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「首ジッケン」を謬るなよ…「税吏」も訓みきってね!〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑱

 芥川転載補遺シリーズの最終回です。長い間ありがとうございました。 【玄鶴山房】


 ●見越しの松(みこしのまつ)

 「殊に近頃は見越しの松に雪よけの縄がかかったり、玄関の前に敷いた枯れ松葉に藪柑子の実が赤らんだり、一層風流に見えるのだった。」

 →日本庭園で、塀際に植えて外から見えるようにした松。

 ●夜着(よぎ)

 「玄鶴は『離れ』に床をとり、横になっていない時には夜着の山によりかかっていた。」

 →夜寝るときにかけるふとんなど。よるのもの。「夜」の音読みは「ヤ」、音読みは「ヤ」ですが、これを読み分けるのは案外難しい。「夜気」は「ヤキ」、「夜長」は「よなが」は「音音」と「訓訓」でOK。しかし、「夜盗」は「よトウ」と湯桶読み(ヤトウもOKらしいが)、「夜半」は「よわ・ヤハン」と二つあり、「夜話」は「よばなし・ヤワ」、「夜伽」は「よとぎ」。

 ●文化竈(ブンカかまど)

 「小綺麗に片づいた茶の間は勿論、文化竈を据えた台所さえ舅や姑の居間よりも遥かに重吉には親しかった。」

 →この場合の「文化」 は、「(他の語の上に付いて)便利である、ハイカラ・モダンである、新式であるの意を表す語。」大正後半期から昭和初期にかけて、たちまち通俗化し、都市生活の成立を象徴する言葉として流行、例えば、「文化包丁」「文化竈」「文化御召」「文化住宅」「文化机」「文化束子」「文化丼」「文化饅頭」「文化煎餅」「文化豆」などの商品が次々に誕生した。「竈」は準1級配当で「ソウ」が音読み。「へっつい」とも訓む。「文化竈」は、煙突(換気扇的役割)がついた「ちょっとモダンな竈」と言っていいでしょう。

 ●欝ぐ(ふさぐ)

 「お鈴はいつになく欝ぎこんだまま、『そうだったわね』などと返事をしていた。」

 →心がむすぼれて晴れやかでない。気が詰まる。「雍ぐ」「塞ぐ」とも書く。準1級配当で「憂欝」の「欝」。

 ●費消(ヒショウ)

 「それから彼に一番親しい或年輩の骨董屋は先妻の娘に通じていた。それから或弁護士は供託金を費消していた。」

 →金銭や物品をつかい果たすこと。ついやしなくすこと。消費。

 

 

【手紙】


 ●手風琴(テフウキン)

 「この女は何も口を利かずに手風琴ばかり弾いています。」

 →アコーディオン。熟字訓訓みで「アコーディオン」。

 ●船底椅子(ふなぞこイス)

 「するとM子さんのお母さんが一人船底椅子に腰をおろし、東京の新聞を読んでいました。」

 →底が船底状に反りのある椅子。


 【貝殻】


 ●壮士役者(ソウシヤクシャ)

 「最後にも――あの男は最後には壮士役者になり白瀬中尉を当てこんだ「南極探険」と云う芝居へ出ることになった。」

 →壮士芝居の俳優。書生役者。壮士芝居とは、明治時代に自由民権思想を唱えた学生らが始めた素人芝居。1888年、大阪で旗揚げされた新演劇に川上音二郎一座が続き、一時隆盛を誇った。書生芝居とも言う。

 ●前こごみ(まえ屈み)

 「それは僕には何ともなかった。が、この男は前こごみになり、炭俵を肩へ上げながら、誰か人間にでも話しかけるように…」

 →「前かがみ」とも。体を前へ曲げてかがむこと。


 【古千屋】


 ●御幣(ゴヘイ)

 「殊に塙団右衛門直之は金の御幣の指し物に十文字の槍をふりかざし、槍の柄の折れるまで戦った後、樫井の町の中に打ち死した。」

 →幣束の尊敬語。神祭用具。白色または金銀、五色の紙を幣串に挟んだもの。おんべ。

 ●実検(ジッケン)

 「家康は本多佐渡守正純に命じ、直之の首を実検しようとした。」

 →あることの実否を検査すること。実情を吟味すること。


 【三つの窓】


 ●定まる(きまる)

 「彼の運命は遅かれ早かれ溺死するのに定まっていた。」

 →表外の訓読み。定まっていること。

 ●善行賞(ゼンコウショウ)

 「善行賞はお取り上げになっても仕かたはありません。」

 →よい行いをした人を表彰すること。そのまんまですね。


 【西方の人】


 ●荒金(あらがね)

 「バプテズマのヨハネはロマン主義を理解出来ないクリストだつた。彼の威厳は荒金のようにそこにかがやかに残っている。」

 →山から掘り出したままで精錬していない金属。砿、礦、粗金とも書く。

 ●喇叭(ラッパ)

 「我々はいつもクリストの中に我々の求めているものを、――我々を無限の道へ駆りやる喇叭の声を感じるであろう。」

 →金管楽器の総称。真鍮製で、一端に細い吹き口があり、もう一方の端が大きく開いている。ともに1級配当。「ラマ教」の「喇嘛」。


 【続西方の人】


 ●簡古(カンコ)

 「クリストの一生を伝えるのに何よりも簡古を重んじたマコは恐らく彼の伝記作者中、最もクリストを知っていたであろう。」

 →簡単で古色を帯びていること。

 ●斥ける(しりぞける)

 「しかし荘厳にも劬りの深いヨハネのクリストも斥けることは出来ない。」

 →表外の訓読み。人を押しのける。抗んで受け入れない。「しりぞける」はほかに、「闢ける」「鐫ける」「貶ける」「屏ける」「屛ける」「卻ける」「擯ける」「黜ける」「却ける」「逡ける」「蠖ける」「退ける」。

 ●《税吏》(みつぎとり)

 「クリストは一時代の社会的約束を蹂躙することを顧みなかつた。(売笑婦や税吏や癩病人はいつも彼の話し相手である。)」

 →熟字訓。徴税官僚。税務事務を扱う役人。

 ●譬喩(ヒユ)

 「或は『譬喩』と呼ばれている短篇小説の作者だったと共に、「新約全書」と呼ばれている小説的伝記の主人公だったのである。」

 →特徴がはっきりした他の似ているものを引き合いに出して説明する表現方法。たとえばなし。ともに1級配当で「譬」は「たと・える」が訓読み、「喩」は「たと・える」のほか「さと・す」も。「譬」の熟語は「譬喩」のみ。「喩」では「暗喩」(アンユ)、「直喩」(チョクユ)、「引喩」(インユ)、「隠喩」(インユ)、「喩告」(ユコク)、「喩説」(ユセツ)。


 ●遜る(ゆずる)

 「彼はローマの詩人たちにも遜らない第一流のジャーナリストだった。」

 →自分を差し置いて他人を先にする。自分が後へ下がる。準1級配当で「ソン」が音読み、訓読みでは「へりくだ・る」「のが・れる」がある。「謙遜」(ケンソン)、「遜譲」(ソンジョウ)、「遜色」(ソンショク)、「遜位」(ソンイ)、「遜辞」(ソンジ)。

 

【ある旧友へ送る手紙】


 ●大凡下(ダイボンゲ)

 「いや、みずから大凡下の一人としているものである。君はあの菩提樹の下に「エトナのエムペドクレス」を論じ合った二十年前を覚えているであろう。僕はあの時代にはみずから神にしたい一人だった。」

 →身分の低いものを罵って言う語。


 【闇中問答】


 ●口巧者(くちゴウシャ)

 「口巧者な横着ものめ!」

 →口先の上手なこと。また、その人。口器用。口上手。口利口。

 ●胎(タイ)

 「しかれ彼等を生んだ胎は、――大いなる民衆は滅びない。あらゆる芸術は形を変えても、必ずそのうちから生まれるであろう。」

 →母体の寓るところ。こぶくろ。子宮。


 【侏儒の言葉】


 ●泥団(デイダン)

 「しかし遠い宇宙の極、銀河のほとりに起っていることも、実はこの泥団の上に起っていることと変りはない。」

 →煩悩。現世の欲望。

 ●柱頭(チュウトウ)

 「わたしの信ずるところによれば、或は柱頭の苦行を喜び、或は火裏の殉教を愛した基督教の聖人たちは大抵マソヒズムに罹っていたらしい。」

 →柱の頭部。また、西洋建築で柱の頂上の特殊な刳り形で彫刻のある部分。

 ●一刀一拝(イットウイッパイ)

 「一刀一拝した古人の用意はこの無意識の境に対する畏怖を語ってはいないであろうか?」

 →仏像を刻むたびに礼拝すること。普通は「一刀三拝」「一刀三礼」という。

 ●好個(コウコ)

 「同時に又実際には存しない彼等の優越を樹立する、好個の台石を見出すのである。」

 →ちょうどよいこと。適当なこと。

 ●声誉(セイヨ)

 「のみならず後年声誉を博し、大いに父母の名を顕わしたりするのは好都合の上にも好都合である。」

 →よい評判。ほまれ。名声。

 ●排泄(ハイセツ)

 「この故に万人に共通する悲劇は排泄作用を行うことである。」

 →生物が老廃物や栄養を取ったり残りかすなどの、不用または有害な物質を体外に出すこと。対義語は「摂取」。「泄」は1級配当で「エイ」「も・れる」とも。「泄漏」(セツロウ)、「漏泄」(ロウセツ)、「泄泄」(エイエイ)。

 ●甘露味(カンロミ)

 「――あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。」

 →中国古来の伝説で、王者が仁政を行えば、天がその祥瑞として降らすという甘味の液。転じて、美味。

 ●罵殺(バサツ)

 「我我は神を罵殺する無数の理由を発見している。が、不幸にも日本人は罵殺するのに価いするほど、全能の神を信じていない。」

 →ひどくののしり、けなすこと。罵倒。

 ●〔顰みに傚う〕(ひそみにならう)

 「ああ言う芸術家の顰みに傚えば、わたしも亦一鑵六十銭の蟹の鑵詰めを自慢しなければならぬ。」

 →事の善し悪しを考えないで人真似をすることのたとえ。転じて、自分も他人にならっ同じ行動をとることを謙遜して言う言い方。「西施の顰みに傚う」「顰に倣う」などともいう。

 ●坐ろに(そぞろに)

 「それを特筆するムアアを思うと、坐ろに東西の差を感ぜざるを得ない。」

 →わけもなく。なんとなく。準1級配当で「ザ」「すわ・る」「いなが・ら」「いま・す」「ましま・す」。「坐臥」(ザガ)、「坐骨」(ザコツ)、「坐作」(ザサ)、「坐視」(ザシ)、「安坐」(アンザ)、「円坐」(エンザ)、「対坐」(タイザ)、「宴坐」(エンザ)、「連坐」(レンザ)「坐礁」(ザショウ)、「坐洲」(ザス)、「坐忘」(ザボウ)。

 ●暗澹(アンタン)

 「革命に革命を重ねたとしても、我我人間の生活は『選ばれたる少数』を除きさえすれば、いつも暗澹としている筈である。」

 →将来の見通しが立たず絶望的なさま。「澹」は1級配当で「あわ・い」が訓読み。「澹然」(タンゼン)、「澹薄」(タンパク)、「澹月」(タンゲツ)、「澹乎」(タンコ)、「澹澹」(タンタン)、「澄澹」(チョウタン)、「恬澹」(テンタン)。

 (完)


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加答児、飛白…やっぱり熟字訓〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑰

 芥川転載補遺シリーズの第17回です。残りはあと1回。本日中の更新なるか?

 【死後】


 ●罎(びん)

 「こう言う僕の枕もとにはいつも読書用の電燈だのアダリン錠の罎だのが並んでいる。」

 →「壜」(1級配当)の異体字。細長いガラスの容器。音読みは「ドン」と素直に。

 ●《乾皮》る(ひぞる)

 「妻のいまわりはそのために乾皮った竹の皮だらけだった。」

 →かわいて反り返る。「皮反る」とも書く。

 ●草摺り(くさずり)

 「しかし膝の上にのせた鎧はまだ草摺りが一枚と胴としか出来上っていなかった。」

 →鎧の胴の下に垂れて太腿部を庇護するもの。五段の板から成り、大鎧は前、後、左脇に三枚、右方脇楯に一枚を垂れる。近世は下散(げさん)という。

 ●《注連》飾り(しめかざり)

 「僕等は終点で電車を下り、注連飾りの店など出来た町を雑司ヶ谷の墓地へ歩いて行った。」

 →熟字訓。《注連》縄とも。正月などに、門や神棚にしめなわを張って飾ること。また、その飾ったもの。七五三縄も覚えておきましょう。


 【年末の一日】


 ●古び(ふるび)

 「お墓はこの前に見た時よりもずっと古びを加えていた。」

 →ふるびていること。また、そのさま。古色。

 

【カルメン】


 ●《露台》(バルコニー)

 「ある蒸し暑い雨もよいの夜、舞台監督のT君は、帝劇の露台に佇みながら、炭酸水のコップを片手に詩人のダンチェンコと話していた。」

 →屋根のない台。テラスとも。

 ●扮する(フンする)

 「僕はカルメンに扮するはずのイイナ・ブルスカアヤに夢中になっていた。イイナは目の大きい、小鼻の張った、肉感の強い女である。」

 →他人の身なりをする。特に、俳優が劇中の人物のある姿となること。準1級配当で「ハン」とも。「扮飾」(フンショク)、「扮装」(フンソウ)。


 【春の夜】


 ●利かぬ気(きかぬき)

 「これは近頃Nさんと云う看護婦に聞いた話である。Nさんは中々利かぬ気らしい。いつも乾いた唇のかげに鋭い犬歯の見える人である。」

 →人に譲ったり、負けたりするのをきらう気質。勝気。きかんき。

 ●《加答児》(カタル)

 「僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の二階に大腸加答児を起して横になっていた。」

 →粘膜が細菌などによって赤く爛れて多量の粘液を分泌する症状。大腸加答児。オランダ語からきている。

 ●つけつけ

 「女隠居は離れへ来る度に(清太郎は離れに床に就いていた。)いつもつけつけと口小言を言った。」

 →無遠慮に突っかかるようにものを言うさま。ずけずけ。

 ●《飛白》(かすり)

 「五分刈りに刈った頭でも、紺飛白らしい着物でも、ほとんど清太郎とそっくりである。」

 →ところどころかすったように文様を織り出した織物または染文様。文様を織り出したのを織り絣、模様を染め出したのを染め絣という。熟字訓以外に「かすり」は「絣」と「綛」「纃」があり、後の二つは1級配当の国字。必須漢字です。

 ●濡れ縁(ぬれえん)

 「五分ばかりたった後、Nさんはまた濡れ縁をまわり、離れへ氷嚢を運んで行った。」

 →雨戸の敷居の外側につけた縁側。


 【悠々荘】


 ●鵯(ひよどり)

 「小みちにはどこにも人かげはなかった。ただ時々松の梢に鵯の声のするだけだった。」

 →スズメ目ヒヨドリ科の鳥。大きさは鶇くらい。大部分は青灰色で、頭の羽毛は柳葉状に立ち、耳羽は栗色。山地の樹林に繁殖し、秋に群れを成して人里に移る。波状に飛ぶ。泣き声は「ひいよひいよ」とやかましい。日本に広く分布する。ヒヨ。1級配当漢字で「ヒ、ヒツ」が音読み。


 【彼】


 ●暇どる(ひまどる)

 「彼の妹の縁づいた先は存外見つけるのに暇どらなかった。」

 →手間取る。時間がかかる。「隙どる」とも書く。

 ●建仁寺垣(ケンニンジがき)

