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漢検本番直前演習問題①=幸田露伴「幽情記」

日本漢字能力検定協会主宰の漢字検定試験(2009年度第2回=11月8日実施)が、またまた何事もなかったかのように近づいております。(実際は受検者も激減し、1級試験の問題内容は宛ら受検者に媚びるかのように平易になっておりますが)またまた思い付きですが、ご好評(??)の「如亭山人遺藁シリーズ」を暫くお休みさせていただいて(ぶっちゃけ、1か月も続けると飽きます)、漢検1級の本番を意識した演習問題を拵えようと思います。

今回も迂生は受検しません。「不惑」を過ぎて礑と漢字学習に目覚め、「知命」まであと5年を切った“おっさんblogger”は、これまで07年度第2回、08年度第3回の2回合格という栄誉に浴させてもらっています。ロートルにとって正直、漢検向けの勉強はしんどいです。何故かというと「不合格になりたくないから」、ただそれだけですが、その内容も“テクニカル”に走ってしまう側面もありますし(国字とか熟字訓は単なる詰め込み学習というかゲーム感覚というか、ですよね)…。漢検は意識するものの「何度も受けるものではないだろう」というのが迂生の真の気持ちです。「検定」という枠に拘束されること無く、縦横無尽に古人糟魄を嘗めると同時に、自分の糟魄を残したいのです。

ここまでは正直な気持ちを吐露しましたが、とはいえ、やはり「漢検1級の合格」を目指して挑戦されている方々(特にお若い方)を応援したい気持ちは持っており、迂生が積んできた「体験」や、培ってきた「思い」をベースにして、某かのお役に立てるコンテンツが提供できれば幸いとも思っております。このblogを執筆している動機付けでもあり、これも偽らざる本音です。1級という最難関を突破するには何と言っても過去問であり、「過去問至上主義」こそが合格(160点)への捷径と言えるでしょう。迂生の場合は漢検の過去問等に強くありませんから、古の人によって認められた糟魄である文章などから採録するしか「能」がありません。これはこのblogが一貫してきたスタンスです。

検定試験向け問題としてはこれまでも、白居易の「長恨歌」や中江兆民の「一年有半・続一年有半」などを素材にしてきました。幸田露伴の「いさなとり」や「折々草」も用いました。

今回は露伴の「幽情記」(底本は講談社文芸文庫刊の「運命・幽情記」)を題材にします。

なぜに「幽情記」か?といえば、その「引」によりますと「詩詞の事にたづさはりたる筋ある物語の類を蒐めて」「物語には皆詩詞あり、詩詞なきは収めず」とあり、中国の詩にまつわる物語をベースにして露伴が脚色したものであり、つまり、迂生がこのところ進めている「漢詩学習」の流れに沿うものなのです。短編のオムニバス形式なので読みやすい。

そして、毎度申しておりますが、露伴の「文体」は晦渋ながらその「語彙」こそ漢検の“最高峰レベル”を極めるには持って来いの素材なのです。漢詩が必ず登場して露伴の作品を味わえ、漢字検定にも役立つと言うなら、まさに「一箭双雕」ならぬ「一箭“三”雕」ではありませんか。

おっさんは話が絮くなりがち。前口上はこれくらいにしてとっとと問題に行きましょう。

本日は読み問題。とにかく読んで読んで読みまくってください。ただし、A)~D)は音読み、1)~18)は訓読み(表外訓み、熟字訓読みを含む)です。


★宋の代に真西山と聞えたるは、其のA)するに当りて、天子震悼したまひて、為に朝を1)めたまひしほどの人なり。(「真真」P143)

★敢然として信ずるところを枉げず、韓侂胄(カンタクチュウ)が偽学の名を立てゝ善人正子を排けしより、程子朱子等が一代の心力を2)して聖賢の学を講明せる著述も、皆禁ぜられて廃せんとするに当り、奮つてB)斯文を以て自づから任じ、講習して服行したるの偉は、他の及ばざるところなり。(「真真」P143~144)

★仕へて参知政事に至り、死して銀青光禄太夫を贈られ、文忠と3)せられ、生きては一世の大儒として人の仰望するところとなり、死しては聖学の巧臣として後の推服するところとなりたり。(「真真」P144)

★されども子の志道が家学を伝へしのみにて、不幸にして其4)は聞えずなりぬ。(「真真」P144)

★同情ある春風の訪ふに溢るゝ花の露、はら〽と泣いて俯きつ、身は5)落魄れて浅ましく、かく成下り候ふものに、氏も素姓も候ふべきや、御答御免をたまはりたし、と6)む。(「真真」P145)

★包むに奥の猶ゆかしく、身を愧ぢて氏を匿すも然ることながら、浮沈ある世の例、運命の悪きを誰か7)らむ、抑如何なるものぞ、と懇篤なり。(「真真」P145)

★他の為したることより連坐の罪逃るゝ方無く、8)の官財を盗めりといふ恐ろしき名を被りて9)囹圄に投ぜられ、償還済までは10)頸枷を11)され難き憂さ悲しさ。(「真真」P146)

★遂に胆煎る者のあるまゝ、嗚呼申すも情無く、思ふも辛き其月其日、妾が身をもて12)に代へ、父の負債を塡め侍りぬ。(「真真」P146)

★13)はいまだ貴からねば、出づるに車馬もあらずとは云へ、14)も教あるものとて、旦の火、夕の水に労を厭はず、荊釵布裙の清貧を甘なひて、C)瓊筵綺席の虚栄を脱せるを喜び、鸚鵡復恋はず黄金の籠、鴛鴦ひとへに悦ぶ青潭の棲、睦み語らひて年を経へるが、男も後漸く顕官たるに至り、共に白髪のいとめでたく楽しく一生を終りけるとぞ。(「真真」P147)

★一物に一心あり、心中より生意を発生し、又無限の物を作す。蓮の実の中に謂はゆるD)幺荷といふものあるが如き、便ち儼然として一根の荷なり。(「真真」P148)


★故に其の15)むところの生意16)に発出すれば、便ち近くしては親を親しみ、推しては民を17)み、又推しては物を愛し、可ならざる所無し、以て四海を覆冒し、百世を恵利するに至るも、亦此よりして之を推すのみ。(「真真」P149)

★真真は紹祖の系に出づるか、同祖の系に出づるか、今これを18)らにすべからず、たゞ西山の後を談るの因に、山民の後なるを挙ぐるのみ。(「真真」P151)




【正解】

1)・め 2)つく・し 3)おくりな 4)すえ 5)おちぶ・れ 6)いな・む 7)そし・ら 8)あがた 9)ひとや 10)くびかせ 11)ゆる・さ 12)たから 13)おとこ 14)おんな 15)つつ・む 16)わずか 17)めぐ・み 18)つば・ら A)シュッ(する) B)シブン C)ケイエン D)ヨウカ 

(正解はカーソル反転で、主な解説はcharのmixi日記にて→link参照)
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「カンソウ」に佇む織女「キチョ」飛ばす=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは「淡斎詩三編」。

淡斎というのは、佐羽淡斎(1772~1825)。上毛桐生で絹の買次商を営み、桐生詩檀の中心的人物として江戸の詩人文人たちとも親密な交遊関係のあった人。淡斎はすでに、淡斎百絶、淡斎百律の二つの詩集を刊行しているが、この年(文化十二年=1815)、第三詩集の菁莪堂集を出版するにあたり、折から桐生に来游した如亭に求めた題詩であるとあります。

