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李陵と司馬遷の関係や如何に?=司馬遷「報任少卿書」6

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の6回目です。ここで新たに登場する人物が李陵です。中島敦の小説「李陵」で彼の伝記が描かれています。


僕と李陵とは、俱に門下に居る。素より能く相善きに非ざるなり。1)シュシャ路を異にし、未だ嘗て盃酒をア)み、2)インギンのイ)余懽に接せず。然れども僕其の人と為りを観るに、自守の3)キシにして、親に事えて孝、士とウ)にして信、財に臨んで廉、取与には義あり。分別には譲る有り、4)キョウケンにして人に下り、常に奮して身を顧みず、以て国家の急にエ)わんことを思う。其の素より蓄積する所なり。僕以て国士の風有りと為す。夫れ人臣は、万死に出でて一生の計を顧みず、公家の難に赴く、斯れ以て奇なり。今事をオ)いて一たび当らず、而るに軀を全うし、妻子を保つの臣、随いて其の短を媒「薛+女」(ゲツ=わざわい、妖怪のなす悪さ、「孼」=ゲツ=が類義語)す。僕誠にカ)かに心に之を痛む。

 1) シュシャ=趣舍。

  進むことと、とまること。趨舎ともいう。ここでは司馬遷と李陵の二人が帝のそばで働いているがその仕事の内容が重なることはなく、日常の接点がないことを指す。


 2) インギン=慇懃。

  ねんごろなさま、ていねいに気を配ること。ここでは司馬遷が李陵と親しく付き合うことがないことをいうくだりで用いている。

 3) キシ=奇士。

  すぐれて人物。ひとくせある、変わった人物。ここは前者、すなわち李陵を指す。

 4) キョウケン=恭倹。

  他人に対してはうやうやしく、自分に対してはつつましくする。「論語」の「夫子温良恭倹譲以得之」から来ている。矯虔や狂狷ではない。

 ア) 銜み=ふく・み。

  「銜む」は「ふくむ」。口にくわえること、口の中に入れること。音読みは「ガン、カン」。銜轡(ガンピ=馬を操るくつわとたづな、転じて、法律を指す)、銜尾相随(ガンビあいしたがう=後に続く獣が前の獣の尾をくわえているように、前後にぴったりと続いていくこと)、銜恤(ガンジュツ=うれいを心にふくみ持つ、うれいを抱き続ける)、銜泣(ガンキュウ=涙が出るのをおさえる、咽び泣く)、銜冤(ガンエン、エンをふくむ=無実の罪を受けながら釈明できないこと)、銜環(ガンカン=恩に報いること、後漢の楊宝が黄雀を救って環を得たことから)、銜枚(ガンバイ、バイをふくむ=声を出さないように口にかませる棒状の物)。

 イ) 余懽=ヨカン。

  この言葉は辞書には見えません。「懽」は「よろこぶ」「わいわいと声をそろえてよろこぶ」意味ですから、わいわいと雑談して打ち解けるさまをいうのでしょうか?「余」の意味が捉えづらいですね。「ゆったりと」という意味か?

 ウ) 与にして=とも・にして。

  漢文訓読語法の訓み。「いっしょに」「つれだって」と従属の意を表す。

 エ) 殉わん=したが・わん。

「殉う」は「したがう」。命懸けで他者に従う。表外訓み。

 オ) 挙い=おこな・い。

  「行動」「ふるまい」との意があるのでこの訓みも成り立つ。行う。延頸挙踵(エンケイキョショウ=つまさきだって待ち設けること)、挙觴(キョショウ=杯を挙げて酒を飲む、酒を勧める、挙爵=キョシャク=)。

 カ) 私かに=ひそ・かに。

  密かに。ないしょで、こっそりと。表外訓み。「ひそかに」はほかに、「間かに、秘かに、窃かに、竊かに、陰かに」があります。



司馬遷と李陵の関わりを明らかにする貴重な記述です。もともと目指す道は異なりそれほど親しくはなかったが、稀有の逸材であることは忽ちのうちに悟りました。彼は国家の危難に立ち向かい、自分のことを顧みずに匈奴と闘ったのです。しかしながら戦果は思わしくなかった。ぬくぬくと安住している者どもがここぞとばかりに彼の揚げ足を取ったのには許し難い思い出いっぱいです。生来の熱き思いがふつふつとわく司馬遷でした。そんなに仲良くないのならだまっておればいいものを…。
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頭にお盆を載せたまま空は見れるかい?=司馬遷「報任少卿書」5

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の5回目です。あの有名な成句が登場します。

且つ事の本末、未だ明らめ易からざるなり。僕少くして1)フキの行いを負ひ、長じて2)キョウキョクの誉れ無し。主上幸いに先人の故を以て、3)ハクギを奏し、周衛の中に出入するを得しむ。僕以為えらくA)盆を戴けば何を以て天を望まんと。故に4)ヒンカクの知を絶ち、5)シッカの業をア)れ、日夜其の不肖の才力をイ)くす思い、一心に務めて職を営み、以て6)シンビせられんことを主上に求む。而るに事乃ち大いに謬りて然らざる者有るかな。

 1) フキ=不羈。

  なにものにも束縛されないこと。特に、才能や学力が非常に優れていて自由に振る舞うこと。「不羈之才」(フキのサイ)は「何事にも拘束されないのびのびとした才能、学力が卓越していることをいう、非凡の才」。「羈」は「つなぐ」とも訓み「拘束や束縛」を意味する。

 2) キョウキョク=郷曲。

  中央から遠く離れた地。辺鄙な田舎のこと。この「曲」は「すみ」の意。また、転じて、ふるさと、郷里のことをいう。「郷曲の誉れ」は「故郷に錦を飾ること」。

 3) ハクギ=薄伎。

  つまらなくてつたないわざ。自分の技術を遜る言い方。「薄~」で自分を遜る言い方は薄儀(ハクギ=わずかな礼物)、薄謝(薄志=わずかな謝礼)、薄宦(ハッカン=仕官しながら出世しないこと)、薄設(ハクセツ=粗末な食事の用意)。


 4) ヒンカク=賓客。

  客の尊敬語。いそうろう、食客を指すこともあるが、ここは単なる客人。「品格」ではないので要注意。

 5) シッカ=室家。

  すまい。夫婦によって構成されている家庭。家室ともいう。「膝下」や「失火」を努々想起しないように。

 6) シンビ=親媚。

  特に可愛がってもらうこと、依怙贔屓。親昵(シンジツ)、親狎(シンコウ)などが類義語。「媚」は「こび」。「審美」ではない。


 ア) 亡れ=わす・れ。

  わすれること。ちょっと特殊な表外訓みです。「忘年の交わり」は「年長者が、年齢の差を問題にせず、年少者の才能や人がらを主にして付き合うこと」。

 イ) 竭くす=つ・くす。

  力や水を出しすくす。力や水がつきはてる。からからになる。音読みは「ケツ」。竭尽(ケツジン=すべてを使い切る、また、使いはててなくなる)、竭誠(ケッセイ、まことをつくす=真心をありったけ出しつくす)、竭歓(ケッカン、カンをつくす=よろこびの心をつくす、非常に喜び楽しむこと)、竭蹶(ケッケツ=つまずいて倒れる、あえぎまろびつ非常に急いでいくこと、力は足りないがなお努力しているさま)、竭力(ケツリョク=尽力)。



さて、ここで問題です。下線部A「盆を戴けば何を以て天を望まん」について、その意味と司馬遷が論じたい真情を述べよ。

二つのことを一度に実現させるのは無理だということ。「盆を戴く」とは「頭に盆を載せること」、「天を望む」とは「天を仰ぎみること」。四字熟語で「戴盆望天」(タイボンボウテン)ともいう。どちらか一つは出来ても、二つのことを同時にするという器用な芸当は誰にもできはしない。そこで世間の交際を絶ち、我が家のことを忘れ、日夜、わずかな才を尽し、帝の覚えが目出度くなることばかりを考えてきた。不器用な人間である司馬遷はあれもこれも立ち回るなどということはできない性分です。ただ只管、帝のおんために自らできることを精進したということです。ああ、それなのに「あの事件」が起きてしまった。ああ、うまくはいかぬが世の常ながら「あれ」さえなければわたしの人生は違った物になっていたであろうに…。そうした後悔の念を抱かせた気持ちが現れた喩えと言ってもいいでしょう。果たして「あの事件」「あれ」とはどのようなことなのでしょうか?


