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心の感動が出発点 そして古人糟魄を嘗めよ=陸機「文賦」3

陸機の「文賦」シリーズ(明治書院「新書漢文大系26・文選<賦篇二>」)の3回目です。鮮やかな対句の連続を味わってみてください。

其の始めたるや、皆視を収め聴をア)し、思いに耽りイ)傍々訊う。精は八極にウ)せ、心は1)バンジンに遊ぶ。其の致れるや、情エ)曈曨として、オ)鮮やかにして、物カ)昭晣として互いに進む。群言の2)レキエキを傾け、六芸の3)ホウジュンにキ)ぐ。天淵に浮かびて以て安流し、下泉にク)ぎて4)センシンす。

1)バンジン=万仞。山などが非常に高いこと、谷などが非常に深いこと。「仞」は「深さや高さの単位。一仞は、周代の七尺(一尺は22・5センチメートル)にあたる」。千仞(センジン)もあります。千仞之谿(センジンのたに=非常に深い谷)。

2)レキエキ=瀝液。しずく。「瀝」は「したたる」「しずく」「したたり」。点々と続いてたれるしずく。瀝青(レキセイ=ピッチ)、瀝胆(レキタン=忠誠を尽くす、胆を絞り出す意から)、瀝滴(レキテキ=したたる、したたり、しずく)、瀝瀝(レキレキ=たらたらとしずくのたれるさま、川の水のさらさら流れるさま)、瀝血(レッケツ=したたる血)。

3)ホウジュン=芳潤。酒などの香りがよくてうまいこと。芳醇の方が一般的。

4)センシン=潜浸。じわじわとしみだしてくるさま。「潜」は「ひそむ」「ひそかに」。潜晦(センカイ=才能がありながら世の中からのがれかくれている、潜逸=センイツ=、潜虚=センキョ=)、潜翳(センエイ=ひそみかくれる、才能がありながら官に仕えないで隠遁する、潜隠=センイン=)、潜蛟(センコウ=水中にかくれているみずち)、潜竄(センザン=もぐりこむ、ゆくえを知られないようにする)、潜匿(セントク=かくれて表面にあらわれない)、潜竜(センリョウ=水中にひそんでいて天に昇らない竜、即位前の天子や、世に知られない英雄・豪桀・有徳者のたとえ)。

ア)反し=かえし。「反す」は「かえす」。表外訓み。くつがえす。裏返しにする。反脣(ハンシン=口をとがらす、不満なときの口つき)、反噬(ハンゼイ=恩を受けた人が、かえって恩人に害を与えること)、反舌(ハンゼツ=百舌、こびへつらう者)、反哺(ハンポ=育ててくれた者が年をとったとき、育てられた者がそれを養うこと、親の恩に報いること)、反躬(ハンキュウ=自分の身をふりかえる、反省する)。

イ)傍々=かたがた。~する一方で。通常は「かたわら」なので宛字っぽい訓み方。わき、そば。

ウ)騖せ=はせ。「騖す」は「はす」。力をこめて思いのままにはしり回る。音読みは「ブ」。

エ)曈曨=トウロウ。光がさし渡るさま。これは超ウルトラ難読漢字。漢検には必要ないが、中国古典を玩わうには覚えておいて損なし。

オ)弥=いよいよ。遠くのびても、いつまでも程度が衰えない意。表外訓み。ますます。愈も同義です。

カ)昭晣=ショウセツ。あかるくてさわやかなさま。「晢」は異体字。「あきらか」とも訓む。「晣」は「晰」(セキ、しろい)とは別字です。間違いやすいので要注意。

キ)漱ぐ=すすぐ。せかせかと動かして、さっと洗う。音読みは「ソウ」。漱浣(ソウカン=すすぎあらう)、漱玉(ソウギョク=玉をすすぎあらう、滝などのしぶきの飛び散るさまの形容)、漱石枕流(ソウセキチンリュウ=負け惜しみの強いこと)、漱滌(ソウデキ=すすぎあらう、洗滌=センデキ=、漱濯=ソウタク=、漱澣=ソウカン=)、漱流(ソウリュウ=水の流れで口をすすぐ)。

ク)濯ぎ=そそぎ。「濯ぐ」は「そそぐ」。「すすぐ」「あらう」の訓みもあり。これは常用漢字ですね。音読みは「タク」。濯纓(タクエイ=冠の紐をあらう、世俗を超脱することを喩える)、濯枝雨(タクシウ=陰暦六月ごろに降る大雨)、濯足(タクソク=世俗を超脱すること、あしをあらう)、濯濯(タクタク=あらいさらしたさま、光り輝くさま、太っているさま)。


其始也,皆收視反聽,耽思傍訊,精騖八極,心遊萬仞。其致也,情曈曨而彌鮮,物昭晣而互進。傾群言之瀝液,漱六藝之芳潤。浮天淵以安流,濯下泉而潛浸。


【解釈】 文章を作る初期の段階では、目も耳も下界から遠ざけ、心の内で深く広く思いを回らさなければならない。魂は地の果てまで馳せ届き、無限の高みに飛びあがる。それで満足すると、外物の姿が、次第に鮮明に現れてくる。と同時に、多くの著述の精髄を飲み干し、六経の潤いを口に含む。それはあたかも、天の川の流れに身をゆだね、地下の泉に深く浸っているかのようである。

非常に抽象的ですが、何となく言いたいことは分かります。目も耳もふさいでじっと心の中で考える。すると心の感動が止まらなくなるのだ。それが文章を書く上でのすべての出発点であるというのでしょう。「六芸」とは「君子の教養とされた六つの技芸、すなわち、礼・楽・射・御(馬術)・書・数」ですが、ここでは「六学、六経。易経、詩経、書経、春秋、礼記、楽記」を指しています。心の震えに、古人が残した名著や名文のエキスが加われば、いやでも筆が動くという。天地の流れに乗ればすらすらと文章が書き始められるというのです。文章のマグマが今にも噴出することを余儀なくされるであろう。やはり、物を書きたいという気持ちが何より大切です。まさに「古人之糟魄」にすぎないものが人々に書きたいという気持ちを呼び起こすのです。糟は糟であっても、何物にも替えがたい貴重な「糟」なのです。それを嘗めることによって、古人の思いに思いを馳せ、その思いを受け継ぎ、そして、自分の糟魄としてまた後世に残すべく、文として著すのです。こうして人々は思想を伝えてきたし、これからも伝えてくのです。物を書きたいという気持ちが無くなった時点で人類は滅びると言っても過言ではないでしょう。
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ほ~ら、あなたはだんだん書きたくな~る、書きたくな~る=陸機「文賦」2

陸機の「文賦」シリーズ(明治書院「新書漢文大系26・文選<賦篇二>」)の2回目です。

同書が「文賦」の「背景」について述べたくだり(P128)によると、「文章を創作する際の苦心を陸機の経験から述べたものである」とあり、その上で「賦によって文学理論の深淵を述べ立てたこの作品は、深い洞察力を持ちながら勇壮華麗な修辞を駆使する陸機ならではの傑作だ」と絶賛しています。「賦」という文章の形式は、「韻文」と「散文」の中間であるが、対句や壮麗な修辞を凝らす点においては韻文に近い。しかし、事実をありのままに伝え、韻を踏むなど複雑なルールには囚われない部分では散文に近い。漢代に発達した中国独特の文章です。

同書の「背景」は続けて「文賦」の特徴について解説し、「自らの内に湧き上った思いを、いかに言葉を選んで、構成を組み立てていくか。文体の種類の特徴により、どの文体を選ぶべきか。そして、文章を創作して構成する上で陥りやすい欠点をあげ、その対処法も述べている」。かなり実務的なマニュアルチックな側面も兼ね備えているようです。文章家を志す人であるならば、きっちりと整理しておくべきでしょうね。

もっとも、「創作の奥義を極めたいという願いのもとに、文の生まれる様子、文のあるべき姿について、抽象的である意味とらえどころのない内容」とも述べており、ここが「賦」たる所以なのでしょう、陸機の詩人としてのセンスも如何なく発揮されており、聊か詩文的な要素も色濃いようです。最後には「後の梁の『文心雕竜』のような体系的な理論ではないが、この後の文学理論にこの上ない影響を与え、多くの重要で根本的な問題を提起した作品」と結んでおり、中国文学史上、燦然とした輝きを放つ文章家の手による名文として位置付けられています。さて、本文の冒頭からです。


中区にア)みて以て1)ゲンランし、情志を典墳にイ)う。四時にウ)いて以て逝くを歎き、万物をエ)て思い紛る。落葉を2)ケイシュウに悲しみ、3)ジュウジョウを芳春に喜ぶ。心4)リンリンとして以て霜を懐い、志5)ビョウビョウとして雲に臨む。世徳の駿烈を詠じ、先人の6)セイフンを誦す。文章の林府に遊び、麗藻の7)ヒンピンたるを嘉す。8)ガイとして篇を投じて筆をオ)り、聊か之を9)シブンにカ)ぶ。

1)ゲンラン=玄覧。物事の奥深いところから天地万物の真相を見とおすこと。「玄」は「奥深くてよく分からない微妙な道理」の意で、玄学(ゲンガク=老荘の学問)、玄教(ゲンキョウ=道教)。