季節は「清和」で初夏、陰暦四月の候です。

清和の時節 雨新たに晴る
北向初めて毛中の行を為す
拄杖を払拭してア)で寓を出づれば
芳草 新樹 一身軽し
来到る 桐郷 錦を出すの地
飽くまで看る 山明らかに水又た1)ぶるを
西商東賈 肩相摩し
山に倚り水に臨むは皆な2)キンシ
遊子 段匹を買ふ客に非ず
3)コウリ暫くイ)む 詩人の宅
坐して愛す 4)リガイの好風景
是れ晴 是れ雨 日に5)セイテキ
君に詩巻有り 本より新鮮
奇を捜りて看ることを得たり 第三編
驚歎す 天孫 6)キチョの別なるを
織り出す句句更に7)ランゼン
笑ひつべし 家家8)カンソウの婦
9)を飛ばし軸を転じて凍手を10)するを
花様にウ)たりと雖も璀璨乏し
光華 富貴 君が後に落つ
我れ世人に向ひて普く語げ奉る
巻を獲て蔵する者は宜しく保護すべし
一旦 暴雷 雲間を下らば
11)キョウフウ 12)ガイウ エ)みて将ち去らん


1)「コぶる」

=媚ぶる。媚びること。「こびる」なら100%浮かぶでしょうが、文語体の「こぶる」でも同じように浮かぶかどうかを問うています。ここでは「山水明媚」(サンスイメイビ)を訓読した形。風光明媚にも要注意。自然が見事に美しいさまをいいます。

2)「キンシ」

=錦肆。やや難問。錦などの絹織物を取り扱う店。「肆」は「みせ」。書肆、酒肆、店肆、魚肆、市肆。金枝、錦糸、禁止、巾笥、金翅、金鵄、鈞旨、麕至、菌糸ではない。

3)「コウリ」

=行李。旅の荷物。句驪、孔鯉、狡吏、紅梨、蒿里、蛤蜊、高利ではないので要注意です。

4)「リガイ」

=籬外。う~ん意外に難問か?利害、理外ではない。垣根の外。「籬下」(リカ=垣根の下)と同様に浮かびにくいかもしれません。

5)「セイテキ」

=清適。すがすがしくて気持ちがよいこと。ちょっとエロな人は「性的」しか出てこないでしょう。政敵、静的ならまだ許~す。

6)「キチョ」

=機杼。「キジョ」とも読む。織機(はたおりの機械)と、織機に横糸を通わせる梭(さ)。転じて、「詩文創作における新工夫」の比喩です。これは如亭ならではのなかなかに難しい言葉です。この前の「天孫」(テンソン)は織女星(ショクジョセイ)のことで機織りを司る星。「織婦」(ショクフ)ともいう。これを捩っている。もちろん、この詩を捧げている淡斎が「絹買次商」であることに因んでいるおどけた表現でもあります。

7)「ランゼン」

=爛然。絢爛たるさま。これは平易ですね。ランゼンといえばこれしかない。

8)「カンソウ」

=寒窓。これは難問。寒々とした窓辺で貧窮の生活を寓意している。観想、乾燥、感想、檻送、翰藻、諫争、讙譟、盥漱、間奏など同音異義語は多彩です。でも寒い窓を浮かぶ人は普通はいませんよね。これを機にこの言葉も音と共に習得しましょう。

9)「ヒ」

=梭。さきほども登場した「杼」と同じで、織機に横糸を通すための木製の道具。その形が魚の(カマス)に似ていることから、カマスのことを「梭子魚、梭魚」とも書く。

10)「カする」

=呵する。ここは成句で「凍手を呵する」として「はぁっと息を吹きかける」。「呵凍」(カトウ)という言い回しがあって、「凍った筆や、すずりに、はあと息を吹きかける、つまり、寒中に詩文を書くこと」。ここでは「梭を飛ばし」「軸を転じて」(軸=織機の部品の一つで、縦糸を巻きつけるもの=を動かす)、「凍手を呵する」とあって、寒さに耐えながら機織りをすることと、詩を苦吟することを寓意しているようです。

11)「キョウフウ」

=驚風。猛烈な風のことですが、普通は強風ですよね。でも「驚いた」んです。

12)「ガイウ」

=駭雨。激しい雨のことですが、これも「駭いた」んです。

ア)「旋で」

=つい・で。「尋で」と同義。事の移り来る意。

イ)「駐む」

=とど・む。「留む」と同義。とどまること。

ウ)「肖る」

=に・る。「似る」と同義。似ていること。「肖る」は「あやかる」とも。

エ)「攫み」

=つか・み。「掴み」と同義。つかむこと。

如亭は相当、この淡斎なる商人に金銭面でお世話になっているのでしょう。大賛辞の雨霰ですね。「璀璨」(サイサン)は絢爛豪華なさまという意味の難語ですが、花よりもきらびやかでいかなる貴人もあなたには劣るでしょう。世間の皆様にわたくしめがお告げいたしましょう。あなたの詩が載った書物を手に入れたらそれは大変貴重な代物ですよ。突然雷が鳴って風や雨が吹き降れば、持ち去られてしまいますから注意して守ってくださいませ。

イッサン?一盞、一粲、一山、一散?いやいや相合傘よ~ん=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁」(岩波書店刊行)からは「桜を看る 以下、乙亥」と「絶句」の各二首、計四首をご紹介します。

まずは「桜を看る 以下、乙亥」から。

この「乙亥」(きのとい)は文化十二年(1815)の作品です。久しぶりの江戸で迎えた春の風景ですね。

春は長堤に満ちて1)キンペイを列ぬ
微風 花下 ア)を把りて停む
此中の歩往皆な2)コウギョク
遊人をして少しも青を踏ましめず

イ)を撲ち衣を穿ちて雪と同じ
往来但だ是れ寒からざるの風
十分の時節何ぞ曾ち悪からん
人は3)ヒカ4)バンテンの中に在り


1)「キンペイ」

=錦屛。錦の屛風。すなわち、満開の桜並木の比喩と思われます。あるいは、着飾った花見客の連なりの譬えかもしれません。噤閉では全く意味が通らない。ここで出てくる「長堤」は長く続く隅田川の土手を指すと見られます。

2)「コウギョク」

=香玉。ここは花びらの譬え。堤の上の道に桜の花びらが散り敷いているさまをいう。紅玉、皇極ではない。唐代の李玖の「噴玉泉冥會詩八首•白衣叟途中吟二首」という詩に「春草萋萋春水緑,野棠開尽飄香玉。繡嶺宮前鶴発人,猶唱開元太平曲。厭世逃名者,誰能答姓名。曾聞王楽否,眷取路傍情。」とあります。

3)「ヒカ」

=飛花。風に翻り飛ぶ落花。悲歌、皮下、悲笳、飛舸ではないので注意しましょう。

4)「バンテン」

=万点。無数の花びらのこと。やや難問か。杜甫の「曲江二首」に「一片花飛減却春,風飄万点正愁人。且看欲尽花経眼,莫厭傷多酒入唇。江上小堂巣翡翠,花辺高冢臥麒麟。細推物理須行楽,何用浮名絆此身。」「朝回日日典春衣,每日江頭尽酔帰。酒債尋常行処有,人生七十古来稀。穿花蛺蝶深深見,点水蜻蜓款款飛。伝語風光共流転,暫時相賞莫相違。」があります。

