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二度の「嗚呼哀しい哉」に籠められた秘密は?=「自祭文」(7)・完

陶淵明の「自祭文」(岩波文庫「陶淵明全集」、松枝茂夫・和田武司訳注)シリーズの7回目、最終回です。自らの死を予感して、その二カ月前に予行演習のような詩を詠じた淵明先生。死など懼れるに足らんというのでしょう。懼れはしないが、我が儘にもできないのが死だという。墓を作っても荒れ果ててしまい、すっかり消えてしまうことは恐ろしい。。。


【第7段】

1)カクとして已に滅し、2)ガイとして已に3)かなり。封せず樹せず、日月遂に過ぐ。4)ゼンヨを貴ぶに5)ず、孰か6)コウカを重んぜん。人生実に難し、死之れを如何せん。嗚呼哀しい哉。



【解釈】 我が身は空しくもすでに滅び、嘆かわしくもはるかに遠くかなたに消えた。墓の盛り土もせず、墓地のまわりに目印の木も植えず、歳月はどんどん過ぎてゆく。私は決して生前の名誉を重視することはなかったのだ。ましてや死後に私をたたえる歌などを望む気はさらさらない。それにしても生きることがこんなにも難しいというのに、死すらもどうすることもできないのだ。ああ、哀しいことよ。

1) カク
2) ガイ
3) 遐か
4) ゼンヨ
5) 匪ず
6) コウカ




「封」は「つちもり」。葬った場所に土を盛って墓とすること。「樹」は、墓であることの目印を立てること。淵明先生はこの両方ともしなくていいといいます。それは生きている自分が名誉を重んじなかったことと符合しているからです。斯くも形式的なことにこだわらない生きざま。だから、死んだあとは自分の痕跡を残すことを嫌うのです。あたかも自分はこの世に生を享けたことを否定するかのようです。生きることのむずかしさを嘆き、そして、死ぬことの難しさをも嘆くのです。「嗚呼哀しい哉」は冒頭に続き二回目の登場です。これが結果的に「辞世の言葉」と為りました。死の二カ月前に「嗚呼哀しい哉」。偶然にしては出来過ぎですが、諧謔センスを持ち合わせた淵明先生のことゆえ、たまたまおどけて詠んだだけの詩とみることもできます。しかし、其の体はすでに痾に侵されていた。生と死を隔てることのできない自分に忸怩たる思いが強かったのでしょう。生きているあいだに一度、自分で自分を弔っておこうと思ったのではないでしょうか。そうすれば何時死んでも怖くはないぞとばかりに。。。。

問題の正解は続きにて。





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淵明先生が《予行演習》を急いだのは…?=「自祭文」(6)

陶淵明の「自祭文」(岩波文庫「陶淵明全集」、松枝茂夫・和田武司訳注)シリーズの6回目です。自分の悔い無き人生を振り返り、おおむね満足の意を示した淵明先生。貧乏ではあったが我が儘に生きてこれたという自信があるから。さあ、そこでだからこそ死に向き合う場面では静かに、しかし、慈しんだ家族や、気の置けない仲間から祝福されたいと思うのです。

【第6段】

寒暑愈々邁き、亡は既に存と異る。外姻、1)に来り、良友、宵に2)る。之れを3)チュウヤに葬り、以て其の魂を安んぜん。窅窅たる我が行、4)ショウショウたる墓門。5)シャは宋臣に恥じ、6)ケンは王孫を笑う。



【解釈】 歳月は往いて停まらず、死亡はもはや生存とは違う。かくて姻戚や親しい友人が、朝に夜に葬いに駆けつけてきて、私を曠野に葬り、私の霊を慰めてくれるだろう。こうして私は暗くて寂しい墓の門にはいって行くだろう。かの宋国の宰相桓魋(カンタイ)のような贅沢な葬られ方は思っても恥ずかしいし、さればとて楊王孫のようにしみったれた葬り方もばかばかしいと思う。

1) 晨
2) 奔る
3) チュウヤ
4) ショウショウ
5) シャ
6) ケン

窅窅(ヨウヨウ=うすぐらいさま)。「窅」は「くらい」。窅然(ヨウゼン=奥深いさま、気を失ったようにぼんやりしているさま)、窅窕(ヨウチョウ=奥深いさま、しなやかなさま)、窅眇(ヨウビョウ=はるかで、見えにくいさま、奥深いさま)。




淵明全集によると、「宋臣」とは「春秋時代、宋国の司馬(陸軍大臣)の桓魋。彼は生前から自分のために石棺を作ったが、三年たっても出来あがらず、石工はみな疲れた。そのとき宋国にいた孔子がそれをみて、あまりにも贅沢だと笑ったことが『孔子家語』にみえる」。また、「王孫」とは「漢代の有名な無神論者楊王孫のこと。彼は臨終に際して子女に遺言して、自分が死んだら死骸を袋に入れて、穴の中に七尺ほど入ったところで、足を先に袋から出して、からだを土にじかにつけるようにせよ、つまり『裸葬』にせよといった」とあります。

臨終に際して二人の両極端な姿を対比させてどちらも死と正対していないと云うのでしょう。後二カ月後に訪れることを知っていてかどうかはともかく、親戚や親しい友人が友裏ってくれるのが一番である。派手でも嫌だし、地味でも哀しい。葬儀は見栄であってはならないが、誰ひとりも悲しんでくれないのも。。。難しい。なぜか?それは自分が旅立つのであって、見送るのは自分ではないからです。旅立つ方は見送る方にはなれない。だから、淵明先生は予め見送る立場を経験したのです。そうすれば恐い物はない。自分は誰からも見送れられないことはないのですから、安心して“本番”を迎えられるのです。

問題の正解は続きにて。



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我が儘に生きることの難しき未練残さぬ人生送る=「自祭文」(5)

陶淵明の「自祭文」(岩波文庫「陶淵明全集」、松枝茂夫・和田武司訳注)シリーズの5回目です。淵明先生は、老荘思想にある不老不死を求めなかった。彼が隠遁したのは、仙人になりたかったのではなく、自分でありたかったがために、田園に帰ったのです。終わった人生に未練なく、これからの人生に向き合うために。。。

【第5段】

運を識り命を知るも、1)か能く2)ること3)からん。4)れ今5)に化す、以て恨無かる可し。寿、百齢に渉り、身、6)ヒトンを慕う。老より終を得、7)の復た恋うる所ぞ。

【解釈】 生ある者は必ず死ぬ、それが人の運命だとよくよく知ってはいるものの、いざという間際になると、誰しもこの世に未練が残ってうしろを振り向かぬ者はいない。しかし私は今こうして死んでしまうが、もはや何の悔いもないつもりだ。私は一生百年の間、隠遁の生活にあこがれてきた。かくて老いて死ぬことができるのだから、何をいまさら名残りを惜しむことがあろうか。

1) 疇か
2) 眷る
3) 罔からん
4) 余れ
5) 斯に
6) ヒトン
7) 奚




死ぬのは恐いが逃げることは出来ぬ。後悔を残さずに死ねることこそ理想の人生。人生終盤局面における人の生き方が問われる時代です。自分が何歳まで生きて、どのような形でこの世を去るのかは、そうなってみて初めて分かる、否、そうなってみなければ絶対に分かり得ないものです。毎に未練、後悔を残さないためにも、その瞬間瞬間を燃焼し尽くすことが求められる。分かってはいるけど…という奴ですね。

淵明先生の節目節目の決断は羨ましいが、己の気持ちを最も優先させるという点で倣うべきです。否、見習えるでしょう。「我が儘」というのは現代社会ではネガティブなニュアンスが強い言葉でが、否、擅、誕、淫、蕩、驕、恣、縦、肆に生きることがどれだけ難しいか。決して自分中心勝手という括りだけで捉えるべきではないと思う。自分の思うがままに生きる生きるためには、どれだけの準備と心構えが必要か。人生を思うがままに生きることができれば終盤局面で慌てることはない。h肥遁して恬淡としてやりたいことをやればいい。淵明先生の言葉から得られる訓誨です。

問題の正解は続きにて。


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他人と同じ道を歩んで「軌跡」を描くことを只管厭う=「自祭文」(4)

陶淵明の「自祭文」(岩波文庫「陶淵明全集」(下)、松枝茂夫・和田武司訳注)シリーズの4回目です。人生百年を短いと思うか、長いと思うかは各人が描いてきたその軌跡によるもの。いたずらにむなしく過ごすのか、充実した中身の濃い時を過ごすのか。あなたならどちらの軌跡を描きたいですか?

