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自分の「男」にするならターゲットは“勅任”しかないっしょ=「柳橋新誌」二編(9)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの9回目です。妓女甲と妓女乙の彼氏、情夫をめぐるトークが炸裂。「あなたのいい人、出世したらしいじゃない。お金たんまりね。今度奢ってよね」。しかし、真相はどうやら違うようです。妓女乙の語る情夫論。果して情夫にするならどんな男がよいのやら。出世はしてもケチじゃダメ。そもそも相手を択ぶ目が求められるのよ。ほとほと愛想が尽き果てぬ。。。


乙頭を掉つて曰く、否々(サウデナイコト)、彼歩を1)ウントに進むると雖も其の宝は2)■■(オヘイヘイ)に因りて得。3)キョウケン諛笑は妾(ワチキ)と雖も慙る所、且つ彼性4)■■(ケチンボー)、出遊の日5)■■(センドウ)箱奴(ハコヤ)に於ける6)■■を投ぜず(ニシモクレナイ)。動もすれば人をして肚を割りて(ジバラヲキリ)以て其の臀を拭はしむ。況んや彼挙止7)■■(スルコトガオウヘイ)、毎に人を8)ヒシす。寔に忍ぶ可からず。縦令彼自ら賀すも妾に於いて何ぞ賀せん。乾魚一串(メザシノヒモノ)も亦買ふことを欲せず、姉(ネエサン)其れ諸を諒(オサツシ)せよ。且つ姉聞かずや、裏岸(ウラガシ)の校児(ガキ)山の手の大将を9)擒(□□□□)す。10)■■(オモチヤニシテ)三月、11)■■(シヤクキン)三百円を償了す(カタツケタ)。


1) ウント=雲途。出世の道、栄達すること。ここでいう「雲」は高く遥かな場所で出世を譬えている。雲上人(ウンジョウびと=宮中に仕える者で、昇殿を許された者、雲客=ウンカク=)。

3) キョウケン=脅肩。肩をすぼめて首をすくめる。人にへつらうさまをいう。「かたをそびやかす」とも訓む。脅肩諛笑(キョウケンユショウ)は脅肩諂笑(キョウケンテンショウ、「孟子・滕下」が出典)ともいう。脅従(キョウジュウ=おどかして服従させる、また、おそれて服従する)、脅息(キョウソク=じっと息をこらす、非常に心配しているさま)、脅逼(キョウヒョク=おどかして無理強いする、脅迫)。

8) ヒシ=婢視。はしためとして扱う、女性を見下すこと。「婢」は「はしため」。あまり一般的ではありませんが女性蔑視の言葉でしょう。

9) 擒=いけどる。とらえる、とりこにする。構想を封じて生け捕りにすること。やや難しい当て字訓み。「いけどり」は「禽り」とも。音読みは「キン」。擒縦(キンショウ=とりこにすることと、放して自由にすること)→七縦七擒(シチショウシチキン)。擒生(キンセイ=とりこになったもの、いけどり)、擒捉(キンソク=つかまえる、捕捉=ホソク=)。


■戯訓語選択の問題。

2) 「オヘイヘイ」→「へいへい」(ぺこぺこ頭をさげるさま、こびへつらうさま)に丁寧語の「お」をつけた。
3) 「ケチンボー」
5) 「センドウ」→船頭
6) 「ニシモクレナイ」→「二銖、わずかなお金のこと」。
7) 「スルコトガオウヘイ」
10) 「オモチヤニシテ」
11) 「シヤクキン」


シュクサイ・フキ・センドウ・アユ・キョゴウ・センダツ・イッチョ・ロウガン・ヒリン・シサイ・チョキ・ランダ・サイキ






正解

2) アユ=阿諛。おもねりへつらう、人の気に入るように振る舞う。諛」は「へつらう」。諛悦(ユエツ=人に気に入られようとしてこびへつらう)、諛言(ユゲン=こびへつらうことば、諛辞=ユジ=)、諛臣(ユシン=こびへつらう家来)、諛佞(ユネイ=くねくねとして相手にこびへつらう、諛媚=ユビ=、諛諂=ユテン=)、諛墓(ユボ=ことさらに死者の生前の実際の事がらと違った墓誌をつくって使者を賛美すること)。

3) ヒリン=鄙吝。けちなこと。

5) シュウシ=舟子。ふねをこぎあやつることを仕事とする人、ふなびと。舟人(シュウジン)とも。

6) イッチョ=一楮。おかね。「わずかのお金もくれない」の意。

7) キョゴウ=倨傲。おごり高ぶっていばる。倨慠、倨敖、踞傲、踞敖でも正解。

10) ロウガン=弄玩。もてあそぶこと。玩弄ともいう。

11) シュクサイ=宿債。積もりに積もった債務。累積債務。


妓女乙はぼやくこと頻り。何となれば、彼女の情夫は出世したと言っても、特段の才能があるでなし、惟々上役に対するおべっかが上手なだけ。おもねりへつらいは最も忌み嫌うところ。剰え吝嗇ときている。船頭さんやはこもちにチップを鐚一文くれない。それどころか、人の金で御馳走になろうとするばかりで自腹を切ることがないのよ。そのうえさらに、いばりくさって人の顔を見れば婢か何かと勘違いする始末。ああ、とても我慢がなりませんよ。おねえさん、察してくださいな。だれがお祝いなどするもんですか。めざ一匹出しゃしませんよ。

それはそうと、ウラガシのまだ半人前の小妓なんだけどさ、うまいことやったらしいわよ。大物を手玉にとって、しゃぶるだけしゃぶりつくして金をせしめて借金300円を完済したってね。。。

自分の情夫を扱き下ろし、若手の芸妓の徼幸を妬む。嗚呼、怖い怖い。。。




真に是れ強腕(ヨイウデ)、後世畏る可き者、妾(ワチキ)常に謂ふ、真情(ホンマノイロ)は情を要し仮情(ダンナ)は利を要す。若し利を要せば則ち宜しく勅任以上を択ぶべし。否らざれば則ち知事華族なり、彼の奏任判任貴しと雖も未(マ)だ以て吾曹12)■■(ワチキタチ)の腹を飽かしむるに足らず焉。言未だ畢らず、楼外人有り高く叫んで曰く、三劇(シバヰ)の俳優(ヤクシヤ)給金表(ツケ)と。妓忙しく箱奴(ハコヤ)を呼んで曰く、栄叟(ドン)請ふ彼の官員月給表を買ひ取り来れと。

■誤字訂正の問題。

一か所誤りがある。それを示し正せ。ただし、この誤りは原文がそうなっているのであって迂生が意図的に問題に仕立てたわけではありません。柳北が誤ったか、あるいは書写した者か、発行者が誤ったか。いずれにしてもお陰さまで“いい問題”になりました。これに気が付かないとね。でもそれほど難問ではありません。







正解

後世→後生

論語「子罕」の「子曰く、後生畏る可し。焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや」(若い人たちは恐ろしい。これからの人が、いまのわれわれに及ばないということが、どうしてわかろうか)から。若い人には時間がある。もしこれまでの自分以上に勉学励まれたら、その進捗により凌駕され畏敬の念を持たなければならない。若者の活躍ぶりを観るのは中年が老いを感じる瞬間でありましょう。勢いというか、このまま成長したらとんでもない業績を残すぞ。。。でもでも、ドーントウオーリィ。。これには前提が付いている。「自分以上に勉学励まれたら」。これが難しいんです。一時の勢いは誰しもあること。それをさらなる高みに持ち上げるのは己の精進のみ。世代間の切瑳琢磨はそれとして、そんなことをあれこれ穿鑿するよりも「己」がどこまで継続できるかどうかに懸かっているのです。若者の勢いを自分の成長に“利用”すればいいだけの話です。



■戯訓語選択の問題。

12) 「ワチキタチ」→女性の複数自称。



ゴソウ・エイソウ・シソウ・ジョウソウ・グソウ








正解

ゴソウ=吾曹。われら、わがともがら、吾人。「わがソウ」とも訓む。「曹」は「ともがら」「やから」の表外訓みがあり。多くの同輩、転じて複数の仲間のこと。


妓女乙は若手の妓女について「強腕、後生畏る可き者」と悔しがっています。近頃の餓鬼はほんと要領だけいいんだから。。。そして、続けます。本命の男は真心を尽くし、二番手、三番手は金金金。金目当てなら「勅任」以上の大物でなければだめ。知事か華族のお金持ちを捉まえよう。「奏任」や「判任」の給料じゃ位だけ高くてもお腹がいっぱいにはなりゃせぬわ。。。。。

とここからは落ちです。「歌舞伎座の役者の給金表(番付か?)はいかがっすか~」。

これを聞いた妓女乙が言うことにゃ、「はこもちさ~ん。あちきに、お役人さんの月給表一覧を買ってきて~」。

今度はどの“大物”を狙おうといのでしょうか。。。こわこわこわ~。



★「勅任」「奏任」「判任」
任官時の職等級のこと。もと律令制に基づき、明治政府も踏襲。「勅任」は「天皇が自ら任命すること、またその職」で、まさにエリート高官。「奏任」は「太政官から天皇へ奏聞して任命すること、またその職」で、その次ンランク。「判任」は「下位の省庁から太政官に上申して、太政官で任命すること、またその職」で、下級役人。こうしたヒエラルキーが確立されていました。

★「箱奴」とは「箱屋」のことで「御座敷に出る芸妓に従って、箱に入れた三味線を持って行く男。はこまわし、はこもち、はこ」。いわば芸妓のマネージャー役。用心棒も務めた。
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役人を情夫にするなら…妓女の二人が身勝手トーク炸裂=「柳橋新誌」二編(8)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの8回目です。源氏物語「帚木」巻に「雨夜の品定め」というのがあります。長く降り続く五月雨の夜、頭中将、左馬頭、藤式部丞の三人が光源氏と共に女の品評をしながら、愚痴を零しあうのですが、ここは逆ヴァージョン。明治政府の高官をばったばったと斬り捲る妓女二人のトークの切れ味は痛快この上ない。全後編の二回に分けてお届けします。



新哇(ハヤリウタ)有り曰く、一六休暇(ゾンタク)大に宴を張る(オホイチザ)と。蓋し一六の日泰西日曜日の制に倣ひ、各省皆閉ぢ官員1)■■(ヤスム)す。或は盛宴を設け或は遊舫を泛べ、2)カンチョウ以て平日3)■■(ツトメ)の労(ホネヲル)を慰む。妓輩毎に杯杓に侍す。特々其の名姓邸宅を識るのみならず、併せて官爵の高低俸禄の多寡を知る。職員録官位表の如き4)ジュクアンせざる靡し。