ア)「藜」

=あかざ。ここはあかざでできた杖のこと。藜は中国原産の一年草で、茎は丈夫なので乾燥して杖にした。痛風を患い足が悪い如亭は杖が必需です。「藜」は「レイ」と読む。「藜杖」(レイジョウ)はそのまんま「あかざのつえ」。四字熟語に「藜杖韋帯」(レイジョウイタイ=質素なことの形容)。「藜羹」(レイコウ=あかざの葉の吸い物、粗末な食事の代名詞)。

イ)「面」

=かお。「おもて」ではなく「かお」と訓んでおきましょう。桜の花びらが顔に当り、衣服にくっついてさながら雪が舞うようだというのです。ところが、吹く風は暖かい。そりゃそうさ、春だもの。やっぱ江戸の春はいいわ。なんだかんだあった江戸だが故郷に帰った思いに耽る如亭です。「面~」の熟語では、「面誡」(メンカイ=面と向かっていましめる)、「面結」(メンケツ=うわべだけの交際)、「面晤」(メンゴ=面会)、「面牆」(メンショウ=見聞が狭く、進歩に乏しい)、「面諍」(メンソウ=論争する)、「面疔」(メンチョウ=顔面のはれもの)、「面縛」(メンバク=後ろ手にしばりあげる)、「剥面皮」(メンピをはぐ=厚顔の者にはずかしめを与える)、「面冪」(メンペキ=幎冒)、「面皰」(メンポウ=にきび)、「面欺」(メンギ=面謾、面と向かってあなどること)、「面諛」(メンユ=おもねること)、「面友」(メンユウ=面朋メンホウ=表面的な付き合いの友)。

続いて「絶句」の二首。これも文化十二年の作品です。

5)キア閃閃として6)エンショウに没す
但だ見る 漁舟の晩潮を趁ふを
7)イッサン相扶けて雨を侵して去る
黄昏独り上る 水東の橋

孤影8)ショウゼンとして月明に随ふ
9)リュウテイ一路 人行少なり
幾家か半ば掩ひて 鐘初めて響く
橋頭に少立して10)ニコウを数ふ


5)「キア」

=帰鴉。夕方に塒に帰るカラス。やや難問。「キア」では辞書に熟語はない。「閃閃」(センセン)とはひらめくさま。唐彦謙の「長渓秋望」に「柳短莎長渓水流,雨微煙暝立渓頭。寒鴉閃閃前山去,杜曲黄昏濁自愁。」があります。

6)「エンショウ」

=煙霄。霞んだ大空のこと。煙瘴、冤訟、圜牆、垣牆、塩鈔、炎瘴、焔硝、猿嘯、艶笑、艶粧、炎症、延焼など同音異義語は多いのでそれぞれが要注意ですね。ただし、煙霄はやや難問でしょう。「霄」は「そら」。「霄漢」(ショウカン=はるかな大空)、「霄峙」(ショウジ=高く空に聳え立つ)、「霄壌」(ショウジョウ=雲泥)→「霄壌月鼈」(ショウジョウゲツベツ=月と鼈)。

7)「イッサン」

=一傘。一つの傘とまんまですが、「一傘相扶けて」と続けて「相合傘で」。一盞、一散、一粲、一山、逸散ではないので念のため。でも一傘は最も難しいかもしれません。

8)「ショウゼン」

=悄然。しょんぼり。蕭然、瀟然、聳然、悚然、鏘然、竦然ではない。が、これらの区別はなかなかに難しい。

9)「リュウテイ」

=柳堤。ヤナギの植えてある土手。流涕、柳亭と行きたいところですがムズい。

10)「ニコウ」

=二更。午後10時頃に鳴る鐘の音。夜の時間帯を五分した前後2時間の時間帯をいう。順に一更=午後8時(同7~9時)、二更=午後10時(同9~11時)、三更=午前0時(午後11~午前1時)、四更=午前2時(同1~3時)、五更=午前4時(同3~5時)。

絶句の一首目、第四句に「水東の橋」(スイトウのはし)とあるのは「江戸・深川にかかる橋。隅田川の東に位置することからこう呼ばれた」。

絶句の二首目、第一句は杜牧の「早雁」がモチーフになっています。すなわち、「金河秋半虜弦開,雲外驚飛四散哀。仙掌月明孤影過,長門燈暗数声来。須知胡騎紛紛在,豈逐春風一一回。莫厭瀟湘少人処,水多米岸莓苔。」。「仙掌」は「サボテン」?

汗牛充棟、載籍浩瀚、さて「ゴシャ之書」は?=漢詩学習

柏木如亭の「如亭山人遺藁」(岩波文庫刊行)シリーズから、本日は「雑興」の六首をご紹介します。東海道を旅して箱根を越えていよいよ江戸にたどり着きました。品川宿は色街ですが、なぜかしらなじめない自分がいることにふとさみしい気持ちになっている如亭です。

今宵の暖は昨宵に較ぶれば多し
直に華胥に入りて豈に他を顧みんや
1)イッカク知らず 天已に曙け
世間の2)ビウ 窓を打ちて過ぐるを

帰り去らんと欲すれば去り 来らんと欲すれば来る
久しく途中に在るも哀しむに足らず
即ち3)コウホウの登るべき者有るも
未だ曾て当てて望郷台と作さず

一束の4)ザンショ 5)ゴシャに当つ
久しく6)エンリュウの処 且く家と為す
断えて喜びの7)カンシンに報じて到る無し
笑ひて謝す 夜燈の頻りに花を結ぶを

8)チョウキン 半夜 霜を知らず
燈火 油を添へて客床を照らす
覚えず 睡魔の我を拖きて去るを
手中 書堕ちて渠が郷に入る

東海の路程 今日尽く
9)キジンの頭上 髪将に皤ならんとす
八年識らず 品川駅
楼上の靚粧 旧に依つて多し

10)ネツドウ偏へに驚く 旧時に異なるを
人の是れ玉山の頽れざるは無し
11)カンジョウ 怪しむこと莫かれ 身心の冷なるを
新たに箱関雪裏を過ぎ来る



1)「イッカク」

=一覚。一たび眠りから目覚めること。一角、一廓、一画、一鶴ではない。

2)「ビウ」

=微雨。しとしとと降る雨。小糠雨。「眉宇」だと眉近辺の意になる。ここは比喩的に、第二句の「華胥」(夢の世界)と対比させた現実の人間の世界に降る冷たい雨のこと。

3)「コウホウ」

=高峰。高く聳える山々。「登る」のですから、これしかない。簡単だと思いますが、広報、後方、哮咆、弘報、宏放、黄袍、工法、航法、公報などの同音異義語と区別しなければなりません。

4)「ザンショ」

=残書。手元にある読み止しの本。残暑でないことは以前も取り上げました。「残」は「まだ残っている、残り少ない」という意味。

5)「ゴシャ」

=五車。書物を多く読み、博学であることをいう。「荘子・天下」に「恵施多方、其書五車」(恵施は多芸多才で蔵書も多かった)という戦国時代・魏の宰相で論理学派の首謀者だった恵施(ケイシ)の故事が見えます。五台の車に乗せるほど書物が多い。「汗牛充棟」「載籍浩瀚」ならご存知でも「五車之書」はいかがか?盲点でしょ。故事成語問題で出ないかなぁ?五社、五者、伍奢、誤射、誤写ではないので注意しましょう。六合が出るなら五車が出ても全然可笑しくないぞ!

