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沈園の白壁に題した「釵頭鳳の詞」=露伴「幽夢」3

幸田露伴の「幽夢」(講談社文芸文庫「運命 幽情記」)で漢検1級試験の直前演習問題シリーズの3回目です。話が断片的で分かりにくいかもしれませんが、陸游(務観)が母親の命で無理矢理別れさせられた旧妻と思わぬ再会というか、ちらりと見かけてしまったシーンからスタートです。

★心なつかしきア)疇昔の事、面はゆき即今の思、問ひもし問はれもし、語りもし語られもしたきことは、互のイ)に余るほどなれど、縁断えたる中、契破れし間なれば、芳魂いたづらに迷い乱れて、柔膓むなしく回り結ぼるゝばかりなり。女はしかも新しき夫に伴はれてなりければ、ウ)を出し眼を使ふことも叶はず、たゞエ)に明らさまに夫に語りて、酒殽を致し、心の奥を情無からずとのみ示して、1)ショウとして紅霧翠烟の外にオ)たりぬ。(「幽夢」P268)

1)ショウとして=として

ア)疇昔=きのうチュウセキ

イ)臆=むね

ウ)辞=ことば

エ)纔に=わずか・に

オ)距たり=へだ・たり


★花香は酒に入り、柳色は卓にカ)りて、人の情に春を賞づるの杯は挙げながら、孤蝶隻燕、恨おのづからに長く、務観は2)チョウゼンたること久しかりけるが、思ひ余りて釵頭鳳の詞をキ)りて園の白壁に題しける。

 紅酥の手、
 黄藤の酒、
 満城の春の色、3)キュウショウの柳。
 東風 悪しく、
 歓情薄し。
 一懐の愁緒、
 幾年の離索。
 錯、錯、錯。

 春は旧の如く、
 人は空しく瘦せたり。
 ク)の痕 紅浥んで 鮫綃透る。
 桃の花は落ち、
 池閣 ケ)なり。
 山盟は在りと雖、
 錦書もコ)け難し。
 莫、莫、莫。                  (「幽夢」P268~270)

2)チョウゼン=悵然

3)キュウショウ=宮墻(宮牆)

カ)逼り=せま・り

キ)為り=つく・り

ク)泪=なみだ

ケ)間=しずか

コ)托け=ことづ・け

★されば後に至りて陽羨の万紅友もこれを評して、此の詞精麗、俗手の能するところにあらずといへり。紅友また評すらく、此の詞、前に手、酒、柳の三の上声の字を用ゐ、後に旧、瘦、透の三の去声の字を用ゐたる、何ぞ其の心細かくして法厳なるやと。4)ソウソツの作といへども、才人の真情に出づるもの、心のサ)すでに妙なれば、声の響もおのづから清しきに至りたるなるべし。唐氏此の詞を得て、知らず幾5)コクの涙の珠を墜しけん、幾ほども無く6)オウオウとしてシ)身歿りけるとなり。(「幽夢」P270)

4)ソウソツ=怱卒(匆卒)

5)コク=

6)オウオウ=怏怏(怏々)

サ)香=におい

シ)身歿り=みまか・り



★沈園の7)カイコウはいかばかりか深く詩人の心に浸み入りけん、沈園の主は其の後易りけれども、務観の恨は長く遣りて尽きず。後また禹跡寺に登りて眺望せる時、詩を為りて言はく、

 落日に城の南 鼓角哀しみ、
 沈園も 復旧の池台に非ず。
 心を傷ましむ 橋の下の春の波の緑、
 曾て8)キョウコウの影を照らせるを見来れり。

と。(「幽夢」P270~271)

7)カイコウ=邂逅

8)キョウコウ=驚鴻
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親を尊び孝を重んずる士君子の習=露伴「幽夢」2

幸田露伴の「幽夢」(講談社文芸文庫「運命 幽情記」で漢検1級試験の直前演習問題シリーズの2回目です。

★放翁は是の如き家に、是の如き母より生れぬ。されば年十二にして、既に詩文の才、人の認むるところとなりしといふ。始は秦檜にア)まれて官を得ること遅く、晩には韓侂冑に累せられてイ)を致して已みぬ。(「幽夢」P266~267)

ア)嫉まれ=にく・まれ

イ)譏=そしり

★ただし生れつきたる詩人とて、日として吟ぜざること無かりしといふに、其の風雅の1)ジュンコウなるを知る可く、文字の礼法に拘はらざりしを以てウ)頽放を譏られしより、自ら放翁と称せしといふに、其の2)キンカイの3)ソコウなるを知るべし。(「幽夢」P267)

1)ジュンコウ=醇厚(淳厚)

2)キンカイ=襟懐

3)ソコウ=疎曠

ウ)頽放=タイホウ

★務観猶若くて、未だ放翁とも称せざりしほどの事なり、母のエ)を引ける唐氏を4)メトりて妻となしける。夫婦のかたらいは濃やかにして、水と魚との仲好かりしが、嫁姑の間はむづかしくて、オ)とカ)との合はぬ勝なりしかば、親を尊び孝を重んずる士君子の習とて、如何なる折にやありけむ、恩愛の絆の纏ひて断ち難きを、義理の5)ヤイバのキ)じうてク)あるに截りて放ちて、終に唐氏を出し遣りける。夫を失ひし妻、日月ももとより黒かるべけれど、婦を無くしゝ男、酒茶もまた味なかるべし。(「幽夢」P267)

4)メトりて=りて

5)ヤイバ=

エ)系=すじ

オ)梭=おさ

カ)杼=

キ)冷じうて=すさま・じうて

ク)稜=かど

★唐氏は人の勧のケ)み難くて、また他の家にコ)きけるが、務観は猶わびしき日の数を重ぬる中、花は情有るが如くに有愁の家にも咲き、蝶は心無きに似たれども6)ブリョウの人をも訪ひて、サ)鰥夫ぐらしにも春は来にけり。シ)の歌、風の光、人皆そゞろぎ浮立つ折柄に、垂籠めてのみあらんよりは、ス)りにし夢を流水に附して、新しき興を節物に得んに如かじとて、そこはかと無く遊びあるきし末、沈氏の花園に入りぬ。(「幽夢」P267~268)

6)ブリョウ=無聊

ケ)辞み=いな・み

コ)適き=・き

サ)鰥夫=やもめ

シ)禽=とり

ス)旧りにし=・りにし

★園は禹跡寺といへる寺の南に在りて、花木蔭を成して深く、亭榭趣を取りてしつらはれ、まことに人をしてセ)をソ)べしむるに足りければ、流石に務観も楽しく覚えて、何の意も無く7)ショウヨウし居けるに、偶然見れば、柳のタ)桃の紅の彼方に人の影ありて、素顔8)サイヨウ、おぼろげにこそはあれ、正しく吾が前の妻なり。(「幽夢」P268)

