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生一本を貫いて真の「男」になれ=司馬遷「報任少卿書」18・完

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の18回目、オーラス最終回です。長きにわたり味わい尽くしてきた司馬遷の並々ならぬ大業への決意。そして、それの裏返しである「自虐プレー」もとうとう最後に辿り着きました。あくまで慎み深く、それでいて軸がぶれない姿勢を貫き通す司馬遷の「書面」からは、迂生にとっても今後生きていくうえで最も大切な「よすが」を得た思いがします。

故にア)に俗に従いて浮沈し、時と与に1)フギョウし、以て其の2)キョウワクを通ぜん。今少卿、乃ち教うるに賢をイ)め士を進むるを以てす、乃ち僕の私心と3)ラツビュウする無からんや。今、自ら4)マンジを5)チョウタクし、以て自ら飾らんと欲すと雖も、俗に益する無く、信ぜられず、適だ辱を取るに足るのみ。之を要するに、死するの日にして、然る後是非乃ち定まる。書意を悉くす能わず、略6)コロウを陳ぶ。謹みて再拝す。

1) フギョウ=俯仰。

うつむくこととあおぐこと。孟子に出てくる成句である「俯仰不愧天地(フギョウテンチにはじず)」からきており、「仰いで天に対しても、ふして地に対しても、心にやましいことがないから恥じるところがない、自分の心や行いに少しもやましいところがないこと」。

2) キョウワク=狂惑。

道理が分からなくなること。「狂~」の熟語では、狂客(キョウカク=奇行癖のある人)、狂簡(キョウカン=志は大きいのだが、具体性が伴わないで、ぞんざいなこと)、狂狷(キョウケン=いちずに理想に走って常識にはずれているが、信ずる所を断固として枉げないこと、また、そのような人)、狂言綺語(キョウゲンキゴ=小説などの文)、狂狡(キョウコウ=くるい乱れること、また、その人)、狂恣(キョウシ=かって気ままで、狂気じみた行い)、狂且(キョウショ=狂人)、狂譟(キョウソウ=くるったように騒ぐこと、狂噪、狂躁)、狂佻(キョウチョウ=動作が狂気じみて軽軽しいこと)、狂顛(キョウテン=狂人、狂癲)、狂悖(キョウハイ=本心を失って道理にはずれる、でたらめをする)、狂瀾(キョウラン=荒れ狂う大波、狂濤=キョウトウ=)、廻狂瀾於既倒(キョウランをキトウにめぐらす=すっかり衰えてしまったものを立て直すことのたとえ)。

3) ラツビュウ=剌謬。

くいちがうこと。「剌」は「もとる」とも訓み、「刺」とは別字であることに要注意です。ただ、「撥剌」(ハツラツ)のように「はねる」の意味もありややこしや~。乖剌(カイラツ=物事が食い違ってちぐはぐである)、剌戻(ラツレイ=物事が食い違うこと)。「謬」は「あやまり」「あやまる」。

4) マンジ=曼辞。

美しく飾った言葉。美辞。この「曼」は「ながい」「ひく」とも訓み、「長々と飾ってものをいう、長々と修飾したことばをいう」の意。曼延(マンエン=果てしがない、限りがない、ずるずるのびて広がるさま、曼衍=マンエン=)、曼曼(マンマン=ながくどこまでも続いて、きれないさま)。曼珠沙華(マンジュシャゲ=秋に赤い花が咲くヒガンバナ)もこの字を充てる。「卍」ではないことにだけは留意してください。書き順は要注意ですが…。

5) チョウタク=雕琢。

ほりきざむことと、みがくこと。転じて、文章を立派にすること。彫琢とも書く。「雕」は「きざむ、える」とも訓む。一面に細かい模様をつける、全面にわたってまんべんなくほりつける。雕玉(チョウギョク=)、「わし」とも訓み、雕悍(チョウカン=ワシのように荒々しい)の熟語もある。全般には「彫」と書き換えが可能で、熟語を列挙すると、雕肝(チョウカン=銘記)、雕朽(チョウキュウ=物事の役に立たないたとえ)、雕金(チョウキン=金に模様をほる)、雕虎(チョウコ=虎のこと)、雕巧(チョウコウ=模様・装飾などを巧みにきざみこむこと)、雕飾(チョウショク=ほりきざんで美しく飾ること)、雕青(チョウセイ=いれずみ)、雕塑(チョウソ=彫刻と塑像)、雕像(チョウゾウ=彫刻してつくった像)、雕題(チョウダイ=ひたいにいれずみをする、書物の上部の空欄に施す解釈)、雕篆(チョウテン=文章の字句を細かく飾る、文章の技巧を重視して字句ばかり飾ること、そのような文章、彫虫篆刻=チョウチュウテンコク=)、雕欄(チョウラン=彫刻をほどこした欄干)、雕竜(チョウリュウ=竜の模様を美しく彫刻するように、文章を巧みに飾ること、談天雕竜=ダンテンチョウリョウ、弁舌や文章などが広大で見事なこと、転じて、広大だが実用には適さない無用の議論や行為などのたとえ=)、雕輦(チョウレン=彫刻をほどこした美しいてぐるま)、雕鏤(チョウロウ=金属に模様をきざみちりばめる、彫鐫=チョウセン=、彫鑽=チョウサン=)。

6) コロウ=固陋。

かたくななこと。頑迷固陋(ガンメイコロウ=視野が狭く頑固で柔軟性に欠け、正しい判断ができないこと、冥頑不霊=メイガンフレイ=、墨守成規=ボクシュセイキ=、狷介固陋=ケンカイコロウ=)。「孤陋」(コロウ=世間から孤立していて見聞・視野が狭いこと)とはまた一味異なるので要注意です。「コロウ」は「狐狼、固牢、虎狼、故老、古老、孤老」があります。いずれも簡単ですが同音異義語問題では意外に迷うのではないでしょうか?

ア) 且に=まさ・に。

漢文訓読語法で「まさに~(せ)んとす」と訓み、「今にも~しようとする」「今にも~になりそうだ」と訳す。再読文字。未来の意志・状態を推量する意を表す。「まさに~す」はほかに、「将に、当に、方に」なども同じ再読文字。


イ) 推め=すす・め。

「推める」は「すすめる」。通常は「お・す」と訓むが、「推し進める」から派生した訓み方でしょう。やや特殊です。「スイする」と読んでもいいかもしれません。「推~」の熟語は、推轂(スイコク=人の事業を助ける、人を推薦する)、推挽(スイバン=車を後ろから押し、前から引く、転じて、人を推薦すること)、推遷(スイセン=移り変わること)、推歩(スイホ=天体の動きからおしはかって、暦を作ること)、推敲(スイコウ=詩歌や文章の字句をよくしようとして、何度もつくりなおすこと)。

ですから、世俗とともに浮き沈み、時の流れに従っていい加減な生き方で過ごそうとしているのです。少卿殿、いまあなたは、このようなわたくしに、賢者を推挙して士人を登庸するようにとの御教えでございますが、しかしながら、これはわたくしの本心とは相入れぬことでございます。いま、わたしが美辞をつらねて、自ら飾り立てようとしても、当世には何の利益もなく、信頼を得ることもありません。ただただ恥辱を重ねるばかりでありましょう。結局のところはわたしが死んでから初めて事の是非が定まるのです。書面にては意を尽しきれません。わが僻事を申し上げてまいりました。慎んで再拝致します。

司馬遷が宮刑を受けたのは48歳のとき。その2年後に大赦を受け出獄、中書令に抜擢されました。そして史記の編纂を続け、55歳の時にこの書がしたためられました。翌年56歳でこの世を去ります。死ぬ前まで史記の執筆に当たったそうです。司馬遷の生一本なところは見習いたいものですな。そして、司馬遷に倣って肝腎な物がなくとも、本当の「男」になろうではありませんか!
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「ケイコウ」の臣は「蛍光」?「鶏口」?「携行」?いえいえ…=司馬遷「報任少卿書」17

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の17回目です。ラス前です。友人である任少卿にだけ自分の本心を打ち明けて、理解してほしいと切に願う司馬遷です。この熱き思いは誰にでも言うわけにはいかない。ほかならぬ、本当に信頼のできるあなただけなのですよ。