 「彼はただ道に沿うた建仁寺垣に指を触れながら、こんなことを僕に言っただけだった。」

 →竹垣の一種。四つ割竹を皮を外にして平たく並べ、竹の押縁(おしぶち)を横に取り付けて縄で結んだ垣。京都五山の一つ、建仁寺で初めて作られたという。

「ツウタン」?痛いわ~、悲しいわ~…「馬の脚」〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑯

 芥川転載補遺シリーズ第16回は、本日2回目の更新。羸れたぁ~。

 「馬の脚」はSFパロディー小説。ストレートに面白いですよ。

 【伝吉の敵打ち】


 ●頒つ(わかつ)

 「なおまた伝吉の墓のある笹山村の慈照寺(浄土宗)は「孝子伝吉物語」と云う木版の小冊子を頒っている。」

 →全体をいくつかに割って、大勢にわけ与える。2級配当の表外訓読み。「ハン」が音読みで「頒布」(ハンプ)、「頒価」(ハンカ)、「頒行」(ハンコウ)、「頒白」(ハンパク)。

 ●手だれ(てだれ)

 「平四郎さすがに手だれなりければ、思うままに伝三を疲らせつつ、打ちかくる鍬を引きはずすよと見る間に、伝三の肩さきへ一太刀浴びせ、……」

 →「手熟れ」「手足れ」とも書く。熟練していて伎芸などに優れること。また、其の人。てきき。てだり。

 

【報恩記】


 ●堪える(こらえる)

 「しかし老女は今更のように、こみ上げる涙を堪えるように、消え入りそうな返事をしました。」

 →我慢する。たえしのぶ。感情を抑え、外からは分からないようにする。表外の訓読み。「濡える」「怺える」も「こらえる」。

 ●荘厳(ショウゴン)

 「いや、悪事ばかり働いたわたしは、「はらいそ」(天国)の荘厳を拝する代りに、恐しい「いんへるの」(地獄)の猛火の底へ、逆落しになるかも知れません。」

 →仏像、仏堂を天蓋、幢幡、瓔珞その他の仏具、法具などで飾ること。また、その飾り。「ソウゴン」と読めば、ふつうは「重々しく立派なこと」。

 ●縋る(すがる)

 「甚内は一声叱ったまま、元の通り歩いて行きそうにします。わたしはほとんど気違いのように法衣の裾へ縋りつきました。」

 →助けを求める。頼りとする。1級配当で「ツイ」が音読み。

 ●返報(ヘンポウ)

 「――このくらい愉快な返報はありません。わたしがその夜嬉しさの余り、笑い続けたのも当然です。」

 →恨みに対して報いること。仕返し。


 【馬の脚】


 ●一段落(イチダンラク)

 「が、一段落ついたと見え、巻煙草を口へ啣えたまま、マッチをすろうとする拍子に突然俯伏しになって死んでしまった。」

 →一つの段落。ひとくぎり。転じて、ものごとがひとくぎりしてかたづくこと。「ひとダンラク」は誤用ですが、言う人はかなり多い。

 ●未亡人(ビボウジン)

 「上役や同僚は未亡人常子にいずれも深い同情を表した。」

 →「ミボウジン」と読むのが普通ですが、これもあり。ごけ。

 ●北京官話(ペキンカンワ)

 「半三郎はびっくりした。が、出来るだけ悠然と北京官話の返事をした。『我はこれ日本三菱公司の忍野半三郎』と答えたのである。」

 →北京および中国北部諸省で使われた公用標準語の旧称。


 ●毛脛(けずね)

 「少々くらい毛脛でも人間の脚ならば我慢しますから。」

 →毛の多く生えたすね。「脛」は「臑」とも書く。いずれも1級配当で既出。


 ●彷徨(ホウコウ)、寝棺(ねガン)

 「とにかく彼はえたいの知れない幻の中を彷徨した後やっと正気を恢復した時には××胡同の社宅に据えた寝棺の中に横たわっていた。」

 →さまようこと。うろつくこと。ともに1級配当で「さまよ・う」が訓読み。「彷彿」(ホウフツ)。

 →「ねカン」とも読む。死骸を仰臥のままで納める棺(ひつぎ)。

 ●痛嘆(ツウタン)

 「半三郎は彼の日記の中に絶えずこの困難を痛嘆している。」

 →ひどく悲しみなげくこと。

 ●塞外(サイガイ)

 「かつまた当時は塞外の馬の必死に交尾を求めながら、縦横に駈けまわる時期である。」

 →中国の北方の国境すなわち万里の長城の外。対義語は「塞内」。

 

【春】


 ●再応(サイオウ)

 「けれども再応考えて見ると、それも皆彼女の邪推らしかった。」

 →ふたたび。再度。

 ●受太刀(うけだち)

 「それは恬然と切りこんで来る妹に対する苛立たしさでもあれば、だんだん受太刀になって来る彼女自身に対する苛立たしさでもあった。」

 →守勢の立場になること。押され気味になること。

 ●鎌をかける(かま)

 「広子はそれでも油断せずに妹の顔色を窺ったり、話の裏を考えたり、一二度は鎌さえかけて見たりした。」

 →相手に巧みに誘いをかけて、こちらが聞き出したいことや相手の本音を、うっかり自分から話し出すように仕向ける。「水を向ける」ともいう。


 【夢】


 ●甚しい(はげしい)

 「わたしはすっかり疲れていた。肩や頸の凝るのは勿論、不眠症もかなり甚しかった。」

 →「はなはだしい」は「甚だしい」。「いたく」、「ひどく」といった意味で「はげしい」。表外の訓読み。

 ●しごく(扱く)

 「裸になった彼女は花束の代りに英字新聞のしごいたのを持ち、ちょっと両足を組み合せたまま、頸を傾けているポオズをしていた。」

 →長い物を、一方の手に握り締めたまま、もう一方の手でそれを引き抜くように強く手前に引く。表外の訓読み。転じて、厳しく訓練する。

 ●一心(イッシン)

 「それはちょうどキャベツの芽のほぐれかかったのに近いものだった。わたしは勿論ふだんのように一心にブラッシュを動かしつづけた。が、彼女の乳首に――そのまた気味の悪い美しさに妙にこだわらずにはいられなかった。」

 →心を一つに集中すること。また、その心。他念のない心。専念。


 【冬】


 ●力丈夫(ちからじょうぶ)

 「しかし存外変っていないことは幾分か僕を力丈夫にした。」

 →心が安心するさま。勇気を得たさま。

 ●薄荷(ハッカ)

 「それからもう何年かたった、ある寒さの厳しい夜、僕は従兄の家の茶の間に近頃始めた薄荷パイプを啣え、従姉と差し向いに話していた。」

 →シソ科の多年草。山地に自生する。香料植物としては北海道で大規模に栽培。夏や秋に葉腋に淡紅紫色の唇形花を群生。
「薄荷パイプ」は「巻き煙草のパイプに似たものに薄荷を詰めたもの。吸って香りを味わう」。


 【海のほとり】


 ●計(はかりごと)

 「僕等は二人ともこの七月に大学の英文科を卒業していた。従って衣食の計を立てることは僕等の目前に迫っていた。」

 →生計。

 ●識域下(シキイキカ)

 「『つまりあの夢の中の鮒は識域下の我と言うやつなんだ。』――そんな気も多少はしたのだった。」

 →「識閾」とも書く。Threshould of consciousness。ある意識作用の生起と消失の境界。意識閾。

 ●臀(しり)

 「それから貸下駄を臀の下に敷き、敷島でも一本吸おうとした。」

 →尻。ケツ。1級配当で「デン」が音読み。「臀部」(デンブ)。

 ●ながらみ、螺(にし)

 「そこへ向うからながらみ取りが二人、(ながらみと言うのは螺の一種である。)魚籃をぶら下げて歩いて来た。」

 →ダンベイキサゴ(團平喜佐古)。鹿島灘以南の外洋に面した砂浜に生息するニシキウズガイ科の巻貝。直径5cmくらい。食用。漁獲期は初夏で、主な漁場は九十九里浜・駿河湾・浜名湖など。漁獲地近辺などでは「ながらみ」とも呼ばれる。一般的な調理法は、ごく軽めにゆでたものをショウガ醤油に付けるなど。酒のつまみ・副菜などに用いられている。
世界的に見てもサラサキサゴ属の仲間は少なく、その内キサゴ、イボキサゴ、ダンベイキサゴ、チョウセンキサゴ、タイワンキサゴの5種が生息する。全てが砂地に棲んでおり、その中の有機物などを食べているため環境の変化に弱い物が多い。内湾性のイボキサゴが現在危機的な状況に追い込まれているそうである。

 →巻貝の一群の総称。あかにし、たにしなど。準1級配当で「ラ」が音読み。「つぶ」とも訓む。「螺鈿」「螺甸」(以上ラデン)、「螺旋」(ラセン)、「螺髪」(ラハツ)、「栄螺」(エイラ)、「法螺」(ホラ)。《田螺》(たにし)、《螺子》《螺旋》は「ねじ」。

 

【尼堤】


 ●波羅門(バラモン)、刹帝利(セッテイリ)

 「ただ波羅門や刹帝利だけは便器の中に用を足し、特に足を労することをしない。」

 →インドの四種姓(ヴァルナ)制中の最高位である僧侶、祭司階級。梵天の裔で、その口から出たものとされ、もっぱら祭祀、教法をつかさどり、他の三姓の尊敬を受けた。ブラーマン。

 →クシャトリヤの漢訳。インドの四種姓制で、バラモンに次ぐ第二身分。王族および武士身分。

 ●諸家(ショケ)、瓦器(ガキ)

 「ある日の午後、尼提はいつものように諸家の糞尿を大きい瓦器の中に集め、そのまた瓦器を背に負ったまま、いろいろの店の軒を並べた、狭苦しい路を歩いていた。」

 →「ショカ」とも読む。もろもろの家。一派を立てている多くの人。諸氏。

 →すやきの土器。かわらけ。

 ●繊長(センチョウ)、赤銅(シャクドウ)

 「『その指繊長にして、爪は赤銅のごとく、掌は蓮華に似たる』手を挙げて『恐れるな』と言う意味を示したのである。」

 →ほそながい。「繊」は「ほそい、ほっそり」。

 →赤銅色のこと。つやのある黒みを帯びた紫色。

 ●雷音(ライオン)

 「如来が雷音に呼びかけた時、尼提は途方に暮れた余り、合掌して如来を見上げていた。」

 →雷の轟きのように一喝するさま。

 ●猛火(ミョウカ)

 「いやいや、仏法の貴賤を分たぬのはたとえば猛火の大小好悪を焼き尽してしまうのと変りはない。……」

 →「ミョウ」は呉音。激しく炎を上げて燃え立つ火。

 ●常寂光土(ジョウジャッコウド)

 「尼提よ。お前は仕合せものだ。一たび如来のお弟子となれば、永久に生死を躍り越えて常寂光土に遊ぶことが出来るぞ。」

 →天台四土の一つ。法身仏のいる浄土。生滅変化を超えた永遠の浄土。寂光浄土。常寂光。

「ゴウゴ」は「豪語」のほか「傲語」もあるよん〔芥川龍之介作品補遺シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑮

 芥川転載補遺シリーズも大詰めです。


 【六の宮の姫君】


 ●宮腹(みやばら)

 「六の宮の姫君の父は、古い宮腹の生れだった。」

 →皇女の子として生まれること。また、その子。

 ●前司(ゼンジ)

 「甥の法師の頼みますには、丹波の前司なにがしの殿が、あなた様に会わせて頂きたいとか申して居るそうでございます。」

 →前任の国司。

 ●廊(ほそどの)

 「姫君はそれ以来乳母と一しょに侍の廊を住居にしていた。」

 →殿舎から殿舎へ渡るわたどの。廊下のこと。「わたどの」と読むのが一般的で「ほそどの」は「細殿」。

 ●《水葱》(なぎ)

 「其処には半ば埋もれた池に、水葱が少し作ってあった。水葱はかすかな新月の光に、ひっそりと葉を簇らせていた。」

 →ミズアオイの古名。ミズアオイ科の一年草。溜水中に生え、軟質で茎は短い。夏から秋に紫色の六弁花を開く。庭園に栽培し、昔は葉を食用。漢名は《浮薔》。

 ●腑《甲斐》ない(ふがいない)

 「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女の魂でござる。御仏を念じておやりなされ。」

 →いくじがない。気概・気力に欠けている。「腑」は1級配当で「はらわた」が訓読み。「臓腑」(ゾウフ)、「肺腑」(ハイフ)、「六腑」(ロップ)、「腑抜け」(ふぬけ)、「腑分け」(ふわけ)。


 【魚河岸】


 ●取っつき(とっつき)

 「その内に我々はいつのまにか、河岸の取つきへ来てしまった。」

 →一番手前の位置。最初。

 ●掬う(すくう)

 「保吉はライスカレエを掬いながら、嫌な奴だなと思っていた。」

 →両手をまるくして水などをくみあげる。液体や粉末などを手、匙、柄杓などで上へとりあげる。また、液体などの中から物をさっと取り上げる。しゃくる。「抔う」とも書く。

 ●寸法(スンポウ)

 「その姿は見れば見るほど、敵役の寸法に嵌っていた。」

 →有様。模様。


 【漱石山房の冬】


 ●傲語(ゴウゴ)

 「しかし先生は傲語していた。」

 →人を見下したような態度で、自信たっぷりに物を言う。偉ぶって言う。豪語。「傲」は1級配当で「おご・る」が訓読み。「傲慢」(ゴウマン)、「傲岸不遜」(ゴウガンフソン)、「傲然」(ゴウゼン)、「驕傲」(キョウゴウ)、「亢傲」(コウゴウ)、「倨傲」(キョゴウ)、「傲兀」(ゴウコツ)、「傲睨」(ゴウゲイ)、「傲骨」(ゴウコツ)、「傲世」(ゴウセイ)、「傲霜」(ゴウソウ)。


 【雛】


 ●大歳(おおとし)

 「しかし雛を手放しさえすれば、この大歳の凌ぎだけはつけられるのに違いございませんから、母も苦しい父の手前、そうは強いことばかりも申されなかったのでございましょう。」

 →大みそか。

 ●無尽燈(ムジントウ)

 「其処に又無尽燈がともっている、……と申したばかりでは多分おわかりになりますまい。」

 →油皿の油が減ずるにしたがい、自然に油が注ぎ加わるようにつくった灯台。支柱の中に油が貯めてあり、つまみをまわして底を上げることで油を保つ仕組みと圧搾空気を利用して油を循環させるものとがある。

 ●検める(あらためる)

 「では確かに半金だけ、……どうかちょいとお検め下さい」

 →調べて間違いないか確かめる。点検する。表外の訓読み。「しらべる」という訓みもあり。

 ●憎体(ニクテイ)

 「兄は憎体に云い放ったなり、徳蔵にも挨拶も何もせずに、さっさと何処かへ行ってしまいました。」

 →憎らしいものの言い振り。憎々しいさま。

 ●火屋(ほや)

 「石油を透かした硝子の壺、動かない焔を守った火屋、――そう云うものの美しさに満ちた珍しいランプを眺めました。」

 →ランプやガス灯などの火を覆うガラス製の筒。

 【猿蟹合戦】

 ●逢着(ホウチャク)

 「ただ猿を仕止めた後、蟹を始め同志のものはどう云う運命に逢着したか、それを話すことは必要である。」

 →出くわすこと。類義語は「遭遇」。「逢」は準1級配当で「あ・う」が訓読み。「逢会」(ホウカイ)、「逢迎」(ホウゲイ)、「遭逢」(ソウホウ)、「逢引」(あいびき)、「逢瀬」(おうせ)、「逢魔が時」(おうまがとき)。


 【保吉の手帳から】


 ●《亜鉛》(トタン)

 「窓の外には往来の向うに亜鉛屋根の古着屋が一軒、職工用の青服だのカアキ色のマントだのをぶら下げていた。」

 →トタンはポルトガル語から。当て字。亜鉛で鍍金した薄い鉄板のことで、屋根葺き、樋、塀などに使う。ブリキよりも化学的耐性に優れている。

 ●軒燈(ケントウ)