【第4段】

惟れ此の百年、1)の人之れを2)しむ。彼の成ること無きを3)れ、日を4)り時を惜しむ。存しては世の珍と為り、没しても亦思われんとす。嗟、我れ独り5)き、6)に茲れに異れり。寵は己れが栄に非ず、7)デツも豈に吾れを8)めんや。9)キュウロ捽兀として、10)カンインして詩を賦す。



【解釈】 ところでこのたかだか百年の一生に、人々はどこまでも執着を持っている。彼らはこの生涯を何も成し遂げずに終わるのではないかと恐れ、一日一時をも貪り惜しんでいる。生きている時には世間の賞めものになり、死んでからも長く人に思慕されたいと願っている。ああ、それでもわたしはわたしの道を行った。そう、なんとまあ全く違った行き方をしたのである。人にもてはやされることを栄えあることとはしなかった。黒い汁に漬けられようとも、決して黒くは染められなかった。貧しいあばら家に昂然として、心行くまで酒を飲み、詩を作って過ごしてきたのだ。

捽兀」(ソツコツ・ソッコツ)は「傲然として孤高を守るさま」。


1) 夫の
2) 愛しむ
3) 懼れ
4) 愒り
5) 邁き
6) 曾に
7) デツ
8) 緇めん
9) キュウロ
10) カンイン




世間に媚びるのは自分の名声をこの世にとどめたいから。しかし、淵明先生は世間の目より自分の生きざまを優先させ、田園に帰りました。栄達の道を棄てました。いわば世間とはおさらばした形。世間の何色にも染まりたくなかったのです。自分の色を追い求めることを決めたのです。口で言うほど簡単なことではないでしょう。世間と隔絶するのですから。酒と読書があればいい。なんとまあ羨ましい人生でしょう。

問題の正解は続きにて。



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人生「百年」あなたならどう楽しく生きれるか?=「自祭文」(3)

陶淵明の「自祭文」(岩波文庫「陶淵明全集」、松枝茂夫・和田武司訳注)シリーズの3回目です。淵明によると、人生「百年」だそうです。楽しけりゃ百年もいいですが、辛い日々だときついかも。じゃあ、どうすれば楽しい「百年」なのか?淵明先生の声に耳を欹てましょう。

【第3段】

春秋1)タイシャし、中園に務有り。2)ち3)り載ちえば、4)ち育ち迺ち繁る。欣ぶに5)ソトクを以てし、和するに6)シチゲンを以てす。冬は其の日に7)し、夏は其の泉に濯ぐ。勤めては労を余すこと8)く、心に9)ジョウカン有り。天を楽しみ分に委ね、以て百年に至る。



【解釈】 春と秋が入れ替わる間に、畑の仕事はつぎつぎに途切れない。草を刈り、土をかけてやると、作物は育ち茂り栄える。大好きなのは読書だ。事を弾ずる楽しみがあればなおいい。冬は日向ぼっこで暖をとり、夏は泉で水浴びして暑さをしのぐ。働く時は労を惜しまない。気持ちはいつもゆとりがある。こうして天命を楽しみ、分相応に暮らして、ここに一生の終わりを迎えた次第だ。

1) タイシャ
2) 載ち
3) 耘り
4) 迺ち
5) ソトク
6) シチゲン
7) 曝し
8) 靡く
9) ジョウカン




乃ち一年を通じて休むことなく働くこと。労働の対価として余暇が生まれ、充実した時が過ごせるのです。趣味も大事だ。悔いを残さぬ人生こそ、気持ちにゆとりがはぐくまれる。天命を全うできるかどうかは気持ちのゆとりにかかっているようです。百年は長いですからね、一つ一つの事象や出来事を点として捉えて一喜一憂するのではなく、線としてつなげていきたいもの。一つ一つは無駄に見えるかもしれないが、実は立派な軌跡を描いているのです。目先の利益に拘泥するのはやめましょう。大局観こそが百年の人生に求められると言えましょう。官途を辞して田園に帰った淵明先生の歩んだ人生からはそんな教訓を得ることができます。

問題の正解などは続きにてご覧あれ。



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人として生まれた幸運に感謝し貧乏を怺え抜くべし=「自祭文」(2)

陶淵明の「自祭文」(岩波文庫「陶淵明全集」、松枝茂夫・和田武司訳注)シリーズの2回目です。気がつけば魂が体から抜け出したかのごとく、客観的に自分の死を見詰めている自分がいる。仮の世との永遠の別れ。友も皆悲しんでくれている。しばらくは自分の人生の振り返りが続きます。死ぬ時は誰しもそうなのかなぁ・・・

【第二段】

茫茫たる1)タイカイ、悠悠たる高2)ビン。是に万物を生じ、余れ人と為るを得たり。余れ人と為りてより、運の貧しきに逢い、3)タンピョウは屡々罄き、絺綌は冬に4)ぬ。歓びを含んで谷下線文に汲み、行々歌いて薪を負う。5)エイエイたる6)サイモン、我が7)ショウシンを事とす。

【解釈】 果てしなく広い大地、限りなく高い蒼天。そこに万物は生まれ、わたしは幸いにして人として生まれた。しかし、人として生れて以来、不運に見舞われ続けた。飯籠も水瓢も空っぽで食うや食わずの毎日、冬なのに薄い葛の服を着る有様。それでも、楽しむことを忘れずに谷間に水を汲みに行き、鼻歌を口ずさみながら薪を背負って帰ってくる。毎日毎日、ほの暗い柴の戸だけが朝早くから夜遅くまでわたしを見送り迎えてくれたのだ。

1) タイカイ
2) ビン
3) タンピョウ
4) 陳ぬ
5) エイエイ
6) サイモン
7) ショウシン


」は「つきる」。物がつきてからになる。音読みは「ケイ」。罄尽(ケイジン=すっかりなくなる、罄竭=ケイケツ=)、罄輸(ケイユ・ケイシュ=ありったけを差し出す)。
絺綌」は「チケツ・チゲキ」。葛の繊維で織った布。また、それで作った着物。かたびら。夏用で薄い。当然冬に着るものではない。「」は目の細かい葛衣、「」は目の粗い葛衣。




この世に人として生まれたことを幸運なこととして捉えています。われわれは罷り間違えば毛虫だったかもしれない。あるいはもっと下等な生き物。多少の貧乏暮らしは何する物ぞ。飯がなければ我慢すればいい。着る物がなければ裸でもいい。楽しく前向きに生きていくこと。生を謳歌すること。働いて働いてわずかの利益でもつつましく暮らすこと。毛虫でもない。動物でもない。人なのだ。

問題の正解は続きにてご覧ください。。。。

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淵明先生に倣い自分の葬送の予行演習をしてみませんか?=「自祭文」(1)

成島柳北は暫くお休みします。柳橋新誌で一気に使い果たしたため、“ネタ”を充電しなければなりません。あることはあるのですがblogに書くには十分に咀嚼する必要があります。そこで、繋ぎというわけではないのですがこんな時こそ隠逸詩人、陶淵明先生に頼りましょう。宋の朱熹の著した「通鑑綱目」によると、淵明は元嘉四年(427)十一月、六十三歳でに卒したと記されています。そのたった二カ月前に作した「自祭文」(自ら祭る文)を紹介します。「陶淵明全集」(岩波文庫)のカテゴリーで言えば、死者に哀悼の意を表する「祭文」。しかも自分を祭る文。自らの死を予告し、暗示する文章です。「死は恐れるに足らず」とでも言いたいのか、それとも「死ぬのが怖い」からなのでしょうか。

全部で第七段まであります。本日は第一段。

【第1段】

歳は1)れ丁卯、律は無射に中る。天寒く夜長く、風気2)ショウサクたり。3)コウガン4)に征き、草木黄落す。陶子、将に5)ゲキリョの館を辞し、永えに本宅に帰らんとす。胡人、悽として其れ相悲しみ、同に今夕に6)ソコウす。7)うるに8)カソを以てし、薦むるに清酌を以てす。顔を9)えば已に冥く、音を10)けば愈々漠たり。嗚呼哀しい哉。



【解釈】 丁卯の歳(元嘉四年)の秋九月、天は寒く夜は長く、風はわびしく吹き、雁は南に飛び去り、草木は黄葉して散った。わたしはいま仮住まいの宿に暇を告げて、永遠に本宅に戻ろうとしている。友人はいたましげに嘆き悲しみ、相集うて今宵わたしの旅立ちを見送るため、美味なる野菜果物と酒を供えてくれた。わたしの顔を覗き込めばもはや黒ずんでいよう。耳を傾けて声を聞こうとしてももはや聴き取れはしまい。ああ、悲しいことではないか。

短い一節の中ではありますが、一つ一つの言葉が染み渡り、あるいは心を射さし、あるいは魂を揺るがせます。「律は無射に中る」は岩波文庫に解説が見えます。「古代においては、長短不同の竹筒を吹いて、その音声の清濁高下によって十二の音階を定める。すなわち陽の調子の六律=リクリツ=と陰の調子の六呂=リクリョ=と、合せて十二律とする。無射=ブエキ=とはその中の陽律の六番目にあたる音階。古代この十二律を十二カ月に配当し、無射は九月にあたる」とあります。

1) 惟れ

2) ショウサク

3) コウガン

4) 于に

5) ゲキリョ

6) ソコウ

7) 羞うる

8) カソ

9) 候えば

10) 聆けば

■文中、漢字の誤りが一か所ある。指摘して正せ。



誰しも齢六十も過ぎれば己の死と真正面から向き合わないわけにはいかないのでしょう。死んだ自分をシミュレートして予行演習的にあの世に逝く自分を見送るという発想は不惑半ばである迂生にしてはまだまだ生まれません。しかし、確実に老いを向かい合う毎日が続いています。どうすれば気持ちよく楽しく老いることができるのか。死を見詰めることができるのか。この世に生を禀けた者として最終場面を想像することは大事だと思います。淵明先生に倣うことはできないですが、先生の姿を、心の葛藤を味わうのはいい機会かと思われます。

問題の正解は続きにてどうぞ。

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麻姑が見た大海原は高原に植えぬ桑の実悔いぞ多けれ=陶淵明「擬古」9

