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鈿女式美人の給仕で居心地悪き昼食も久々の海魚に舌鼓=「飛騨の山と越の海」(26)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の26回目は「一二 越中の富山」のその2です。富山市街地まであと28キロです。


 天門中ごろ断ゆるがごとき嶺頭の1)欹崖の辺に立ちて南飛州の山の2)ウンブツを望み、3)チョウユウして終に山を降れば、片掛の村なり、此より富山市に至る僅かに七里、暑甚だしければ一茶亭に入りてラムネを飲み、店前の夕顔棚の4)セイインに憩ふこと少時、偶ま車夫の5)虚車を挽いて富山に還るものあり、僦(やと)うて乗る、路は常に神通河に傍ふて走れり、此辺の村、多く煙草を栽えたり、笹津に至りて、同じ名に呼ぶ釣橋を渡り、川に背いて行く、一6)ラク又た一村、尋常一様田家の風色のみ、大久保町に至りて日は午を過ぎしかば、車夫の誘ふがまゝに怪しげなる小料理屋の店前に7)を卸し、中庭の縁に腰かけて、A)■■(おしろい)の剥げちよろけたる鈿女(うすめ)式美人の給仕にて心地好からぬ昼飯を車夫と共にしたゝめて、復た車に上りぬ、六日の行程、膳に海魚の上りたりしは、此が始めてなりき。


▼和訓語選択

A) 「おしろい」→フンプン・エンカ・テンソク・エンブン・コウクン


空車にのって心地よい富山までの道中はラッキーでした。言われるがままに誘われた怪しげな小料理屋でランチを。そこにいたのは…。「鈿女式美人」というのは麗水独特の用語でしょう。彼の女性の容姿を言い表す言葉です。以前も菩薩式とか内裏式とか言っておりました。恐らく菩薩式というのは最上級の美人で、鈿女式というのは厚化粧の目立つ、ワンランク落ちた美人を言うのでしょう。そんな女将の給仕を受けながらやや居心地悪い昼飯ながら、飛騨道中で初めて六日ぶりに海の魚を食しました。越中・氷見で有名な鰤は聊か季節外れでしょうから、晩夏の旬は何でしょうかね?いずれにせよ日本海の新鮮な魚はうまいですよ!

気がつけば本日より弊blog開設来3年目に突入です。比較的順調にこなしてきましたが、この3年目は試練です。艱難辛苦を乗り越えねばならないでしょう。毎日更新はほぼ無理です。しかし、当初のコンセプトは維持し何とか継続させるつもり。いずれにせよ、常連様であれ、一見様であれ、読者諸氏の粘り強いアクセスだけが心の支えです。

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ああ母上様御免なさい!あの景色に惚れちゃったのよん=「飛騨の山と越の海」(25)


遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の25回目です。いよいよ越中入り。その前に飛騨の道中を振り返り、ああ、もう一度諏訪が谷を訪いたいと念じます。

一二 越中の富山

 飛騨の山水は、余が幾年の醒後、詩後、茶後、夢後の懐に往来するところなりし、而も風流縁あり、一朝にして斯の1)カンマンの游びを就し、以て平昔の2)シュクボウを遂ることを得て、中心言ひ知らぬ3)キンエツあり、五十里の渓山、六日の行程、其の4)瑰奇幽寥の大観深く5)キョウオクに印象したるは、下田の渡頭、八幡の筥坂、龍が峯、西茂住の諏訪が谷、中山の奇峯、谷村の渓谷是れなり、A)中に就いて諏訪が谷の長潭は、正に飛騨道中の奇勝第一たり、此の地越中富山を距ること僅かに十里、一日程なり、路も亦た甚だ険ならず、二里の嶺を除きなば優に車を通ずべければ、湫潭の霊再び余を招くの意あり、復游の縁更に円かなるあらん時は、仮令ば渓辺の6)ボウシを結んで家となすとも、7)エンリュウ数日飽くまで此の渓山の勝を8)シュウランせんことを思ふ。