 「まず彼の目にはいったのは何とか正宗の広告を兼ねた、まだ火のともらない軒燈だった。」

 →軒に掲げる燈火。

 ●爪革(つまかわ)

 「それから麦酒樽の天水桶の上に乾し忘れたままの爪革だった。」

 →雪、雨降りなどに、下駄の爪先を覆って汚れを防ぐ用具。つまがけ。

 ●小品(ショウヒン)

 「ある時彼は二年級の生徒に、やはり航海のことを書いた、何とか云う小品を教えていた。」

 →小品文の略。日常のちょっとしたことを書いたスケッチ風の短い文章。気のきいた書き方の短文。


 【あばばばば】


 ●帆前船(ほまえセン)

 「殊に三角の波の上に帆前船を浮べた商標は額縁へ入れても好い位である。」

 →西洋式帆船の称。帆に受ける風力を利用して帆走する船。帆の張り方によってシップ、バーク、スクーナー、スループなど各種の形式がある。ほぶね。はんせん。

 ●得々(とくとく)

 「彼はズボンのポケツトの底へちゃんとそのマッチを落した後、得々とこの店を後ろにした。」

 →得意げなさま。したり顔なさま。


 【一塊の土】


 ●うろ抜く(うろぬく)

 「時には夜もカンテラの光りに菜などをうろ抜いて廻ることもあつた。」

 →多くの中から間をおいて引き抜く。まびく。おろぬく。

 ●次穂(つぎほ)

 「それから何の次穂もなしに、こう真面目に尋ねかけた。」

 →「接ぎ穂」とも書く。途切れた話をつなぐきっかけ。

 【糸女覚え書】


 ●生害(ショウガイ)

 「後に承り候へば、与一郎様の奥様にも御生害をお勧めに相成り候よし、何ともお傷しく存じ上げ候。」

 →みずから死ぬこと。自殺。自害。

 ●言舌(ゴンゼツ)

 「尤も片頬腫れ上られ居り候へば、言舌も甚ださだかならず、秀林院様にも御当惑遊ばされ、大声に申候へと御意なされ候。」

 →ものいい。弁舌。


 【三右衛門の罪】


 ●手《小銃》(てづつ)

 「日頃御鍛錬の御手銃にて、即座に清八を射殺し給う。」

 →片手に持って打つ小銃。大将分の使用したもの。「つつ」は当て字訓みです。

 ●しまく(風巻く)

 「すると風音の高まるが早いか、左から雪がしまいて参りました。」

 →激しく風が吹きまくる。

 ●嘱する(ショク)

 「わたくしは一体多門よりも数馬に望みを嘱して居りました。」

 →頼む。嘱託する。望みをかける。


 【たね子の憂鬱】


 ●紋服(モンプク)

 「たね子は紋服を着た夫を前に狭い階段を登りながら、大谷石や煉瓦を用いた内部に何か無気味に近いものを感じた。」

 →紋付の衣服。もんつき。

 【金将軍】


 ●香染め(こうぞめ)、戒刀(カイトウ)

 「清正は香染めの法衣に隠した戒刀のつかへ手をかけた。」

 →丁子の煮汁で染めた薄紅に黄を帯びた色。袈裟などの染色に用いる。

 →三衣(さんえ)を裁つのに用いる刀。僧侶がたしなみにもつ刀。

 ●憔悴(ショウスイ)、竜顔(リュウガン)

 「金応瑞は義州の統軍亭へ駈けつけ、憔悴した宣祖王の竜顔を拝した。」

 →やせおとろえること。やつれること。ともに1級配当で「やつれる」。「悴」には「かじかむ」「せがれ」もあり。「憔慮」(ショウリョ)、「悴顔」(スイガン)、「悴容」(スイヨウ)、「傷悴」(ショウスイ)。

 →「リョウガン」とも。天子の顔。天顔。


 【寒さ】

 ●霜曇り(しもぐもり)

 「それから四五日たった後、――ある霜曇りの朝だった。保吉は汽車を捉えるため、ある避暑地の町はずれを一生懸命に急いでいた。」

 →霜をおくような夜の寒さに空の曇ること。


 【文放古】


 ●割烹(カッポウ)

 「だからあたしも世間並みに、裁縫をしたり、割烹をやったり、妹の使うオルガンを弾いたり、一度読んだ本を読み返したり、家にばかりぼんやり暮らしているの。」

 →食物の料理。多くは日本料理。これが転じて現在は料理屋を指す言葉として定着しています。、もともとはたんなる料理のこと。「割」は「肉を割くこと」、「烹」は「烹ること」(にること)。

 ●大弓(ダイキュウ)

 「おまけに道楽は大弓と浪花節とだって云うんじゃないの? 」

 →普通の弓。半弓に対して言う。長さ七尺五寸(約2・25米)が普通。


 【十円札】


 ●寛厚(カンコウ)

 「粟野さんはいかにも長者らしい寛厚の風を具えている。」

 →心がゆったりしていて温厚なこと。


 【大導寺信輔の半生】


 ●《泥濘》(ぬかるみ)

 「それ等の家々に面した道も泥濘の絶えたことは一度もなかった。」

 →ぬかっているところ。泥深いところ。ぬかりみ。「デイネイ」との音読みのあり。「濘」は1級配当でこれ一字でも「ぬかるみ」、「ぬかる」とも。「汀濘」(テイネイ)。

 ●爾来(ジライ)

 「彼は母の乳を知らぬことに爾来一層冷淡になった。」

 →それより後。その時以来。「爾」は準1級配当で「なんじ」が訓読み。「爾汝」(ジジョ)、「爾後」(ジゴ)、「爾今」(ジコン)、「爾余」(ジヨ)、「莞爾」(カンジ、にっこり)、「率爾」(ソツジ)、「卓爾」(タクジ)、「聊爾」(リョウジ)。

「円座」「結い燈台」「台盤所」…「俊寛」も平安王朝物です〔芥川龍之介作品補遺シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑭

 芥川転載補遺シリーズの第14回は、本日3度目の更新となります。

 今回のメインは「俊寛」。日本史を少し嚙ったならば、平安時代の僧侶である俊寛(1143~1179)のことはご存知でしょう。平家打倒のクーデター未遂の罪で、藤原成経、平康頼とともに奄美諸島の鬼界ヶ島へ流されてしまう。平家物語では、康頼だけを載せて都に帰る船を追って地団駄を踏み「我乗せて行けやとて、をめき叫び給えども、漕ぎて行く船のならひにて、跡は白浪ばかりなり」と悲劇の僧侶として描かれています。

 ところが、芥川の描く俊寛は雄大で、女々しく泣き喚くなんて事はしない。琵琶法師の哀調は噓っぱちだと言い切る。同時期に菊池寛が同じく悲劇のヒーロー「俊寛」を書いており、対照的な人物像となっている。対抗意識ありありだったんでしょう。

【好色】


 ●気骨(きぼね)

 「もし今日も亦ないとすれば、――ああ、ああ、おれもついこの間までは、こんな事に気骨を折る程、意気地のない人間じゃなかったのだがな。」

 →気苦労。心配。「~が折れる」と用いて「いろいろ気を使う苦労が多くて心が疲れること。気疲れすること」。

 ●打衣(うちぎぬ)

 「それからずっと探りまわすと、絹らしい打衣の袖にさわる。その衣の下の乳房にさわる。円々した頬や顋にさわる。氷よりも冷たい髪にさわる。――」

 →女房装束の構成の一つ。袿と同形の裏付きの袷。表の地質は綾、裏は平絹、紅や濃き色を常とした。平安後期から晴儀の所用となった。うちぎ。うちあこめ。「擣衣」とも書く。

 ●抽く(ぬく)

 「が、庇の外の空には、簇々と緑を抽いた松が、静かに涼しさを守っている。」

 →引き出す。抽出する。表外の訓読み。

 ●仏倒し(ほとけだおし)

 「そうして其処の床の上へ、仏倒しに倒れてしまった。」

 →仏像を倒すように直立の姿勢のままで倒れること。ほとけころび。

 

【奇怪な再会】


 ●燻べる(くべる?、ふすべる)、燻ずる(クンずる)

 「そう云う内に香炉からは、道人の燻べた香の煙が、明い座敷の中に上り始めた。」

 「道人は薄赤い絹を解いて、香炉の煙に一枚ずつ、中の穴銭を燻じた後、今度は床に懸けた軸の前へ、丁寧に円い頭を下げた。」

 →いぶる。くすぶる。(いい匂いを)かおらせる。「くべる」とルビが振ってありますが、もしかしたら誤植でしょうか。ここは「ふす・べる」と訓んだ方がいいかもしれません。「くべる」は「焼べる」で、どちらも火に入れるのですが、香りを出すニュアンスでは「ふすべる」が適語です。「燻」は1級配当でこれまでも何度も登場しています。いろいろな訓読みのあるなかなかの難語です。芥川がお気に入りの言葉の一つでしょう。「燻煮」(クンシャ)、「燻灼」(クンシャク)、「燻胥」(クンショ)、「燻夕」(クンセキ)、「燻天」(クンテン)、「燻蒸」(クンジョウ)、「燻製」(クンセイ)。

 ●祭文(サイモン)

 「そんな祭文が終ってから、道人は紫檀の小机の上へ、ぱらりと三枚の穴銭を撒いた。」

 →祭祀の際、神前で奏する中国風の祝詞。告祭文。さいぶん。

 ●見料(ケンリョウ)

 「お蓮はここへ来た時よりも、一層心細い気になりながら、高い見料を払った後、匆匆家へ帰って来た。」

 →人相や手相を見て貰った時などに支払う料金。

 ●ふっつり

 「さもなければ忘れたように、ふっつり来なくなってしまったのは、――お蓮は白粉を刷いた片頬に、炭火の火照りを感じながら、いつか火箸を弄んでいる彼女自身を見出した。」

 →突然に途絶えるさま。ふつり。ぷっつり。

 ●水口(みずぐち)、腰障子(こしショウジ)

 「婆さんは水口の腰障子を開けると、暗い外へ小犬を捨てようとした。」

 →台所の異称。

 →腰板の高さが約30センチメートルほどの明かり障子のことで、痛みやすい腰板の部分を板張りや襖張りしている。腰高障子とも言う。腰板がない障子は水腰障子という。

 ●邪慳(ジャケン)

 「陸軍主計の軍服を着た牧野は、邪慳に犬を足蹴にした。」

 →意地の悪いさま。無慈悲なさま。「慳」は1級配当で「お・しむ」が訓読み。「慳貪」(ケンドン)、「慳悋」「慳吝」(以上、ケンリン)。

 ●慴える(おびえる)

 「所が横町を一つ曲ると、突然お蓮は慴えたように、牧野の外套の袖を引いた。」

 →びくびくする。危険などに直面しておそれおののく。「慴れる」(おそれる)の方が一般的。1級配当で「ショウ」が音読み。「慴伏」「慴服」(以上、ショウフク)。「懾服」「懾伏」とも書く。

 ●房楊枝(ふさようじ)

 「お蓮は房楊枝を啣えながら、顔を洗いに縁側へ行った。」

 →端を打ち砕いて房のようにした楊枝。「総楊枝」とも書く。打楊枝(うちようじ)。

 ●《薄痘痕》(うすいも)

 「田宮は明いランプの光に、薄痘痕のある顔を火照らせながら、向い合った牧野へ盃をさした。」

 →うすあばた。目に立たないほどに残るあばた。痘瘡の治った痕(あと)。

 ●《猪口》(ちょく)

 「牧野は太い腕を伸ばして、田宮へ猪口をさしつけた。」

 →陶磁器で、形が小さく上は開き下はすぼんだ酒杯。ちょこ。さかずき。のぞき。

 ●屈托(クッタク)

 「門には竹が立てられたり、座敷には蓬莱が飾られたりしても、お蓮は独り長火鉢の前に、屈托らしい頬杖をついては、障子の日影が薄くなるのに、懶い眼ばかり注いでいた。」

 →一つのことばかり気にかかって心配すること。くよくよすること。「屈託」と書く方が一般的でしょうか。「托」は準1級配当で「托鉢」(タクハツ)、「茶托」(チャタク)、「一蓮托生」(イチレンタクショウ)、「委托」(イタク)、「花托」(カタク)。「託」が書き換え。

 ●悪丁寧(わるデイネイ)

 「――それを眼鏡越しに睨みながら、あちらの御新造はまた上ろうともなさらず、悪丁寧な嫌味のありったけを並べて御出でなさる始末なんです。」

 →必要以上に丁寧なさま。丁寧の度が過ぎ、慇懃無礼を尽くすこと。この場合の「悪」は「過度なさま」という意で、悪乗り、悪ふざけ、悪度胸、悪止め、悪遣いなどが用例。

 ●一挺(イッテイ)

 「お蓮は派手な長襦袢の袖に、一挺の剃刀を蔽ったなり、鏡台の前に立ち上った。」

 →農具や銃など長い物を数える語。「挺」は準1級配当で「ぬ・く」「ぬき・んでる」。「挺出」(テイシュツ)、「挺進」(テイシン)、「挺身」(テイシン)、「挺然」(テイゼン)、「挺秀」(テイシュウ)。

 ●瑠璃燈(ルリトウ)

 「するといつか天井からは、火をともした瑠璃燈が一つ、彼女の真上に吊下っていた。」

 →瑠璃製の油皿を内部に納めた釣り灯籠。「瑠璃」は七宝の一つで、青色の宝石。〔瑠璃も玻璃も照らせば光る〕(るりもはりもてらせばひかる)は「囊中之錐」のこと。

【俊寛】


 ●談らう(かたらう)

 「またもう一人の琵琶法師は、俊寛様はあの島の女と、夫婦の談らいをなすった上、子供も大勢御出来になり、都にいらしった時よりも、楽しい生涯を御送りになったとか、まことしやかに語っていました。」

 →男女が約束する。いいかわす。契る。表外の訓読み。

 ●我は顔(われはがお)

 「一体琵琶法師などと云うものは、どれもこれも我は顔に、嘘ばかりついているものなのです。」

→我こそはと言いたげな顔つき。自慢らしい顔つき。得意顔。得意満面。

 ●界隈(カイワイ)

 「御房は、――御房の御住居は、この界隈でございますか?」

 →そのあたり一帯。近所。「隈」は準1級配当で「くま」「すみ」が訓読み。「山隈」(サンワイ)、《隈回》(くまみ)、「隈無く」(くまなく)。

 ●豕(いのこ)

 「御主人は時々振り返りながら、この家にいるのは琉球人だとか、あの檻には豕が飼ってあるとか、いろいろ教えて下さいました。」

 →イノシシ。または、ブタ。この場合はブタですね。1級配当で「シ」が音読み。「封豕長蛇」(ホウシチョウダ)、「豕交獣畜」(シコウジュウチク)と重要四字熟語があり。「豕心」(シシン)、「豕喙」(シカイ)、「豕突」(シトツ)=猪突、「豕牢」(シロウ)=便所。

 ●台盤所(ダイバンどころ)

 「しかし実方の朝臣などは、御隠れになった後でさえ、都恋しさの一念から、台盤所の雀になったと、云い伝えて居るではありませんか?」

 →食物を盛った器をのせる台を置く所。宮中では、清涼殿ないの一室で、女房の詰所。

 ●北の方(きたのかた)

 「『あれが少将の北の方じゃぞ。』と、小声に教えて下さいました。」

 →公卿などの妻の敬称。北の台。

 ●結い燈台(ゆいトウダイ)

 「その夜わたしは結い燈台の光に、御主人の御飯を頂きました。」

 →油をともして「あかり」とするための照明器具。細い3本の棒をねじって結び上下を開き、上の棒の間に油皿を載せたもの。宮廷行事で使われる。「むすびトウダイ」ともいう。

 ●《不束》(ふつつか)