2)ケイシュウ=勁秋。万物を枯らすような、風や、霜のきびしい秋。「勁」は「つよい」。勁箭(ケイセン=じょうぶな矢)、勁旅(ケイリョ=強い軍隊)。

3)ジュウジョウ=柔条。やわらかい枝、また、若い枝。「柔~」の熟語は、柔翰(ジュウカン=筆)、柔克(ジュウコク=やわらかな態度で相手に打ち勝つ)、柔脆(ジュウゼイ=やわらかでもろいさま)、柔懦(ジュウダ=心が弱く気が強い)、柔媚(ジュウビ=やわらかな物腰で媚び諂う)。

4)リンリン=懍懍。ぴりっと引き締まっておそれるさま。「懍」は「おそれる」とも訓む。懍然(リンゼン=ぴりっと、心を引き締めるさま)、懍慄(リンリツ=ひやりとする、おののく)。

5)ビョウビョウ=眇眇。小さいさま、かすかなさま、遠いさま。「眇」は「はるか」「かすか」とも訓む。眇遠(ビョウエン=奥深く遠い、非常に遠い)、眇視(ビョウシ=目を細めてすかして見る)、眇然(ビョウゼン=高遠なさま、小さくてかすかなさま)、眇芒(ビョウボウ=はるかにかすんでよく見えないこと)、眇目(ビョウモク=目を細くして見る)。

6)セイフン=清芬。きよくかんばしいかおり。転じて、人のすがすがしい人柄を譬える。「芬」は「かんばしい」「かおり」と訓む。芬郁(フンイク=ぷんぷんとよいかおりがたちこめるさま、芬馥=フンプク=)、芬華(フンカ=はなやかな美しさ)、芬香(フンコウ=よいかおり)、芬菲(フンピ=草花のかんばしいかおり)、芬芬(フンプン=ぷんぷんとよいかおりがたちのぼるさま、美しくてさかんなさま)、芬芳(フンポウ=よいかおり、りっぱな名声、芬馨=フンケイ=)、芬烈(フンレツ=強い香り、立派な手柄)。俗臭芬芬(ゾクシュウフンプン=非常に俗っぽくて気品に欠けること)。

7)ヒンピン=彬彬。並び揃うさま、外形も内容もともによいさま。熟語はこれ一つのみ。

8)ガイ=慨。胸がいっぱいになってはあと嘆息を漏らすさま。慨然(ガイゼン=胸がつまってなげくさま)、慨慨(ガイガイ=胸をつまらせて悲しむさま)、慨世(ガイセイ=世の中のことをなげく)、慨息(ガイソク=胸を詰まらせて溜息をつく)、慨歎(ガイタン=胸を詰まらせてなげくこと)。

9)シブン=斯文。この学問。孔子の伝えた聖人君子の学問のこと。儒学。「斯」は「これ、この」とも訓む。ここでは「これから示す文章」の意味に採った方がいいですかね。斯界(シカイ=この社会、この方面)、斯学(シガク=この分野の学問)、斯業(シギョウ=この事業・業務)、斯人(シジン=この人)、斯道(シドウ=この道、儒教の道、聖人の道をいう)、斯民(シミン=この民、この人民)。

ア)佇み=たたずみ。「佇む」は「たたずむ」。じっと一か所に立ち止まる。音読みは「チョ」。佇見(チョケン=たちどまって見る、佇眄=チョベン=)、佇立(チョリツ=たちどまる)。

イ)頤う=やしなう。栄養を取らせてやしなう、転じて、中にかこんで大事に育てること。「おとがい」「あご」の訓みの方が一般的ですが、この意味も忘れずに。音読みは「イ」。頤養(イヨウ=養成する、はぐくむ)、頤指(イシ=あごで指図する、人をかってに使うこと、頤使=イシ=、頤令=イレイ=)、頤和(イワ=園の名、北京の西方、万寿山のふもとの昆明湖畔にあり、清朝の皇帝の避暑地として用いられた、現在は人民公園)。

ウ)遵い=したがい。「遵う」は「したがう」。道筋を辿って、沿って行く。きまりや先例にしたがってその鳥にする、ルールを外れないで行う。音読みは「ジュン」。遵由(ジュンユウ=たよりにしてしたがう、遵依=ジュンイ=、遵率=ジュンソツ=)、遵養時晦(ジュンヨウジカイ=道理にしたがって志を養い、時勢が悪いとみれば、言行をくらまして愚者のまねをすること)。

エ)瞻て=みて。「瞻る」は「みる」。目をあげてみる、見あげる。対義語は「瞰」(みおろす)。音読みは「セン」で、瞻望(センボウ=はるかにあおぎみる、目をあげて遠くを見る)、瞻依(センイ=尊敬してつき従うこと)、瞻仰(センギョウ=みあげること、人を尊敬すること)、瞻視(センシ=目をあげてみる、また、その目つき)、瞻前(センゼン=前方をみる、今後に行うべき事柄についてよく考えること)、瞻慕(センボ=人を尊敬して慕う)。

オ)援り=とり。「援る」は「とる」。表外訓み。物を引き寄せて手にとる。援筆(エンピツ、ふでをとる=字を書くこと)。

カ)宣ぶ=のぶ。「宣べる」は「のべる」。あまねく意向を分からせる。「宣言」もこの意味です。宣撫(センブ=占領地域などで、権力者が、その意志を民衆によく知らせて安心させること)、宣尼(センジ=孔子のこと)、宣読(センドク=読みあげて広く一般に知らせる)、宣揚(センヨウ=高く評価して、広く世に知らせること)。

佇中區以玄覽,頤情志於典墳。遵四時以歎逝,瞻萬物而思紛。悲落葉於勁秋,喜柔條於芳春,心懍懍以懷霜,志眇眇而臨雲。詠世之駿烈,誦先人之清芬。遊文章之林府,嘉麗藻之彬彬。慨投篇而援筆,聊宣之乎斯文。



【解釈】 世の中心でじっと心の奥深く物事を考えると同時に、太古の書物を紐解き心を豊かにする。四季の変化に時間の移りゆくさまを惜しみ、自然の造化物を仰ぎみながら心がかき乱される。木々の葉が散る寒い晩秋に気持ちが沈み、新緑の若い芽が伸びるさまを芳しく香る春に気持ちが高揚する。やがて訪れる冬を前に霜が降り心は引き締まり、空高く雲を眺めやれば志ははるか遠くにまで至る気がする。あるときは先祖の輝かしい勲功を詩にし、またあるときは先人の高潔な人柄を歌に口ずさむ。林のような文学作品を読みふけり、外見も内容も整った華麗なる文章に心を躍らせる。かくして、感極まって嘆息するのは仕方がないであろう。だから、そうした書物はいったん置いて、ほんのすこしでいいから感じたことを自らが文章にしたため、世に知らしめようと思うのである。

「典墳」(テンプン)というのは、中国古代の三皇・五帝が書いたと伝えられる書物。三墳五典の略称です。転じて、古書全般も指します。陸機はまず、国々がまだ整わない遠い昔に書かれた書物を読むことから始めます。そして、自然の四季の移ろいに人間の心が豊かになることをうたいます。次に、先祖の残した業績をしたためた書物に目を通し、山ほどある書物を読むと心が湧き踊り、じっとしていられなくなるのは人間の本性ではないかという。そっと書物から目を離して深く思索の境地に入ると、ほ~ら、浮かんでくるでしょ、書きたくなるでしょ。あなたはだんだん書きたくな~る、書きたくな~る。。。。催眠状態になった人は知らない間に筆を持っているのです。

いい文章を書くには先輩諸氏の名文に習うべし!=陸機「文賦」1

本邦の「文章読本」と言えば、かの文豪・谷崎潤一郎が嚆矢であるのはご存じか?迂生が学生時代、卒業論文で「日米比較翻訳論」をものにしたときも、日本語の文章の特徴を例証する際の文献として引用した記憶があります。(すいません中身は忘れました)作家というものはその名声が高まるにつれて、「己の文章論」なるものをこの世に残したくなるのでしょう、その後、川端康成や三島由紀夫、丸谷才一、井上ひさしらも所謂「文章読本」を書いております(迂生は未読です)。そのうち、村上春樹なんかも書くんでしょうなぁ。。。それらの内容をいちいち審らかにするつもりはないです。一つだけ言えるのは、どんな大作家もやはり過去の作品から影響を受けないわけにはいかないということです。換骨奪胎という言葉もありますが、昔の人の文章のいい点を真似することが出発点である場合も多い。己の心の「ざわめき」を表現したくなって、その言葉を求めようとする。なかなかうまく合致しない。そんなとき、昔の文章からヒントを得ることは多い。言葉、文体、論理。。。文章読本では古の文章を類型化してそのエッセンスを紹介しているケースが多いです。