A)「中に就いて」は漢文の訓読である。原文を慣用句で読め。



最後の「復游の縁更に円かなるあらん時は…」は、もしも帰り道にまた訪れることがあれば、その時はどんなにか粗末な家でも借りて、あるいは野宿に近い形であろうとも、暫くの間、この地にとどまってこの風景を愛でたい。自分の心に焼き付けるまで。どうやら「諏訪が谷の長潭」は、麗水の琴線に大いに触れてしまったようです。やっと越中に入ったというのにもう帰りのことを考えていますよ。母上様に会いに行くという所期の目的すら忘れてしまったかのようです。

この項はまだ続きます。

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飛騨から越中へ霊たちの加護に感謝する=「飛騨の山と越の海」(24)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の24回目です。飛騨道中でお目にかかった一番の絶勝の感動が冷めやらない中、杜甫と李白を取り違えるちょんぼもありましたが、いよいよ飛騨を越えて越中・富山まであと40キロと目前に迫ります。一文字だけ漢字の誤りを仕込みましたので、見つけ出して正してください。また、下線部A)の意味を記してください。

一一 飛越の境

 此の夜、西茂住の旅館に宿す、翌六日、1)美霽人に媚ぶ、此地より越中富山に至る道程十里なり、五時旅館を出づ、横山に至り谷に架したる木の釣橋を度る、是れより谷村に至る二里の間、渓山の勝あり、潭や、湍や、奇峰や、峭岩や、寒劒石を2)つて下るがごとき飛曝や3)ケンセンや、A)応接に遑あらず

 谷村の4)ジントウ、大渓の上に架したる一長板橋を渡れば、国は越中、婦負(ねび)の郡蟹江の村、古しの籠の渡しの在りしところ也、神通川の左岸を行きて更に猪谷の大嶺を踰へ、其の巓を極むれば峭壁5)カツゼンとして門のごとく開け、6)ソウボウ数十里の越中の平野を7)る、顧みて飛騨の山を望めば、雲烟深く鎖して看れども見えず、多謝す、山霊水伯木魈(きしょう=すだま)石鬼、飛騨道中数日の美霽を賜ふて、斯の遠来の孤客の独往を呵護したりしことを。




飛騨山中を無事踰してきた麗水は、山越えに入る前に御加護を祈った「山霊水伯木魈石鬼」に対して改めて感謝の意を表します。人は所詮、人知を超えた存在に縋るしかないのでしょう。旅の安全は己だけでは確保できない。人がやれる部分はあるにはあるが限界も大きい。人として逸脱した行為は後で付けが回されるのです。迂生もこの国の今後の在り様を考えながら、しばらく時間がほしいと感じています。改めて「山霊水伯木魈石鬼」に祈りたい気持ちでいっぱいです。

blogの更新頻度が落ちていることには忸怩たる思いです。ですが、以前と同じように出来ない自分がいるのも事実。何とか振り絞って閉鎖に追い込まれる事態だけは避けたいものです。しかし、読者諸氏の環境にも変化が大きいようで、インセンティブが湧かないこともあります。いつになったら、以前と同じ状況が戻るのか?いや、以前より良い状況が訪れることを信じたい。

問題の正解は続きにて。。。


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詩聖?詩仙?盛唐二大詩人の別称の混同に注意せよ=「飛騨の山と越の海」(23)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の23回目です。熱に浮かされながら夢見たかのような高山の一夜から明けて再び旅の歩を越中に向けて踏み出します。早朝は五時の出立です。その途次、麗水は世にも感歎すべき絶景に出逢います。ただ、最後にちょっとミスをおこします。。。。