陶淵明の「擬古」九首シリーズの九回目、最終回です。いつものように岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。「滄海変じて桑田と為る」という成句はご存知でしょうね。「神仙伝」にある故事で、痒い所に手の届く「孫の手」の語源ともなった「麻姑」(マコ)という仙女が「東海三たび変じて桑田と為るを見る」―あたしゃ長年生きているけど青海原が桑畑になってしまう光景を三回も見ちゃったわ―と王方平に言いました。嗚呼、世の中の移り変わりの何と激しいことか。淵明のこの首はこれを踏まえて自らの感慨を詠じています。

「其九」

桑をア)う 長江のイ)

三年 当に採るべしと望めり

枝条 始めて茂らんと欲して

忽ち山河の改むるに値う

ウ)と葉とは自ら摧け折れ

根と株とは1)ソウカイに浮かべり

2)シュンサン 既に食無く

3)カンイ 誰にか待たんと欲する

本と高原に植えず

今日 復た何をか悔いん

1)ソウカイ=滄海。

青海原。「滄」は「青緑色の冷たい色」をいい、「あおい」とも訓み、この一字でも「あおうなばら」と訓みます。滄海遺珠(ソウカイのイシュ=大海中に取り残された珠。世に知られずに埋もれている賢者を譬える)、滄海一粟(ソウカイのイチゾク=大海中の一粒の粟。非常に大きい物の中に、非常に小さい物があるたとえ)、滄江(ソウコウ=広々と、深緑色に見える川の水)、滄洲(ソウシュウ=東方の海上にあり、仙人の住むといわれた場所、あおあおとした水に囲まれた洲や浜)、滄波(ソウハ=深緑色の波、あおあおとした波)、滄茫(ソウボウ=水があおあおと、はてしなく広がっているさま)、滄溟(ソウメイ=あおあおとした海)、滄流(ソウリュウ=深くあおあおとした流れ)、滄浪(ソウロウ=あおあおとした澄んだ水の色)。

2)シュンサン=春蚕。

春のカイコ。繭を作るために春に糸を吐き出す。

3)カンイ=寒衣。

冬の着物。寒い時の薄着という意味もあり、貧乏であることが寓意されます。

ア)種う=うう。

表外訓み。植えること。「うえる」はほかに、「栽える、樹える、秧える、稼える、芸える、蒔える」があります。

イ)辺=ほとり。

近くの処。そば、あたり。表外訓み。辺陲(ヘンスイ=国ざかい、国境)、辺隙(ヘンゲキ=国境での紛争)、辺徼(ヘンキョウ=外敵から国を守るため、国境に設けたとりで)、辺戍(ヘンジュ=国境の守備、また、その兵士)、辺陬(ヘンスウ=かたいなか、僻陬=ヘキスウ=)、辺幅(ヘンプク=外見、うわべ、体裁)、辺邑(ヘンユウ=かたいなかの町村、へんぴなところにある町や村)、辺和(ヘンワ=国境に関することで隣国と紛争を起こさないこと、辺境地域の平和)。

ウ)柯=えだ。

草木のえだや茎のこと。音読みは「カ」。斧の「え」の意もある。柯条(カジョウ=曲がった木のえだ)、柯葉(カヨウ=えだと葉、枝葉)、金柯玉葉(キンカギョクヨウ=貴重な物)。


種桑長江邊、 三年望當采
枝條始欲茂、 忽値山河改
柯葉自摧折、 根株浮滄海
春蠶既無食、 寒衣欲誰待
本不植高原、 今日復何悔



長江の畔に桑の木を植えた。三年たてば葉を摘めるものと期待して。だが枝がようやく茂りはじめたころ、山や川の様子が一変してしまった。枝や葉はくだけ折れ、根や株までが青海原に押し流されてしまった。春のかいこにやるものがなくなって、繭の収穫が期待できなくなった今、冬の着物は誰をあてにしたらよいのか。もともと高原にうえなかったのが間違いのもと、今さら悔いたところでどうにもなるまい。

岩波文庫(P24)によると、「刺世詩の一つ。晋室の滅亡を痛恨した詩」とあります。第一句の「種桑長江邊」は東晋王朝が江南に建国したことを指しています。西晋のはじめ、桑は晋の盛衰を象徴するものと位置付けられていました。第二句の「三年望當采」は劉裕が恭帝を立て(義熙14年=418)てから禅譲を迫ってみずから即位する(元熙2年=420)までの期間を指すとの見方が有力。続く、第五句の「柯葉自摧折」は、荊州刺史の司馬休之が反劉裕の兵を挙げて失敗した(義熙11年=415)ことを指すという説があるそうです。この辺りの中国史については弱いのであまり論じられません。淵明は祖国が滅びた栄枯盛衰を自分の境遇になぞらえて嘆息していることだけは分かります。「擬古」というタイトルにもそれが窺えます。手に入るはずだった名声や富が入らないことが分かったいま、田園に帰るのは必然。もともと自分にはその素質がないし、コネもない。はじめから分かっていたこと。悔しがる必要もなかろう。嗚呼、麻姑が欲しい。迂生の背中を掻いてくれぇ~~。

ソウチに邂逅できず田園に帰ることを決意=陶淵明「擬古」8

陶淵明の「擬古」九首シリーズの八回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。今回は淵明が信奉する古の聖人たちが登場します。伯夷と叔斉、荊軻、伯牙、荘子。いずれも淵明が理想とした古の士君子たち。自分と重ね合わせてはこの世を儚みます。

「其八」

少き時 壮んにして且つア)

剣を1)して独り行遊す

誰か言う「行遊すること近し」と

張掖より幽州に至る

飢えては食う 首陽のイ)

渇しては飲む 易水の流れ

2)ソウチの人に見わずして

惟だ見る 3)コジの丘

路辺にウ)つの高墳あり

伯牙と荘周と

此の士 再びは得難し

吾が行 何をか求めんと欲せし


1)ブして=撫して。

手を当てて押さえる。ここでは「撫剣」とあって、「剣をさする、つまり、剣術・武力によって頭角を現し、出世しようと意気がるさま」。「なでる」の訓みもあり。撫慰(ブイ=安んじ慰める、いつくしみいたわる)、撫御(ブギョ=いつくしんで統率する、撫馭)、撫軍(ブグン=太子が君主に従って従軍すること)、撫事(ブジ=昔のことを考えて思いにふける、ことをブす)、撫恤(ブジュツ=物を恵み与え、あわれみをかける、撫卹)、撫循(ブジュン=いたわって服従させる、てなずける、拊循=フジュン=、撫順=ブジュン=)、撫掌(ブショウ=手のひらをうる、我が意を得たりと喜ぶさま、たなごころをブす、拊掌=フショウ=)、撫心(ブシン=むねをなず→胸をなでる、心を安んじる、むねをブす→悲しんだり憤ったりして手で胸を叩く、拊心=フシン=)、撫綏(ブスイ=民を、不安の無いようにしてやること、撫寧=ブネイ=、撫安=ブアン=)、撫世(ブセイ=世の中を治め天下の人々が安心して生活できるようにしてやる、天下全体を覆い尽くす、蓋世=ガイセイ=)、撫存(ブソン=まあまあと慰める)、撫髀(ブヒ=ヒをブす、ももをたたく、興奮したり喜び勇んだりするさま、拊髀=フヒ=)、撫民(ブミン=たみをブす、人民を安んじる)、撫有(ブユウ=かわいがって服従させ自分のものとする)、撫養(ブヨウ=いつくしみ養う、撫育=ブイク=、撫字=ブジ=)、撫臨(ブリン=安んじおさめる)、撫弄(ブロウ=なぐさみもてあそぶ)、撫和(ブワ=なだめ柔らげる、撫輯=ブシュウ=、撫緝=ブシュウ=、撫柔=ブジュウ=)。盛り沢山です。

2)ソウチ=相知。

知り合い、知人、友人。相識(ソウシキ)ともいう。「相~」の熟語では、相軋(ソウアツ=互いに争う)、相剋(ソウコク=相手に打ち勝つ、相勝=ソウショウ=)、相推(ソウスイ=交替する)、相藉(ソウセキ=重なり合う、きわめて多いこと)、相存(ソウソン=安否をたずねあう)、相忘(ソウボウ=我と物と一体となり、真に自由な境地になること)。

3)コジ=古時。

昔。古寺は「ふるでら」、古事は「いにしえのこと」、古辞は「むかしのことば・詩」。巾子、怙恃、胡児、虎児、固辞、誇示、固持ではないので要注意。

ア)し=はげし。

「しい」は「はげしい」。きついさま、きびしいさま。「はげむ」「はげます」「とぐ」「ハンセン病」とも訓む。音読みは「レイ」「ライ」。人(ライジン=ハンセン病患者、癩人)、疫(レイエキ=たちの悪い病気、疫病)、階(レイカイ=災いの元)、鬼(レイキ=病気を持ってくるという鬼、疫病神、人に祟りを落とす死人の霊・悪魔)、疾(レイシツ=はげしくてはやい、急性の病気)、色(レイショク=怒りで顔つきをきびしくする、厳しい顔つきをすること、いろをはげます)、風(レイフウ=はげしい風、烈風)、民(レイミン=人民を苦しめる)。