且つ負下は未だ居り易からず、下流は1)ボウギ多し。僕2)コウゴを以て此の禍に遇い、重ねて3)キョウトウの笑う所と為り、以て先人を汚辱す。亦何の面目ありて、復た父母の4)キュウボに上らんや。百世をア)ぬると雖も、イ)は弥々甚だしきのみ。是を以て腸は一日に5)キュウカイし、居りては則ち忽忽として、亡う所有るが若く、出でては則ち其の往く所を知らず。每に斯の恥を念えば、汗の未だ嘗て背に発し衣をウ)さずんばあらざるなり。身は直だ6)ケイコウの臣と為るのみ、寧くんぞ自ら深蔵岩穴に引くを得んや。

 1) ボウギ=謗議。

  悪口を言うこと、そしり。「謗」は「そしる」「そしり」とも訓む。謗怨(ボウエン=そしりうらむ、謗恨=ボウコン=)、謗譏(ボウキ=きびしくそしる、そしり)、謗言(ボウゲン=人をけなすことば、悪口、謗語=ボウゴ=)、謗鑠(ボウシャク=そしり)、謗書(ボウショ=他人の悪口を書いた手紙、「史記」のこと、漢の政策をそしった書物)、謗傷(ボウショウ=人を悪く言ってけがす、謗詆=ボウテイ=、謗毀=ボウキ=、謗誚=ボウショウ=、謗讒=ボウザン=)、謗声(ボウセイ=人をそしる声、悪いという評判のこと、悪評)、謗嘲(ボウチョウ=そしりあざける)、謗木(ボウボク=人民に政治の欠点や不満を自由に書かせるために、朝廷の前にたてた木のこと、目安箱みたいなもの)、謗誉(ボウヨ=そしることと、ほめること、毀誉=キヨ=)。

 2) コウゴ=口語。

  いった事柄、口にしたことば、言論。あるいは、批判。ここでは、李陵を弁護した言辞を指している。

 3) キョウトウ=郷党。

  むらざと、同郷の人々。周代の制度では、五百家を「党」、一万二千五百家を「郷」としたことからいう。教頭、侠盗、驕宕、狂濤、共闘、狂騰ではないので要注意。

 4) キュウボ=丘墓。

  墓そのものを指す。墳墓(フンボ)、丘墳(キュウフン)ともいう。「丘~」の熟語もなかなかに曲者揃いで、丘里之言(キュウリのゲン=俗世間のことば、でたらめの話)、丘阜(キュウフ=小山)、丘壟(キュウロウ=おか、はか、丘隴とも)、丘軻(キュウカ=孔子と孟子のこと、ともに両者の字)、丘壑(キュウガク=隠棲に適した、俗世間を離れたところ)、丘墟(キュウキョ=土地、建物が荒れ果てたあと、廃墟)、丘索(キュウサク=八索九丘の略で中国古代伝説上の書物の名)、丘首(キュウシュ=本を忘れないこと、故郷を思うこと)、丘冢(キュウチョウ=丘のように小高く築いた墓、丘塚=キュウチョウ=とも)、丘民(キュウミン=いなかに住んでいる身分の卑しい人民)。

 5)キュウカイ=九迴。

  この場合の「九」は「数が多い、また、奥深いさま」を表す形容詞用法の語。「迴」は「めぐる」とも訓み、したがって、「何度も何度もぐるぐる回ること、はらわたがひどくねじれるさま、もだえるさまをいう」。

 6) ケイコウ=閨閤。

  ねや、特に夫人の部屋を指す。閨房(ケイボウ)ともいう。ここでは宮廷の奥深くといった意味。「閨」は「奥まった小門」のことで「ねや」「こもん」とも訓む。閨怨(ケイエン=夫とはなればなれになっている、妻の悲しみ)、閨秀(ケイシュウ=文芸・学術にすぐれた女性、才媛)、閨中(ケイチュウ=婦人の部屋、閨裏=ケイリ=)、閨庭(ケイテイ=家の中、家庭のこと)、閨竇(ケイトウ=とくに作った門ではなく、壁にあけた小さなくぐり戸、転じて貧しい人の家、篳門閨竇=ヒツモンケイトウ=)、閨閥(ケイバツ=妻の親類関係の勢力を中心に結んだ仲間)、閨範(ケイハン=女性の守るべき手本)、閨門(ケイモン=ねやの出入り口、家庭のしつけ、宮中または城内の小門)、孤閨(コケイ=夫が不在で、妻が独りさびしく寝る部屋、空閨=クウケイ=)。「閤」は「くぐりど」とも訓む。閤内(コウナイ=室内)、宮閤(キュウコウ=宮殿)、閤下(コウカ=門のある建物の下、転じて、そのうような建物にいる身分の高い人を尊んでいうことば)。

 ア) 累ぬる=かさ・ぬる。

  「累ねる」(かさねる)の古語。つながってかさねる、つながってかさなる、ほかの物事をかさね加える。挈累(ルイをたずさう=足手まといになる妻や子供たちをつれる)、累日(ルイジツ=幾日も続いて)、累遷(ルイセン=地位などが次第にあがること)、累紲(累絏=ルイセツ、しばりなわ、罪人として捕らわれること)、累息(ルイソク=溜息、吐息、息をひそめ殺すこと)、累葉(ルイヨウ=何代も続くこと、代々)、累卵之危(ルイランのキ=物事が、卵を積み重ねたようにくずれてこわれそうである、きわめて危険な状態にあること)。

 イ) 垢=はじ。

  「けがれ」とも訓み、ちり・あかのよごれから転じて、体面をけがすこと。音読みは「コウ」、呉音で「ク」。垢辱(コウジョク=はずかしめ、はじ)、刮垢磨光(あかをけずりひかりをマす=人の欠点をけずりとって、知徳の光を発揮させる、人材を育成すること)、垢汚(コウオ=あかがついてよごれる、そのよごれ、垢穢=コウアイ=)、垢脂(コウシ=あせやあぶらのよごれ、垢膩=コウジ、くに=)、垢滓(コウシ=あかとかす、よごれたもの)、垢弊(コウヘイ=あかじみて、やぶれる、またその着物)、垢離(こり=神仏に願い事をするとき水を浴びて心身のけがれを取り去ること、水垢離)、無垢(ムク=けがれなし)、塵垢(ジンコウ=ちりとあか)。

 ウ) 沾さずんば=うるお・さずんば。

  「沾す」は「うるおす」。ひたひたと水でぬらす、他に利益を及ぼす。音読みは「テン」。沾洽(テンコウ=恵みなどが広く行き渡る、学識が広い)、沾湿(テンシツ、テンシュウ=ひたひたとぬれる、また、雨でぬらすこと)、沾染(テンセン=気質が、外部の影響で変わる)、沾被(テンピ=恵みを受ける)。「うるおす」はほかに、「潤す、霑す、洽す、浹す、涵す、湿す、膏す」がある。雨冠のついた「霑」も「テン」で同義。四字熟語に霑体塗足(テンタイトソク=苦労して労働すること)があり本番で要注意。霑酔(テンスイ=全身にしみわたるほど酔う、泥酔)と熟語もあります。


そもそも、罪を負った者は暮らしにくいもの。下賤な人々はとかく口うるさいもの。わたしは自分が口にしたことばが原因となって、この災禍に遭うこととなり、その上、郷里の人々の笑い者ともなり、亡き父親の名前すら汚してしまった。一体、如何なる顔をして、父母の丘墓に上ることができようか。百世を経過したとしても、恥辱は一層甚だしくなるばかり。かく考えると、腹中が一日に何度もよじれるような苦痛があり、家にいても茫然として何かを失ってしまった気がして、外に出てみても、何処へ行こうとしていたのかも、分からなくなってしまう有様なのだ。この恥辱を思い返すたびに、冷や汗は背中を伝わり、衣服を濡らすのである。わが身は宮廷の奥深く仕えている身に過ぎないのだが、さりとて、身を退いて巌穴に隠棲することもできないこの身が恨めしい。

そうだ、わたしにはやることが一つしかない。はっきりしている。罪は罪として消えるものではない。ただ、前を向いて己の為すべきことに邁進するのみ。たとえ、人が何と言おうとも、何と思おうとも……。