 一〇 飛騨道中の絶勝


 五日、今日も晴れたり、1)フスンの雲もなし、五時、2)ケッソクして旅館を出で越中道に向ふて発す、松本、広瀬を歴て四里、古川町に至る、此の間常に宮川の右岸を度る、水石の観亦悪からず、古川の町、戸数八百人口四千を有する3)シユウなれど、赤痢4)ショウケツを極め、居民多く疫を山に避け、市廛荒涼、路に石灰乳白く、石炭酸の臭気高く人を吹く、鼻を掩ふて疾走し、鶴の巣、桐谷の寒村を歴て、荒原とて其名の既に恐ろしき荒山を踰えて石瀬と路を争ひ、行くこと更に四里にして船津町に入る、時に三時、船津より西茂住に至る三里の間、尤も渓山の勝に富む、鹿間の瀧、文字が淵の籠の渡し、漆山の桟道、皆詩すべく絵すべきのところ、往いて牧村に入れば5)ホンタン寂然として声を収めて潭となり、青きこと6)ギョウコウのごとく、風ふけども漣漪(レンイ=さざなみ)なし、二大岩あり相距ること数十歩、水を抽いて浮ぶがごとく、上に青松を戴く、山蹙りて亦湍となり、水は怒りて7)雹狠雨狂す、曾て看たりし陸中の厳美渓を以て相較ぶるに、彼れ甚だ此れに及ばず、厳美に兄たるの木曾の寝覚の床、亦応に遜色あるべし。

 余をして尤も驚喜せしめしは、将に西茂住の村に入らんとするところ諏訪谷の奇勝なり、奇峯8)カメのごとく裂け、紫潤にして淡青色の条文を雑ゆるの山骨全く露出したるが潭を繞りて壁立し、壁に9)スイラあり、峯に古木多く、10)バクフあり高さ二十余丈、11)灑灑として平石の面に布いて潭に落ち、潭呀(ガ=荒れ狂うさま)して之れを呑む、潭辺皆な白石、時に薄暮、雲あり縹渺たり、仙の人列する麻のごとく、雲の君紛々として来り降ると歌ひたる唐の詩聖が其の儘にす、飛騨道中、余は諏訪谷を奇勝第一に推さんと欲す。




厳美渓(ゲンビケイ)は岩手県一関市にある全長2キロメートルの渓谷。その近隣には猊鼻渓と呼ばれる名称もありますが別の物です。奇岩奇石、川底の甌穴が名称として有名。ところが、麗水は「船津より西茂住に至る三里の間」の渓谷美が最高で、詩を詠んだり、絵に描いたりするべきであるといい、厳美渓でも勝てはしない。「木曾の寝覚の床」には勝てないといいます。

最後に出てくる「唐の詩聖」とはもちろん、盛唐の詩人・杜甫のこと。ちなみに李白は詩仙という。「仙の人列する麻のごとく、雲の君紛々として来り降る」の詩を検索して調べて見たところ、それらしいのが見つかりました。すると、てっきり杜甫の詩だろうと思っていたら、なんと李白の詩でした。つまり、麗水の覚え違い。うろ覚えで杜甫と李白を混同してしまったようです。もう一度繰り返します。詩聖は杜甫、詩仙は李白です。折角ですから、麗水が引用した「詩仙」である李白の詩を掲載しておきます。出典は岩波文庫「李白詩選」(P311~、松浦友久編訳)です。少し長いです。読み下し文だけ。

「夢に天姥に遊ぶの吟 留別」(雑言古詩)