イ)薇=わらび(ぜんまい)。

「ビ」。草の名。マメ科ソラマメ属の二年草。山野に自生。種子は食用。カラスノエンドウ。別名、大巣菜(ダイソウサイ)。和名では「ゼンマイ」が一般的か。しかし、ここでは「ワラビ」の訳語が充てられています。似てるっちゃあ、似てますが…。薇蕨(ビケツ)という言葉もあって、これは「ゼンマイとワラビ」。やっぱ分けてますね。どっちだろ?一般に伯夷と叔斉が首陽山に籠って餓死寸前のときでも、周の粟を食べることを厭い、口にしたと淵明が詠んでいるのが「薇」。おそらく日本で言うところの「ワラビ」や「ゼンマイ」ではなくて野山に生える雑草なのだと思います。したがって「ビという名の草」とでも訳すのが正確なのでしょうね。

ウ)両つ=ふたつ。

二つ。表外訓み。「両~」の熟語では、両漢(リョウカン=前漢と後漢のこと、二漢ともいう)、両岐(リョウキ=ふたまたにわかれていること)、両京(リョウケイ=二つの都、長安と洛陽、両都=リョウト=)、両端を持す(リョウタンをジす=どちらにするか迷って決心がつかないこと)、叩両端(リョウタンをたたく=物事のはじめから終わりまでのすべての問題をじゅうぶんに導きだす)、両髦(リョウボウ=幼児の髪型名、左右に分けて両方に垂らす)。

少時壯且、 撫劍獨行遊
誰言行遊近、 張掖至幽州
饑食首陽薇、 渴飲易水流
不見相知人、 惟見古時丘
路邊兩高墳、 伯牙與莊周
此士難再得、 吾行欲何求



若い頃、わたしははげしく盛んな意気にもえ、剣をさすりつつ、ひとりで諸方を旅してまわった。それも近くを歩きまわったのではない。西の果て張掖から東の果て幽州までも行ったのである。ひもじくなったら伯夷と叔斉よろしく首陽山のわらびを食べ、のどがかわけば荊軻のように易水の水をのんだ。しかし結局は知己にはめぐりあえず、見たものと言えば古代の士が眠る墓丘だけである。道端に二つの塚を見かけたが、それは伯牙と荘周の墓だった。彼らが相手に不足したように、わたしも志を結ぶべき人物にめぐり遇えなかった。とすれば、わたしはこの遠遊でいったい何を求めようとしたのだろうか。

意気揚々として繰り出した若き日の淵明。東奔西走、歩き回った挙句にこれといった出会いが無く悶々と葛藤する淵明です。そして、挫折して途方に暮れる淵明。人間の一生を軽やかにリズムよく詠じています。張掖とは今の甘粛省西北部にある郡の名。幽州とは今の河北省北東部の地名。実際に赴いたかどうかは問題ではなく、気持ちの上ではこの世の果てまで知己を求めて歩きまわったというのです。易水とは河北省西部を流れる川の名。戦国時代末期、燕の太子丹から秦の始皇帝暗殺を仰せつかった荊軻がここで悲愴な決意をうたった故事は既に紹介しました。伯牙とは春秋時代の琴の名手。知音の友鍾子期が死ぬと、琴の絃を絶って二度と弾かなかったという。また、荘周とは戦国時代の思想家、荘子のこと。親友に恵施がいてよく議論をたたかわせたが、恵施の死後、荘周も深く考え込むばかりで二度と誰とも論諍することはなかったと「淮南子・脩務訓」に見えます。いずれも、心を許せる数少ない友の死を契機にこの世との関わりを絶ったのです。淵明にとってもそんな友と出会えず、むしろ約束を守らずに裏切られた思いを味わってしまった。一体、わたしは何のために出歩いたのだろう。仕官を求めたのだろう。やはり、田園に帰るしかないようだと悟るのです。

美人の舞いに溜め息…永遠の存在でないことに「憮」=陶淵明「擬古」7

陶淵明の「擬古」九首シリーズの七回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。同書(P20)によると、「人生の哲理をうたった詩であろうか。また、晋から宋へと時代が移り易わったことへの感慨を託したものと受けとる理解もある」とあります。表面的には美人の舞いを見て感慨にふける男どもの気持ちを歌っています。もちろん、エロチックな意味も含めてですが、永遠なる美はありはしない虚しさを詠じています。しかし、その実は祖国晋が宋に代わる時代の変遷を寓意しているようです。淵明がその複雑な心境を淡淡と詩にしています。詩人は常に悩んでいます。

「其七」

日暮れて天に雲無く

春風 1)ビワを扇ぐ

2)カジン 清夜を美しとし

曙に達るまでア)みかつ歌う

歌イ)って長歎息し

此れを持て人を感ぜしむること多し

3)キョウキョウたり 雲間の月

4)シャクシャクたり 葉中の華

豈に一時の好無からんや

久しからざるは当に如何すべき

1)ビワ=微和。

かすかに感じる暖かさ、なんとなく暖かい空気。「微」は「かすか」「ひそか」とも訓む。微恙(ビヨウ=軽い病気、微痾=ビア=)、微眇(ビビョウ=かすかで小さい、文章やことばで表現できないような奥深い趣があること)、微涼(ビリョウ=なんとなく涼しい、かすかな涼しさ)、微雨(ビウ=かすかに降る雨、こさめ)、微躯(ビク=自分を遜っていうことば、微身=ビシン=、微躬=ビキュウ=)。

2)カジン=佳人。

美人。志のある立派な者に喩える。佳人薄命(カジンハクメイ=美人はとかく不幸せで短命である、蘇軾の「自古佳人多命薄」が出典)、佳会(カカイ=楽しい集まり、りっぱな宴会)、佳気(カキ=めでたい気)、佳期(カキ=よい時節、美人と約束してあう日、蕨拳式の日)、佳境(カキョウ=美しい景色のところ、話の盛りあがる場面)、佳日(カジツ=よく晴れた穏やかな暖かい日、めでたい日)、佳什(カジュウ=りっぱな詩文、「什」は詩経の詩の十編のこと)、佳勝(カショウ=名声が高い人、美しい景色、佳景=カケイ=)、佳醸(カジョウ=よい酒)、佳絶(カゼツ=けしきが非常に良いこと)、佳饌(カセン=おいしいごちそう、佳餐=カサン=)、佳致(カチ=すぐれた趣、佳興=カキョウ=)、佳配(カハイ=よくてふさわしい配偶者、佳偶=カグウ=)、佳筆(カヒツ=字を書くのが上手)、佳聞(カブン=よい評判)、佳妙(カミョウ=美しくて素晴らしいこと)、佳話(カワ=聞いて楽しくなるようなよい話)。

3)キョウキョウ=皎皎。

真っ白いさま、明るいさま、潔白なさま。「皎」は慣用読みで「コウ」。「しろい」「きよい」とも訓む。皎潔(キョウケツ、コウケツ=態度やようすが白くてけがれのないさま)、皎月(コウゲツ、キョウゲツ=白く輝く月)、皎日(コウジツ、キョウジツ=白く輝く太陽、白日=ハクジツ=)、皎然(コウゼン、キョウゼン=白く明るいさま、皎如=コウジョ、キョウジョ=)。

4)シャクシャク=灼灼。

まっかに輝くさま。ここでは、花の色があかあかと火を燃やしたように輝くさま。「灼」は「やく」「あかい」とも訓む。和訓である「霊験あらたか」もこれを充てる。灼爍(シャクシャク=あかあかと光り輝くさま、転じて、なまめかしくあでやかなさま)、灼然(シャクゼン=あかあかと輝いて明るいさま)、灼熱(シャクネツ=真っ赤に焼けて熱くなる)、灼爛(シャクラン=ひどい熱でやけただれる)、灼亀(シャッキ、キをやく=古代、占いのために亀の甲羅に熱を加えること)、灼見(シャッケン=明らかに見る)。

ア)酣み=たのしみ。

「たけなわ」も同義。酒を飲んでうっとりするさま。酒宴が最も盛んなころおいにある。音読みは「カン」。既に何度が登場していますが、酣適(カンテキ=心ゆくまで酒に酔って、快い気分になること)、酣娯(カンゴ=じゅうぶんに楽しむ、酣嬉=カンキ=)はぜひとも押さえておきましょう。

イ)竟って=おわって。

「竟わる」は「おわる」。しまいまでやりとげる。「さかいめ」の訓みもある。音読みは「キョウ」。竟場(キョウエキ=さかい、境界、国境)、竟宴(キョウエン=平安時代、宮中で書物の講義や編集などがおわったあとで開く宴会)、竟日(キョウジツ=ひと晩じゅう、終夜、夜もすがら)、竟内(ケイダイ、キョウダイ=一定区域内の内側、区画の中、国内)。


日暮天無雲、 春風扇微和
佳人美清夜、 達曙酣且歌
歌竟長太息、 持此感人多
皎皎雲間月、 灼灼月中華
豈無一時好、 不久當如何



日が暮れて空には雲ひとつなく、あたたかな春風がそよそよと吹いている。志のある美人がこのすがすがしい夜をめでて、夜明けまで歓を尽くし、歌をうたう。歌もうたい尽くしてあの人が長い溜息をもらすと、見ていた人々は深い感慨を抱かせられる。雲間に照り輝く白い月、青葉に咲き誇る真っ赤な花。なるほど、一時の感動を与えてはくれるが、いかんせん、永遠に続くことはない。美人もまた同じ……。