古今の変を通じ一家言成すのが「史記」=司馬遷「報任少卿書」16

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の16回目です。屈原に「離騒経」があったように、古来、轗軻不遇の士には後世に残る著作物がありました。司馬遷は父祖から受け継いだ「史記」百三十篇の完成という大業があるのです。

僕窃かに不遜にして、近く自ら無能の辞に託し、天下の放失せる旧聞を網羅し、略其の行事を考え、其の終始をア)べ、其の成敗興壊の紀をイ)え、上は1)ケンエンより計り、下は茲に至るまで、十表、本紀十二、書八章、世家三十、列伝七十、凡て百三十篇と為す。亦以て天人の際を究め、古今の変を通じ、一家の言を成さんと欲す。2)ソウソウ未だ就らざる、会々此の禍に遭い、其の成らざるを惜しむ。已に極刑に就くも、ウ)む色無し。僕誠に以て此の書を著し、エ)を名山に蔵し、之を其の人、3)ツウユウの大都に伝えば、則ち僕前辱の責を償う、4)バンリクせらると雖も、豈悔ゆる有らんや。然れども此れ、智者の為に道う可し、俗人の為に言い難きなり。

 1) ケンエン=軒轅。

  これはやや難語。伝説上の帝王である「黄帝」のことをいう。黄帝は、文学・暦法・音楽・医薬などをはじめてつくったとされ、のち、五行説で土・中欧を支配する神とされた。今の河南省新鄭県軒轅の丘にいたといわれること、また、轅(ながえ)の高くはねた車を考案したといわれることから「軒轅」とも呼ばれている。成句に「華胥之夢」(カショのゆめ)というのがありますが、これは「黄帝が、天下がうまく治まらず心配したが、夢で華胥という国に遊んで、命令する人も欲張る人もいない自然で平和な理想境であるのを知り、夢が寤めてから政治の要点が自然にあると悟ったという伝説」との意。「軒」は「轅が曲がって高く上にはね上がった形をしている乗用の車、古代には大夫以上の人が乗った」、あるいは「車の前部の高く反り上がった部分」「(建物の)のき」を指すこともある。軒輊(ケンチ=前の部分の高い車と、前の部分の低い車、転じて、あがりさがり・高低・優劣のことをいう)、軒掖(ケンエキ=高い建物や門、宮廷のこと)、軒楹(ケンエイ=のきの柱)、軒駕(ケンガ=黄帝のこと、天子の乗り物、転じて、天子の行幸)、軒豁(ケンカツ=視界が広くてながめのよいさま)、軒檻(ケンカン=のきばのてすり、欄干)、軒渠(ケンキョ=高らかに笑うさま、軒渠笑悦=ケンキョショウエツ=)、軒昂(ケンコウ=意気ごみや勢力が盛んなさま)、軒冕(ケンベン=大夫以上が用いる、車とかんむり、高い位、爵位、身分の高い人全般を指す)。

 2) ソウソウ=草創。

  下書きをつくる、起稿する、起草する。草稿、草藁、草案、草本ともいう。「物事のしはじめ」の意もあるが、ここは「下書き」。

 3) ツウユウ=通邑。

  周囲に道路が通じていて交通の発達した都会。通都(ツウト)ともいう。「邑」は「くに」「むら」。「通~」の熟語は数多いですが、主どころだけ列挙しておきます。通衢(ツウク=四方八方に通じる道)、通儒(ツウジュ=いろいろな物事について広く知っている学者)、通宵(ツウショウ=ひと晩じゅう)、通途(ツウズ=ありふれたこと、通常)。

 4) バンリク=万戮。

  何度も刑戮(刑法による処罰)をうけること。もともと「戮」とは「罪人を残酷なやり方で死刑にする」との意。「ころす」とも訓む。殺戮(サツリク=ころすこと、戮殺=リクサツ=)、戮没(リクボツ=罪にして殺すこと)。「あわせる」の訓みも派生して、「戮力」(リクリョク=協力する、ちからをあわす)があるが、これは「勠力」の方が一般的です。「はずかしま」の意もあって「戮笑」(リクショウ)とは「人に笑われること、物笑い」。

 ア) 綜べ=す・べ。

  「綜べる」は「すべる」。何本ものすじをまとめる、転じて、統一する、すべておさめる。「すべる」はほかに、「攬べる、渾べる、綰べる、総べる、部べる、馭べる、統べる」がある。音読みは「ソウ」(=総)で「へ」(織機の道具、縦糸を上下させて、横糸の杼の通る道をつくるためのもの)とも訓み、綜核(ソウカク=事の本末をまとめあわせて、考えを明らかにする、まとめてつきつめる)、綜絖(ソウコウ=機を織る時、杼の通る口を広げるため、縦糸を上げ下げする装置)、綜覧(ソウラン=人々の心をまとめ服従させる)。

 イ) 稽え=かんが・え。

  「稽える」は「かんがえる」。よせあわせて考える。ほかに、「とどまる」「とどめる」「くらべる」などの訓みもあって、なかなかに厄介な漢字です。無稽(ムケイ=定見のないこと)、稽古(ケイコ=昔のことを考え調べる、学問や学習をすること)、稽緩(ケイカン=とどこおって、ぐずぐずすること)、稽式(ケイシキ=法則、法式、かんがえあわせて模範とする)、稽失(ケイシツ=とどこおり失敗する)、稽首(ケイシュ=頭を地に近づけてしばらくとどめ、敬礼する、また、その礼、頓首=トンシュ=)、稽留(ケイリュウ=とどまる、とどこおる、稽遅=ケイチ=、稽停=ケイテイ=)。

 ウ) 慍む=うら・む。

  胸中にいかりを含んでうらむこと。「いかる」とも訓む。音読みは「ウン」が基本ですが慣用的に「オン」とも読むのでややこしや~。慍色(ウンショク=むっといかりを含んだ顔つき、慍容=ウンヨウ=)、慍見(オンケン=むったいかったようすで人に会う)。

 エ) 諸=これ。

  漢文訓読語法で、人・物・事を指す近称の指示詞。「これを」、「これに」と訳す。「之於」(シオ)の二字をあわせて一字にしたもの。ちなみに「もろ」「もろもろ」との表外訓みもある。諸彦(ショゲン=多くのすぐれた人たち)、諸姑(ショコ=父の姉妹たち)、諸子百家(ショシヒャッカ=春秋・戦国時代の多くの学派のこと。儒家、道家、墨家、法家、名家、兵家、縦横家、陰陽家などのこと)、諸妄(ショモウ、ショボウ=さまざまな煩悩、心の迷い)。


「史記」は、この世に埋もれている、ふるい言い伝えを残すところなくかき集めて、おおよその事柄の成り行きを調べ、その始終をまとめ、治乱興亡の道筋を考察し、上は軒轅氏黄帝の昔から、下は現在にいたるまでを、十表、十二紀、八書、三十世家、七十列伝、総計百三十篇となります。司馬遷は、天と人間の関係を究明し、古今の変化を理解して、一家言を成そうと考えました。ところが、まだ草稿の完成も見ないうちに、この李陵の殃いに遭ってしまったのです。恨みは骨髄に入ったのですが、この史記への思いがあったがために我慢が出来た。

「僕誠に以て此の書を著し、諸を名山に蔵し、之を其の人、通邑の大都に伝えば、則ち僕前辱の責を償う。万戮せらると雖も、豈悔ゆる有らんや」(もしこの書=史記=を書き表して、これを名山の奥深く蔵して、わたしの志を知る人、さらには長安の都をはじめ、天下の町々に伝えることができるならば、わたしは嘗ての恥辱に対する責めを償うことができ、かくしてよろず刑戮を受けようとも、悔いることはない)――。この台詞はこの「書」の中の最も聞かせどころと言えるでしょう。噛み締めたい。いや、是非とも噛み締めようではありませんか。坐して死ぬのではなく、屈辱に耐えて生き抜いて、世の中を見返すのです。弛まぬ精進こそが求められるのです。安易な道を選ぶこと無く…。

「史記」の大業成就へ空文を垂れん=司馬遷「報任少卿書」15

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の15回目です。「史記」完成への熱き思いをほとばしらせた司馬遷。続いて、古来、不遇、挫折に負けずに大業を成就させた面々の名前を列ね、自分もその一員になるのだとの決意を滔滔と開陳します。