さてさて、末尾ながら地味に弊blogも開設以来丸一年が経過したことをご報告しておきます。どうにかこうにか続けてこられたのも有り難くもアクセスしていただける方がいらっしゃるおかげでございます。二年目も新たな境地でどしどし古人糟魄を嘗め続けますので、今後ともご愛顧のほどをよろしくお願いします。新企画も構想中です。お楽しみに。

「虧形」の恨み骨髄に入る「掃除の隷」=司馬遷「報任少卿書」4

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の4回目です。宦人である自分自身を貶み、世を儚んでいる司馬遷。帝のそばに傅いて20年余り経つというのに何一つ成就したものがない。そして、「嗟乎、嗟呼、僕の如きは尚お何をか言わんや」と繰り返すばかりなのです。

僕、先人の1)ショギョウに頼り、罪を2)レンコクの下に待つを得ること、二十余年なり。所以に自ら惟う、之を上にしては忠を納れ信を効し、奇策才力の誉れ有りて自ら明主に結ぶ能わず、之を次にしては又拾遺3)ホケツし、招賢進能し、4)ガンケツの士を顕らかにする能わず。之を外にしては、又行伍を備え、城を攻め野に戦い、将を斬り旗をア)るの功有る能わず、之を下にしては日を積み労を累ね、尊官厚禄を取り、以て宗族交遊のイ)光寵を為す能わず。四者一も遂ぐる無し、5)コウゴウ取容して、短長する所の効を見る可きこと此くの如し。嚮者、僕ウ)て下大夫の列にエ)わり、外廷の末議に6)バイするも、此の時を以て7)イコウを引き、思慮を尽さず。今虧形を以て掃除の隷と為り、闒茸(トウジョウ=軽薄で卑しい人)の中に在り、乃ち首を仰げ眉を伸べ、是非を8)ロンレツせんと欲す。亦朝廷を軽んじ当世の士を羞じしめずや。嗟乎、嗟呼、僕の如きは尚お何をか言わんや。尚お何をか言わんや。

 1) ショギョウ=緒業。

  やりかけた事業。ここでは先人、つまり父祖の代から受け継がれている大事業である「史記」の編纂のことを指している。

 2) レンコク=輦轂。

  「輦轂下」(レンコクのもと)が成句で「天子が載る車のそば、転じて、首都のこと」。「輦」は「てぐるま」、「轂」は「こしき」でいずれも天子の車を指す。輦下(レンカ)、轂下(コッカ)ともいう。肩摩轂撃(ケンマコクゲキ=町が賑やかで人や車の往来が激しい様子を形容する言葉)、班女辞輦(ハンジョジレン)もお忘れなく。

 3) ホケツ=補闕。

  物事の欠点を正すこと。天子の過ちをいさめること。「ケツをおぎなう」とも読む。「闕」は「かける」とも訓む。

 4) ガンケツ=巌穴。

  「巌穴之士」が成句で「俗世間から離れて、山の中のいわあなに住む人」の意。「巌」は「いわお」「けわしい」とも訓む。巌居(ガンキョ=俗世間を離れて隠居すること、巌処=ガンショ=、巌栖=ガンセイ=、巌棲=ガンセイ=)、巌窟(ガンクツ=いわあな、巌岫=ガンシュウ=、巌穴=ガンケツ=)、巌牆之下(ガンショウのもと=高い塀のそば、危険な場所の喩え)、巌阻(ガンソ=けわしい要害の地)、巌巒(ガンラン=けわしい山)、巌稜(ガンリョウ=いかついいわかど、巌角=ガンカク=)。

 5) コウゴウ=苟合。

  無責任に他人にへつらい迎合すること。どうにか当座だけ集まること。「苟」は「かりそめ」「いやしくも」とも訓む。苟容(コウヨウ=無責任に迎合して、人の気に入るようにふるまうこと)、苟免(コウメン=一時凌ぎに誤魔化して罪・困難を免れようとすること)、苟生(コウセイ=いいかげんな態度で生き長らえる、苟活=コウカツ=)、苟偸(コウトウ=一時凌ぎの安楽をむさぼる)→苟且偸安(コウショトウアン=物事をなおざりにして一時の安楽をむさぼること)の略。

 6) バイする=陪する。

  そばに並んでおともする。常用漢字ですが、前後の文脈からこの漢字が浮かぶかどうかを試してみました。意外に書けないのでは?「そう」「そえる」という「表外訓みがあるので要注意。陪弐(バイジ=つきそいの人)、陪乗(バイジョウ=身分の高い人につきそって、その車に同乗すること)、陪隷(バイレイ=しもべ、従僕)。


 7) イコウ=維綱。

  大つなでつなぐこと、天地日月を秩序づけること、転じて、きまり、大綱。「維」は「つなぐ」とも訓む。維斗(イト=北斗七星の別名)という変わり種も。

 8) ロンレツ=論列。

  列挙して事物のよしあしを論ずる。

 ア) 搴る=と・る。

  上に持ち上げてぬきとる、旗などをぬきとる、高く上に持ち上げる。通常は「ぬく」「かかげる」の訓みが一般的か。音読みは「ケン」。搴裳(ケンショウ=すそをからげる、蹇裳とも)。

 イ) 光寵=コウチョウ。

  天子の覚えがめでたいこと。辞書には掲載がないですが寵光(チョウコウ)ならあり、「恵みの光、君主の恩徳のこと」。是非とも覚えたい言葉です。「寵」は「かわいがられること、お気に入りの人」の意。

 ウ) 常て=かつ・て。

  漸特殊な表外訓みですが、漢文訓読語法として「~したことがある」と訳す。ここの経験の意を示す。

 エ) 廁わり=まじ・わり。

  「廁まる」は「まじわる」。間にはさまる。割り込んでそばにひっつく。音読みは「ソク・シ」。「かわや」の訓みもある。雑廁(ザッソク、ザッシ=いろいろなものがいりまじる)、廁牀(シショウ=便所、廁溷=シコン=)。



「虧形を以て掃除の隷と為り、闒茸の中に在り」という自虐的な極みである表現が出てきます。「虧形」とは宮刑に遭い肝腎な睾丸が欠けたさまをいう。これでもか、これでもかと自分を貶め続ける司馬遷。「恨み骨髄に入る」とはこのことでしょうか。しかし、その恨みの由来を聴けば理解できる部分は多々あります。そのことはもう少し後のくだりで…。

宦者、宦官…あくまで自虐し尽くす屈辱感=司馬遷「報任少卿書」3

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の3回目です。司馬遷は「智」「仁」「義」「勇」「行」という儒教の五徳を男子たる者が最も尊ぶべきものと考えています。だから、「肝腎な物」がない自分は君子の名に連ねる資格すらない欠格者なのだとここでも苛むのでした。「宮刑以上に恥辱なものはない」と、先祖に申し訳ない気持ちでいっぱいなのです。宦官、宦官、嗚呼、宦官。。。悍ましきは宮刑なり。人の「体」のみならず、人の「心」まで奪い去ってしまうのですね。

僕之を聞く、修身なる者は智の符なり。施しを愛する者は仁の端なり。1)シュヨなる者は義の表なり。恥辱なる者は勇の決なり。立名なる者は行の極なり。士に此の五者有りて、然る後以て世に託して、君子の林に列す可し。故に禍は欲利より憯(いたま)しきは莫く、悲しみは傷心より痛ましきは莫く、行いは先を辱しむるより醜きは莫く、ア)なるは宮刑より大いなるは莫し。2)ケイヨの人、比数する所無きは、一世に非ざるなり。従りて来る所遠し。昔衛の霊公、雍渠と同に載りしかば、孔子は陳にイ)く。商鞅景監に因りて見え、趙良は心を寒からしむ。同子参乗せしかば、袁糸は色を変ず。古よりして之を恥ず。夫れ3)チュウサイの人を以て、事に4)カンジュに関する有れば、傷気せざる莫し。而るを況んや5)コウガイの士に於けるをや。6)ジョコン朝廷、人に乏しと雖も、ウ)奈何ぞ7)トウキョの余にして、天下の豪俊を薦めんや。