 「廚子や机はこの島の土人が、不束ながらも御拵え申した、琉球赤木とかの細工だそうです。」

 →不恰好なさま。不体裁なこと。

 ●《円座》(わろうだ)

 「俊寛様は円座の上に、楽々と御坐りなすったまま、いろいろ御馳走を下さいました。」

 →わら縄で作った円座。わらふだ。「藁蓋」とも書く。

 ●得脱(トクダツ)、不量見(フリョウケン)

 「どれでも勝手に箸をつけてくれい。粥ばかり啜っていさえすれば、得脱するように考えるのは、沙門にあり勝ちの不量見じゃ。」

 →生死の苦しみを解脱して涅槃に到ること。煩悩を断じて菩提を得ること。

 →不料簡、不了見とも書く。よくない考え。

 ●怯れる(おくれる)

 「兼ねて覚悟はしていたものの、いざ申し上げるとなって見ると、今更のように心が怯れたのです。」

 →気後れする。自信をなくし尻込みする。「怯」は準1級配当で「キョウ、コウ」「おび・える」「ひる・む」。「おくれる」は当て字訓みですね。「怯弱」(キョウジャク)、「怯懦」(キョウダ)、「怯夫」(キョウフ)、「卑怯」(ヒキョウ)。

 ●衆苦(シュウク)、没在(ボツザイ)

 「おれ一人衆苦の大海に、没在していると考えるのは、仏弟子にも似合わぬ増長慢じゃ。」

 →衆人の苦しみ。多くの苦痛。しゅく。

 →日本語ではないようです。中国語で「この世から姿が見えなくなること。ないこと」。簡単な漢字ですがちょと難しい。

 ●邪業(ジャゴウ)

 「艱難の多いのに誇る心も、やはり邪業には違いあるまい。」

 →よこしまな行い。仏教でいう八邪の一つ。邪見・邪思惟・邪語・邪業・邪命・邪方便・邪念・邪定。

 ●祠(ほこら)

 「この島の火山には鎮護のためか、岩殿と云う祠がある。」

 →神をまつる小さなやしろ。1級配当で「シ」が音読み。「まつ・る」もある。「祠堂」(シドウ)、「社祠」(シャシ)、「合祠」(ゴウシ)、「小祠」(ショウシ)、「神祠」(シンシ)、「葆祠」(ホウシ)、「奉祠」(ホウシ)。

 ●獄(ひとや)

 「が、おれは莫迦莫迦しかったから、ここには福原の獄もない、平相国入道浄海もいない、難有い難有いとこう云うた。」

 →罪人を捕えて押し込めておく屋舎。牢屋。表外の訓読み。圉、囹、圄、牢とも書く。

 ●悪鬼羅刹(アッキラセツ)

 「八万法蔵十二部経中の悪鬼羅刹の名前ばかり、矢つぎ早に浴びせたのじゃ。」

 →恐ろしい魔物のたとえ。「悪鬼」は、人に悪いことをする化け物。「羅刹」は、仏教で、足が速く力が強く、人をだまし、また、人を食うという魔物。「アッキラサツ」とも読む。羅刹は梵語で、悪鬼の通名。速疾・大力で人を魅惑し、あるいは人を喰うという鬼。悪鬼羅刹と重ねることで、極悪非道の鬼という意味合いを表現しています。
「刹」は1級配当で「セツ、サツ」。てら、寺院を表わす言葉です。「刹那」(セツナ)、「古刹」(コサツ)、「大刹」(タイセツ)、「仏刹」(ブッサツ)、「名刹」(メイサツ)。

 

LOS CAPRICHOS】


 ●愚昧(グマイ)、奔る(はしる)

 「アウエルバツハの穴蔵に愚昧の学生を奔らせたる、メフイストフエレエスの哄笑なり。」

 →愚かで道理が分からないこと。「昧」は準1級配当で「くら・い」が訓読み。「昧爽」(マイソウ)、「曖昧」(アイマイ)、「昧蒙」(マイモウ)、「矇昧」(モウマイ)、「三昧」(ザンマイ)、「草昧」(ソウマイ)、「幽昧」(ユウマイ)、「昧死」(マイシ)、「昧旦」(マイソウ)。

 →勢いよく駆けて行く。疾走する。表外の訓読み。

 ●一撮(ひとつまみ)

 「イエス忽ちユダに一撮の食物を与え、静かに彼に云いけるは、『爾が為さんとする事は速かに為せ。』」

 →指先でつかみとった少量のもの。「撮む」(つまむ)は表外の訓読み。

 ●箒(ほうき)、片々(ヘンペン)

 「魔女は箒に跨りながら、片々と空を飛んで行った。」

 →ちりやごみをはき寄せて、きれいにする道具。1級配当で「ソウ、シュウ」が音読み。「草箒」(くさぼうき)、「竹箒」(たけぼうき)、「手箒」(てぼうき)、「箒木」(ほうきぎ、ははきぎ)、「箒星」(ほうきぼし)。

 →断片の軽くひるがえるさま。「翩翩」(ヘンペン=軽く飛び上がるさま)に近いニュアンスでしょうか。

 ●流俗(リュウゾク)

 「何故彼はこの時でも、流俗のように恐れなかったか? それは一人も霊の中に彼程の美男がいなかったからである!」

 →一般の俗人。世人。「流賊」なら、諸方を渡り歩き害をする賊。


 【庭】


 ●頭瘡(ずそう)

 「中村家の隠居、――伝法肌の老人は、その庭に面した母屋の炬燵に、頭瘡を病んだ老妻と、碁を打ったり花合せをしたり、屈託のない日を暮していた。」

 →頭部にできた湿疹・できもの・はれもの。「瘡」は1級配当で「かさ」が訓読み。「瘡痍」(ソウイ)、「瘡腫」(ソウショウ)、「瘡瘢」(ソウハン)、「瘡痕」(ソウコン)。

 ●表徳(ヒョウトク)

 「長男は表徳を文室と云う、癇癖の強い男だった。」

 →雅号。別号。あだな。

 ●昼日なか(ひるひなか)

 「少くとも彼には昼日なか、そんな幻が見えたのだった。」

 →昼日中。ひるま。日中。ひるなか。

 ●雑色(ザッシキ)

 「爾来庭は春になると、見慣れた松や柳の間に、桃だの杏だの李だの、雑色の花を盛るようになった。」

 →さまざまの種類。

 ●野辺送り(のべおくり)

 「その又野辺送りの翌日には、築山の陰の栖鶴軒が、大雪の為につぶされてしまった。」

 →遺骸を火葬場または埋葬場まで見送ること。のおくり。葬式のことも指す。

 ●紙石板(かみセキバン)

 「彼は廉一の紙石板へ、山や船を描いてやった。」

 →ボール紙に金剛砂や軽石の粉と獣炭とをまぜたものを塗って、石盤の代用としたもの。

 ●山気(ヤマギ)

 「山気に富んだ三男は、米相場や蚕に没頭していた。」

 →万一の僥倖をたのんで物事をしようとする気質。山師のような気質。冒険・投機を好む心。やまけ。やまごころ。「ヤマキ」とも読む

「気絶」の類義語は「ソウシン」?…「所化」「能化」も覚えて〔芥川龍之介作品補遺シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑬

 芥川転載補遺シリーズの第13回は、本日2回目の更新です。だら~りと過しており、更新も気合が入りませ~ん。


 【ある敵打の話】


 ●激語(ゲキゴ)

 「そこで彼は甚太夫を呼んで、『ああ云う見苦しい負を取られては、拙者の眼がね違いばかりではすまされぬ。改めて三本勝負を致されるか、それとも拙者が殿への申訳けに切腹しようか。』とまで激語した。」

 →激昂して言う言葉。はげしい言葉。

 ●同道(ドウドウ)

 「左近はまず甚太夫の前へ手をつきながら、幾重にも同道を懇願した。」

 →一緒に行くこと。同行。同伴。

 ●散茶女郎(サンチャジョロウ)

 「相方は和泉屋の楓と云う、所謂散茶女郎の一人であった。」

 →江戸吉原の女郎の階級の一種。太夫、格子につぐ女郎で、埋茶の上位。安永年間のころに太夫、格子が廃絶して最上位となり、呼び出し、昼三、付廻しなどと分かれた。散茶。

 ●夥しい(おびただしい)

 「そうして宿へ帰って来ると、すぐに夥しく血を吐いた。」

 →はなはだ多い。1級配当で「カ」が音読み。「夥多」(カタ)、「夥伴」(カハン)。

 ●所化(ショケ)

 「喜三郎は仏事が終ってから、何気ない風を装って、所化にその位牌の由縁を尋ねた。」

 →僧侶の弟子。寺で修行中の僧。対義語は「能化」(ノウケ)。

 ●冥助(ミョウジョ)

 「喜三郎は寺の門を出ながら、加納親子や左近の霊が彼等に冥助を与えているような、気強さを感ぜずにはいられなかった。」

 →目に見えない神仏の助力。冥加。

 ●逃き口(のきくち)

 「甚太夫は本望を遂げた後の、逃き口まで思い定めていた。」

 →逃げ口上。遁辞。「逃れ辞」(のがれことば)ともいう。

 ●吐瀉(トシャ)

 「が、その後四五日すると、甚太夫は突然真夜中から、烈しい吐瀉を催し出した。」

 →嘔吐と下痢。はきくだし。「瀉」は1級配当で「はく」「そそ・ぐ」が訓読み。「瀉血」(シャケツ)、「瀉出」(シャシュツ)、「瀉痢」(シャリ)、「傾瀉」(ケイシャ)、「水瀉」(スイシャ)、「注瀉」(チュウシャ)、「瀉下」(シャカ)、「瀉剤」(シャザイ)、「瀉出」(シャシュツ)、「一瀉千里」(イッシャセンリ)。

 ●緊く(かたく)

 「施主は緊く秘したと見えて、誰も知っているものはなかった。」

 →きつく。表外の訓読み。「緊める」は「しめる」。「緊緊」は「ぴしぴし」。

 

 

【女】


 ●《円頂閣》(ドーム)

 「幕はまるで円頂閣のような、ただ一つの窓を残して、この獰猛な灰色の蜘蛛を真昼の青空から遮断してしまった。」

 →円頂丘。いただきのまるい峰。当て字。穹窿(キュウリュウ)。

 ●蹲る(うずくまる)

 「しかしその円頂閣の窓の前には、影のごとく痩せた母蜘蛛が、寂しそうに独り蹲っていた。」

 →動物が前足をそろえて折り曲げてすわる。しゃがんで膝を曲げ、体を小さく円くする。1級配当で「ソン、シュン」が音読み。「つくば・う」「つくば・い」とも訓む。「蹲踞」「蹲居」(ソンキョ)、「蹲循」(ソンジュン)。


 【南京の基督】


 ●糸切歯(いときりば)

 「が、金花は彼の腕に、鴉髻の頭を凭せながら、何時もの通り晴れ晴れと、糸切歯の見える笑を洩らした。」

 →人間の犬歯。糸を切るのに用いる。八重歯。

 ●《蟋蟀》(こおろぎ)

 「その内に夜は遠慮なく更け渡って、彼女の耳にはいる音と云っては、唯何処かで鳴いている蟋蟀の声ばかりになった。」

 →コオロギ科の昆虫の総称。体は黒褐色で長い糸状の触角をもつ。雄は秋に美しい声で啾く。古くはキリギリスといった。「シッシュツ」とも読む。ともに1級配当で「蟀」は「蟀谷」(こめかみ)にも用いる変り種。

 ●喪心(ソウシン)

 「金花はまるで喪心したように、翡翠の耳環の下がった頭をぐったりと後へ仰向けた儘、しかし蒼白い頬の底には、鮮な血の色を仄めかせて、鼻の先に迫った彼の顔へ、恍惚としたうす眼を注いでいた。」

 →正気を失うこと。放心。失心。気絶。

 ●秋意(シュウイ)

 「数時間の後、ランプの消えた部屋の中には、唯かすかな蟋蟀の声が、寝台を洩れる二人の寝息に、寂しい秋意を加えていた。」

 →秋の趣。秋の風情。逆に、「春意」(シュンイ)は、「春ののどかな心地。情欲(エロごころ)」と微妙に違う意味もあります。

 ●呟く(つぶやく)

 「金花はこう呟きながら、さまざまにあの外国人の不可解な行く方を思いやった。」

 →小さな声でひとりごとをいう。小声でぶつぶつと言う。1級配当で「ゲン」が音読み。

 ●尠ない(すくない)

 「本篇を草するに当り、谷崎潤一郎氏作『秦淮の一夜』に負う所尠からず。附記して感謝の意を表す。」

 →きわめてすくない。希少なさま。まれなさま。1級配当で「セン」が音読み。「尠少」(センショウ)は案外、難読語です。


 【捨児】


 ●蕩尽(トウジン)

 「ちょうど今から五年以前、女の夫は浅草田原町に米屋の店を開いていましたが、株に手を出したばっかりに、とうとう家産を蕩尽して、夜逃げ同様横浜へ落ちて行く事になりました。」

 →財産などを使い果たし、すっかりなくしてしまうこと。

 ●噤む(つぐむ)

 「客はちょいと口を噤むと、考え深そうな眼をしながら、思い出したように茶を啜った。」

 →口を閉じてものを言わない。黙る。1級配当で「キン」が音読み。「噤閉」(キンペイ)。


 【影】


 ●曝す(さらす)

 「日華洋行の主人陳彩は、机に背広の両肘を凭せて、火の消えた葉巻を啣えたまま、今日も堆い商用書類に、繁忙な眼を曝していた。」

 →かくさずに人の目に触れるようにする。さらけだす。準1級配当で「バク、ホク」が音読み。「曝書」(バクショ)、「曝涼」(バクリョウ)、「曝露」(バクロ)=「暴露」。

 ●嗤笑(シショウ)

 「……今後もし夫人を離婚せられずんば、……貴下は万人の嗤笑する所となるも……微衷不悪御推察……敬白。貴下の忠実なる友より。」

 →あざけり笑うこと。あざわらい。「嗤」は1級配当で「わら・う」が訓読み。嘲笑が類義語。「謗嗤」(ボウシ)。


 【お律と子等と】


 ●刷く(はく)

 「その姿がちょいとの間、浅く泥を刷いたアスファルトの上に、かすかな影を落して行くのが見えた。」

 →はけ・筆でこする。こするように塗る。表外の訓読み。

 ●頼信紙(ライシンシ)

 「その間に洋一は、そこにあった頼信紙へ、せっせと万年筆を動かしていた。」

 →電報を依頼するとき、電文を書く所定の用紙。電報発信紙の旧称。

 ●爛れる(ただれる)

 「それが洋一の足音を聞くと、やはり耳掻きを当てがったまま、始終爛れている眼を擡げた。」

 →皮膚や肉がやぶれくずれる。

 ●金口(キンぐち)

 「が、彼は何も云わずに、金口をふかしているばかりだった。」

 →巻き煙草の吸い口を金紙で巻いたもの。

 ●墨色(スミいろ)

 「今神山さんに墨色を見て来て貰ったんだよ。――」

 →書いた墨の色合いから吉凶を判断すること。

 ●薄手(うすで)

 「生来薄手に出来た顔が一層今日は窶れたようだった。」

 →安っぽいこと。浅薄なこと。

 ●負け嫌い(まけぎらい)

 「おとなしい美津に負け嫌いの松の悪口を聞かせるのが、彼には何となく愉快なような心もちも働いていたのだった。」

 →他人に負けることをとりわけ嫌がること。負けず嫌い。→この「ず」は否定の強調から入った言葉。「食い嫌い」→「食わず嫌い」。

 ●唐物屋(トウブツヤ)

 「そこの角にある店蔵が、半分は小さな郵便局に、半分は唐物屋になっている。」

 →中国または諸外国から渡来した品物をあきなう店。雑貨屋。

 ●即効紙(ソッコウシ)

