります。「とが」と読む漢字には、「辜」(無辜<ムコ>、1級配当)、「謫」(流謫<ルタク>、1級配当)、「科」(表外訓み)があります。

 ●錺屋(かざりや)、深間(ふかま)
 
 「とうとう一寸逃れを云って、その場は納まったが、後で聞くとやはりその女は、それから三日ばかりして、錺屋の職人と心中をしていた。深間になっていた男がほかの女に見かえたので、面当てに誰とでも死にたがっていたのである。」

 →「錺」は国字で1級配当。金属のかざり。職業屋号の一つである「錺屋」は「仏壇・仏具を美しく飾る装飾金具(錺金具)を作ったり、塗り物に金属装飾を施したりする職人」。

 →「深間」は、男女の仲がのっぴきならない状態になること。もう別れられない。

●《巫山戯》る(ふざけ・る)、中っ腹(チュウっぱら)
 
 「『冗談じゃあねえや。怪我でもしたらどうするんだ。』これはまだ、平吉が巫山戯ていると思った町内の頭が、中っ腹で云ったのである。けれども、平吉は動くけしきがない。」

 →冗談を言うこと。当て字。故事成語に「巫山の夢」(フザンのユメ)、「巫山雲雨」(フザンウンウ)があります。成語林によりますと、「(昔楚の懐王が夢の中で巫山=中国四川省巫山県の東南にある山=の女神と枕をかわした故事があり)男女の情交のたとえ。男女の密会」(出典は宗玉「高唐賦」序)。これをもとに日本人が当て字として作ったとされています。「巫」は1級配当で「フ」「みこ」「かんなぎ」。「巫蠱」(フコ=まじないで人を殺す)、「巫医」(フイ=医者)の熟語があります。

 →怒り。怒りを発散できないでむかむかしていること。気短で威勢がいい。すぐかっとすること。怒る言葉には「業腹」(ゴウはら)もありましたね。

 

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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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