 1)シュヨ=取与。

  取ること、与えること。取予とも書く。

 2)ケイヨ=刑余。

  宦官。前に刑罰を受けたことがあること、また、その人を指すこともありますが、ここは宦官をいう。

 3)チュウサイ=中才。

  才能が普通で特に優れているわけでないさまを言います。したがって、「中才の人」とは、凡人、賢者でも愚者でもない一般普通の人を指す。


 4)カンジュ=宦豎。

  去勢された宦官のこと。宦人、宦者、豎宦(ジュカン)ともいう。既出ですね。「豎」は「竪」とも書き、「こもの」「ちいさい」などの訓みもある。豎子(ジュシ=子供、豎児=ジュジ=)、豎吏(ジュリ=小役人)。


 5)コウガイ=慷慨。

  心が強く昂ぶり嘆く。慷愾(コウガイ)とも書く。「愾」も「慨」も「慷」も「なげく」と訓み、このほかにも「慟く、嘆く、歎く、吁く、咨く、唏く、喟く、嗚く、嗟く、欷く」がある。悲憤慷慨(悲憤忼愾=ヒフンコウガイ=不正や不義に憤りを感じて嘆き悲しむこと)は必須。


 6)ジョコン=如今。

  いま、ただいま、現在、現下、目下。常用平易系書き取り問題に相応しそう。


 7)トウキョ=刀鋸。

  刀と、のこぎり。いずれも刑罰を執行するための道具で、転じて刑罰そのものも指す。ここでは屈辱的な宮刑を受けた身であることを指す。四字熟語に「刀鋸鼎鑊」(トウキョテイカク=刑罰)があり、「鑊」(カク=かなえ)が範囲外ですが蘇軾の詩にも出てくる言葉なので覚えておきたい。鼎鑊は「ゆでるかま」のことで、鑊烹(カクホウ=かまゆでの刑、鑊湯=カクトウ=)もある。


 ア)詬=はじ。

  はずかしめ。悪口、きたない罵声を浴びること。音読みは「コウ」。詬恥(コウチ=恥辱、詬辱=コウジョク=)、詬罵(コウバ=悪口を言ってはずかしめる)、詬病(コウヘイ=口汚く悪口を言ってはずかしめること、詬=コウレイ=)。

 イ)適く=ゆ・く。

  まっすぐにいく、まともに向かう。表外訓み。この意味では「セキ」と読むのが正しいが、一般に「テキ」で通用している。適従(セキジュウ、テキジュウ=そこへいって従う、たよりにして従うこと)、北轅適楚(ホクエンセキソ、ホクエンテキソ=志と行動が相反することのたとえ、轅を北にして楚に適く)。

 ウ)奈何ぞ=いかん・ぞ。

  原因・手段を問う疑問・反問の意を表す。「いかんぞ」と訓読するのが通例。「どうして~か、なぜ~か」と訳す。


後半のくだりは古の人が宦官を毛嫌いしたエピソードを列ねています。孔子が衛の国から去ったのも零公が宦者である雍渠の車に同乗したからで、商鞅がお気に入りの宦人、景監を伝手にして秦王に謁見できたことから趙良が吐き気を催した。。。などなど枚挙に遑がありません。誰だって宦官と関わることで気分を害したのであり、ましてや正義感に燃える高潔の士にとってはなおさら。いかに人材が払底している朝廷といえども、(わたしごときに)天下の有為の人材を推挙させるような愚かしいことはいたしますまい・・・ここでも司馬遷の自虐観念が頭を擡げています。あくまで仮の姿ではありますが…。決して「本心」じゃないですよ。

いざ陳べん我が心の「蟠り」を!=司馬遷の「報任少卿書」2

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の2回目です。宮刑に遭い「大質已に虧欠す」などと自らを貶めて苛む司馬遷。その一方で、「隋和を懐き、行いは由夷の若し」とも述べてプライドもちらりとのぞかせる。こうして「陰」と「陽」の両極端の間で揺れ動く彼の真情がそろりと開陳されつつあります。本日のくだりは、友人である任少卿からもらった手紙への返事が遅れたことをわびる場面から。どうやら、ぐずぐずしているうちに任少卿は何らかの罪を得てしまい死刑執行の直前にあるようです。あらら…。

書辞宜しく答うべきに、ア)会々東より従い来り、又1)センジに迫らる。相見る日は浅く、卒卒として須臾の間の、2)シイをア)くすを得る無し。今少卿、不測の罪を抱き、3)ジュンゲツに渉り、季冬に迫らる。僕又上に雍に従うに薄らる。恐らくは卒然としてイ)と為す可からず。是れ僕己を終うるまで、4)フンマンを舒して、以て左右に暁らかにするを得ざらん、則ち5)チョウセイ者の6)コンパク、私恨窮まり無し。請うウ)7)コロウを陳べん。8)ケツゼンとして久しく報ぜざるは、幸わくは過と為す勿かれ。

 1) センジ=賤事。

  世間的なつまらない仕事。自分の仕事を謙遜していう言葉。「賤」は「いやしい」と訓む。賤価(センカ=やすい値段、廉価)、賤軀(センク=いやしい身分、自分を謙遜する、賤子=センシ=)、賤内(センダイ=妻を謙遜する言い方、賤室=センシツ=、賤房=センボウ=)、賤俘(センプ=いやしい捕虜)、賤陋(センロウ=身分が低い、人格や才能が劣る)。

 2) シイ=志意。

  こころざし。ここでは、任少卿に返事を書こうという気持ちを指しています。ちなみに、陶淵明の「飲酒」に「是時向立年、志意多所恥」があります。

 3) ジュンゲツ=旬月。

  十カ月。「旬」は「十日間」ですが、ここは「月」をひとまとまりにして「月が十ある」という意味でとらえた方がいいでしょう。

 4) フンマン=憤懣。

  むかむかして、不平が押さえきれないさま。忿懣とも書く。憤悶(フンモン)ともいう。「懣」は「もだえる」とも訓み、「怒りが心の中にいっぱいに詰まっていて気持ちの捌け口がないようす」の意。

 5) チョウセイ=長逝。

  遠くへ行く、死ぬこと。長往(チョウオウ)ともいう。長嘶(チョウセイ)は「馬のいななき、ヒヒ~ン」。

 6) コンパク=魂魄。

  たましい、霊魂。魂飛魄散(コンヒハクサン、コンとびハクサンず=非常に驚いて茫然となったさま、魂銷魄散=コンショウハクサン、コンきえハクサンず=)。

 7) コロウ=固陋。

  かたくななこと、凝り固まって融通がきかないさま。「陋」は「せまい」とも訓む。陋身(ロウシン=自分を謙遜して言う言葉)、陋賤(ロウセン=むさくるしくて下品なさま)。

 8) ケツゼン=闕然。

  欠けて不完全なさま。闕焉(ケツエン)、闕如(ケツジョ)ともいう。ここでは、任少卿への返事をずっと書かずにいて気持ちが満たされずに申し訳ないという気持ちを表しています。蹶然、孑然、決然との意味の違いを区別しておきましょう。

 ア) 会々=たまたま。

  漢文訓読語法。おりしも、ちょうどその時。ある場面に偶然に出くわした意を表す。「会」の一字でも「たまたま」。「たまたま」はほかに、「偶、適、遇」。

 イ) 諱=キ。

  通常は「不可諱」(いむべからす)と用いて「死ぬこと」。ここは「不可為諱」となっている。「諱」は「ぶつからないように避ける、口にすることをきらう、隠して触れない」などの意のほか、「いみな」とも訓み、「死んだ人の生前の本名」の意。諱忌(キキ=さけていわない、おそれはばかって触れない)、諱言(キゲン=はばかって口にしない、おそれはばかっていわない)、諱避(キヒ=いみはばかってさける、さけて触れない)。

 ウ) 略=ほぼ。

  あらかた、大体。表外訓みです。対義語は「悉」(ことごとく)。



文中の「季冬」とは、陰暦で冬の末に当たる12月のことです。特に晩冬を指す。友人である任少卿が処刑される日が差し迫っているというのに自分は天子のお供でお会いする暇もないというのです。自分にはいただいた手紙に対する返事はもちろん、お伝えしたいことが山ほどある。あなたが死んでしまうかもしれない今だからこそ、その思いの丈をぶつけたいと思う。どうかこの胸の蟠りを受け止めてください。たとえあの世にいかれてもわたしのこの気持ちを持って行って一緒に泣いてくださいませんか。さあ、陳べましょう。。。聴いてくださいまし。。。