7)ショウヨウ=逍遥

8)サイヨウ=細腰

セ)神=こころ

ソ)暢べ=・べ

タ)翠=みどり

南宋の愛国詩人陸游の悲恋物語=露伴「幽夢」1

漢字検定1級の2009年度第3回試験(2月7日)が近づいています。“恒例”の本番直前実践問題シリーズを連載します。今回の素材は幸田露伴「幽情記」から「幽夢」を採り上げます。主人公は南宋時代の詩人、陸游(1125~1209)です。

石川忠久氏の漢詩鑑賞事典(講談社学術文庫、中国詩人のアウトラインを知るには最適の入門書です)によりますと、「字は務観。号は放翁。越州山陰(浙江省紹興市)の名門の出身。ほぼ同年配の范成大(1126~1193)、楊万里(1127~1206)とは友人で、この三人が南宋の三大詩人である」。日本で言えば、平安王朝の末期、源平争乱のさなかのころ。中国では陸游が生まれた翌年、北宋の首都である汴京(河南省開封)が北方女真族の国家である金に占領され、時の天子が捕虜として拉致されるという未曾有の事態が勃発していました。「陸游は、一生の間喪われた北方の国土の回復を夢見て、金に対する徹底抗戦を叫び、憂国の詩人と呼ばれることになった」とあります。陸游が17歳になった年、南宋は金との間で紹興の和議を結び、毎年貢物を差し出すことで決着したのですが、漢民族にとっては屈辱の極みでした。まさに臥薪嘗胆。今に見ていろ北方民族――。此の思いを一生涯抱き続けた愛国の詩人でした。

露伴の「幽夢」は、若き日の陸游の恋の「挫折」を描いた作品です。20歳のころ、結婚した陸游ですが、嫁姑の折り合いが悪く母親の命令で離縁を余儀なくされます。お互いに未練たっぷりだった若き男女は10年後、彼の故郷にある禹跡寺の南、沈氏の庭園で思わぬ再会を果たします。一筋の純愛。苛烈な舌鋒を擅にした陸游の詩風ですが、その時の鮮烈なイメージは男女の愛情というテーマとして昇華して、80数年を生きる彼に別の独自の詩風を与えることとなりました。「幽夢」はそんな陸游の「悲恋」のストーリーが本邦大文豪の華麗なる語彙と筆勢によって、巧みに綴られています。漢詩もたっぷり。お得な作品です。

例によって読み書きの問題文を抜粋形式で味わってください。余計な解釈、語釈は無しです。底本は講談社文芸文庫の「運命 幽情記」(P265~278)です。(答えは=の次でカーソルを反転させてください)

★放翁、名は游、字は務観、越州山陰の人。埤雅・礼象・春秋後伝等二百四十二巻の書を撰したる1)セキジュ陸佃、字は農師といふ人の孫なり。佃の貧困にして学に勤め、灯油の資を得ずして、月光の力にア)りて書を読みしは、後の人の感じイ)むところなり。佃は王荊公を師とせり、されども荊公が新政を布かんとせるに当りては、法は善からざるにあらず、但し推行初のウ)の如くなる能はずして、還つて民をエ)すことを為さん、と云へり。(「幽夢」P265)

1)セキジュ=碩儒

ア)藉りて=・りて

イ)愴む=いた・む

ウ)意=こころ

エ)擾す=みだ・す

★少游はおよそ放翁の祖父農師の頃の世の人にて、オ)豪雋2)コウガイ、喜んで兵書を読めりと云はるれど、而も才情3)レイロウ、甚だ詞章に巧にして、王荊公には、其詩清新にして鮑・謝に似たりと評せられ、蘇東坡には、其賦俊逸にして屈・宋に近しと謂はれ、其の死するや、東坡をして歎じて、哀い哉、世またカ)の人あらんや、と曰はしめたり。(「幽夢」P266)

2)コウガイ=慷慨

3)レイロウ=玲瓏

オ)豪雋=ゴウシュン

カ)斯の=・の

★されば放翁が母の淮海先生を夢みしといふも、一分の淮海集の平常4)コウケイの中にありしが故にもやと思はる。投胎再生、それは信ずべく疑ふ可きも、性癖技能、けだし相近く相キ)たり。少游も詩を善し、放翁も詩を善し、少游も兵を喜ぶ、コウガイの気、風流の情、おもへば彼此似通ひたり。まことに奇異の因縁といふべし。(「幽夢」P266)

4)コウケイ=香閨

キ)肖たり=・たり

行き場を失った国民のエネルギー=杜牧「阿房宮の賦」8・完

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の8回目です。細分してだらだらと続けてきましたが、ここらで最終回といたします。少し間延びしてしまい、名文を玩わうという視点が欠けた嫌いがあります。お詫びいたします。

さて、焚書坑儒をはじめ秦の始皇帝の暴虐ぶりは夙に有名です。この阿房宮もその象徴と言えるでしょう。しかし、杜牧は単に「不幸な歴史」を嘆いているのではない。歴史になる前の「現実」を直視しているのです。始皇帝の時代を「他山之石」として厳しく身を律すべき人が、始皇帝と同じようなことをしている。杜牧が生きた唐代晩期の人民の悲痛な喘ぎ声を代弁したものなのです。殷鑑遠からず―。24歳の若者が心の底から叫んだのです。

【11】
天下の人をして、敢えて言いて怒らざらしむ。独夫の心は、日に益々1)キョウコなり。2)ジュソツ叫び、函谷挙がり、楚人の3)イッキョ、憐れむべし焦土たり。

1)「キョウコ」=驕固。おごりかたまるさま。「驕」は「おごる」。数多くの熟語があります。ほとんど「おごり高ぶるさま」という意味ですから熟語だけ羅列しておきます。意味はご自分で御調べを。驕佚(キョウイツ、驕逸)、驕淫(キョウイン)、驕盈(キョウエイ、驕溢=キョウイツ=)、驕悍(キョウカン)、驕気(キョウキ)、驕倨(キョウキョ、驕踞)、驕矜(キョウキョウ、矜驕)、驕驕(キョウキョウ=草ぼうぼう)、驕蹇(キョウケン=おごり高ぶり道理にはずれること、驕横=キョウオウ=)、驕夸(キョウコ、驕誇)、驕敖(キョウゴウ、驕傲)、驕侈(キョウシ、驕奢=キョウシャ=)、驕恣(キョウシ、驕肆)、驕児(キョウジ=駄々っ子、驕子=キョウシ=)、驕色(キョウショク)、驕怠(キョウタイ、驕惰=キョウダ=)、驕泰(キョウタイ、驕汰)、驕宕(キョウトウ、驕蕩)、驕暴(キョウボウ)、驕慢(キョウマン、驕易=キョウイ=)、驕陽(キョウヨウ=盛んに照り輝く太陽)。

