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漢検に新しい級も?=新「常用漢字表」が内閣告示

本日11月30日は我が国の漢字使用の目安である「常用漢字表」が新しくなって内閣告示された日であります。柳橋新誌シリーズをお休みして常用漢字に絡んだ雑感を認めることをお許しください。新しい「常用漢字表」は文化庁のホームページ(HP)から見ることができます。一度ご覧になることをお勧めします。

現行の1945字から5字(匁、錘、銑、勺、脹)を削除し、新たに196字を追加し、合計2136字で構成されています。その「前書き」には、①この表は、法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すもの②この表は、科学、技術、芸術その他の各種専門分野や個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない。ただし、専門分野の語であっても、一般の社会生活と密接に関連する語の表記については、この表を参考とすることが望ましい③この表は、都道府県名に用いる漢字及びそれに準じる漢字を除き、固有名詞を対象とするものではない④この表は、過去の著作や文書における漢字使用を否定するものではない⑤この表の運用に当たっては、個々の事情に応じて適切な考慮を加える余地のあるものである――と謳われています。要するに目安ですよ、だからあくまで全部読める必要はないですよ、書ける必要もないですよ、もちろんこれ以外の漢字も使ってもいいですよ、ということです。

常用漢字表を改定しようという議論の出発点となったのは、国民が漢字に触れる場面が急速に増えたことです。すなわち、パソコンや携帯電話などの普及に伴い、キーボードでひらがなさえ打って変換できれば簡単に漢字にすることができる。これが大きい。したがって、漢字の数を増やす必要性が生じていた。とはいえ、無尽蔵に増やしても国民が混乱するだけ。漢字使用頻度の調査をしたりして、ぎりぎり抑制的に増やした結果がこの2136字だったわけです。三鷹の「鷹」を代表として、「なぜ○が入って●が入らないのか」といった不満は百出。その線引きには文化審議会漢字小委員会も苦労しました。

今回は細かな字種のあれこれを論じることは控えます。ただ、「鬱」や「彙」など増えた196字に議論が集中しがちですが、「関わる」(かかわる)や「育む」(はぐくむ)など既存の常用漢字で新たな読み・訓みが加わっていることも忘れてはなりません。

ここで注目されるのは、不祥事を受けて一頃のブームが完全に去ったとはいえ未だ根強いファンも多い「漢検」を主宰する日本漢字能力検定協会の動向です。同協会は本日、「常用漢字表の改定に伴う日本漢字能力検定の対応について」をHP(ここ)上で公表しました。以下はその全文の写しです。

平成22(2010)年11 月30 日に常用漢字表が内閣より告示されましたことに伴い、日本漢字能力検定における対応方針について発表いたします。

日本漢字能力検定においては、新しい常用漢字表に合わせて審査基準を変更し、新しい審査基準に基づく検定を平成24(2012)年度第1 回検定より行います。

なお、平成22(2010)年度第3 回検定や、平成23(2011)年度の各回検定は、現行の審査基準に基づいて行います。

平成24(2012)年度第1 回検定からの新しい審査基準の詳細については、平成24年度の検定日程とともに平成23(2011)年8 月頃発表いたします。

一年あまりの猶予期間を経て2012年度から新しい基準で検定をするという。詳細は不明ですが、最多の受検者のいる「2級」が最も影響を受けるでしょう。現在は常用漢字1945字すべてを対象としています。教育の世界では新しい「常用漢字表」を2012年度から適用しますが、「中学校で常用漢字の大体が読める、高校で常用漢字の主なものが書ける」という枠組みは変わらないため、漢検「2級」の枠組みも2136字といきたいところですが、その負担感の重さは相当なものです。増える196字の多くは現在の「準1級」配当漢字の20%弱です。

ところが、単純な字種数だけでは済まないのです。それに付随した熟語、慣用句・故事成語、四字熟語、熟字訓まで含めるとその奥行きと幅は一気に広がります。簡単なことではない。「2級」といえば学校の内申書や就職の資格になる優良物件ですから、取得しようという受検者の熱意は半端なものではありませんが、これに水を差すことは必定でしょう。受検者が減るような真似は漢検協会とて得策ではないでしょう。「新しい審査基準」という言い方をしていることから邪推すると、新たな級を設けるのではないか、という仮説も立てられます。あるいは、配当漢字を割り振るか。

現在の「準2級」「準1級」も含めて配当漢字をどう割り当てどんな枠組みにするのかが焦点となりそうです。ま、「1級」は無関係だと思いますが。。。漢検協会や関連の業界にとっても、新たな教本の販売という“特需”が期待できるわけですから、慎重に、かつ、受検者の興味・関心を擽るような方途を企画してくるものと思われます。来年の8月を待ちましょう。

最後に話変わって、本日11月30日は「濹上漁史」こと成島柳北の126回目の祥月命日でもあります。明治17年(1884年)、肺に病を獲て死去しました。享年48歳。当時は、朝野新聞社長を務める傍ら、我が国文芸雑誌の走りである「花月新誌」を主宰し、自らも数々の作品を発表していたほか、当時、小新聞と呼ばれていた「読売新聞」の社説「読売雑譚(よみうりぞうたん)」欄のコラムに寄稿していました。彼が「読売雑譚」に寄せた記事は百二十二編あり、最晩年の唯一まとまった論稿集として貴重な資料を提供しています。「読売雑譚集」(ぺりかん社)と銘打って乾照夫氏の編により刊行されており、その詳細な内容を知ることができます。軽妙洒脱な文体と諧謔性に富んだ文章は相変わらずですが、現代社会にも通じる啓蒙の書としても大変興味深い内容となっています。現在連載中の「柳橋新誌」二編シリーズが終了後、幾つかの記事を取り上げて紹介してみようと考えています。
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没落する色街と自分の行く末を重ね案じ悲嘆に暮れる=「柳橋新誌」二編(38)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの38回目です。佳人薄命。柳橋一の絶世の妓美女、阿清が十七で可惜命を失ったお話に続き、今回は老妓女、阿園と将来有望な阿鳥のお話です。ところが、柳橋を支える妓女と目されていた二人でしたが、いずれも落籍・従良してしまい、柳橋の行く末を憂う漢詩を柳北が詠じます。


近来老輩中独り阿園有り。阿園少き時阿栄と並び立つ、双美の名久しく二州に冠たり。往時柳橋の妓風、新橋金春(コンパル)諸地と太だ異なる無し。而して輓近(チカゴロ)服飾声調(ナリノツクリチヨウシ)一変して1)セイコウ幽雅を尚び、其の2)■(オモムキ)他方に同じからざるは、蓋し二人より始まる焉。蓋し阿園は色芸3)リョウゼン、之に加ふるに中年(ナカゴロヨリ)故さらに自ら4)■■(ヘリクダリ)し客に驕らず、善く後進を5)■■(ヒキタテル)す。是を以て人皆之を賢とす、妓中の君子と謂ふ可し。後進中名声頗る鳴る者は阿鳥を推して首と為す。阿鳥中其の才を蓄(ツゝミ)へて外其の行を円(マルク)にす。親に事ふる孝順、人に接する温淑(ヤワラカ)、未だ嘗て声色発するを見ず、亦良妓也。阿園既に6)カクロウに落籍(ヒツコミ)し、阿鳥亦今春に従良(カタヅク)す。知らず方今7)■■(タレ)を以て群芳の8)とせん哉。余未だ其の公論を得ざる也。余昔竹西坡と故柳橋の某楼に飲み、詩を其壁に題して云ふ。


 嬌歌酒を侑めて高秋に酔ふ
 限無き歓情卻つて愁を惹く
 門柳は9)ショウソ美人は去る
 他年の追感此の楼に在らん

 嬌歌侑酒酔高秋
 無限歓情卻惹愁
 門柳■■美人去
 他年追感在此楼

今を距る僅かに七八年にして西坡は老病北地に10)リュウリし、当時(ソノトキ)の紅裙は皆11)チョウラクして12)■■(アケボノホシ)の如し。余も亦余生を13)フウジン中に託す。故柳橋を過ぐるとて仰いで老柳樹を見、14)ソウゼンとして旧に感じ桓氏金城の嘆有り。嗚呼遊人多し矣其れ孰か斯の感を同うする者ぞ、其れ孰か斯の嘆を同うする者ぞ。



1) セイコウ=清高。人がらがけだかい。生硬、精巧、悽惶ではない。

■戯訓語選択、一字音読みヒントヴァージョン。

2) 「オモムキ」→タ・チ・ツ・テ・ト。




■正解

2) チ=致。気持ちのいたるところ、おもむき。意致(イチ=気持ちのいたるところ、意趣)、情致(ジョウチ=おもむき、おもしろみ、味わい、情趣=ジョウシュ=)。


3) リョウゼン=両全。両方とも完全なこと。亮然、瞭然ではない。ヒントはその前の「色芸」。ここは「色も芸も備わっているということ」。

■戯訓語選択。

4) 「ヘリクダリ」
5) 「ヒキタテル」
7) 「タレ」
12) 「アケボノボシ」


ユウドウ・シンセイ・アスイ・ヨクソン



■正解


4) ヨクソン=抑損。自分の気持ちをおさえてへりくだる。損抑(ソンヨク)とも。

5) ユウドウ=誘導。先に立って人をある場所にみちびくこと、人をある状態にみちびくこと。誘掖(ユウエキ=人が物事をするとき、先に立ってすすめ、わきから助ける、「掖」は「わきぞえをすること」)、誘然(ユウゼン=しらずしらず何かにひかれるさま、自然の原理に無心に従うさま、美しさにさそわれるさま)。