肝腎なものがない宦人が生き延びた理由とは?=司馬遷「報任少卿書」1

前漢の司馬遷(約前145あるいは135~?)は、匈奴に投降した李陵(その過程は中島敦の「李陵」が詳しい)を弁護したため投獄され、宮刑に処せられました。出獄後、父である司馬談の業を継いで歴史書「史記」を完成させました。“男気”のある歴史家ですが、彼も讒言に陥れられた恥辱を「反骨のバネ」としたのです。そんな司馬遷が友人の任安(字は小卿)からもらった手紙の返書が「報任少卿書」です。そこには、宮刑という男として最も恥かしい刑罰を受けたのに宦官として生き延びた「理由」が熱っぽく認められています。

弊blogの中国の名文シリーズは、新たに司馬遷の「報任少卿書」を味わうことといたします。これも「文選<文章篇>」(明治書院の新書漢文大系・35)を底本といたします。「志」があるのに足を引っ張られ、朽ちて行く人間の何と多いことか。「身体」を変えられても貫徹した男の心意気をじっくりと噛み締め、見習うべき点は見習おうではありませんか。

太史公1)ギュウバソウ司馬遷、再拝して言う、少卿足下、ア)曩者書を賜るを辱くし、教うるに物に接するに順にして、賢を進め士を進むるを務めと為すを以てす。意気懃懃懇懇として、僕の相師とせず、流俗の人の言を用うるが而くするを望むが若し。僕敢えて此くの如きに非ざるなり。僕2)ヒドなりと雖も、亦イ)に長者の遺風を側聞す。ウ)だ自らエ)以為らく、身オ)なわれて3)ワイに処り、動きては尤められ、益せんと欲して反って損す。是を以て独り4)ウツユウとして誰と与に語げん。諺に曰く、誰か為に之を為し、孰をかして之を聴かしめんや、と。蓋し鍾子期死して、伯牙は終身復た琴を鼓せず、何となれば則ち士は己を知る者の為に用き、女は己をカ)ぶ者の為にキ)づくる。僕の若きは大質已にク)虧欠す。才は隋和を懐き、行いは由夷の若しと雖も、終に以て栄と為す可からず、ケ)だ以て笑われて自らコ)すに足るのみ。

1)ギュウバソウ=牛馬走。自分のことをへりくだっていう言葉。牛馬の世話をする下僕の意味ですが、ややユニークな表現ですね。ここでは、太史公にお仕えする家来といった意味でしょうか。

2)ヒド=罷駑。役立たず。「罷」は「つかれる」とも訓む。「疲れ切った痩せ馬」という意味から転じた。

3)ワイ=穢。ごみごみした雑草。きたないもの。濁世にたとえる。穢史(ワイシ)は「事実を歪曲した汚れた歴史のこと」で、とくに「魏史」を指すことがある。

4)ウツユウ=鬱悒。心がむすぼれて気持ちがはればれしないさま。鬱紆(ウツウ)ともいう。「いぶせし」という古語を思い浮かべます。

ア)曩者=さきに。「ドウシャ」とも読む。さきごろ。「者」は、時を表すことばにつける助辞。曩昔(ドウセキ)、曩時(ドウジ)、曩日(ドウジツ)ともいう。

イ) 嘗に=つね・に。いつも。漸特殊な訓みです。

ウ)顧だ=た・だ。単に。これも特殊な表外訓み。慣れないとなかなか読めないです。

エ)以為らく=おもえ・らく。「以為」で「おもえらく」と訓読する。以謂とも書く。これまで何度も登場してきました。「思うことには、考えてみると」などと訳す。

オ)残なわれ=そこ・なわれ。「残なう」は「そこなう」。汚すこと。「そこなう」はほかに、「傷なう、剏なう、害なう、戔なう、毒なう、蠧なう、蠱なう、賊なう、銷なう」などもあります。

カ)説ぶ=よろこ・ぶ。表外訓み。心のしこりがとれてよろこぶ。この場合の音は「エツ」。説懌(エツエキ=しこりがほぐれてよろこぶ、説喜=エッキ=)、説服(エップク=よろこんで服従する)、説諭(エツユ=よろこびたのしむ)、説予(エツユ=よろこびたのしむ)。

キ)容=かたち。顔のこと。表外訓み。「容づくる」で「化粧すること」。

ク)虧欠=キケツ。物事が完全でないこと。ここでは司馬遷の睾丸がないこと、男子として不完全な状態であることをいう。「虧」は「かける」。虧損(キソン=法令が不完全であること、笊法)。

ケ)適だ=た・だ。漢文訓読語法で「ただ~のみ」と用いて、「ただ~だけ」「わずかに~」と限定の意味で訳す。

コ)点す=けが・す。特別な表外訓み。汚点となること。「けがす」はほかに、「瀆す、渫す、衊す、黷す、穢す」などがあります。この前にある「栄と為す」の反対の意です。



終盤で登場する「鍾子期」と「伯牙」は、「伯牙絶絃」の故事でお馴染みの二人。春秋時代の御話で、琴の名手である伯牙が友人の鍾子期が死んだのを契機として、もう自分の音楽を理解してくれる人物がこの世からいなくなったことを嘆き悲しみ、琴の弦を切って二度と琴を弾くことがなかったというものです。続けて司馬遷は、「女が化粧するのも自分を愛でてくれる人がいるからだ」などと、聊か「男尊女卑チック」な喩えも持ち出しています。すなわち、「玉のない自分は男子としては出世もできずに、自分を理解してくれる人がいない現状では何を言っても犬の遠吠えでしかないのだ。たとえどんなに才能に溢れ高潔であろうとも“疵物”は人の嘲笑を買うばかりだ」と、やや自虐的な諦めの気持ちを代弁しています。

「隋和」(ズイカ)とは、淮南子や韓非子に出てくる「和氏之璧」「隋珠和璧」の故事でお馴染みの言葉。この世にめったにない宝物、この世の至宝を喩えるものです。また、「由夷」とは、高潔で清廉潔白の人物を意味する「許由巣父」「伯夷叔斉」の故事を踏まえた言い方。いずれにしても、司馬遷は遜りつつも、自らは才能があって高潔であるのだと矜誇しているのです。

ああ、それなのに…肝腎のあるべきものがない、わたしは宦人か…と物狂おしいほどに心の裏で叫んでいるのでしょうね。しかしながら、司馬遷がそんな世から与えられた辱めにも堪えることができたのはなぜでしょうか?この手紙には司馬遷の魂魄が乗り移って雄叫びを上げています。この文章を味わうことは、世の無情と勇志の相剋の硲で生きなければならないわれわれにとっても人生の手引きを得ることとなるでしょう。

屈原の「離騒経」を一気に通読しよう=19・最終回

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の19回目です。いよいよ大団円。最終の第十四段は「乱(=まとめの言葉)。故郷への想いを断ち切り、いにしえの賢臣である彭咸のもとへ行こうと述べる。」。

乱に曰く、ア)んぬるかな。

国に人無く吾を知る莫し。又何ぞ1)コトを懐わん。

既に与に美政を為すに足る莫し。吾将に彭咸の居る所に従わんとす、と。

1)コト=故都。昔都であったところ、古い都、故郷の都。古都とも書く。

ア)已んぬるかな=や・んぬるかな。「もうこれまでだ」「もうだめだ」などと絶望の意。「已矣」「已矣乎」「已矣夫」「已矣甚」とも書く。漢文訓読用法です。


(解釈)乱にいう、「ああ、もうおしまいだ。この楚国には賢人は無く、また、この私を理解してくれる人もいない。この上はどうして故国を懐い慕おうぞ。もはや共によい政治をするに足る人物がいないからには、わたしはかの彭咸のあとを追って一緒に住むことにしよう」と。

清廉潔白の孤高の詩人である屈原は讒言に陥れられ、彼はその後汨羅江に身投げしてこの世を去ります。そうした濁世に迎合できずに無念な思いを残した屈原の想いは後世の中国はもちろん、日本の文学作品にも頻出します。われわれも過度に自らの正当性だけを重んじるのは厳に戒めなければなりませんが、曲学阿世することなく讒諂面諛することのない生き方を見習いたいものですね。どうせ一度の人生なら、己の信じる道をまっすぐに進みたいです。折角の「離騒経」です。その最後に当たり、もう一度全文を一挙掲載しておきます。もう一度復習しませんか。屈原の「怨念」の叫びを通読して味わいましょう。忘れた読み・訓みや意味は、弊blogの過去記事を振り返っておきましょう。