さて、中国の陸機(261~303)の名前はご存知でしょうか?時は魏呉蜀の三国時代の後を受け継いだ西晋王朝。呉の名家の出身でしたが、二十歳の時、呉が滅び、十年間の隠棲の後、洛陽に上ります。弟の陸雲と共に文才に溢れる文学者で「二陸」と称されました。また同時代の潘岳(世説新語シリーズでジャニーズ張りのイケメン詩人として紹介しました、ここ)と並び「潘陸」とも呼ばれました。謀反を疑われて死罪になるという不幸な一生でした。その最期の嘆きの言葉は「華亭鶴唳」(故郷華亭の鶴の鳴き声をもう一度聞きたかったがかなわない=転じて、過去の栄華を懐かしく思い、現状を嘆くさま)という有名な典故として今に伝えられています。

その陸機が文章を書く上での奥義をまとめた論文を書き遺しています。中国文学史上、最も名高い文学理論の一つで、タイトルが「文賦」(ぶんのふ)。現代なら差し詰め「文章読本」と位置付けられるでしょうか。詩文を書いたり、文筆業に従事したりすることを「操觚」とも言いますが、その語源となったくだりも登場するほか、「百世の闕文を収め、千載の遺韻を採る。朝華を已に披ける謝し、夕秀を未だ振るわざるに啓く」(使い古されたフレーズではなく、斬新な言い回しを求めよ)と、文筆家が常に戒めなければならない名箴言も謳われています。

いささか抽象的、観念的な部分も多いですが、現代のわれわれが言葉を選び、文章をしたためる際、原点に立ち返ることが求められた時、思い返したい「初心」について滔々と述べられています。もし、読者諸氏の中に作家を志す人、ジャーナリストを目指す人がいるならば(既に従事されている方々も含め)、いまここで1700年以上も前を生きた中国の文学者の文章読本を味わってみるのもいい機会ではないでしょうか。無論、漢字も超一級品のものばかり。文章術と併せて巧みな語彙の数々も獲得いたしましょう。例によって明治書院の「新書漢文大系シリーズ」26の「文選<賦篇二>」を底本といたします。かなり難解なくだりもあります。ゆっくりと細切れで進めます。すべて読み終えるまでにほぼ一カ月はかかるでしょう。倦まず弛まず付いて来てください。本日はその序文から。

「文  賦 并序」(ぶんのふ ならびにじょ) 陸機

余才子の作る所を観るア)に、窃かに以て其の用心を得る有り。夫れ言を放ち辞を遣るは、イ)に変多きも、1)ケンシ好悪は、得て言う可し。自ら文をウ)る毎に、エ)け其の情を見る。恒に意は物に称わず、文は意にオ)ばざるをカ)う。蓋し知ることの難きに非ずして、能くすることの難きなり。故に文の賦を作りて、以て先士の2)セイソウを述べ、因て文を作るの利害の由る所を論ず。佗日に殆ど其の妙を曲尽すと謂う可し。斧を操りて柯を伐るに至りては、則を取ること遠からずと雖も、夫の手に随うの変の如きは、良に辞を以て逮び難し。蓋し能く言う所の者は、此に具うと云う。

1)ケンシ=妍蚩。美しいことと醜いこと。蚩妍、妍醜ともいう。ここでは作品の出来の善し悪し。「妍」は「うつくしい」、「蚩」は「みにくい」。「ケンシ」が書けるのに「シケン」だと分からなくなるというのではまだまだ甘いぞ~。ひっくり返してみるというのは言葉を習得する上では「訓読みしてみる」と並んで重要なテクニックの一つです。

2)セイソウ=盛藻。巧みな文章。「藻」は「あや」とも訓み、文章で修辞が巧みなさまをいう。

ア)毎に=ごとに。~するたびに、~するときはいつでも。「つねに」の訓みもあり。

イ)良に=まことに。本当に。表外訓み。「まことに」は多く、ほかに「寔に、苟に、允に、洵に、款に、真に、亶に、衷に、諦に、孚に、忱に、恂に、惇に、愨に、信に、諒に、悃に、慎に」などがあります。

ウ)属る=つづる。これは珍しい難問。文句をくっつけて文章をつづる。綴る。「ショクす」と訓読してもOKです。属文(ショクブン、ブンをショクす=文章をつづる)、属辞比事(ゾクジヒジ=関係のある言葉を連ねて国々の事件を並べて文章にして述べる)。

エ)尤け=とりわけ。これは稍宛字っぽい。「もっとも」が普通でしょう。意味的に似ていますね。音読みは「ユウ」。尤異(ユウイ=ほかよりひときわすぐれている)、尤悔(ユウカイ=後悔している事柄)、尤隙(ユウゲキ=仲違い、いさかい)、尤最(ユウサイ=最も優れていること)、尤物(ユウブツ=目だってすぐれたもの)。

オ)逮ばざる=およばざる。「逮ぶ」は「およぶ」。これまでも頻出の表外訓み。物事がある地点や水準にまで到達すること。逮夜(タイヤ=夜になる)。

カ)患う=うれう。くよくよと気にする。次から次へと心配する。表外訓み。「患える」。「憂」と同義。憂患(ユウカン=悩み事)、患難(カンナン=悩み、苦しむこと、精神的な苦労)。

余每觀才士之所作、竊有以得其用心。夫放言遣辭、良多變矣、妍蚩好惡、可得而言。每自屬文、尤見其情。恆患意不稱物、文不逮意。蓋非知之難、能之難也。故作文賦、以述先士之盛藻、因論作文之利害所由。佗日殆可謂曲盡其妙。至於操斧伐柯、雖取則不遠、若夫隨手之變、良難以辭逮。蓋所能言者、具於此云。



【解釈】 すぐれた文人の文章を読むたびに、その意匠の工夫ぶりに気がつくことがしばしばである。そもそも言葉を用いて文章を作る際には、表現ぶりは変化に富んで多彩であるが、その出来の善し悪しは一目瞭然である。自分で書く場合はなおさら分かるものである。書こうとする思いがあっても、その趣旨を表出しきれず、また、文の表現が思いを言い尽くせないもどかしさがある。頭で分かっていても実行に移せない。書きたいという気持ちは必ずしも良い文章になるとは限らないのである。わたしがこの「文の賦」を著すきっかけとなったのも、先人のすぐれた文章を読むことを通じて、文章を書く際の成功と失敗がなぜ起こるのかを解き明かしたいと考えたからである。後で読み返しても、微妙な点まで言い尽くしていると自負できる内容に仕上がった。斧の柄にしようと木の枝を切る場合、どんな木のどの部分がいいのかは今まで使っていた斧の柄を手本とするのは当然である。文章も同じこと。見習うべき先人の文章は身近にたくさんある。しかし、その斧を振るう手の動かし方に至っては、微妙な動作や勘所はそうそう簡単に言葉で伝えられるものではない。完全に表現できるかどうかは分からないが、出来る限りは書いてみたつもりである。(以上序文)

「至於操斧伐柯、雖取則不遠」――。当に我が意を得たり。古の文章を玩わうことを通じて歴史を学び、言葉を習得し、思想や論理を習い、そして、未来へ投影していくという弊blogの趣旨そのものと言えるでしょう。でも、それは途轍もなく難しいことであり、永遠であり、いつ果てるともしれない険しい、曲がりくねった道程です。

そもそも文章を書くというのは並大抵のことではない。特に人に読まれることを前提とした場合は、自分の意が確実に読者に伝わるかどうかは永遠の謎ですから。「恆患意不稱物、文不逮意。蓋非知之難、能之難也」というもどかしさ、ジレンマを味わったことは、苟も「物書き」であるならば一度や二度のことではないでしょう。自分自身ですら意味の把握が怪しいのに、況んや他人が本当に理解してくれるだろうか?常にその葛藤に苛まれます。日夜精進也已ですが、
いい文章は先輩諸氏の名文に習え。そこから自分のオリジナルが生まれるはず。自信を持ったものが生まれるまでは古文を学びなさいということですかね。習うより慣れろ。。。陸機にその真髄を請いましょう。

さぁ、古の文章読本の始まりです。

「語彙」や「毀損」は苦手っす…?=番外編2

髭鬚髯散人は本日も風邪で体調不良。案の定です。したがって、新常用漢字表でお茶を濁します。しかも短めとなることをご容赦ください。次回の構想は暖まっています。読者諸氏の御期待は裏切りませんのでもう少し辛抱してくださいませ。文化庁は「国語に関する世論調査」というのを毎年実施していますが、今年度は「常用漢字に関する意識調査」として実施しており、その速報値を公表しました。2010年2~3月、全国16歳以上の男女4108人を対象に調査員による面接聴取方式で行いました。質問項目はいろいろありますが、この中で「追加候補字種」である196字から都道府県名に使う11字を除いた185字の印象を尋ねています。3グループ(a1411人、b1350人、c1347人)に分けて、各58字を聞いています。

① 「読みにくいので、仮名書きが望ましい」

② 「読みにくいので、振り仮名を付けるのが望ましい」

③ 「漢字を使うことで、意味の把握が容易になる」

以上、三つの観点ですべての漢字のランキングを示しています。①は、常用漢字にするのにネガティブな見方、②は、常用漢字にするにややネガティブな見方、③は、常用漢字に対して肯定的な見方と言えるでしょう。185字すべてを示すのはしんどいので主な上位、下位の漢字を示すこととします。