 「彼が茶の間から出て行くと、米噛みに即効紙を貼ったお絹は、両袖に胸を抱いたまま、忍び足にこちらへはいって来た。」

 →鎮静剤・清涼剤などを塗った紙。昔、頭痛・歯痛などのとき患部にはった。

 ●櫛巻き(くしまき)

 「母は枕もとの看護婦に、後の手当をして貰いながら、昨夜父が云った通り、絶えず白い括り枕の上に、櫛巻きの頭を動かしていた。」

 →髪を櫛に巻きつけて結う髪型。もと略装としてうまれのち、伝法肌の女に好まれた。


 【秋山図】


 ●翠黛(スイタイ)

 「山は高房山の横点を重ねた、新雨を経たような翠黛ですが、…」

 →みどりのまゆずみ。また、それをほどこした美しいまゆ。ここでは、緑色に霞む山の景色のこと。「翠」は準1級配当で「みどり」が訓読み。「翠雨」(スイウ)、「翠煙」(スイエン)、「翠華」(スイカ)、「翠玉」(スイギョク)、「翠帳紅閨」(スイチョウコウケイ)、「翠眉」(スイビ)、「翠微」(スイビ)、「翠巒」「翠嵐」(以上、スイラン)、、「青翠」(セイスイ)、「翡翠」(ヒスイ)。

 ●処子(ショシ)

 「主人はほとんど処子のように、当惑そうな顔を赤めました。」

 →むすめ。処女。

 ●《見惚》れる(みとれる)

 「それは何も秋山図に、見惚れていたばかりではありません。」

 →うっとりして見入る。見ほれる。「《見蕩》れる」とも書く。「みほれる」ではないので要注意。

 ●焦慮(ショウリョ)

 「が、今は王氏の焦慮も待たず、自然とこの図が我々の前へ、蜃楼のように現れたのです。」

 →心を苛立たせること。焦心。

 ●天縁(テンエン)

 「実際天縁が、熟したと言う外はありません。」

 →天が定めた縁。因縁。

 ●果然(カゼン)

 「すると果然翁の顔も、みるみる曇ったではありませんか。」

 →予想通りであること。案の通り。果たして。

 ●拊つ(うつ)

 「王の両大家は、掌を拊って一笑した。」

 →手のひらで軽くたたく。ぽんとたたく。1級配当で「フ」が音読み。「な・でる」との訓読みもあり。「拊手」(フシュ)、「拊循」(フジュン)。

 

【山鴫】


 ●悪謔(アクギャク)

 「トルストイ夫人は夫の悪謔から、巧妙に客を救い出した。」

 →悪戯。悪ふざけ。ふざけたからかい。「謔」は1級配当で「たわむ・れる」が訓読み。「謔笑」(ギャクショウ)、「諧謔」(カイギャク)、「戯謔」(ギギャク)、「嘲謔」(チョウギャク)、「謔劇」(ギャクゲキ)、「謔浪」(ギャクロウ)、「謔語」(ギャクゴ)。

 ●《五十雀》(ゴジュウカラ)

 「駒鳥や鶸の声の代りに、今は唯五十雀が、稀に鳴き声を送って来る、――トゥルゲネフはもう一度、疎な木々の中を透かして見た。」

 →スズメ目ゴジュウカラ科の鳥。大きさはスズメほど。背は灰青色、下面は白色。觜は長く、尾羽は短い。樹林に棲み、樹幹を旋回しながら上下し、小昆虫を食う。ユーラシア大陸産。日本では山地に生息し、数は比較的尠ない。きねずみ。

 ●《蒿雀》(あおじ)

 「その中に何か眠そうな鳥が、時たま遠くに啼く声がした。『あれは、――?』 『縞蒿雀です。』 トウルゲネフはすぐに返事をした。」

 →スズメ目ホオジロ科の小鳥。背は緑褐色で腹は黄色に灰褐色の縦斑がある。湿った林に棲み、泣き声はホオジロに似る。「蒿」は1級配当で「コウ」「よもぎ」。「蒿矢」(コウシ)、「蒿里」(コウリ)、「薤露蒿里」(カイロコウリ)、「艾蒿」(ガイコウ)、「蓬蒿」(ホウコウ)。よもぎはほかに、「蕭」「萍」「苹」「艾」「蓬」。

 ●《火酒》(ウォッカ)、鯡(にしん)

 「兎に角奥へ通して見ると、初対面の主人に向って、『取りあえずあなたに頂きたいのは、火酒と鯡の尻尾です。』と云う。」

 →ロシア原産のアルコール度の高い蒸留酒。オオムギ、ライムギ、トウモロコシなどが原料。

 →ニシン科の海魚。寒流性の回遊魚で、北太平洋や北大西洋に分布。全長約30センチメートル。背は暗青色、腹は銀白色。卵は「数の子」(鯑)。カドイワシ。1級配当で「ヒ」が音読み。「鰊」も「にしん」。1級配当で「レン」。


 【往生絵巻】


 ●金鼓(ゴング)、喚く(わめく)

 「あんなに金鼓をたたきながら、何だか大声に喚いている。……」

 →「コング」「コンク」とも。仏具の一種で、金属製、正円で平たく中空。片面の鉦鼓のようなものと両面のものとがある。僧侶が布教の際に首にかけ、また仏堂で袈に取り付けて打ち鳴らす。ひらかね。わにぐち。

 →大声で叫ぶ。大きな声をあげる。表外の訓読み。

「胡漢陵轢」…胡と漢は永遠のライバルなり〔芥川龍之介作品補遺シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑫

 芥川転載補遺シリーズの第12回です。本日から夏休みを取りますが、本日は自宅におりますので更新はたくさんできます。明日以降、西の方面に旅行に出ますので更新ができるかどうか少し不安があります。パソコンは携行していきますが。。。よって、本日はばかばかupいたします。

 【漱石山房の秋】


 ●紛々(フンプン)

 「門をくぐると砂利が敷いてあって、その又砂利の上には庭樹の落葉が紛々として乱れている。」

 →入り混じって乱れるさま。ごたつくさま。

 ●鈕(ボタン)

 「だから案内を請おうと思ったら、まずその蔦の枯葉をがさつかせて、呼鈴の鈕を探さねばならぬ。」

 →衣服などについていて、合わせ目をとめる物。1級配当で「チュウ、ジュウ」が音読み。「つまみ」とも訓読みする。「印鈕」(インチュウ)、「鈕釦」(チュウコウ)。「釦」も「ボタン」。

 ●紙絹(シケン)、法帖(ホウジョウ)

 「…その上に硯や筆立てが、紙絹の類や法帖と一しょに、存外行儀よく並べてある。」

 →原稿や絵、書を書くための紙や絹。

 →手本、鑑賞用に先人の筆跡を紙に写し、石に刻み、これを石摺りにした折本。

 ●茶箕(チャキ)

 「銅印が一つ、石印が二つ三つ、ペン皿に代えた竹の茶箕、その中の万年筆、それから玉の文鎮を置いた一綴りの原稿用紙――机の上にはこの外に老眼鏡が載せてある事も珍しくない。」

 →茶筒の中に入れて、お茶葉をすくう道具のこと。「箕」は準1級で「み」が訓読み。「箕箒」(キソウ)、「箕斂」(キレン)、「箕山の志」(キザンのこころざし)。


 【東洋の秋】


 ●うそ寒い(うそさむい)

 「そのうそ寒い路の上には、おれ以外に誰も歩いていない。」

 →なんとなく寒い。薄ら寒い。この場合の「うそ」は接頭辞で「薄」の意で「少しばかり、何となく」。「うす甘い」などがある。


 【秋】


 ●気散じ(キサンじ)

 「彼等は又殆日曜毎に、大阪やその近郊の遊覧地へ気散じな一日を暮しに行った。」

 →心の憂さをまぎらすこと。気晴らし。
【黒衣聖母】


 ●《矜誇》(ほこり)

 「田代君はあらゆる蒐集家に共通な矜誇の微笑を浮べながら、卓子の上の麻利耶観音と私の顔とを見比べて、もう一度こう繰返した。」

 →「キョウコ」と音読みが普通です。当て字です。自分の才能などをほこっていばること。「矜」は1級配当で「キョウ」「キン」「カン」「ほこ・る」「めぐ・む」。プライドですね。熟語は巨いので一部だけ。「矜寡」(カンカ)、「矜夸」(キョウカ)、「矜貴」(キョウキ)、「驕矜」「矜驕」(以上、キョウキョウ)、「矜厳」(キョウゲン)、「矜恃」(キョウジ)、「矜恤」(キンジュツ)。

 ●《雪洞》(ぼんぼり)

 「お栄はまだ夢でも見ているような、ぼんやりした心もちでいましたが、祖母はすぐにその手を引いて、うす暗い雪洞に人気のない廊下を照らしながら、昼でも滅多にはいった事のない土蔵へお栄をつれて行きました。」

 →絹や紙張りの覆いを貼けた手燭。また、小さな行灯。「セツドウ」と読めば、雪山などで作った緊急の洞穴のこと。

 ●杖柱(つえはしら)

 「童貞聖麻利耶様、私が天にも地にも、杖柱と頼んで居りますのは、当年八歳の孫の茂作と、ここにつれて参りました姉のお栄ばかりでございます。」

 →非常に頼りにする人のたとえ。


 【素戔嗚尊】


 ●釧(くしろ)

 「その若者は彼と同じ市松の倭衣を着ていたが、頸に懸けた勾玉や腕に嵌めた釧などは、誰よりも精巧な物であった。」

 →古代の装飾用腕輪の一つ。たまき。ひじまき。貝殻、青銅、石などで作られた。準1級配当で「セン」が音読み。「腕釧」(ワンセン)。

 ●湍る(たぎる)

 「そこは一旦湍った水が今までの勢いを失いながら、両岸の石と砂との間に青々と澱んでいる所であった。」

 →水などがわきかえる。激しく流れる。さかまく。1級配当で「タン」「はやせ」「(水の流れが)はや・い」。「湍水」(タンスイ)、「急湍」(キュウタン)、「激湍」(ゲキタン)、「飛湍」(ヒタン)、「奔湍」(ホンタン)。

 ●〔騎虎の勢い〕(キコのいきおい)

 「その代りまた後に残った二人は、本来さほど敵意のある間柄でもなかったが、騎虎の勢いで已むを得ず、どちらか一方が降参するまで雌雄を争わずにはいられなくなった。」

 →いったんやり始めたら途中でやめられないたとえ。

 ●突兀(トッコツ)

 「そうして再び彼等の間から一種のどよみが起った時には、彼はすでに突兀たる巌石を肩に支えながら、みずらの髪を額に乱して、あたかも大地を裂いて出た土雷の神のごとく、河原に横わる乱石の中に雄々しくも立ち上っていた。」

 →山や岩などがけわしくそびえるさま。「兀」は1級配当で「コツ・ゴツ」。「兀立」(コツリツ)、「兀兀」(コツコツ)、「傲兀」(ゴウコツ)。

 ●意嚮(イコウ)、軋轢(アツレキ)

 「が、彼等は彼等自身のために、彼の意嚮には頓着なく、ほとんど何事にも軋轢し合った。」

 →意向。「嚮」は1級配当で「キョウ、コウ」「む・かう」「さき・に」。「向」が書き換え語です。「嚮往」(キョウオウ)、「嚮後」(キョウゴ)、「嚮日」(キョウジツ)、「嚮道」(キョウドウ)。

 →関係が悪くなること。仲がこじれること。不和。「軋」は1級配当で「きし・る」「きし・む」が訓読み。「轢」も1級配当で「きし・る」「ひ・く」。「轢死」(レキシ)、「轢殺」(レキサツ)、「轢断」(レキダン)、「陵轢」(リョウレキ)、「胡漢陵轢」(コカンリョウレキ)。

 ●楡(にれ)

 「ところが草山がやや平になって、一本の楡の若葉の下に、夕日を浴びた部落の屋根が一目に見えるあたりまで来ると、そこには四五人の若者たちが、一人の若者を相手にして、頻に何か云い争っていた。」

 →ニレ科の落葉高木の総称。北半球の温帯に自生。街路樹などに植栽。材は家具や建築用となる。ハルニレ・アキニレなど。1級配当で「ユ」が音読み。「楡柳」(ユリュウ)、「桑楡」(ソウユ)、「枌楡」(フンユ)。

 ●地腫(ジばれ)

 「彼が手ひどく殴られた事は、一面に地腫のした彼の顔が、明白に語っている事実であった。」

 →傷口などの周囲の皮膚が広く腫れること。

 ●《呪物》師(まじものシ)

 「その上部落の女たちの中には、尊を非凡な呪物師のように思っているものもないではなかった。」

 →災厄が人に及ぶように神霊に祈祷する人。その方術を駆使する人。当て字。

 ●蕗の薹(ふきのとう)

 「思兼尊はこう云うと、実際つまらなそうな顔をしながら、どこかで摘んで来たらしい蕗の薹の匂を嗅ぎ始めた。」

 →フキの若い花茎。早春に地下茎から生える。香りとほのかな苦味があり、食用。「蕗」は準1級配当で「ロ」が音読み。《款冬》、《菜蕗》、「苳」とも書く。「薹」は1級配当で「タイ」が音読み。〔薹が立つ〕(とうがたつ)は「盛りが過ぎること」。

 ●斑竹(ハンチク)

 「するとそこへもう一人の若者が、斑竹の笛を帯へさして、ぶらりと山を下って来た。」

 →稈(カン)の表面に紫褐色などの斑紋のある竹の総称。観賞用。稈は器具用。まだらだけ。虎斑竹(とらふだけ)。「斑」は準1級配当で「まだら」が訓読み。「まだら」のほか、「ふ」「ぶち」の訓読みがある。「斑点」(ハンテン)、「斑紋」(ハンモン)、「黄斑」(オウハン)、「紅斑」(コウハン)、「紫斑」(シハン)、「死斑」(シハン)、「虎斑」(コハン)、「白斑」(ハクハン)、「母斑」(ボハン)、「斑猫」(ハンミョウ)、《斑気》(むらき)。

 ●毒口(ドクグチ)

 「若者は毒口を利きながら、しばらくその勾玉を弄んでいたが、…」

 →毒々しく言う言葉つき。悪たれ口。毒舌。悪口雑言。

 ●羞憤(シュウフン)

 「その話を聞いている内に、刻々素戔嗚の心の中には、泣きたいような、叫びたいような息苦しい羞憤の念が、大風のごとく昂まって来た。」

 →恥ずかしくなって憤ること。「羞」は1級配当で「は・じる」「すす・める」が訓読み。「含羞」(ガンシュウ)、「羞恥」(シュウチ)、「嘉羞」(カシュウ)、「嬌羞」(キョウシュウ)、「膳羞」(ゼンシュウ)、「羞悪」(シュウオ)、「羞花閉月」(シュウカヘイゲツ)、「羞愧」(シュウキ)、「羞辱」(シュウジョク)、「羞死」(シュウシ)、「羞渋」(シュウジュウ)、「羞慙」(シュウザン)、「羞饌」(シュウセン)、「羞膳」(シュウゼン)、「羞赧」(シュウタン)、「羞紅」(シュウコウ)、「羞面」(シュウメン)。

 ●樅(もみ)、栂(とが)

 「空には樅や栂の枝が、暗い霧を払いながら、悩ましい悲鳴を挙げていた。」

 →マツ科の常緑針葉樹。高さは30メートル内外。樹皮は暗灰色、葉は線形で密生。初夏に雌雄花を同株に開き、円柱形緑褐色の球果を結ぶ。庭木やオウシュウモミの代わりにクリスマスツリーとする。もみそ。1級配当で「ショウ」。《妄榧》(もみ)とも書く。

 →「つが」とも訓む。マツ科ツガ属の常緑高木。西日本の山地に自生し、高さは30メートル以上に達する。雌雄同株。雄花穂は円錐形、雌花穂は楕円形。球果は親指大で下垂。材は建築、器具製造、製紙用。樹皮からタンニンを採り、魚網の染料とする。ツガノキ。準1級配当の国字。