7) アスイ=阿誰。だれとも決まっていない人をさすことば。だれ、だれかしら。何誰(カスイ)ともいう。

12 シンセイ=晨星。あけがたの空に残る星。転じて、物事のまばらで、稀なさまを喩える。




6) カクロウ=客臘。昨年の十二月。「臘」は「陰暦十二月」。旧臘(キュウロウ)ともいう。

8) 魁=かしら。首領。一団の仲間を率いていく者。音読みは「カイ」。魁岸(カイガン=からだが大きくてがっちりしている)、魁奇(カイキ=からだつきや風采が普通の人とはひどくかけはなれてすぐれていること、魁殊=カイシュ=)、魁傑(カイケツ=人並み外れてからだが大きくたくましいこと)、魁健(カイケン=非常に、からだが大きく、力も強いこと)、魁梧(カイゴ=からだがめだって大きくてりっぱなこと、魁偉=カイイ=・魁壮=カイソウ=)、魁甲(カイコウ=科挙で首席で合格した者、状元=ジョウゲン=、魁選=カイセン=・魁星=カイセイ=)、魁士(カイシ=すぐれた男子)、魁首(カイシュ=集団の親分、かしら、首魁=シュカイ=・魁党=カイトウ=)、魁帥(カイスイ=親分、かしら)、魁然(カイゼン=大きく目立つさま、ほこらしげに孤立しているさま、超然)、魁頭(カイトウ=何もかぶらない頭、むきだしの頭)。

9) ショウソ=蕭踈(蕭疎)。木の葉などが落ちてさびしげでまばらであるさま。「踈」は「疎」の異体字。「まばら」。

10) リュウリ=流離。さすらうこと。根なし草のようにあちらこちら漂うこと。

11) チョウラク=凋落。落ちぶれる。人が死ぬこと。零落、冷落。「凋」は「しぼむ」の意。凋槁(チョウコウ=しぼみ枯れる、凋枯=チョウコ=)、凋残(チョウザン=枯れ残り、枯れそこなう)、凋謝(チョウシャ=しぼみ落ちる、転じて、人が死ぬこと)、凋傷(チョウショウ=しぼみ衰える)、凋瘁(チョウスイ=やせ衰える、凋悴・凋衰=チョウスイ=)、凋喪(チョウソウ=元気がなくなる、意気消沈する)、凋年(チョウネン=くれていく年)、凋梅(チョウバイ=花の落ちた梅の木)、凋弊(チョウヘイ=衰えてだめになる)。

13) フウジン=風塵。風と、ちり。わずらわしくけがらわしい物事のたとえ、俗事・俗世間のこと。

14) ソウゼン=愴然。つらさにうちひしがれるさま。愴愴(ソウソウ)とも。「愴」は「いたむ」。






新橋金春は、当時の東京で一、二を争う色街。今の銀座八丁目あたり。しかし、やや下品のきらいがあり、風流を旨とする柳橋とはやや趣が異なるようです。阿園と阿栄の二人の芸妓が登場してから柳橋の雰囲気が一変しました。中でも阿園は見た目も美しく芸も優れているばかりか、年を経てからは客を立てつつ若手妓女の育成にも専心したそうです。柳北は「妓中の君子」と男子に喩えて最大の賛辞を贈っています。彼女が育てた中でも阿鳥が一番だという。才能はありながらひけらかすことはなく、外に出て来る物は円やか。親には孝行を尽くし、人と接するに温良恭倹譲、声を荒らげる場面は一度も見せず、「良妓」だという。しかしながら、この二人ともがここ最近相次いで芸妓の世界から足を洗ってしまった。これから誰が柳橋を引っ張っていくのだろうか。目すべき芸妓も見当たらないまま、昔、若い頃、友人の竹西坡と故柳橋の妓楼の壁に書きつけた詩を思い出します。なまめかしい歌を聞きながら酒をすすめて酔う空高い秋。気持ちが楽しくなればなるほどかえって愁いの気持ちも起こる。門の柳は葉が抜け落ち美人もいなくなる。いつまでも追憶の気持ちがこの楼閣に残っていよう。その友の西坡も病に伏し北の地に流れていった七八年前。そのころの芸妓たちはみないなくなりまばら。我が身を振り返れば俗世に揉まれ故柳橋を通ればあの木も老いている。時間の経過を感じて鬱然とならざるを得ない。だれか同じ気持ちでいてくれないのだろうか。いや、わたししかいないのだ。御一新の世に天地間無用の人となり果てたこの成島柳北しかおらんのだ。この気持ちの分かる男は。。。。改めて時代の変化を肌で感じた瞬間。柳橋の変化は己の変化を反映していたことに気付き、愕然と呆然と怛然とするしかありません。

長恨歌ワールドに浸り「もののあわれ」にとらわれる=「柳橋新誌」二編(37)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの37回目です。白居易の長恨歌をモチーフにして、柳北が考える「柳橋一番」の芸妓の思い出話を綴ります。久しぶりに柳北の漢詩が登場します。岩波文庫では読み下し分しか載っていないので、折角ですから柳北全集(近代デジタルライブラリー)を参照して白文も掲載しておきます。

(これを機に長恨歌を復習するのもいいかもしれません。カテゴリー欄〈→〉の「漢検問題・長恨歌」からどうぞ)


天宝の後闈(オクムキ)三千の1)■■(ヂヨチウ)、美ならざるに非ず麗ならざるに非ず。而して明皇独り2)■■(ヤウキヒ)に恋々たる者は何ぞや。蓋し傾国絶世の3)■■(エラモノ)、4)セキトク奇才の士と一般(オナジ)、一生能く幾人に5)■■(デアフ)するを得る耶。余十年間識る所の柳橋の紅裙を歴算するに、其の色芸皆相伯仲(ニタモノ)、未だ一個の佳人一笑百媚多少の6)フンタイをして顔色無からしむる者を見ず。然れども強ひて之を其の中に求むるに一人有り焉、其の名阿清と曰ふ。麗質天成にして沈静、言寡し、之を望むに7)エイゼンたる美玉、之に接するに温然たる春風、余初め之を友人永芳山の家に見る。年紀三五。余詩有り、云ふ。

夭桃花上露に声無し
深く仙扃を鎖して夢驚かず
他日劉郎若し相訪はゞ
8)タンシン一笑始めて相迎へん


■白文

夭桃花上露無声
深鎖仙扃夢不驚
他日劉郎若相訪
■■一笑始相迎



■戯訓語選択。

1) 「ジヨチウ」
2) 「ヤウキヒ」→楊貴妃のこと。
3) 「エラモノ」
5) 「デアフ」


タイシン・ヒヒン・チンカ・ドウチャク・ユウブツ・オウユウ




■正解

1) ヒヒン=妃嬪。皇后以外の天子の第二、第三の夫人。女官。

2) タイシン=太真。唐の玄宗皇帝の妃、楊貴妃のこと。

3) ユウブツ=尤物。目だってすぐれたもの、美人・美女。

5) ドウチャク=撞着。つき当たる。考えの前後に辻褄の合わないことをいう場合もあるがここは違う。



4) セキトク=碩徳。充実した人柄、それを備えた人。

6) フンタイ=粉黛。おしろいと、まゆずみ。化粧をした美女をいう。粉白黛黒(フンパクタイコク=美人がおしろいをつけてまゆずみをぬって化粧すること)。

7) エイゼン=瑩然。玉の光のあざやかなさま。「瑩」は「あきらか」「ひかり」と訓む。瑩潤(エイジュン=つややかなさま、鈍い光沢のあるさま)、瑩徹(エイテツ=明らかで、透き通っている)。

8) タンシン=丹唇。あかくて美しいくちびる。丹脣(タンシン)とも。



」(イ)は「周りを囲んだ宮中の奥向き、后妃のいる所、女性の住む奥座敷」。江戸幕府でいえば大奥。ここは明皇(=玄宗皇帝)の住む宮殿の後宮をさす。ここのくだりには、長恨歌のワードがふんだんに鏤められています。「六宮粉黛無顔色」「廻眸一笑百媚生」「後宮佳麗三千人」。楊貴妃のような絶世の美女に人生で何人と遇うことがあるのだろうか。柳橋に十年来通っているが、どれも大体似たような色香。強いて一人を挙げるとすれば阿清。年はまだ十五だった。そんな阿清の姿を、柳北は漢詩で褒めそやします。「夭桃」はまだ十五歳の阿清。まだ露が無いウブな花をたたえており、どんな男も近づくことができないように深く「仙扃」(仙界と地上をつなぐ扉の閂)を鎖している。夢から目が覚めない。ところが、そのうちに「劉郎」(イロオトコ)が現れてにっこり笑って出迎えて、女になる日が来るだろう。色艶も瑞々しい少女から色気たっぷりに女に変身する日も近いが、その時まではその初々しさを賞でようではないか。遊客にとって芸妓を先物買いするかのごとく若いうちから目を付けることも醍醐味だったのでしょうね。ちころが、そんな阿清も病に苦しみ夭逝してしまいます。


阿清の名一時9)キョウボウを10)ケイトウし、而して常に多病に苦しむ。壬戌の秋11)■■(ハシカ)盛に行はれ、阿清も亦病んで床(トコ)に在る数旬、竟に起きず。年僅かに十七。芳山之を吊するに詩に云ふ。


12)コクショク古今相遇ふ稀なり
多情涙尽きて血衣を沾す
夕陽人は吊す孤墳の下
野菊香残して老蝶飛ぶ。

■白文
■■古今相遇稀
多情涙尽血沾衣
夕陽人吊孤墳下
野菊香残老蝶飛



余其の韻を次いで以て之を哭す。


旧情説かんと欲して聴く人稀なり
涙は滴る当年の旧舞衣
借問す13)ジョウガ何れの処にか去る
夢魂長く月中に向つて飛ぶ

■白文
旧情欲説聴人稀
涙滴当年旧舞衣
借問■■何処去
夢魂長向月中飛

芳山亦月を隔てゝ歿す。噫才子佳人天之に年を仮さず、真に痛むべき哉。






9) キョウボウ=教坊。妓女や俳優が技芸の教習を受ける所。

10) ケイトウ=かたむきたおれんばかりに名が轟くこと。

11) 「ハシカ」=麻疹。

12) コクショク=国色。国じゅうで最も美しい女性。「国容」とも。劉禹錫の詩では「牡丹」。

13) ジョウガ=嫦娥。古代、伝説上の美人。弓の名人の夫が西王母からもらってきた不死の薬を盗んで飲み、月に逃げたという。「コウガ」の読みもあり。





阿清は十七歳でこの世を去ります。柳北の友人である芳山と柳北がそれぞれ彼女を悼む詩を詠んでいます。五言絶句の「稀」「衣」「飛」の韻を踏んでおり、各人の思いを表出。「蝶飛」と「嫦娥」を上手く対比させて幻想的なワールドを描き出しています。その芳山も次の月に歿します。「才子佳人天之に年を仮さず」と嘆く柳北、源氏物語よろしく「もののあわれ」にとらわれて涙します。