2)「ジュソツ」=戍卒。国境を守る兵士。戍客(ジュカク、ジュキャク)、戍兵(ジュヘイ)ともいう。「戍」は「まもる」とも訓む。謫戍(タクジュ=罪を受けて辺境の警備に送られること)、衛戍(エイジュ=軍隊が一つの地域に長くとどまって警備すること)、戍煙(ジュエン=国境守備所でたく煙)、戍火(ジュカ=国境警備兵のたく火)、戍甲(ジュコウ=国境を守る武装した兵士)、戍守(ジュシュ=国境を守る、また、その兵士、戍衛=ジュエイ=)、戍人(ジュジン=国境地帯を守る兵士)、戍徭(ジュヨウ=国境を守るための徭役、また、その徭役として使われる兵士)、戍楼(ジュロウ=国境守備隊の見張りやぐら)。

3)「イッキョ」=一炬。かがり火をたくこと、松明の火をともすこと。「炬」は「たいまつ」「かがりび」とも訓む。ここでは戦乱の火蓋を切るという比喩的な表現です。

ここにある「独夫」とは「人民から孤立した暴君」。始皇帝を指している。周の武王が殷の紂王を「独夫」と呼び攻め滅ぼしたことが「書経」(泰誓下篇)に記されており、孟子はこれを「一夫の紂を誅すを聞く。未だ君を弑すを聞かざるなり」(梁恵王章句下)と言いました。

「戍卒叫び」とは、始皇帝による天下統一後、初めて秦に反逆した「陳渉・呉広の乱」のこと。秦の二世皇帝の元年(前209)、漁陽(河北省)の警備に赴いたが、雨の為に遅れ、処罰を恐れて反乱を起こした。これ以降、各地で反乱の手が挙がる契機となった。「函谷挙がり」とは、秦の都・咸陽を守るための東の防衛拠点である「函谷関」が陥落(=挙)したことをいう。比喩的に「秦の滅亡の危機が迫っていること」を言っています。「楚人一炬」とは、楚の項羽が前206年12月、劉邦と鴻門で会合したのち西に向かい、咸陽を陥落させ秦の王室を焼き払い、めためたにしたことを指しています。ちなみに、「史記」(項羽本紀)には「火三月滅せず」とあるように、この時上がった火の手からも阿房宮のスケールの大きさが俔い知れます。

【12】
ア)嗚呼、六国を滅せし者は、六国なり。秦に非ざるなり。秦を族せし者は、秦なり。天下に非ざるなり。イ)嗟夫、六国をして各々其の人を愛せしむれば、則ち以て秦をウ)ぐに足らん。秦復た六国の人を愛すれば則ち三世よりエ)いにして、万世に至りて君たるべし。誰か得て4)ゾクメツせんや。

4)「ゾクメツ」=族滅。ひとりの罪をその一族全体に及ぼして一族を皆殺しにする刑罰。族誅(ゾクチュウ)、族夷(ゾクイ)、族殺(ゾクサツ)ともいう。前にある「秦を族せし」にあるように「族」には「一族を皆殺しにする」という意味があります。

ア)「嗚呼」、イ)「嗟夫」=ああ。登場する何度目でしょうか。嘆息の言葉ですが、さまざまな漢字や、それらの組み合わせがあります。限がないと言えばないですが、瞬時に訓めるような訓練だけは懈らないように。「嗟于、噫、嗟乎、噫乎、嗚、嗟吁、嗟嗟、嗟呼、嗟来、欸、于、于嗟、吁、吁嗟、咨、啞啞、嗟、嗟哉、噯、式、於乎、於呼、於戯、於穆、欹、粤」。これだけ嘆きの表現があるということは、如何に中国詩人にとって「嘆息」という状態が内面で頻繁に起こり、欠くことのできない心情表現だったかが伺えますね。日本語では「ああ」だけですもん。

ウ)「拒ぐ」=ふせ・ぐ。そばに寄せ付けないようにふせぐという意。表外訓み。音読みは「キョ」。拒捍(キョカン=敵をふせぐ)、拒諫(キョカン=いさめをこばむ)、拒抗(キョコウ=命令をこばみ反抗する)。

エ)「逓いに」=たが・いに。副詞用法。「リレー式に、かわるがわる」という意味。次々と伝えていくさまをいう。音読みは「テイ」。逓信(テイシン=次々と駅を伝って信書を届けるといういみ、逓伝=テイデン=)。

明治書院(P245)の「背景」によると、秦では始皇帝の意見により、諡を廃止し、天子はすべて順番を示す数字で呼ぶことにしたとあります。始皇帝は「朕を始皇帝と為し、後世は数を以て計り、二世三世より万世に至り、之を無窮に伝えん」と言ったことが「史記」(始皇本紀)に見えるが、「実際には三代で滅びている」という。杜牧は、六国が滅んだ原因は実は六国自身にあった。秦ではなかったと言います。そして、秦の始皇帝一族が滅んだのも秦自身である。天下の人々ではない。もしも、六国の王がそれぞれ自国の人民を大切にしていれば、秦の攻撃は防ぎ得たのだ。同じように秦も六国の国民を大切にしていたならば、三世から順々に、万世に至るまで永遠に君主の地位を保ち得たのであろう。誰に手によってもその一族が滅ぼされることはなかった。

国家が滅ぶ原因は国家自身にある。これは蓋し名言であると思います。しかし、杜牧が本当に言いたいのは次にある最後のくだりなのです。

【13】
秦人は自ら哀しむに暇あらずして、後人之を哀しむ。後人之を哀しみて、之を鑑みざれば、亦後人をして復た後人を哀しましめん。

秦の人民は亡国を哀しむ余裕すらないほどあっさりと亡くなってしまった。ところが、我々の時代からすれば秦の亡国は哀れの一語に尽きる。哀れだと思っていても、反面教師にしなければ、同じ轍を踏んでしまうことになる。そして、また我々の後の時代の人々が亡国の悲しみを招いてしまうのだ。