まず、①のベストテンから。『 』内が追加字種。(  )内の数字はそう思った人の割合(%)です。

1位  彼は驚くほど語『彙』が豊富だ (14.3)

2位  名誉を『毀』損する      (10.8)

3位  それは極めて『恣』意的な判断だ(10.6)

4位  事実を隠『蔽』する      (10.4)

5位  組織が『瓦』解する      (8.6)

6位  『顎』が外れるほど大笑いする (7.7)

6位  憂『鬱』な気分が続く     (7.7)

8位  試合は『僅』差で勝った    (7.2)

9位  右『舷』前方に見える客船   (7.1)

9位  西欧文明への『憧憬』     (7.1)

「彙」「毀」「恣」「蔽」「瓦」「顎」「鬱」「僅」「舷」「憧憬」は読みにくいと判断する人が多かった。しかしながら、「ネガティヴ」と申しましたが、せいぜい14%台ですから10人に1人いるかいないかの割合です。国民の多くは意外にそれほど漢字に対して抵抗がないということでしょうか? 漢字を使った方がいいという意見が全般的に強かったと言えるのではないでしょうか。

②も「ややネガティヴ」ですから、ほぼ同様な漢字が上位に来ることが想定されますね。見てみましょう。

1位  それは極めて『恣』意的な判断だ(62.7)

2位  彼は驚くほど語『彙』が豊富だ (61.7)

3位  名誉を『毀』損する      (60.4)

4位  組織が『瓦』解する      (58.3)

5位  『畏』敬の念を抱く      (57.0)

6位  事実を隠『蔽』する      (55.1)

7位  西欧文明への『憧憬』     (51.9)

8位  サケが急流を『遡』上する   (51.8)

9位  辛『辣』な言葉を浴びせる   (51.4)

10位  人格を陶『冶』する      (49.2)

「畏」「遡」「辣」「冶」が新しいですが、ほかは「ネガティブ」と重なっています。①と②を合計して「読みにくい」という漢字のトップファイブは「彙」(76.0)、「恣」(73.2)、「毀」(71.2)、「蔽」(66.9)、「瓦」(65.5)となっています。

これに対し、③の意味の把握が容易だという「肯定」の漢字を見ましょう。

1位  おいしい『鍋』料理        (95.0) 

2位  一年の計は元『旦』にあり     (94.8)

3位  甘い『柿』を食べる        (94.4)

3位  長く伸びた『爪』を切る      (94.4)

3位  『韓』国の伝統的な料理      (94.4)

6位  美しい『虹』が出る        (94.1)

7位  新しい『枕』で寝る        (94.1)

7位  『嵐』のような拍手が沸き起こる  (94.1)

9位  千羽『鶴』を作って贈る      (93.9)

9位  それは『俺』のカメラだ      (93.9)

9位  日『頃』からお世話になっている先輩(93.9)

さすがにお馴染みの漢字が多いですね。むしろ今まで常用漢字で無かったのが不思議なくらいの印象のものが多い。日常的に目にして使うものばかりでこれらは覚えるのには苦にならないでしょう。翻って下位に来る漢字は、「彙」「恣」「毀」「瓦」「蔽」「畏」「憧憬」「辣」など「ネガティブ」で上位に来たものばかりであるのは当然でしょうね。パラレルな関係にあります。「憧憬」が苦手だというのは少し意外な感じがします。屹度、「ショウケイ」と音として耳にしたことはあるでしょうが、これを漢字として見た場合、「憧憬」であるので「ドウケイ」としか読めないからでしょうかね。この音と文字のギャップが最も難しいのですよね。「瓦」は「かわら」なら読めるでしょうが、音読みの「ガ」は難しい。「恣」も「シ」と読むのは難しい、どうしても「ジ」となってしまう。「彙」に至っては「イ」とはどうしても読めない。せいぜい「カ」でしょうかね。

文化審議会の答申案によると、「常用漢字表」とは特別な場合を除いて、一般的に言って、仮名の交ぜ書きや振り仮名を付けるといった配慮をすることなく使用する「漢字の一覧表」という性格を持つものである、と定義づけられています。「ネガティブ」な声の多い漢字はなかなか読んだり書いたりするのは抵抗があるでしょう。しかし、音として聞いたことは多いはずです。よしや書けなくとも読むことはできるようになり、情報機器の辞書機能で確実に変換できるようにならなければなりません。いずれにせよ、漢字に対する興味関心を持ち、どんどん話し言葉、書き言葉、あらゆる場面で用いるように励行することが大事です。なにもわざわざ優しい言い方ばかりを志向する必要はない。いたずらに小難しい表現もいかがとは思うが、古来受け継がれてきた言葉なのです。使用するのに何の委縮があるでしょう。奢らず、弛まず精進ですよ~。

blog更新の「ショウガイ」となる体調不良に切歯扼腕=番外編

爪の長い麻姑に背中を掻いてもらったら嘸かし気持ちいいだろうなぁ、なんて思っていたら、喉が痛み出し、咳が止まらない。鼻水もじゅるじゅる。。。どうやら風邪の症状が一挙に押し寄せてきたようです。先週末に実は京都に遊びに入っており、下戸乍らも祇園・先斗町の「川床」(かわゆか、かわどこ)で友人(愛人じゃないっすよ)と一献傾けたのですが、やはり夜の外はまだ寒かった。夜風に当ってしまったようです。やばい。。。。

毎日更新を宗としている髭鬚髯散人。仕事が忙しいとか、どこかに旅に出ているとか、単なる飲み会いうだけなら、何とか書き溜めて予約配信などで工面もできます(実際にこれまでも何度も凌いできました)が、さすがに体調不良には勝てません。「擬古」シリーズが終了したので、引き続き陶淵明かあるいは別の名文の新シリーズを思案中だったのですが、体調回復まで無理ですね。かといって、このままスルーするのも折角、毎日お越しいただいている読者諸氏にも申し訳ないです。いや、お為ごかしではない、髭鬚髯散人の名が廃る!!ということで、本日はちょっと気分転換。さらりと読める漢字ネタでご容赦願いましょうか。


文化庁の文化審議会国語分科会が「新しい常用漢字表」の作成作業を進めているのはニュースなどでご存知の方も多いと思います。現在の1945字種から、5字を削り、新たに196字を追加して差し引き2136字種の表となります。「鬱」とか「彙」とか普通は書くのが困難なものも含まれていますが、あくまで漢字使用の目安ですから、必ずしも書けなくてもよくてパソコンや携帯電話などのIT機器の辞書機能を利用して選択することができればいいのです。もちろん、漢字検定1級(もうブームは疾うに廃れましたが)を志向する方ならばいずれも読めて書けて、文章などでも自由自在に用いることができなければなりません。

文化審議会が6月にも開かれそこで決定されれば、年内の内閣告示・訓令として正式に位置付けられます。1981年に当用漢字から常用漢字になって以来29年ぶりの大改訂となるわけですが、削るのは初めてのことなのはもちろんのこと、196字のプラスも過去に例のない大幅な内容です。どうして削るのか、なぜこの字を入れてあの字が入るのか不公平だ、「鷹」を入れろ BY 三鷹市長、などなど喧喧囂囂の意見が関係者から持ちあがったのもご存じでしょう。どうしても利害関係が生じるのは致し方ない。さきほども申しましたが、あくまで目安なので絶対ではないし、どこかで線を引くだけのことですからそれほど目くじらを立てるほどのことはないのですが…。全員が一致するものなどできるはずがない。1級配当の6000字をすべて常用漢字にしない限りは収まりがつかないでしょう。「常用」なんですけどねぇ……。

この中で本日は一つだけ話題に載せましょう。「障がい」。普通は「障害」と書きますが、「害」とは何事、「障碍」と書くように改めるよう、健常者も障害者も同じ土俵である「インクルージョン社会」の実現を主張する障害者団体から要望がありました。「碍」はもちろん常用漢字からは外れました。以前、文化庁が凸版印刷などの協力を得て実施した漢字の出現頻度調査によると、3461位です。語例では「融通無碍」「碍子」などがありますが、かなり特殊な場面でしか使いません。

文化庁がいろいろ調べたところ、明治期から「障害」と「障碍(障礙)」はかなり混在して使われていることが分かりました。江戸末期の文久二年(1862)に発刊された「英和対訳袖珍辞書」(A POCKET DICTIONARY of the ENGLISH AND JAPANESE LANGUAGE)でも「Annoy,Annoyance」の訳語として「退屈ナル物、煩労、障害、妨ゲ、損害」と見えると同時に、「Rub」に関しては「摩軋、障碍、困難、衝キ」となっており、「障害」と「障碍」が両用されています。

さらに、「太陽コーパス」(雑誌「太陽」日本語データベース 国立国語研究所編 CD-ROM版 博文館新社)によりますと、「障害」「障碍」「障礙」の出現頻度数の推移が見え、興味深い。出版年ごとに順に見ていくと、

1895(明治28年)=「障害」22、「障碍」17、「障礙」10→総計49、
1901(明治34年)=各48、21、19→88、
1909(明治42年)=各13、8、5→26、
1917(大正6年)=各20、14、6→40、
1925(大正14年)=25、8、1→34