男女共同参画社会を先取り?妓女が華麗に転身=「柳橋新誌」二編(36)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの36回目です。柳橋の芸妓が芸を売ったり、色を売ったりするだけでなく金の亡者になるばかりか、そのうち役人になるのも現れるのではないか?―そんな予感を茶化し半分ながら口にする若者の駄弁りの続きです。


乙道ふ、諸を置け(オキヤアガレ)。近来彼等銭を獲る多し、故に1)■■風(オゴリガツキ)を為し巻毛(チヂレツケ)2)ビンジョウに漫に黄金釵(ムクノカンザシ)を挿(サス)む。惜しむべし(オシイモノダ)惜しむべし、早晩(イマニ)拐児に遇つて抽了され(スリニヌカレ)醜瞼泣(ナキツラヲスル)を上さん。那瞼(アノツラ)、蜂児(ハチモ)も亦肯て螫さず(サスマイ)、其の態(ザマ)見るべし。甲道ふ、否々(イヤイヤ)、彼の輩3)■■(ケチ)、夜帰るや常に4)簪釵を徹し(ヌキ)楮生(サツ)を併せて巻いて之を懐にす。何ぞ其れ5)カツなるや。乙道ふ、汝(テメエ)聞かずや、去年房八婆(フサハチババア)、書画会を中村楼(ヤ)に開く、当日諸先生皆臨む焉。6)ヒンキャクの盛なる賀金(ヨリ)の7)オビタダしき近来比無し、人皆其の会を称して滅法会と曰ふ、豈妙ならずや。余屡屡彼宅(アイツノウチ)に往く、未だ嘗て彼の墨を8)■(スリ)し9)毫を舐め所謂漢字(カラヤウ)と云ふ者を10)■(ナドル)するを見ず。而して書画会の先生と為る、真に是れ不可思議(フシギ)。妓にして書画の先生と為る者古今有ること11)なり、後来妓にして官員(ヤクニン)と為る者世間に生ずるも亦測るべからず。相視て大に笑ふ。乍ち見る12)■■(オマハリ)兵隊整々銃を荷ひ叱咤して来る。両個(フタリ)13)■■(アワテテ)橋を下りて去る。



■戯訓語選択。

1) 「オゴリ」
3) 「ケチ」
12) 「オマハリ」
13) 「アワテテ」

ケイソツ・ソウボウ・ヒリン・シャシ・ジュンラ・ゼイセイ





■正解

1) シャシ=奢侈。おごり、ぜいたく。侈奢とも。いずれの語も「おごる」の意。侈倹(シケン=ぜいたくと、倹約)、侈言(シゲン=おおげさなことば、大言壮語)、侈傲(シゴウ=おごりたかぶる)、侈汰(シタイ=ぜいたくをする、ぜいたく、侈泰=シタイ=)、侈靡(シビ=身分不相応にぜいたくすること)、侈放(シホウ=ぜいたくでわがままなこと)、侈楽(シラク=適切な程度を過ごして愉しむ)。

3) ヒリン=鄙吝。けちなこと、惜吝(セキリン)とも。「陋」は「いやしい、ひなびた、いなかくさい、けちくさい」の意。

12) ジュンラ=巡邏。見回りをして調べること、また、その人。巡視。「邏」は「めぐる、みまわる」とも訓む。邏騎(ラキ=見回りの騎兵)、邏卒(ラソツ=見回りの兵士、明治初期の巡査をこう呼ぶ、邏士=ラシ=)、邏吏(ラリ=見回りの役人)。

13) ソウボウ=匆忙。あわただしいさま。「怱忙」とも。匆匆とも。怱怱とも。




2) ビンジョウ=鬢上。耳際の髪に。

4) 簪釵=シンサイ。かんざし。両者の区別は微妙です。後者は二股の髪飾り。前者は竹製で髪の毛の間に潜り込ませる。などなど最もらしい違いはありますが、実のところは明確な区別はないでしょう。釵股(サイコ=かんざしのまた)、釵釧(サイセン=かんざしと、うでわ)、釵梳(サイソ=かんざしと、くし)。

5) カツ=黠。悪賢い、腹黒くてぬけめがない。黠獪(カッカイ=悪賢い、ずるい、狡黠)、黠慧(カッケイ=悪知恵が働く、こざかしい)、黠智(カッチ=悪賢い知恵、悪知恵)、黠奴(カツド=悪賢い奴)、黠虜(カツリョ=悪賢い野蛮人)。

6) ヒンキャク=賓客。「ヒンカク」とも。(単に)客。客分として養っておく居候。まれびと、まろうど。賓筵(ヒンエン=客をもてなす宴席)、賓位(ヒンイ=たいせつな客がすわる座席のこと)、賓次(ヒンジ=客を接待する所)、賓従(ヒンジュウ=心から服従する、多くの賓客)。

7) オビタダしき=夥しき。数や量が非常に多い。現代中国語では「仲間・連中」の意。音読みは「カ」。夥人(カジン=仲間)、夥多(カタ=非常に多い)、夥党(カトウ=仲間、くみ)、夥伴(カハン=仲間、つれ)。

■戯訓語選択、一字音読みヒントヴァージョン。

8) 「スリ」(する)→マ・ミ・ム・メ・モ。
10) 「ナドリ」(なぞる)→マツ・ミツ・ムツ・モツ。




■正解

8) マ=摩。する、なでる、さする、こする。



10) マツ=抹。「こする」「ぬりつぶす」の意。「などる」は「なぞる」。



9) 毫=ふで。筆の穂はほそい毛でつくることから。音読みは「ゴウ」。揮毫(キゴウ=筆をふるって書く)、毫楮(ゴウチョ=筆と紙、毫素=ゴウソ=)、毫髪(ゴウハツ=細い毛すじ、ほんのわずかであること)。

11) 希=まれ。めずらしい、ごく少ない、かすか。「こいねがう」「ねがう」の訓みにも注意。希覯(キコウ=まれにみる、めったに見かけない)、希書(キショ=めったに見ることのできない珍しい本)、希代(キダイ・キタイ=非常にまれで、世にも珍しい、希世=キセイ=)、希疏(キソ=まばらなこと)、希有(ケウ=きわめてまれ)。






出だしにある「オキヤアガレ」は「置きゃあがれ」。江戸っ子の言いぶりで「やめてくれよ、よせやい」。

今度は若者乙の口上です。

乙 「御蔭でさ、最近芸妓の連中は金回りが良くなっているってよ。金持ち面してさ、金の釵ときてる。ああ勿体ない勿体ない。そのうちに掏摸にすられて泣きべそをかくなよ(この「瞼」は俗語で「顔面、顔、つら」)。蜂だって刺す価値ないさね、ぼろぼろの顔だからさ」。

甲 「いやさ、あいつらのしみったれときたら、夜仕事が終わって家に帰るとかんざしを抜いて客からもらった紙幣を巻いてしまうのさ。なんて下品なんだい」。

乙 「お前さ聴いたことないかい。去年中村屋の房八婆あが「書画の会」なるものを開いたのさ。多くの客どもが御祝儀持って駆け付け、そりゃ賑やかだったらしいぜ。滅法会っていう名前が付いたそうな。だけどさ、変な話さ。中村屋にはよく行くんだけど、墨や筆など一度も見たことないし、漢字のお手本を模写しているところなんざお目にかかったことはない。本当に不思議な話さ。妓女が書画の先生になるなんて古来まれなこと、聞いたことないさ。こんな調子ならそのうち、役人になる妓女が出てきてもおかしくないさね」。

二人とも大笑い。銃を抱えたお巡りさんから怒鳴られて一目散に両国橋から逃げ出します。

中国・明末秦代の妓女は芸や色を売るだけではなく「教養」をも売り物にしたようです。詩や画を嗜み、知識人と交際して一大文化サロンの拠点を形成もしました。妓女も知識人を自任していた。どうやら柳橋の芸妓も後れ馳せ乍ら目覚めたのかもしれません。それが文明開化の恩恵なのかどうかは知りませんが。。。若者二人は昔を知っている設定ですから、柳北の若い頃をイメージしているのでしょう。羽振りの良くなった妓女たちは新たな世界へと踏みだそうとしているが、その方向は正しいのかどうか懐疑的です。自ら崩壊への途を歩んでいるのではないか。役人になるかもしれないとは現代社会の女性の地位向上、男女共同参画社会を予言しているのかもしれません。

「歌吹海」と「両個」と「三尺」はいずれも面白い言葉覚えよう=「柳橋新誌」二編(35)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの35回目です。本日は妓女は直接登場しません。珍しく若い男が二人。柳橋に出入りしているチンピラ風情で、この二人は柳橋芸妓に大いに不満があるらしく、ああだこうだと批判を展開します。今回は戯訓が長くて多くてちょっと読みにくいかもしれません。よって上下二回に分けます。ゆっくり、じっくりと二人の会話を味わってみてください。