やっと杜牧の本音が全貌を現しました。どうして秦が滅亡したのか、その原因を噛みしめろというのです。でなければ、いまの唐王朝だって同じ末路を辿ることは必定である。宮廷詩人であった杜牧ですが、政治に対する感覚は鋭く、近く訪れる王朝の滅亡の時期を感じ取っていたかのような歯切れのいい文章となっています。これを書いたのはまだ24歳の若造ですよ。驚きです。

「易姓革命」が平気で起こる中国では、歴史こそがすべて。歴史は繰り返されるという意識が国民の脳裏に沁み付いている。だから、古を振り返ることが国の未来の針路を決めることになる。杜牧の「予言」は100年も満たないうちに現実のものとなります。王室の自堕落な生活によって人心の信頼を喪って唐王朝は瓦解に至ります。今の日本も江戸幕府瓦解から明治維新のころを振り返る必要があるかもしれません。100日余り前に起きた政権交代ですが、それが「目的」である限りにおいては、効果は限定的です。国民のエネルギーは今どこへ行ってしまったのでしょうか?行き場を失っています。。。杜牧よ、教えておくれ。。。我々はどうすればいいのか?

人民の「塗炭の苦しみ」で造営された大宮殿=杜牧「阿房宮の賦」7

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の7回目です。杜牧は、豪奢な阿房宮を建築する陰で塗炭の苦しみを嘗めた人民の存在に思いを馳せます。

【10】
棟を負うの柱をして、1)ナンポの農夫より多く、ア)に架するのイ)をして、機上の工女より多く、釘頭の磷磷たるは、庾に在るの2)ゾクリュウより多く、3)ガホウの4)シンシたるは、周身の5)ハクルより多く、直欄横檻は、6)キュウドの城廓より多く、管絃の7)オウアたるは、市人の言語より多からしむ。

1)「ナンポ」=南畝。南向きで日当たりのよい田圃。転じて、田畑。「畝」は「うね」。「詩経」の「豳風(ヒンプウ)七月」の詩に出てくる言葉。農地は一般に日当たりがよく作物の成長の速い南面に作られたからとあります(岩波文庫P82)。

2)「ゾクリュウ」=粟粒。穀物の粒。この場合の「粟」はアワに限定されず、広くもみつきの穀物を指す。

3)「ガホウ」=瓦縫。瓦と瓦との継ぎ目(合わせ目)。瓦の排列状況によって屋根の上に出来上がる線を指しています。縫ったように見えるというのでしょう。

4)「シンシ」=参差。入り乱れて交錯するさま。ばらばらでふぞろいに並んでいるさま。「シン」も「シ」も表外音読み。読み問題では基本ですね。もうそろそろ書けるようにしようねという意図です。参差錯落(シンシサクラク=不揃いなものが入り混じっているさま、参差不斉=シンシフセイ=ともいう)。

5)「ハクル」=帛縷。きぬのいとすじ。「帛」は「きぬ」、「縷」は「いとすじ」。縷述(ルジュツ=いとのようにこまごまことばをつらねる、縷言=ルゲン=、縷説=ルセツ=、縷陳=ルチン=)、縷切(ルセツ=肉などをいとのように細かく切ること)、縷縷(ルル=こまごまと話すさま)、縷縷綿綿(ルルメンメン=話が長くて絮いこと)。

6)「キュウド」=九土。中国大陸全土。九州、九垓(キュウガイ)ともいう。

7)「オウア」=嘔啞。やかましい音・声の形容。子供の話す声、鳥の声、調子外れの音楽などについていう。「嘔」は「はく」「うたう」とも訓む。嘔軋(オウアツ=物がきしる、また、その音)、嘔啞嘲哳(オウアチョウタツ=洗練されていない、調子の狂った聞き苦しい音、白居易の琵琶行に出典がある)、嘔嘔唖唖(オウオウアア=車のきしる音の形容)、嘔吟(オウギン=詩歌などを節をつけてうたったり、よんだりする、謳吟=オウギン=)、嘔血(オウケツ=血を吐く)、嘔泄(オウセツ=胸がつかえてはくことと、下痢をすること、嘔瀉=オウシャ=)、嘔吐(オウト=食べた物を吐きだすこと、えずく、嘔逆=オウギャク=)。「啞」は「おし」(差別語に注意)。啞咽(アエツ=しゃくり泣く)、啞嘔(アオウ=子供のかたことの声)、啞啞(アクアク=笑う声、「アア」と読めば、カラスの鳴き声)、啞子(アシ=発語のできない人、啞者=アシャ=)、啞子夢(アシのゆめ=自分ではよく知っているのにうまく言い表せないことのたとえ)、啞然(アゼン=あきれてものが言えないさま、「アクゼン」と読めば、わあっと笑うさま)、啞咤(アタ=人の声の騒がしいさま)、啞鈴(アレイ=体操用具の一種)。

ア)「梁」=はり。うつばりも正解か。二本の支柱で屋根を支える材。梁木壊(リョウボクやぶる=梁の木が折れる、転じて、賢人の死ぬこと)、梁上君子(リョウジョウのクンシ=泥棒)、梁塵(リョウジン=梁の上の塵、「梁塵を動かす」は歌が上手いこと)。

イ)「椽」=たるき。丸い形をした、屋根を支えるために棟から軒に渡す材木。垂木とも書く。音読みは「テン」。椽桷(テンカク=たるき全般、「桷」は四角いたるき)、椽大之筆(テンダイのふで=たるきのように大きな筆、転じて、堂々とした立派な文章のこと)。椽大之筆を揮いたいものです。常に自戒です。

明治書院によって、解釈を試みます。阿房宮の棟木を支えている柱の数は、田畑にたって働く農夫の数よりも多い。梁にかかっている垂木の数は、機のそばで働く女工の数よりも多い。くぎの頭はきらきらとして、その数は倉の中の穀物の粒よりも多い。瓦のつなぎ目はさまざまな綾を描いて、その数は身にまとう絹糸よりも多い。縦横の欄の数は全国の城廓よりも多い。楽器の鳴り渡る響きは町の人々の話し声よりも大きい。そんな大宮殿をどうして造営しなければならなかったのか?