■「離騒経」(文選・文章篇)■

帝高陽の苗裔、朕が皇考を伯庸と曰う。

摂堤孟陬に貞しく、惟れ庚寅に吾以て降れり。

皇覧て余を初度に揆り、肇めて余に錫うに嘉名を以てす。

余を名づけて正則と曰い、余を字して零均と曰う。

紛として吾既に此の内美有り、又之を重ぬるに脩態を以てせり。

江離と辟芷とを扈り、秋蘭を紉いで以て佩と為す。

汨として余将に及ばざらんとするが如く、年歳の吾と与にせざるを恐る。

朝には「阝+比」の木蘭を搴り、夕べには洲の宿莽を攬る。

日月は忽として其れ淹まらず、春と秋と其れ代序す。

草木の零落するを惟い、美人の遅暮ならんことを恐る。

壮を撫して穢を棄てず、何ぞ其れ此の度を改めざる。

騏驥に乗りて以て馳騁し、来れ吾夫の先路を導かん。

昔三后の純粋なる、固に衆芳の在りし所なり。

申椒と菌桂とを雑う、豈維だ夫の茝を紉ぐのみならんや。

彼の尭舜の耿介なる、既に道に遵いて路を得たり。

何ぞ桀紂の昌披なる、夫れ唯だ捷径以て窘歩せり。

惟うに党人の偸楽せる、路は幽昧にして以て険隘なり。

豈余が身の殃を憚るならんや、皇輿の敗績せんことを恐るるなり。

忽として奔走して以て先後し、前王の踵武に及ばんとす。

荃 余の中情を察せず、反って讒を信じて斉怒す。

余 固より謇謇の患いを為すを知るも、忍んで舎むこと能わざるなり。

九天を指して以て正と為す、夫れ唯だ霊脩の故なり。

初め既に余と言を成ししも、後に悔い遁れて他有り。

余 既に離別を難らざるも、霊脩の数々化するを傷む。

余 既に蘭を九畹に滋え、又を百畝に樹う。

留夷と掲車とを畦にし、杜衡と芳芷とを雑う。

枝葉の峻茂せんことを冀い、願わくは時を竢って吾将に刈らんとす。

萎絶すと雖も其れ亦何ぞ傷まん、衆芳の蕪穢するを哀しむ。

衆 皆競い進みて以て貪婪なり、憑つれども求索に厭かず。

羌 内に己を恕して以て人を量り、各々心を興して嫉妬す。

忽として馳騖して以て追逐すれども、余が心の急とする所に非ず。

老 冉冉として其れ将に至らんとす、脩名の立たざらんことを恐る。

朝には木蘭の墜露を飲み、夕べには秋匊の落英を餐らう。

苟くも余が情其れ信に姱しく以て練要ならば、長く顑頷するも亦何ぞ傷まん。

木根を擥りて以て茝を結び、薛荔の落蘂を貫く。

菌桂を矯めて以てを紉ぎ、胡縄の纚纚たるを索にす。

謇 吾夫の前脩に法る、時俗の服する所に非ず。

今の人に周わずと雖も、願わくは彭咸の遺則に依らん。

長太息して以て涕を掩い、人生の多艱なるを哀しむ。

余好く脩姱して以て鞿羈すと雖も、謇 朝に誶めて夕べに替てらる。

既に余を替つるに纕を以てし、又之に申ぬるに攬茝を以てす。

亦余が心の善しとする所、九死すと雖も其れ猶お未だ悔いず。

怨むらくは霊脩の浩蕩として、終に夫の人心を察せざることを。

衆女余の蛾眉を嫉み、謡諑して余を謂うに善く淫するを以てす。

固に時俗の工巧なる、規矩に偭いて改め錯く。

縄墨に背いて以て曲を追い、周容を競いて以て度と為す。

忳として鬱悒して余侘傺し、吾独り此の時に窮困す。

寧ろ溘に死して以て流亡すとも、余此の態を為すに忍びざるなり。

鷙鳥の群せざるは、前代自りして固より然り。

何ぞ方円の能く周わん、夫れ孰か道を異にして相安んぜん。

心を屈して志を抑え、尤めを忍んで詬を攘わん。

清白に伏して以て直に死するは、固に前聖の厚くする所なり。

道を相るの察らかならざるを悔い、延佇して吾将に反らんとす。

朕が車を廻らして以て路に復り、行迷未だ遠からざるに及ばん。

余が馬を蘭皐に歩ませ、椒丘に馳せて且く焉に止息す。

進んで入れられずして以て尤めに離わば、退いて将に復た吾が初服を脩めんとす。

芰荷を製して以て衣と為し、芙蓉を集めて以て裳と為す。

吾を知らざるも其れ亦已まん、苟に余が情其れ信に芳し。

余が冠の岌岌たるを高くし、余が佩の陸離たるを長くす。

芳と沢と其れ雑糅し、唯だ昭質其れ猶お未だ虧けず。

忽ち反顧して以て目を游ばしめ、将に往きて四荒を観んとす。

佩は繽紛として其れ繁飾し、芳は霏霏として其れ弥々章らかなり。

人生各々楽む所有り、余独り脩を好んで以て常と為す。

体解せらると雖も吾猶お未だ変ぜず、豈余が心の懲る可けんや。

女「須(の下に)+女」の嬋媛たる、申申として其れ予を詈る。

曰く、鯀は婞直にして以て身を亡ぼし、終然として羽の野に夭せり。

汝は何ぞ博謇にして脩を好み、紛として独り此の姱節有るや。

薋菉葹を以て室を盈てるに、判として独り離れて服せざる。

衆は戸ごとに説く可からず、孰か云に余の中情を察せん。

世は並びに挙りて朋を好む、夫れ何ぞ煢独にして予に聴かざる、と。

前聖に依りて節中せんとし、喟として心に憑りて茲に歴れり。

沅湘を済りて以て南征し、重華に就いて詞を陳ぶ。

啓に九弁と九歌とあるも、夏康娯しんで以て自ら縦にす。

難を顧みて以て後を図らず、五子用て家巷に失えり。

羿は淫遊して以て畋に佚り、又好んで夫の封狐を射る。

固に乱流して其れ終わること鮮なし、浞は又夫の厥の家を貪る。

澆は身にを被服し、欲を縦にして忍びず。

日々に康娯して自ら忘れ、厥の首用て夫れ顚隕せり。

夏桀の常に違える、乃ち遂に焉に殃に逢えり。

后辛の葅醢にする、殷宗用て長からず。

湯禹は儼にして祗敬し、周は道を論じて差う莫し。

賢を挙げて能に授け、縄墨を脩めて頗かず。

皇天は私阿無く、人徳を覧て馬に輔を錯く。

夫れ維だ聖哲にして以て茂行あり、苟に此の下土を用うるを得。

前を瞻て後ろを顧み、人の計極を相観するに、

夫れ孰か義に非ずして用う可けん、孰か善に非ずして服す可けん。

余が身を阽うして死に危ずくも、余が初めを覧て其れ猶未だ悔いず。

鑿を量らずして枘を正せば、固に前脩も以て葅醢にせらる。

曽ねて嘘唏して余鬱邑し、朕が時の当たらざるを哀しむ。

茹を攬りて以て涕を掩えど、余が襟を霑して浪浪たり。

跪き衽を敷きて以て辞を陳べ、耿として吾既に此の中正を得たり。

玉虯を駟として以て鷖に乗り、溘ち風に埃して余上り征く。

朝に軔を蒼梧に発し、夕に余県圃に至る。

少く此の霊瑣に留まらんと欲すれば、日は忽忽として其れ将に暮れんとす。

吾羲和をして節を弭め、崦「山+茲」を望んで迫ること勿からしむ。

路は漫漫として其れ脩遠なり、吾将に上下して求索せんとす。

余が馬に咸池に飲い、余が轡を扶桑に結ぶ。

若木を折りて以て日を払ち、聊か須臾して以て相羊す。

望舒を前にして先駆せしめ、飛廉を後にして奔属せしむ。

鸞皇 余が為に先ず戒め、雷師余に告ぐるに未だ具わらざるを以てす。

吾 鳳凰をして飛騰せしめ、又之に継ぐに日夜を以てす。

飄風屯まりて其れ相離れ、雲霓を師いて来り御う。

紛総総として其れ離合し、斑陸離として其れ上下す。

吾 帝閽をして関を開かしめんとすれば、閶闔に倚りて予を望むのみ。

時は曖曖として其れ将に罷まらんとし、幽蘭を結んで延佇す。