美人の舞いに見惚れる男たちに淵明も交じっています。美しいその姿態に興奮を覚えます。夜通し続く宴会はいつ果てるともありません。そして、彼女は舞いと歌を一通り終えて肩で息をします。その溜息にも似た嬌かしさ。不図見れば、月、華といった自然の美と重なることに気付きます。ところが、人はいつか老いる。病にも罹る。死ぬ。自然の事物はいつかは滅びる。枯れる。消える。一時の美しさに目を奪われるのも束の間、国家ですら滅亡の道にも至ることに深い深い感慨が淵明の心をとらえます。自身は早々と田舎に帰って身を隠してしまった。これは成功でしょう。果断な行動とも言えましょう。しかし、世の栄枯盛衰はそれを上回る速度で動きます。人々をどん底に陥れます。人として生を享けたからには享楽的に生きるのがいいのかもしれない。そんな思いにまた溜息をつかせられてしまいます。人生の哲理というよりは人生そのもの。その存在の小ささを否でも認識しないわけにはいきませんね。そして、憮然とするのです。

自分には詩がある、いや詩しかないのだ=陶淵明「擬古」6

陶淵明の「擬古」九首シリーズの六回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。

「其六」

1)ソウソウたり 谷中の樹

冬夏 常にア)茲くの如し

年年 霜雪を見る

誰か言う 時を知らずと

世上の語を聞くを厭い

友を結ばんと臨淄に到らんとす

2)ショッカ 談士多し

彼を指して吾が疑いを決せん


1)ソウソウ=蒼蒼。

草木がこんもりと茂っているさま。「蒼」は「草木の青々と生い茂る様」の意で「蒼い」とも訓む。蒼顔(ソウガン=年とってつやのない顔)、蒼庚(ソウコウ=ウグイス、黄鳥)、蒼山(ソウザン=木の茂った青黒い山)、蒼生(ソウセイ=多くの人民、蒼民=ソウミン=、蒼氓=ソウボウ=、あおあおと茂った木がたくさんある意から)、蒼天(ソウテン=あおぞら、蒼昊=ソウコウ=、蒼空=ソウクウ=、蒼穹=ソウキュウ=、蒼玄=ソウゲン=)、蒼頭(ソウトウ=兵士、兵卒、昔、青黒い頭巾で頭を包んだことから)、蒼旻(ソウビン=あおぞら)、蒼蕪(ソウブ=あおあおと茂った草むら)、蒼茫(ソウボウ=空・海・平原などがあおあおとして広がっているさま)、蒼莽(ソウボウ=草木のあおあおと茂っているさま、空があおあおとしているさま)、蒼蠅(ソウヨウ=ハエ)、蒼鷹(ソウヨウ=あお白い羽をしたタカ、猛鳥、厳しい役人のたとえ)、蒼竜(ソウリュウ=青黒い毛並みの巨大な馬)、蒼老(ソウロウ=年老いて古びたさま)、蒼浪(ソウロウ=あおあおとした海、海や空などがあおく広がっているさま)。

2)ショッカ=稷下。

戦国時代、斉の宣王のとき、学者優遇策がとられ、臨淄(今の山東省内)稷門一帯には多くの学者が集まり住んで活発な議論をたたかわした。所謂「稷下の学」。ここでは当時、廬山の東林寺に集まった名士グループを指すのだろう。岩波文庫の解説(P19)によれば、「かれらは白蓮社という宗教結社を作り、淵明にも参加をよびかけたが、淵明は結局断ったという話が、『蓮社高賢伝』に伝わる」とあります。ちなみに「稷」は「きび」「五穀の神」。稷黍(ショクショ=コーリャンとキビ、転じて五穀)、稷正(ショクセイ=穀物の神)、稷雪(ショクセツ=霰の別名)、稷狐(ショッコ=五穀の神を祭った社に住みつくキツネ、君王の近くにはびこる悪臣、社鼠=シャソ=)。

ア)如茲=かくのごとし。

漢文訓読語法で「このようである」と訳す。「茲」は「しげる」「ますます」の訓みもあります。

蒼蒼谷中樹、 冬夏常如茲
年年見霜雪、 誰謂不知時
厭聞世上語、 結友到臨淄
稷下多談士、 指彼決吾疑



青々と生い茂る谷間の松や柏。それらは冬も夏も常に変わらぬ姿を保っている。毎年、霜や雪に見舞われるというのに、だれが時節を知らないなどというのか。わたしは俗世間の噂話など聞くのも汚らわしく、斉の都・臨淄へ行って友人を見つけようと思い立った。稷下には議論好きの学者が多いので、その人たちに聞けば、わたしのかねて抱く疑問点を解決できるのではないかと考えたのだ。

永遠に変わらないものなどあるのでしょうか?この疑問の答えを議論好きの集団に尋ねに行く淵明。果たして……。

3)ソウゾク 既に日有り

已に家人と辞す

行く行く門を出でんとして停り

還り坐して更に自ら思う

怨みず 4)ドウリの長きを

但だ畏る 人の我れを欺かんことを

万一 意に合わずんば

永く世の5)ショウシするところとならん

イ)の懐い ウ)さには道い難し

君の為に此の詩を作る

3)ソウゾク=装束。

みじたくすること、また、みじたく。「ショウゾク」とも読む。日本では「衣冠・束帯・直衣などの服装の総称や、室内・庭園などの飾り付け」の意もある。倉粟、僧俗、相続ではない。

4)ドウリ=道里。

みちのり、物事がある状態に達する途中のこと。ここは文意から「道理」ではないので注意しましょう。

5)ショウシ=笑嗤。

あざわらうこと、人を馬鹿にして笑うこと。「嗤」は「わらう」「あざわらう」とも訓む。嗤笑(シショウ=あざわらう)、嗤誚(シショウ=あざけりなじる)、嗤詆(シテイ=わらいそしる)、嗤鄙(シヒ=あざわらって卑しむ)。笑止、嘗試、小疵、小祠、摺子、簫史、楫師ではないので。

イ)伊の=こ・の

かれ、かの、これ、この。

ウ)具に=つぶさ・に。

具体的に、こまごまと、欠け目なくひとそろい。表外訓みですが基本ですね。このほかに「備に、悉に、曲さに」もあります。具饌(グセン=料理を供える)、具爾(グジ=そばに顔をそろえて親しむ意から、)兄弟をいう)、具臣(グシン=有能ではない、員数に入るだけの家来)、具文(グブン=空理空論)、具論(グロン=十分に議論を尽くすこと)。

裝束既有日、 已與家人辭
行行停出門、 還坐更自思
不怨道裏長、 但畏人我欺
萬一不合意、 永為世笑嗤
伊懷難具道、 為君作此詩



何日かのうちに身じたくもととのい、家人とも別れを告げた。ところが、門を出たところで足を止め、戻って腰をおろしてよくよく考えてみた。道の遠さに恐れをなしたわけではない。だがまたペテンにかけらるのではあるまいか。いや、恐らく意にみたないことになれば、それこそ世間の物笑いの種となろう。この気持ちは詳しく説明できそうにもない。あなたのためにこの詩を作った。そうかお許しのほどを。

淵明の気持ちにある蟠り。齢五十も半ばになろうというのに、友人から裏切られたことを終ぞ忘れることができませんでした。結局は議論好き集団の下へ行くことを逡巡します。彼らからも裏切られたらどうしよう?疑心暗鬼です。人を信じることができなくなり萎縮する。まだ騙される。もういやだ。世間の笑い者にはなりたくない。見栄もある。でも人には伝えられない。この擬古をつくったのも自信がないからだ。言葉はいらない。わたしには詩がある。詩を詠んで人を感動させられたらどんなにか素晴らしいだろう。

会いたい、会いたい、「私」に会いた~い=陶淵明「擬古」5

陶淵明の「擬古」九首シリーズの五回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。いつも襤褸を着て食事も満足にとれない冴えない男。孔子の孫である子思は衛にいたとき、「三十日間で九度しか食べ物が手に入らない」くらいにひもじい思いをしたといいます。これって淵明のこと……?それとも。。。。

「其五」

東方に一士有り

1)ヒフク 常に完からず

三旬に九たび食に遇い

十年に一冠をア)くるのみ

2)シンキン 此れに比する無きも


常に好き3)ヨウガン有り

我れ其の人を観んと欲し

イ)に去って4)カカンを越ゆ


1)ヒフク=被服。

衣類、衣服。被衣(ヒイ)ともいう。被覆とは異なるので要注意です。被衾(ヒキン=夜着)。

2)シンキン=辛勤。

苦労して勤めること、精を出すこと、つらいつとめ。辛艱(シンカン=つらいめにあってなやむ、難儀をする、艱難辛苦)、辛気(シンキ=気持ちがふさがってはればれしない)、辛苦(シンク=つらいくるしみ、辛労=シンロウ=)、辛酸(シンサン=つらく苦しいこと)、辛楚(シンソ=つらさ、つらい苦しみ)、辛辣(シンラツ=ひりひりからい、非常に手厳しい、辛烈=シンレツ=)。

3)ヨウガン=容顔。

顔かたち、また、その美しさを言う。「容」は「かたち」の訓みもある。容華(ヨウカ=顔かたちがはなやかで美しいこと)、容儀(ヨウギ=立ち居振る舞いと姿かたち)、容光(ヨウコウ=面影、風采)、容止(ヨウシ=立ち居振る舞い)、容臭(ヨウシュウ=身だしなみと身につける匂い袋)、容範(ヨウハン=外にあらわれる姿かたち・ふるまい、容貌・態度・立ち居振る舞いなど)。

4)カカン=河関。

川と関所。旅の難所を指す。

ア)著くる=つ・くる。

衣類などを身につける。表外訓み。「着」と同義で音読みは「チャク」。

イ)晨=あした。

あさ。太陽がふるいたってのぼるあさ。生気に満ちた早朝のニュアンスが強い。早朝、ニワトリがときを告げる意もあり「とき」とも訓む。晨夜(シンヤ=早朝と夜、朝早くから夜遅くまで)。


東方有一士、 被服常不完
三旬九遇食、 十年著一冠
辛勤無此比、 常有好容顏
我欲觀其人、 晨去越河關



東方に住む男、着るものはいつもボロで、食事すら満足にありつけず、十年の間一つの冠で通している。その貧苦な暮らしぶりは比べようもないほどだが、顔つきを見るといつも平然としている。わたしはその人に会いたくて朝早く出立し、山河の難所を越えたのだった。

最後にその人に逢いたくて云云とありますから、ひもじい男は淵明ではないようです。それでは一体誰なのでしょうか?