ここの構文は「使負棟之柱~多於市人之言語)と「使役」(「~をして…しむ」と訳す)となっている。その前段にある莫大な浪費の結果、次のようになるという意味です。「工女」は「女工」のことで女性労働者、機織り工女です。「磷磷」(リンリン)は配当外で「宝玉が光り輝くさま。きらら」。「庾」は配当外で「こめぐら」。「周身」(シュウシン)は「全身、からだじゅう」という意。「直欄横檻」(チョクランオウカン)は面白い表現で縦横無尽に入り組んだ欄干のこと。「欄」も「檻」も「おばしま」。「市人」は「商業専用区域に集まる人々(市は町の中でも最もにぎやかなところ)」。

人民の幸福を蔑ろにし、宮殿だけを飾り立てた始皇帝批判が展開されているのです。しかし、「此の世の春」は長くは続かない。そして、そのツケは自らが破滅という形で払うしかないのです。。。

始皇帝の華奢礼讃は単なる「尸」?=杜牧「阿房宮の賦」6

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の6回目です。しばらく間があきましたが、ご心配なく。閉鎖ではないですよ~(笑)。淡々とやれる範囲で更新いたしますので今後ともよろしくご愛読くださいませ。迂生のやりたいことはまだまだ山ほどあるんですから。とりあえず「阿房宮の賦」は時間をかけ過ぎています。先を急ぎましょう。前回の復習は鼎鐺玉石、金塊珠礫。もう押さえましたね。鼎鐺玉石はやはり「テイソウギョクセキ」が正しいようです。漢検漢和辞典にある「テイトウギョクセキ」は紕繆ですね。訂正を求めたいと思います。

【9】
嗟乎、一人の心は、千万人の心なり。秦1)フンシャを愛すれば、人も亦其の家をア)う。奈何ぞ之を取ること2)シシュを尽くし、之を用うること3)デイサの如くする。

1)「フンシャ」=紛奢。はででおごっているさま。華奢(カシャ)ともいう。「紛」「まぎれる」「みだれる」。落英繽紛(ラクエイヒンプン=花びらが舞い散るさま)、紛郁(フンイク=香気の盛んなさま)、紛云(フンウン=複雑に入り乱れるさま、紛紜とも)、紛嘩(フンカ=みだれて騒がしいこと)、紛淆(フンコウ=紛糾)、紛喧(フンケン=やかましい、紛諠=フンケン=、紛呶=フンド=)、紛訌(フンコウ=うちわもめ、内訌=ナイコウ=)、紛囂(フンゴウ=みだれてやかましい)、紛揉(フンジュウ=入り乱れること)、紛擾(フンジョウ=みだれる)、紛沓(フントウ=多くの人出がありごたごたしたさま)、紛鬧(フンドウ=あれやこれやとさわがしいこと)、紛葩(フンパ=乱れ咲く花)、紛綸(フンリン=物が多く入り乱れたさま)。「奢」は「おごり」「おごる」「分にすぎたさま」。奢佚(シャイツ=おごりなまける)、奢華(シャカ=おごり飾ること)、奢侈(シャシ=おごり)、奢恣(シャシ=ぜいたくをほしいままにする、奢肆=シャシ=、奢放=シャホウ=、奢縦=シャショウ=)、奢蕩(シャトウ=とめどなくぜいたくなさま)、奢靡(シャビ=ぜいたくでではでやかなこと)。

2)「シシュ」=錙銖。ほんのわずかな目方。わずかなもの、つまらないものの比喩的表現。「錙」は古代の重さの単位で一錙は六銖。一両の四分の一。錙錘(シスイ=わずかな目方、すこしの量やささいなもののたとえ)。「錙」も「銖」も「わずか」とも訓む。四炷、髭鬚、諮諏、卮酒など重要同音異義語も押さえておきましょう。

3)「デイサ」=泥沙。泥と砂。価値の近いものの譬え。簡単な漢字ですが泥砂ではないので要注意です。泥首銜玉(デイシュカンギョク=謝罪降伏する時の作法)、泥濘(デイネイ=ぬかるみ)、泥滓(デイシ=けがれてきたないもののたとえ)、泥障(あおり=馬具の一種)。

ア)「念う」=おも・う。ただ単に思うのではなく心中深く噛み締める。愛する、重要だと思う。表外訓み。「おもう」はほかに「憶う、想う、侖う、惟う、意う、懐う」。

「嗟乎」は「ああ」。いろんな漢字の組み合わせがあるので要注意です。書き問題では出ないでしょうから、いずれにせよ訓めるようにすることが肝要ですね。「一人の心」というのは「天子の心」、つまりは始皇帝を指す。たった一人の気持ちが何万、何千万という民衆によくもわるくも影響を与える。始皇帝が贅を極めるならば、人民も自分たちだって同じようにと思うのは無理からぬところ。それなのに、微々たる税金をも毟り取って湯水のごとく惜しみなく無駄遣いするとは。。。時の権力者のやることではない。杜牧は本当に言いたいことを剥き出しにし始めます。秦の始皇帝の話は単なる「尸」(かたしろ)、つまりは別のことを言いたい「語り部人形」でしかないのです。別に言わんとすることが愈々本性を現し始めます。

テイトウギョクセキ!キンカイシュレキ!!=杜牧「阿房宮の賦」5

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の5回目です。漢検必須の四字熟語が登場します。

【7】
一肌一容、態を尽くし1)ケンを極め、縵く立ち遠く視て、幸を望む。ア)ゆるを得ざる者有り。三十六年。

1)「ケン」=姸。妍もOK(異体字)。うつくしい、みがいたように容色が整ってうるわしいさま。姸好(ケンコウ=顔かたちが美しい、器量よし)、姸蚩(ケンシ=美しいことと醜いこと、好ましいことと憎らしいこと、美醜、姸醜=ケンシュウ=)。姸冶(ケンヤ=美しくてなまめかしい)、姸和(ケンワ=景色などが美しくて和ませるさま)、姸を競う(ケンをきそう=女性同士が美のNO1を争うさま)。

ア)「見ゆる」=まみ・ゆる。(人に)あうこと、お目にかかること。謙譲の言い回しです。表外訓み。ここは始皇帝に添い寝すること。意味から考えても素直に「み・ゆる」ではない。覲見(キンケン=おめみえすること)。

「一肌一容」とは、一人一人が肌を磨き容姿を綺麗にすること、まさに姸を競う状態ですな。白居易の長恨歌に「後宮之佳麗三千人」とありましたが、秦の始皇帝は各六国から美女を集めて酒池肉林状態だったのでしょう。余りにも数が多すぎるがゆえに「幸」、皇帝とベッドを共にすることを望んでも、36年間待ち続けても一度もその機会がない者すら居るというのです。

【8】
燕・趙の収蔵、韓・魏の経営、斉・楚の精英、幾世幾年ぞ。其の人より取り掠め、2)イジョウすること山の如し。一旦其の間にイ)し来る能わざるもの有り。ウ)は3)ナベ、玉は石、金はエ)、珠は4)レキ、5)キテキ邐迤たり。秦人之を視るも、亦甚だしくは惜しまず。