となっており、「障害」の合計が128と圧倒的に多く、次いで「障碍」の68、「障礙」の41の順番となっています。混在はしているものの拮抗しているという状況ではありません。つまり、古来、「障害」という用例は数多くあるということです。最近になって「障害」が、昔からある「障碍」に取って代わったというわけではないのです。

結論的に言えば、国語分科会漢字小委員会は「碍(礙)」を常用漢字に追加することは一応見送った形になっています。ただし、一方で政府の「障がい者制度改革推進本部」(2009年12月8日閣議決定)というのがあって、その中で、「法令等における『障害』の表記の在り方に関する検討等を行う」として、当面5年の間に結論を出す方針を決めています。この議論でもし万が一「障害」を「障碍」に書き換える旨決定された場合は、「碍」を常用漢字に加えるかもしれないことが明記されています。政治家の中には「障がい(害)者」にいいところを見せたいと考えるものもいて、判断は先送りにされた格好です。社民党などが特に唱えています。真に差別しているのはこの政党ではないかと思うくらい無理筋のような気がしますが、おぼっちゃま鳩山では普天間しかりで決断ができないでしょう。小党に掻き乱されている。不幸だ。。。

で、このネタに特に落ちはないのですが、さらに文化庁の出した資料によりますと、明治時代の読売新聞で「障害」「障碍」「障礙」の使用例が目にとまりました。幸田露伴の「日ぐらし物語」の「ねぢくり博士」では「障害物」と用いている一方で、別の場面では「障碍」(ショウゲや「無障碍」(ムショウゲ)となっている。このほか、新聞の記事中には「障礙物」(ショウガイモもの)、「障碍」(さはり)、「障碍競争」(ショウゲキョウソウ)、「不通障碍」(フツウショウガイ)などなどあらゆる言い回しで混在されている実態を浮き彫りにしています。例えば露伴ですら明確に区別していないのですから意味上の違いはなく、明治期の人々は庶民も含めて、いずれも読めたし、書けたし、使っていたと言えましょう。

ちなみに「障碍」「障礙」で「ゲ」と読む場合は「呉音」です。要するに仏教用語ですね。日本国語大辞典(小学館)によると、「ショウゲ」と読んだ場合の意味としては「ものごとの発生、持続などにあたってさまたげになること。転じて、悪魔、怨霊などが邪魔をすること。さわり。障害」の意味も包含されています。「悪魔、怨霊」といったおどろおどろしいニュアンスも出るので、障害者団体の方々は一概に「障碍」がいいと言わない方がいいのかもしれませんよ。無論、「害」といってもいい響きではありません。障害者の方々自身が「害」というわけではないのでやや被害者意識が強いのかもしれませんが、「それは健常者の戯言のロジックだ」と罵倒されても正面切って反論することはできませんが……。

なかなか終わりもないのですが白居易の「春日題乾元寺上方最高峰亭」にも「障礙」が登場しています。これを味わいながら急場を凌ぎます。これは呉音ではなく「ショウガイ」と読むんでしょうかね?

危亭絶頂四無鄰,見盡三千世界春。

但覺虛空無障礙,不知高下幾由旬。

迴看官路三條線,卻望都城一片塵。

賓客暫遊無半日,王侯不到便終身。

始知天造空境,不為忙人富貴人。


新たに「常用漢字表」のカテゴリーを設けました。今後もコラム的にこの話題を取り上げる機会があるかと思いましたので…。体調不良がこのblog更新の「障碍」となっている…。忸怩たる思い、慙愧に耐えません。。。

麻姑が見た大海原は高原に植えぬ桑の実悔いぞ多けれ=陶淵明「擬古」9

陶淵明の「擬古」九首シリーズの九回目、最終回です。いつものように岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。「滄海変じて桑田と為る」という成句はご存知でしょうね。「神仙伝」にある故事で、痒い所に手の届く「孫の手」の語源ともなった「麻姑」(マコ)という仙女が「東海三たび変じて桑田と為るを見る」―あたしゃ長年生きているけど青海原が桑畑になってしまう光景を三回も見ちゃったわ―と王方平に言いました。嗚呼、世の中の移り変わりの何と激しいことか。淵明のこの首はこれを踏まえて自らの感慨を詠じています。

「其九」

桑をア)う 長江のイ)

三年 当に採るべしと望めり

枝条 始めて茂らんと欲して

忽ち山河の改むるに値う

ウ)と葉とは自ら摧け折れ

根と株とは1)ソウカイに浮かべり

2)シュンサン 既に食無く

3)カンイ 誰にか待たんと欲する

本と高原に植えず

今日 復た何をか悔いん

1)ソウカイ=滄海。

青海原。「滄」は「青緑色の冷たい色」をいい、「あおい」とも訓み、この一字でも「あおうなばら」と訓みます。滄海遺珠(ソウカイのイシュ=大海中に取り残された珠。世に知られずに埋もれている賢者を譬える)、滄海一粟(ソウカイのイチゾク=大海中の一粒の粟。非常に大きい物の中に、非常に小さい物があるたとえ)、滄江(ソウコウ=広々と、深緑色に見える川の水)、滄洲(ソウシュウ=東方の海上にあり、仙人の住むといわれた場所、あおあおとした水に囲まれた洲や浜)、滄波(ソウハ=深緑色の波、あおあおとした波)、滄茫(ソウボウ=水があおあおと、はてしなく広がっているさま)、滄溟(ソウメイ=あおあおとした海)、滄流(ソウリュウ=深くあおあおとした流れ)、滄浪(ソウロウ=あおあおとした澄んだ水の色)。

2)シュンサン=春蚕。

春のカイコ。繭を作るために春に糸を吐き出す。

3)カンイ=寒衣。

冬の着物。寒い時の薄着という意味もあり、貧乏であることが寓意されます。

ア)種う=うう。

表外訓み。植えること。「うえる」はほかに、「栽える、樹える、秧える、稼える、芸える、蒔える」があります。

イ)辺=ほとり。

近くの処。そば、あたり。表外訓み。辺陲(ヘンスイ=国ざかい、国境)、辺隙(ヘンゲキ=国境での紛争)、辺徼(ヘンキョウ=外敵から国を守るため、国境に設けたとりで)、辺戍(ヘンジュ=国境の守備、また、その兵士)、辺陬(ヘンスウ=かたいなか、僻陬=ヘキスウ=)、辺幅(ヘンプク=外見、うわべ、体裁)、辺邑(ヘンユウ=かたいなかの町村、へんぴなところにある町や村)、辺和(ヘンワ=国境に関することで隣国と紛争を起こさないこと、辺境地域の平和)。

ウ)柯=えだ。

草木のえだや茎のこと。音読みは「カ」。斧の「え」の意もある。柯条(カジョウ=曲がった木のえだ)、柯葉(カヨウ=えだと葉、枝葉)、金柯玉葉(キンカギョクヨウ=貴重な物)。


種桑長江邊、 三年望當采
枝條始欲茂、 忽値山河改
柯葉自摧折、 根株浮滄海
春蠶既無食、 寒衣欲誰待
本不植高原、 今日復何悔



長江の畔に桑の木を植えた。三年たてば葉を摘めるものと期待して。だが枝がようやく茂りはじめたころ、山や川の様子が一変してしまった。枝や葉はくだけ折れ、根や株までが青海原に押し流されてしまった。春のかいこにやるものがなくなって、繭の収穫が期待できなくなった今、冬の着物は誰をあてにしたらよいのか。もともと高原にうえなかったのが間違いのもと、今さら悔いたところでどうにもなるまい。

岩波文庫(P24)によると、「刺世詩の一つ。晋室の滅亡を痛恨した詩」とあります。第一句の「種桑長江邊」は東晋王朝が江南に建国したことを指しています。西晋のはじめ、桑は晋の盛衰を象徴するものと位置付けられていました。第二句の「三年望當采」は劉裕が恭帝を立て(義熙14年=418)てから禅譲を迫ってみずから即位する(元熙2年=420)までの期間を指すとの見方が有力。続く、第五句の「柯葉自摧折」は、荊州刺史の司馬休之が反劉裕の兵を挙げて失敗した(義熙11年=415)ことを指すという説があるそうです。この辺りの中国史については弱いのであまり論じられません。淵明は祖国が滅びた栄枯盛衰を自分の境遇になぞらえて嘆息していることだけは分かります。「擬古」というタイトルにもそれが窺えます。手に入るはずだった名声や富が入らないことが分かったいま、田園に帰るのは必然。もともと自分にはその素質がないし、コネもない。はじめから分かっていたこと。悔しがる必要もなかろう。嗚呼、麻姑が欲しい。迂生の背中を掻いてくれぇ~~。

ソウチに邂逅できず田園に帰ることを決意=陶淵明「擬古」8

陶淵明の「擬古」九首シリーズの八回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。今回は淵明が信奉する古の聖人たちが登場します。伯夷と叔斉、荊軻、伯牙、荘子。いずれも淵明が理想とした古の士君子たち。自分と重ね合わせてはこの世を儚みます。

「其八」

少き時 壮んにして且つア)