海客 瀛洲を談ず
煙濤 微茫 信に求め難しと
越人 天姥を語る
雲霓 明滅 或いは睹る可しと
天姥 天に連なり 天に向って横たわる
勢いは 五岳を抜いて 赤城を掩う
天台 四万八千丈なるも
此に対しては 東南に倒れ傾かんと欲す
我 之に因って呉越を夢みんと欲す
一夜 飛んで度る 鏡湖の月
湖月 我が影を照らし
我を送りて 剡谿(センケイ)に至らしむ
謝公の宿処 今尚お在り
水 蕩漾として 清猿啼く
脚には謝公の屐を著け
身は青雲の梯に登る
半壁に海日を見
空中に天鶏を聞く
千巌 万転 路定まらず
花に迷い石に倚り 忽ち已に暝し
熊は咆え竜は吟じて 岩泉に殷き
深林を慄わし 層巓を驚かす
雲は青青として 雨ふらんと欲し
水は澹澹として 煙を生ず
列缼(レッケツ) 霹靂
丘巒 崩摧
洞天の石扇
訇然(コウゼン)として中より開けば
青冥 浩蕩 底を見ず
日月 照耀す 金銀台
霓を衣と為し 鳳を馬と為し
雲の君 紛紛として来り下る
虎は瑟を鼓し 鸞は車を回らし
仙の人 列なること麻の如し
忽ち魂悸きて以て魄動き
怳(キョウ)として驚起して長嗟す
惟だ覚めし時の枕席のみ
向来の煙霞を失う
世間の行楽 亦た此の如し
古来 万事 東流の水
君に別れて去らば 何れの時にか還らん
且く白鹿を放つ 青崖の間
須らく行くべくんば 即ち騎して名山を訪わん
安んぞ能く 眉を摧き腰を折って権貴に事え
我をして心顔を開くを得ざらしめんや



麗水の引用部分は★で示しました。順序も逆ですし、一部を取った断章取義のきらいもなくはありません。ちょっと知ったかぶりが過ぎましたな、麗水はん。。。勇み足でしたね。。

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束の間の夢見心地に酔い痴れる…=「飛騨の山と越の海」(22)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の22回目は、「九 高山の一夜」のその2です。



 出でゝ市街を散策し、白雲山の高山公園、光曜山浄蓮寺なる東本願寺の別院、高山八幡宮に詣りて還る、此の夜『盆踊』あり、往いて之れを看たり、踊の催されしは郵便電信局ある高山屈指の町にして、簷より簷に町を1)ヒシヌイにして綱を懸け、花笠の燈火を列ぬ、別に地上に燭台を置くもの双行幾十基、踊手はいづれも毎家の娘、若衆、女の男に2)フンせるあり、男の女に装ふあり、手拭の姐様冠り、友禅の帯の猫ぢやらし、奴の姿せるあり、外道の仮臉(めん)を被るもあり、女は皆3)コウフンを粧ひたるが、中には裾綿入れたる友禅の振袖、4)ハマグリふきの裾模様、紋付着たるものもあり、町の一端より他端まで相連りて5)ホウジンを作り、中央に涼棚を置き、太鼓を撾(う)つもの一人、三味線を弾じるもの両三人、交り交り歌ふもの五六人、歌に伴れて一斉に手を拍ち足を揚げて舞ふ、良家の処女、他の6)シモクを避けんが為めに、白紗若しくは紅紗の覆面して来り伍するものもありき、歌ふところの謡に曰ふ。

 飛騨の高山高いといふが、山は高うない名が高い。
 さいた盃中見てあがれ、中は鶴亀五葉の松。
 竹に雀は品よく止れ、止めて止まらぬ恋の道。

 観る者町を傾く、士女の風装は東京と大差なし、言語は愛岐と京阪と相交はる、おきアせと云ひ、とろくさいと呼び、時に居やはりますの7)オンジュウ語を雑ゆればなり、又美人多し、髪は漆黒、眼は重瞼、顔の容は余の所謂8)ボサツ式若しくは内裏式なるあり、夜闌けて旅館に還る、午夜夢より回るの時、尚ほ遥街に鼓声を聞けり。




束の間の夢心地。旅の疲れも吹っ飛びます。吁、高山は良いところ~。麗水のここの描写を読んだら是非とも一度は訪れてみたいと思いますね。

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一日も早い「イゼン」状態を取り戻したい…=「飛騨の山と越の海」(21)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の21回目です。高山に到着した麗水は、鴨川、東山、嵐山、あたかも小京都然とした町に束の間の安堵感、まるで我が家に帰りしかのような安らかな心地に浸ります。忙中有閑。本日も明日も計画停電はなしです。