世 溷濁して分かたず、好んで美を蔽いて嫉妬す。

朝に吾将に白水を済り、閬風に登りて馬を緤がんとす。

忽ち反顧して以て流涕し、高丘の女無きを哀しむ。

溘ち吾 此の春宮に遊び、瓊枝を折りて以て佩に継ぐ。

栄華の未だ落ちざるに及び、下女の詒る可きをウ)相ん。

吾 豊隆をして雲に乗り、宓妃の在る所を求めしむ。

佩纕を解いて以て言を結び、吾 蹇脩をして以て理を為さしむ。

紛総総として其れ離合し、忽ち緯「糸+畫」して其れ遷り難し。

夕べに帰りて窮石に次り、朝に髪を洧盤に濯う。

厥の美を保ちて以て驕傲し、日々に康娯して以て淫遊す。

信に美なりと雖も礼無し、来れ違棄して改め求めん。

覧て四極を相観し、天に周流して余及ち下る。

瑤台の偃蹇たるを望み、有娀の佚女を見る。

吾 鴆をして媒を為さしむるに、鴆 余に告ぐるに好からざるを以てす。

雄鳩の鳴き逝く、余猶お其の佻巧を悪む。

心 猶予して狐疑し、自ら適かんと欲するも可ならず。

鳳皇は既に詒を受く、恐らくは高辛の我に先んぜんことを。

遠く集らんと欲するも止まる所無し、聊か浮游して以て逍遥せん。

少康の未だ家せざるに及び、有虞の二姚を留めん。

理 弱くして媒拙く、導言の固からざるを恐る。

時 溷濁して賢を嫉み、好んで美を蔽いて悪を称ぐ。

閨中既に以て邃遠なり、哲王又寤らず。

朕が情を懐きて発せず、余焉くんぞ能く忍びて此と終古せん。

「艹+夐」茅と筳「竹+專」とを索り、霊氛に命じて余が為に之を占わしむ。

曰く、両美は其れ必ず合わん、孰か脩を信じて之を慕わんや。

思うに九州の博大なる、豈唯だ是にのみ其れ女有らんや、と。

曰く、勉めて遠逝して狐疑する無かれ、孰か美を求めて女を釈てん。

何の所にか独り芳草無からん、爾何ぞ故宇を懐う。

時幽昧にして以て眩曜す、孰か云に余の美悪を察せん。

民の好悪は其れ同じからず、惟だ此の党人のみ其れ独り異なり。

戸ごとに艾を服して以て要に盈て、幽蘭は其れ佩ぶ可からずと謂う。

草木を覧察するすら其れ猶お未だ得ず、豈の美に之れ能く当らんや。

糞壌を蘇りて以て幃に充て、申椒は其れ芳しからずと謂う、と。

霊氛の吉占に従わんと欲すれども、心猶予して狐疑す。

巫咸 将に夕べに降らんとす、椒糈を懐いて之を要す。

百神 翳いて其れ備に降り、九疑 繽として其れ並び迎う。

皇は剡剡として其れ霊を揚げ、余に告ぐるに吉故を以てす。

曰く、勉めて升降して以て上下し、矩矱の同じき所を求めよ。

湯禹は儼にして合うを求め、摯と皇繇とは而ち能く調う。

苟くも中情其れ脩を好まば、何ぞ必ずしも夫の行媒を用いん。

説は築を傅巌に操れども、武丁用いて疑わず。

呂望の刀を鼓する、周文に遭いて挙げらるるを得たり。

寧戚の謳歌する、斉桓聞いて以て輔に該えり。

年歳の未だ晏からず、時も亦猶お其れ未だ央きざるに及ばん。

恐らくは「單+鳥」鴂 先ず鳴きて、百草をして之が為に芳しからざらしめんことを、と。

何ぞ瓊佩の偃蹇たる、衆 「艹+愛」然として之を蔽う。

惟だ此の党人の亮ならざる、恐らくは嫉妬して之を折かん。

時は繽紛として其れ変易す、又何ぞ以て淹留す可けん。

蘭芷は変じて芳しからず、荃は化して茅と為る。

何ぞ昔日の芳草、今直ちに此の蕭艾と為るや。

豈其れ他の故有らんや、脩を好むこと莫きの害なり。

余 蘭を以て恃む可しと為せり、羌 実無くして容長ず。

厥の美を委てて以て俗に従い、苟くも衆芳を引くを得たり。

椒は専ら佞にして以て慢慆たり、「木+殺」は又夫の佩幃を充たさんと欲す。

既に進むを干めて入れられんことを務むれば、又何の芳をか之れ能く祗しまん。

固より時俗の流れに従う、又孰か能く変化すること無からん。

椒蘭を覧るに其れ茲の若し、又況んや掲車と江離とをや。

惟だ茲の佩の貴ぶ可き、厥の美を委てて茲に歴る。

芳 菲菲として虧け難く、芬は今に至るも猶お未だ沫まず。

度を和らげ調えて以て自ら娯しみ、聊か浮游して女を求めん。

余が飾りの方に壮んなるに及んで、周流して上下を観ん。

霊氛既に余に告ぐるに吉占を以てす、吉日を歴んで吾将に行かんとす。

瓊枝を折りて以て羞と為し、瓊「麻+非+灬」を精げて以て粻と為す。

余が為に飛竜に駕し、瑤象を雑えて以て車と為す。

何ぞ離心の同じかる可き、吾将に遠逝して以て自ら疏けんとす。

邅りて吾夫の崑崙に道すれば、路脩遠にして以て周流す。

雲霓の晻藹たるを揚げ、玉鸞の啾啾たるを鳴らす。

朝に軔を天津に発し、夕べに余西極に至る。

鳳凰は翼しみて其れ旂を承げ、高く翺翔して之れ翼翼たり。

忽ち吾此の流沙に行き、赤水に遵いて容与す。

蛟竜を麾いて津に梁かけしめ、西皇に詔げて予を渉さしむ。

路は脩遠にして以て艱み多く、衆車を騰せて径に待たしむ。

不周に路して以て左転し、西海を指して以て期と為す。

余が車を屯むこと其れ千乗なり、玉軑を斉えて並び馳す。

八竜の婉婉たるに駕して、雲旗の委移たるを載つ。

志を抑えて節を弭め、神高く馳せて之れ邈邈たり。

九歌を奏して韶を舞い、聊か日を仮りて以て婾楽す。

皇の赫戯たるに陟升し、忽ち夫の旧郷を臨睨す。

僕夫悲しみ余が馬懐い、蜷局として顧みて行かず。

乱に曰く、已んぬるかな。

国に人無く吾を知る莫し。又何ぞ故都を懐わん。

既に与に美政を為すに足る莫し。吾将に彭咸の居る所に従わんとす、と。

新たな旅路は故郷も捨て去る覚悟が必要=屈原「離騒経」18

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の18回目です。「天へと昇りはじめるものの、ふと下の故郷が目に入る。従者は悲しみ、馬も故郷を恋い、前に進まない」という第十三段の後半です。

蛟竜を1)サシマネいて津にア)かけしめ、西皇(=西方の神の名)にイ)げて予を渉さしむ。

路は脩遠にして以てウ)み多く、衆車を騰(は)せて径に待たしむ。

不周に路して以て左転し、西海を指して以て期と為す。

余が車を屯むこと其れ千乗なり、玉軑(ギョクタイ=美しい車輪)を斉えて並び馳す。

八竜の婉婉たるに駕して、雲旗の委移たるを載つ。

志を抑えて節を弭め、神高く馳せて之れ邈邈(バクバク=はるかなさま)たり。

九歌を奏して韶を舞い、聊か日を仮りて以て婾楽(ユラク=遊び楽しむ)す。

皇の2)カクギたるに3)チョクショウし、忽ち夫の旧郷を4)リンゲイす。

僕夫悲しみ余が馬懐い、5)ケンキョクとして顧みて行かず。


1)サシマネいて=麾いて。「麾く」は、手の先を曲げて人を呼んだり、さしずしたりする。「さしずばた」の訓もある。音読みは「キ」。麾鉞(キエツ=さしず用の旗とまさかり、ともに大将が用いる)、麾下(キカ=大将に直接さしずされる部下、将軍直属の兵士)、麾召(キショウ=まねき寄せる、呼び寄せる、麾招=キショウ=)、麾扇(キセン=軍を指図する扇、軍配うちわ、軍扇)、麾幢(キトウ=軍をさしずするのに使う旗、麾旌=キセイ=、麾節=キセツ=)。