2)「イジョウ」=倚畳。もたせかけて積み重ねること。「倚」は「よる、よりかかる、もたせる」。倚几(イキ=ひじかけ)、倚馬之才(イバのサイ=すぐれた文才)、倚伏(イフク=禍福倚伏)、倚門(イモン=売春婦)、倚門之望(イモンのボウ=母親が子供の帰りを首を長くして待つこと)、倚閭の望(イリョのボウ)ともいう、倚廬(イロ=父母の喪中に住む仮小屋)、倚魁(キカイ=不思議で怪しい)、倚人(キジン=体の不自由な人)。「畳」は「かさねる」の表外訓みがあり。畳韻(ジョウイン=逍遥や連綿や窈窕など同一母音で畢わる二字を聯ねた熟語)、畳嶂(ジョウショウ=かさなり連なる山)、畳濤(ジョウトウ=折り重なって寄せてくる波)。

3)「ナベ」=鐺。ここは敢えて訓で読んだ。音読みは「トウ」「ソウ」。平底の浅い鍋のたぐい。「こじり」と訓めば、「刀の鞘の末端に付ける装飾の金具」。「こて」と訓めば、左官の道具。音は「こて」が「トウ」、「なべ」が「ソウ」。

4)「レキ」=礫。小石、つぶて。ここは音で読んだが少し統一性に欠けるか?

5)「キテキ」=棄擲。すてさること。辞書には掲載がない。汽笛ではないので。。。

イ)「輸し」=いた・し。「輸す」は「いたす」。表外訓み。中身をすっかり取り出す、出し尽くす、運ぶ。一回で持ってくることもできなかった。

ウ)「鼎」=かなえ。三本脚と二つの耳のある祭器。音読みは「テイ」。鼎鉉(テイゲン)はかなえの耳づる。

エ)「塊」=つちくれ。ここは敢えて訓で読んだが、音は「カイ」。

要するにここのくだりでは、漢検1級受検者にとって必須四字熟語である「鼎鐺玉石」(テイトウギョクセキ、テイソウギョクセキ)、「金塊珠礫」(キンカイシュレキ)の二つを是非とも覚えることが要諦となります。鼎という神聖なものを日常で使う鐺のように雑に用い、玉という貴重なものをまるで石のように扱い、またまた、金を塊のように、そして、珠を礫のように粗末に扱うほど、金銀財宝に溢れてその価値も分からなくなっているさまをシニカルに描いた場面です。麻痺した贅沢。。。

「燕・趙の収蔵、韓・魏の経営、斉・楚の精英」である「鼎」「玉」「金」「珠」をばそれぞれ、あたかも「鐺」「石」「塊」「礫」の如く、道端に「棄擲」されて、「邐迤」(リイ)となっているという。「邐迤」は難しい言葉ですが「面々と連なるさま」。先ほど紹介した畳韻の語です。そろそろ、杜牧の本音がちらちらと見え始めていますよ。そうした流れでこの四字熟語を覚えれば記憶の中にしかっかりと定着するのではないでしょうか。テイトウギョクセキ、キンカイシュレキ……闇雲に詰め込んでも、あっさりと忘れちゃいますからね。出典は杜牧の阿房宮の賦なんです。秦の始皇帝の暴虐ぶりを描いた言葉だと認識できれば忘れることはないでしょうし、たとえ忘れてもすぐに思い出せる引き出しの整理となること必定でしょう。言葉とはそういうもんですね。詰め込んでも意味がない。

乗り乗り小杜、漢検本番語彙も目白押し=「阿房宮の賦」4

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の4回目です。今回は漢字、語彙の質量ともに豊富と言えるでしょう。漢検本番も近いですが、出そうなものが目白押しです。そして、リズムに浸りましょう。
【6】
明星の熒熒(ケイケイ)たるは、粧鏡を開くなり。緑雲の1)ジョウジョウたるは、2)ギョウカンをア)るなり。渭流のイ)をウ)らすは、脂水を棄つるなり。煙斜めに霧横たわるは、3)ショウランを焚くなり。4)ライテイのエ)ちに驚くは、宮車の過ぐるなり。5)ロクロクとして遠く聴こえ、6)ヨウとして其の之く所を知らざるなり。

1)「ジョウジョウ」=擾擾。ごたごたと騒がしい。「擾」は「みだす」「みだれる」「わずらわしい」「ならす」とも訓む。擾化(ジョウカ=ならして感化を与える)、擾攘(ジョウジョウ=騒ぎ乱れるさま)、擾民(ジョウミン=民衆をならして従える)、擾乱(ジョウラン=みだれ騒ぐ、みだす)、「躁擾」「掻擾」「搶攘」「騒擾」(以上、ソウジョウ)。「ジョウジョウ」は囁囁、嫋嫋などもあるので要注意。「熒熒」(ケイケイ)は、遠くに小さくキラキラと輝くさま。まさに明けの明星です。「熒」は配当外で「ひかり」「ホタル」。熒煌(ケイコウ=きらきらと輝く)、熒燭(ケイショク=小さな光のともしび)、熒惑(ケイワク=火星、災難や戦乱など不吉な出来事の兆しを示すという、火の神の名)。

2)「ギョウカン」=暁鬟。夜明け寝起きの乱れ髪。もちろん比喩的な表現で一般的ではありません。辞書にもこの言葉で掲載はありません。前段にある「粧鏡」(ショウキョウ=化粧用の鏡)と対になっている。努々、驍悍、澆灌、翹関、行間などを想起しないように…。暁粧(ギョウショウ=朝化粧、暁妝=ギョウショウ=)という言い回しもある。「鬟」は「みずら」「わげ」とも訓む。ここでは普通に「髪の毛」の意。風鬟雨鬢(フウカンウビン=風雨にさらされて苦労して勤労すること)、霧鬢風鬟(ムビンフウカン=美しい髪のたとえ)を押さえましょう。岩波文庫の解説(P77)によると、「緑雲(リョクウン)」は「黒々とした雲。つややかな黒髪を『緑鬟(リョクカン)』、美しい豊かな髪を『雲鬟(ウンカン)』などと呼ぶところから、宮女たちの豊かな黒髪を『緑雲』に見立てたもの」とあります。