■戯訓語選択の問題(今回は良問。対義語類義語の関係にもなってます)

1) 「ヤスム」

3) 「ツトメ」


カツモク・カンキュウ・キュウモク・オウショウ





正解

1) キュウモク=休沐。官吏の休暇。中国漢代には五日ごとに、唐代では十日ごとに、家に帰り沐浴することを許されたことから。休浴(キュウヨク)ともいう。「沐」は髪を洗う意。「ゆあき」「あらう」とも訓む。沐雨(モクウ=雨で髪を洗う、雨をかぶってぬれる、風雨にさらされながらかけずり回って苦労すること、櫛風沐雨=シップウモクウ=)、沐恩(モクオン・オンにモクす=恩恵をこうむる)、沐日(モクジツ=官吏の休日)、沐食(モクショク=すぐれた人物を尊重すること、すぐれた人が来ると、食べかけの食物を吐き出し、洗いかけた髪をたばねて面会する、握髪吐哺=アクハツトホ=)、沐露(モクロ=露にぬれる、苦労をして努力するたとえ、櫛風沐露=シップウモクロ=)、沐猴而冠(モッコウにしてカンす=サルが冠をつけている、粗野な人がうわべだけ飾ることのたとえ)。

3) オウショウ=鞅掌。手一杯に仕事を引き受けて、ひどく忙しいさま。「鞅」は「重みをまともに受けてになう、重みをになって奔走する」の意。ひっくり返して掌鞅(ショウオウ)ともいうので要注意だ!☆



2) カンチョウ=酣暢。酒を飲んでのんびりした気分になる、また、その気分。「酣」は「たけなわ」。酒が入っていることが前提。酣觴(カンショウ=心ゆくまで酒を飲む)、酣豢(カンカン=酒やうまい物を飲み食いして贅沢に暮らす)、酣宴(カンエン=盛んな酒宴、酒盛の真っ最中)、酣中客(カンチュウのカク=富貴におぼれている人のたとえ)、酣放(カンホウ=ほしいままに酒を飲んでしまりがない、文章が自由自在に書きこなされていること、酣縦=カンショウ=)、酣臥(カンガ=いい気持ちでぐっすり眠ること、酣眠=カンミン=、酣睡=カンスイ=)。

4) ジュクアン=熟諳。辞書に掲載がないが、「何度も何度も暗誦すること」くらいの意味で意でしょう。「熟」は「つらつら」「つくづく」。熟悉(ジュクシツ=十分に知り尽くす、知悉=チシツ=)、熟蕃(ジュクバン=政府の教化を受けて帰順した先住民、生蕃=セイバン=)、熟爛(ジュクラン=うれただれる、風俗が乱れること)、熟路(ジュクロ=なんども通っていてよく知っている道)。「諳」は「そらんじる」「そらんずる」。諳悉(アンシツ=くわしくのみこんですっかり記憶する、諳委=アンイ=)、諳誦(アンショウ=書いたものを見ないでそらでいう、そらんじること)、諳錬(アンレン=十分に練習して、よくのみこむ)。




新哇(シンアイ)。「哇」は「わいわいという笑い声や歌声」。哇咬(アイコウ・ワコウ)は「みだらな歌や音楽」。柳北の戯訓「ハヤリウタ」はとても分かりやすいです。民間で口ずさまれた流行歌。「一六」は「ジュウロク」ではなく「イチロク」と読み、月の「1」「6」の日。即ち、「1日」「6日」「11日」「16日」「21日」「26日」のこと。江戸期には休日・寄合日・稽古日とされていた。柳北の戯訓「ゾンタク」は和蘭語の「Zontag」。この日は花街の書き入れ時で皆さんそろって大宴会が催されるという。明治政府の役所がすべて閉庁となるからです。「日曜日」が休みになるのは明治9年の暦変更から。官僚どもは休みとなれば、宴会でどんちゃん騒ぎ、舟で酒盛り。芸妓を侍らせいい気分。そして、芸妓たちは彼らの住所名前役職ばかりか、給料が幾らで其のランキングも“御存じ”なのだという。ぱっと見てこのお方がいくら貰っているのかを諳んじることもできる。おお恐。。やはりいずれの時代も女が陰で男を牛耳るのです。したがって、職場が円滑に動くには欠かせない存在。逆にいれば下手を打てば致命傷、上手くやればこんなに頼もしい存在はいない。

続いてある二人の芸妓のやり取りが面白い。隣の部屋から聞こえて来る、妓女甲と妓女乙の会話に耳を傾ける柳北がメモったのでしょうね。甲が乙に「あなた奢りなさいよ」と話しかけます。




一日余某の楼に飲む。隣席二妓客を待つ有り、甲(ヒトリ)乙(ヒトリ)に語つて曰く、卿(オマヘ)宜しく一5)タイロウを設け以て饗すべし(タントオゴリヨ)。乙曰く、何の縁故(ワケ)有るかと。甲曰く、聞く情郎(トイチ)頃日(コナイダ)某の官に拝す。即ち是れ奏任第一等俸三百に超ゆ。賀す可し賀す可し。大円(マル)の6)キンシュウ、丸利(マルリ)の7)サンゴ、唯卿の欲する所(スキシダイ)。タイロウ々々(カンヂヨウ)。卿宜しく福を分つ可し。




5) タイロウ=大牢。立派な御馳走。もともと古代中国で天子が社稷をまつる際の供物、すなわち牛・羊・豚の三種類の牲(いけにえ)のこと。

6) キンシュウ=錦繡。美しくて立派な着物。錦の繡(ぬいとり)。

7) サンゴ=珊瑚。サンゴの装飾物。簪か扇か。




「トイチ」と戯訓がありますが、「ト一」と書く。情人、いい人、いろ。男女の双方に用います。ここはもちろん妓女乙の彼氏をいう。妓女甲によれば、乙の彼氏である明治政府の役人が出世してとある役職に就いたとか。その奏任ときたら「第一等俸三百に超ゆ」。ああおめでたや、福を分けてござんすな。「大円」「丸利」は不明ながら、恐らく当時の名だたるブランド名でしょう。いまならさしずめグッチかヴェルサーチか?(ちょっと古い?)欲しい者は何でも買って貰えるからね~。さあさあ御馳走、御馳走。奢ってよしな。。。ところが、妓女乙は浮かぬ顔。。。さて、何故??

「伽蘿先代萩」を「殺風景」と一刀両断=「柳橋新誌」二編(7)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの7回目は、某侯と某妓の恋愛ストーリーの3回目です。熱い思いを込めてしたためた恋文。あくまで他人のものですが、あたかも柳北が“主人公”であるかのよう。。。まさか、本当は柳北自身の話を脚色したのではあるまいか?な~んてことはないでしょうが、逆に言えば、こんな他人様の恋路の話をここまで具に克明にリポートできるくらい、彼が柳橋の芸妓に食い込んでいたという証ではないでしょうか。通常はこういったスキャンダルの話は“寝物語”で仕込むのが常道ですからねぇ。ねぇ?柳北先生。。。。「たぁ~さん、ちょっと聞いてくれるぅ?相談に乗っておくれなぁ」なんてね。。。


余読み了はり覚へず潜々として涕(ナミダ)下る。楽譜伝ふる所、在納言(ユキヒラ)須磨の浦に1)タッキョし情を松風(マツカゼ)村雨(ムラサメ)と云ふ者に2)む。其の事閑雅(ミヤビ)、其の情3)セイワン、千載の下其の曲を聴き其の舞を観る、猶ほ人をして愀然泣を催さしむるに、近世風俗薄醨(ウスク)人心4)■■(ワルズレ)にして、断へて情事の古に5)たる者無し。今此の書を読む、6)エンゼン古人情痴の風有り。何ぞ其れ思の切にして哀しき也。余好んで演劇(シバイ)を観る、毎に頼兼高尾の事を嘆ず。三叉(ミツマタ)一刀渭水血を流す、何等の殺風景ぞ、寔に此の侯の情事と日を同じうして語る可からず焉。






1) タッキョ=謫居。罪を犯しその罰として遠方へ流されること。また、そこでの侘び住まいのこと。「謫」は「つみ」「つみする」。謫宦(タッカン=罪や過失の為その罰として役人が地方へ左遷されること、また、その役人、謫官とも)、謫戍(タクジュ=罰せられて国境などの辺地の守備要員にさせられること、また、その兵士)。

2) 鍾む=あつむ。「鍾める」は「あつめる」。ずっしりまとめてあつめる。音読みは「ショウ」。鍾愛(ショウアイ=愛をあつめる、非常にかわいがること、鍾憐=ショウレン=)。

3) セイワン=悽惋。かなしみ心が痛むこと。悽傷(セイショウ)・悽楚(セイソ)・悽悼(セイトウ)・悽惻(セイソク)ともいう。「悽」は「いたむ」、「惋」は「うらむ」。惋恨(ワンコン=残念なことだとうらむ)、惋傷(ワンショウ=嘆き悲しむ、惋嘆=ワンタン=、惋慟=ワンドウ=、惋怛=ワンダツ=)、惋惜(ワンセキ=残念なことだと惜しむ)。悽然(セイゼン=いたましいさま、悽絶=セイゼツ、悽切=セイセツ=、悽断=セイダン=)、悽戻(セイレイ=きびしいつらさ)。

4) ■■に当てはまる熟語を「ワルズレ」の戯訓をヒントに次の中から選び漢字で記せ。



コウカク・コウカツ・コウカン





正解

コウカツ=狡黠。狡猾もあり。悪賢くてずるい。狡獪(コウカイ)ともいう。狡吏(コウリ=悪賢い役人)、狡童(コウドウ=見た目はかわいいが、悪賢い少年)、狡詐(コウサ=悪賢くて場あたりのうそをつく)。

5) 肖たる=にたる。「肖る」は「にる」。通常は「あやかる」「かたどる」ですが、「似る」の意味でも用います。肖翹(ショウギョウ=蝶や蜂などの小さな虫のこと)、肖似(ショウジ=よくにていること)。