二少年(ワカモノ)満身の1)■■(ホリモノ)帨(サンジヤク)して帯せず。二州橋上に立ち欄(ランカン)に倚つて臨眺(ミオロス)す。橋下、遊舫2)■■(アツマリ)し糸竹を涼風に奏し、盃盤を清潮に洗ふ。真に是一区の歌吹海なり。甲乙を顧みて道ふ、畜生(チクシヤウ)那辺(ドコノ)の怪獣(ケダモノ)か3)■■(ソウゾウシイ)人を4)す。当今(コノセツ)声妓(ゲイシヤ)大に行(ハヤ)はる、全く士人(リヤンコ)の之を好む甚しきに頼る也。本地の溺臭妓(コノトチノコモリゲイシヤ)、近来皆5)■■(タカブリ)、6)■■(オクサマ)7)■■(オジヨウサマ)と一般、動もすれば人を人と視ず(ヒトヲヒトトモオモハズ)、所謂声妓声妓口自ら説く(ゲイシヤゲイシヤトクチデハイヘド)、帰来する(ウチヘカヘレバ)や似たり良家の子(オジヨウサン)、聞き得て(キイテ)愕了(アキレル)す。到底(ツマルトコロ)猫耶猫耶(ネコジヤネコジヤト)、君道ふことを休めよ(オシヤイマスナ)、絞染浴衣(シボリノユカタ)も亦是客の8)■■(クレタモノ)、訊ひ得て(アテラレタ)違はず哩(ワイ)。


「帨」は「ひれ」。汗やごみをふきとる布、襟もとにつけて飾りとする布。戯訓にある「サンジヤク」は「三尺帯」「三尺手拭い」で「長さが鯨尺三尺ばかりの木綿の布で鉢巻・頬被り・腰帯などに用いた」。この若者は、全身に龍の刺青を入れ、帯をせず三尺手拭いを腰に巻いていたのです。




■戯訓語選択。

1) 「ホリモノ」→刺青の文様のこと。
2) 「アツマリ」
3) 「ソウゾウシイ」
5) 「タカブリ」
6) 「オクサマ」
7) 「オジヨウサマ」
8) 「クレタモノ」→妓女が客からもらうもの。


ケンソウ・ギシュウ・テントウ・キョウゴウ・ケンソウ・リュウブン・ジュジン・ソンシャ



■正解


1) リュウブン=龍文。リュウモンとも。龍の模様を入れた文身。ホリモノは「彫物、刺青、文身、我慢、タトゥー」。

2) ギシュウ=蟻聚。たくさんの人が、アリのように群がり集まる。蟻集(ギシュウ)・蟻屯(ギトン)・蟻合(ギゴウ)ともいう。「蟻~」の熟語は面白いのが多く、蟻潰(ギカイ=アリが散るように負けて一斉に逃げる)、蟻軍(ギグン=アリの群れ)、蟻穴(ギケツ=小さいが、大事をもたらすことがある物事のたとえ、蟻孔=ギコウ=)、蟻視(ギシ=アリを見るように他人を軽く見る、蟻観=ギカン=)、蟻垤(ギテツ=アリづか、蟻封=ギホウ=・蟻城=ギジョウ=・蟻塚=ギチョウ=・蟻壌=ギジョウ=・蟻塔=ギトウ=)、蟻動(ギドウ=たくさんの人が、アリのように群がり集まって騒ぐ)、蟻鼻銭(ギビセン=中国戦国時代、楚の国で用いられた貨幣、アリの顔に似た文字が刻まれていたから)、蟻附(ギフ=アリのように群がって城壁などを守る、蟻傅=ギフ=)、蟻慕(ギボ=アリが羊の肉を慕うように、人を仰ぎ慕うこと、手紙に用いる、荘子徐々無鬼篇の「羊肉不慕蟻、蟻慕羊肉、羊肉羶也」が出典)。

3) ケンソウ=喧騒。騒がしい。やかましく騒ぐ声。喧噪(喧譟)でもOK。喧聒(ケンカツ)とも。喧争(ケンソウ)だと「騒がしく言い争う」の意。「喧」は「かまびすしい」「やかましい」と訓む。喧囂(ケンゴウ=やかましく騒ぐ)、喧轟(ケンゴウ=騒がしく響き渡る、騒がしい)、喧啾(ケンシュウ=鳥などが騒がしく鳴く)、喧擾(ケンジョウ=騒ぎ乱れる、ごたつき騒ぐ、喧紛=ケンプン=)、喧静(ケンセイ=騒がしいことと静かなこと)、喧騰(ケントウ=評判が高くなる、大評判になる)、喧呶(ケンドウ=やかましく叫ぶ)、喧鬧(ケンドウ=騒がしくてにぎやか)、喧熱(ケンネツ=熱狂して騒ぐ)、喧卑(ケンピ=騒がしくていやしい)。

5) キョウゴウ=驕傲。おごり高ぶってかってなさま。驕慠・驕敖とも。「驕」は「おごる」と訓む。驕佚(キョウイツ=おごり高ぶって気ままにふるまうこと、驕逸=キョウイツ=)、驕淫(キョウイン=おごりみだらなこと、いい気になって淫乱に耽ること)、驕盈(キョウエイ=自身があり過ぎてえらそうにするさま、驕溢=キョウイツ=)、驕悍(キョウカン=おごり高ぶって荒々しいさま)、驕気(キョウキ=おごり高ぶる気持ち)、驕倨(キョウキョ=おごり高ぶって尊大に構える)、驕矜(キョウキョウ=おごり高ぶって人に譲らない)、驕驕(キョウキョウ=草の高くのびるさま)、驕蹇(キョウケン=おごり高ぶって道理にはずれること、驕横=キョウオウ=)、驕夸(キョウコ=おごって実際以上におおげさなことをいう、得意になって自慢すること)、驕侈(キョウシ=おごり高ぶってぜいたくなことをする、驕奢=キョウシャ=)、驕恣(キョウシ=おごり高ぶってほしいままに行動する、驕肆=キョウシ=)、驕児(キョウジ=わがままな子、駄々っ子、驕子=キョウシ=)、驕怠(キョウタイ=おごり高ぶってすべきことを怠る、驕惰=キョウダ=)、驕泰(キョウタイ=おごり高ぶって自分勝手に振る舞うこと、驕汰=キョウタイ=)、驕宕(キョウトウ=おごり高ぶっていてわがままなこと、驕蕩=キョウトウ=)、驕暴(キョウボウ=おごり高ぶっていて粗暴なこと)、驕慢(キョウマン=おごり高ぶって人をあなどる、自身があり過ぎてぞんざいである、驕易=キョウイ(「イ」と読むことに注意)=)、驕陽(キョウヨウ=盛んに照り輝く太陽)。

6) ジュジン=孺人。妻の通称。特に、高官(大夫・諸侯)の妻をいう。この「孺」は「つま」。やや難問。「ちのみご」の意の方が一般的で「孺子」(ジュシ)ならば「乳呑み児、幼児」の意で孺嬰(ジュエイ)・孺孩(ジュガイ)・孺童(ジュドウ)・孺歯(ジュシ)もある。「人」と「子」で見分けるしかないが、なかなかに厄介な言葉です。

7) ソンシャ=尊姐。お嬢様。「姐」は「女性の通称、親愛の意を込めて用いる。「あね」「あねご」とも訓む。どちらかというとやくざの女房のニュアンスもありますが、ここは「尊~」と用いていてお上品な良家の子女を含意する。しかし、難語です。中国語では「小姐(シアオチエ)」と用いて「おじょうさん」。

8) テントウ=纏頭。はな。芸妓に対する御祝儀。かずけもの。




4) 擾す=みだす。ずるずるとかき回す。うるさくじゃまをして、みだす。擾乱(ジョウラン=みだれ騒ぐ、みだす)。






全身に龍の刺青をして三尺布を帯代わりにした若者が二人、両国橋の上で屯しています。橋から見える隅田川には画舫が行き交い、三味線の音色が風に乗って聞こえてきます。酒の杯を川の水で洗う様子も見えます。「歌吹海」(カスイカイ)という変わった言葉も見えますが、歌舞、遊興の盛んな所、遊里という意味。両国橋から見える海を狭斜に喩えています。例によって甲乙二人の会話はまず甲の「べらんめぇ、てやんでぇ」の口調が続きます。

甲 「チックショー、どこのけだものだ?うるせぇなあ。芸者衆を挙げてどんちゃん騒ぎかよ。リャンコは好き者が多いからな。ションベンくせえ柳橋の芸妓もここんところ、偉そうにさ、どこぞの奥様かお嬢様にでもなったつもりか。俺たちのことを人間扱いすらしねえぜ。『芸者、芸者と言ってもお家へ帰ればお嬢様よ』だとぅ?聞いてあきれるぜ。何だかんだ言っても、『猫じゃ猫じゃとあなたおっしゃいますな』。んなこたぁどうでもいい、絞りの浴衣はお客の旦那のいただきものだろうが。ああ当てられた、はい、その通り、はいはいはい」。

士人(リヤンコ)。ちょっと特殊な言葉なのでさすがに問題にすることは避けましたが、覚えておいても損はないでしょう。戯訓の「リヤンコ」は「両個」と書く。文字通り「二個、二つ」の意ですが、武士を嘲った言い方でもある。両刀を佩びたからだという。


甲が最期に歌った歌は座敷歌の「猫じゃ猫じゃ」。芸者衆が皆から猫、猫と言われるので悔しくて猫ではない証拠を歌にしている。猫と言うけれど、ほんとに猫なら絞りの浴衣を着はしない。でも、その浴衣は旦那からのプレゼント。旦那と言っても旧薩長藩の士族たち。そんなエロ遊客に対する小僧どもの憎々しい気持ちが滲み出ています。気取っている芸妓にも鼻持ちならない様子。二人の毒舌はいよいよ鋭さを増します。この続きは次回をお楽しみに。

猫に小判 柳橋の妓女に鰹節 ん?価値が分かるのかぁ?=「柳橋新誌」二編(34)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの34回目です。最近江戸の犬の数が減ったという瞽人の按摩師が遊客に漏らします。すなわち、江戸に人口が減った証であり、これを以て江戸がさびれているとの結論。翻って、その代わり栄えているものもいるというのですが、それが猫。柳橋にいる猫ども。さてさて、どうしてなのでしょうか。