九 高山の一夜

 翌四日、今日も晴れたる日なり、六時半三日町を発し、八時高山に入り、旅館に投ぜり、町は東西十町余、南北十有八町、1)シボウ三十五、戸数四千人口一万七千を有する大市にて、岐阜を距ること実に三十三里なり、町を貫いて宮川の清流あり、京都の鴨川に擬し、五橋を架す、東方の高岡を東山となし、豊臣氏の時金森長近の居城の墟址なる白雲山を嵐山とし、地勢稍や京都に似たるをもて小京華の称あり、2)シテンは多く石を載せたる板葺の家なれど、繁華なること山中の都会としも思われず、3)ロシュクにひとしき三日の4)リョジを歴来りし余は、恰も京に帰りたるがごとき心地したり、余の宿りし家は、客室の瀟洒、器皿の5)ガケツ、殊には美にして6)ケイなる細君の斡旋甚だ勉むるあり、人をして7)イゼンとして征途に在るを忘れしむ。




麗水は高山を「小京華」と称しています。小京都のこと。三日三晩の野宿生活。旅の疲れも吹っ飛んでいます。これまで泊ってきた宿屋は「いぶせし」と形容しましたが、今回ばかりは「瀟洒」。てえきぱきとした女主人の饗しに旅の疲れが吹っ飛び、「人をしてイゼンとして征途に在るを忘れしむ」とは痛切な響きを持っています。被災地に於いて耐乏生活を余儀なくされている方々を思うと心が痛みます。一日も早い「イゼン」を取り戻すことを願ってやみません。と同時に、これは決して他人事ではないと肝に銘じております。この項はまだ続きます。

問題の正解は続きにて。。。





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知らぬが仏で済まされぬ国家存亡の秋=「飛騨の山と越の海」(20)


連日の計画停電。大停電の危険も声高に。幸い迂生の住むエリアでは一度も停電という事態は現時点では起きていないのですが、いつかあるある。。。狼少年でしょう。スーパーコンビニにも商品が並ばず、通勤電車も間引かれる中、精神的な疲労も蓄積してきました。しかし、実際に津波や地震の被災地で避難生活を強いられている方々に比べれば遥かにましな状況です。頻度は落ちても平常心でblog更新です。遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の20回目は、「八 龍が峰の秋色」のその5です。


 藤瀬に至る頃正に黄昏、川上川の滸、弥望芒花、行いて三日町に入る、此より高山に至る僅に二里なれども、此の日行くこと十有四里、甚だ疲憊したければ唯あるいぶせき旅館に宿りぬ、楼上の大室は高山より来れる巡査の占領する処となり、余は襖子もなき一1)ロウシツに孤灯を伴ひ、2)りに3)リョウジョウの驕鼠の4)ふところとなれり、壁を隔てゝ巡査の語るところを聴くに、此の村頃日赤痢患者を出すこと十余人、次第に5)マンエンの兆あり、此の日6)ケイライしたる畑佐以北の各村、随処に此の疫あらざるなしと、覚えず寒心す。

 凡そ八幡より此に至る二十里は皆嶙峋磽确(リンジュンコウカク)の地、荒村寒駅棲むところの人樵と漁と農とを兼ね、石田両三畝、7)カンショ、8)バレイショ、稗、蕎麦を9)えて、採つて日常の食となす、圊上(セイジョウ)に小木片を置いて、以て矢をA)楷浄するの用に供するなど、最も人をして驚かしむ。

★嶙峋磽确は山が険しく岩がごつごつしたさま。既出です。読めるでしょう。意味も何となく取れるでしょう。この慣れが大事なのです。

★圊上は「便所の上」。「圊」は「かわや」。圊溷(セイコン)・圊廁(厠)(セイシ)ともいう。残念ながら配当外漢字ですが、そんなことにこだわらず覚えてしまいましょう。「圊」「厠」「溷」の「かわや三兄弟」でいいっしょ。墜茵落溷(ツイインラクコン)は必須四字熟語。


A)は一部漢字の誤りがある。正せ。

正解は続きにて。。。


赤痢が蔓延しつつあるエリアを知らずに歩いてきた麗水。それを聞いてあとからぞっとしています。そう、すべてのことは他人事ではないのです。知らぬが仏では済まされない。被災しようがすまいが、すべての日本国民が他人事と思わず、前を向いて生きられるかどうかが問われています。国家存亡の秋にあるいま、国民には何ができるのか?