6) エンゼン=宛然。さながら、ちょうど、まるで、そっくりそのままに。






二人の物語を聞いて涙が止まらなくなったという柳北。感受性豊かですなあ。偕老同穴を誓った最後のくだりは比翼連理の長恨歌に通じる雰囲気もありますが、柳北は「在納言」、すなわち讒言によって須磨に籠居を余儀なくされた在原行平(ありわらの・ゆきひら=818~893、在原業平の弟)の恋物語に準えています。「松風」「村雨」というのは、彼の百人一首の歌「立ち別れ いなばの山の 峯に生ふる まつとしきかば 今かへりこむ」でも詠み込まれた松風・村雨姉妹のこと。行平は須磨で、地元の姉妹と恋仲になり、別れに際して行平は狩衣と烏帽子を残して旅立ったが、残された松風・村雨姉妹は悲しみに暮れたといいます。これは謡曲『松風』として今に伝えられています。まさに源氏物語の「須磨」巻は彼をモデルに仕立てられたもの。柳北の源氏物語好きの一端が垣間見えます。

ところが、最近の連中はそうした古来日本にあった風流を解さない輩が多い。「薄醨」(ハクリ)は「情がない、人情に薄いこと」。ここは特に明治政府の高官を指すのであろう。某侯の文を読んだ柳北は、そうした古の人の情を想起したと言います。哀しき切ない男女の愛。ところで、最近、芝居も見ると言いますが、ここでは歌舞伎のことをいうのでしょう。「頼兼高尾」というのは伊達騒動を題材にした「伽蘿先代萩」に出て来る遊女の高尾と、彼女を二千両で身受けしようとした足利頼兼(伊達藩主伊達綱宗)。頼兼は、三股川に大船を浮かべるが、自分に逆らう高尾を酒乱のあまり船べりに吊るし斬殺するシーン「高尾の吊斬り(たかおのつるしぎり)」が有名。しかし、柳北は「殺風景」と一刀両断に扱き下ろし、とても某侯の手紙には風流さに於いては適うべくもないと断じます。そこまで肩入れする某侯とは誰でしょうね~。

名を慎み具にしない手紙に罩められた男の身勝手さ=「柳橋新誌」二編(6)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの6回目は、某侯と某妓の恋愛ストーリーの2回目です。侯が妓に贈った手紙を柳北が盗み読んだという。しかし、いやいや、人の手紙を断りも無しに読むほど彼は無粋ではないでしょう。恐らく妓女本人から赦しを得て見せてもらったに相違ありません。彼にはそういう“諧謔性”がたっぷりですからね。額面どおり受け取ってはいけませんよ。

余一日其の書を偸み読む。文に曰く

 愛卿別後恙無きや否や。1)□□)卿(ソナタ)に別るゝの日より情思恍惚、卿の容姿常に目に彷彿とし卿の私語毎に懐に往来す。錦々の恨絶ゆる期有るを知らず。卿其れ諸を察せよ。昼は即ち卿の写影(シヤシン)を掲げ、夜は即ち卿の手書(フミ)を誦す。孤の身卿と離るゝと雖も、魂猶ほ卿の側に在り。墨水の遊二州の宴回顧すれば一夢、悽然2)ソウゼン、卿其れ諸を察せよ。3)■■(シタギ)一領、此れは是れ4)■■(イヘノオキテ)、重臣と雖も軽々しく与へざる所の者、孤卿の故を以て制を5)つて之を贈る。請ふ秘して人に語らざれ。6)■■■■(クレクレタノム)。且つ孤関心(ココロカカル)の事有り、窃に恐る雲雨長く痕を留め、熊蛇或は夢に入らんことを。若し然らば書を侍臣に投じ速に告知(シラセ)す可し。孤7)ライサイ東行必ず卿の身を贖なひ、離宮を作つて以て8)トモに老ひ、嬌絃を高閣に弄し遊舫を曲池に泛ぶ。豈楽しからず乎。孤誓つて此の盟を9)へず、卿其れ諸を察せよ。情緒10)さず只此を寄知す。

                           慎名不具(ゴゾンジヨリ)





1) 孤=われ。諸侯や国王が自分を謙遜していう代名詞。わたし。対義語が「卿」で「そなた」。

2) ソウゼン=愴然。つらさに打ち拉がれたさま。愴愴(ソウソウ)ともいう。「ソウゼン」は同音異義語が多く、区別に要注意。爽然、騒然、蒼然、鎗然、躁然、鏘然。

★戯訓語選択の問題。

イライ・ジツイ・シショク・カセイ・コウクン・コンガン

3) 「シタギ」

4) 「イヘノオキテ」

6) 「クレクレタノム」(■■■■は繰り返し)



正解






3) ジツイ=衵衣。婦人のつけたはだぎ。「衵」は「あこめ」の訓みがあり。

4) カセイ=家制。家族や子孫が守るべき、その家のおきて。家憲・家範ともいう。この「制」は「きまり」「命令」の意。

6) シショク=至嘱。大いに将来に望みがあること。「くれぐれも頼む」の意。ちょっと難しいかもしれません。




5) 壊つて=やぶって。「壊る」は「やぶる」。穴があいてくずれる、中がうつろになってこわれる。表外訓み。案外訓めないのでは?壊爛(カイラン=組織がこわれてくずれてしまう)、壊頽(カイタイ=破れくずれる、壊崩=カイホウ=)、壊決(カイケツ=中がうつろにほげてくずれる)。

7) ライサイ=来歳。来年。来茲(ライジ)ともいう。

8) トモに=偕に。つれだって、ふたりそろって。ここは「偕老」(夫婦がそろって老いる)と詩経にある成句なので「共に、俱に、友に、同に、侶に、伴に、供に、僚に、朋に」などでは不正解。偕老同穴(カイロウドウケツ=夫婦の契りが非常にかたくともに老い、同じ墓穴に葬られること)。夫婦の契りをかわす、いわばプロポーズの決めの言葉と言っていいでしょう。

9) 渝へず=かへず。「渝える」は「かえる」。中身がぬけて入れかわる。変質する。音読みは「ユ」。渝替(ユタイ=変質して衰える)、渝盟(ユメイ・メイをかう=約束をたがえる、誓いにそむく、寒盟=カンメイ=)。

10) 悉さず=つくさず。「悉す」は「つくす」。すみに至るまで出しつくす。悉尽(シツジン・ことごとく・ことごとに=みな、残らず、すべて)、悉心(シッシン=細かいところまで心を使う、努力しつくす)、悉皆(シッカイ=すっかり、残らず)。


まさに恋文そのもの。他人の秘事を垣間見るかのようです。現代社会ならばインターネットがあってメールや携帯電話など簡便なツールがあり、かような手紙のやり取りなどあり得ないことでしょう。しかし、それだけに思い入れは一入。下着を人に贈るなど知れたらとんでもない目に遭ってしまう。ここはちょっといやらしいか?現代で下着を贈るという意味は、。。。。、今度会ったらその時はそれを着けていてね☆!というような意味でしょうね~。さらに夢に出てくるむくつけき熊や蛇。これは恋路の邪魔をする間男か。嫉妬深い一面ものぞかせます。これは嬉しいでしょう、この妓は。天にも昇る気持ちでしょうね。男が嫉妬してくれることほど勝利感はないでしょうからね。ましてや相手は名のある高官ですから。

「東行」とありますから、恐らく関西地方の元地方藩の主君か家臣で現在は新政府の役人なのでしょう。よくよく考えれば独身ってことはないよね。「離宮」とあるからあくまで“本宅”ではない。二号を囲うということ。所詮は遊びなのですが、それでも妓は構わないのでしょう。偕老同穴を持ちだしていますが、詭弁でしょう、綺麗事でしょう。だって「嬌絃を高閣に弄し遊舫を曲池に泛ぶ。豈楽しからず乎」とあるから、遊ぶことばかりを考えている虫のよさが見えます。夫婦になって遊びばかりはあり得ないから。やっぱ身勝手な男の戯言でしょうね。何度も言いますが、柳橋の妓女にとってはそれでも本望。二号で結構。時代が時代ですから、そんな女の生きる道がしっかりと根付いていたのでしょうね。

最後の「慎名不具(ゴゾンジヨリ) 」は面白い表現ですな。名を慎み具にせず。戯訓は「ゴソンジヨリ」。名を伏せつつ当事者だけに分かる内容でみなまで言わなくても。。。“しっぽり感”たっぷりの手紙でした。

某侯と某妓の恋物語…あなたは流涕せずに読み果せるか?=「柳橋新誌」二編(5)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの5回目です。この段では柳橋に通う旧地方藩の高官と妓女の恋愛ストーリー。単身赴任先の東京を離れて地元に戻らなければならなくなったため別れを余儀なくされた某侯がくだんの妓女に手紙をしたためます。裏表のない二人の愛情に心打たれる風情の、「らしくない」柳北です。漢文調で語られる生硬な彼の文体ですが、こうした男女間のストレートな愛情を語らせても天下一品です。同書の塩田氏の解題(97頁)によると、「『柳橋新誌』を具さに読んでみると、人情の機微手にとる如く、誠に《あはれ》をも含んでゐる文章である」とある。それは彼が「漢籍は勿論の事であるが、国書も広く渉猟し源氏物語が愛読書の一であつたことは、その随筆に散見するばかりではなく『花月新誌』に連載した源氏五十四帖の漢詩訳『紫史吟詠』によつても明らか」とし、「本書に現れた遊子の興趣に、一種の風情を蔵してゐるのは、この源語の余韻を伝へてゐるとでも言へようか」と続けています。成る程、源氏物語ですか。情緒濃やかな柳北の観察眼は、いわば儒教思想とは百八十度も異質なものと言える我が国古来の文学を耽読することによって醸成されたようです。機会があれば紫史吟詠も一度読んでみたいなあ。。。

本日からは諸事情あり、本来なら一回で終えるべきところ、細切れで三回に分けてお届けする形とせざるを得ないことをご了解ください。

某(アル)侯1)だ某妓を愛し、情啻に2)コウシツのみならず。余両ながら其の人を識りて、而して両ながら其の名を忘る。侯将に其の国に帰らんとす、3)ケンレンの情に堪へず。駕を発するの日、竊かに侍臣に命じ書を其の妓に寄す。妓一読して絶せ(シナ)んと欲す。諸を其の懐に蔵し且旦暮釈(ハナス)てず之を珍とすること4)キョウヘキの如し。





1) 酷だ=はなはだ。「酷だしい」は「はなはだしい」。物事の程度がひどいさま。ひどく。酷虐(コクギャク=情け容赦ない、むごい態度で人に接する)、酷肖(コクショウ=非常によく似ている)、酷吏(コクリ=法を緩めず厳しい処理を行う役人、夏のひどい暑さにもたとえる)、酷烈(コクレツ=非常に激しくてきびしい)。