剣を1)して独り行遊す

誰か言う「行遊すること近し」と

張掖より幽州に至る

飢えては食う 首陽のイ)

渇しては飲む 易水の流れ

2)ソウチの人に見わずして

惟だ見る 3)コジの丘

路辺にウ)つの高墳あり

伯牙と荘周と

此の士 再びは得難し

吾が行 何をか求めんと欲せし


1)ブして=撫して。

手を当てて押さえる。ここでは「撫剣」とあって、「剣をさする、つまり、剣術・武力によって頭角を現し、出世しようと意気がるさま」。「なでる」の訓みもあり。撫慰(ブイ=安んじ慰める、いつくしみいたわる)、撫御(ブギョ=いつくしんで統率する、撫馭)、撫軍(ブグン=太子が君主に従って従軍すること)、撫事(ブジ=昔のことを考えて思いにふける、ことをブす)、撫恤(ブジュツ=物を恵み与え、あわれみをかける、撫卹)、撫循(ブジュン=いたわって服従させる、てなずける、拊循=フジュン=、撫順=ブジュン=)、撫掌(ブショウ=手のひらをうる、我が意を得たりと喜ぶさま、たなごころをブす、拊掌=フショウ=)、撫心(ブシン=むねをなず→胸をなでる、心を安んじる、むねをブす→悲しんだり憤ったりして手で胸を叩く、拊心=フシン=)、撫綏(ブスイ=民を、不安の無いようにしてやること、撫寧=ブネイ=、撫安=ブアン=)、撫世(ブセイ=世の中を治め天下の人々が安心して生活できるようにしてやる、天下全体を覆い尽くす、蓋世=ガイセイ=)、撫存(ブソン=まあまあと慰める)、撫髀(ブヒ=ヒをブす、ももをたたく、興奮したり喜び勇んだりするさま、拊髀=フヒ=)、撫民(ブミン=たみをブす、人民を安んじる)、撫有(ブユウ=かわいがって服従させ自分のものとする)、撫養(ブヨウ=いつくしみ養う、撫育=ブイク=、撫字=ブジ=)、撫臨(ブリン=安んじおさめる)、撫弄(ブロウ=なぐさみもてあそぶ)、撫和(ブワ=なだめ柔らげる、撫輯=ブシュウ=、撫緝=ブシュウ=、撫柔=ブジュウ=)。盛り沢山です。

2)ソウチ=相知。

知り合い、知人、友人。相識(ソウシキ)ともいう。「相~」の熟語では、相軋(ソウアツ=互いに争う)、相剋(ソウコク=相手に打ち勝つ、相勝=ソウショウ=)、相推(ソウスイ=交替する)、相藉(ソウセキ=重なり合う、きわめて多いこと)、相存(ソウソン=安否をたずねあう)、相忘(ソウボウ=我と物と一体となり、真に自由な境地になること)。

3)コジ=古時。

昔。古寺は「ふるでら」、古事は「いにしえのこと」、古辞は「むかしのことば・詩」。巾子、怙恃、胡児、虎児、固辞、誇示、固持ではないので要注意。

ア)し=はげし。

「しい」は「はげしい」。きついさま、きびしいさま。「はげむ」「はげます」「とぐ」「ハンセン病」とも訓む。音読みは「レイ」「ライ」。人(ライジン=ハンセン病患者、癩人)、疫(レイエキ=たちの悪い病気、疫病)、階(レイカイ=災いの元)、鬼(レイキ=病気を持ってくるという鬼、疫病神、人に祟りを落とす死人の霊・悪魔)、疾(レイシツ=はげしくてはやい、急性の病気)、色(レイショク=怒りで顔つきをきびしくする、厳しい顔つきをすること、いろをはげます)、風(レイフウ=はげしい風、烈風)、民(レイミン=人民を苦しめる)。

イ)薇=わらび(ぜんまい)。

「ビ」。草の名。マメ科ソラマメ属の二年草。山野に自生。種子は食用。カラスノエンドウ。別名、大巣菜(ダイソウサイ)。和名では「ゼンマイ」が一般的か。しかし、ここでは「ワラビ」の訳語が充てられています。似てるっちゃあ、似てますが…。薇蕨(ビケツ)という言葉もあって、これは「ゼンマイとワラビ」。やっぱ分けてますね。どっちだろ?一般に伯夷と叔斉が首陽山に籠って餓死寸前のときでも、周の粟を食べることを厭い、口にしたと淵明が詠んでいるのが「薇」。おそらく日本で言うところの「ワラビ」や「ゼンマイ」ではなくて野山に生える雑草なのだと思います。したがって「ビという名の草」とでも訳すのが正確なのでしょうね。

ウ)両つ=ふたつ。

二つ。表外訓み。「両~」の熟語では、両漢(リョウカン=前漢と後漢のこと、二漢ともいう)、両岐(リョウキ=ふたまたにわかれていること)、両京(リョウケイ=二つの都、長安と洛陽、両都=リョウト=)、両端を持す(リョウタンをジす=どちらにするか迷って決心がつかないこと)、叩両端(リョウタンをたたく=物事のはじめから終わりまでのすべての問題をじゅうぶんに導きだす)、両髦(リョウボウ=幼児の髪型名、左右に分けて両方に垂らす)。

少時壯且、 撫劍獨行遊
誰言行遊近、 張掖至幽州
饑食首陽薇、 渴飲易水流
不見相知人、 惟見古時丘
路邊兩高墳、 伯牙與莊周
此士難再得、 吾行欲何求



若い頃、わたしははげしく盛んな意気にもえ、剣をさすりつつ、ひとりで諸方を旅してまわった。それも近くを歩きまわったのではない。西の果て張掖から東の果て幽州までも行ったのである。ひもじくなったら伯夷と叔斉よろしく首陽山のわらびを食べ、のどがかわけば荊軻のように易水の水をのんだ。しかし結局は知己にはめぐりあえず、見たものと言えば古代の士が眠る墓丘だけである。道端に二つの塚を見かけたが、それは伯牙と荘周の墓だった。彼らが相手に不足したように、わたしも志を結ぶべき人物にめぐり遇えなかった。とすれば、わたしはこの遠遊でいったい何を求めようとしたのだろうか。

意気揚々として繰り出した若き日の淵明。東奔西走、歩き回った挙句にこれといった出会いが無く悶々と葛藤する淵明です。そして、挫折して途方に暮れる淵明。人間の一生を軽やかにリズムよく詠じています。張掖とは今の甘粛省西北部にある郡の名。幽州とは今の河北省北東部の地名。実際に赴いたかどうかは問題ではなく、気持ちの上ではこの世の果てまで知己を求めて歩きまわったというのです。易水とは河北省西部を流れる川の名。戦国時代末期、燕の太子丹から秦の始皇帝暗殺を仰せつかった荊軻がここで悲愴な決意をうたった故事は既に紹介しました。伯牙とは春秋時代の琴の名手。知音の友鍾子期が死ぬと、琴の絃を絶って二度と弾かなかったという。また、荘周とは戦国時代の思想家、荘子のこと。親友に恵施がいてよく議論をたたかわせたが、恵施の死後、荘周も深く考え込むばかりで二度と誰とも論諍することはなかったと「淮南子・脩務訓」に見えます。いずれも、心を許せる数少ない友の死を契機にこの世との関わりを絶ったのです。淵明にとってもそんな友と出会えず、むしろ約束を守らずに裏切られた思いを味わってしまった。一体、わたしは何のために出歩いたのだろう。仕官を求めたのだろう。やはり、田園に帰るしかないようだと悟るのです。

美人の舞いに溜め息…永遠の存在でないことに「憮」=陶淵明「擬古」7

陶淵明の「擬古」九首シリーズの七回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。同書(P20)によると、「人生の哲理をうたった詩であろうか。また、晋から宋へと時代が移り易わったことへの感慨を託したものと受けとる理解もある」とあります。表面的には美人の舞いを見て感慨にふける男どもの気持ちを歌っています。もちろん、エロチックな意味も含めてですが、永遠なる美はありはしない虚しさを詠じています。しかし、その実は祖国晋が宋に代わる時代の変遷を寓意しているようです。淵明がその複雑な心境を淡淡と詩にしています。詩人は常に悩んでいます。

「其七」

日暮れて天に雲無く

春風 1)ビワを扇ぐ

2)カジン 清夜を美しとし

曙に達るまでア)みかつ歌う

歌イ)って長歎息し

此れを持て人を感ぜしむること多し

3)キョウキョウたり 雲間の月

4)シャクシャクたり 葉中の華

豈に一時の好無からんや

久しからざるは当に如何すべき

1)ビワ=微和。

かすかに感じる暖かさ、なんとなく暖かい空気。「微」は「かすか」「ひそか」とも訓む。微恙(ビヨウ=軽い病気、微痾=ビア=)、微眇(ビビョウ=かすかで小さい、文章やことばで表現できないような奥深い趣があること)、微涼(ビリョウ=なんとなく涼しい、かすかな涼しさ)、微雨(ビウ=かすかに降る雨、こさめ)、微躯(ビク=自分を遜っていうことば、微身=ビシン=、微躬=ビキュウ=)。