 ●刀子(トウス)

 「若い女は壁に懸けた刀子へ手をかけるや否や、素早く彼の胸を刺そうとした。」

 →古代の小形の刀。携帯して食事、皮剝ぎなどのほか、木簡を削るのに用いた。中央アジア、中国で発達、青銅、鉄製などがある。日本にも入り、紐がたなのほか、正倉院には装飾の華麗なものや数本の刀子を一つの鞘に収めたものが残る。

 ●宿酔(シュクスイ)

 「微風は彼の頭から、すぐさま宿酔を吹き払った。彼は両腕を胸に組んで、谷川の向うに戦いでいる、さわやかな森林の梢を眺めた。」

 →酒を多量に吞み、酩酊状態の去った翌日に、なお残存する頭痛、悪心などの中毒症状。すなわち、二日酔い。

 ●高麗剣(コマつるぎ)

 「顔ははっきり見えなかったが、柄に竜の飾のある高麗剣を佩いている事は、その竜の首が朦朧と金色に光っているせいか、一目にもすぐに見分けられた。」

 →高麗国製造の剣。環頭大刀(かんとうのたち)の別称。柄頭に環状の飾りを付けた太刀。源流は北方遊牧民族にあって、中国で発達。日本の古墳時代にも見られる。

 ●一臂(イッピ)

 「高天原の国に未練のなかった彼は、それらの民に一臂の労を借してやった事はあっても、それらの民の一人となって、老いようと思った事は一度もなかった。」

 →わずかな手助け。「~の労」と使うことが多い。「臂」は1級配当で「ひじ」が訓読み。「猿臂」(エンピ)は既出。慧可断臂(エカダンピ)。


 【老いたる素戔嗚尊】


 ●千木(ちぎ)

 「宮は千木が天雲に隠れる程大きな建築であった。」

 →社殿の屋上、破風の先端が延びて交叉した二本の木。後世、破風と千木とは切り離されて、ただ棟上に取り付けられた一種の装飾となる。「杠」「知木」「鎮木」とも書く。

 ●蠢く(うごめく)

 「しかし稀に夢の中では、暗黒に蠢く怪物や、見えない手の揮う剣の光が、もう一度彼を殺伐な争闘の心につれて行った。」

 →はっきりとでなく全体が絶えず動く。もぐもぐ動く。うごうごする。おごめく。1級配当で「シュン」が音読み。「蠢動」(シュンドウ)、「蠢愚」(シュング)⇔「英明」。「蠢爾」(シュンジ)、「蠢蠢」(シュンシュン)。

 ●甕(みか)

 「しかし酒がまわり出すと、彼の所望する通り、甕の底を打ち鳴らして、高天原の国の歌を唱った。」

 →大きなかめ。酒を醸したり、水を貯えたりするのに用いる。もたい。1級配当で「オウ」が音読み。「甕天」(オウテン)、「甕裡醯鶏」(オウリケイケイ)。かめは「罌」「缸」「甌」「瓷」「瓮」。

 ●慟哭(ドウコク)

 「宮の中はその間、慟哭の声に溢れていた。」

 →ひどく悲しみ、大声をあげて泣くこと。いずれも1級配当で「慟」は「なげ・く」が訓読み、「哭」は「な・く」が訓読み。「哭泣」(コッキュウ)、「哀哭」(アイコク)、「鬼哭」(キコク)、「鬼哭啾啾」(キコクシュウシュウ)、「痛哭」(ツウコク)。

 ●椋(むく)

 「宮のまわりにある椋の林は、何度となく芽を吹いて、何度となく又葉を落した。」

 →「椋の木」はニレ科の落葉高木。山地に自生し、葉の表面はざらつき、物を磋くのに用いる。春に淡緑色の花が咲き、秋に黒紫色の小さな実をつけ食用となる。材は器具用。ムク。「樸樹」とも書く。準1級配当で「リョウ」が音読み。

 ●塒(ねぐら)

 「すると須世理姫と葦原醜男とが、まるで塒を荒らされた、二羽の睦じい小鳥のように、倉皇と菅畳から身を起した。」

 →鳥の寝るところ。とや。転じて、俗に自分の寝るところ。1級配当で「シ、ジ」「とや」「とぐろ」とも。「とぐろ」は「蜷局」とも書く。「とや」は「鳥屋」とも書く。

 ●迂散らし(ウサンらし)

 「素戔嗚は岩角に佇んだ儘、迂散らしく相手の顔を見やった。」

 →あやしまれるようすである。胡散臭い。「胡散」の当て字。

 ●漲る(みなぎる)

 「素戔嗚は顔中に不快そうな色を漲らせて、じろりと相手を睨みつけたが、…」

 →あふれるほどに満ち広がる。1級配当で「チョウ」が音読み。「漲溢」(チョウイツ)、「怒漲」(ドチョウ)、「暴漲」(ボウチョウ)。

 ●鰐(わに)

 「畜生! あんな悪賢い浮浪人は、鰐にでも食はしてしまうが好い。」

 →サメ類の古称。準1級配当で「ガク」が音読み。「鰐魚」(ガクギョ)、「鰐口」(わにぐち)。

 ●《少時》(しばらく)、番える(つがえる)

 「荒野は目の及ぶ限り、二人の後から吹下す風に、枯草の波を靡かせていた。素戔嗚は少時黙然と、そう云う景色を見守った後、弓に矢を番えながら、葦原醜男を振り返った。」

 →しばらくの間。当て字。「ショウジ」とも読む。

 →表外の訓読み。弓の弦に矢をあてがう。「つがい」は男女(雌雄)のペア。

 ●弓勢(ゆんゼイ)

 「風があって都合が悪いが、兎に角どちらの矢が遠く行くか、お前と弓勢を比べて見よう。」

 →弓をひき張る力。弓を射る力の強さ。

 ●小篠(おざさ)

 「と同時にその煙の下から、茨や小篠の焼ける音が、けたたましく耳を弾き出した。」

 →笹。イネ科の多年生植物。小形で丈の低いタケ類。山野に群生し種類が多い。「篠」一文字でも「ささ」。また、《小竹》と書いて「ささ」と訓む。

 ●《吃驚》(びっくり)

 「二人も素戔嗚の姿を見ると、吃驚したらしい容子であった。」

 →不意の出来事におどろくさま。《喫驚》(びっくり)は既出。

 ●嶮しい(けわしい)

 「高天原の国を逐われた素戔嗚は、爪を剥がれた足に岩を踏んで、嶮しい山路を登っていた。」

 →登るのが困難なほど、傾斜が急なさま。1級配当で「ケン」が音読み。「嶮隘」(ケンアイ)、「嶮峻」(ケンシュン)、「嶮岨」(ケンソ)、「嶮難」(ケンナン)、「嶮路」(ケンロ)。「険」に書き換えられる場合がほとんど。

「蓴羹鱸膾」は全部1級配当の四字熟語です〔芥川龍之介作品補遺シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑪

  芥川転載補遺シリーズの第11回は、本日2回目のupです。

 今回の目玉は「路上」。師匠である漱石の「三四郎」や「それから」を髣髴とさせる青年小説。しかし、やはりこれも前篇で終了します。「後篇は他日を期す」で終っているのですが、虚しい。。。どうしても芥川は長篇が書けなかった作家なのです。

【蜜柑】


 ●日和下駄(ひよりゲタ)

 「ところがそれよりも先にけたたましい日和下駄の音が、改札口の方から聞え出したと思うと、間もなく車掌の何か云い罵る声と共に、私の乗っている二等室の戸ががらりと開いて、十三四の小娘が一人、慌しく中へはいって来た、と同時に一つずしりと揺れて、徐に汽車は動き出した。」

 →おもに晴天の日に履く歯の低い下駄。

 ●擡げる(もたげる)

 「だから私は腹の底に依然として険しい感情を蓄えながら、あの霜焼けの手が硝子戸を擡げようとして悪戦苦闘する容子を、まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼で眺めていた。」

 →持ち上げる。1級配当で「タイ」が音読み。「擡頭」(タイトウ)、「擡挙」(タイキョ)。

 ●蕭索(ショウサク)

 「やっと隧道を出たと思う――その時その蕭索とした踏切りの柵の向うに、私は頬の赤い三人の男の子が、目白押しに並んで立っているのを見た。」

 →ものさびしいさま。「蕭条」とも。「蕭」は1級配当で「よもぎ」が訓読み。「蕭然」(ショウゼン)、「蕭殺」(ショウサツ)、「蕭颯」(ショウサツ)、「蕭散」(ショウサン)、「蕭蕭」(ショウショウ)、「蕭牆の憂え」(ショウショウのうれえ)、「蕭寥」(ショウリョウ)。

 ●乱落(ランラク)

 「暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。」

 →はらはらと乱れ飛ぶさま。

 

【龍】


 ●蛟竜(コウリュウ)

 「瘤の中にさえ竜が居たなら、ましてこれほどの池の底には、何十匹となく蛟竜毒蛇が蟠って居ようも知れぬ道理じゃ。」

 →古代中国の想像上の動物。水中に棲み、雲や雨に乗じて天に上り詰めて竜になるとされる。「蛟」は1級配当で「みずち」が訓読み。「潜蛟」(センコウ)、「蛟竜雲雨」(コウリュウウンウ)。

 ●風鐸(フウタク)

 「丁度その日は空もほがらかに晴れ渡って、門の風鐸を鳴らすほどの風さえ吹く気色はございませんでしたが、…」

 →風鈴。「鐸」は準1級配当で「すず」が訓読み。「鐸鈴」(タクレイ)、「金鐸」(キンタク)、「銅鐸」(ドウタク)、「木鐸」(ボクタク)、「鈴鐸」(レイタク)。

 ●朦朧(モウロウ)

 「金色の爪を閃かせて一文字に空へ昇って行く十丈あまりの黒竜が、朦朧として映りました。」

 →ぼんやりとかすんで見えるさま。朧げに見えるさま。「朦」は1級配当で「おぼろ」が訓読み。「朧」も1級配当で「おぼろ」。「朧月」(おぼろづき)、「朧朧」(ロウロウ)。


 【路上】


 ●懐手(ふところで)

 「小倉の袴に黒木綿の紋附をひっかけた、背の低い角帽が一人、無精らしく懐手をしながら、ふらりと外からはいって来た。」

 →手をふところへ入れていること。転じて、人に任せて自分は何もしないこと。

 ●脂下がる(やにさがる)

 「と、大井も角帽をかぶったなり、ちょいと顋でこの挨拶に答えながら、妙に脂下った、傲岸な調子で、…」

 →気取って搆える。得意げになってにやにやする。元々は、煙管の雁首を上に上げ、脂が吸い口のほうに下がるような形で煙草をふかすこと。

 ●標榜(ヒョウボウ)

 「『城』と言うのは、四五人の文科の学生が『芸術の為の芸術』を標榜して、この頃発行し始めた同人雑誌の名前である。」

 →主義・主張を公然と掲げあらわすこと。「榜」は1級配当で「たてふだ」「ふだ」。「黄榜」(コウボウ)、「虎榜」(コボウ)。

 ●揺曳(ヨウエイ)

 「彼はその刹那、女の長い睫毛の後に、彼の経験を超越した、得体の知れない一種の感情が揺曳しているような心もちがした。」

 →ゆらゆらとなびくこと。また、あとまで長く、その気分や痕迹が残ること。「曳」は準1級配当で「ひ・く」が訓読み。「曳曳」(エイエイ)、「曳行」「曳航」(以上、エイコウ)、「曳光弾」(エイコウダン)、「曳船」(エイセン)。

 ●《機会》(しお)

 「そこで彼は大井が一息ついたのを機会にして、切符と引換えに受取ったプログラムを拡げながら、話題を今夜演奏される音楽の方面へ持って行った。」

 →ちょうどよいとき。おり。しおあい。しおどき。機会。通常は「潮」「汐」の字を当てるが、当て字です。

 ●《却々》(なかなか)、対峙(タイジ)

 「画は却々うまい。優に初子さんの小説と対峙するに足るくらいだ。――」

 →宛字。結構。かえって、予想に反して。

 →相対してそばだつこと。向き合って立つこと。「峙」は1級配当で「そばだ・つ」が訓読み。「峙立」(ジリツ)、「霄峙」「聳峙」「竦峙」(以上、ショウジ)。

 ●窘める(たしなめる)

 「部屋の中の火気に蒸されて、一層血色の鮮になった初子が、ちょっと睨める真似をしながら、こう弟を窘めると、民雄はまだ俊助の手をつかまえたまま、『ううん。僕は莫迦じゃないよ。』」

 →とがめる。叱る。いましめる。「窘」は1級配当で2度目の登場(「窘しめる」=くるしめる)。頻出語。

 ●鉈豆(なたまめ)

 「清水はけげんな顔をしながら、こう好い加減な返事をすると、さっきから鉈豆の煙管できな臭い刻みを吹かせていた大井が、卓子の上へ頬杖をついて、…」

 →マメ科の蔓性一年草。熱帯アジア原産で果菜として古くから栽培。タチナタマメは異種で、熱帯アメリカ原産。若い莢は漬物とし、種子も食用。飼料、緑肥にも適する。タチハキ、タテハキ。「刀豆」とも書く。「鉈」は1級配当で「シャ、タ」が音読み。

 ●素読(ソドク)、恁うした(こうした)

 「清水がこう尋ねたのを潮に、近藤は悠然とマドロス・パイプの灰をはたきながら、大学の素読でもしそうな声で、徐に西洋の恁うした画の講釈をし始めた。」

 →文章の意味や内容の理解は扨措き、まず文字だけを音読すること。漢文学習の初歩とされる。「そよみ」「すよみ」とも。

 →このような、かかる。1級配当で「ジン、イン、ニン」が音読み。「恁地」(ジンチ)、「恁生」(ジンセイ、インセイ)。

 ●好誼(コウギ)

 「どうだ。年来の好誼に免じて、一つ案内役を引き受けてくれないか。」

 →したしみ。好意による交際。「誼」は準1級配当で「よしみ」が訓読み。「交誼」「厚誼」「高誼」のどれも「コウギ」。「友誼」(ユウギ)、「恩誼」(オンギ)、「情誼」(ジョウギ)、「仁誼」(ジンギ)。


 ●刎返す(はねかえす)

 「が、その眼が俊助の冷やかな視線に刎返されると、彼は急に悪びれない態度で、『そうか。僕はちっとも気がつかなかった。』と白状した。」

→首を切り捨てるようにきっぱりと突っ返す。「刎」は1級配当で「フン」が音読み。「刎死」(フンシ)、「自刎」(ジフン)、「刎頚」(フンケイ)。通常は「跳ね返す」「撥ね返す」。

 ●聴許(チョウキョ)

 「クレマンソオはどうしても、僕の辞職を聴許してくれませんからね。」

 →ききいれ許すこと。

 ●室咲き(むろざき)

 「室咲きの薔薇、窓からさす日の光、かすかなピアノの響、伏目になった辰子の姿――ポオト・ワインに暖められた心には、そう云う快い所が、代る代る浮んだり消えたりした。」

 →「室」は、冬場などで煖めておき、外気に触れないように特別の構造をした部屋のことで、その中で、春に咲く草木の花を冬のうちに咲かせること。


 ●《険吞》(ケンのん)

 「俊助は生酔の大井を連れてこの四つ辻を向うへ突切るには、そう云う周囲の雑沓と、険呑な相手の足元とへ、同時に気を配らなければならなかった。」

 →あやういこと。あやぶむこと。当て字で本来は「険難」と書き、「ケンナン」。「吞」は準1級で「ドン、トン」「の・む」。「吞舟」(ドンシュウ)、「併吞」(ヘイドン)、「鯨吞」(ゲイドン)、「吞牛之気」(ドンギュウノキ)、「吞噬」(ドンゼイ)、「呑吐」(ドント)、「吞気」(のんキ)=暢気。