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blog更新だけは何とか続けたい…=「飛騨の山と越の海」(19)

東日本大震災で直接被災したわけではないですが、間接的に停電や交通機関など影響を受けており、いや、余震の嵐も続く中、正直言ってblog更新どころではないです。それでも、被災地の安寧の日々、および東電福島原発の大混乱の終熄を祈りつつ、できるだけ平常心に努めるためにも出来得る限り、毎日は難しいかもしれませんが、blog更新していきたいと思います。さて、本日も遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズの続きです。「飛騨の山と越の海」の19回目は、「八 龍が峰の秋色」のその4です。

 巓を極むれば『お助け小屋』なるものあり、1)サントウ風雪の日、2)コウリョの為めに設くるものなり、老夫あり之れを守り、茶を煮て客に売る、此の辺山蛭あり、梅雨の時、人を悩ます、夏に入れば毒虻あり、人馬の往来する毎に幾団幾陣、3)トッカンして来り襲ふ、伴ふところの壮丁と余とは、枝を折り取りて之れを揮ひ、前後にA)払攘しつゝ進みたり、小屋の傍に繋がれたる一馬あり、趺踶して嘶くこと甚だ哀し、蓋し毒虻の身に集まりしが為めなり、樵夫両三人、生草を馬腹の下に堆積し、燃やして4)クンエンをもて虻をB)ひ居たり、『お助け小屋』を守るの老夫年五十五六、自ら曰ふ、お上より年俸金八円を賜ふと、屋背に石田数畝あり、蕎麦の花正に盛なり。

 山を下りて有巣、坂下、三ツ谷に至りて伴ひ来りし壮丁に銭を与へて遣り還し、残山剰水他の奇なき数箇村を過りて福寄に至り、巻煙草を買ひて半円銀を投ぜしに、主人は大黒柱に懸けたる竹筒を倒まにして剰銭をくれたるが、一枚の白銅三枚の銅貨の外は、寛永通宝と文久通宝とのみ、都て5)三緡半、重さ七八斤に過ぎざる肩上の鞄と風呂敷包をさへ棄てんとまで思ふの時、此の多数の方孔兄を如何にして携へ行かん、曾て朝鮮の6)セイリョに於いて学びたりし7)コチを襲ひ、細き縄を求め得て銭を8)カンセンし、これを腰辺に巻きつけたり、東京に在りては、縁日の乞丐(こじき)の9)キザの膝辺に於て僅に見るところの孔ある銭は、此の10)ヘキエンの地に在りては正しく日用の通貨たるなり。


最後の方にあるように麗水は朝鮮に旅行したことがあり、その時の模様を日記風に紀行文としてまとめています。当時の朝鮮半島事情が記された貴重な資料とも言えるでしょう。いずれ機会があれば覗いてみたいと思います。四角い穴のあいた通貨を持ち運ぶにはひもを通して腰に括りつけるのがいいそうです。何せ貨幣の価値に比して重量が重いのですから。

問題の正解は続きにて。。。


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天から仙女が舞い降りて孤独な旅人を誘惑する?=「飛騨の山と越の海」(18)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の18回目は、「八 龍が峰の秋色」のその3です。乱れ咲く野草の花々。旅先のあわれを一層誘い、ちょっぴりおセンチになるとともにエロチックな気分に浸る麗水でした。今回も流れるような和漢混交の美文に酔い痴れましょう。