瞽道ふ、近年此の地猫1)■(カズ)〔都俗戯れに声妓を称して猫と曰ふ、三絃皆猫皮を張るを以て也。〕日に殖(フエル)す、亦狗の減するに頼る耶。奴の宅2)シリン皆猫窟(ネコノス)。聞く往年同閭(ヒトツナガヤ)左次平なる者、四国を巡つて3)■(サル)と為る、方今4)■■(チヨウナイ)の女児皆坐(ヰナガラ)して猫と為る。何ぞ其の術の捷きや。奴思ふに公(ダンナ)亦猫を愛する者、聞く近来猫の価頗る騰る。一隻(ピキ)を買ふ必ず一円金を5)ふ、諺に曰ふ猫に円金(コバン)とは、豈信ならずや。今日猫の盛なる驚くべし、小猫は論ぜず、独り大猫を算するに一百五十名有り、試みに一名一日一円に6)るを以て之を計るに、一月の金四千五百円、噫亦盛なる哉。奴の先師(シシヤウ)赤西検校(アカニシケンコウ)に遺訓(ユイクン)あり、曰く、神仏は其の道を信ずべからず、衣食は其の美を択ぶべからず、親戚相愛すること勿れ、7)ホウユウは厚く交はること勿れ、夙に興き夜は寝ね爪に火(ヒヲトモシ)して以て金に算(ソロバン)せよ、唯々利是れ貪れば則ち一生安楽なりと。真に是8)■■(メイゲン)、奴(ワタクシドモ)不肖遺訓を守る能はず、今に至つて赤貧半文銭を貯へず、人にして猫に若かざる者、毎に隔壁(トナリ)の猫輩食ふ所の9)香(□□□ノニホヒ)を嗅いで以て飯する耳。忽ち聞く婢階下より報じ曰ふ、令寵(マイリマシタ)来ると。瞽忙はしく道ふ、猫の話(オハナシ)此に尽く、尊筋亦頗る10)む(スヂモヨホド□□□マシタ)速々(オハヤク)寝に就いて可なりと。

■戯訓語選択、一字音読みヒントヴァージョン。

1) 「カズ」→アン・イン・ウン・エン・オン。

3) 「サル」→サ・シ・ス・セ・ソ。



■正解


1) イン=員。人の数。

3) ソ=狙。テナガザル。狙候(ソコウ=ねらいうかがう)、狙公(ソコウ=サルを飼う者)、狙猴(ソコウ=サルのこと)、狙詐(ソサ=すきをねらってだます)、狙伺(ソシ=サルが物をねらうように、ひそかにうかがう)。




2) シリン=四隣。四方の近所、四方の隣人。



■戯訓語選択。

4) 「チヨウナイ」→町内の意。

8) 「メイゲン」→名言の意。

チョウボウ・シゲン・イチボウ・モウゲン・ガイク・リョコウ




■正解

4) イチボウ=一坊。この「坊」は「まち」の意。市街地の一区画。坊間(ボウカン=まちの中、世間)。

8) シゲン=至言。最も道理に合ったことば、真実・事情などを言い当てていることば。






5) 費ふ=つかふ。まとまった金品をばらばらに分散させ使い減らす。費隠(ヒイン=君子が踏み行うべき道は骨が折れるが、人目にはつきにくいこと)。

6) 値る=あたる。役目や順番にまともにあたる、「あたいする」とも訓む。価値がそれだけあるということ。

7) ホウユウ=朋友。友達。中国語では「ポンユウ」。「朋」は「とも」。朋輩(ホウハイ)・朋儕(ホウサイ)・朋儔(ホウチュウ)・朋徒(ホウト)ともいう。朋僚(ホウリョウ)もあり。

9) 鱣=ウナギ。タウナギ。音読みは「セン」。鱣序(センジョ=教室、講堂、鱣堂=センドウ=)。

10) 施む=ゆるむ。戯訓に入るのは「ユルミ」。「のびる、のばす」の意。長く伸びる、のびて移っていく。この場合は「イ」と読む。施施(イイ=のびのびとするさま、ゆるゆるとするさま)。





瞽人の按摩師の話頭は、狗から猫へと転じます。「この柳橋にも猫の数が増えました。恐らく犬が減ったからでしょう。私の家の近所も猫だらけです。むかし同じ長屋に住んでいた左次平という男が、四国八十八カ所巡りをしていたらサルになったという話を冗談で聞いたことがありますが、今の街の若い娘ときたらいつの間にやら猫になってしまうんです。その術の素早いことといったらありませんよ。旦那さんは猫のことがお好きでしょうが、近ごろは猫と遊ぶ値段も跳ね上がっているとお聞きでしょう。一匹と遊ぶに必ず一円が必要ですね。俗にいう猫に小判とはこのことですよ。猫の勢い目を見張りますわ。子猫はもちろん、大猫ときたら150人ですよ。一日一人が一円を稼いでごらんなさい。ひと月で4500円ですよ。なんとまあ大金だこと。私の師匠に赤西検校というのがいるんですが、有り難い教えを残してくれております。神仏の道は信じてはいけない。衣食は贅沢ではいけない、親戚を愛してはいけない、友達とは深く付き合ってはいけない、朝は早く起きて夜は早々に寝る、爪に火をともして金は大事に使え、こうすれば金がたまって一生安楽に暮らせるのだ。いやいや至言ですよ。師匠に似ないのでこの教えはなかなか守ることができないので、ここに至っても貧乏暮らしから抜け出せはしないんですが、かといって猫の真似はできませんよ。隣に住んでいる猫の食うウナギの匂いだけ借りてご飯を食べている始末ですわ」。と、下女の呼ぶ声が聞こえます。「旦那、お姉さんが帰ってきましたよ」。按摩「ささ、猫のお話はここで御仕舞です。ちょうど筋もほどよく緩んでいます。お姉さんと牀を共にしてもOKですよ」。

聊か按摩の長口舌がすぎたようですが、柳橋の隆昌を言い当てています。客の氏素性は全く明かにしていませんが、恐らく旧薩長藩の士族と見ました。彼らが柳橋を支えているのです。幕府を転覆させた張本人であり、時代が明治に代わって政治に主役となった彼らが猫におまんまを食べさせているのです。按摩が言うところの「狗」は旧江戸時代の中枢を象徴しているのではないでしょうか。すなわち、柳北自身のこと。廃れたのは江戸時代。新たに「猫」が中心の明治時代になったことを遠回しながら寓意しているのではないか。女が簡単に猫になる風潮を非難しているのですが、それでもそうせざるを得ない事情、社会情勢をあてこすっている。そして、その猫に餌を与える明治政府の役人ども。妓女の金銭感覚も麻痺して、俗臭芬芬たる柳橋の雰囲気に嫌気を感じながらも、そこにこそこの国のいまの「現実」が見えると看破する柳北でした。

犬もいなくなれば棒にも当たらん、糞も踏まん、人もおらん=「柳橋新誌」二編(33)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの33回目です。本日のテーマは狗と猫の関係。猫は猫でもただの猫ではありません。以前、仮名垣魯文の「猫々奇聞」題言を取り上げたとき()に「猫魔社会」に警鐘を鳴らしましたが、その猫のことです。狗は猫を食うことはないが、猫の繁殖を抑える効果がある。その狗が衰えると猫の生命力が増すのです。一人の遊客とめくらの按摩師との会話から、今の柳橋の繁栄の根源が滲み出ることと成ります。やや長いので上下二回に分けます。




一客坐して待ち臥して1)つ。燈影滅せんと2)欲して復明かに、酒味酸に似て又苦し。3)■(ヒトリ)身影を吊し怏々として楽しまず。4)来り慰めて道ふ、本(コン)日一六にして各楼5)■■(ニギヤカ)、衆校書(ゲイシヤシユ)皆忙し。然れども6)■(ヒヨウシギ)已に7)戌(イツツ)を報ず、想ふに令寵(ゴヒイキ)早晩(モハヤ)帰り来らん、請ふ暫く諸を忍べ。客道ふ、待つこと久し矣。肩頭血凝(カタサキガコル)る、8)按摩師を招き来れ。婢諾して去る。乍ち見る9)瞽人階に及ぶを。客道ふ、某は此に在り。瞽、客背に坐し撲々肩(カタ)を拍ち軟々腕を握る。瞽道ふ、尊筋頗る硬し(スヂガスコシコリマシタ)、定めて時気に感ずるならん、徐々(ソロソロ)結を解いて可なり。客道ふ、10)■■(アンマサン)頃日新聞有り耶。瞽道ふ、無し焉、江戸も亦太だ衰へたり矣。客道ふ、何を以て之を知る。瞽道ふ、世人皆道ふ衰へも亦極まる矣と。而して奴(ワタクシ)の眼其の衰を視る能はず、然れども奴も亦一事以て其の衰を証する者有り。客道ふ、何の証か有る。瞽道ふ、奴日に出でて手を售る、家に帰る毎に其の履(ゲタ)を嗅ぐ糞臭有り、乃ち其の歯(ゲタノハ)を濯ふ。近来履を嗅ぐ臭を聞くこと甚だ罕なり、想ふに11)ガイク狗失(イヌノクソ)も亦少し。夫れ狗口(カズ)既に減ず、人口の減する知るべき也、衰に非ずして何ぞ、客道ふ、理有り理有り。



1) 竢つ=まつ。じっとまちうける。音読みは「シ」ですが熟語は見えません。

■2) 「欲して」の「欲」の意味を述べよ。ただし、「~がほしい」「~したい」ではない。



■正解=「だんだんと~になろうとする」。ある状態に近づきつつあることを示す。「なんなんとす」と訓読されることもある。




■戯訓語選択、一字音読みヒントヴァージョン。

3) 「ヒトリ」→ザツ・ゼツ・ゴツ・ケツ。
6) 「ヒヨウシギ」→チク・タク・トク・カン。





■正解

3) ケツ=孑。ただ一つ残ったさま、ひとりぼっちのさま。「のこり」とも訓む。孑遺(ケツイ=わずかにのこっているもの、わずかののこり)、孑孑(ケツケツ=たった一つぽつんとたったさま、小さいさま)、孑身(ケッシン=単身、独身)、孑然(ケツゼン=ただひとりのこったさま、ひとりぼっち)、孑立(ケツリツ=ひとりぼっちでいる、孤立)。