青松 路をウ)んで生じ

白雲 5)ノキバに宿る

我れのエ)に来たれる意を知り

琴を取って我が為に弾ず

上絃 別鶴もて驚かせ

下絃 オ)孤鸞を操る

願わくは留まりて君に就きて住み

今より6)サイカンに至らん


5)ノキバ=簷端。

軒端。音読みで「エンタン」もありです。簷楹(エンエイ=のきの柱)、簷滴(エンテキ=のきばからたれる雨垂れ、簷溜=エンリュウ=)。

6)サイカン=歳寒。

寒い季節になる、転じて、老年を指す。また、逆境や乱世にもたとえる。歳寒三友(サイカンサンユウ=冬、友として賞すべき三つの物、松・竹・梅、衰えた世に友とすべき三つの物、山水・松竹・琴酒)、歳寒松柏(サイカンショウハク=りっぱな人物が逆境にあっても節操を変えないことのたとえ)。

ウ)夾んで=はさ・んで。

「夾む」は「はさむ」。両脇からはさむ、わきばさむ。音読みは「キョウ」。夾撃(キョウゲキ=両側から敵をはさんで攻撃する、はさみうち、挟撃)、夾纈(キョウケチ=二枚の板に同形の花紋を彫刻し、これに折り重ねた絹布をはさんでかたくしめつけ、板に当っている部分が染まらないようにして染める方法、いたじめ)、夾雑(キョウザツ=いろいろな物がまじる)、夾侍(キョウジ=左右に付き従う)、夾帯(キョウタイ=わきに挟んで持つ、科挙の試験で持ち込み禁止の物をわきに隠して持ち込む、カンニング)、夾輔(キョウホ=君主のそばにいて補佐する)。

エ)故に=ことさら・に。

わざと、わけあった。漢文訓読語法。ここでは「ゆえに」とは訓まない。

オ)孤鸞=コラン。

琴の曲の名。双鳳離鸞(想像上の鳥の名、鳳凰の一種、形は鶏に似て、羽は赤色に五色をまじえ、鳴く声は五音にあうという、鳳凰のあとにペアをなしてつらなり、太平の世にあらわれるという)。鸞翔鳳集(ランショウホウシュウ=すぐれた人物が多く集まっていることのたとえ)。

青松夾路生、 白雲宿簷端
知我故來意、 取琴為我彈
上絃驚別鶴、 下絃操孤鸞
願留就君住、 從令至歲寒



青々とした松が道の両側に生え、白い雲が軒端にかかっていた。主人は、わたしの来意を知って、琴をとりあげ弾奏してくれた。はじめは「別鶴」のしらべに驚き、結びに「双鳳離鸞」の曲を弾じてくれた。どうかご主人、わたしをここに置いてくだされ。今からあなとのもとで、厳しい冬をいっしょに過ごし、わたしという人間が最期まで本物であるかどうかを示したいと思うのです。

やっとのことで逢えた男は淵明のために琴を奏でます。「上絃」「下絃」はそれぞれ「初曲、終曲」の意。その名前から、いずれも哀しい別れの曲であることがうかがわれます。淵明はそれを奏でてくれた男の意を汲んで、自分の隠棲の気持ちが本物であることを訴えています。この首は、晩節を堅持する気持ちを表現しています。ある意味、仙人の心境でしょうか。弟子入りを申し出ます。御年、50を越えているはずですが、まさに琴線に触れたのでしょう。積極果敢に攻めます。やはり、このひもじい男は淵明なのでしょう。彼はその分身を見たのです。自分の孤独さを幽体離脱で表出した。残り少ない人生を悟りながらも、自分の思いがどんなに寒い季節であろうと色褪せること無いものであることを証明しようと決めたのです。

だから言ったでしょ 死んだら魂はふらふら漂うだけさ…=陶淵明「擬古」4

陶淵明の「擬古」九首シリーズの四回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。今回の首は、岩波文庫によれば「一見平易な詩に見えるが、詩意は必ずしも明らかではない」とあります。

「其四」

1)チョウチョウたり 百尺の楼

分明に2)シコウを望む

暮には帰雲の宅と作り

朝には飛鳥の堂と為る

山河 目中に満ち

平原 独り3)ボウボウたり

古時 功名の士

慷慨して此の場を争う


1)チョウチョウ=迢迢。

弧を描いて高く聳えるさま。迢遠(チョウエン)ともいう。「迢」は「はるか」とも訓む。迢逓(チョウテイ=はるかに遠く点々と続くさま、高く連なるさま、迢遥=チョウヨウ=)。「はるか」はほかに、「遥か、夐か、迥か、悠か、藐か、縹か、姚か、杳か、渺か、緬か、眇か、緲か、逖か、遐か、遼か、茫か」があります。

2)シコウ=四荒。

国の四方の果てにある未開の国々。「荒」は「辺境の地」。四裔(シエイ)、四遠(シエン)ともいう。四筵(シエン=座席の四方、その座全体の人々のこと、四坐=シザ=、満座)、四夷(シイ=中華の風俗ではない、周囲の異民族、東夷・西戎・南蛮・北狄=夷蛮戎狄=のこと)、四衢八街(シクハチガイ=大きな道がいろいろな方面に通じている街の中心、四通八達の地)、四君子(シクンシ=蘭・菊・梅・竹を、気品ある植物と考え称した言葉)、四知(シチ=秘密は必ず暴かれるということ)、四表(シヒョウ=四方の果て、国の外の地域のこと)。

3)ボウボウ=茫茫。

広々としてはてしないさま。「茫」は「こころがうつろでぼんやりしたさま、はてしもなくうつろにひろがったさま」。茫然(ボウゼン=ぼんやりして我を忘れるさま、遠く広がっているさま)、茫漠(ボウバク=遠く広がっていてどこまで続いているか分からないさま)、茫昧(ボウマイ=ぼんやりとしていてよく分からないさま)、茫洋(ボウヨウ=広々として果てしのないさま、気持ちが定まらずぼんやりとしているさま)。


迢迢百尺樓、 分明望四荒
暮作歸雲宅、 朝為飛鳥堂
山河滿目中、 平原獨茫茫
古時功名士、 慷慨爭此場


そびえたつ百尺の高楼に登ってみた。四方の果てまではっきりと望むことができる。ここは、夕方には帰ってきた雲がここに集い、朝方は飛ぶ鳥の会する場所となる。山河はことごとく眼底に収まり、平原はただ果てもなくひろがる。古代には功名心にもえる男たちが、悲壮な決意でこの地を争ったのだ。

一旦 百歳の後

相与に北邙に還る

4)ショウハク 人の伐るところと為り

高墳 互いに5)テイコウ

ア)頽基 遺主無く

遊魂 何れの方にか在る

栄華は誠に貴ぶに足るも

亦た復た憐れみイ)む可し


4)ショウハク=松柏。

松と柏(ヒノキ・コノテガシワなどのヒノキの類の総称)、転じて節操・長寿のたとえ、いずれも常緑樹で色を変えないことから)。論語「子罕」に有名な「知松柏之後彫也」があります。「松柏之寿」(ショウハクのジュ=長寿)、松柏摧為薪(ショウハクくだかれてたきぎとなる=いつまでも緑の変わらない松や柏も、長い間には薪にされてしまう、不変と思われる物も、いつかは竟に滅びることのたとえ、出典は「古詩十九首」)。「松」がらみの熟語は、松位(ショウイ=大夫のこと、秦の始皇帝が風雨を避けた松に、五大夫の位を授けた故事から)、松籟(ショウライ=松風の音、松韻=ショウイン=、松濤=ショウトウ=)、松菊(ショウキク=俗世間からはなれて閑居した人のたとえ、淵明の「帰去来兮辞」に「三径就荒、松菊猶存」がありましたね!)、松喬(ショウキョウ=昔長生きした仙人、赤松子と王子喬、転じて隠遁者、長寿者)、松江鱸(ショウコウのロ=呉淞江で獲れるスズキに似た美味の魚)、松子(ショウシ=松毬ショウキュウ、まつぼっくり)、松炬(ショウキョ=たいまつ)、松蘿(ショウラ=松の木に絡まるツタ、女蘿=ジョラ=)、松露(ショウロ=松の葉におく露、日本ではマツタケに似た香りのいいキノコをいう)、松醪(ショウロウ=松から取れるあぶらをまぜて醸した酒)。

5)テイコウ=低昂。

低くなったり高くなったりする。「昂」は「あがる」「あげる」「あおぐ」「たかまる」「たかい」「たかぶる」「こうじる」とも訓む。昂昂(コウコウ=頭を高くもたげて進むさま、意気揚々としたさま)、昂然(コウゼン=意気の盛んなさま)、昂騰(コウトウ=高騰)、昂奮(コウフン=興奮)、昂揚(コウヨウ=高揚)。

