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妻の言うことに耳を傾け、逆らわないのが賢い夫?=世説新語

世説新語の竹林の七賢シリーズから、本日は「山濤」と「劉伶」の二人。賢い妻を持つ二人ですが、それぞれ好対照の態度で接しています。さすがはモラトリアム集団「竹林の七賢」だけあります。ですが、この二人を並べた場合、山濤には好感が持てても、劉伶には眉を顰めないわけにはいかないかもしれません。本日も「明治書院・新書漢文大系21」から。

山公・嵆・阮と一面して、契り1)キンランの如し。山が妻韓氏、公の二人と常交に異なるを覚え、公に問う。公曰わく、我、当年、以て友と為す可き者は、唯だ此の二生のみ、と。妻曰わく、負羈の妻も、亦親しく狐・趙を観たり。意、之を窺わんと欲す、可ならんか、と。他日二人来る。妻、公に勧めて之を止めて宿らしめ、酒肉を具え、夜墉(かき=築地の塀)を穿ちて以て之を視、ア)に達するまで返るを忘る。公入りて曰わく、二人は何如、と。妻曰わく、君が才、殊に如かず。正に当に識度を以て相友とすべきのみ、と。公曰わく、伊が輩も亦常に我が度を以て勝れりと為す、と。(賢媛篇11)

1)「キンラン」=金蘭。「金蘭契」(キンランのちぎり)が成句で「友人との交わりが非常にかたく、清らかなことの形容」。元々の出典は「易経」繋辞伝上の「二人同心、其利断金、同心之言、其臭如蘭」から。金襴は微妙ですが「錦の一種で平らな金糸を横糸にして模様を織り出したもの」。

ア)「旦」=あした。あさ、明け方のことで、ほかには「朝、晨」。

【解釈】 山公(山濤)は嵆康・阮籍と一度あっただけで金蘭の如き交わりを結んだ。山公の妻韓氏は、夫と二人の交際がふつうでないのを悟り、公にたすねた。公は言った。「私が、いまどき友とするに値するのは、ただこの二人だけなのだ」。妻が言った。「負羈の妻も、自分の目で狐偃と趙衰をよく観察しました。私もお二人の様子をのぞいてみたいのですが、よろしいでしょうか」。後日、二人がやってきた。妻は山公に勧めて二人を泊らせ、酒肉をととのえた。夜になってかきに穴をあけてのぞき、朝になるまで帰るのを忘れていた。山公は部屋に入って来てたずねた。「二人はどうだったね」。妻が言った。「あなたは才能ではとてもあの二人には及びません。見識と度量でこそお付き合いなさいませ」。公が言った。「彼らも、いつも私の度量がすぐれていると言っているよ」。

利い妻の観察眼には山濤も肝を冷やしたのかもしれません。最後の「伊が輩も亦常に我が度を以て勝れりと為す」といった台詞は思い付きで取り繕った風にも聞こえます。嵆康・阮籍にかなわないことは彼自身が最もよく身に染みていたのかもしれません。

山濤と妻をめぐる別のエピソードがあって、これは「晋書」山濤伝に載っています。

山濤がまだ仕官せず家が貧しい頃、妻の韓氏にいった。「貧乏を我慢してくれ。しかし心配なのは、私が後にきっと三公の位にのぼるだろうが、あなたがその夫人にふさわしいかどうかだ」と。

今の貧乏生活を気に病むことなく、将来実現するかどうかも分からぬ、三公(=臣下の最高の官職→前漢代では丞相・大尉・御史大夫、後漢以降隋・唐代では大尉・司徒・司空、三槐九棘=サンカイキュウキョク)になってからのことを心配する山濤の度量は「見方によっては、確かにすぐれて大きいものといえるかもしれない」(P85)と明治書院ではちょっぴり皮肉交じりに解説されています。

しかしながら、そんなことを言われた当の妻に言わせれば、「あんだとぅ?どの口がゆうとるんじゃい?三公ぉだってぇ?上等じゃい。人のことをふさわしい云々を心配するんは百年早いわ。その三公とやらになってから言うてみんかいぃ~!」と口角泡を飛ばして、逆に啖呵を切られるのが関の山ではなかろうかと老婆心ながら心配しちゃいます。「蒙求」では「山濤識量」として載っています。