2) コウシツ=膠漆。にかわと、うるし。互いにぴったりと交わりあって、はなれないこと。ここは某侯と某妓が親しく交わり愛情が通っているさまをいう。

3) ケンレン=眷恋。思い慕う、心に思っていつも忘れない。拳攣とも書く。「眷」は「かえりみる」とも訓み、「目を掛ける」の意もある。眷焉(ケンエン=いつまでも気にしてかえりみるさま、眷然=ケンゼン=)、眷遇(ケングウ=特別に目を掛ける、手厚くもてなす、眷接=ケンセツ=)、眷眷(ケンケン=いつも心にとめて回顧するさま、思い慕うさま、攣攣=レンレン=)、眷顧(ケンコ=ふりかえりみる、情をかけてひいきする)、眷想(ケンソウ=かえりみて思う)、眷属(ケンゾク=一族、親族、眷族=ケンゾク=)、眷眄(ケンベン=目をかける)、眷命(ケンメイ=天子などが人民のために、いつくしんでいたわりのことばを下す)。

4) キョウヘキ=拱璧。一抱えもあるほどの大きな玉。「拱」は「こまぬく」とも訓みますが、ここは「両手でひとかこみできる大きさ」という単位を表す言葉。大切な宝物をいう言葉でもあります。



この段の主人公は某侯とい某妓ですが、柳北は双方の氏素性は完全に把握しているようです。しかし、それをこういった本で暴露することは御法度。それは風流ではなくなるから。適当にぼやかして分かる人にだけ分かるように書くのが粋人の極意なのです。とりあえず別れることになった二人ですが、侯が妓にしたためた手紙の赤裸々な内容が次回明らかになります。お楽しみに。。。

蛇足ですが、毎日弊blogにお越しいただく方にはこれくらいのボリュームが恰度いいのかな?漢字学習の量としては手頃かもしれませんね。でも、意味が取りづらくなるんですよね~。

花街で遊ぶ明治高官 文明開化と混同すなよ=「柳橋新誌」二編(4)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの4回目です。お上が花街を統御することの是非を論じています。むろん、柳北は程度の問題ではあるものの自由にやらせよという主張。おそらくそれは日本古来の伝統的な文化という観点に立脚しているものと思われます。それは明治政府の花街遊びが文明開化の名のもとに行われているというちょっと歪な形になっていることを憂えているからです。


往昔1)ホクリ盛んなりと雖も、柳橋熱すと雖も、未だ名公2)キョケイ(ミガラノヒト)一遊して以て其の情味を嘗むる有るを聞かず。蓋し文政天保3)■■(コノカタ)、幕府4)■■(オキテ)極めて厳にして、5)■■(ハタモト)の士と雖も遊べば即ち6)譴(□□□)有り。天朝其の弊を矯めたまひ、小過を赦し、賢才を挙げ、其の大綱を正し、其の大典を修め、花を擁し柳を抱く瑣末の事の如きは釈して問はず。故に7)シバ高蓋、時有つて蘇小の家を三顧す。彼の公子王孫深閨中に在り、畢生8)■■(アソビ)の郷(サト)に入る能はざる者、一朝放縦(ハナサレ)其の之く所に任かずこと、9)ヤカクの籠を出でて飛び、洪水の堤を決して進むが若し。其の快知る可き也。10)■■(ゲイシヤ)11)■■(タイコ)媚を捧げて来り、12)を13)して14)つ。一酌百金一弾千金、真に是れ一曲紅綃数を知らざる者なり。夫れ下情に通じ人事を解する者は、遊に若く莫き也。貴介15)■■(ヤクニン)深意を遊戯に寓(ヨセ)し、以て閭巷の情態を察せば、則ち治を為すに於いて益無しと為ず。且つ16)■■(セイヨウ)諸国の若き、帝王遊を民庶に同じくす。花旗(アメリカ)聯邦の若き、貴賤、等を殊にせず。皆是れ所謂文明開化なる者、頃歳、本邦日に旧弊を除き力めて政務を新にす、美事と謂はざる可けんや。然りと雖も徒らに酒楼の遊び娼妓の楽を以て文明開化の道と為す者は、余肯んじて其の祖を左にせざる也。




1) ホクリ=北里。色街のことですが、とくに江戸時代に栄えた吉原遊郭をいう。

2) キョケイ=鉅卿。年長者を尊敬していうことば。「鉅」は「おおきい」の意。鉅公(キョコウ=天子、偉大な人物)。「名公」(メイコウ=名高いいえがら)と合わせた戯訓「ミガラノヒト」は不明。家がら身分の高い人くらいの意でしょうか。

■戯訓語選択の問題。花街用語が多数含まれますが、これまでも何度かご紹介したものがほとんど。復習がてら挑戦してみてください。やや難解なものも含まれます。8問中6問正解で合格!

3)「コノカタ」
4)「オキテ」
5)「ハタモト」
8)「アソビ」
10)「ゲイシヤ」
11)「タイコ」
15)「ヤクニン」
16)「セイヨウ」



キカ・ホウカン・コライ・イカン・シンシン・タイセイ・キョウシャ・インポン・キンモウ・コウショ・カンガン・ゴジョウ







正解

3) イカン=以還。今よりのち。以来、以降、已来。

4) キンモウ=禁網。法律のこと。禁罔とも。法に触れて罰せられることを、魚が網にかかってとらえられることにたとえている。

5) キカ=麾下。大将に直接さしずされる部下、将軍直属の兵士、江戸幕府では旗本。「麾」は「さしずばた」とも訓む。

8) キョウシャ=狭斜。遊廓の街のこと。

10) コウショ=校書。芸者のこと。

11) ホウカン=幇間。太鼓持ちのこと。男芸者。幫間とも書く。「幇」は「なかま」「たすける」とも訓む。幇助(ホウジョ=わきから力を添えて手伝うこと)、幇党(ホウトウ=なかま)。

15) シンシン=搢紳。官吏および官吏階級に属する人。官吏は礼装として「紳」(からだを締める帯)をつけ笏をさしたことからいう。縉紳もOK。搢(縉)笏(シンコツ=笏をさしはさむ)。

16) タイセイ=泰西。西洋のこと。西のはて。「泰」は「はなはだ」とも訓む。




6) 譴=とがめ。「せめ」「つみ」とも訓める。音読みは「ケン」。譴呵(譴訶、ケンカ=きつく罪をせめてしかる)、譴咎(ケンキュウ=罪や過失についてのとがめ)、譴告(ケンコク=罪を告げて相手をいましめる)、譴責(ケンセキ=罪をせめて叱る、過失・非行をおかした官吏に対する懲戒処分)、譴謫(ケンタク=罪をせめて罰する、とがめて遠い地に左遷する)、譴黜(ケンチュツ=罪過をせめて、官位をさげる)、譴怒(ケンド=罪をせめておこる)、譴罰(ケンバツ=あやまちをせめて処罰する)。

7) シバ=駟馬。四頭立ての馬車、その四頭の馬。次の「高蓋」(コウガイ=高車ともいう)は屋根のおおいの高い立派な車のことで、「駟馬高蓋」で「貴人の乗るりっぱな馬車」をいう。

9) ヤカク=野鶴。野に居るツル。閑雲野鶴(カンウンヤカク=俗世間との関係を絶って超然としている隠者に喩える)。

12) 頤=あご。「おとがい」とも訓む。この訓みの方がいいかもしれません。音読みは「イ」。頤指(イシ=あごでさしずする、人をかってにつかうこと、頤使=イシ=、頤令=イレイ=)、頤養(イヨウ=養成する、はぐくむ)、頤和(イワ=園の名、北京の西北、万寿山のふもとの昆明湖畔にあり、清王朝の皇帝の避暑地として用いられた、現在は人民公園)。

13) ダす=朶す。たらせる、下へたらすように動かす。↑「頤」と組み合わせて使用して「朶頤」(ダイ・イをダす=あごを動かして食べようとするさま)、朶雲(ダウン=たれ下がった雲、他人から来た手紙の敬称)。

14) 候つ=まつ。あらわれるのを待ちうける。「まつ」はほかに、「俟つ、待つ、竢つ、須つ、佇つ、竚つ」がある。




江戸後期の文政天保年間ですら、幕府は法度を厳しくして、幕臣が吉原、柳橋の遊郭で遊ぶことを禁じました。ところが、朝廷、すなわち明治新政府になると、いささかそれは厳し過ぎるとして、その禁遏を弛めました。「花」を賞でて「柳」(おそらく、仙石官房長官の言いたかったのはこの柳腰)を抱くぐらいいいではないか。小さきことである。それ以降、高級官僚が挙って芸妓の楼に足繁く通うこととなった。「蘇小」は「蘇小小」のことで中国狭斜の芸者妓女の代名詞です。往きたいところに往けばいいではないか。隠者とて籠を飛び出れば気のままに任せればいい。洪水の水もどこにまで流れつくのか分からないではないか。それはそれは気持ちのよい遊びです。芸者や幇間がみなみなお手を拝借と持ち上げ、あごを垂れ下げてお恵みを待っている。飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。金の心配は後からでいい。苟も上に立つ者は下の者の気持ちも知らねばならぬのだ。民の実情知らずして、為政者たることできはせぬ。それを知るには遊びが一番。一挙両得、一箭双雕。楽しく真面目に“仕事”をしましょう。西洋諸国も同じこと。王族はみな遊び好き。アメリカ合衆国ときたら下々まで文明開化、貴賤を問わず楽しく暮らす。わが国もそれにならって御一新。幕府はいらない。新政府よこんにちは。ああ、楽しい哉うれしい哉。それでも、遊郭で遊ぶことこそ文明開化というのなら、それには与せぬ、できませぬ。最後の「肯じて~せざる」は「~することを承諾しない」の意。漢文訓読用法です。「祖を左す」は今一つ不明ですが「左」に「たすける」の意があることから、賛成・同意の意であると思われ、斯様に意訳してみました。

この段は短いながら豊富な語彙のオンパレード。貴賤を問わず柳橋をはじめ遊廓で遊ぶさまを謳っています。悪いことではないと。西洋諸国も皆そうだという。真似することから始めてみてはいかがかとも受け取れます。しかし、最後には痛撃も。文明開化を履き違えてはいけないぞ。遊里遊郭の遊びは古来、日本の伝統なのだから。何も西洋の真似であろうはずがない。もっと本質的な部分を認識し、玩わうことでないと、上辺の表面的な部分だけで真似ごとととらえるならば、消え去るのは早い。柳北は既に看破っています。皮相な文明開化の末路を。。。でも、西洋諸国を自分の目で観に行くのです。それはこの二編のまとまった明治4年3月の明くる年、明治5年9月のことなのです。