ア)頽基=タイキ。

くずれおちたお墓。「頽」は「くずれる」とも訓む。「基」は「墓石」などを数える単位語で、墓石そのものを指している。頽檐(タイエン=くずれた軒端)、頽岸(タイガン=くずれかかった岸)、頽年(タイネン=心身が衰える年齢、いまの迂生、頽齢=タイレイ=)、頽波(タイハ=物事の勢いが衰えてすたれるたとえ)、頽風(タイフウ=暴風、悪い風俗)、頽陽(タイヨウ=夕日、入り日、落日)。

イ)傷む=いた・む。

心配すること。辛く思うこと。表外訓み。傷懐(ショウカイ=心にショックを受ける、悲しみ嘆いてそのことを心配すること)、傷嗟(ショウサ=いたみなげく、かなしみなげく、傷歎=ショウタン=)、傷魂(ショウコン=非常に悲しむこと、傷心、傷神)、傷悴(ショウスイ=悲しんでやつれること)、傷悼(ショウトウ=悲しみなげくこと、傷悲=ショウヒ=、傷愴=ショウソウ=)、傷目(ショウモク=目をいたませる、見て悲しく思うこと、めをいたましむ)。「いたむ」はほかに、「惨む、悼む、惻む、俑む、怛む、恫む、悵む、悽む、惆む、愴む、慇む、戚む、疼む、癆む、軫む、輓む」があります。

一旦百歲後、 相與還北邙
松柏為人伐、 高墳互低昂
頹基無遺主、 遊魂在何方
榮華誠足貴、 亦復可憐傷



しかし、そうした功名の士も生涯を終えれば、ひとしく北邙山に帰る身となる。聳え立つ松と柏はやがて切り倒されるし、高く盛られた墓も高いのや低いのやさまざまに変わり果てる。欠け崩れた墓石は喪主もなく、死者の游魂はいずこに消えたのやら。栄華は確かに値打ちはあるのだろうが、死後このようになると思えば、憐れにもまた痛ましいではないか。

「北邙」(ホクボウ)というのは、洛陽東北の山地。漢・魏・晋の王侯貴族の多くが埋葬されている場所です。中原逐鹿、国盗り物語が展開されたものの、英雄たちが生きられる時間はせいぜい100年。淵明の詩ではよく登場する言い方ですね。永遠の命とも思われた松柏も切り倒され、高く盛られた墓だってその高さは時間と共に変わるのです。漂う魂は身分を問わず同じ道をたどり、生きている間の栄達など死んでしまえば何の価値もないさ。現世では思うような仕途を歩めなかった淵明の心の叫びが再び聞こえます。だから、さっさと見切りをつけて田園に帰ったのだよ。ざまぁみろ、我が昔の友よ~。

燕だけは裏切らないで!俺の決意は本物さ=陶淵明「擬古」3

陶淵明の「擬古」九首シリーズの三回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。友人に約束を反故にされた淵明の心の傷はなかなか癒えることがないようです。余程信頼していたのでしょう。一緒に田園で暮らすことに大いなる期待を抱いていたのでしょう。ふと春の季節が訪れ動植物が活動を始めます。そんな中、庵の巣に燕が戻ってきました。去年も確かに来た燕です。しかし、淵明はうれしいと同時に不安も隠せません。この燕もゆくゆくは私を裏切ることになるのだろうか?と…。淵明が小動物に注ぐ温かく、かつ、醒めた視線が、この詩を読む迂生の心にも染み込みます。

「其三」

仲春 1)ジウにア)

始雷 東隅より発す

衆2)チツ 各々潜みイ)

草木 従横にウ)

3)ヘンペンたり 新来の燕

双双として我が廬に入る

先巣 エ)のまま尚お在り

相将いて旧居に還る

「分別してより来

門庭 日々に4)コウブ

我が心 固より石にオ)

君の情 定して何如」


1)ジウ=時雨。

ちょうどよいときに降る雨、それぞれの季節で降る雨。ここは春の雨。いわゆる日本で言うところの、秋の末ごろに降ったり止んだりしながら降る「しぐれ」とは異なります。草木の生長を促す恵みの雨である「滋雨、茲雨、慈雨」と似ていますが微妙に違います。「干天(旱天)のジウ」は「慈雨」。

2)チツ=蟄。

土の中で冬眠している虫。「かくれる」「とじこもる」の訓読みがあり、蟄居(チッキョ=虫などが冬籠もりのために地中にこもっていること、また、その場所、家の中に閉じこもること)、蟄虫(チッチュウ=じっと冬籠もりしている虫)、蟄雷(チツライ=春の雷、その音を聞いて冬籠もりしている虫が目を覚ますということから)、蟄竜(チツリュウ=地中にじっと隠れ潜んでいる竜、活躍の機会にめぐりあえない英雄にたとえる、「伏竜」ともいう)、蟄蟄(チツチツ=おとなしく閉じこもるさま、静かなさま)、啓蟄(ケイチツ=二十四節気の一つ、春分の前で、陽暦三月の初めごろ、土中にひそんだ虫が動き出す時節)。

3)ヘンペン=翩翩。

ひらひらとひるがえるさま、鳥が身軽に飛ぶさま。「翩」は「ひるがえる」とも訓む。翩然(ヘンゼン=ひらひらとひるがえるさま)、翩翻(ヘンポン=旗などが風にひらひらとひるがえるさま)。

4)コウブ=荒蕪。

雑草の生い茂った、荒れ地。未開墾の土地。「荒~」の熟語では、荒淫(コウイン=酒や女色にふけり、すさんだ生活をすること)、荒裔(コウエイ=遠い辺境の土地、国土の果て、辺裔=ヘンエイ=、遐裔=カエイ=)、荒遐(コウカ=へんぴで遠く離れていること)、荒墟(コウキョ=あれはてた遺跡)、荒業(コウギョウ=人手をかけずすっかりすたれてしまった仕事)、荒饉(コウキン=まったく穀物がみのらない、ききん、凶作)、荒歉(コウケン=凶作で収穫物の少ないこと)、荒忽(コウコツ=意識が無くなりぼんやりすること)、荒失(コウシツ=他の物事に気をとられて、その物事をなおざりにすること)、荒陬(コウスウ=あれはてた遠い果ての地)、荒草(コウソウ=みだれ生い茂ったくさむら)、荒怠(コウタイ=ほったらかして何もしないこと)、荒耽(コウタン=酒や女遊びにふけって、仕事をせずすさんだ生活をおくること)、荒誕(コウタン=言うことが大袈裟で、よりどころのないこと、出鱈目)、荒塗(コウト=人の通らなくなった荒れ果てた道)、荒寧(コウネイ=仕事をやめてしまって気楽に暮らすこと)、荒湎(コウメン=遊びに耽って仕事を怠り、すさんだ生活をすること、荒亡=コウボウ=)、荒寥(コウリョウ=あれはててものさびしいさま)、荒穢(コウワイ=雑草が生い茂ってあれはてている)、懐荒(コウをなつく=遠方の未開地の人をてなずけ従わせる)。「蕪」は「あれる」とも訓む。蕪径(ブケイ=あれはてたこみち、荒路)、蕪荒(ブコウ=土地や施設などが雑草が生い茂ってあれはてる、蕪廃=ブハイ=)、蕪雑(ブザツ=雑草が生い茂る、物事が乱れて秩序がないこと)、蕪辞(ブジ=ごたごたしてよくわからないことば、自分の言葉を謙遜する言い方)、蕪浅(ブセン=学問や知識が整理されず乱雑で浅はかなこと)、蕪没(ブボツ=雑草が生い茂っておおいかくす)、蕪昧(ブマイ=雑草におおわれてよく見えない、乱れてよく分からない)、蕪蔓(ブマン=つるくさが一面にのびてあれはてているさま、蕪漫=ブマン=)、蕪穢(ブワイ=土地が荒れ果て雑草が茂る、いやしくて下品なこと)。

ア)遘い=あ・い。

「遘う」は「あう」。両方から出向いて出あう、いきあう。「まみえる」の訓みもあり。音読みは「コウ」。遘禍(コウカ=わざわいにであう、戦乱などの災難にあうこと)、遘合(コウゴウ=である、男女が性交する、媾合=コウゴウ=から)、稀遘(キコウ=めずらしいものにおめにかかる、稀覯=キコウ=の方が一般的)。

イ)駭き=おどろ・き。

「駭く」は「おどろく」。おどろいて全身がすじばる、ぎくっとする。音読みは「ガイ」。震駭(シンガイ=ふるえおののかせる)、駭愕(ガイガク=ぎくっとする、おどろきあわてる、驚愕=キョウガク=)、駭汗(ガイカン=ぎくっとして冷汗をかく)、駭遽(ガイキョ=ぎくっとしてあわてる)、駭惶(ガイコウ=おどろいてあわてる、駭懼=ガイク=)、駭震(ガイシン=ぎくっとしてふるえる、非常におどろきあわてる)、駭嘆(ガイタン=おどろきなげく、おどろき感心すること、駭歎=ガイタン=)、駭慄(ガイリツ=ぎくっとして身ぶるいする、駭栗=ガイリツ=)。