6) タク=柝。「き」とも訓む。合図としてたたく拍子木。柝撃(タクゲキ=夜警のたたく拍子木の音)、偃柝(タクをふす=夜警の拍子木を使わない、世の中がよくおさまって平穏なさまをいう)。




4) 婢=はしため。召使いの女。婢子(ヒシ=女子が自分をへりくだっていうことば、わらわ、身分の卑しい女、下女)、婢妾(ヒショウ=召使いの女と側妾、仕えている身分の卑しい女の総称)、婢僕(ヒボク=下女と下男、婢僮=ヒドウ=)。


■戯訓語選択。

5) 「ニギヤカ」
10) 「アンマサン」→ここは按摩を職業とする技術にたけたプロの意。

ドウドウ・コクシュ・シュビ・セイドウ・


■正解

5) セイドウ=盛鬧。にぎやかなさま、殷賑。熱鬧(ネツドウ)ともいう。鬧事(ドウジ=やたらに事件をおこす、騒動)、鬧熱(ドウネツ=人が多く、にぎやかで、活気のあること)。

10) コクシュ=国手。芸術・技術などで、国じゅうで一流の手腕をもっている人、名人。特にすぐれた名医をいうこともある。

■7) 「戌(イツツ)」とは何時ごろのことをいうか。



■正解=現在の午後八時およびその後二時間をいう。いつつどき。





8) 儞=なんじ。あなた、そなた、二人称の代名詞。

9) 瞽人=コジン。目の見えない人、盲人、瞽者(コシャ)。「めしい」と戯訓で読めばやや侮蔑表現か。瞽言(コゲン=実物を見ないでいうことば、正確でない内容のことばのこと、瞽説=コセツ=)、瞽師(コシ=盲人の音楽師)、瞽女(コジョ=女性の盲人、ごぜ=三味線をひき歌を歌ってものを貰って歩く女性の盲人)、瞽叟(コソウ=子大、伝説上の帝舜の父の名)。

11) ガイク=街衢。四方に通ずる広い道、また、まちを指す。街衝ともいう。「衢」は「ちまた」。衢巷(クコウ=ちまた、まち)、衢室之問(クシツの問い=昔の理想的な天子とされた帝尭が、政治の資料として人民のいうことを聴いたこと、広く人々の意見を聴くことのたとえ)、衢道(クドウ=わかれ道、四方八方に通ずる道、衢路=クロ=・衢涂=クト=)。






一六日は役所がお休みであり、役人たちが挙って宴会を挙げます。よって、この日は柳橋も書き入れ時で芸妓も大忙し。個人で馴染みの妓女に会いにやってきたものの、アポが思うように取れず待ち惚けを食らっています。坐るでもなく寝るでもなく悶々と時間が過ぎていく。次第にイライラが募りはじめます。下女が言うには「お姉さんは忙しいのですが午後八時も過ぎたのでもうそろそろお戻りになるのではないですか。もう暫くご辛抱下さい」。肩が凝りまくったので按摩を呼びます。盲である按摩の馴れた手つきで腕や肩をもんでもらっているうちに、会話が弾んでいきます。客「最近面白い話はあるかね」。按摩「ないですね。江戸もさびれていますよ」。客「どうしてかね」。按摩「世間ではここまでさびれが極まっていると聞きます。私は目が見えません。それでもさびれを実感することがあります」。客「それはなんだい」。按摩「こうやってお客さんの肩を揉みに外に出るんですが、家に帰るたびに下駄の臭いをかぐんですよ。むかしは犬の糞を踏んでしまってその臭いがしました。下駄の歯を濯わねばなりませんでした。ところが近ごろは犬の糞を踏むことがなくなったせいか臭いがしません。想像ですが犬の数が減ったのでしょうね。犬の数が減ったということは人間の数も減ったに違いありません。これはさびれでなくて何と言えましょう」。客「一理あるな」。

犬の数が減った=人口減。。。。この理屈は今一つすっきりしません。江戸は無血開城によって戦火を免れました。戊辰戦争も舞台は江戸ではありません。江戸っ子たちが戦争に駆り出されたというわけではないでしょう。江戸で人口減が起きている理由は何でしょうか。食料難ということでしょうか。明治政府の愚策、無策を皮肉っているのでしょうか。ただ言えることは冒頭の描写との相関関係です。一六日には柳橋は大繁盛しているということです。明治政府の役人は宴会を挙げるだけの財力がある。そのお陰で柳橋は潤っている。按摩師は、面白い話はないと言いながらも、柳橋の繁昌のお零れで食っているのも事実なのです。この矛盾。御一新の世の中はもしかしたら万人に幸せを与えられてはいない。一部の人だけが得をする世の中でしかないのかもしれません。

黄帝は木の舟を造ったが今の人は遊びのために舟を飾る=「柳橋新誌」二編(32)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの32回目です。「♪吹けよ川風 上がれよすだれ 中のお客の顔見たや♪」――。江戸時代、隅田川を往来する遊船を歌った小唄「吹けよ川風」が流行りました。佃節とも言います。中に居るのは遊客と芸妓。どんな顔をしていて何をしているのか見たい。風が吹けば箔がぱぁっと上がって中が覗けるのに。風は吹いてくれないよ。ああ残念無念。。。柳北の漢文では「吹兮水風颺兮箔、多情要見舫裏客」。生硬ですが締まった響きがあります。今回のネタは、そんな「画舫」の風流を描いた一節です。


1)リキョク詞に云ふ、吹け兮水風颺れ兮箔(フケヨカハカゼアガレヨスダレ)。多情見んと要す舫裏の客(ナカノオキヤクノカホミタヤ)。盛夏の天、紅日将に傾かんとし、水色逾々緑に長風一道南溟(オキ)より来る。遊舫数百隊を作し二州2)■■(マンナカ)に向つて3)■■(ノツコミ)し来る。青々の簾清冷にして風に翻へり、金絃空に響き紅羅波に映じ、人をして神4)■(ハツキリ)に気5)■(イキカヘル)し、6)ショウネツ地獄を出でて清涼世界に入るの想有らしむ。蓋し往時遊舫の制(キメ)、士船は障(シヨウジ)を着け市船は簾を着く。7)■■(チカゴロ)其の制一壊(クヅレ)し、各舫皆簾を廃し障と作す。雪の晨暖を鎖し風の夕春を護するは8)■■(ツガウヨク)に似たりと雖も、而も青々の簾清冷にして風に翻へるの快、復得可からざる也。




1) リキョク=俚曲(里曲)。民間で歌われるはやりうた。流行歌、ポピュラーソング。俚謡(里謡)とも。「俚」は「いやしい」「さと」とも訓む。俚鄙(リヒ=いなかびていて卑しい、俚俗=リゾク=)、俚耳(リジ=俗人の耳、話しや音楽を聞いてもその高尚な趣を理解できない人の耳のこと)、俚諺(リゲン=民間で行われている、典拠のないことわざ)、俚辞(リジ=雅言に対して、民間で使われている、上品でないことば。俚言=リゲン=・俚語=リゴ=)。


■戯訓語選択。

2) 「マンナカ」→川の中央部のこと。
3) 「ノツコミ」→「乗っ込み(ノリコミの音便)」と書いて魚が産卵準備のために深場から浅い所へと移動を開始すること。まっしぐら。
7) 「チカゴロ」
8) 「ツガウヨク」

バンキン・ベンギ・スイシン・バクシン・チュウリュウ




■正解



2) スイシン=水心。河や湖のまんなか辺り。「みずごころ」と訓めば、「魚心あれば水心(相手が好意を示してくれればこちらからも好意を示す)」の略。

3) バクシン=驀進。まっしぐらに劇しい勢いで進むこと。驀地(バクチ=不意に、だしぬけに、たちまち)。

7) バンキン=輓近。ちかごろ。「晩近」に当てた用法。「輓」は「ひく」。推輓(スイバン=人をひきたてる)、輓歌(バンカ=葬式に死者のひつぎをのせた車をひくときにうたう悲しみの歌)、輓推(バンスイ=前からひっぱり、後ろからおす、転じて、人をひきたてる)、輓馬(バンバ=車をひかせるための馬)、輓輸(バンユ=車をひっぱってはこぶ)。

8) ベンギ=便宜。物事をするのに都合がよいこと、その場に応じた適切な処置)。



■戯訓語選択、一字音読みヒントヴァージョン。

4) 「ハツキリ」→ゾウ・コウ・ソウ・モウ。
5) 「イキカヘル」→サ・シ・ス・セ・ソ。




■正解


4) ソウ=爽。この場合は「あきらか」の意。昧爽(マイソウ=夜明け)、爽邁(ソウマイ=気性がさっぱりしてすぐれている)。「たがう」と訓めば「二つに割れて符合しない、ばらばらになる」の意。爽約(ソウヤク・ヤクにたがう=約束にそむいて実行しないこと)、爽惑(ソウワク=調子が狂い、わけがわからなくなること)、爽徳(ソウトク・トクにたがう=徳義にそむいた行い)。

5) ソ=蘇。つまったのどが息を通り、生き返る。「よみがえる」とも訓む。蘇息(ソソク=ほっと一息つく、苦しみを逃れてほっとすること)。




6) ショウネツ=焦熱。こがし熱する、ひどい暑さ。焦熱地獄は「八大地獄の一つ。生前、殺生・偸盗・邪淫・妄語・飲酒などの戒を侵した人が、火熱による苦しみを受けるという所」。ここは比喩的表現で猛暑・酷暑・酷吏のことをいう。