ア) 古者富貴にして名の磨滅するもの、イ)げて記す可からず。唯だ倜儻(テキトウ=卓越した人物)非常の人、称せられるるのみ。蓋し文王拘せられて周易をウ)演べ、仲尼1)ヤクせられて、春秋を作り、屈原放逐せられて、乃ち離騷を賦し、左丘明を失いて、エ)れ国語有り、孫子臏脚(ヒンキャク=足切りの刑)せられて、兵法脩列す、不韋蜀に遷り、世に呂覧を伝う、韓非秦に囚らえられて、説難孤憤あり、詩三百篇は、大厎賢聖発憤の為作する所なり。此の人は皆意に2)ウッケツ有りて、其の道を通ずるを得ず。故に往事を述べ、来者を思う。乃ち左丘の、目無く、孫子の足を断たれ、終に用うる可からざるが如きは、退きて3)ショサクを論じ、以て其の憤りをオ)べ、空文を垂れ、以て自らカ)さんと思う。

1) ヤクせられて=厄せられて。

「厄」は「つかえて進退に窮するさま、つかえ、行き詰まり」。厄災(ヤクサイ=災い、災難、災厄=サイヤク=)、。本文の「仲尼」とは孔子のことで、ここでいうのは所謂「陳蔡之厄」(チンサイノヤク)のこと。すなわち、孔子が諸国歴遊中に陳と蔡の国境付近で、兵に囲まれ、食料が足りずに苦労した「災厄」のことを言っています。「阨」に書き換え可能で、熟語では阨窮(ヤクキュウ=物事に行き詰まる、動きがとれず苦しむ、阨困=ヤッコン=)がある。ところが、これを「アイ」と読んだ場合は「せまい」の意になることに注意してください。阨巷(アイコウ=せまい通り、隘巷=アイコウ=)、阨塞(アイソク=せまくふさがっている、地勢が険しく要害の地であること)、阨僻(アイヘキ=せまくてすみに片寄っている)、阨路(アイロ=せまいみち、隘路=アイロ=)。

2) ウッケツ=鬱結。

心がむすぼれて、むしゃくしゃするさま。鬱乎(ウッコ=こんもりと一つになったさま)、鬱然(ウツゼン=気持ちが沈んではればれしないさま、ゆううつなさま)、鬱塞(ウッソク=こもりふさがる、気持ちがむすぼれてはればれしないこと、鬱積=ウッセキ=)、鬱滞(ウッタイ=心がふさがって動かないこと、物事が滞って動かないこと)、鬱紆(ウツウ=心がむすぼれて、気持ちがはればれしないさま、鬱悒=ウツユウ=)。

3) ショサク=書策。

書物。「策」は、字を書くのに用いられた竹の札。書冊(ショサツ)、書筴(ショサク)ともいう。

ア) 古者=いにしえ。

昔、昔は。「者」は、時をとくに示す場合に添える助辞。「コシャ」と読めば、昔の人の意。ここは漢文訓読用法として「いにしえ」と訓みたいところ。

イ) 勝げて=あ・げて。

「~不可勝…」と漢文訓読語法で用いて、「~はあげて…(す)べからず」あるいは「~は…(する)にたうべからず」とも訓んで、「~は(多過ぎて)…しきれない」と訳す。「あげて」は副詞用法。ここでは「(金持ちだけど名前が消えた例は)たくさんありすぎてとても書ききれない」ということ。

ウ) 演べ=の・べ。

「演べる」は「のべる」。口や、しぐさで展開させる。「演~」の熟語では、演繹(エンエキ=一般的な原理をおしのばして特殊の事理を導き出すこと)、演義(エンギ=小説の一形式、歴史上の事実をかざりたて、引きのばしたりしておもしろく書いたもの)、演漾(エンヨウ=波が広がってゆらゆらとただよう)。

エ) 厥れ=そ・れ。

「その」とも訓む。「其」と同系の遠称の指示詞。音読みは「ケツ」で「厥角稽首」(ケッカクケイシュ=ひたいをたれ頭を地につける、慎んで従うさま)、「厥初」(ケッショ=そのはじめ、最初)。

オ) 舒べ=の・べ。

「舒べる」は「のべる」。心中の思いをのべる。巻いたもの、かたまったものをのばし広げる。「ゆるい」「オモムロ」との意味もある。音読みは「ジョ」。旌旗巻舒(セイキケンジョ=軍旗を広げたり伸ばしたりすること、戦いが続くこと)、舒巻(ジョカン、ジョケン=時勢や物事に応じて進退すること、カンをのぶ=書物を開く)、舒雁(ジョガン=ガチョウの別名)、舒緩(ジョカン=ゆったりしていて気持ちがのびやかなこと)、舒徐(ジョジョ=静かでゆったりしたさま)、舒嘯(ジョショウ=のんびりと詩などを口ずさむ、口笛を吹く)、舒情(ジョジョウ=思いを述べる)、舒遅(ジョチ=態度などがゆったりとして落ち着いているさま)、舒暢(ジョチョウ=心をのびのびとゆったりさせること)、舒展(ジョテン=手足などをゆったりとのばす)、舒放(ジョホウ=のびやかで、ゆったりしていること)。

カ) 見さん=あらわ・さん。

「見れる」は「あらわれる」。外に見えてくる、おもてに出る。見説は「みるならく、きくならく、いうならく」と訓読して「世間でいうところによれば」と訳す。


文王、仲尼、屈原、左丘、孫子、不韋、韓非、詩三百篇…彼らは皆、災難に遭いながらもそれぞれ後世にすぐれた作品を残しています。確実に自分がいたことの証を刻みつけた。「左丘の、目無く、孫子の足を断たれ」。このような普通なら役に立たず、死に至るしかないようなことも書き記して未来を思い描いた。表舞台から身を退けて、議論を発し、憂憤の思いを打ち明け、自己の文章を書いて、その存在感を世に示そうとしたのです。司馬遷の味わった屈辱も、史記という大輪の花を咲かせるための単なる肥やしにすぎなかったのでしょうね。

わが文彩が日の目を見ぬうちは宦官でも生き抜く!=司馬遷「報任少卿書」14

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の14回目です。いよいよ司馬遷の本心が開陳される場面の登場です。この「書」のヤマ場と言っていいでしょう。古の宰相らをも扱き下ろしながら、自らを貶め、卑下に卑下を重ねてきたのですが、むろん、本心ではありません。ここからのくだりは、その裏に隠された熱き思いが音を立てて迸ります。

夫れ人の情、生を貪り死を悪み、父母を念い、妻子を顧みざる莫し。義理に激する者に至りては然らず。乃ち已むを得ざる所有ればなり。今僕不幸にして、早く父母を失い、兄弟の親無く、独身孤立す。少卿、僕の妻子に於けるを視るに何如ぞや。且つ勇者は必ずしも節に死せず、1)キョウフも義を慕う、何れの処にか勉めざらん。僕は2)キョウダにして苟しくも活きんと欲すと雖も、亦頗る去就の分を識る。何ぞ自ら3)ルイセツの辱めに4)チンデキするに至らんや。且つ夫れ5)ソウカク6)ヒショウも、由お能く7)インケツす。況んや僕の已むを得ざるをや。8)インニンして苟くも活き、糞土の中に幽せられて辞せざる所以の者は、私心の、尽くさざる所有り、9)ヒロウにして世を没し、文彩の、後世に表れざるを恨めばなり。

 1) キョウフ=怯夫。

  臆病者。「怯」は「おびえる」。怯臆(キョウオク=おそれてしりごみする)、怯懾(おじけおそれる)、怯惰(キョウダ=おくびょうで、怠け者である)。「ひるむ」と訓むこともある。

 2) キョウダ=怯懦。

  おくびょうで、いくじがない。怯弱(キョウジャク)ともいう。「懦」は「よわい」。頑廉懦立(ガンレンダリツ=高潔な人に感化されて、良い方向に向かうこと)、懦怯(ダキョウ=おくびょうで、ひきょうである)、懦弱(ダジャク=気が弱い、また、いくじがない、懦軟=ダナン=)、懦夫(ダフ=気の弱い男、おくびょうで意気地のない男)。