6)「エンリュウ」

=掩留。身をひそめて滞在すること。淹留、奄留、簷溜とは微妙に異なるので要注意。やや難しい。「掩」は「おおう」「かくす」の意で、ここでは「身を隠す」。

7)「カンシン」

=間身。暇な身、無冠・無役で世の中の役に立たないことを譬える言葉。この「間」は「閑」と同じ意味。間人ともいう。

8)「チョウキン」

=重衾。重ねた上掛けの布団。如亭詩では頻出する「衾」ですね。朝槿、雕金、朝覲、兆听、超勤ではないので注意して。。

9)「キジン」

=帰人。故郷に帰来した人。ここでは江戸にたどり着いた如亭自身を指す。倚人、貴人、畸人、奇人でないので念のため。。

10)「ネツドウ」

=熱鬧。人が多くてにぎやかで、繁昌して喧噪なるさま。「鬧」は「さわぐ」「さわがしい」「みだれる」と訓む。「鬧事」(ドウジ=騒動)、「鬧熱」(ドウネツ)。「鬥」(せりあう)+「市」(多くの人が集まる)で「さわがしい」の意を示す。

11)「カンジョウ」

=歓場。歓楽の場所。ここでは品川の妓所をいう。感情、函丈、圜繞、宦情、扞城、灌頂、環繞、豢擾、鹹壌、勘定、勧請、閑情など同音異義語は多いのでそれぞれの意味もしっかりと押さえておきましょう。

二首目にある「望郷台」は、昔、中国で辺境の地などに流落した人が、故郷の方を眺望するために登った高台のこと。以前、漢詩シリーズで取り上げた王勃の「蜀中九日」(2009年9月9日付記事ここ)に「九月九日望郷台、他席他郷送客杯」がありました。

三首目にある「夜燈…」は、燈心の先の燃えカスが花のような形になるのを「燈花」といい、それを吉事の兆しととらえる俗信があった。いまなら四つ葉のクローヴァーか、茶柱が立つか?これは杜甫の「独酌成詩」に「燈花何太喜,酒緑正相親。酔裏従為客,詩成覚有神。兵戈猶在眼,儒術豈謀身。共被微官縛,低頭愧野人。」というのが見えます。

四首目の「渠が郷」とは「睡魔の郷、すなわち眠り」。「拖」は配当外で「拕」の異体字。「ひく、ひっぱる、ずるずるとひく」。「拕欠」(タケツ)は借金の返済期日をずるずるとのばすこと、「拕紫」(タシ)は、紫の印綬をひいて高い位に出世すること。

五首目の「皤」(ハ)は配当外。白い部分が広がったさま、また、老人の髪が白いさま。「皤皤」(ハハ)=「番番」(ハハ)、「皤然」(ハゼン=皤如ハジョ)は老人の髪が白いこと。「八年識らず」ということから、如亭が品川宿を訪れるのは8年ぶりであります。「靚粧」(セイショウ)とは美しき化粧した女、ここでは妓女。「靚」は「めかす、まみえる」。配当外漢字。「靚妝」(セイショウ・セイソウ)=「靚装」(セイショウ・セイソウ)=「靚飾」(セイショク)ともいう。解説によりますと、「品川の宿には飯盛女の名目で遊女を置くことが許されていたため、江戸の岡場所として栄え、土蔵相模など有名な妓楼もあった」といいます。品川宿全体で千人を超える遊女がいたとされます。

六首目にある「玉山の頽れざるは無し」というのは、人の酒に酔って倒れるさまをいいます。「世説新語・容止」に「嵆叔夜之為人也、巌巌若孤松之独立、其酔也、傀俄若玉山之将崩」という故事があるのに基づきます。この中で「嵆叔夜」(ケイシュクヤ)とは竹林の七賢の一人、嵆康(ケイコウ)のこと。「人柄は気高くて、恰も一本の松が高く厳頭に独立するようで、又、酒に酔うて傾ける姿は偉大で、玉山が丁度、頽れるようだ」というのです。彼は、奇才奇智に富み、風采容儀は優れ、よく琴を弾じ詩を詠じて自ら楽しみ、山沢の遊びを好むとともに、広く書史を覧て萬事に兼ね備え通じていた。同格で交際する人物は阮籍と山涛だけで、末席に連なり交際したのは、向秀、劉伶、阮咸、王戎の四人だったといいます。

嵆康の故事を持ち出して、「玉山」ということから「雪をいただいた山」が寓意され、如亭は「こんなに大盛り上がりなのにわたしの身も心も冷たくなっているのを不思議に思わないでおくれや。だってあの雪降る箱根の関を越えてきたばかりなのだからね」と歓楽街の雰囲気にちょっとばかり馴染めない自分を詼けて表現しているのです。もう年だからねぇ~、さすがの如亭もいつまでも色事ってわけにもいかんよねぇ~。いささか気遅れ気味の如亭でした。

難関の「箱関」を越せるか?音読みで読めるか?=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは二首。

まず最初は「駿の地暖かにして一冬多くは雪を見ず。甲戌の帰途、桑氏の鉄蕉院に在り。十一月十二日暁雪降る。歩して前村に到る。漸く已に1)ショウジンす。2)チョウゼンとして帰る」。いささか長い題の詩です。この中の「桑氏の鉄蕉院」というのは駿河・島田の桑原弼導の書斎。「甲戌」は「きのえいぬ」。

暁窓3)イッキョウす 花の樹に在るに
登山 屐を着けて試みに寓を出づ
日昇り風軽うして花早く銷す
チョウゼン帰り来つて4)ショウグを置く
5)セイケイ已に目に飽くこと能はず
暫時の幽賞 心何ぞ足らん
此の地従来 雪の飛ぶこと少し
此の游知る 是れ復た続き難きを
忽ち憶ふ 前路 ア)箱関の寒きを
豆相分頭 玉巑岏
櫧木 莢 獼猴倒  (関前の三坂、最も6)ケンシュンと為す)
免れざらん 凍を忍び杖を駐めて看るを



1)「ショウジン」

=銷尽。融け尽くすこと。「銷」は「け・す」「と・かす」と訓む。消尽でもOKですが焼尽は微妙ですがやはりアウトでしょう。「雪」のお話ですから、同音異義語の樵人、精進、小人ではないのは明らかですね。

2)「チョウゼン」

=悵然。これは平易。失意を表わすので超然、佻然、帖然、輒然ではアウト。いわんや兆膳は論外。「悵」は「うら・む」「いた・む」と訓む。「悵悵」「悵恨」「惆悵」「悵望」などを押さえておきましょう。

3)「イッキョウ」

=一驚。おどろくさま、めをみはるさま。簡単な漢字ですが浮かびますか?一匡、一興などもありますが意味を考えましょう。

4)「ショウグ」

=勝具。以前登場した「済勝之具」(セイショウノグ)の省略形。景勝地を渡り歩くための道具、すなわち健脚のこと。「セイショウノグ」ですら馴染みがないのに「ショウグ」で浮かべというのは“無理筋”かもしれませんが「済勝之具」は絶対に覚えておきましょう。故事成語問題で出ますよ、屹度。

5)「セイケイ」

=清景。きよらかな風景・景色。「絶景」「佳景」とほぼ同義でしょう。

6)「ケンシュン」

=険峻。嶮峻でもOK。山が高く、けわしいさま。これも基本ですが、第10句にある同じ意味の「巑岏」(サンガン)は難しい。当然ながら「」も「」も配当外です。いずれも「山が高くそびえたつ」の意で「ごつごつした山」。