妓女も妓女なら客も客 育てて育たぬ花街の未来=「柳橋新誌」二編(3)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの3回目は、一見、盛んになっている柳橋も肝心の主役たる妓女と客のレベル劣化が著しいことを指摘します。表面的な賑わいはただ単に中身がないのに「盛られている」だけなのではないかと危惧するのです。



四区(ヨカシ)の船宿亦沿革有り。其の表街(オモテチヨウ)に於けるや、尾本(オモトヤ)、竹屋戸を銷して三河(ミカハヤ)、糸中村(イトナカムラ)之に代る。新上総亦称を松葉と改む。其の裏岸(ウラガシ)に於けるや、福吉去つて丸屋出づ焉。新若竹家を故柳橋に移し、而して米沢街の播磨変じて翁屋と為る。其の他貧富冷熱相移ると雖も皆1)■■(モトノママ)に仍つて、而して升田、伊豆、鈴木三家の盛鬧猶ほ四区に冠たり。夫れ酒楼船宿趣を2)■■(ムカシ)に異にせずと雖も、而も酒殽の費(ダイ)舟舫の価(ネダン)皆十年前に四五倍するは、金貨濫悪にして楮幣之に代るに因る耳。固より怪しみを為すに足らざる也。




戯訓語選択。

キュウカイ・ドウセキ・キュウカン・ドウショウ





正解


1) キュウカン=旧貫。以前からのならわし・しきたり。「貫」は「慣」の意。もちろん旧慣でもOK。

2) ドウセキ=曩昔。さきごろ、以前の話。曩者、曩時、曩日ともいう。




「四区」とは柳橋の四つのエリア。「四岸」とも書く。柳橋を起点にしていて、「表街」(オモテチョウ)、「裏岸」(ウラガシ)、「裏街」(ウラマチ)、「故柳橋」と称する。そこの老舗の店も健在のもあれば新しいものに代わられたものもある。栄枯盛衰を描写しています。ただし、多くは変わっていない。変わったのは物価の変動を受けて、料金が吊り上がったことです。粗悪な金貨が流通して紙幣が大量に発行されたためインフレーションが招かれたのです。酒代も舟代も10年前の4~5倍は当たり前。疑う余地も無いことである。


或ひと仙史に問うて曰く、当今柳橋の妓大小二百余名、殆んど古に倍して船宿酒楼独り其の戸(イヘ)を増さず、各家妓を3)ヘイするの多寡、諸を旧簿(フルイチヨウメン)に照せば則ち亦相伯仲(ニタモノ)するは、其の故何ぞや。仙史曰く、柳橋往日の妓、姿色無ければ則ち技芸有り、技芸無ければ則ち才識有り、三の者一無くして4)■■(ゲジヨ)と致(オモムキ)を同じうする者甚だ希なり矣。今は則ち否らず。姿無く芸無く才無く、徒らに其の面に粉し其の身に錦し、而して是れ妓と之れ称する者十の七八、啻に有眼(メノアル)の客5)んで之を遠ざくるのみならず、傖父(ヰナカモノ)痴漢(バカ)と雖も亦或は其の妓にして妓ならざるを疑ふ。故に名を掲ぐる(ヒロメ)月余にして未だ一招を6)らざる者往々有り焉。故に妓籍(カス)日に殖す(フエル)と雖も、而も各楼をして能く其の利を倍せしめざる也。蓋し頃年商家7)■■(オトロヘ)、8)リョコウ産を失ふ者数無し(タクサン)。皆百計活を求む。故に女児鼻目稍具はつて宵待(ヨヒハマチ)暁怨一曲を弾じ得る者、争つて妓籍に入る。是れ妓にして妓ならざる者日に殖するの9)也。



戯訓語選択。

ヒヘイ・ヒシ・ヒメン・ヒヒ






正解

4) ヒシ=婢子。身分の卑しい女、下女。「婢」は「はしため」。召使いの女。婢妾(ヒショウ=召使いの女と、側妾。仕えている身分の卑しい女のこと)、婢僕(ヒボク=下男と下女、婢僮=ヒドウ=)。

7) ヒヘイ=罷弊(疲弊・疲敝)。勢力などがおとろえること。

3) ヘイする=聘する。贈り物をして賢者を招く、ここは妓女を店の看板として招くこと。聘君(ヘイクン=かくれた賢者で、天子に招かれたが、その招きに応じなかった人)、聘賢(ヘイケン=礼儀をつくして賢人を招く)、聘后(ヘイコウ=礼儀をつくして迎えた皇后)、聘召(ヘイショウ=礼儀を尽くして人を招く、聘命=ヘイメイ=、聘請=ヘイセイ=、聘徴=ヘイチョウ=)、聘納(ヘイノウ=礼儀をつくして正式に妻を迎え入れる)、聘幣(ヘイヘイ=尊敬の気持ちをあらわすために、人におくる絹の布、転じて、尊敬の気持ちをあらわし、人を招聘する時の贈り物のこと)、聘問(ヘイモン=贈り物をもって人を訪ねる)、聘用(ヘイヨウ=礼儀をつくして人を召し用いること)、聘礼(ヘイレイ=諸侯が大夫を国につかわす儀礼、乾坤前にとりかわす結納の礼)。

5) 鄙んで=いやしんで。「鄙しむ」は「いやしむ」。いやしいと考える、軽視する、軽蔑する。

6) 蒙らざる=こうむらざる。「蒙る」は「こうむる」。ある事を身にうける、かぶる。蒙難(なんをこうむる)、蒙恩(おんをこうむる)。蒙塵(モウジン=頭にちりをかぶる、天子が戦乱などで都から逃げ出すこと)、蒙被(モウヒ=恩恵や災難をこうむる、身にうける)。

8) リョコウ=閭巷。むらざと、いなか。民間。閭巷之士(リョコウのシ=民間人、在野の人)。

9) 原=もと。みなもと・起源、はじめ。ここから派生して「たずねる」「ゆるす」の訓みもあるので要注意。原宥(ゲンユウ=罪を許す)。




柳橋の芸妓の数は200余人。10年前の倍に膨れ上がっているのはなぜだろう?私に尋ねた人がいる。店の数はそれほど増えていないにもかかわらずだ。帳簿の上では妓女の数は似たり寄ったり。その答えは簡単。妓女の質が落ちたからであると看破する柳北。顔も芸も学も無い奴がいとも簡単に芸妓になっているからである。ただのはしためと言ってもいいくらいのレベルの低下を来しているのである。ただ、化粧を厚く、着物で飾って誤魔化しているだけなのである。10人のうち7、8人もいると言っていいだろう。ちょっと見分けのつく風流な客であるならば敬遠して真の芸妓とは似ても似つかぬ代物だと呆れ果てるのが通常である。妓女のお披露目をしても一度もお呼びのかからない哀しき妓女すらいる始末だ。

しかし惟うに、昨今の経済情勢からして破産する商人も多く、その子女らは生計を求めて妓女の職に就くのも多いのだ。奏でることのできる曲と言えば「宵待暁怨」の一曲だけ。妓にして妓にあらず。




夫れ姿無く芸無きは、自ら客を獲る由無きを知る故に濫転巧衒唯利(ミダリニコロビタクミニウル)を之れ視る。其の風一たび播き、中等以上頗る名声有る者と雖も亦漸く其の習に染む。噫々柳橋声妓の風一壊(クヅレテ)して其の醜言ふ可からざる也。然らば則ち柳橋其の盛を往日に加ふると雖も、而も其の実は大に衰へたる者と謂ふ可き歟。抑々客も亦罪有り焉。遊戯して其の道有るを知らず、風流の何物為るを弁ぜず、10)チンメン11)タンデキ其の妓為ると妓ならざるとを問はず濫転を喜んで以て己を恋ふと為し、12)コウゲンを信じて以て己を愛すと為す者甚だ多し。偶たま淑良にして軽浮(ウハキ)ならず、能く柳橋往時の遺風を存する者あれば、則ち皆罵つて以て痴事を解せざるの老婆と為す。夫れ客にして此の如くなれば、則ち安んぞ能く妓輩の日に13)インプウに趨くを遏むることを得んや。




10) チンメン=沈湎。酒色におぼれること。

11) タンデキ=耽溺。物事にふけって夢中になる、物事に熱中する。

12) コウゲン=巧衒。口先を弄して自分をよく見せようと見せびらかすさま。「衒」は「てらう」「たぶらかす」。衒鬻(ゲンイク=実力以上に誇張して自分の才能を売り込む)、衒学(ゲンガク=学者ぶる、また学問・知識のあることをひけらかす)、衒気(ゲンキ=実際以上によく見せようとする気持ち)、衒士(ゲンシ=自分の才能を実力以上に見せかける男)、衒達(ゲンタツ=自分を実力以上に見せかけて出世しようとする)、衒売(ゲンバイ=商人が品物の外見をよく見せたりほめたりして売りつける、自分を実力以上に見せて売り込む、衒沽=ゲンコ=、衒賈=ゲンコ=)、衒耀(ゲンヨウ=自分の才能・学問を実力以上に見せかける)。このほか、
巧佞=口先上手で心が拗けている、巧言=巧みな弁舌なども似た意味です。

13) インプウ=淫風。男女間の事がらについてみだらな風潮、節度を越えたことを行う風潮。




不細工な女の場合は安易に「転ぶ」(春を売る)しかないのである。風俗が乱れに乱れる大本がここに在る。三流どころならいざ知らず、二流、一流半の芸妓も安きに流れてしまうのだ。いったん崩れた柳橋のレベルは醜いことこの上ない。したがって、いまの柳橋が殷賑を極めていると言っても実は衰えていると観た方がいいのかもしれない。客にも罪があるからだ。風流の何たるかを解さない俚しい男どもばかり。“エロ事”ばかりに囚われて芸妓と見れば寝ることばかり。あちきはお前様のものでござんすと言われれば本気にしてのめりこむ。巧言に誑され身の破滅を招く。ごく一部しか残っていないのだが、昔堅気のおかたい芸妓に拒絶されようものなら、面罵して物分かりのない頑固なやつとばかりにこの「ババァが」の棄て台詞。客が客なら、芸妓が崩れるのも致し方無し、とどめることなど到底できぬといったところか。。。。