 3) ルイセツ=縲紲。

  罪人を縛る長い縄。まて、転じて、牢屋を指す。縲絏(ルイセツ)とも書く。

 4) チンデキ=沈溺。

  水におぼれること、苦しみの中にいること、ある習慣にとらわれること。沈湎(チンメン)は「酒色におぼれること」、沈淪(チンリン)は「おちぶれること、零落すること」。「溺」は「おぼれる」。溺愛(デキアイ=むやみにかわいがる)、溺死(デキシ=水死)、溺職(デキショク=任務に堪えない、ショクにおぼる)。「おぼらす」との和訓もあり。

 5) ソウカク=臧獲。

  ボディーガードの役をする、体格のよい男のどれい。「臧穀」(ソウコク)ともいう。「獲」は「とらえたどれい」、「穀」は「かっちりしたもののたとえ」。「臧」は「よい」とも訓み、熟語は「臧否」(ソウヒ=物事のよしあし)、臧匿(ソウトク=人をかくまう)。

 6) ヒショウ=婢妾。

  召使の女と、側妾。仕えている身分の卑しい女のこと。「婢」は「はしため」とも訓み、熟語は「婢子」(ヒシ=わらわ、身分の卑しい女、下女、側妾)、「婢僕」(ヒボク=下女と下男、婢僮=ヒドウ=)、「婢女」(ヒジョ=召使の女)。

 7) インケツ=引決。

  責任を負って自殺すること。引訣(インケツ)、引分(インブン)とも。「引~」の熟語では、引咎(インキュウ=責任を負う、引責)、引伸(インシン=文字のもとの意味を転化させて別の意味に用いること)、引喩(インユ、たとえをひく=たとえを引用する)、引領(インリョウ、くびをひく=待ち望む)。

 8) インニン=隠忍。

  心中に隠してじっとがまんしていること。隠忍自重とくれば浮かぶでしょうが「インニン」だけでこの漢字が浮かぶかどうかがポイントです。「隠~」の熟語では、隠晦(インカイ=姿をくらます)、隠括(インカツ=直して正しくする)、隠几(インキ=机によりかかる)、隠宮(インキュウ=宮刑)、隠度(インタク=人に知られないようにひそかにはかりごとをめぐらす)、隠遯(イントン=煩わしい世間との関係を絶ち静かに暮らす)、隠憫(インビン=その身になって心配し憐れむ)、隠耀(インヨウ=光を隠してあらわさない、優れた人物が才能や人がらを表に出さないたとえ)、隠淪(インリン=仙人のこと)。

 9) ヒロウ=鄙陋。

  いやしくて見聞が狭い。「鄙」は「ひな」「いやしい」とも訓む。熟語は多いですが、「鄙儒」(ヒジュ=見識の狭い学者、俗儒=ゾクジュ=、腐儒=フジュ=)、鄙吝(ヒリン=心がいやしく度量がせまい、けち)、鄙穢(ヒワイ=ことばや文章がいやしくて下品である)はきっちりとものにしておきましょう。「陋」は「せまい」。陋儒(ロウジュ=見識の狭いつまらない学者)、陋薄(ロウハク=物がそまつなこと)。


最後のくだりにある「隠忍して苟くも活き、糞土の中に幽せられて辞せざる所以の者は、私心の、尽くさざる所有り、鄙陋にして世を没し、文彩の、後世に表れざるを恨めばなり」を解釈すると、「耐え難い気持ちを抑えて、からくも命を長らえて、汚泥の中に身を貶としても我慢しているのは、わたしの、心の思いが尽くされることのないまま永遠にわたしの名が、世に埋もれ、文章が後世に伝えられないのを残念に思うからであります」。これこそが司馬遷の本心なのです。祖先を汚した「恥」を雪ぐため自決することもできた。そんな勇気がないわけでもない。家族とておらず一人ぼっちの身の上でもある。自分のしたことに悔いはないし間違いもない。死んだ方が良かったかもしれない。それでもわたしには「史記」をまとめ通さなければならないという使命がある。これをやり遂げずば死んでも死にきれないのだ。罪に服して、自決もせず、宦官になり下がってでも「生」にこだわり通したわけはそれに尽きる。司馬遷の魂魄が弾けてバーストした瞬間と言っていいでしょう。最後の「文彩」とは「史記」を指す。

龍馬伝 「しかし」は土佐弁で「ケンドぉ~」?=司馬遷「報任少卿書」13

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の13回目です。ここからは古今を振り返り、王侯将相であるのに不本意ながら罪を得て消えていった人物の回顧録。秦の始皇帝に仕えた李斯…弊blogでお馴染みの名前も見えます。無論、自分もその一人に名を列ねるのだと考える司馬遷です。


且つ西伯は、伯なるも、羑里(ユウリ)に拘せられる。李斯は相なるも、五刑に具せらる。淮陰は王なるも、械を陳に受く。彭越、張敖は、1)ナンメンして孤と称するも、獄に繫がれ罪にア)る。絳侯は諸呂を誅して、権は五伯を傾くるも、2)セイシツに囚らえらる。魏其は、大将なるも、3)シャイを衣て、三木に関せらる。季布は朱家のイ)鉗奴と為る。灌夫は辱めを居室に受く。此の人、皆身は王侯将相に至り、声は隣国に聞こゆ。罪至り罔加えらるるに及び、引決自裁する能わず、4)ジンアイの中に在り。古今一体、安くんぞ其の辱められざるに在らんや。此に由りて之を言えば、5)ユウキョウは勢なり、強弱は、形なること、審らかなり。何ぞ怪しむに足らんや。夫れ人早く自ら縄墨の外に裁する能わず、以てウ)く6)リョウチして鞭箠の間に至る。乃ち節を引かんと欲するも、斯れ亦遠からずや。古人の、大夫に刑を施すをエ)かる所以の者は、殆ど此が為なり。

 1) ナンメン=南面。

  君主の位につくこと。その座席が南向きになっていることからいう。論語の「雍也」に「子曰、雍也、可使南面」がある。そのあとの「孤」は、「諸侯や国王が自分を謙遜して言う言葉、わたし」。

 2) セイシツ=請室。

  牢獄のこと。罪を待つへやの意。

 3) シャイ=赭衣。

  罪人が着るあか色の衣服。また、罪人をさす。「赭」は「あか」「あかつち」と訓む。赭堊(シャアク=あか土と白土)、赭汗(シャカン=衣服が汗であか黄色くなる、名馬を出すという、あかいあせ)、赭山(シャザン=草木が生えていないはだかの山、はげ山)、赭石(シャセキ=あかいいろの石)、赭土(シャド=鉄分を含んだ赤色の土)、赭鞭(シャベン=あかい色のむち、昔神農氏が薬草を見つけるために、これでいろいろな草をうって試したという、赭鞭家とは本草学者のこと)、赭面(シャメン=顔をあかく塗る、唐代・チベットの風俗、あからがお=赭顔シャガン)。

 4) ジンアイ=塵埃。

  ちりとほこり、転じて、この世のけがれ、俗世間をさす。塵世、塵界、塵境、塵俗、塵寰、塵土ともいう。

 5) ユウキョウ=勇怯。

  勇ましさと臆病さ。

 6) リョウチ=陵遅。

  物事が次第に衰えること。また、人の手足を切ってから死に至らしめる刑罰。ここでは前者の意味。しだいに気力がなえるさまを言う。陵夷(リョウイ)ともいう。

 ア) 抵る=いた・る。

  値打ちがそれだけに相当する。ここでは抵罪(テイザイ、つみにいたる=罪にふれる、罪になる)と成句と見るべきですね。

 イ) 鉗奴=ケンド。

  くびかせをはめられた囚人。鉗子(ケンシ)、鉗徒(ケント)ともいう。これは難問でしょう。絶対に知らないと「カンド」と読んでしまうでしょう。漢検試験本番でも狙われること必定でしょう。なんとなれば、鉗子(カンシ=手術用外科用具)、鉗口(カンコウ・ケンコウ=口を閉じて物を言わない)のように「カン」と素直に読む例もあるからです。しかし、通常は「ケン」です。鉗赭(ケンシャ=くびかせと、罪人の着る赤い衣、転じて、罪人のこと)、鉗梏(ケンコク=くびかせと手かせで、罪人を束縛すること、転じて、束縛すること)、鉗制(ケンセイ=力でおさえつけて、自由にさせない)。「鉗」は「くびかせ」とも訓み、「箝」「頸枷」「首枷」も同義です。