ア)「箱関」

=ソウカン。箱根の関所のこと。「箱」の音読みが珍しいので問題にしてみました。ま、縦令知らなくとも「相」が音符だと分かれば、「ソウ」とは読めると思いますがね。「箱筥」(ソウキョ)=「箱篋」(ソウキョウ)=「箱匣」(ソウコウ)はいずれも「はこ」。「箱筥」は「円形の箱」、「箱篋」は「長方形の箱」、「箱匣」は「小さい箱」。

雪が降ることの少ない駿河の地で降雪に遭い驚きの如亭ですが、「もうまもなくあの箱根の関を越えねばならぬのか」と身の引き締まる思いを募らせています。「豆相分頭」(ズソウブントウ)=伊豆国と相模国との境界、「玉巑岏」(ギョクサンガン)=雪に覆われて白くなった嶮しい山々、「木」(ショボク)=樫の木、「莢」(ソウキョウ)=さいかち、「猴倒」(ビコウトウ)=サルスベリ、はいずれも箱根を想起するもの。最後の三つは注書きに有るように箱根の関の西側にある坂の名前。

箱根の関は如亭の「眼前」にまだないものの「心眼」にははっきりと映っているのです。やはり江戸時代の旅人にとって箱根の関を越えるのはプレッシャーだったようです。おそらくこれまでも何度か越えており、その辛さが身にしみているのでしょう。しかも寒い冬となると尚更だ。坂の名称については大田南畝の改元紀行(享和元年=1801)に「角(さいかち)坂、かしの木坂、猿すべり、てうしの口など、さがしきにさがしきをかさねて、やゝ平かなる老が平といふ所にいたる」という記述がみえます。

続いて「二十八日又た雪ふる」。

7)リントウの暁雪 客関を開く
気暖かにして留め難し 頃刻の間
天は貧生を待つこと薄からずと雖も
地は吟料に于いて全くイ)しむに似たり
暫時の花様 夢中の夢
千里の屐痕 山外の山
首を回らせば 去冬此を衝きて去り
岐蘇道上 飽くまで艱を嘗む


7)「リントウ」

=林塘。林や池のこと。臨潼は別の意味。「塘」は「つつみ」。

イ)「慳しむ」

=お・しむ。惜しむ。ほかに「吝しむ」「嗇しむ」「悋しむ」「愛しむ」「穡しむ」「閔しむ」などがあります。音読みは「ケン」。「慳貪」(ケンドン)、「慳吝」「慳悋」(以上ケンリン)=「慳惜」(ケンジャク)=「慳嗇」(ケンショク)=しみったれ、けち、ものおしみすること。

煩わしいジンケン蹂躙?嫌ならカショの国で遊ぼうよ=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは三首プラス白居易のやや長い詩を一首掲載いたします。

まずは「石雲嶺、睡癖有り。新たに小室を構へて以て1)エンソクの所と為す」。

石雲嶺という人物は既出ですが、すぐにどこでも眠ってしまう「睡癖」を持っていたらしい。鼾声も激しかったようです。

2)ジンケン 嫌ふ 俗と同じうするを
小室の経営 只だ数弓
此より世人面を見難し
3)カショ隔てて一林の東に在り


1)「エンソク」

=偃息。横になって休息すること。厭足、圜則、堰塞、奄息、遠足ではありません。

2)「ジンケン」

=塵喧。俗世間の騒がしさ。塵涓(非常に小さいものの譬え)、人権、訊検、人絹ではない。「喧」は「さわがしい、かまびすしい、やかましい」。「喧囂」(ケンゴウ)、「喧啾」(ケンシュウ)、「喧聒」(ケンカツ)、「喧騰」(ケントウ=大評判)、「喧呶」(ケンドウ=絶叫)、「喧卑」(ケンピ=騒がしくて下品)。

3)「カショ」

=華胥。もとは中国古代伝説上の皇帝伏氏の母親の名だが、列子の黄帝篇の故事から、理想的な安楽平和な世界、転じて夢の世界をいう。「華胥の国」は故事成語問題で頻出。

「数弓」は面積の狭いことをいう。「弓」は土地の長短を計る長さの単位です。一弓は、一歩の長さで、六尺のこと(例えば、周代の一尺は22・5センチ、一説には五尺ともいい時代によって諸説ある)。

続いて「途中、寛斎先生の長崎の幕中より帰るを迎へ奉る」。

寛斎先生とは市河寛斎。長崎奉行牧野成傑に随行して長崎に遊んだ寛斎は、文化十一年(1814)九月二十二日、長崎を発って帰路に就き、十月末ごろ駿河島田辺りで如亭と邂逅した。「幕中」というのは役所の中で、ここは長崎奉行所を指す。

燕去り雁来るも 従ふに処無し
偶然今日 路に相逢ふ
君が身には本と4)チョウリョウの屋有り
笑ふ 我が5)ロヘンに独り踪を寄するを



4)「チョウリョウ」

=彫梁。「彫梁の屋」で、美しく装飾された建物のこと。言い換えれば、立派な屋敷を指す。跳梁、長鬣、跳踉、雕竜、兆両なども同音異義語で押さえておきましょう。「談天雕竜」(ダンテンチョウリョウ)、「跳梁跋扈」(チョウリョウバッコ)もついでに…。

5)「ロヘン」

=蘆辺。あしの生えている岸辺。「踪を寄する」は身を寄せるの意。寛斎先生は元来、立派なお屋敷をお持ちの方なのに、たまたま私のような根なし草の住まいに身を寄せられた。有り難いことと同時に嬉しくも可笑しくもあります。ツバメが南へ去り、カリが北から渡ってくるというこの冬の季節に、お寒いことですなぁ。炉辺、路辺は浮かべないように。



最後は「庭松」。

庭に生えている松のことです。

多く6)ショセイを助けて曲欄を護す
中庭長く免る 7)フキンの残
言ふを休めよ 只だ人の8)リカに寄ると
ア)や勝れり 氷霜㵎底の寒きに



6)「ショセイ」

=書声。書物を読む声ですが、書生や処世くらいしか浮かばんですよね。

7)「フキン」

=斧斤。斧で伐られたり傷つけられたりすること。付近、布巾、布衾ではない。

8)「リカ」

=籬下。まがきの下。梨花、俚歌、李下、罹禍、驪歌、理科と区別できるようにしましょう。籬下には通常、菊の花が満開です。

ア)「較や」

=やや。表外訓み。稍、漸と同じです。「較」は「くら・べる」とも訓む。

「曲欄」は曲折した欄干のこと。ここでは書斎の欄干。白居易の「題岳陽楼」に「岳陽城下水漫漫,独上危楼憑曲欄。春岸緑時連夢沢,夕波紅処近長安。猿攀樹立啼何苦,雁点湖飛渡亦難。此地唯堪書画障,華堂張与貴人看。」がある。

第三句は陶淵明の「飲酒」と「帰去来兮辞」を踏まえ諧謔性を出しています。すなわち、「飲酒」の「采菊東籬下」、「帰去来兮辞」の「撫孤松而盤桓」。人が兎角東籬の下の菊ばかりに寄って行き、松には注意を払わないなどと言わないでねという意。逆に言えば、もっと松も愛でてほしいよねということです。