ちなみに、妻が引き合いに出した「負羈の妻」とは曹の大夫「僖負羈」の妻のこと。「春秋左氏伝」の「僖公二十三年」に「晋の公子重耳(後の文公)が諸国放浪の際、曹国に行った折、無礼な振る舞いを受けたが、その従者である狐偃や趙衰らを観察していた負羈の妻は、重耳は一国の大臣になれるほどの人物だから、あなたは曹公とは違うということをお示ししておきなさいと夫に進言。果たせる哉、重耳は文公となって即位し、曹を攻撃したが、僖負羈の家と一族には手をつけぬよう命じたという」との故事を指しています。まさに賢妻の先見之明なり。今も同じかも。世の夫諸氏は女房の云うことを素直にはいはいと聞いておくのが一番の人生訓かもしれませんな~。

続いて「劉伶」。山濤とは対照的な劉伶の妻に対する傲慢な態度は少し腹立たしく思うかもしれませんよ。

劉伶酒を病みて渇甚だしく、婦に従って酒を求む。婦、酒を捐て、器を毀ち、2)テイキュウして諫めて曰わく、君が飲太だ過ぎたり。摂生の道に非ず。必ず宜しく之を断つべし、と。伶曰わく、甚だ善し。我は自ら禁ずるこ能わず、唯だ当に鬼神に祝り、自ら誓って之を断つべきのみ。便ち酒肉をイ)うべし、と。婦曰わく、ウ)んで命を聞く、と。酒肉を神前に供え、伶に請いて3)シュクセイせしむ。伶はエ)きて祈りて曰わく、天、劉伶を生み、酒を以て名を為さしむ。一飲一斛、五斗にしてオ)を解く。婦人の言は慎んで聞く可からず、と。便ち酒を引き肉を進め、4)カイゼンとして已に酔いたり。(任誕篇3)

2)「テイキュウ」=涕泣。なみだを流してなくこと。「涕」は「なみだ」。ほかには「泗、泪、洟」。涕泗(テイシ)、涕洟(テイイ)=たれるなみだと鼻水。涕涙(テイルイ=流れ落ちる涙)、涕零(テイレイ=なみだをこぼすこと)。

3)「シュクセイ」=祝誓。祝いの言葉を述べる言葉や文。

4)「カイゼン」=隗然。ひどく酔う様。「隗」は「けわしい」という意味ですから少しピンと来ませんがね。むしろ故事成語の「従隗始」(カイよりはじめよ)、「先従隗始」(センジュウカイシ)の方が有名ですね。

イ)「具う」=そな・う。表外訓み。「具える」は「そな・える」。かねそなえていること。

ウ)「敬んで」=つつし・んで。表外訓み。

エ)「跪きて」=ひざまず・きて。かしこまったときの作法。音読みは「キ」。跪拝(キハイ=ひざまずいておがむ)、跪坐(跪座=キザ、ひざまずいてももをたててまっずぐにすわる)、跪謝(キシャ=ひざまずいて感謝する)、跪伏(キフク=ひざまずいて伏しかがむ)。

オ)「酲」=テイ、ふつかよい。悪酔いすること。これ1級配当なんですね。「酲い」は「わるよ・い」とも訓む。

【解釈】 劉伶は二日酔で、ひどくのどが渇いていた。妻に酒をくれと求めた。妻は酒を捨てて酒器を壊して泣きながら夫を諌めた。「旦那様のお酒は度を越しています。摂生の道に外れております。どうぞぜひおやめくださいませ」。伶が言った。「なるほど結構だ。わしは自分でやめることは出来ないから、神にいのって酒を断つ誓いをしよう。すぐに御神酒と肉を用意してくれ」。妻は「かしこまりました」と言って酒肉を神前に供え、伶に誓いを立てるよう促すと、伶はひざまずいていのった。「天はこの世に劉伶を生み、酒飲みで名を為さしめた。一たび飲めば一石、二日酔を払うには五斗。女房の言葉など決して聞くまいぞ」。そこで酒を引き寄せて肉を食らい、すっかり酔っ払ってしまった。