 ウ) 稍く=ようや・く。

  少しずつ、だんだんと。ここは「やや」とは訓まない。音読みは「ショウ」。悄悄(ショウショウ=だんだん、少しずつ)、稍食(ショウショク=上から官吏に、時日をおって少しずつ給与される米。役人の扶持米)、稍稟(ショウリン=少しずつ支給される俸禄)。

 エ) 重かる=はば・かる。

  やや特殊な表外訓み。大切な物として敬い扱うという意味の「重んずる」から転じた用例でしょう。尊重の「重」も実はこの意味で、「うやまいはばかる」。


西伯文王=中国、周王朝の始祖武王の父。姓は姫(キ)、名は昌。西伯と称する。殷代末期に、太公望など賢士を集め、渭水盆地を平定して周の基礎を築いた。古代の聖王の模範とされる。

李斯=[?~前210]中国、秦の政治家。楚の上蔡の人。荀子に学び、始皇帝に仕えて丞相となり、郡県制施行、焚書坑儒、文字・度量衡の統一などを進言した。始皇帝の死後、讒言により刑死。

淮陰王=韓信、彭越、張敖、絳侯、魏其、季布、灌夫はいずれも漢代の有名人です。それぞれご自分で由来を調べてみてくださいな。

いずれにせよ、司馬遷はこうした罪に陥り不本意ながら刑罰を受けた名将たちに敬意を表しながらも、罪を得てしまった時点で負けだと言っています。それは自分自身に対する自虐プレーの変形ヴァージョンなのです。

猛虎も萎れさせる「厚顔無恥」の罠?=司馬遷「報任少卿書」12

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の12回目です。

猛虎深山に在れば、百獣1)シンキョウす。2)カンセイの中に在るに及べば、尾をア)りて食を求む、威約を積むの漸なればなり。故に地を画して牢と為せば、勢入る可からず、木を削りて吏と為せば、議対うる可からざる有り、計を鮮らかに定むればなり。今、手足を交え、木索を受け、肌膚をイ)され、榜箠(ボウスイ=むち)を受け、3)エンショウの中に幽せらる、此の時に当たりては、獄吏を見れば則ち頭は地にウ)り、4)トレイを視れば則ち正に息(テキソク=おそれて溜息をつく、喘=テキゼン=)す。何者なれば、威約を積むの勢いなれば、以て是に至るに及びて辱めずと言う者、所謂強顏なるのみ。エ)ぞ貴ぶに足らんや。

 1) シンキョウ=震恐。

  ふるえおののく。震懼(シンク)ともいう。震駭(シンガイ=ふるえおどろく)、震撼(シンカン=ふるえ動く、ふるわせ動かす)、震悸(シンキ=おののいて胸がどきどきする)、震眩(シンゲン=ふるえおののき、目がくらむ)、震悚(シンショウ=おそれてちぢこまる、震懾=シンショウ=、震慴=シンショウ=)、震天駭地(シンテンガイチ=天地をふるわせおどろかす、勢いの盛んなさまのたとえ)、震恚(シンイ=ひどく怒る、天子の怒り)、震悼(シントウ=ふるえおののくほどいたむ、天子が臣下の死をかなしむさま)、震慄(シンリツ=ふるえおののく)。

 2) カンセイ=檻穽。

  おりと、落とし穴。「檻」は「おり」「おばしま」、「穽」は「おとしあな」。檻猿(カンエン=おりに入れられたサル、自由がきかないもののたとえ)、檻檻(カンカン=車の走る時の音の形容)、檻車(カンシャ=罪人・獣などを運ぶ、おりのついた車)、檻送(カンソウ=罪人などをおりや囲いに入れて送る、檻致=カンチ=)、檻輿(カンヨ=罪人などを送るための、おりのついたこし、かついで運ぶこし)。坎穽・陥穽(カンセイ=おとしあな、穽陥=セイカン=)。

 3) エンショウ=圜牆。

  ろうや。丸く囲った部屋。圜土(エンド)ともいう。「まるい」と訓む場合は「エン」、「めぐる」と訓む場合は「カン」と聊かややこしいです。円鑿方枘(エンサクホウゼイ=物事が合わないことのたとえ)、圜視(エンシ=目を丸くして見る、驚いて見る、カンシ=ぐるりと周囲を見回す)、圜丘(エンキュウ=丸い形の丘、土を丸く盛り上げて天子が冬至に天を祀る儀式の壇とした)、圜宰(エンサイ=天のこと、圜則=エンソク=)、圜繞(カンジョウ=ぐるりと、取り囲む)。猿嘯、冤訟、炎瘴、焔硝、艶笑などの同音異義語も覚えたいところ。

 4) トレイ=徒隷。

  徒刑になっている人、服役中の囚人。

 ア) 揺り=ふ・り。

  「揺る」は「ふる」。ゆらゆらと曲線を成して動くこと。漸特殊な表外訓み。揺曳(ヨウエイ=ゆらゆらと物がゆれ動くさま)、揺唇(ヨウシン=くちびるを動かす、しゃべる、揺吻=ヨウフン=)、揺蕩(ヨウトウ=ゆらゆらと動く、揺り動かす、揺動=ヨウドウ=)、揺漾(ヨウヨウ=水が揺れ動く)、揺籃(ヨウラン=ゆりかご、転じて子供のころに育った環境、物事の発祥の時期)。

 イ) 暴され=さら・され。

  「暴す」は「さらす」。むき出しにして日にさらす。表外訓み。「曝」と同義。この意味では「バク」と読む。「さらす」はほかに、「晒す、曝す、晞す、曬す、梟す、漂す」。

 ウ) 槍り=いた・り。

  「槍る」は「いたる」。この訓みは辞書には掲載がありません。「槍」は「やり」。「搶」(ソウ、つく、つき進む)に当てた用法と見えます。「搶」は「つく、まっしぐらにつきあてる」という意味。搶攘(ソウジョウ=つきとばしたり、はらいのけたりする、乱れたさま)。

 エ) 曷ぞ=なん・ぞ。

  反語の意。どうして~か。「曷若」(いかん=どうであるか、どのようか)、「曷為」(なんすれぞ=何が故に、なんで)。



猛虎と雖も、いったん罠に掛かって檻に入れられたが最後、尾っぽをふりふり食べ物を欲しがります。脅され続けて自然の勢いでそうせざるを得ないのです。これと同じで、地面に線を引いてここが牢獄だと言われただけで、士たる者はだれもそこへ入ろうとはしません。また、木を削ってこれが獄吏だと言われれば、これに面と向かって意見を述べようとはしません。裁判ごとになる前にとるべき道がしっかりと定まっているからなのです。しかし、今のわたしは手足を組み合わされ枷をはめられ、肌膚をさらして、杖棒で打たれ、牢獄の中に幽閉されています。こういう状態にあっては獄吏を見れば地面に着くほど頭を下げて、使用人や下僕を見ても、怯えて息をひそめてしまうのです。なぜでしょう。それは脅され続けて必然の結果なのです。この時に至って、辱められていないと言うのは、世に言う面の皮が厚いというものであり、尊ぶべきものではありません。

最後のくだりは「厚顔無恥」に尽きるでしょう。身を汚され辱められたと自分を苛める司馬遷。ここでも自らを卑下しています。李陵を弁護した自分に間違いはないと自信たっぷりではあるが、不本意ながらも脅しを受けて刑に服したがために萎縮した。しかし、それでも彼は生きる道を選んだのです。獄吏に賄賂を貽ることもできず、自らの命を絶つこともできず……。

最も下品な「フケイ」を受けた者は士大夫に非ず=司馬遷「報任少卿書」11

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の11回目です。嗚呼、この世で最も尚ぶべき生き方とは、その次は、そしてまた…と下ってゆき、最も下品なものは、肝腎な物がないことだぁ。