2)カジン=佳人。

美人。志のある立派な者に喩える。佳人薄命(カジンハクメイ=美人はとかく不幸せで短命である、蘇軾の「自古佳人多命薄」が出典)、佳会(カカイ=楽しい集まり、りっぱな宴会)、佳気(カキ=めでたい気)、佳期(カキ=よい時節、美人と約束してあう日、蕨拳式の日)、佳境(カキョウ=美しい景色のところ、話の盛りあがる場面)、佳日(カジツ=よく晴れた穏やかな暖かい日、めでたい日)、佳什(カジュウ=りっぱな詩文、「什」は詩経の詩の十編のこと)、佳勝(カショウ=名声が高い人、美しい景色、佳景=カケイ=)、佳醸(カジョウ=よい酒)、佳絶(カゼツ=けしきが非常に良いこと)、佳饌(カセン=おいしいごちそう、佳餐=カサン=)、佳致(カチ=すぐれた趣、佳興=カキョウ=)、佳配(カハイ=よくてふさわしい配偶者、佳偶=カグウ=)、佳筆(カヒツ=字を書くのが上手)、佳聞(カブン=よい評判)、佳妙(カミョウ=美しくて素晴らしいこと)、佳話(カワ=聞いて楽しくなるようなよい話)。

3)キョウキョウ=皎皎。

真っ白いさま、明るいさま、潔白なさま。「皎」は慣用読みで「コウ」。「しろい」「きよい」とも訓む。皎潔(キョウケツ、コウケツ=態度やようすが白くてけがれのないさま)、皎月(コウゲツ、キョウゲツ=白く輝く月)、皎日(コウジツ、キョウジツ=白く輝く太陽、白日=ハクジツ=)、皎然(コウゼン、キョウゼン=白く明るいさま、皎如=コウジョ、キョウジョ=)。

4)シャクシャク=灼灼。

まっかに輝くさま。ここでは、花の色があかあかと火を燃やしたように輝くさま。「灼」は「やく」「あかい」とも訓む。和訓である「霊験あらたか」もこれを充てる。灼爍(シャクシャク=あかあかと光り輝くさま、転じて、なまめかしくあでやかなさま)、灼然(シャクゼン=あかあかと輝いて明るいさま)、灼熱(シャクネツ=真っ赤に焼けて熱くなる)、灼爛(シャクラン=ひどい熱でやけただれる)、灼亀(シャッキ、キをやく=古代、占いのために亀の甲羅に熱を加えること)、灼見(シャッケン=明らかに見る)。

ア)酣み=たのしみ。

「たけなわ」も同義。酒を飲んでうっとりするさま。酒宴が最も盛んなころおいにある。音読みは「カン」。既に何度が登場していますが、酣適(カンテキ=心ゆくまで酒に酔って、快い気分になること)、酣娯(カンゴ=じゅうぶんに楽しむ、酣嬉=カンキ=)はぜひとも押さえておきましょう。

イ)竟って=おわって。

「竟わる」は「おわる」。しまいまでやりとげる。「さかいめ」の訓みもある。音読みは「キョウ」。竟場(キョウエキ=さかい、境界、国境)、竟宴(キョウエン=平安時代、宮中で書物の講義や編集などがおわったあとで開く宴会)、竟日(キョウジツ=ひと晩じゅう、終夜、夜もすがら)、竟内(ケイダイ、キョウダイ=一定区域内の内側、区画の中、国内)。


日暮天無雲、 春風扇微和
佳人美清夜、 達曙酣且歌
歌竟長太息、 持此感人多
皎皎雲間月、 灼灼月中華
豈無一時好、 不久當如何



日が暮れて空には雲ひとつなく、あたたかな春風がそよそよと吹いている。志のある美人がこのすがすがしい夜をめでて、夜明けまで歓を尽くし、歌をうたう。歌もうたい尽くしてあの人が長い溜息をもらすと、見ていた人々は深い感慨を抱かせられる。雲間に照り輝く白い月、青葉に咲き誇る真っ赤な花。なるほど、一時の感動を与えてはくれるが、いかんせん、永遠に続くことはない。美人もまた同じ……。

美人の舞いに見惚れる男たちに淵明も交じっています。美しいその姿態に興奮を覚えます。夜通し続く宴会はいつ果てるともありません。そして、彼女は舞いと歌を一通り終えて肩で息をします。その溜息にも似た嬌かしさ。不図見れば、月、華といった自然の美と重なることに気付きます。ところが、人はいつか老いる。病にも罹る。死ぬ。自然の事物はいつかは滅びる。枯れる。消える。一時の美しさに目を奪われるのも束の間、国家ですら滅亡の道にも至ることに深い深い感慨が淵明の心をとらえます。自身は早々と田舎に帰って身を隠してしまった。これは成功でしょう。果断な行動とも言えましょう。しかし、世の栄枯盛衰はそれを上回る速度で動きます。人々をどん底に陥れます。人として生を享けたからには享楽的に生きるのがいいのかもしれない。そんな思いにまた溜息をつかせられてしまいます。人生の哲理というよりは人生そのもの。その存在の小ささを否でも認識しないわけにはいきませんね。そして、憮然とするのです。

自分には詩がある、いや詩しかないのだ=陶淵明「擬古」6

陶淵明の「擬古」九首シリーズの六回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。

「其六」

1)ソウソウたり 谷中の樹

冬夏 常にア)茲くの如し

年年 霜雪を見る

誰か言う 時を知らずと

世上の語を聞くを厭い

友を結ばんと臨淄に到らんとす

2)ショッカ 談士多し

彼を指して吾が疑いを決せん


1)ソウソウ=蒼蒼。

草木がこんもりと茂っているさま。「蒼」は「草木の青々と生い茂る様」の意で「蒼い」とも訓む。蒼顔(ソウガン=年とってつやのない顔)、蒼庚(ソウコウ=ウグイス、黄鳥)、蒼山(ソウザン=木の茂った青黒い山)、蒼生(ソウセイ=多くの人民、蒼民=ソウミン=、蒼氓=ソウボウ=、あおあおと茂った木がたくさんある意から)、蒼天(ソウテン=あおぞら、蒼昊=ソウコウ=、蒼空=ソウクウ=、蒼穹=ソウキュウ=、蒼玄=ソウゲン=)、蒼頭(ソウトウ=兵士、兵卒、昔、青黒い頭巾で頭を包んだことから)、蒼旻(ソウビン=あおぞら)、蒼蕪(ソウブ=あおあおと茂った草むら)、蒼茫(ソウボウ=空・海・平原などがあおあおとして広がっているさま)、蒼莽(ソウボウ=草木のあおあおと茂っているさま、空があおあおとしているさま)、蒼蠅(ソウヨウ=ハエ)、蒼鷹(ソウヨウ=あお白い羽をしたタカ、猛鳥、厳しい役人のたとえ)、蒼竜(ソウリュウ=青黒い毛並みの巨大な馬)、蒼老(ソウロウ=年老いて古びたさま)、蒼浪(ソウロウ=あおあおとした海、海や空などがあおく広がっているさま)。

2)ショッカ=稷下。

戦国時代、斉の宣王のとき、学者優遇策がとられ、臨淄(今の山東省内)稷門一帯には多くの学者が集まり住んで活発な議論をたたかわした。所謂「稷下の学」。ここでは当時、廬山の東林寺に集まった名士グループを指すのだろう。岩波文庫の解説(P19)によれば、「かれらは白蓮社という宗教結社を作り、淵明にも参加をよびかけたが、淵明は結局断ったという話が、『蓮社高賢伝』に伝わる」とあります。ちなみに「稷」は「きび」「五穀の神」。稷黍(ショクショ=コーリャンとキビ、転じて五穀)、稷正(ショクセイ=穀物の神)、稷雪(ショクセツ=霰の別名)、稷狐(ショッコ=五穀の神を祭った社に住みつくキツネ、君王の近くにはびこる悪臣、社鼠=シャソ=)。

ア)如茲=かくのごとし。

漢文訓読語法で「このようである」と訳す。「茲」は「しげる」「ますます」の訓みもあります。

蒼蒼谷中樹、 冬夏常如茲
年年見霜雪、 誰謂不知時
厭聞世上語、 結友到臨淄
稷下多談士、 指彼決吾疑



青々と生い茂る谷間の松や柏。それらは冬も夏も常に変わらぬ姿を保っている。毎年、霜や雪に見舞われるというのに、だれが時節を知らないなどというのか。わたしは俗世間の噂話など聞くのも汚らわしく、斉の都・臨淄へ行って友人を見つけようと思い立った。稷下には議論好きの学者が多いので、その人たちに聞けば、わたしのかねて抱く疑問点を解決できるのではないかと考えたのだ。

永遠に変わらないものなどあるのでしょうか?この疑問の答えを議論好きの集団に尋ねに行く淵明。果たして……。

3)ソウゾク 既に日有り

已に家人と辞す

行く行く門を出でんとして停り

還り坐して更に自ら思う

怨みず 4)ドウリの長きを

但だ畏る 人の我れを欺かんことを

万一 意に合わずんば

永く世の5)ショウシするところとならん

イ)の懐い ウ)さには道い難し

君の為に此の詩を作る

3)ソウゾク=装束。

みじたくすること、また、みじたく。「ショウゾク」とも読む。日本では「衣冠・束帯・直衣などの服装の総称や、室内・庭園などの飾り付け」の意もある。倉粟、僧俗、相続ではない。