中国戦国時代の四君に譬える栄華は老い先短し?=「柳橋新誌」二編(2)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの2回目は、この12年ばかりの間に柳橋に起きた変化がテーマ。まずは、いまだに殷賑を謳歌する柳橋の謎に迫ります。昔からある老舗酒楼が健在の一方で、新しき舗も数多い。旧から栄えた場所に加えて新たに勢力の範囲も拡大しています。そんな奇を衒ったり、徒に豪勢さを誇ったりする新奇の舗々。しかし、柳北の冷徹な眼はその“本質”を見定めて、批判的なスタンスで疑問を投げ掛けています。こんな作られた栄華はいつまでも続くものだろうか。。。


慶応以降(コノカタ)、百貨の舗(ミセ)皆其の産の半を1)  )して、割烹家独り潤屋の富を擅にするは何ぞや。府内の人口其の半を減じて、遊客其の数を倍するの故也。人口減じて遊客倍するは何ぞや。人人王化の美を楽しんで後世子孫の計を為さず、一銭を獲れば則ち食ひ一2)チョを獲れば則ち飲む故也。柳橋の酒楼皆勢を往日に3)にす。河長梅川盟を南北に争ひ(タテヲツク)、万八亦将に衰頽の気を一振せんとし、亀清柳屋新境を新柳街(マチ)に拓きて4)キシ色を添ふ。蓋し、新柳街捄築(ツキタテ)一たび成りて、柳橋の繁華益々加はる焉。大中村〔船宿に中村有り故に土人此の楼を呼んで大中村と云ふ〕災後一大巨閣を起し、覇を水東に称す。而して柏屋青柳亦修繕して雄を競ふ。深川柳光幾稲(イクイネ)大橋の若き、皆廉(ヤスキ)を以て勝を制す。有信亭の友白髪(トモシラガ)、松中菴の小環蒸(オダマキムシ)、共に奇を以て鳴る。柳升の甘味を以て客に(口+「稲-禾」)はしむるは、則ち其の甘に託して其の苦を免るゝ也。余其の味を知る故に其の醨(シル)を歠るを欲せざる也。





1) 耗して=へらして。「耗らす」は「へらす」。柳北の戯訓は「ヘラ(して)」。表外訓みです。すりへる、すこしずつへらす。「摩耗」(マモウ)の「耗」であり、「心神耗弱」(シンシンコウジャク)の「耗」でもあります。基本は「コウ」。「モウ」は慣用読み。耗費(コウヒ=使ってへらす、無駄遣い、浪費)、耗問(コウモン・コウブン=おとずれ、たより、耗息=コウソク=)、耗減(モウゲン・コウゲン=寡なくなる、すりへる、耗損=モウソン・コウソン=)、耗尽(モウジン・コウジン=へってなくなってしまう、耗竭=コウケツ=、耗失=コウシツ=、耗廃=コウハイ=)、耗乱(モウラン・コウラン=むやみにすりへらしてだめにする、秩序や命令が乱れてはっきりしない)。


2) チョ=楮。札、紙幣、お金のこと。楮鈔(チョショウ)ともいう。

3) 殊にす=ことにす。普通と全く違う。「殊」には「特別」「異なる」の意がある。殊塗同帰(シュトドウキ=異なった道を進んでも、結局は同じところへ落ち着くこと)、殊域(シュイキ=異なる地域、殊境=シュキョウ=)、殊裔(シュエイ=遠い果ての国)、殊恩(シュオン=特別の恩恵)、殊遇(シュグウ=特別の礼を尽くしてもてなす待遇)、殊死(シュシ=死を覚悟する、決死、死刑)、殊姿(シュシ=特に優れて美しい容姿)、殊色(シュショク=特別にすぐれた美人)、殊絶(シュゼツ=普通と違って特にすぐれている)、殊俗(シュゾク=風俗が異なる、他国)、殊致(シュチ=おもむきが異なる、優れた風景、絶景)、殊寵(シュチョウ=天子の特別の寵愛、殊眷=シュケン=)、殊能(シュノウ=普通と異なったすぐれた才能)、殊方(シュホウ=ほかと方法が異なる、故郷などと全く風土の異なる地方)、殊尤(シュユウ=特に優れている)、殊類(シュルイ=種類が異なる、身分・才能がかけはなれている、その人、鬼神や化け物など)。

4) キシ=旗幟。はたと、のぼり。旗印。特に軍旗を指す。旗幟鮮明と言えば、態度や主義主張をはっきりすることをいう。




幕末から明治維新にかけて割烹家だけが儲かっているのはなぜだろう。江戸の人口が減っているのに、遊客ばかりが増えているからだ。目先の享楽にばかり囚われて金が入ればすぐさま飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。将来の蓄えなどには目もくれない。こうした客が柳橋の賑わいを支えているのだ。「新柳街」という新たなエリアもできているという。そこで流行る店はちょっと安めお値段で客を惹いている。有信亭は「友白髪」、松中菴は「小環蒸」は奇を以て鳴る。柳升は甘味で名を売っているのだが、酒がまずいのを隠しているだけ。「醨」は「リ」。うすい酒、安酒のこと。柳北は見抜いています。伝統的な店ではない、俄かの流行りは廃れの訪れの速きことを。。。


各楼華を競ひ美を闘はし、冷熱(サビシハヤル)互に換つて巴屋其の間に興る。頃年各楼気燄徒に5)にして、動もすれば其の飾を華にして其の宝を美にせず、其の価を貴くして意を客に用ひざる者多し。若し豪を6)かし快を揮はんと欲せば、則ち宜しく中河亀柏梅柳の楼に就いて飲むべし。若し割烹の真味を論ずれば、則ち二州の楼巴屋の右に出づる者無し。巴屋の叟(オヤジ)今の易牙と謂ひつ可き耳。余春風秋月の7)カコウに方つて、二州の楼に酌むこと年有り。而して未だ8)ヒンキャクの盛なる今日の如く、建築(フシン)の美なる亦今日の如くなるを見ざる也。蓋し之をして這盛美を為さしむるの人有るに非ざれば、安んぞ能く茲の如きを得んや。余謂ふに方今の9)ケンキ皆孟嘗にして客皆馮驩歟。何ぞ其れ争つて食の美を求むるや。而して柳橋の諸楼特に春申平原の徒、珠履宝剣にして至るのみならず、寔に斉楚燕趙の主をして亦10)ら駕を其の門に11)げしむ。噫亦盛なる哉。





5) 熾=さかん。かがり火がかっとめだって燃える。さかんにおこる。また、そのさま。音読みは「シ」。熾灼(シシャク=火がさかんに燃える、転じて、権勢がさかんなこと)、熾盛(シセイ・シジョウ=物事の勢いなどが非常に盛んなこと)、熾烈(シレツ=火や光がやきつけるように強いこと、闘いや争いなどの勢いが盛んで激しいこと)。

6) 燿かし=かがやかし。「燿く」は「かがやく」。高く目立つようにかがやかせること。燿日(ヨウジツ=ぎらぎらと日光にかがやく、照りかがやく太陽)、燿徳(ヨウトク=徳を目立つようにかがやかす)。

7) カコウ=佳候。よい季節、時節。佳期(カキ)とも。佳肴ではないので要注意。

8) ヒンキャク(ヒンカク)=賓客。たんなる客。客分として養っておく、いそうろう。

9) ケンキ=権貴。権力があって地位が高い人。明治新政府の高官をいう。

10) 親ら=みずから。自分でじかに、直接に。「躬ら、自ら」とも。

11) マげ=枉げ。「枉げる」は「まげる」。まげて、わざわざ面子を押し曲げて~してくださったというニュアンスをあらわす丁寧な言葉。音読みは「オウ」。枉駕(オウガ=乗り物の予定のコースをまげて、わざわざ立ち寄る、人の来訪を敬って言うことば、枉車=オウシャ=)、枉顧(オウコ・まげてかえりみる=人の来訪を敬っていうことば)、枉道(オウドウ=正しい道を曲げる、回り道をする)、枉撓(オウドウ=法律を曲げて人を罪に陥れる、枉橈とも)。





次に「巴屋」という新興の店のことに話頭が転じます。「気燄」(キエン)は「気焔・気炎、盛んな熱気のこと」で、舗店は「其の飾を華にして其の宝を美にせず、其の価を貴くして意を客に用ひざる者多し」と、華美であることばかりに腐心し、値段を釣り上げて客の立場に立つことがなくなっているといいます。そんな豪勢な店を希望するなら、「中河亀柏梅柳の楼」に行くがよい。料理の真髄を玩わいたいのなら、「巴屋」がお勧め。そこで働く料理人は「易牙」(エキガ=中国春秋時代の名料理人の名)と言っていいほどの腕前。春秋のいい季節に酒を飲んだが、こんなに華美で客が押し寄せたときを私は知らない。私は派手好きな人間ではないからどうにもこうにも気に入らない。

あの中国戦国時代の宰相、何千人もの食客を飼っていた「孟嘗」=「孟嘗君」(モウショウクン)が今の明治政府の官僚。貧乏でその孟嘗君に集った居候の「馮驩」(フウカン)こそ、柳橋の客連中である。金持ちも貧乏人も挙って柳橋に集まってくる。ここで柳北は、中国戦国時代の中期から後期にかけて活躍した戦国四君のたとえを引き合いに出します。斉の孟嘗君もその一人です。そして、春申平原の徒、すなわち、楚の春申君、趙の平原君までも気飾って争って柳橋にやってくる。それぞれの君主もわざわざ駕籠を乗り付ける。ああ、盛んなり柳橋。柳橋。どうしてそんなに流行るのか。。。中国戦国時代をたとえにだしているところからすると、柳北はこの栄華は群雄割拠の混沌としたものだとして、いつかは秦が統一するかのように平定されるものと考えている節があります。ひとまず、二編の劈頭はその栄華なさまに聊か辟易している風であります。

天地間無用の人が観た御一新後の花街とは…=「柳橋新誌」二編(1)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズのスタートです。同書の「解題」(93頁)を再度引用いたしますが「(柳橋新誌の)全体の価値も、この第二編に存するといつても失当ではない」という代物です。則ち、初編を柳北が書いたのが二十三歳、そして二編はその後、三十五歳と一回りも年月が経過しています。「作者はこの間、幕府倒壊といふ大きな運命悲劇を経験してゐるばかりでなく、年齢的にも老成して、その観察が現実的歴史的になつて来た」といい、「この事が、第二編の内容をして前編より著しく多角的かつ思想的にせしめたのである」と続けています。