1)タイジョウは先を辱めず、其の次は身を辱めず、其の次は理色を辱めず、其の次は辞令を辱めず、其の次は体を詘(クツ=かがめる)して辱めを受く、其の次は服を易えて辱めを受く、其の次は2)ボクサクに関せられ箠楚(スイソ=罪人をうつむち)を被りて辱めを受く、其の次は毛髮をア)られ金鉄をイ)らされて辱めを受く、其の次は3)キフをウ)り4)シタイを断ちて辱めを受く、最下は5)フケイ極まれり。伝に曰く、刑は大夫に上さずと。此は士節の勉励せざる可からざるを言ふなり。

 1) タイジョウ=太上。

  大昔、三皇五帝がおさめていた平和な時代。転じて、非常に優れていること、最上、至極。

 2) ボクサク=木索。

  手かせ足かせ。「モクサク」とも読む。

 3) キフ=肌膚。

  はだ。銘肌鏤骨(メイキルコツ=心に深くきざみこんで忘れないこと、銘心鏤骨=メイシンルコツ=)、肌骨(キコツ=からだの表面のはだと、いちばん内側の骨)、肌肉玉雪(キニクギョクセツ=柔らかいはだが、玉や雪のように白く美しい)、肌理(キリ、きめ=はだのきめ)、氷肌玉骨(ヒョウキギョッコツ=美人の形容)。

 4) シタイ=肢体。

  手足と胴体。手足、からだ。姿態、死体、侈泰、肆体ではない。

 5) フケイ=腐刑。

  男性を去勢する宮刑のこと。睾丸を腐らせて落とすことから、あるいは、その傷跡がくさって、悪臭を発するからこの名があるという。いずれにせよエグイ。

 ア) 剔る=き・る。

  通常は「えぐ・る」「そ・ぐ」。鋭い刃物で表面を薄くそぎとる。音読みは「テキ」。剔出(テキシュツ=切りそいでとり出す)、剔去(テッキョ=じゃまな物をそいでとり除く)、剔抉(テッケツ=ほじくり出す)。

 イ) 嬰らされ=めぐ・らされ。

  「嬰らす」は「めぐらす」。首飾りを首にめぐらすように、とり巻く。音読みは「エイ」。嬰薄(エイハク=ぴたりととりまく)、嬰城(エイジョウ=城壁をめぐらして、その中にたてこもる、籠城する)。「みどりご」とも訓み、「嬰児」(エイジ=うまれたばかりの赤ん坊、嬰孩=エイガイ=)がある。

 ウ) 毀り=やぶ・り。

  「毀る」は「やぶる」。ここは「そしる」ではない。音読みは「キ」。毀壊(キカイ=事物がこわれくずれる)、毀棄(キキ=こわして捨てる)、毀言(キゲン=人を非ることば、悪口)、毀疵(キシ=人の短所・失敗をそする、毀短=キタン=、毀詆=キテイ=)、毀歯(キシ=幼児の乳歯が抜けかわること)、毀傷(キショウ=いため傷つける)毀瘠(キセキ=喪に服し、悲しむあまりやせ衰える)、哀毀骨立(アイキコツリツ=悲しみのあまり瘦せこける)、毀折(キセツ=やぶれこわれる)、毀損(キソン=やぶれこわれる)、毀誹(キヒ=そこないそしる、中傷し、非難する)、毀謗(キボウ=中傷してけなす)、毀誉(キヨ=そしることと、ほめること)。



最も素晴らしい生き方は、祖先を辱めないこと、その次は、道義や体面に於いて恥辱を受けないこと、その次は、公的な発言に於いて恥辱をかかないことである。その次にしてはならないのは、身を屈して縄目の辱めを受けること、その次が囚人服を身に被り、辱めを受けること、その次が、手枷足枷をはめられ、杖木で打たれ、辱めを受けること、その次が、毛髪を剃られ、首に鉄の枷をかけられて、辱めを受けること、その次が、入れ墨をされて肌膚を傷つけて、手足を斬られて、辱めを受けること。最低なのは、宮刑であり辱めの極みである。古書には「刑罰は大夫に適用されない」と注釈されている。これは、士たるものの、節操は厳しく守らなければならないことを意味しているのである。

宮刑の憂き目に遭った司馬遷にとって、屈辱的なことは最期の言葉に凝縮されていると言えるでしょう。刑罰を受けた自分はもはや士大夫ではない。下の下の下人なのだ。生きる価値はない人間。それでも自分は生きなければならない。そのわけは…。もう少しあとで明かされる熱き思い。

「九牛の一毛」「ロウギ」…自虐コメント頻々=司馬遷「報任少卿書」10

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の10回目です。世間の笑い者になっても、誰も私の真意など分かってはくれまい。

僕の先、1)ホウフ2)タンショの功有るに非ず。文史3)セイレキ、4)ボクシュクの間に近し。固より主上の5)ギロウする所、6)ショウユウのア)う所、7)リュウゾクの軽んずる所なり。仮令僕法に伏し誅を受くるも、A)九牛の一毛を亡うが若し。8)ロウギと何を以てか異ならんや。而して世は又能く9)シセツする者をイ)さず、特だ以て智窮し罪極まり、自ら免るる能わず、卒に死に就くと為すのみ。何ぞや、素より自ら樹立する所の然らしむるなり。人固より一死有り、或いは10)タイザンより重く、或いは11)コウモウより軽し、用のウ)く所異なればなり。


 1) ホウフ=剖符。

  割り符を二分することで、昔、天子が諸侯を封ずるとき、符を二分して一方を朝廷または役所に置き、一方をその人に与えて、任命や契約の証拠とした。「フをさく」とも訓む。

 2) タンショ=丹書。

  丹であかく書くこと、転じて天子の詔勅。天子が直々に功のある者に下す文書のことを指します。大層な名誉でしょう。

 3) セイレキ=星暦。

  天体の運行を考えて暦を作ること、また、その人。星歴とも書く。

 4) ボクシュク=卜祝。

  占い師と巫女のこと。「卜」は「うらない」。

 5) ギロウ=戯弄。

  戯れに弄ぶこと。戯玩(ギガン)ともいう。

 6) ショウユウ=倡優。

  役者、俳優。娼優とも書き、倡俳(ショウハイ)ともいう。「倡」も「優」も「わざおぎ」。

 7) リュウゾク=流俗。

  世間の俗人。

 8) ロウギ=螻蟻。

  ケラとアリ。つまらない存在。螻蟻潰堤(ロウギカイテイ=ほんの些細なことが、大きな事件や事故の原因となること)、螻蚓(ロウイン=ケラとミミズ、これも取るに足らない存在)。

 9) シセツ=死節。

  節義のために死ぬこと。諸葛亮の「前出師の表」でも「此悉貞亮、死節之臣也」(此れ悉く貞亮にして節に死するの臣なり、復習)とあったのは覚えていますか?復習してみてください。

 10) タイザン=太山。

  山東省にある名山、泰山のこと。五岳の一つ。

 11) コウモウ=鴻毛。

  オオハクチョウの毛。すなわち、非常に軽いものの譬え。「鴻」は「ひしくい」「おおとり」(オオハクチョウ)。「おおきい」との訓みもある。熟語は非常に多いので特記すべきものは、鴻恩(コウオン=大きな恩、鴻沢=コウタク=、鴻恵=コウケイ=)、鴻雁(鴻鴈=コウガン、カリ)、鴻業(コウギョウ=天下を治める帝王の大事業、鴻緒=コウショ=)、鴻鵠之志(コウコクのこころざし=オオハクチョウなど大きな鳥の気持ち、スケールの大きい名立派な志)、鴻儒(コウジュ=りっぱな学者、大学者)、鴻漸(コウゼン=徐々に昇進する様子)、鴻爪(コウソウ=人の世が変化してあてにならないこと、オオハクチョウが雪上に爪跡を残して翌年に再び来る目標とするが、次来ても残っていないから)、鴻藻(コウソウ=りっぱな文章)、鴻図(コウト=洛陽)、鴻筆(コウヒツ=大文章を書くこと)、鴻名(コウメイ=大きな名誉、立派な名前)、鴻濛(鴻蒙=コウモウ、天地の間を流れる大きな気、もやもやした大気)、鴻烈(コウレツ=大きな手柄、大功)。