 ●天啓(テンケイ)

 「若葉も、海も、珊瑚採取も、ことごとくの意味においては、地上の実在を超越した一種の天啓にほかならなかった。」

 →天の導き。天が真理を人間に示すこと。

 ●為(いつわり)

 「それとも両方がそれぞれの意味で、やはり為のない愛だろうか。」

 →普通は「偽」ですが、これも「いつわり」。「作為」(サクイ)。


 【疑惑】


 ●請待(ショウダイ)

 「元来地方有志なるものの難有迷惑な厚遇に辟易していた私は、私を請待してくれたある教育家の団体へ予め断りの手紙を出して、…」

 →これは意外に難読語。「セイタイ」でも「ショウタイ」でもないことに注意しましょう。意味は、客を請い招くこと。客を招いてもてなすこと。招待。

 ●推参(スイサン)

 「つきましては、先生のような倫理学界の大家の御説を伺いましたら、自然分別もつこうと存じまして、今晩はわざわざ推参致したのでございます。」

 →自分の方から押しかけて訪問すること。また、突然に人を訪問することを謙遜していう語。

 ●霊活(レイカツ)

 「…そうかと云ってまた私は、その専門の知識を運転させてすぐに当面の実際問題への霊活な解決を与え得るほど、融通の利く頭脳の持ち主だとは遺憾ながら己惚れる事が出来なかった。」

 →スピリチュアル。「霊」には「さとい、かしこい」との意もあるので、「いきいきとかしこいさま」を表わすのでしょう。意外と難語です。

 ●板木(バンぎ)

 「たとえば学校へ参りましても、教員室の机に倚り懸りながら、ぼんやり何かに思い耽って、授業の開始を知らせる板木の音さえ、聞き落してしまうような事が度々あるのでございます。」

 →寺院などで集会の合図などに叩き鳴らす板のこと。江戸時代には火災の警報にも用いた。「ハンギ」と読むと、印刷用の木版を指すことに注意。


 【じゅりあの・吉助】


 ●竹矢来(たけやらい)

 「磔柱は周囲の竹矢来の上に、一際高く十字を描いていた。」

 →竹で結った矢来。矢来は柵、囲いのこと。

 

【葱】


 ●世智辛い(せちがらい)

 「その台所道具の象徴する、世智辛い東京の実生活は、何度今日までにお君さんへ迫害を加えたか知れなかった。」

 →世渡りが難しい。暮らしにくい。「世知辛い」とも。

 ●燭(ショク)

 「ああ、東京の町の音も全くどこかへ消えてしまう真夜中、涙に濡れた眼を挙げながら、うす暗い十燭の電燈の下に、…」

 →光度の旧単位。1961年に廃止。1燭は約1カンデラ。蝋燭の光ということで、十燭は約13ワット。準1級配当で「ともしび」が訓読み。「燭光」(ショッコウ)、「華燭」(カショク)、「銀燭」(ギンショク)、「紙燭」(シショク)、「手燭」(てショク)、「蝋燭」(ロウソク)、「燭台」(ショクダイ)、《燭魚》(はたはた)

 ●俗臭(ゾクシュウ)

 「いや、お君さんの心を支配しているのは、そう云う俗臭を帯びた事件ではない。」

 →厭うべき凡俗の気風。卑俗な感じ。「俗臭芬芬」(ゾクシュウフンプン)。

 ●俗衆(ゾクシュウ)、睥睨(ヘイゲイ)

 「…必ず二三人はこの連中が、傲然と俗衆を睥睨している。」

 →在俗の人々。俗人たち。対義語は「僧侶」(ソウリョ)。

 →横目で見ること。流し目に見ること。あたりをにらみつけて勢いを示すこと。「辟倪」「辟睨」「俾倪」ともかく。「睥」(ながしめ)、「睥む」「睨む」(以上、にらむ)。

 ●円光(エンコウ)

 「しかしその田中君は、実はお君さんの芸術的感激が円光を頂かせた田中君である。」

 →仏・菩薩の頭上から放つ円輪の光明。後光。

 ●《瓦斯》(ガス)、葱(ねぎ)、《慈姑》(くわい)、牛蒡(ゴボウ)、《独活》(うど)

 「そうしてその町の右側に、一軒の小さな八百屋があって、明く瓦斯の燃えた下に、大根、人参、漬け菜、葱、小蕪、慈姑、牛蒡、八つ頭、小松菜、独活、蓮根、里芋、林檎、蜜柑の類が堆く店に積み上げてある。」

 →プロパンガス・天然ガスなど燃料用の気体。当て字。

 →ユリ科の多年草。準1級配当で「ソウ」が音読み。「葱青」(ソウセイ)、「葱鮪」(ねぎま)。「あおい」とも読む。

 →オモダカ科の多年草。中国原産。水田で栽培。葉はやじり形。地下の球茎に芽が出ていることから縁起をかついで正月などに食べる。熟字訓。

 →キク科の一年草または二年草。古くは中国から渡来し、根菜として栽培。多肉の根を食用とする。「蒡」は1級配当で「牛蒡」にだけ使用する。

 →ウコギ科の多年草。山地に自生。茎の高さ約2メートル。葉は大形羽状複葉。夏に茎頭・葉腋に小白花が球状の花序をなして群がり開く。軟白栽培の若芽は食用とし、軟らかく芳香がある。根は漢方生薬の独活(ドクカツ)で、発汗、解熱、鎮痛剤。熟字訓では超基本。「独活の大木」は「役立たず」。

 ●悄然(ショウゼン)

 「埃風の吹く往来には、黒い鍔広の帽子をかぶって、縞の荒い半オオヴァの襟を立てた田中君が、洋銀の握りのある細い杖をかいこみながら、孤影悄然として立っている。」

 →元気なくしょんぼりしたさま。「悄」は1級配当で「うれ・える」が訓読み。《悄悄》(しおしお)、「悄愴」(ショウソウ)、《悄気》る(しょげる)、《悄乎》(しょんぼり)。

 

【尾生の信】


 ●蔦蘿(つたかずら)

 「見上げると、高い石の橋欄には、蔦蘿が半ば這いかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣の裾が、鮮かな入日に照らされながら、悠々と風に吹かれて行く。」

 →つるくさの総称。かずら。「チュウラ」と音読みもする。「蘿」は1級配当で「ラ」「つた」。「蘿径」(ラケイ)、「蘿窓」(ラソウ)、「藤蘿」(トウラ)、《蘿蔔》(すずしろ)。

 ●一艘(イッソウ)

 「尾生はやや待遠しそうに水際まで歩を移して、舟一艘通らない静な川筋を眺めまわした。」

 →船を数える単位。「艘」は「ソウ」。大きい船の場合は「隻」(セキ)。

 ●沓(くつ)

 「橋の上にはしばらくの間、行人の跡を絶ったのであろう。沓の音も、蹄の音も、あるいはまた車の音も、そこからはもう聞えて来ない。」

 →足を入れるのに用いるはきもの。準1級配当で「トウ」が音読み。「雑沓」(ザットウ)、「沓沓」(トウトウ)、「沓石」(くついし)、《沓手鳥》(ほととぎす)。

 ●脛(はぎ)

 「いや、そう云う内にも水嵩は益高くなって、今ではとうとう両脛さえも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。」

 →すね。膝から足頸までの部分。「臑」とも書く。1級配当で「ケイ」が音読み。「脛骨」(ケイコツ)、「脛巾」(ケイキン)=はばき、《脛巾》(はばき)、「鶴頸」(カクケイ)。

 ●蒼茫(ソウボウ)

 「腹を浸した水の上には、とうに蒼茫たる暮色が立ち罩めて、遠近に茂った蘆や柳も、寂しい葉ずれの音ばかりを、ぼんやりした靄の中から送って来る。」

 →見渡す限り青々と広いさま。

 ●掠める(かすめる)、鱸(すずき)

 「と、尾生の鼻を掠めて、鱸らしい魚が一匹、ひらりと白い腹を飜した。」

 →すれすれに通る。かする。準1級配当で「リョウ、リャク」が音読み。「かす・れる」との訓読みもあり。「掠奪」(リャクダツ)、「拷掠」(ゴウリョウ)、「笞掠」(チリョウ)、「剽掠」(ヒョウリャク)、「榜掠」(ボウリョウ)。

 →スズキ科の怪魚。日本から中国の沿岸に分布。全長約1メートル。春から夏にかけ海水の交じった河川にも入る。出世魚で稚魚をコッパ、幼魚をセイゴ、やや成長したものをフッコという。食用で夏に美味。1級配当で「ロ」が音読み。四字熟語に「蓴羹鱸膾」(ジュンコウロカイ)=故郷を懐かしく思う心があります。基本語彙。

口先ばかりで実力に乏しいのが「眼高手低」〔芥川龍之介作品補遺シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑩

 芥川転載補遺シリーズの第10回です。今回はそれほど有名な作品は入っていないです。澹澹と。。。

【毛利先生】


 ●《襟飾》(ネクタイ)

 「しかも先生のうすよごれた折襟には、極めて派手な紫の襟飾が、まるで翼をひろげた蛾のように、ものものしく結ばれていたと云う、驚くべき記憶さえ残っている。」

 →necktie。「襟」は2級配当で「キン」「えり」。「開襟」(カイキン)、「襟懐」(キンカイ)、「胸襟」(キョウキン)、「襟度」(キンド)、「襟足」(えりあし)、「襟首」(えりくび)。

 ●一再(イッサイ)

 「――現に自分ですら今日その刻薄な響を想起すると、思わず耳を蔽いたくなる事は一再でない。」

 →一度や二度。一、二回。後ろに否定語「~ない」をつけて用いる。

 ●宛然(エンゼン)

 「現在この夜のカッフェで給仕と卓を分っている先生は、宛然として昔、あの西日もささない教室で読本を教えていた先生である。」

 →そっくりそのままであるさま。まさにそのもの自身であるさま。「宛」は準1級配当で「あて」「あ・てる」「ずつ」「あたか・も」「さなが・ら」が訓読み。

 ●久闊(キュウカツ)

 「一そ自分もあすこへ行って、先生と久闊を叙し合おうか。が、多分先生は、たった一学期の短い間、教室だけで顔を合せた自分なぞを覚えていまい。」

 →長い間会わないこと。久しく便りをしないこと。「~を叙する」は「久しぶりの挨拶を述べる、無沙汰を詫びる」。「闊」は1級配当で「ひろ・い」「はる・か」が訓読み。異体字は「濶」。「闊然」(カツゼン)、「闊達」(カッタツ)、「迂闊」(ウカツ)、「疎闊」(ソカツ)、「離闊」(リカツ)、「快闊」(カイカツ)、「広闊」(コウカツ)、「闊達自在」(カッタツジザイ)、「闊歩」(カッポ)、「横行闊歩」(オウコウカッポ)、「闊葉樹」(カツヨウジュ)⇔「針葉樹」(シンヨウジュ)、「闊絶」(カツゼツ)、「闊如」(カツジョ)、「闊落」(カツラク)、「闊疎」(カッソ)、「闊大」(カツダイ)、「闊別」(カツベツ)、「闊略」(カツリャク)。


 【あの頃の自分の事】


 ●音吐(オント)

 「藤岡博士の言語学の講義は、その朗々たる音吐とグロテスクな諧謔とを聞くだけでも、存在の権利のあるものだった。」

 →発声、声の出し方、こわね。「音吐朗朗」は、音声が豊かではっきりしているさま、さわやかな声が滞りなく出ること。

 ●技倆(ギリョウ)

 「特に自分はこの点で、久米が三幕物や一幕物を容易にしかも短い時間で、書き上げる技倆に驚嘆していた。」

 →力量、腕前、技能、手腕。「倆」は1級配当で「リョウ」「うでまえ」「わざ」。「伎倆」とも書く。

 ●眼高手低(ガンコウシュテイ)

 「そうしてその自信が又一方では、絶えず眼高手低の歎を抱いている我々に、我々自身の自信を呼び起す力としても働いていた。」

 →理想は高いが実力が伴わないこと。また、批評はうまいが創作力が伴わないこと。「眼高」は見る力のあること、「手低」は実行力のないこと。類義語は「志大才疎」(シダイサイソ)。

 ●〔牛耳を執る〕(ギュウジをとる)

 「――と云うより文壇に関係した話になると、勢何時も我々の中では、久米が牛耳を執る形があった。」

 →同盟、団体などの主導権を握って盟主、支配者となること。また、団体や組織を自分が中心となって意のままに動かすこと。「牛耳を握る」ともいう。出典は「春秋左氏伝」(定公八年)。こののち「牛耳る」(ぎゅうじる)と動詞化された。

 ●雅量(ガリョウ)

 「が、遺憾ながら当時の我々は、まだこの情熱に富んだ氏の人格を、評価するだけの雅量に乏しかった。」

 →広くおおらかな度量。寛大な心。類義語は「宏量」「弘量」。

 ●〔糟粕を嘗める〕(ソウハクをなめる)

 「読めと云うから読んで見ると、テエマが面白いのにも関らず、無暗に友染縮緬のような台辞が多くって、どうも永井荷風氏や谷崎潤一郎氏の糟粕を嘗めているような観があった。」

 →「糟粕」は「酒のしぼりかす」の意で、(古人の~)と書き、古人の作った精神をくみとらず、残された形だけをまねるにすぎないということ。独自の新しさがないことのたとえ。

 ●憾(うらみ)

 「作家としての武者小路氏は、作品の完成を期する上に、余りに性急な憾があった。」

 →不満足に思うこと。残念に思うこと。表外の訓読み。配当内は「カン」(2級)で、「恚憾」(イカン)、「遺憾」(イカン)、「憾怨」(カンエン)、「憾悔」(カンカイ)。

 ●冠履顛倒(カンリテントウ)

 「高等師範を廃止しろなんと云うのは、それこそ冠履顛倒だ。その理窟で行っても廃止さるべきものは大学の純文学科の方で、高等師範は一日も早くあれを合併してしまうが好い。」

 →上下の順序が乱れること。「冠履倒易」(カンリトウエキ)、「冠履倒置」(カンリトウチ)が類義語。本末転倒、主客転倒でもいいでしょう。

 ●煌々(コウコウ)

 「最後にその波と足との上に、煌々たる光があって、それが風の中の太陽のように、眩く空中で動いていた。」

 →きらびやかにかがやくさま。きらきら光ること。「煌」は1級配当で「かがや・く」「きら・めく」が訓読み。「煌びやか」(きらびやか)とも。

 ●滔々(トウトウ)

 「そうして此の耽美主義に慊らなかった我々も、流石にその非凡な力を認めない訳に行かなかったのは、この滔々たる氏の雄弁である。」

 →すらすらと淀みなく話すさま。「滔」は1級配当で「はびこ・る」が訓読み。「滔天」(トウテン)、「滔蕩」(トウトウ)、「滔慢」(トウマン)。

 ●一閑張(イッカンばり)

 「枕元には怪しげな一閑張の机があって、その上には原稿用紙が乱雑に重なり合っていた。」

 →漆器の一種。器物の表面に紙を貼り漆を塗ったものと、木型に紙を貼り重ねて型を抜いた素地を漆塗りにしたものとがある。

 ●杉形(すぎなり)

 「と思うと机の下には、古新聞を敷いた上に、夥しい南京豆の皮が、杉形に高く盛り上っていた。」

 →杉の木の聳えたような形、すなわち上が尖り下が広がった形。金字形。杉状とも書く。「形」は表外の訓読みで「なり」。「形振り」(なりふり)、「形貌」(なりかたち)。

 

【開化の良人】


 ●蒲柳の質(ホリュウのシツ)

 「これは勿論一つには、彼の蒲柳の体質が一切の不摂生を許さなかったからもありましょうが、…」

 →生まれつき体が弱いこと。虚弱体質。「蒲柳の資」ともいう。「蒲柳」は「楊柳、カワヤナギ」。

 ●繻珍(シュチン)