劉伶は酒飲みの代名詞で、いつ、どこで死んでもいいように、従者に墓掘り用の鍬を持たせて歩いたとされています。しかし、体のことを心配して酒を控えるように懇願した妻を蔑ろにする劉伶の態度は許せないものがありますね。天をして「酒を以て名を為さしむ」というのは、単に「アル中」という評判が世間に立っただけのこと。「婦人の言は慎んで聞く可からず」とは女性蔑視発言に等しい。現代社会なら、即刻、離婚訴訟となっても可笑しくないでしょう。年老いても介護だってしてくんないよ。この話の後、妻がどういう態度を取ったかは伝わっておりませんが、楽しい夫婦生活でなかったことだけは想像に難くないですね~。

世説新語の随所に劉伶の酒にまつわる逸話が載っています。「蒙求」では「劉伶解酲」(リュウレイカイテイ)として掲載されています。これらはまた別の機会に。。。
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文科省のプレッシャーに抗し切れるか=「漢検」6月開催は困難な情勢

 本日午後、財団法人日本漢字能力検定協会の鬼追明夫・新理事長が文部科学省を訪れ、清水潔・生涯学習政策局長と上月正博・生涯学習推進課長と面談しました。迂生の「知り合い」によると、その際、文科省サイドは①利益相反取引と考えられるメディアボックス、文章工学研究所に対する損害賠償請求の検討②オーク、日本統計事務センターの将来を含めた取引解消に向けた検証と検討③検定料のさらなる引き下げについて将来的にも検討課題であることの明確化④問題解決の目処が立つまでの間、当分、検定事業を含めた対外的活動の停止・延期を含めた総合的な検討の必要性――などを柱とした運営の抜本改善策を突き付けたとのことです。

 要は、大久保昇前理事長のファミリー企業との「決別」を急げということ。そして、ポイントなのは、そのことがはっきりさせられるまでは、「検定試験は行うな」ということです。つまり、6月21日予定の次期検定試験は延期せよということのようです。ここまで、文科省が強硬な姿勢を見せたことで、6月の開催は困難な情勢が強まりましたね。

 鬼追理事長は、「新生漢検100日プロジェクト」と銘打って、自己改革に乗り出す意向を示した上で、6月の開催に理解を求めましたが、多分駄目でしょう。文科省としてはこれまで、「面子丸潰れ」できており、その指導監督官庁としての存在感を示すためにも一歩も引く構えはなさそうです。銭谷真美事務次官も記者会見で「現在の協会を考えた時、業務運営が社会的信頼を損なっており、現在のままで試験ができるかどうかは問題がある」と断じていると聞いています。今から100日なんて「悠長なこと」を言っている場合ではないとのスタンスです。

 オークと日本統計事務センターとの取引の解消は勿論、それに附随したさまざま残務も含めて、「大久保色」を一掃するまでは漢検事業はできない公算が大ですね。もしかしたら、今年度は無理かもしれません。受検者が可哀相ですが、致し方ないでしょう。大久保前理事長らに対する捜査も本格化するでしょうから、「汚れた漢検」のレッテルが貼られたままでは、受検する方も受検できないでしょう。ただ、受験料の更なる引き下げも求めているので、文科省も、未来永劫、事業を行うなということではないので、漢検が熄くなることはないでしょう。存続が大前提でしょうが、時間は必要となりそうですね。

 さらに、2009年度に係る漢字検定試験事業などの文部科学省の「後援名義」は撤回すると共に、文部科学大臣賞も交付しないことを伝えました。既に、2008年度の表彰でも大臣賞は見送られているのですが、今後、文科省が「名前」を貸すことはしないということを宣言しております。顔に泥を塗られていますからね。細かい話ではあるものの、文科省色を薄めることで「漢検ブランド」の出直しを求めています。虎の威を借りることなく自助努力でやれということですね。これで、漢検の公的な側面も薄まることになり、学校単位で受けるケースもありましたが受検者も激減するでしょう。

 厳しい言い方をしますが、漢検も、文科省も、受検者も、メディアも、これまで検定に参加した人々は全員がリセットしなければならないのです。「新たな漢検」を作り上げるべく、それが必要ならですが、それぞれが考えを新たにしなければならないのです。そして、もし、もう必要ないと判断するなら、やめればいい。。。それだけのことですよ。被害を蒙るのは、無垢な受検者ですけれどね。。。。

 本日は以上で、漢字学習の番外編ということでご容赦ください。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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