4)ドウリ=道里。

みちのり、物事がある状態に達する途中のこと。ここは文意から「道理」ではないので注意しましょう。

5)ショウシ=笑嗤。

あざわらうこと、人を馬鹿にして笑うこと。「嗤」は「わらう」「あざわらう」とも訓む。嗤笑(シショウ=あざわらう)、嗤誚(シショウ=あざけりなじる)、嗤詆(シテイ=わらいそしる)、嗤鄙(シヒ=あざわらって卑しむ)。笑止、嘗試、小疵、小祠、摺子、簫史、楫師ではないので。

イ)伊の=こ・の

かれ、かの、これ、この。

ウ)具に=つぶさ・に。

具体的に、こまごまと、欠け目なくひとそろい。表外訓みですが基本ですね。このほかに「備に、悉に、曲さに」もあります。具饌(グセン=料理を供える)、具爾(グジ=そばに顔をそろえて親しむ意から、)兄弟をいう)、具臣(グシン=有能ではない、員数に入るだけの家来)、具文(グブン=空理空論)、具論(グロン=十分に議論を尽くすこと)。

裝束既有日、 已與家人辭
行行停出門、 還坐更自思
不怨道裏長、 但畏人我欺
萬一不合意、 永為世笑嗤
伊懷難具道、 為君作此詩



何日かのうちに身じたくもととのい、家人とも別れを告げた。ところが、門を出たところで足を止め、戻って腰をおろしてよくよく考えてみた。道の遠さに恐れをなしたわけではない。だがまたペテンにかけらるのではあるまいか。いや、恐らく意にみたないことになれば、それこそ世間の物笑いの種となろう。この気持ちは詳しく説明できそうにもない。あなたのためにこの詩を作った。そうかお許しのほどを。

淵明の気持ちにある蟠り。齢五十も半ばになろうというのに、友人から裏切られたことを終ぞ忘れることができませんでした。結局は議論好き集団の下へ行くことを逡巡します。彼らからも裏切られたらどうしよう?疑心暗鬼です。人を信じることができなくなり萎縮する。まだ騙される。もういやだ。世間の笑い者にはなりたくない。見栄もある。でも人には伝えられない。この擬古をつくったのも自信がないからだ。言葉はいらない。わたしには詩がある。詩を詠んで人を感動させられたらどんなにか素晴らしいだろう。

会いたい、会いたい、「私」に会いた~い=陶淵明「擬古」5

陶淵明の「擬古」九首シリーズの五回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。いつも襤褸を着て食事も満足にとれない冴えない男。孔子の孫である子思は衛にいたとき、「三十日間で九度しか食べ物が手に入らない」くらいにひもじい思いをしたといいます。これって淵明のこと……?それとも。。。。

「其五」

東方に一士有り

1)ヒフク 常に完からず

三旬に九たび食に遇い

十年に一冠をア)くるのみ

2)シンキン 此れに比する無きも


常に好き3)ヨウガン有り

我れ其の人を観んと欲し

イ)に去って4)カカンを越ゆ


1)ヒフク=被服。

衣類、衣服。被衣(ヒイ)ともいう。被覆とは異なるので要注意です。被衾(ヒキン=夜着)。

2)シンキン=辛勤。

苦労して勤めること、精を出すこと、つらいつとめ。辛艱(シンカン=つらいめにあってなやむ、難儀をする、艱難辛苦)、辛気(シンキ=気持ちがふさがってはればれしない)、辛苦(シンク=つらいくるしみ、辛労=シンロウ=)、辛酸(シンサン=つらく苦しいこと)、辛楚(シンソ=つらさ、つらい苦しみ)、辛辣(シンラツ=ひりひりからい、非常に手厳しい、辛烈=シンレツ=)。

3)ヨウガン=容顔。

顔かたち、また、その美しさを言う。「容」は「かたち」の訓みもある。容華(ヨウカ=顔かたちがはなやかで美しいこと)、容儀(ヨウギ=立ち居振る舞いと姿かたち)、容光(ヨウコウ=面影、風采)、容止(ヨウシ=立ち居振る舞い)、容臭(ヨウシュウ=身だしなみと身につける匂い袋)、容範(ヨウハン=外にあらわれる姿かたち・ふるまい、容貌・態度・立ち居振る舞いなど)。

4)カカン=河関。

川と関所。旅の難所を指す。

ア)著くる=つ・くる。

衣類などを身につける。表外訓み。「着」と同義で音読みは「チャク」。

イ)晨=あした。

あさ。太陽がふるいたってのぼるあさ。生気に満ちた早朝のニュアンスが強い。早朝、ニワトリがときを告げる意もあり「とき」とも訓む。晨夜(シンヤ=早朝と夜、朝早くから夜遅くまで)。


東方有一士、 被服常不完
三旬九遇食、 十年著一冠
辛勤無此比、 常有好容顏
我欲觀其人、 晨去越河關



東方に住む男、着るものはいつもボロで、食事すら満足にありつけず、十年の間一つの冠で通している。その貧苦な暮らしぶりは比べようもないほどだが、顔つきを見るといつも平然としている。わたしはその人に会いたくて朝早く出立し、山河の難所を越えたのだった。

最後にその人に逢いたくて云云とありますから、ひもじい男は淵明ではないようです。それでは一体誰なのでしょうか?


青松 路をウ)んで生じ

白雲 5)ノキバに宿る

我れのエ)に来たれる意を知り

琴を取って我が為に弾ず

上絃 別鶴もて驚かせ

下絃 オ)孤鸞を操る

願わくは留まりて君に就きて住み

今より6)サイカンに至らん


5)ノキバ=簷端。

軒端。音読みで「エンタン」もありです。簷楹(エンエイ=のきの柱)、簷滴(エンテキ=のきばからたれる雨垂れ、簷溜=エンリュウ=)。

6)サイカン=歳寒。

寒い季節になる、転じて、老年を指す。また、逆境や乱世にもたとえる。歳寒三友(サイカンサンユウ=冬、友として賞すべき三つの物、松・竹・梅、衰えた世に友とすべき三つの物、山水・松竹・琴酒)、歳寒松柏(サイカンショウハク=りっぱな人物が逆境にあっても節操を変えないことのたとえ)。

ウ)夾んで=はさ・んで。

「夾む」は「はさむ」。両脇からはさむ、わきばさむ。音読みは「キョウ」。夾撃(キョウゲキ=両側から敵をはさんで攻撃する、はさみうち、挟撃)、夾纈(キョウケチ=二枚の板に同形の花紋を彫刻し、これに折り重ねた絹布をはさんでかたくしめつけ、板に当っている部分が染まらないようにして染める方法、いたじめ)、夾雑(キョウザツ=いろいろな物がまじる)、夾侍(キョウジ=左右に付き従う)、夾帯(キョウタイ=わきに挟んで持つ、科挙の試験で持ち込み禁止の物をわきに隠して持ち込む、カンニング)、夾輔(キョウホ=君主のそばにいて補佐する)。

エ)故に=ことさら・に。

わざと、わけあった。漢文訓読語法。ここでは「ゆえに」とは訓まない。

オ)孤鸞=コラン。

琴の曲の名。双鳳離鸞(想像上の鳥の名、鳳凰の一種、形は鶏に似て、羽は赤色に五色をまじえ、鳴く声は五音にあうという、鳳凰のあとにペアをなしてつらなり、太平の世にあらわれるという)。鸞翔鳳集(ランショウホウシュウ=すぐれた人物が多く集まっていることのたとえ)。

青松夾路生、 白雲宿簷端
知我故來意、 取琴為我彈
上絃驚別鶴、 下絃操孤鸞
願留就君住、 從令至歲寒



青々とした松が道の両側に生え、白い雲が軒端にかかっていた。主人は、わたしの来意を知って、琴をとりあげ弾奏してくれた。はじめは「別鶴」のしらべに驚き、結びに「双鳳離鸞」の曲を弾じてくれた。どうかご主人、わたしをここに置いてくだされ。今からあなとのもとで、厳しい冬をいっしょに過ごし、わたしという人間が最期まで本物であるかどうかを示したいと思うのです。

やっとのことで逢えた男は淵明のために琴を奏でます。「上絃」「下絃」はそれぞれ「初曲、終曲」の意。その名前から、いずれも哀しい別れの曲であることがうかがわれます。淵明はそれを奏でてくれた男の意を汲んで、自分の隠棲の気持ちが本物であることを訴えています。この首は、晩節を堅持する気持ちを表現しています。ある意味、仙人の心境でしょうか。弟子入りを申し出ます。御年、50を越えているはずですが、まさに琴線に触れたのでしょう。積極果敢に攻めます。やはり、このひもじい男は淵明なのでしょう。彼はその分身を見たのです。自分の孤独さを幽体離脱で表出した。残り少ない人生を悟りながらも、自分の思いがどんなに寒い季節であろうと色褪せること無いものであることを証明しようと決めたのです。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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