要するに、若い時の勢いや好奇心だけで書き連ねた初編に対して、ある意味、見方が斜に構えるようになり、それでいて世の中の裏の裏まで見通して、正鵠を射るようになったのが二編であるのです。それは、自身に起きた変化の落差があまりにも激しく、その性格をも捩じ曲げてしまったからなのです。人は自分ではどうにも抗えない「運命の波」に翻弄された時、別の人格が生まれ、それまでの自分を押し殺そうとしてしまうものなのか。「天地間無用の人」を敢えて高らかに宣言したのも、「別の自分」に成り済ましたかったからなのでしょうか。自己韜晦と言ってもいいでしょう。

この変化はあまりにも如実です。同じ花街・柳橋のことを書き連ねても、滲み出る味わいが全く別のものとなるのです。このblogを通じて初編と二編の変化を追って行きますのでご期待下さい。しかも、なんと初篇は抜粋でしたが二編は全文掲載の予定。一つ一つのまとまりが初編に比べて短く面白くなっています。美辞麗句を連ね、マニュアル風だった初編とは異なり、物語のいちいちに諷刺や諷喩がたっぷりと盛り込まれています。ほぼ一カ月かかります。下手すれば年末までかかってしまうかもしれませんが、内容については期待を裏切らないつもりで取り組みます。読者諸氏には懲りずに辛抱強くフォローしきてほしいものです。

本日は「六十老人尭田大島」なる人物の手による「序」と柳北本人の「自序」を取り上げます。
「何有仙史」とは柳北を指しており、柳北の自称の辞でもあります。



余何有仙史と柳橋の巴楼に一飲して別る。指を1)れば既に三載を経たり。頃日仙史其の著す所の柳橋新誌二編を郵寄して曰く、我今無用の人為り、故に無用の書を著して以て自ら楽しむ耳。抑も子も亦無用の弁を好む者、蓋ぞ我が為に一言之に題せざると。余受けて之を読む。行文諧謔人をして々笑ひて已まざらしむ。然れども細に其の味を玩へば則ち諷刺を其の間に寓する者有り焉、感慨を其の中に挿む者有り焉、特り読者をして柳橋の遊趣如何を知らしむるのみならず、併せて東京今日の事情如何を知る也。特り東京今日の事情如何を知るのみならず、推して海内将来の形勢如何を知る也。其れ之を一大奇書と謂はざる可けんや。然れども仙史固より自ら以て無用の書と為し、而して世の之を読む者亦必ず以て無用の書と為せば、則ち之を一大無用の書と謂ふも亦不可なる無し。仙史才鋭く学博く、而して肯て2)ケンソクせず。意に任せて行ふ。世或は仙史の才の学を識りて其の3)シソウ卓然、其の事業亦称す可き者有るを識らざる也。仙史4)オウサイ職を泮林に失ひ家に窮臥す。常時人皆之を軽視す。亀崖公独り其の才を奇とし、挙げて之を用ゆ。仙史の陸軍に将たるや恩威兼ね行はれ、5)悍鷙の士と雖も皆其の制馭に服す。三兵泰西の法を習ひ其の制を一新する若きに至りては、則ち仙史の力多に居る矣。幕朝の末に当りて6)ドゾウ空竭、仙史金穀の権を統轄し、内外の費用畢く給して海陸の将士亦頼りて7)キショク無し矣。仙史亦財を生かすの道を知る歟。戊辰の変後仙史8)チシして市に隠れ、放逸自ら汗す。然れども其の窮阨困蹙の地に在るを視るに襟懐爽然、9)ゴウも憂色無し。其れ亦人に過ぎたる所の者有るに非ず耶。噫々仙史有用の材を抱いて自ら棄て、無用の書を著して以て自ら楽しむ者、其の情豈哀しからず乎。然りと雖も仙史其の有用を以て棄てて其の無用を楽しむは、仙史の以て仙史為る所也。余此の書を読む者の為に之を一言せざるを得ず。而して仙史余の文を視る必ず唾して曰はん、老奴饒舌又無用の辞を以て我が書を俗了すと。余将に甘んじて其の唾を受けんとす焉。


明治10)辛未暮春碧雲山識于芙蓉峯下11)キョウキョ
六十老人尭田大島信書





1) 僂れば=まげれば、かがめれば。音読みは「ロウ・ル」で「まるく曲げる」の意。「僂指」(ロウシ・ルシ)と用いて、「指折り数える」の意。僂傴(ロウウ=からだを前にかがめ、背をまるくする、背が曲がって小さい人)。

2) ケンソク=検束。行いを慎み、自分の身を引き締める。

3) シソウ=志操。かたく守って変えない操。志操堅固。≠思想、詩想。

4) オウサイ=往歳。過ぎ去った年、先年。往年ともいう。

5) 悍鷙=カンシ。気が強くあらあらしいさま。「悍」は「あらい」、「あらあらしい」。この語自体は辞書にないが、「鷙悍」(シカン)であるらば記載があり、「たけだけしい、勇猛である」の意。したがって、「シカン」の書き取りは出題され、「悍鷙」は読み問題で出るでしょう。鷙勇(シユウ)、鷙猛(シモウ)、鷙強(シキョウ)が同義で要注意。

6) ドゾウ=帑蔵。金蔵。「帑」は「かねぐら」とも訓み、「金品を集めてしまっておくくら」。内帑(ナイド=宮中の金庫)、帑廩(ドリン=金蔵と米蔵)。

7) キショク=饑色。飢えた気色・顔つき、ひもじい様子。飢色とも。「饑」は「うえる」。饑溺(キデキ=うえることと、おぼれること、人民の苦しむことのたとえ)、饑狼(キロウ=うえたオオカミ)、饑餒(キダイ=必要なだけ食べられず、飢えてやつれること)。

8) チシ=致仕。「シをいたす」とも訓読し、官職をやめること。致事(チジ・ジをいたす)・致政(チセイ・まつりごとをいたす)ともいう。転じて、七十歳をいうこともある。致死でないことに留意。

9) ゴウ=毫。「豪も~ない」と否定文で用いて「すこしも~ない」「いささかも~ない」の意。「毫」は「細い毛」の意。毫髪(ゴウハツ)、毫芒(ゴウボウ)、毫末(ゴウマツ)、毫毛(ゴウモウ)、毫釐(ゴウリ)などはいずれも「ほんのわずかであること」の意。少ないことを強調する語として用いられる。

10) 辛未=かのとひつじ。音読みなら「シンビ」。1871年、明治4年。

11) キョウキョ=僑居。旅先での仮住まい。僑寓(キョウグウ)ともいう。「僑」は「かりずまい」の意。僑士(キョウシ=故郷を離れて一時よその土地にいる人、僑人=キョウジン=)、僑舎(キョウシャ=宿屋、逆旅)。



「泮林」(ハンリン)は「泮宮」(ハンキュウ)、「泮池」(ハンチ)ともいい、「古代中国における諸侯の建てた学校」。孔子の生まれた魯の学校のことをいった。江戸幕府下に於いては各藩の藩校を指すようですが、ここでは林家が創業した幕府直轄の昌平坂学問所(孔子廟がある)のこと、あるいは文脈から、将軍の侍講をいうか。いずれにせよ一頓挫あって「職」を辞めさせられたということをいっています。「亀崖公」(キレイコウ)とは「松平乗謨(のりかた)」(1839-1910)。幕末の重臣で、若年寄、外国取扱 老中格・陸軍総裁を歴任し、柳北を重用しました。「金穀の権」とは、柳北が「会計副総裁」に栄進したことを指す。


柳北が友人である大島尭田氏に対して、「我今無用の人為り、故に無用の書を著して以て自ら楽しむ耳。抑も子も亦無用の弁を好む者、蓋ぞ我が為に一言之に題せざる」と、柳橋新誌二編を郵送して題詞を書いてくれと依頼してきたという。幕府から下って無用の人と成り果てた私は無用の書物ばかりを書いている。貴殿も無用の弁の立つお方。この二編に題詩をお願いしたいのですが。。。風刺に富んでいて「特り東京今日の事情如何を知るのみならず、推して海内将来の形勢如何を知る也。其れ之を一大奇書と謂はざる可けんや」と大絶賛。江戸から東京になってその最新事情が知れるばかりか、日本の将来もうかがうことができる。一大奇書だ。いやいや、「一大無用の書」と言い換えてもいいかもしれない。

そこから柳北の幕末期における華麗なる栄達のことが書かれています。ところが、「戊辰の変後仙史致仕して市に隠れ、放逸自ら汗す」と、大転換があって下野したことから、「其の窮阨困蹙の地に在る」という。ところが、柳北ときたら「襟懐爽然」「憂色無し」と明るさそのもの。決して悲観することも屈託もない。まさに大物である。。「仙史有用の材を抱いて自ら棄て、無用の書を著して以て自ら楽しむ者、其の情豈哀しからず乎」。斯くも有用なる才能のある柳北が無用の書だと悦に入っているのは哀しいこと。しかし、「仙史其の有用を以て棄てて其の無用を楽しむは、仙史の以て仙史為る所也」。その才を棄てても無用であることを楽しんでいるさまはそれこそ柳北たる所以でもあるのだ。だから、この一大奇書を読んでみたまえ。人間の機微に触れること請け合いである。柳北がどんなに照れて罵声を浴びせても私は絶対にお勧めいたします。柳北の人柄を彷彿とさせる序文です。


続いて柳北の自序です。

柳橋新誌二編

余曾て柳橋新誌を著す、今を距るに既に十有二年。12)■■(ソノコロ)自ら13)  オモヘラク)、善く其の新を記せりと。而して読む者亦或は其の新を喜ぶ焉。14)■■(ソノノチ)、世移り物換はり柳橋の遊戯一変して新誌も亦既に腐す(フルシ)矣。徳川氏西遷の後、東京府内朱門粉壁、変じて桑茶の園と為る者鮮からず。而して柳橋の妓輩15)■■(ソノママ)として其業を失はず、管絃を操つて風流場中に16)チチクす。諸を幕吏の兎脱鼠伏して生を偸む者に比すれば豈優らざらん哉。蓋し王政一新して柳橋亦一新す。而して未だ好事の者其の新を記する有らざる也。聞く17)■■(コノコロ)、我が柳橋新誌を偸み刻する者有り、而して風流子弟多く買ひて之を読むと。余此の維新の日に方つて彼の既腐の書を読むを慨く也。柳橋新誌二編を作る。