2)カクギ=赫戯。光り輝くさま、勢いが盛んなさま。赫曦、赫羲とも書く。「赫」は「あかい」「あきらか」「かがよう」とも訓む。赫奕(カクエキ=光り輝くさま、物事が盛んで美しいさまに喩える)、赫赫(カクカク、カッカク=功績が著しいさま)、赫赫之光(カクカクのひかり=激しく輝くひかり、盛んな威勢や名声に喩える)、赫喧(カクケン=人格や威儀が堂々としていてりっぱなさま)、赫灼(カクシャク=あかあかと光り輝くさま)、赫然(カクゼン=かっと怒るさま)、赫咤(カクタ=かっと激しく怒る、赫怒=カクド=)、赫烈(カクレツ=激しく輝くさま、また、非常に盛んなさま)。

3)チョクショウ=陟陞。高い所にのぼる。陟升とも。「陟」は「のぼる」「すすむ」。黜陟(チュッチョク=官位を下げることと、上げること)、陟罰(官位を上げて賞めることと、官位を落として罰すること)、陟方(チョクホウ=天子が四方視察の旅にのぼる)、陟降(チョッコウ=のぼることと、くだること、天にのぼったり、地上に下ったりすること)。

4)リンゲイ=臨睨。高い所に立って見下ろすこと。天子がその場でにらむこと。「睨」は「にらむ」のほか、「ねめる」の和訓もあります。睥睨(ヘイゲイ=横目でにらむ、城壁のくぼみから敵情を覗き見ること)。

5)ケンキョク=蜷局。虫がからだを屈曲させながら動くさま。蜷曲とも。「とぐろ」との宛字訓みもある。「蜷」は「にな」とも訓む。

ア)梁=はし。左右の両岸に支柱を立て、その上に懸けた木のはし。橋梁(キョウリョウ)。もちろん、「はり」「うつばり」「やな」の訓みもお忘れなく。鼻梁(ビリョウ=鼻筋)、梁材(リョウザイ=立派な人材)、梁山泊(リョウザンパク=水滸伝の舞台、広く豪桀・野心家の聚まる所)、梁上君子(リョウジョウのクンシ=泥棒)、梁津(リョウシン=渡し場、津梁とも)、梁塵(リョウジン=梁の上の塵、歌い方が優れているたとえ)、梁木壊(リョウボクやぶる=梁の木が折れる、転じて、賢人の死ぬこと)。

イ)詔げて=つ・げて。「詔げる」は「つげる」。上位者が下位者につげる。表外訓み。

ウ)艱み=なや・み。漸特殊な訓み。通常は「艱しむ」(くるしむ)、「艱い」(かたい)。やりにくい状態、つらさ、なんぎ。音読みは「カン」。艱易(カンイ=むずかしいことと、やさいいこと)、艱患(カンカン=困難と災い、艱禍=カンカ=)、艱急(カンキュウ=苦しみ行き詰まること)、艱窘(カンキン=なんぎ、飢饉の年)、艱苦(カンク=艱難と辛苦、なやみ苦しむこと、艱困=カンコン=、艱辛=カンシン=)、艱虞(カング=なんぎと心配事)、艱嶮(カンケン=地形の険しい所、艱険とも)、艱渋(カンジュウ=詩文などがむずかしくて理解しにくいこと)、艱阻(カンソ、カンショ=人生や、山道がけわしいこと)、艱貞(カンテイ=なんぎに耐え、節を守って屈服しないこと)、艱難(カンナン=なんぎ、つらいめ)。


(解釈)蛟竜をさしまねいてその渡し場に橋をかけさせ、西方の神少皥に告げてわたしを向こう岸に渡らせた。路は長く遠くして苦難も多いので、多くの供車を馳せて近道を先に行かせて待たせる。そして、不周山へと道をとって左に巡り、西海のほとりを指さしてそこで会おうと約束した。群がり集まったわたしの従車は千乗、みな美しい車輪を揃えて並び馳せる。わたしはうねり進む八頭の竜に車を曳かせ、棚引く雲の旗を推し立てて進む。はやる気持ちを抑えて、車の速度を控えてゆるやかに行くが、わたしの精神ははるかに遠く馳せかける。禹王の「九歌」の楽を奏して、舜帝の「九韶」の楽曲を舞って、しばらく日を送り、遊び楽しんだ。やがてまばゆく輝く中を登っていくと、ゆくりなくもかの懐かしき故郷が眼下に眺めやれた。従者たちは嘆き悲しみ、わが馬は恋い懐かしんで、ともに足も立ちすくみ、振り返って前には進まなかった。

「蛟竜を麾いて津に梁かけしめ、西皇に詔げて予を渉さしむ」「八竜の婉婉たるに駕して、雲旗の委移たるを載つ」――。かなり大仰な門出のシーン。ナルシスト屈原らしい描写が続きます。禹王の「九歌」、舜帝の「九韶」を登場させて古代の理想郷に思いを馳せます。曾て仕えた主君を見限る新たな旅立ちにはふさわしい。しかし、故郷が眼下に見えた瞬間、屈原の気持ちが揺らぐ場面も描いている。過去との決別とはすべてを断ち切ることなのです。自分にとって必要のない物だけではないのです。必要な物とも関係を切ることはそう簡単なことではない。今後屈原が歩む人生が途轍もなく険しいことを暗示させています。愈次回、「離騒経」の最終回です。

測り難し!安易なる人と人の「距離感」=屈原「離騒経」17

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の17回目です。同書によると、第十三段は「天へと昇りはじめるものの、ふと下の故郷が目に入る。従者は悲しみ、馬も故郷を恋い、前に進まない」。今回はその前半です。いよいよ、旅に出る屈原。意気は揚々としています。しかし、心の片隅では不安も頭を擡げる。完全には迷いを払拭しかねています。

霊氛既に余に告ぐるに吉占を以てす、吉日を歴(えら)んで吾将に行かんとす。

瓊枝を折りて以て1)シュウと為し、瓊「麻+非+灬」(ケイビ=玉の屑)をア)げて以て粻(チョウ=乾し飯)と為す。

余が為に飛竜に駕し、瑤象を雑えて以て車と為す。

何ぞ離心の同じかる可き、吾将に遠逝して以て自らイ)けんとす。

邅(めぐ)り(=巡り)て吾夫の崑崙に道すれば、路脩遠にして以て周流す。

雲霓の晻藹(アンアイ=火の光が雲に覆われてくらいさま)たるを揚げ、2)ギョクランの3)シュウシュウたるを鳴らす。

朝に軔(ジン=車止め)を天津に発し、夕べに余西極に至る。

鳳凰は翼(つつし)しみて其れ旂(キ=はた)を承(ささ)げ、高く翺翔(コウショウ=鳥が高く自由に飛び回る)して之れ翼翼たり。

忽ち吾此の流沙に行き、赤水に遵いて4)ヨウヨす。

1)シュウ=羞。細かく引き裂いた肉。転じて、ごちそう。「脩」と同義。時羞(ジシュウ=その季節の食べ物)、「すすめる」の訓みもあります。この場合もごちそうをすすめるの意。羞饌(シュウセン=ごちそうを供えて、すすめる、羞膳=シュウゼン=)。

2)ギョクラン=玉鸞。玉で鸞(鳳凰に似た鳥)の形につくり、天子の車に付けたすず。転じて、天子の車そのものを指す。ここでは「すず」。

3)シュウシュウ=啾啾。小さな声を出す。鳥・虫・獣や女・子供・亡霊などが細い声で鳴く声の形容。哀鳴啾啾(アイメイシュウシュウ)や鬼哭啾啾(キコクシュウシュウ)でお馴染み。

4)ヨウヨ=容与。ゆとりがあって、静かなさま。精神にゆとりがあって、自由であるさま。この場合の「容」は「ゆとりがあるさま」。この言葉は是非とも覚えたない。本番でも出そうです。