3)「ショウラン」=椒蘭。サンショウ(はじかみ)とラン(ふじばかま)。香りのよい植物の代名詞。転じて、「皇后の親類、外戚」も指しますが、ここではその含意はないですね。椒桂(ショウケイ=サンショウとカツラの木、転じて賢人)、椒酒(ショウシュ=屠蘇酒のたぐい)、椒図(ショウト=怪獣の名、竜の九匹の子の一匹)、椒房(ショウボウ=皇后の御殿、転じて皇后、椒屋=ショウオク=、椒庭=ショウテイ=、椒殿=ショウデン=、椒掖=ショウエキ=、椒壁=ショウヘキ=、椒閣=ショウカク=)→「椒房阿監青娥老」(白居易「長恨歌」)。蘭艾同焚(ランガイドウフン=君子も小人も区別なくいっしょに災害に遭うこと)、蘭摧玉折(ランサイギョクセツ=賢人、または美人が死ぬこと)、蘭麝(ランジャ=香りの高いもののこと)、蘭契の契り(ランケイのちぎり=心の通い合った友人の交わり)、蘭桂(ランケイ=君子のすぐれた資質、子孫をほめたたえることば)。

4)「ライテイ」=雷霆。激しいかみなり。「霆」は「いかずち、まっすぐに伸びるいなびかり」。霆撃(テイゲキ=いなずまのように一気呵成に攻撃すること)。「雷」も「いかずち」。

5)「ロクロク」=轆轆。車の走る音。ゴロゴロ。轆轤(ロクロ=鈞)は書き取り用の必須熟語です。

6)「ヨウとして」=杳として。「杳不(無)~」と否定語と用いて、「まったく~ない、まるで~でない」と全否定(強調)の構文となる。もともとは「くらい」「はるか」「とおい」という意味。杳然(ヨウゼン=はてしなくはるかなさま)、杳乎(ヨウコ=はるかなさま)、杳邃(ヨウスイ=奥深いさま)、杳眇(ヨウビョウ=遠くてかすかなさま、杳渺)、杳冥(ヨウメイ=山や霧などがくらくて奥深いさま)、杳杳(ヨウヨウ=くらいさま、はるか遠いさま)。

ア)「梳る」=くしけず・る。髪の毛を一本ずつわけてとく。「とかす」とも訓む。音読みは「ソ」。梳盥(ソカン=髪をとき、手を洗う)、梳洗(ソセン=髪をとき顔を洗う、身だしなみを整えること)、梳頭(ソトウ=髪をくしけずる、髪の手入れをする、梳髪=ソハツ=、梳櫛=ソシツ=)。梳沐(ソモク=髪を洗ってくしけずる)、梳粧(ソショウ=髪をといておめかしする)。

イ)「膩」=あぶら。ねっとりした脂肪。色っぽい美人の形容には欠かせない言葉です。長恨歌では楊貴妃の形容にも使われていました。音読みは「ジ」。臙膩(エンジ=化粧品)、垢膩(コウジ=ねばったあか)、油膩(ユジ=あぶらっこいさま)、細膩(サイジ=きめこまかくねっとりしたさま)、瑣砕細膩(ササイサイジ=情がきめこまやか)、膩滑(ジカツ=あぶらけがあって、すべすべしている)、膩粉(ジフン=きめが細かくねっとりした白粉)、膩葉(ジヨウ=ぶ厚い葉、多肉質の葉)、膩理(ジリ=なめらかで、きめがこまかい肌)。

ウ)「漲らす」=みなぎ・らす。「漲る」は「みなぎる」。水面が溢れんばかりの状態にする、満杯にする。音読みは「チョウ」。漲天(チョウテン=天一面に広がる)、暴漲(ボウチョウ=物が一面にあふれるさま)。

エ)「乍ち」=たちま・ち。急に、さっと。「乍ち~乍ち…」だと、「~したかと思うと、すぐに…する」「~したら、すぐに…する」と訳す。音読みは「サ」。「たちまち」はほかに「忽ち、倏ち、奄ち、掩ち、溘ち、驀ち」などもあります。

杜牧も乗りに乗っています。描写がいちいちオーバー。夜明けの金星がまたたくのは、なんと宮女たちが鏡の蓋を開けたため。彼女らが一斉に化粧を始めたのだ。黒い雲が群がり上がっているのは、彼女らが乱れた髪を直してとかし始めたのだ。清らかな渭水の水面にねっとりと脂が浮いているのは、彼女らが化粧の水を捨てたからなのだ。もやが流れ霧がたなびいているのは、ハジカミやフジバカマの香を焚いて揺らめいているせいなのだ。さあ雷鳴がとどろく。いや、天子様のお車のお通りであるぞ。ガラガラと音と立ててどこかしらへと消えて行く。オーバーなんですがリズムがいい。乗り乗りです。

世が世なら天子様…優勝劣敗のサディズム=杜牧「阿房宮の賦」3

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の3回目です。巨大さのスケールが桁違いである阿房宮の飽くなき描写が続きます。

【4】
長橋の波に臥するは、未だ雲あらざるに何の竜ぞ。複道の空を行くは、ア)れざるに何の虹ぞ。高低1)メイメイ、西東を知らず。歌台の暖響、春光融融たり。舞殿の冷袖、風雨2)セイセイたり。一日の内、一宮の間にして、気候斉しからず。

1)「メイメイ」=冥迷。くらくて奥深くて迷わせるさま。「冥」は「くらい」とも訓む。冥棲(メイセイ=ひっそりとした所にすむこと)、冥鴻(メイコウ=くらく高い所を飛ぶ鴻。俗世間を避けて志を高く抱く者のたとえ)、冥冥の死(メイメイのシ=人知れず努力する志)。

2)「セイセイ」=凄凄。寒冷なさま。ここは風と雨が冷え冷えと吹きすさぶことをいう。「凄」は「さむい」「すさまじい」とも訓む。凄咽(セイエツ=悲しみが迫って泣く)、凄楚(セイソ=身にしみてつらい)、凄愴(セイソウ=すさまじくいたましいさま)、凄寥(セイリョウ=痛ましく寂しい)、凄艶(セイエン=ぞっとするほどなまめかしい)。

ア)「霽れ」=は・れ。「霽れる」は「はれる」。音読みは「セイ」。「はるかす」とも訓む。光風霽月(コウフウセイゲツ=心が清らかでわだかまりがなく爽快であるさま)、霽威(セイイ=雨がやんで晴れるように怒りがすっと解けること)、霽止(セイシ=雨がやむ)、光霽(コウセイ=晴れ晴れとしたさま)。「見霽るかす」は「遥かに見渡す、見はらす」。