冒頭に出て来る流行り歌。柳橋は隅田川に流れ込む神田川の河口周辺部一帯にあり、遊客たちは妓女を連れて川遊びを楽しむことが多かった。川に泛かぶ画舫は数百に及ぶこともありました。簾を翻す。三味線、紅裙、波間に煌めく。焦熱地獄の酷暑もやり過ごせる爽やかな風が吹きわたる。柳北によると、むかしは武家の船は障子、平民は簾と決めがあったという。ところが最近は猫も杓子も障子に換えてしまう舟が多い。たしかに雪の降った朝には中の暖が外に漏れないし、風の吹く夕方には春の暖かさを護ることができるから、障子の効用は分からないでもない。しかし、青々とした簾がさわやかな風に翻るさまはなんと気持ちのいいことなのに、障子ではその気持ちよさが味わえないではないか。遊客と芸妓の舟遊びには簾が欠かせないのです。柳北の好みですけどね。





去年故柳橋前に一大船を泛ぶ。錨(イカリ)して動かず、中に9)エンセキを設け艙内に10)カッポウす小酒楼の如し。遊客皆舟を繫ひで上り酒を呼び殽を命ず、酒も亦冽殽も亦美。其の船扁して柳船と曰ふ、柳船の名一時都に鳴る。然れども舟舫は熱に忙くして寒に閑(ヒマ)なり、秋風11)サツゼンとするや柳船も亦廃す矣。昔軒轅氏の12)シュウシュウを造るや、蓋し諸を渙に取る。今人舟を造るや取る所一ならず、諸を花に取り諸を月に取り諸を酒食に取り諸を娼妓に取る。知らず後来別に何様の奇船を造つて以て遊戯に供する耶。余預じめ諸を今日に13)ゼイするを得ざる也。





9) エンセキ=筵席。宴会の座席、宴席。「筵」は「むしろ」。

10) カッポウ=割烹。肉を割いて煮る。料理する、調理。

11) サツゼン=颯然。さっと風の吹くさま、その音の形容。颯爾(サツジ)・颯颯(サッサツ)とも。

12) シュウシュウ=舟楫。ふねとかい。船そのものを指す。転じて、天子の政治をたすける臣下をたとえることもある。

13) ゼイ=筮。うらなう、めどぎを使ってうらなう。筮仕(ゼイシ=はじめて仕官すること)、筮竹(ゼイチク=占いに用いる、竹でつくった細い棒、めどぎ、上は丸く下は四角く、五十本で一組)、筮卜(ゼイボク=めどぎでうらなうことと、亀甲をやいてうらなうこと、転じて占い全般を指す)、筮問(ゼイモン=めどぎを用いてうらなうこと、卜問=ボクモン=・占問=センモン=)。





後半は、故柳橋の前に巨大な舟が浮かんだ昨年の話が紹介されています。大宴会が挙行されました。言ってみれば、小さな酒楼。酒や肴が盛大に持ちこまれました。「柳船」という名が江戸中に轟いたそうです。しかし、夏に盛んだった舟遊びも冬には廃れるもの。秋風が吹くころにはだれも柳船のことを口にする者はいなくなる。ちょっと寂しい。流行り廃りはこの世の尋ながら、あまりにも派手だっただけに物の哀れを誘います。

そして、最後はまた易経。古代中国の伝説の皇帝も登場します。「軒轅氏」というのは「黄帝」のこと。伝説上の中国帝王で、文学・暦法・音楽・医薬などをはじめてつくった人とされる。のち、五行説で土・中央を支配する神とされた。「軒轅氏」の由来は、軒轅(いまの河南省新鄭県)の丘にいたとされることから、また、轅の高くはねた車を考案したとされることから。「華胥之夢」(カショノユメ)の成句は、この黄帝が夢で見た華胥の国こそが理想の政治を具現する自然体を教えてくれたという故事があります。なんでも造った軒轅氏ですが、船も彼の手によるものとされる伝説があります。易経・繋辞下伝に「蓋帝尭舜垂衣裳而天下治、蓋取諸乾坤、刳木為舟、剡木作楫、舟楫之利、以済不通、致遠以利天下、蓋取諸渙」とあります。岩波文庫「易経(下)」(258頁)によりますと、「黄帝や尭舜が衣裳を垂れたまま、ことさらの作為も施さずに天下が無事に治まったのは、おそらく乾坤の卦(乾坤は天地、天地の変化は無為自然)から思いついたことであろう。また木を刳り抜いて舟をつくり、木を剡(けず)って楫をつくり、これら舟と楫の便利さによって、今まで通れなかった水上に人を渡し遠方にまで行きつけるようにして天下の人々を利したのは、おそらく渙の卦☴☵(坎下巽上、坎は水、巽は木、すなわち水上に浮かぶ木の象)から思いついたことであろうし、…」と解釈されています。

「渙」は周易(易経)の六十四卦の一つ。☴☵(坎下巽上・風水渙)の形で、艱難が離れて事が広がるさまを示す。

柳北がここで言いたいのは、人の移り気なところをくさしている。花だ、月だ、酒だ、娼妓だ。いろいろな楽しみを画舫に持ちこんで楼船にしてしまった。かつての中国の帝王は占いで木の「卦」から舟を造り、世の中を便利にしたというのに、今の人は遊ぶことばかり。どんな立派な楼船を仕立てるつもりなのか。こんなことになろうと占いで予測することなどはできなかったよ。噫、移ろう世の中のなんと速くて予測がつかないことよ。画舫ですら況や。。。。

「錦の御旗」を立てられちゃあすごすごと退散するしかあるめぇよ=「柳橋新誌」二編(31)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの31回目です。贔屓の客であった士族の、これまでの厚意に対して感謝の意を示すとともに、永遠の別れを宣言したい妓女。それは、もう一人付き合っていた商人の元へ身請けを決めたからです。こっそり逃げ隠れるのではなく、その背景や経緯をきちんと説明しており、筋が一本通っている。しかしながら、士族の方は未練たらたら。じっと妓女の話を聞いていたのですが、堪え切れずに口を開きます。白居易の長恨歌の一節、玄宗皇帝と楊貴妃の誓いのフレーズである「天に在りては願わくは比翼の鳥と作り、地に在りては願わくは連理の枝と為らん」を持ちだして、あの言葉は嘘だったのかぁあああよぉおおお。。。。




士人1)■■(ムツトシテ)色を作して曰く、卿(オマヘ)曾て僕と誓ふ、天に在つては比翼、地に在つては連理。僕も亦刀を鼓し(キンチヤウ)以て誓ひを神に献ぜり。今卿盟に背き言を2)み、僕を棄てゝ以て情郎(イロオトコ)に嫁す。僕何ぞ黙して之を遣るに忍びん。且つ僕が心之を肯(キク)ずるも此の双刀を若何、彼の3)ジンギを若何。卿若し果して往かば則ち僕も亦策有り、我が藩に精兵十大隊有り、僕将に指揮して卿の家に迫らんとす、若何。妓曰ふ、君も亦無理、妾今身を売り以て活す。妾は売り君は買ふ所謂売り物買ひ品、妾唯々君の命に之れ従ふ。妾一朝4)■を脱すれば(ヒキコム)則ち賤しと雖も一家(ケン)の嬢子(ムスメ)也、5)■(ゲンプク)も亦随意(カツテ)、嫁ぐも亦随意自由自在、君何ぞ6)らん焉。縦令貴藩の兵何十隊有るとも将に妾を奈何せん。且各藩以て兵を養ふ所は豈大少参事の私情を成し私威を張る為に用ひん哉。若し兵来つて妾に迫らば、妾将に一走(ヒトハシリ)諸を官に鳴(ウツタヘル)さんとす。知らず君の藩大と雖も君の兵強と雖も安んぞ能く王家に抗することを得ん哉。7)キンキ一たび出ては亦8)□□□)へん而已と。9)咥然として大笑し、10)を下りて去る。

「刀を鼓す」に「キンチヨウ」の戯訓を当てていますが、正確には「金打」と書く。堅い約束を意味しており、「江戸時代に約束を違えぬ証拠に、武士が両方の刃または鍔などを打ち合わせて、また小柄(こづか)の刃で刀の刃を叩いたこと。かねうちともいい、女子は鏡、僧侶は鉦を打ち合わせたという」。あとにでてくる「双刀」が「両方の刃」。

■戯訓語選択。

1) 「ムツトシテ」

ブゼン・フツゼン・ボウゼン・キゼン・ショウゼン






■正解

1) フツゼン=怫然。むっとするさま、ぷりぷりおこるさま。憤然・忿然ともいうが、憮然は間違いですので要注意。「作色」は「顔色を変えること」。



2) ■に入れるべき常用漢字一字を記せ。ヒントは「言」が目的語となっていること。





正解=食。食言(ショクゲン・ゲンをショクす=いったん口に出した言葉を食べたように無くしてしまう。いったことを実行しない)と用いる。ここは「は・む」と訓ませている。



3) ジンギ=神祇。天の神と、地の神。天神と地祇。仁義や神器ではないので要注意。





■戯訓語選択、一字音読みヒントヴァージョン。

4) 「ヒキコム」=■を脱す→セキ・コウ・チ・ジョウ・ショウ

5) 「ゲンプク」=カイ・ケイ・セイ・マイ・レイ



■正解

4) セキ=籍。「籍を脱す」で「女郎の足抜け、遊郭の世界から足を洗う」。席ではない。

5) ケイ=笄。髪を留めるこうがい。戯訓の「ゲンプク(元服)」と言えば二十歳。女の「笄」は成人の徴です。とくに江戸時代、女子が嫁してのち、眉を剃り、歯を染め、丸髷に結うことを言いました。「笄年」(ケイネン)で既出。男なら「冠」。ここは、成人になったあかしとして初笄(ういこうがい)や鬢そぎ・髪上(かみあげ)などの儀式を挙行することをいうが、後ろにある「嫁ぐ」と連動して嫁入りを含意しているかもしれません。





6) 関からん=あずからん。「あずかる」は表外訓みでもやや特殊か。「かかわる」が普通。物をつなぐように関係する。

7) キンキ=錦旗。赤地のにしきに太陽と月を象った旗。天皇の旗印とした。所謂、「錦の御旗」のこと。これを立てた方が「官軍」で、立てられた方が「賊軍」となってしまいます。