「氷霜㵎底」は、氷や霜のある谷底。「文選・左思・詠史」に「鬱鬱㵎底松」があるのを踏まえ、庭の松はそれよりもましだという意。

ちなみにですが、白居易の詩に「庭松」と題する五言古詩があります。じっくり味わってみてください。

堂下何所有?
十松当我階。
乱立無行次,高下亦不斉。
高者三丈長,下者十尺低。
有如野生物,不知何人裁。
接以青瓦屋,承之白沙台。
朝昏有風月,燥湿無塵泥。
疏韻秋槭槭,涼陰夏淒淒。
春深微雨夕,満葉珠蓑蓑。
歲暮大雪天,圧枝玉皚皚。
四時各有趣,万木非其儕。
去年買此宅,多為人所咳。
一家二十口,移転就松来。
移来有何得,但得煩襟開。
即此是益友,豈必交賢才?
顧我猶俗士,冠帯走塵埃。
未称為松主,時時一愧懐。

「鱸魚」を「魯魚」と書き誤るな!=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは三首を取り上げます。


まずは「中秋豊水に舟を泛ぶ」の二首。

中秋は陰暦八月十五日。豊水は三河吉田(現在の愛知県豊橋市)の域下を流れる豊川。江戸への旅途中で滞在して、風流な船遊びに興じた如亭です。そして、本来は懐郷の念に駆られ、帰郷を急がせるはずの魚を食べるために、かえって旅先で淹留するという“逆手”に取った行動に出るのです。

豊水橋西 薄暮の天
間に登る 三五月明の船
秋風 1)シキの夢を作さず
且く2)ロギョの為に半年を捨つ

詩酒何ぞ妨げん 3)キュウリュウを作すを
又た4)カキョウを追ひて軽舟に在り
金虀玉膾 玻瓈の月
併せて中秋一夜の遊に供す


1)「シキ」

=思帰。故郷に帰りたいという思い。四機、士気、史記、指揮、刺譏、指麾、瓷器、私諱、蓍亀、四季ではないですが、「シキ」の同音異義語は多いですね。

2)「ロギョ」

=鱸魚。スズキのこと。とりあえず「魯魚」と書き誤らないことに留意しましょう。


3)「キュウリュウ」

=久留。長期滞在のことをいう。急流、穹窿、九竜などでは意味が通らない。

4)「カキョウ」

=佳興。風流な情趣。佳境や花筐ではないので念のため。王維の「崔濮陽兄季重前山興(山西去亦対維門)」に「秋色有佳興,況君池上閑。悠悠西林下,自識門前山。千裏横黛色,数峰出雲間。嵯峨対秦国,合沓蔵荊関。残雨斜日照,夕嵐飛鳥還。故人今尚爾,嘆息此頹顔。」がある。

5)「ギョクカイ」

=玉膾。なますを美化した表現。今風に言えば、「超美味」な魚のなます。その前の「金」(キンセイ)は、超美味な野菜の和え物。「齏」「韲」なら1級配当ですが、草冠がついた配当外の「」も「あえもの」。唐代の馮贄(フウサン)が著した「雲仙雑記」という書物に「呉都献松江鱸魚、煬帝曰、所謂金虀玉膾、東南佳味也」とあるのを踏まえている。

このあとの「玻」(ハリ)は水晶のこと。月を美称する表現です。黄庭堅の「太平寺慈氏閣」という詩に「青玻瓈盆插千岑,湘江水清無古今。何処拭目窮表裏,太平飛閣暫登臨。朝陽不聞蓋下,愚溪但見古木陰。誰与洗滌懐古恨,坐有佳客非孤斟。」というのがあります。


その前の「三五月」は十五夜のこと。白居易の「効陶潜体詩十六首」の七首目の「臨觴忽不飲,憶我平生歓。我有同心人,邈邈崔与銭。我有忘形友,迢迢李与元。或飛青雲上,或落江湖間。与我不相見,於今四五年。我無縮地術,君非馭風仙。安得明月下,四人来晤言。良夜信難得,佳期杳無縁。明月又不駐,漸下西南天。豈無他時会,惜此清景前。中秋三五夜、明月在前軒」の最後の一節を踏まえている表現です。


最初の一首は晋代の張翰(チョウカン)の故事に由来するのはお分かりですよね。四字熟語で言えば「蓴羹鱸膾」(ジュンコウロカイ)。秋風が立つと、故郷の呉の菰菜(コサイ)、蓴羹(ジュンサイのあつもの)、鱸魚膾(スズキのなます)のことが思い起こされ、食べたくて食べたくていても立っても居られなくなった張翰が役人生活を抛擲して帰郷したのです。そんな張翰を“見習って”、如亭は鱸を食べるために半年間もこの豊橋に滞在しました。「半年を捨てる」というのは「この半年を鱸のために費やした」という面白い表現です。

「軽舟」(ケイシュウ)は軽快な小舟。二首目の最後の一句は黄庭堅の「鄂州南楼書事」の「四顧山光接水光,憑欄十裏芰荷香。清風明月無人管,並作南楼一味涼。」を踏まえています。



続いて「大庭国馥が小軒」。

大庭国馥というのは遠州掛川(現在の静岡県掛川市)の商人。国馥は字、名は延香、通称は大助、号は松風。国学を学び、内山真竜と親交した人です。知らんよね。

知ると知らざると6)オウカンに従す
柴門設くること雖も未だ曾てア)さず
此中相得て長く相対するは
只だ軒前の小笠山有るのみ


6)「オウカン」

=往還。行き来すること。常用漢字系です。2級試験で出てもいいですが、1級でもいいでしょ。王翰、皇侃、王冠と区別できる力を求めています。

ア)「関さず」

=とざ・さず。「関す」には「とざ・す」という特別なる表外訓みがあるので要注意。閉すこと。

「従す」は「まか・す」と特別な表外訓み。

最後の一句は李白の有名な「独坐敬亭山」の「眾鳥高飛尽,孤雲独去閑。相看両不厭,隻有敬亭山。」を意識した表現。


この国馥という人物は来るもの拒まず、いろんな人と交流したようですね。第一句がそれを寓意しています。それでも眼前に聳える小笠山なる山は我関せず。人間界の雑事に関わらず悠然と変わらぬ姿を見せ続けているのです。いわば千客万来、応対するのはこの小笠山のみ。標高は260メートル余りとそれほど高くはない山ですが、人を寄せ付けない森厳さが感じられたのでしょう。

こらっ、お子ちゃま!!「塗抹詩書」はいかんぜよ=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは、「亀研古が子を得るを賀す」など四首をご紹介します。

「亀研古が子を得るを賀す」。亀研古というのは、三河吉田(現在の愛知県豊橋市)の人。亀は修姓、研古は号。姓は未詳で名は遜、字は脩来。海内才子詩に詩一首を収める。その亀研古に男の子が誕生。如亭がお祝いの言葉を詩にして寄せています。第二句の「老夫」は如亭自身を指しています。

昨夜1)ケイモン 神 筆を授く
今朝早く老夫に報じて聴かしむ
是れ書種の子 2)ヨウブツに非ず
道ふを休めよ 国家一丁を添ふると


1)「ケイモン」

=閨門。婦女、ここでは亀研古の妻のこと。「閨」は「ねや」とも訓み、女性の部屋を意味する。「ねやの門」ということでそこに住む女性、奥方を寓意する。「閨房」(ケイボウ)、「閨閤」(ケイコウ)、「閨」(ケイコン)、「閨」(ケイイ)、「閨」(ケイタツ)ともいう。後ろ三つの二文字目はいずれも配当外で「閨」と同義。できれば覚えて。