戯訓語選択の問題。12)14)15)17)の■■に当てはまる言葉を以下から選び、漢字で記せ。

ケイジツ・イゼン・イジツ・ゲシ・ジライ・トウジ・コシツ




■正解

12) 当時=トウジ。
14) 爾来=ジライ。
15) 依然=イゼン。
17) 頃日=ケイジツ。

今回の問題は比較的簡単。柳北の戯訓で語選択は自分で作成しておいて言うのも何ですが、いいでしょう?言葉を理解する上で、意味(戯訓)・音(カタカナ)・漢字の三位一体の総合力、語彙力を付けることができます。この二編ではこれからもこの趣向は採り入れていくつもりですのでご期待下さい。

13) オモヘラク=以為(らく)。漢文訓読語法。思うことには、考えてみると。以謂とも書く。「以て~と為す」と返り読んでもいい。

16) チチク=馳逐。馬に乗って速い速度で追い掛ける、競馬。



自序では柳北がなぜこの柳橋新誌二編を書き著したか、その理由が語られています。初編から12年が経過して、世の中か大きく変わった。御一新がなった。柳橋は相変わらず賑わってはいる。表面的には。。。旧幕府の臣下も明治政府に寝返った者もいるというのにこれは大したものである。しかし、その事情をつぶさに見れば時代の波をかぶって変わらざるを得なくなっているのも事実である。着実に変わっているのだ、柳橋も。誰もまだ書いていない。12年前の初編をいまだ出版して挙って読んでいる奴もいると聞く。ああ、リヴァイズせねばなるまい。いまの真の柳橋の姿を伝えることができるのはこの私を措いて他に誰がいようか?さあ、二編シリーズのスタート

華麗なる初編の大団円は“真骨頂”に向けた濫觴=「柳橋新誌」(17)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)シリーズの17回目です。いよいよ初編の最後です。とことん柳橋を美化してきました。むろん表向きはそうでしょう。鯔背な男と粋な妓女がお洒落な会話をして付き合う街。しかし、一皮むけばどろどろした欲望が渦巻く街でもある。それを取り繕うが為に文るのです。柳北にはそれが分かっていた。いわば反語。どうしてこんなにも艶やかなのだろうか?いや実はそんなことはないのに……。


余疑ふ、孫臨情を定むる(キメル)の歓、韓杳客を謝する(コトハル)の親み、必ず斯の辰(コノトキ)に在らんを。天明けたり矣。屋瓦1)■■(マツシロ)、是に於いて乎、酒を瓶に注(イレ)し爐(コタツ)を船に安じ、以て墨堤雪を観るの遊を為す。豈興尽きて還ること有らん乎。至若(シカノミナラズ)2)ネンカ将に除(ツキン)んとし、人情3)■■(イソガシキ)の際は4)ち別に分歳(トシワスレ)の宴を開き、予め春遊の契(ヤクソク)を締ぶ、吁亦快なり矣。





1)■■と3)■■は語選択の問題です。(  )内の戯訓を参照して次の中からふさわしい言葉を択び漢字で記せ。


バンキン・コントン・シュクコツ・ソウボウ・ガイハク・ガイゼン






正解

1) 皚然=白く輝くさま。「皚」は「しろい」とも訓み、「明るく白いさま」の意。皚皚(ガイガイ=雪や霜花などが明るく白いさま)。

3) 匆忙=あわただしいさま。「怱忙」でも正解です。「怱」は「いそぐ」「あわただしい」の意。匆匆(怱怱)は「あわただしいさま、転じて手紙の末尾につけて簡略をわびることば」。匆遽(怱遽=ソウキョ、急ぎあわてること)、匆卒(怱卒=ソウソツ、そわそわするさま、落ち着かないさま、倉卒)。


2) ネンカ=年華。年月、月日。歳華ともいう。年光(ネンコウ)とも。

4) 迺ち=すなわち。前後の状況に曲折がある場合に用いる。「やむなく」「意外にも」「とうとう」「やっと」「なんと」と訳す。「そこで」と軽く訳しても適した場合もある。ここでは、「歳も押し詰まり忙しいのに、なんと意外にも宴会だけは開くのだ」といったニュアンス。「すなわち」にはほかに多くの漢字が宛てられますが、『「乃ち」と「便ち」の違い』で検索して弊blogにお越しになった方もいらっしゃいました。手元にある「唐詩概説」(岩波文庫、小川環樹著、PP266~268)によりますと、「すなわち」の項があって「接続詞。微妙な差異がある」として使い訳用法が紹介されています。すなわち、「乃」は「強調の語」として唐詩での用例を示しつつ「いまこそ」、「それこそ・いかにも」、「無乃」(すなわち~なるなからんや)は「だって~ではなかろうか(反語的)」、「それに(転折の辞)」。「即」は「とりもなおさず、その場ですぐに、他ならぬ」の義。「即遣などと続くと、もし、たとい」の義。「便」は「即」の義に近いが「俗語的」という。「即便」「便即」と続く場合は意義が近いためでこの二字で「すなわち」と訓み、「もし・たとい」の義。「則・輒」は「散文用語。詩で用いることが少ない」とあり、「則」は「~とすれば」、「雖則」(すなわち~といえども)は「『詩経』の語をひきついだもので、二字で、~であってもの義」。「輒」は「そのたびに」の義で、散文で「たやすくと読み、敢(あえて)、専(ひとり、ほしいままに)と訓ぜられる場合があるが、唐詩の用例を見ない」とある。「載」は「乃」に似た義で「古語」。「曾」も「すなわち」と読む場合があり「乃に似て、それこそ、これぞの義」。「旋」は「すぐに、たちまちにの義」で「旋~、旋…」の用例があり「~したかと思うと、すぐにまた…」と訳す。「乍」(たちまち)の「乍~、乍…」と似た用例ですね。「乍晴、乍陰」(はれときどきくもり、はれのちくもり)。お分かりになりましたでしょうか?「乃」「即」はそんなに意味の違いはないです。韻文で用いられることが多く、「則」は散文で用いられることが多い。「便」はやや俗語的。




「孫臨」も「韓杳」も詳細は不明です。恐らく中国における名立たる妓女の名前なのでしょう。いずれ妓女列伝なる者を見つけ出して過日も氏素性を突き止めることが不発に終わった妓女も含めて記すつもりではいます。「斯の辰」というのは冬の夜に玩わう凍て返るような寒さをいう。夜が明ければ一面真っ白。それなのに舟に炬燵を持ちこんでどんちゃん騒ぎ。酒を呷って、隅田川の雪景色を賞でようではないか。歳も押し詰まって忙しいというのに忘年会だけは忘れない。そしてまた、年明けの新年会のアポも取り付ける。ああ、これも柳橋の風情なのである。そうそう、年中無休、開店全開なのだよ、柳橋は。

そして、オーラスに突入です。


余千古才子佳人の心を5)■■(ハカリ)し、往昔甘心得意の遊を想像(ヲモヒヤル)するに、豈此の間と6)ショウジョウの異る有るを得ん耶。夫れ風花雲月の変態、糸竹肉(ウタ)の妙趣、一悲一歓一顰一笑の7)■■(カラマリ)は以て詩すべき也、以て画すべき也。然りと雖も亦焉んぞ彼の蚩々齪々として徒に其の財を揮つて、而して豪をかし其の趣を問はず(カマハズ)して唯々美に是れ8)ヨダレ(ヨダレ)する者と与に此等の事を語るべけん乎哉。噫、後の才子佳人、余を以て無情の人とする耶、抑も亦以て多情の人とする耶、戯れに9)オクゴを記して以て問ふ焉。若し夫れ山川風月綺羅絃歌の遊は多々益々善し。豈此に尽くる有らん哉。況や其の妙籌奇訣は則ち人々の10)コウシリ(ココロノウチ)に在つて存するをや。寔に筆墨の得て形状する所に非ざる也、噫。

柳橋新誌  終





5)■■と8)■■は語選択の問題。次の中から戯訓を参照してふさわしい言葉を択び、漢字で記せ。



  ロクロ・ケンチ・ソンタク・コウリョウ・チュウビュウ・シツヨウ




正解


5) 忖度=他人の気持ちや考えをそっとおしはかる。臆度(オクタク)・揣度(シタク)・思忖(シソン)ともいう。

8) 綢繆=まつわりつく、奥深いさま、隙間なく連続するさま。「綢」は「まとう」。綢直(チュウチョク=心がこまやかで正直なさま)、綢密(チュウミツ=びっしりとこみあっているさま、物が集まりたてこんでいるさま)。

6) ショウジョウ=霄壌。天と地、天地のこと、転じて、天と地ほどの開き・違いがあるたとえ。

7) ヨダレ=涎。長くのびるよだれ。音読みは「セン(漢音)・ゼン(呉音)」。涎涎(センセン=表面がぬれたようにつやがでているさま)、涎沫(センマツ=よだれや、つばき)、垂涎(スイゼン=よだれをたらす、物を欲しがること)、「涎を流し咽に嗌ぶ」(よだれをながしのどにむせぶ=よだれがとめどなく流れてのどにつまる、味がたいへんよいことをいう)。

9) オクゴ=臆語。自分がひそかに思っていたこと。むねのうち。胸臆(キョウオク)とも同義。

10) コウシリ=腔子裏。戯訓は「ココロノウチ」。そのままですね。からだのうち、つまりこころのなか、心中。「腔」は「からだの中でがらんどうになった所。口腔、鼻腔、腔腸動物(コウチョウドウブツ=水母など)。
昔の粋な人々の胸の内を推し量ってみよう。すると、何も今を生きるわれわれと変わらないことに気が付くのだ。花鳥風月さまざまあれど、それを詩に詠み、書画に描くのは昔も今も同じことをするのである。それなのにただ華靡贅沢のみに酔いしれて、風情、風流、雅致を忘れてしまうのはなぜだろう。わたしのことを無情の人とは言わせない。かくも多情の人は今の世にはいないはずだから。ここまで思いを入れて飾りつくした文章を読んでくれれば分かるであろう。そして、その真の思いはだれあろう、読んでくれた人の胸の内にだけあるのである。どんなに筆を尽くしても言い尽くせるものではないのだから。読者の良識見識を信じたいのである。





23歳の柳北の若き、熱き思いはこうして語り尽くせぬまま筆が擱かれたのです。柳橋新誌の初編はどちらかと言えば、色街、花街攻略のためのマニュアル本と云っていいでしょう。金が一番だが、熱意と創意工夫があればなんとかなるさと男性諸氏を鼓舞する内容でもあります。突撃せよ、柳橋へ。。。。

これで初篇は終わり。愈次回からは二編に突入いたします。そして、この二編こそが成島柳北の真骨頂なのです。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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