「長橋」は、南の阿房宮と北の咸陽宮とを結ぶ、渭水にかかる長い橋のこと。「複道」とは、上下二層の渡り廊下。上部が天子専用の通路となる。「虹」とあるのは天空に横たわる七色の竜をイメージして「複道」を譬えている。「歌台」「舞殿」ともに音楽を奏で、舞踊を演じるステージのこと。「融融」はおだやかでのどかなさま。「凄凄」の対義語。最後のくだりは、あまりにも阿房宮が広すぎて、同じ一日,、同じ宮殿の中であるのに、あるところはあたかも春、あるところは秋といったように季節が違っているという誇張表現です。対句を重ねて窈やかさを浮き彫りにしています。

【5】
3)ヒヒン媵嬙、王子皇孫、楼を辞し殿を下り、イ)して秦に来る。朝には歌い夜には絃し、秦の宮人と為れり。

3)「ヒヒン」=妃嬪。皇后以外の、天子の第二、第三夫人のこと、あるいは女官を指す。このあとの「媵」(ヨウ=そいよめ、)、「嬙」(ショウ=奥女中)と合わせていずれも女官名。位がこの順番に低くなります。ここでは秦の始皇帝によって召し抱えられた旧六国の后妃や女官たちをいいます。

イ)「輦」=レン。てぐるま、こし。人が引く車。輦閣(レンカク=天子の乗った車の通る道)、輦轂の下(レンコクのもと=天子が乗る車の傍、転じて首都を指す)、輦車(レンシャ=てぐるま)、輦前(レンゼン=天子が乗る車の前)、輦台(レンダイ=川を渡る人を乗せ、人足がかついで川を渡す時に用いた台)、輦道(レンドウ=天子の車の通る道、輦路=レンロ=)、輦輅(レンロ=天子の乗る車、輦輿=レンヨ=)。

「天子皇孫」は、女官たちにとどまらず、六国の王の子や孫までも連れてこられたことを言う。秦の始皇帝は、王は殺したもののその子供や孫たちは生かして、宮人に召し抱えて宮中をより一層華やかなものにしたというのです。彼らは世が世なら一国の天子たりうる人たちなのです。この世の栄華の極致、人権蹂躙の快感が窮まれりといったところでしょうか。歴史を振り返ればいずれの時代もいずこの国も優勝劣敗とはサディズムですなぁ。

「廊腰」「簷牙」「鉤心」「闘角」「盤盤焉」「囷囷焉」=杜牧「阿房宮の賦」2

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の2回目です。秦の始皇帝が築いた阿房宮の壮麗さをスケール大きく描写しています。

【3】
五歩に一楼、十歩に一閣。廊腰は縵く廻り、1)エンガは高く啄む。各々地勢を抱き、鉤心闘角す。盤盤焉たり、囷囷焉たり。2)ホウボウ水渦、ア)として其の幾千万落なるを知らず。

1)「エンガ」=簷牙。鋭い牙のように軒先に突き出た椽の端。「簷」は「のき」「ひさし」とも訓む。簷雨(エンウ=のきばに降りかかる雨)、簷楹(エンエイ=のきの柱)、簷燕(エンエン=のきばにいるツバメ)、簷下(エンカ=のきの下、簷底=エンテイ=)、簷間(エンカン=のきば、のきのあたり、簷際=エンサイ=)、簷滴(エンテキ=のきばから滴れる水のたま、のきから滴れる雨垂れ、簷溜=エンリュウ=)、簷頭(エントウ=のきば、のきさき)、簷馬(エンバ=のきにつるした鈴、風鈴、簷鈴=エンレイ=、簷鐸=エンタク=)。

2)「ホウボウ」=蜂房。ハチの巣。蜂窩(ホウカ)、蜂巣(ホウソウ)ともいう。「蜂」は「はち」。蜂衙(ホウガ=ハチの巣、ハチが朝夕決まった時に巣に出入りすること)、蜂出(ホウシュツ=ハチのように群がって出る、多くの者が次々とあらわれる)、蜂準長目(ホウセツチョウモク=ハチのように高い鼻柱と細長い目、賢くて思慮深い人相=始皇帝)、蜂腰(ホウヨウ=細い腰、転じて三人兄弟の真ん中が劣っていることのたとえ)。

ア)「矗」=チク。チョクは慣用読み。配当外ですが覚えたいところ。そびえる、そばだつ、まっすぐに高くそびえたつ、まっすぐに立つさま。矗矗(チクチク=高くそびえるさま、ものをうずたかく積み上げたさま)、矗出(チクシュツ=草木がまっすぐにはえ出る)。

ここは問題に出した以外にも難しい言葉が目白押しです。

「廊腰」(ロウヨウ)は、体の上下を結ぶ腰のように、宮殿や楼閣の間をつなぐ回廊(渡り廊下)のこと。

「縵く廻り」(ゆるくめぐり)は、緩やかに繞る様子。「縵」は配当外ですが「慢」と同義で「ゆるやか」。縵舞(マンブ=ゆるやかに舞う舞)、縵縵(マンマン=ゆったりと遠くまでのび広がっているさま、ゆったりと鷹揚に構えるさま)。

「地勢を抱き」は、地形に沿ってぴったりとつくられている。

「鉤心闘角」(コウシントウカク)は、周囲の楼閣が宮殿の心臓部と緊密につながっており、建物相互の軒先が複雑に入り組んで犇めき合っている様。動物が角付き合わせている様子に譬えている。

この一連の表現は、岩波文庫によると、「廊腰」「簷牙」「鉤心」「闘角」と、いずれも身体の器官を表す語を用いた、建物の描写であるといいます。凝っています。

「盤盤焉」(ハンハンエン)はぐるりとめぐるさまで「焉」は「如」「然」「乎」などと同様に「状態を表す助字」。

「囷囷焉」(キンキンエン)は、曲がりくねったさま、曲折するさま。「囷」は配当外で「まるく取り囲んださま、まるい」「くら、丸い形の米ぐら」。「囷倉」(キンソウ=収穫した穀物をたくわえるくら、囷京=キンケイ=、囷廩=キンリン=、囷府=キンプ=)。

「幾千万落」の「落」は住居の集団(聚落)、あるいは院落(中庭とそれを取り巻く建築物の一区画)の意味から転じて、建物を数える量詞。現代中国語の「所」「座」に相当する用法。「どのくらいの建物から成っているのか分からない」という意味。

五歩進むごとに楼がそびえ、十歩行けばまた別の建物が立っている―。以下の流麗な文章の響きは暗誦したくなります。リズムがいい。情景が目に浮かびます。美文の極致だ。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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