ウ)舒ぶ=の・ぶ。

横に伸びる。ここでは「従横」(ジュウオウ=縦横)に入り乱れて草木が生い茂るさまを言います。展舒(テンジョ=手足などをゆったりとのばす、舒展=ジョテン=)。

エ)故=もと。

以前の状態。表外訓みです。ここでは燕の巣が昨年のままの状態であること。

オ)匪ず=あら・ず。

「~でない」という否定をあらわすことば。「非」と同義です。匪躬之節(ヒキュウのセツ=自分の利害のためでなく君主に忠節を尽くすこと)、匪人(ヒジン=正しい人ではない、行いの正しくないこと)、匪石(ヒセキ=石のようには動かすことのできない、確固とした心のこと)、匪賊(ヒゾク=世の中に害を与える賊)、匪他(ヒタ=他人ではない、兄弟のこと)、匪徒(ヒト=悪者の仲間、匪党=ヒトウ=、匪類=ヒルイ=)、匪匪(ヒヒ=整然としているさま、車馬が整然と並んで進むさま)。

仲春遘時雨、 始雷發東隅
眾蟄各潛駭、 草木縱舒
翩翩新來燕、 雙雙入我廬
先巢故尚在、 相將還舊居
自從分別來、 門庭日荒蕪
我心固匪石、 君情定何如



二月の半ば、おりから春の雨が降って、東の空に初雷が鳴り響いた。そのため冬眠中の虫がみな地中でびっくりして目を覚まし、草や木も縦横に芽を伸ばしはじめた。また今年はじめての燕もひらひらと飛んできて、ひとつがい、またひとつがいとわが茅屋に身を寄せつ。去年の巣はもとのまま残っており、そこへ連れだって戻ってきたのだ。わたしは燕に問い掛けてみた。「あなたとお別れしてから、この家の門や庭は日に日に荒れていますが、わが心は石とは違って、隠棲の気持ちがぐらついたことはありません。さてあなたの心境はいかがですか」。

「仲春」とは旧暦二月のこと。「孟~」「仲~」「季~」で「~」に春(1~3月)、夏(4~6月)、秋(7~9月)、冬(10~12月)を入れれば、一年の1月~12月が完成します。「始雷」は春の季節に始めてなる雷のことで、冬眠中の虫たちを一斉に目覚めさ、地面から這い出させることとなります。「従横」の「従」は「たて」。南北を表します。東西は「衡」。合従連衡(ガッショウレンコウ)や従横家(ジュウオウカ=中国戦国時代の諸子百家の一つ、合従説や連衡説を唱えた一派、蘇秦・張儀らがいる)といった言葉に出てきます。ここでは縦横無尽の意味で、新芽が入り乱れるさま。もちろん渡り鳥である燕も飛来します。ペアが子孫を拵えるためにまたわたしの襤褸家にある昔のままの巣に戻ってきました。固い約束を結んだわけではないのに、無言のまま、当たり前のように冬を越して春の訪れを告げるのです。淵明は思わず問いかけます。

わたしの甲斐性が無いせいでこのあばら家は荒れまくってしまいました。それでもあなたはまた今年もやってきてくれました。しかし、わたしとて隠棲する決意は変えておりませんよ。詩経「邶風(ハイフウ)・柏舟」に「我が心は石に匪ず、転ばす可からず」のフレーズがあります。ころころ転がって何処にでも動く石とは違って、絶対に動かず揺るぎない「隠棲の決意」を表明します。それは約束。燕を友に準えて、あなただけは裏切らないでほしいと訴えているのです。物を言わない燕に自分の思いを託しています。はぁ~、溜め息ですな。

高節・忠節の士、田子泰に遇いに往きます=陶淵明「擬古」2

陶淵明の「擬古」九首シリーズの二回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。ここで淵明は「田子泰」なる人物に会いに行くことを決意します。「遇う」と言っても彼はすでにこの世の人ではありません。鬼籍に入っています。その亡霊を追い回そうというのではないのですが……。


「其二」

家を辞して1)ツトに駕をア)

当に往きて無終に至るべし

君に問う「今何すれぞ行くや」

「商に非ず 復た2)ジュウに非ず

聞く 田子泰なるもの有り

節義 士の雄イ)

斯の人久しく已に死せるも

郷里 其の風に習う」と


1)ツトに=夙に。

さっさと、急いで、朝早く。音読みは「シュク」。夙怨(シュクエン=以前から持っていた怨み)、夙懐(シュクカイ=昔の思いで、早くから持っていた志、夙意=シュクイ=)、夙悟(シュクゴ=幼少のころから賢いこと、夙慧=シュクケイ=、夙敏=シュクビン=、夙興夜寐(シュクコウヤビ=朝早く起き、夜は遅く寝る、日夜政務に励むこと)、夙儒(シュクジュ=深い学問のある年老いた学者)、夙心(シュクシン=以前から持っていた考え、夙志=シュクシ=)、夙成(シュクセイ=はやくに完成する、早くから大人びる)、夙昔(シュクセキ=ずっと昔、以前)、夙賊(シュクゾク=昔からの悪人)、夙茂(シュクボウ=幼少からすぐれた才能を持っていること)、夙夜(シュクヤ=朝早くから夜遅くまで、早朝)、夙齢(シュクレイ=若い年齢、少年時代)。

2)ジュウ=戎。

いくさ、戦争。音読みは「ジュウ」。戎事(ジュウジ=軍事)、戎衣(ジュウイ=軍服、武装すること)、戎器(ジュウキ=兵器、武器)、戎機(ジュウキ=戦争、戦争における指揮権)、戎軒(ジュウケン=戦争に使う車、戎路=ジュウロ=、戎車=ジュウシャ=)、戎行(ジュウコウ=軍隊の行列、進軍)、戎馬(ジュウバ=軍馬、戦争)、戎備(ジュウビ=戦争の準備、軍備)。

ア)厳え=ととの・え。

「厳える」は「ととのえる」。やや特殊な訓み。宛字でしょうか。「おごそか」「きびしい」「きびしくする」のほかに訓みはない。「手ぬかりなくする」という意味があるので、これからの連想でしょうか。厳具(ゲング=化粧箱)、厳妝(ゲンショウ=手ぬかりなく化粧すること)。

イ)為り=た・り。

「~である」と訳す漢文訓読語法。断定の意味。

辭家夙嚴駕、 當往至無終
問君今何行、 非商復非戎
聞有田子泰、 節義為士雄
斯人久已死、 鄉裏習其風



朝早く馬車の支度をととのえ、家をあとにした。これから無終(今の河北省薊県の地)に行こうというのだ。「何でまたそんなところに」と聞かれれば、こう答えよう。「商用でもないし、戦でもない。あそこには田子泰という男がいてね、節義に厚く、男児のなかの男児といっていい。この人はとっくに死んでしまったが、郷里の人は今なおその気風を伝えているというので、それで行く気になったのですよ」と。


生きては世に高き名有り

既に没しては3)ムキュウに伝わる

学ばざるかな 4)キョウチ

直だ百年の中に在るのみなるを



3)ムキュウ=無窮。

無限・永遠であること。きわまりなし。無疆(ムキョウ)という。無休、無給ではないので注意しましょう。

4)キョウチ=狂馳。

狂ったように走り回る、追い求める。「狂」は「あることに夢中になって常軌を外れること、また、その人」の意。狂飲(キョウイン=むやみに飲む)、狂狷(キョウケン=いちずに理想に走って常識にはずれているが、信ずるところを断固としてまげないこと)、狂狡(キョウコウ=くるいみだれること)、狂奔(キョウホン=ある目的のために熱心に走り回って努力する)。「馳」は「はせる」「はしる」。

生有高世名、 既沒傳無窮
不學狂馳子、 直在百年中



田子泰は生前すでに高節の士と仰がれ、死後もその名は無窮に伝えられている。狂ったように名利を追い回す連中は、自分たちの追い掛けているものが、たかだか人間一生の間にすぎないことを知らないのだなあ。



「君に問う」とありますが、自問自答の言葉です。淵明が遇いに行くという「田子泰」とは、「三国志・魏志の田疇伝」によると、「名は疇、字は子泰、漢末、董卓の乱が起きたとき、幽州の牧(長官)劉虞の代理として長安にかけつけ、幽閉されていた献帝に忠節を披瀝した。功績により騎都尉に拝されたが固辞して報告に帰った。ところが劉虞はすでに殺されていた。田疇はその墓にもうでて哭泣し、その後、徐無山(ジョムサン)中に入って躬耕生活を送る。彼に従うもの五千余家だったという」。忠義を尽くした人物で、「其一」で出てきた裏切られた友人とは対照的な存在とも言えるでしょう。

もうとうに亡くなっているのですが彼の生きたむらざとではその遺風が伝わっていると聞いて、具に村人に会いたくなったというのです。ちっぽけな出世などには目もくれずに人と人との信頼を大切にした。あまりにもせこすぎる友人が惨めにも見えたのでしょう。たかだか百年も生きられないというのになんとせせこましいことか。目先の利益に囚われて見失ってはいけないものがある。一歩一歩前に進むこと。そして、人と人の信頼。それを犠牲にして得られるものなど在りはしない。あったとしても、それは自分を殺すこと。自分の存在を失って何があるというのでしょう。いったん壊れた信頼は二度とは取り戻せない。だから、安易な関係の構築はやめるべきですね。人と人が結びつくのはそれほど大変なことなんです。上っ面の交際は見苦しすぎる。しかし、ネットではそれができてしまうから恐ろしい。昔を生きた高節の士こそ範とするべきです。ネットなどなくても人を信頼し、人に忠義を尽くすことができたことをもう一度拳拳服膺したいところです。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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