2)「ヨウブツ」

=庸物。平凡な人間のこと。「庸人」(ヨウジン)、「庸器」(ヨウキ)、「庸才」(ヨウサイ)ともいう。「庸」は「つね」という表外訓みがあるので要注意。「凡」の意味です。「凡庸」があります。「庸~」の熟語では、「庸医」(ヨウイ=藪医者)、「庸弱」(ヨウジャク=取り柄がない意気地なし)、「庸主」(ヨウシュ)=「庸君」(ヨウクン=凡庸な主君)、「庸夫愚婦」(ヨウフグフ=匹夫匹婦)、「庸劣」(ヨウレツ)=庸愚。

ここは、その前に「書種の子」とあり、「読書家である研古の子供」だから凡人であるはずがないと最大級の賛辞を贈っているのです。最後の句では「一丁」(イッテイ=公役賦課の対象となる男子)といい、国を底辺で支える単なる課税対象の男子が生まれたと見るのは禁物ですぞ。これまた男の子が生まれた家には「お約束の賛辞攻め」。いわゆる褒め殺しと言ってもいいかもしれません。どうなるか化ける前に生まれたてだからこそどうとでも言える無責任な褒め言葉…といったら言い過ぎでしょうか。第一句の「神筆を授く」も「神様が文筆に長じた子供をお授けになった」と言っている。ところで、如亭は「神」という言葉が好きで頻出しますが、「仏」ではなく神道に縋っていたのでしょうか?あまり仏教臭い話は出てきませんね。

続いて「夏夜、文平に寄懐す」。

文平は河南文平(1785~1847)。三河国田原(現在の愛知県渥美郡田原町)の人で、詩を如亭に学び、文化十年には詩集の寒林刪余を刊行。また篆刻も能くし宝象庵印譜を編んだ。文平の草庵を訪れた如亭は、月夜に詩興が誘われたのでしょう。

中庭手づから掃きて浄くして埃無し
詩人を引き得て3)セキタイに坐せしむ
庵門を把りて月裏に開くこと莫かれ
涼を追ひて俗客も亦た能く来らん


3)「セキタイ」

=石苔。石を覆って生えている苔のこと。石黛という言葉が浮かぶかもしれませんが、これは女性が眉を書くための石墨のことです。中庭に在る「坐す」ことのできるものですから…。

第三、第四句では、月明かりが中庭を照らしている石苔の上に座っている如亭が、「誰もこの庭に入れてはなりませんぞ。風流を解せず宴会を始めてしまう輩も交じってしまいますから」などと主人を戒めているのでしょう。夕涼み、宴会、そうした俗世間の営みを排したい気分に駆られたのか。夏の夜の静寂な空気が感じられるいい詩です。

最後は「画に題す」の二首。

偶然の4)トマツ是れ天真
5)ギンエイの余間 筆に神有り
世上方今 題品の者
誰か言ふ 画は詩人に属せずと

都を出でて一杖遠く相随ふ
路上の6)オウコウ 眼に入る時
怪しむこと莫かれ 帰人7)タントウの重きを
満装の金玉尽く新詩


4)「トマツ」

=塗抹。墨や絵の具を塗り付けること。四字熟語に「塗抹詩書」(トマツシショ)というのがあるのを思い出しました。漢検2級配当と常用系なのですが、「幼児のいたずら、幼児」というちょっと変わった意味。お子ちゃまは詩経や書経もお構いなしに塗りつぶして遊んでしまうことから。出典である盧仝の「示添丁」という詩を白文、旧字体のままで掲げておきます。

「春風苦不仁,呼逐馬蹄行人家。慚愧瘴氣卻憐我,入我憔悴骨中為生涯。數日不食強強行,何忍索我抱看滿樹花。不知四體正困憊,泥人啼哭聲呀呀。忽來案上翻墨汁,塗抹詩書如老鴉。父憐母惜摑不得,卻生癡笑令人嗟。宿舂連曉不成米,日高始進一碗茶。氣力龍鐘頭欲白,憑仗添丁莫惱爺。」

添丁とは盧仝の息子。腕白盛りでやりたい放題。疲れ切った盧仝がぼやくことしきりの詩です。「塗鴉」(トア)で「落書き」の意味もあるといいます。

5)「ギンエイ」

=吟咏。「咏」は「詠」の異体字ですので「吟詠」でも正解(平仄は知りませんよ)。漢詩や和歌を節をつけてうたうこと。漢詩や和歌を作ること。

6)「オウコウ」

=秧光。稲穂が秋の日の光に照り映える光景。やや難問です。泓宏、横行、王侯、鴨黄、往航ではないです。


7)「タントウ」

=担頭。振り分け荷物のこと。二つの行李を紐で結んで旅人が担ぐイメージ。でも、その中身はできたての新しい詩がいっぱいに詰まっているのです。以前取り上げた「奚嚢」ですね。担当、貪叨、短答、短刀ではありません。

「筆に神有り」というのは、生動して神韻があるさまをいう。杜甫の「奉贈韋左丞丈二十二韵」に「紈袴不餓死,儒冠多誤身。丈人試靜聽,賤子請具陳。甫昔少年日,早充觀國賓。讀書破萬卷,下筆如有神。賦料揚雄敵,詩看子建親。李邕求識面,王翰願蔔鄰。…」があるのを踏まえている。

「天真」とは、天から与えられた純粋な性質。また、自然のままで飾り気のないこと。

「題品」は品定め。

第一首では、「詩人には画は描けないというのは間違っている。おれはこんなにも生き生きとした筆遣いで絵を描けるのだ。詩だけじゃないぜ。詩の合間にちゃっちゃとね」。自信たっぷりの画師・柏木如亭ですね。ところが第二首では京都から江戸に向かうその合間に実りの秋の風景をみてたっぷりと詩ができたのでしょう。「この重い荷物の中身は何かって?そりゃあ、金銀財宝にも劣らない俺の魂、詩だよ。。。やっぱりおれは詩人なんだよ」。これまた自信満々。画も詩も相当自信があったのでしょうね。

「常山蛇勢」が不要の太平を詠じる如亭=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」からは、「雑興」の三首をご紹介します。

「雑興」というのは、感ずることがあって発し、事物に随って詠む詩の題のことです。これを含めて二十一首は、江戸に帰る途中に詠ったものだと如亭が注を付けています。文化十一年(1814)の作です。

無情の風雨 1)コウジンを悩ます
未だに新詩を了せざるに花已に塵す
路上 年年 春色を惜しむ
最も心事に関はる是れ今春

都を出でて湖上尚ほ残春
ア)かに途中に到れば暑已に新たなり
更に秋風に遇ふも応に亦た好かるべし
2)ジョウザン久しく欠く 程を計る人

詩を売り画をイ)ぐ 那ぞ廉を傷らん
衣飯悠悠 歳月添ふ
囊に3)ショウショの夜読に供する有り
愁へず 架の4)ガセンを挿む無きを


1)「コウジン」

=行人。道行く人、つまりは旅人を指します。公人、紅塵、黄塵、佼人、垢塵、巷塵、後塵、考訊、蛟人、香塵、鮫人など微妙な同音異義語が数多いです。

2)「ジョウザン」

=常山。「常山陣」の略。四字熟語では「常山蛇勢」(ジョウザンノダセイ)がある。出典は「孫子・九地」。中国常山にいた両頭の蛇の動きから考えられたという、首尾呼応して守る陣法のこと。前後左右どこにもすきや欠点のないことをいう。解説によると、如亭は「関ヶ原の戦いを意識していう」とあります。乗算、城山ではない。