8) 潰える=ついえる。戯訓は「クズレ」。くずれさる、戦争に負けて隊列が崩れる。音読みは「カイ」。潰散(カイサン=戦争に負けて軍隊がちりぢりになる)、潰走(カイソウ=戦いに負けて軍隊の陣形がくずれて逃げる)、潰瘍(カイヨウ=皮膚や粘膜がただれくずれたもの)。

9) 咥然=キゼン。ひっひっひと鼻で笑うさま。「咥」は「くわえる、かむ」と訓む場合は、「テツ」。毅然、喟然とは違うので区別できるように。

10) 階=きざはし。階段のこと。「きざはし」はほかに「段、陛」とも書く。







士族は恨み節の連続で止まりません。別れを切り出された男としては見苦しいことこの上ない。第一、自分は妻がいるのに妓女の相手を「情郎」と称するのはいかがなものか。相手の方には妻がいないのだから、寧ろあんたの方こそ「情郎」でしょうが。ところが士族は言うに事欠いてとんでもない台詞を吐きます。

「刀を叩きあった誓いをどうすればいいのか。神様へのお誓いは嘘だったと申し開きしなければならないのか。もしも、お前が俺の元から去るというのなら、俺にだって考えがあるぞ。俺の藩には精兵隊が十隊もあるのだ。俺が命令すればお前の家に攻撃を仕掛けようぞ」。

妓女も負けてはいない。反撃開始です。「無理無体なことをおっしゃる。あちきは芸妓。お金で旦那に買われている身だけれども、この世界から足を洗った暁には身分は低くともただの一人の娘ですわよ。誰と結婚しようが自由じゃないですか。あなたさまには関係ありゃしませんよ。たとえあなたの藩がどれだけの兵隊さんを抱えているかは知りませんが、一体あちきをどうしようというのでしょう。藩の軍隊とはお偉い方の私情、私怨を晴らすために用いるものなのでしょうか。もしも貴藩の兵があちきの家に攻撃しようというのなら、政府に駆けこんで訴えますとも。いいですか。貴藩がいかに明治政府樹立に功のあった雄藩であろうとも、天皇家に反旗を翻していいものですか。もしも錦の御旗を立てられてしまえばあなたがたは賊軍となって討ちとられてしまうのですよ」。

最後の一言は効いたようです。鳥羽伏見の戦いや戊辰戦争で薩長両藩は、錦の御旗を盾に旧幕府方の会津藩や奥羽越列藩同盟を賊軍として位置付けました。皮肉にも妓女は錦の御旗を立てたであろう薩摩か長州のお偉方である士族に対して錦の御旗を持ちだすことで自分の事を諦めさせる作戦に出たのでした。最後の一文は、もちろん士族が主語です。大笑いしながら妓楼から去っていった。しかし、恐らくはその目には涙が溢れていたことでしょう。意外と純真だったのかもしれませんね。したたかな妓女には薩長如きの士族は勝てませんのよ。さっさと身を引くのが得策さ。幕府側の中枢から一挙に下ろされた柳北の意趣返し、快哉を叫んだエピソードだったのでしょうね。

二股かけた妓女が一人を振る刹那 男の取るべき行動や何奈=「柳橋新誌」二編(30)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの30回目です。本日のテーマは、二股をかけていた妓女が竟に身受けをしてもらうため、一人に決めるシーン。十人の情夫と付き合って父親の不明なる子を身籠もった淫乱妓女のお話はありましたが、“真剣”な付き合いの中で伴侶となるべき「男」を選択する真面目なお話は初めてです。恋の駈け引きばかりが取り沙汰される花街・色街の遊びですが、妓女にしても自分の人生を決断する迚大きな岐路に立たされることがあるのです。男にとっては遊びかもしれないが、女は真剣。男のいい加減さの裏返しである真剣さと女の一見不真面目な真摯さの間には、恐らく永遠に埋まることのない懸隔がある。別れ話を切り出した妓女と、別れ話を切り出された遊客の真剣勝負が語られます。聊か長いので上下二回に分けます。



一妓二1)コウカク有り。一は商にして一は士、士婦有りて商家未だ娶らず。妓意を商に属し、而も好みを士に絶つこと能はず。頃日(コノゴロ)意を決して将に商に従良(カタヅク)せんとす。一夕士人と酌み、酒熟して将に寝ねんとす。妓曰く、妾君の2)■■(ゴヒイキ)を蒙る久し矣、3)シセイ忘れず、妾長く4)キソウを執つて以て君に事へんと欲す。而して妾が母許さず、母商家に生長し5)■■(ブケ)と親を結ぶことを願はず、且つ君6)■■(オクサマ)の故国(オクニ)に在る有り、縦ひ妾をして紅払(カケダシ)を学びて以て其の願を成すも、窃かに恐る銀瓶縄絶へ(スヘガツマラナイ)7)ギョクシン中より折れんことを。却つて是れ君を煩はす耳。8)コジン某久しく妾を愛す、毎に招いて以て酒を侑む。彼未だ嘗て一回(イチドモ)も妾に説くに9)■■(イヤラシキ)の事を以てせず。妾君に請はずして去るに忍びず今告るに実を以てす、君を騙さざる所以也。願くは一盃を飲み快く一夕を眠り、以て10)■■(オワカレ)を為さん。君若し遊時11)■■(アヒテ)に欠くことを思へば則ち幸ひに12)■■(シンコ)の名を掲ぐる者有り、13)キョウエン愛す可し、妾君の為に14)して以て恩情に報せん、君の意若何。


1) コウカク=狎客。馴染みの客。常連。



■戯訓語選択の問題。

2) 「ゴヒイキ」
5) 「ブケ」
6) 「オクサマ」
9) 「イヤラシキ」
10) 「オワカレ」
11) 「アヒテ」
12) 「シンコ」


コウグウ・エイケツ・シンギ・レイハイ・ケンコ・シリュウ・チンセキ






■正解

2) ケンコ=眷顧。情をかけてひいきする。愛顧。

5) シリュウ=士流。士人の仲間・社会。士族。もと武士で、明治維新後は華族と平民の間に位置する階級。

6) レイハイ=令配。おくさま。夫人の敬称。「配」は「つれあい」との表外訓みがあり。継配(ケイハイ=後妻)、匹配(ヒッパイ=妻、夫妻)。

9) チンセキ=枕席。まくらとしきものの意。寝具、ねどこ。女が男の意に従って共寝をすること。

10) エイケツ=永訣。ながの別れ。通常は死別をいうが、ここは男女の別れをいう。永辞とも。「永」は「とこしえ」「とこしなえ」。

11) コウグウ=好耦(偶)。よきなかま、よき相手。「耦」は「つれあい」とも読み、「相手、パートナー、仲間」。詩経・周南・関雎にある「窈窕淑女、君子好逑」が想起されますね。好逑(コウキュウ=よい配偶者、よき連れ合い)。もともとは「二人並んで耕す」の意。耦語(グウゴ=むかいあってひそひそ話す)、耦耕(グウコウ=二人が並んで耕す)、耦刺(グウシ=二人で互いに刺し違えて死ぬ)。

12) シンギ=新妓。新しく出たての遊女・芸妓。新子とも書く。




3) シセイ=死生。死ぬことと生きること。死と生。どちらかというと「死んでも」と「死」に重きを置いた偏義複辞と見た方がいいでしょうか。

4) キソウ=箕帚(箕箒)。ちりとりとほうき。「執箕帚(箒)」(キソウをとる)と用いて「人の妻になること、嫁ぐこと、嫁娶」。箕箒妾(キソウのショウ)ともいう。

7) ギョクシン=玉簪。玉で飾ったかんざし。女性の美の象徴。

8) コジン=故人・胡人・古人・賈人・個人・胡塵からふさわしい語を択べ。


正解=賈人。商人のこと。ここは冒頭にある「二狎客」のうちのもう一人である「商」の為人をいうくだり。死んだ人でも、えびすの人でも、昔の人でも、一人の人でも、えびすのちりでもない。

13) キョウエン=嬌艶。あでやかでなまめかしい。そのような女の姿。嬌嬈(キョウジョウ)ともいう。「キョウエン」は同音異義語の「杏園、竟宴、饗宴、共演、競演、供宴、協演」でないことに留意しましょう。

14) 媒=なかだち。結婚しようとする男女の間にたって結婚の仲介をつとめる。媒娉(バイヘイ)ともいう。若い妓女を馴染みの客に紹介しようという厚遇です。





一人は士族、一人は商人。二股をかけた妓女。士族には国元に妻がいる。恐らくは旧薩長藩士でしょう。妓女を権妻にでもしようとしたのでしょう。商人は生真面目一本。妻はおらず、いやらしいこともしないプラトニックラブ。妓女とは真剣交際の末プロポーズ。妓女の方は気持ちは商人にあるのですが、士族も好みで捨てがたい。ところが、母親が商人の出であるため士族との婚姻は認めない。士族への思いもあるのですが断ち切って、今宵最後の一夜を明かしてすっぱり分かれてほしいと懇願しているのです。やはり女のプライドがあって、本妻の二番手では将来生い先が怪しいと心配になったのです。「縦ひ妾をして紅払(カケダシ)を学びて以て其の願を成すも、窃かに恐る銀瓶縄絶へ(スヘガツマラナイ)」は意味が今一つすとんと落ちない。お国にいらっしゃる奥さまに気兼ねして、一生日陰の女で暮らすのは嫌だということでしょうか。「紅払」は以前も出てきたのですが、「隋末唐初の時代、唐の太宗に仕えた宰相、李靖の愛妾。元は隋朝の権臣、楊索の侍女」。恐らく本妻に負けて末路が哀れだったという喩えとして引き合いにだしたのでしょう。妓女は士族への思いがるが故にすべてを打ち明けて区切りをつけようとしています。剰え、自分が無き後の士族のパートナーまで世話しようとさえしています。若い娘を紹介しようという。これほど律儀で美味しい別れはないと思うのですが、士族もどうやら妓女への思いは真剣だったようです。後半では士族と妓女の意地とプライドと本当の姿がバチバチと音を立ててぶつかり合います。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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