1)シュウシュウと風に2)ヒビして一味の3)セキバクを人の懐中に吹入るゝの花芒、潤碧餐するに湛えたる莓苔を点破して鮮紅憐むべき4)柳葉菜花、浅紫愛すべき姫紫苑、夏枯草、碧玉盞を簇がり懸けたる岩桔梗、花の形木犀に似て大に、蕊糸白蛾の髭よりも長くして5)セイコウを放てる海州常山の花、折り取りて樵婦のA)■■(かざし)となすに堪えたる合歓の花は、いづれも6)リョウランして妍を競ひぬ、殊に尤も多く咲けるは釣舟草なり、花の形宛ら寸に満たざる七宝瓶子のごとく、其の葩を7)ショウコウにし其の蕋を雌黄にし、簇々として開く、花も葉もそれに似て色紫なる山鳥兜草、左右より路を8)めて袂を扣く其の様は、実にや広寒宮裡の仙妃、手に手に9)ダイゴの瑶瓶(ようへい=たまの徳利)を持し、紛々として降りの此の雲中孤往の客を簇擁し、遥来の旅情を10)はんとするがごときを想はしむ。


和訓語選択の問題。

A) 「かざし」=トウソウ・ヨウエイ・ソウトウ・エイヨウ・ヨウカン




花芒、柳葉菜花、姫紫苑、夏枯草、岩桔梗、海洲常山の花、合歓の花、釣舟草、山鳥兜草……野山で見かけた草花を見事に譬えています。それにしてもこれだけの植物の名称を唱えられるのは驚異的な知識と言えるでしょう。全国各地を漫遊するだけでなく風物詩に造詣の深い麗水の博識ぶりが伺えます。さらに最後の一文。天から舞い降りたエロチックな仙人の美女がとろーりとろけるお酒のような飲み物をもって流し目で誘うようである。雲中で孤独な旅人の疲れた心も体も蕩かしてしまうようだ。孤独な旅人は人との出会いもさることながら、こうした自然との出会いに心が癒されるのです。自然と言えば東北大震災。。。気仙沼、南三陸町。。。迂生にとって馴染みのある地域の変わり果てた姿に茫然自失するしかありません。吁嗟、無常。自然を弄んできた人類への鉄鎚であるならばお許したまえ。。。改心致します。

問題の正解は続きにて。。。


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「華」や「英」は「こな」ではなく「みだれ咲く」のです。=「飛騨の山と越の海」(17)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)シリーズから、「飛騨の山と越の海」の17回目は、「八 龍が峰の秋色」のその2です。人恋しくなる飛騨山中での樵人との出会い。短い顎鬚に鯔背な恰好。ついつい見とれてしまうちょっと危ない麗水でした。。。しばらくは人ではなく風景描写が続きます。このあたりの文章の流れはまさに麗水の独擅場ですね。「どくだんじょう」じゃないよ。。。


 龍が峰は飛濃の分水嶺なり、東に流るゝもの馬瀬川となり飛騨川となりて終に木曾川に入り、西に流るゝもの吉田川となり諸渓流を併せて長柄川となりて共に伊勢の海に注ぎ、北に流るゝもの川上川となり宮川となり、小八賀(こやが)の川と相合して飛騨を貫流し、越中に入りて神通川となり日本海に注げり、山の雄大なる豊倉の山に譲らず、而も彼の1)犖确崢なるに比べて此は古林沈黒、天呉(てんぐ)夜る2)ウソブくの境なるかを想はしむ、時に寒流石上、数囲の松櫪あり、清陰礀に敷き、岩魚の属、幾隊浮游し、人を見て散じて之くところを知らざるあり、人間の夏いまだ3)かざるに、嶺上は正に4)ランシュウ、朝ぼらけ、有明の月かとばかり真白に咲ける5)男郎花、金砂子を撒ぜるごとき6)女郎花、露紫に光れる山萩、雁音草、松虫草、思草、7)フンカ零落したれど8)ザンパ尚ほ9)コチョウ之夢を惹くの玉紫陽、……


ちょっと切れが悪いですが、長くなりそうなので強引に切ります。初秋の草花の描写が続きます。 

問題の正解は続きにて。。。


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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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