漢詩では「常山蛇」で詠まれている。杜牧の「東兵長句十韻」という詩では、

上黨爭為天下脊,邯鄲四十萬秦坑。

狂童何者欲專地,聖主無私豈玩兵。

玄象森羅搖北落,詩人章句詠東征。

雄如馬武皆彈劍,少似終軍亦請纓。

屈指廟堂無失策,垂衣堯舜待升平。

羽林東下雷霆怒,楚甲南來組練明。

即墨龍文光照曜,常山蛇陣勢縱

落雕都尉萬人敵,矟將軍一鳥輕。

漸見長圍雲欲合,可憐窮壘帶猶縈。

凱歌應是新年唱,便逐春風浩浩聲。


十四句目に「常山蛇」とあります。

3)「ショウショ」

=鈔書。抜き書きした書物のこと。すこし難しい。「鈔」は「うつ・す」。「鈔写」(ショウシャ=てがた)、「鈔票」(ショウヒョウ=紙幣)。銷暑、哨所、捷書、象胥、証書、小暑ではない。「嚢」は如亭が好きな言葉で「旅の荷物を入れる袋」。

4)「ガセン」

=牙籤。象牙製の書籍の標題の札のこと。これも難しい。書籍の分類整理に用いる。如亭の多読ぶりがうかがえます。「籤」は通常、「くじ」ですが、ここでは「ふだ」の意。韓愈の「送諸葛覚往随州読書」に「鄴侯家多書,插架三万軸。一一懸牙簽,新若手未触。為人強記覧,過眼不再読。偉哉群聖文,磊落載其腹。…」がある。ここでは「牙簽」(ガセン)となっている。「題簽」(ダイセン)の「簽」(ふだ)。


ア)「纔かに」

=わず・かに。書けなくてもいいから訓めるように。「僅か」「寸か」「尺か」「毫か」「涓か」「片か」「臾か」「釐か」「銖か」「錙か」のいずれも「わずか」。

イ)「鬻ぐ」

=ひさ・ぐ。売ること。粥ぐ、販ぐも忘れずに。

第一首の転句にある「路上 年年 春色を惜しむ」というのは、老いに対する恐れというか、若いころの放蕩生活から枯れ始めた己の衰えを感じているのでしょうか。杜牧の「鬢糸茶烟の感」を思い出します。花が咲いているのに詩にできない辛さ。昔だったらノータイムだったのにどうしたことか?これが老いなのか?

第二首は琵琶湖から関ヶ原の辺りまでを詠う。解説によると、「この詩が関ヶ原あたりで詠まれたとすると、この一句、「人住まぬ不破の関屋の板庇荒れにし後はただ秋の風」(新古今集・雑・藤原良経)を意識するか。不破の関は、美濃国不破郡関ヶ原にあった古代の関所をいう」とある。四句の「程を計る人」は「陣地間の距離を計る人がいらなくなって長い時間が経過した、つまりは、戦乱の世が終わって太平の世が久しい」ということ。かつての天下分け目の戦いのあった古戦場跡に立ち少しおセンチになっている如亭です。

第三首は旅人の人生の儚さを哦う。「廉を傷らん」というのは「廉潔さを傷なう」。孟子「離婁下」に「可以取、可以無取、取傷廉」とあるのを踏まえている。「衣飯」は衣食、最近取り上げた「衣飯椀」と同一。詩を売って画を売って其の日暮らしの毎日。書物も抜き書きしたものだけ、本棚の牙籤もない。そんな生活だがそうして嘆くことがあるのか。それがおれの人生じゃないかい。一つ処に定住して居を構えるなんざ性に合ってやしないのさ。。。

いつまでも旅を続けると「ソウサイ」が貯まる?=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」は、「楼上雪霽る」のほか三首。

雪山晴るる処 1)キカンに坐す
一任す 楼高うして火の暖むることの難きに
詩身を凍了するも移ること肯んぜず
吟哦2)セイリ 闌干に倚る


1)「キカン」

=奇寒。甚だしい寒さ。恐らく「祁寒」でもOKでしょう。以前も取り上げましたが「奇」には「程度がはなはだしい」という意味がある。「奇妙な寒さ」ではない。規諫、貴翰、窺間、稈、輝煥、汽罐、愧汗、帰還ではない。案外同音異義語は多い。

2)「セイリ」

=声裏。ここでは「吟哦」、つまり詩を口ずさむ声がする中という意味。「裏」には「~の中、している間」という意味があります。整理、生理ではない。逆にこれは案外同音異義語がないですね。

「凍了」(トウリョウ)は「凍えさせてしまう」の意。「了」には「~してしまう」という完了の意味があります。やや珍しい言い方ではないでしょうか。

「闌干に倚る」は、物思いにふけるさまを表わすポピュラーな言い方です。これまでも何度も出てきました。「よる」はほかに、「寄る」「依る」「凭る」などがある。

次は「信を去る」。

信州を去る。弟のいた信濃の地を出発して京都に「帰る」のでしょう。

3)カジ 客を欺きて弓の如く臥さしむ
偏へに寒威を以て行を阻まんと欲す
誰か識らん 帰思 今箭に似たるを
4)キンシン 指を屈して山程を算ふ

暑服 寒衣 一囊を共にす
書巻を併せ将つて5)キソウと作す
客身 畢竟 雲と相似たり
一路悠悠 帝郷に向ふ


3)「カジ」

=化児。万物を創造する神の戯称。ちょっと難しい言葉ですね。「范成大の「立春大雪」に「化児任悪劇」があり、ここから採っているようです。家事、卦辞、瓜時、遐邇、鍛冶、加持ではありません。

4)「キンシン」

=衾心。上掛け布団をかぶった中で。「衾」も如亭の詩では頻出です。「心」はやや難しい言い方。「~の中」という意味の「裏」と通じるものがあるでしょうか。菌蕈、金簪、謹慎、近親などではありません。

5)「キソウ」

=帰装。帰り支度のこと。これも簡単すぎて難しい。徽宗、箕箒、綺窓、跂想、帰巣ではない。


「弓の如く臥さしむ」とは、あまりの寒さに弓がしなうように体を曲げざるを得ないということを言うのでしょう。

「一嚢」(イチノウ)は、旅人の身の回りの物を一つの袋にすべて入れていることを指す。夏服も冬服もというところがいかにも旅慣れている。

「箭」は「や=矢」。箭に似ているというのは、思いが切実であることのたとえ。

「帰思」は帰りたいと思う気持ち、「帰心」と同じ。

「山程」は山間の道のり。

「帝郷」は京都のこと。


最後は「守山駅に壁に題す」。

守山は中山道の宿場。いまの滋賀県守山市。

6)ソウサイ 何の時か算清することを得ん
7)カンナン定めて是れ前生に負ふならん
明朝始めて尽く 中山の道
猶ほ平安に到るは半日の程


6)「ソウサイ」

=走債。あくせく走り廻らねばならない借り。つまり、いつまでも旅の生活を続けねばならないことを、未清算の借金に見立てた言い方です。蚤歳、掃灑、掃洒、孀妻、痩妻、総裁、葬祭、相殺ではありません。

7)「カンナン」

=艱難。これは平易。四字熟語に「艱難辛苦」。折角ですから「艱」は「なや・む」の訓みがあることに留意しておきましょう。

中山道を通って京都まで半日の行程だというのです。あともう少し…。

「算清」は「清算」をひっくり返した言葉。おそらく「セイ」(清・生・程)と韻を踏むための“技巧”でしょうね。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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