 「それが眉の濃い、血色鮮な丸顔で、その晩は古代蝶鳥の模様か何かに繻珍の帯をしめたのが、当時の言を使って形容すれば、いかにも高等な感じを与えていました。」

 →繻子の地合に数種の絵緯糸(えぬきいと)を用い、浮織や斜文織として文様を織り出したもの。主として女の帯や羽織裏、袋物に用いる。シッチン。シチン。

 ●代言人(ダイゲンニン)

 「当時相当な名声のあった楢山と云う代言人の細君で、盛に男女同権を主張した、とかく如何わしい風評が絶えた事のない女です。」

 →(明治期に流行)弁護士の旧称。

 ●猪牙舟(チョキぶね)

 「当日は兼ねての約束通り柳橋の舟宿で落合ってから、まだ月の出ない中に、猪牙舟で大川へ漕ぎ出しました。」

 →江戸で作られた、細長くて屋根のない、先の尖った船。軽快で速力が速く、漁業、舟遊びまたは隅田川を上下した吉原通いの游び船として用いられた。山谷船。ちょき。


 【きりしとほろ上人伝】


 ●潤色(ジュンショク)

 「これは予が嘗て三田文学誌上に掲載した「奉教人の死」と同じく、予が所蔵の切支丹版『れげんだ・おうれあ』の一章に、多少の潤色を加えたものである。」

 →表面をつくろい飾ること。とくに、物語や話題などを面白く作りかえること。脚色。

 ●彼是(ヒシ)、全豹(ゼンピョウ)

 「…予の『れげんだ・おうれあ』の紹介も、彼是相俟って始めて全豹を彷彿する事が出来るかも知れない。」

 →あれこれ。正確には「彼此」。「是」は当て字でしょう。「シ」とは読みませんから、「これ」の連想からでしょうね。

 →物事の全体の様子。全貌。「全豹一斑」(ゼンピョウイッパン)として用いて、「物事の一部だけを見て全体を批評すること」。つまり、視野が狭いことをいいます。

 ●《四十雀》(しじゅうから)

 「…いたいけな四十雀が何羽とも知れず巣食うて居った。」

 →スズメ目シジュウカラ科の鳥。小形で、頭頂・のどなどは黒、背は緑黄、頬と胸腹は白。胸腹の中央に縦の黒色帯が一本ある。日本の林地の鳥の代表。

 ●《山賤》(やまがつ)

 「されば山賤たちも『れぷろぼす』に出合えば、餅や酒などをふるまって、へだてなく語らうことも度々おじゃった。」

 →猟師、木樵など山中に住むいやしい身分の人。山しず。「賤」は準1級で「セン」「いや・しい」「あや・しい」「しず」。「賤民」(センミン)、「下賤」(ゲセン)、「賤侮」(センブ)、「賤女」(センジョ)、「貴賤」(キセン)、「鄙賤」「卑賤」(以上、ヒセン)、「微賤」(ビセン)、「貧賤」(ヒンセン)、「賤民」(センミン)。「賎」は異体字。

 ●斜めならず(ななめならず)

 「山男はそれを聞いて、斜ならず悦びながら、…」

 →(機嫌・喜びなどについて言う)ひととおりでなく、はなはだしい。「なのめならず」ともいう。

 ●初一念(ショイチネン)

 「やがて又初一念を思い起いた顔色で、足もとにつどった杣たちにねんごろな別をつげてから、…」

 →最初に思い立った一念。初志。

 ●宰領(サイリョウ)

 「じゃによって帝の行列の後から、三十人の力士もえ舁くまじい長櫃十棹の宰領を承って、ほど近い御所の門まで、鼻たかだかと御供仕った。」

 →中世以降、荷物を運送する人夫に付き添ってこれを支配・監督する役。

 ●鱗綴(うろことじ)、鳴(なり)

 「…鱗綴の大鎧に銅の矛を提げて、百万の大軍を叱陀したにも、劣るまじいと見えたれば、さすが隣国の精兵たちも、しばしがほどは鳴を静めて、出で合うずものもおりなかった。」

 →三角形を配列した文様。「綴」は準1級配当で「テイ・テツ」「つづ・る」「と・じる」。「点綴」(テンテイ)、「補綴」(ホテツ・ホテイ)、「綴文」(テイブン)、「緝綴」(シュウテイ)、「連綴」(レンテイ)、「綴集」(テイシュウ)。

 →騒がしい物音や声。「~をひそめる、静める」で用いて、「物音を立てずに静かにする。沈黙を保つ」。

 ●乱離骨灰(ラリコッパイ)、《鯨波》(とき)

 「その敵の大将がきりきりと宙に舞ひながら、味方の陣中へどうと落ちて、乱離骨灰になったのと、『あんちおきや』の同勢が鯨波の声を轟かいて、帝の御輦を中にとりこめ、雪崩の如く攻めかかったのとが、…」

 →ちりぢりに離れ散ること。めちゃめちゃになること。

 →昔、合戦のとき、戦闘開始を知らせるために全軍で発した合図の声。また、戦勝のときに発する喜びの声。「ゲイハ」とすなおにも読む。「鬨」(1級配当、既出)。

 ●形儀(かたギ)

 「当時国々の形儀とあって、その夜も高名な琵琶法師が、大燭台の火の下に節面白う絃を調じて、今昔の合戦のありさまを、手にとる如く物語った。」

 →一定の型。きまり。規範。「形木」「模」とも。

 ●検校(ケンギョウ)

 「何故と申せば、検校のうたう物語の中に、悪魔と云う言葉がおじゃると思えば、帝はあわただしう御手をあげて、必ず十字の印を切らせられた。」

 →盲人の最高級の官名。

 ●有験(ウゲン)

 「かしこの藁屋には、さる有験の隠者が住居致いて居ると聞いた。」

 →祈祷の効験があること。

 ●曲なし(キョクなし)

 「如何に遊びの身とは申せ、千里の山河も厭わいで、この沙漠までまかり下ったを、さりとは曲もない御方かな。」

 →愛想がない。素気無い。

 ●扉(とぼそ)

 「やがてしらしら明けと覚しい頃、誰やら柴の扉をおとずれるものがあったによって、十字架を片手に立ち出でて見たれば、これは又何ぞや、藁屋の前に蹲って、恭しげに時儀を致いて居ったは、天から降ったか、地から湧いたか、小山のような大男じゃ。」

 →とびらまたは戸の異称。通常、「枢」(とぼそ)といえば、開き戸のかまちに設けた、とまちを受ける穴のこと。

 ●逐天(チクテン)

 「悪魔も御主『えす・きりしと』とやらんの御威光には叶い難く、それがし一人を残し置いて、いずくともなく逐天致いた。」

 →逐電。出奔。失踪。逃亡。

 ●臍(ほぞ)

 「なれど山男は身の丈凡そ三丈あまりもおじゃるほどに、河の真唯中を越す時さえ、水は僅に臍のあたりを渦巻きながら流れるばかりじゃ。」

 →へそ。1級配当で「セイ」が音読み。「噬臍」(ゼイセイ)、「臍下丹田」(セイカタンデン)、「臍帯」(セイタイ、サイタイ)、「臍繰り」(へそくり)、「櫓臍」(ロべそ)。

 ●楊花(ヨウカ)、囀る(さえずる)

 「しかもあの四十雀は、その間さえ何羽となく、さながら楊花の飛びちるように、絶えず『きりしとほろ』の頭をめぐって、嬉しげに囀り交いたと申す。」

 →かわやなぎの花。「楊」は準1級配当で「やなぎ」が訓読み。「楊弓」(ヨウキュウ)、「楊枝」(ヨウジ)、「楊柳」(ヨウリュウ)。

 →小鳥がさかんに鳴き続ける。1級配当で「テン」が音読み。「鶯囀」(オウテン)。「くちぐるまじゅうたむすん」で覚えましょう。

 ●射白ます(いしらます)

 「雨も川面を射白まいて、底にも徹ろうずばかり降り注いだ。」

 →矢を射て敵の勢いをくじく。「いしろます」とも訓む。

「盲目」「跛」「唖」…差別用語は出ないか「邪宗門」 〔芥川龍之介作品学習シリーズ(from 「mixi日記」 of char)〕⑨

 芥川転載補遺シリーズの第9回は、本日2度目の更新となります。今回の目玉は「邪宗門」。以前も記しましたが、これは大正7年(1918年)に大阪毎日新聞に連載されたものです。主人公である堀川の若殿と邪宗の沙門との対決シーンがこれから本番というときに中断されています。残念です。時代設定は覈らかに平安王朝物ながら、邪宗という基督教的な宗教を取り入れているユニークな作品でもあります。誰か続きを書かないかなぁ。。。


 【奉教人の死】


 ●云爾(しかいう)

 「もし原文の平易雅馴なる筆致にして、甚しく毀損せらるる事なからんか、予の幸甚とする所なりと云爾。」

 →「ウンジ」の訓読。文章の末尾に用いて、上述の通りである意を表わす。「爾」は準1級で「ジ・ニ」「なんじ」。「爾後」(ジゴ)、「爾来」(ジライ)、「莞爾」(カンジ)、「爾今」(ジコン)、「爾汝」(ジジョ)、「爾余」(ジヨ)。


 【邪宗門】


 ●定業(ジョウゴウ)

 「有験の法師たちを御召しになって、種々の御祈祷を御上げになりましたが、これも誠に遁れ難い定業ででもございましたろう。」

 →苦楽の果報を受けるのが決定している業。また、果報を受ける時期が決定している業。決定業(ケツジョウゴウ)。辟けようのないさだめ。

 ●うらうえ

 「御親子の間がらでありながら、大殿様と若殿様との間くらい、御容子から御性質まで、うらうえなのも稀でございましょう。」

 →漢字で書くと「裏表」。反対。うらはら。裏が表に表が裏になるように正反対な様子。

 ●吐かす(ぬかす)

 「おのれ、よくも地蔵菩薩を天狗だなどと吐したな。」

 →(「言う」「しゃべる」の意を卑しめていう語)言いやがる。「抜かす」とも。表外の訓読み。

 ●尽未来(ジンミライ)

 「たちまち阿鼻叫喚の地獄に堕ち、不断の業火に皮肉を焼かれて、尽未来まで吠え居ろうぞ。」

 →「尽未来際」の略で、未来の果てに至るまで。未来栄達。

 ●切禿(きりかむろ)

 「さっき竹馬を持っていた童部が一人、切禿の髪を躍らせながら、倒れている鍛冶の傍へ、転がるように走り寄ったのは。」

 →髪を切り下げて結ばずにいる子供。また、その髪。かぶろ。「禿」は準1級配当で「トク」「はげ」「は・げる」「ち・びる」「かむろ」。「禿げ頭」(はげあたま)、「禿筆」(トクヒツ)、「頑禿」(ガントク)、「愚禿」(グトク)、「老禿」(ロウトク)。

 ●《盲目》(めしい)、跛(あしなえ)、唖(おし)

 「盲目が見えましたり、跛が立ちましたり、唖が口をききましたり――一々数え立てますのも、煩わしいくらいでございますが、…」

 →三重苦の古語ばかり。めくら。

 →びっこ。足萎え。

 →口がきけないこと。聾啞。

 ●灌頂(カンチョウ)

 「そのまた信者になりますには、何でも水で頭を濡すと云う、灌頂めいた式があって、それを一度すまさない中は、例の天上皇帝に帰依した明りが立ち兼ねるのだそうでございます。」

 →仏教界で頭に水を注ぐこと。「カンジョウ」が一般的か。その目的は①法王子の灌頂。九地の菩薩が十地にのぼるときの儀式②秘密灌頂。密教で阿闍梨より法を受けるときの儀式。密灌。伝法灌頂。結縁灌頂。

 ●破風(ハフ)

 「たとえばその沙門に化けた天狗が、この屋形の姫君に心を懸けて、ある夜ひそかに破風の空から、爪だらけの手をさしのべようも、全くない事じゃとは誰も云えぬ。」

 →日本建築で屋根の切妻についている合掌形の装飾板。また、それのついている所。

 ●束ねる(つかねる)

 「が、こう云う場合に立ち至ったからは、元よりこちらも手を束ねて、見て居る訳には参りません。

 →こまぬく。「手を束ねる」で用いる。表外の訓読み。

 ●裘(けごろも)

 「これは芥火に反いているので、噂に聞く天狗の翼だか、それとも天竺にあると云う火鼠の裘だかわかりません。――」

 →毛皮で作った防寒用の衣服。かわごろも。1級配当で「キュウ」が音読み。「裘褐」(キュウカツ)、「葛裘」(カッキュウ)、「軽裘」(ケイキュウ)、「狐裘羔袖」(コキュウコウシュウ)、「羊裘」(ヨウキュウ)、「貂裘」(チョウキュウ)。

 ●本末(もとすえ)

 「私どもの前へ進み出まして、天上皇帝の御威徳の難有い本末を懇々と説いて聴かせました。」

 →根本と末梢。ほんまつ。物事の初めと了わり。また、初めから了わりまで。

 ●桔梗(キキョウ)、褄(つま)

 「あるいはまた御簾際になまめかしくうち出した、萩、桔梗、女郎花などの褄や袖口の彩りと申し、うららかな日の光を浴びた、境内一面の美しさは…」

 →キキョウ科の多年草。山野に自生。初秋に青紫色または白色の釣鐘型の花をつける。秋の七草の一つ。

 →1級配当の国字。着物の袵のへりの部分。着物の裾の左右の両端。

 ●《看督長》(かどのおさ)

 「この騒ぎを見た看督長は、早速そこへ駈けつけて、高々と弓をふりかざしながら、御門の中へ乱れ入った人々を、打ち鎮めようと致しました。」

 →平安時代、検非違使の属官として罪人の追捕や牢獄のことをつかさどった。赤狩衣や白衣、布袴などを着け、白杖を持った。

 ●火宅僧(カタクソウ)

 「横川の僧都は、今天が下に法誉無上の大和尚と承わったが、この法師の眼から見れば、天上皇帝の照覧を昏まし奉って、妄に鬼神を使役する、云おうようない火宅僧じゃ。」

 →「火宅」は、(煩悩が盛んで不安なことを火災にかかった家宅にたとえていう)現世、娑婆のことで「火宅僧」は、妻のある僧侶、妻帯僧をいう。


 【るしへる】


 ●弁難(ベンナン)

 「破提宇子と云う天主教を弁難した書物のある事は、知っている人も少くあるまい。」

 →言い立てて非難すること。論難。言い争うこと。

 ●胡乱(ウロン)

 「云うこと勿れ、巴毘弇、天魔の愚弄する所となり、妄に胡乱の言をなすと。」

 →乱雑、でたらめ。不誠実。話が出鱈目で怪しく、胡散臭いこと。「胡」は準1級配当で「コ」「ウ」、「えびす」が訓読み。「胡説」(コセツ)、「胡言」(コゲン)。

 ●目戍る(みまもる)

 「われ、『るしへる』の弁舌、爽なるに驚きて、はかばかしく答もなさず、茫然としてただ、その黒檀の如く、つややかなる面を目戍り居しに、…」

 →見守る。「戍」は1級配当で「ジュ」が音読み。「衛戍」(エイジュ)、「謫戍」(タクジュ)、「戍煙」(ジュエン)、「戍客」(ジュカク)、「戍卒」(ジュソツ)、「戍兵」(ジュヘイ)、「戍甲」(ジュコウ)、「戍人」(ジュジン)、「戍徭」(ジュヨウ)、「戍楼」(ジュロウ)。似た字の「戉」(エツ、まさかり)、「戊」(ボウ、つちのえ)、「戌」(ジュツ、いぬ)の覚え方。「土のうえ(戊)に、犬(戌)一匹で人まもる(戍)、斧(戉)振り上げりゃ、ボウジュツジュエツ」。

 

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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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