ア)精げて=しら・げて。「精げる」は「しらげる」。表外和訓。玄米をついて白くする。

イ)疏けん=しりぞ・けん。「疏ける」は「しりぞける」。漸特殊な訓み。「疎」に書き換え可能ですが、「うとんじる」からくる宛字訓みっぽいです。上疏(ジョウソ=意見書を奉る)があるように「一条ずつわけて意見をのべた上奏文」という意味もあります。



(解釈)霊氛が先にわたしによい占いを告げていたので、わたしはめでたい日柄を選んで旅に出発しようと思った。玉の枝を折り取って乾し肉とし、玉の屑を搗いて乾し飯として旅の準備を整えた。わたしのために飛竜に車を曳かせ、玉石と象牙とで美しい車をつくる。ひとたび離れ背いた心が、どうして一緒に合うことができよう。わたしは今はもう遠くに旅して、自ら逃れ遠ざかることにしよう。方向を巡らして、わたしはかの崑崙山の方へと進んでいくと、行く手の路は長く遠くてどこまでも回り巡っている。日を蔽って棚引く雲霓の旗を揚げ、白玉造りの鸞鳥の鈴はしゃんしゃんとさやかに鳴る。朝に東の方天の川の渡し場から車を出発させ、夕方にはわたしは大地の西の果てに着いた。鳳凰はうやうやしく竜蛇の旗を捧げ持ち、天高く飛びかかって羽ばたいてゆく。忽ちのうちにわたしはこの流沙の地に行き、崑崙より流れ出る赤水に沿ってゆったりとさまよい遊ぶ。

「何ぞ離心の同じかる可き、吾将に遠逝して以て自ら疏けんとす」。ひとたび離れた心は二度とはあうことはない。もう元の関係には戻れないのだ。覆水盆に返らず。人と人の気持ちのつながりの怖さを言い表しています。君主を諫めた自分に非があるのか。それとも、自分に対する讒言を聴き入れた君主がどうしようもないのか。そのどちらでもないのです。いや、そのどちらもが相俟って、こうした結果を引き起こしたのです。人間関係という脆弱な基盤に於いては、どちらかだけが悪いということはあり得ない。つまり、結局別れることになるというのは両方の相性が悪かったということなのです。長い人生の中で短い付き合いではあったが、未来永劫の永続たる時間を共有することはできなかった。それは仕方のないこと。別の関係を模索するのが得策だ。

しかし、また同じようなリスクを背負うことでもある。したがって、探し求める相手は以前とは違うはず。懲羹吹膾――。痛い目に遭って一度懲りた人間は、なかなか自分に相応しい人と出会う確率は低くなりますね。屈原の旅もそうした困難を暗示させるものです。旅路の支度が大袈裟であるほど、それは寧ろ不安の裏返しなのです。人間恐怖症――。人間は一つの存在であり続けることはないとだけは肝に銘じておきたいところ。完全否定する必要もないが、完全肯定するのも累卵の危と言えるでしょう。その微妙な「距離感」を一早く測り、構築できればリスクを脱することができます。結局損するのは自分ですから。あれれ?何書いているか分かんなくなりましたわ。あくまで屈原のことですよ~。本日はこの辺で。。。。

新たな旅路へ鼓舞する水面のナルシス=屈原「離騒経」16

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の16回目です。「善が悪に変わりやすいということに気づき、遠くへ行こうと決意する」という第十二段の後半です。曾て仕えた君主の「偽善性」を見抜いて、却ってこちらの方から見切りをつけようとする屈原。自分以上に他人に厳しい「性癖」が、自らを新天地への旅立ちに向けて鼓舞するのです。高潔の士は一つのところに拘ることはできない。


椒は専ら1)ネイにして以て慢慆(マントウ=だらしなく気まま)たり、「木+殺」(サツ=茱萸)は又夫の佩幃(ハイイ=おびた匂い袋)を充たさんと欲す。

既に進むをア)めて入れられんことを務むれば、又何の芳をか之れ能くイ)しまん。

固より時俗の流れに従う、又孰か能く変化すること無からん。

椒蘭を覧るに其れウ)茲の若し、又況んや掲車と江離とをや。

惟だ茲の佩の貴ぶ可き、厥の美を委てて茲に歴る。

芳菲菲として虧け難く、2)フンは今に至るも猶お未だ沫(や)まず。

度を和らげ調えて以て自ら娯しみ、聊か浮游して女を求めん。

余が飾りの方に壮んなるに及んで、周流して上下を観ん。

1)ネイ=佞。人当たりはいいが口先だけであるさま。おもねるさま。佞猾(ネイカツ=口先が上手く悪賢い)、佞姦(ネイカン=口先が上手く心が拗けていること、佞奸)、佞給(ネイキュウ=口先が上手くへつらう)、佞言(ネイゲン=こびへつらうことば、おせじ)、佞巧(ネイコウ=口先が上手く、人にへつらうこと)、佞倖(ネイコウ=こびへつらって主君に気に入られる者、佞幸)、佞才(ネイサイ=口先が上手くて人にへつらう才能)、佞臣(ネイシン=口先が上手い心の拗けた家来、姦臣)、佞人(ネイジン=口先が上手くて人にへつらう、心の拗けた人、佞者=ネイシャ=)、佞媚(ネイビ=こびへつらう、そのような人)、佞弁(ネイベン=うまく調子を合わせて相手の気に入るようにいうこと)、佞諛(ネイユ=こびへつらう)、不佞(フネイ=自分を遜る言葉)。

2)フン=芬。かおり、よい評判、名声。芬芬(フンプン=ぷんぷんとよいかおりが立ち上るさま、芬郁=フンイク=、芬馥=フンプク=)、芬芳(フンポウ=よいかおり、りっぱな名声、また、それがある人、芬馨=フンケイ=)、芬烈(フンレツ=強い香り、立派な手柄)、芬華(フンカ=はなやかな美しさ)、芬香(フンコウ=よいかおり)、芬菲(フンピ=草花のかんばしい香り)。

ア)干めて=もと・めて。「干める」は「もとめる」。表外訓み。無理して手に入れようとすること。干禄(カンロク、ロクをもとむ=俸禄をもとめる、仕官を望む、天が与える幸福をもとめる)。

イ)祗しまん=つつ・しまん。「祗しむ」は「つつしむ」。音読みは「シ」。「うやまう」の訓もあり。祗畏(シイ=つつしんで敬い、おそれる)、祗役(シエキ=つつしんで君主の命令にしたがう)、祗候(シコウ=身分の高い人のそばに仕える)、祗粛(シシュク=ひたすらにつつしみ敬う、祗敬=シケイ=)、祗服(シフク=目上の人につつしみ従う、うやうやしく従う)。天神地祇(テンジンチギ)の「祇」とは別字であることに要注意。ただし、こちらにも「シ」「ただ」の読みがあり混同しやすいのは確か。祇園(ギオン)。

ウ)茲の若し=かく・のごと・し。このようである。身近な指し言葉。「如茲」を訓読した読み方です。「茲」の音読みは「シ、ジ」。今茲(コンジ=今年)。

(解釈)山椒は口上手に人の機嫌をとってだらしなく怠け、茱萸は香りもないのに佩び香袋を自分で満たそうと願っている。すでに出世を志して、君に用いられようと努めているのであるから、いまさら芳しい香気も何もあったものではない。もとより今の世の習わしは、流れる水のように流れ移っていって、誰であろうとも変化しないではいられない。あの香り高い山椒や蘭でさえもこの有様であるから、まして掲車や江離などの雑草は言うまでもない。ただわたしの佩び物はまことに貴いものであるのに、その美しさ打ち捨てられ、このようなことになった。しかし、その香気は盛んに立ち籠めて尽きること無く、芳しさは今になってもまだ消え失せてはいない。自分の心を和らげ調えて自ら慰めたのしみ、しばらくさまよい巡って、あこがれの美女を探し求めよう。わたしの佩び飾りが盛んに匂ううちに、あまねく巡って天上地下をよく見て回ろうぞ。

ナルシスト屈原は讒言で自分を陥れた連中を山椒や茱萸に譬えています。それに引き換えて自分の高貴さは誰にも負けない。こんなに辛い目に遭っているというのにその芳りときたら永遠なるかのように尽きることがない。さぁ、これからが本当の自分の人生である。美女、美女、美女…本当の美女を探しに旅に出よう。この匂いに誘われて私についてきてくれる美女よ、現れておくれ…。嗚呼、水面に映ったナルシス…。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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