 ア) 畜う=やしな・う。

  たいせつにしてかばう。かばってやしなう。表外訓み。この意味では「キク」と読むケースもある。畜養(チクヨウ、キクヨウ=家畜を飼う、大事に育てる)。

 イ) 与さず=ゆる・さず。

  「与す」は「ゆるす」。許す。特殊な表外訓み。辞書には用例が無し。「あずかる」の意味から派生したようです。

 ウ) 趨く=おもむ・く。

  足早にいく、さっさとある方向に進む。「はしる」とも訓む。音読みは「スウ」「ソク」。趨炎附熱(スウエンフネツ=時の権力者に近づき従うこと)、趨舎(スウシャ=とることと捨てること)、趨競(スウキョウ=はしり競う)、趨闕(スウケツ、ケツにおもむく=朝廷に行く)、趨時(スウジ、ときにおもむく=さっさと時機・時勢にあわせる、時勢に便乗する)、趨翔(スウショウ=日常の動作、立ち居振る舞い、趨翔閑雅)、趨蹌(スウソウ=すばやくはしるさま)、趨庭(スウテイ=家庭で子が父の教えを受けること)、趨風(スウフウ、かぜにはしる=風にのったようにはやく通り過ぎること)、趨歩(スウホ=小走りに走る)、趨利(スウリ、リにはしる=利益のある方についておこぼれを得ようとする)、趨織(ソクショク=コオロギ)、趨数(ソクソク=せわしげでわずらわしいさま)、趨趨(ソクソク=せわしげに歩くさま)。



 ■下線部A)の文字通りの意味を記すとともに、その背景にある司馬遷の思いを斟酌せよ。

(解答例) 「九牛」は九頭の牛、牛が多くいるさま、それほどに多い牛のたった一本の毛をなくすという意味で、「多くの中のごくわずかな数が無くなる程度の些細なこと、転じて、物の数に入らないことということ」。李陵を弁護した司馬遷が、たとえそこのことで死刑になろうとも物の数ではない、大勢に何の影響もないことを自虐的に表現している。その次に在る「螻蟻と何を以て異ならん」の「虫けらが死んだとてちっとも変わらない」も同じ。自分の存在をこれでもかと貶めることで、逆にそれに対する怨念の深さを表していると言えよう。「滄海一粟」や、「大海の一滴」なども同義。これまでも散々、自らを卑下し続けてきた司馬遷ですが、その「鎧」の後ろに隠されている「熱き魄の迸り」が時々顔をのぞかせる。この表現もそうした一環として捉えることができる。本当はその逆なのである。

司馬遷の“自虐プレー”はこのあともまだまだ続きます。

蚕の部屋に入れられ募らせる「蚕史」への思い=司馬遷「報任少卿書」9

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の9回目です。口が滑ったというより、言わなくてもいいことを敢えて口にして投獄された司馬遷。もちろん、李陵を弁護しようとしたその気持ちに偽りはなく、恐らくその方向性も間違いではないでしょう。しかしながら、後先を考えない正義漢は時と場合によって命取りになるという典型的な例ですね。「ぼくはやっていない」と心の中でどう叫んでも、捕らわれてしまったら弁明の機会すら与えられないのです。李下に冠を正さず、悪木盗泉。上司に楯付いた部下の運命は…。

家貧しく、1)カロ以て自ら購うに足らず、交遊に救う莫く、左右親近、為に一言せず。身は2)ボクセキに非ず、独り法吏と3)を為し、深く4)レイゴの中に幽せらる。誰にか5)コクソす可き者ぞ。此れ真に少卿の親ら見る所、僕の行事豈然らざらんとや。李陵既に生きて降り、其の6)カセイを隤す。而して僕又佴で7)サンシツに之き、重ねて天下の観笑と為る。悲しいかな、悲しいかな。事は未だ一二俗人の為に言い易からざるなり。


 1) カロ=貨賂。

  人に取り入るために贈る、値打ちのある品物。賄賂のこと。「賂」は「まいない」。

 2) ボクセキ=木石。
  
人情を解しない人のたとえ。

 3) ゴ=伍。

  「伍を為す」と用いて「友達になる、話し相手になる」の意。「伍」は、軍隊の編制で最小単位である五人組をいう。ここでは、牢屋の奥深く閉じ込められ、話し相手と言えば獄吏しかいないという比喩的な意味。

 4) レイゴ=囹圄。

  ろうや、格子のはまった冷たいろうや。「囹圉」とも書き、この場合は「レイギョ」とも読む。「囹」も「圉」も「ひとや」。「囹圉空し」(レイゴむなし)とは「ろうやががらがらである、転じて、国がよくおさまっていることのたとえ、草満囹圄=ソウマンレイゴ=、圄空=ギョクウ=」。

 5) コクソ=告愬。

  告げ訴えること。「愬」は「うったえる」とも訓む。告遡とも書く。論語の有名な成句である「膚受之愬」(フジュのうったえ)は「切実な訴え」。

 6) カセイ=家声。

  家の評判・名誉。家名ともいう。家政、家生、家世もあり、意味は微妙に異なるので案外ややこしい。ここでは文脈から、次に「隤す」(くずす、タイ)とあるので浮かぶのではないでしょうか。

 7) サンシツ=蚕室。

  もともとは「蚕」を飼う部屋のことを言います。そこは暗くてじめじめしていることから、転じて、宮刑に処せられた者が閉じ込められる部屋のことを言います。「蚕」にちなんだ熟語を列挙しますと、蚕衣(サンイ=繭、絹の着物)、蚕月(サンゲツ=陰暦四月)、蚕史(サンシ=まさに「史記」を指す、理由はお分かりですよね)、蚕児(サンジ=カイコ)、蚕桑(サンソウ=カイコを飼い、桑の木を種える、養蚕)、蚕蔟(サンゾク=カイコを中に入れて繭を作らせるための道具、まぶし、えびら、蚕箔=サンパク=)、蚕豆(サントウ、そらまめ)、蚕婦(サンプ=カイコを飼う女性、養蚕に従事する女性、蚕姑=サンコ=、蚕女=サンジョ=)。


司馬遷には家業伝来の歴史書編纂という大きな仕事を抱えていました。牢屋に入れられてしまってはそれも叶わぬことと成ります。蚕のいるような薄暗い、蒸し暑い部屋に閉じ込められて過ごした時間は彼にとって生き地獄を与える。しかし、それだけではなかった。史記への熱い思いを一層募らせることにもなるのです。蚕が繭を紡ぎ出すように、司馬遷も歴史に名を残す大業へと心を駆り立てるのでした。

生来の正義感 李陵の弁護が命取りに=司馬遷「報任少卿書」8

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の8回目です。李陵の匈奴軍投降の報に落胆する帝やその臣下たち。生来の正義感が司馬遷を突き動かします。

僕窃かに自ら其の1)ヒセンを料らず、主上の2)サンソウ3)ダットウなるを見、誠に其の4)カンカンの愚を効さんと欲して、以為えらく、李陵は素士大夫と、甘きを絶ち少なきを分かち、能く人の死力を得ること、古の名将と雖も、過ぐる能わざるなり。身は陥敗すると雖も、彼其の意を観るに、且に其の当を得て、漢に報ぜんと欲す。事已に奈何ともす可き無し。其の5)サイハイする所、功亦以て天下に暴すに足る、と。僕懐に之を陳べんと欲するも、未だ路有らず。適々召問に会し、即ち此の指を以て推し、陵の功を言い、以て主上の意を広め、6)ガイサイの辞を塞がんと欲するも、未だ能く尽く明らかにせず。明主暁らずして、以為えらく、僕の弐師をア)し、李陵の為に遊説す、と。遂に理に下さる。7)ケンケンの忠、終に自ら列する能わず。因りて上をイ)うと為し、卒に8)リギに従う。


 1) ヒセン=卑賤。

  身分が低くいやしい。いずれも「いやしい」。卑鄙(ヒヒ=いなかびて、下品である)、卑陋(ヒロウ=心や身分がいやしいこと)、卑行(ヒコウ=自分より目下の親族、子、孫、おいなど、卑属=ヒゾク=とも)。

 2) サンソウ=惨愴。

  ひどく心を痛ませる、身にしみて辛い。悄愴(ショウソウ)ともいう。「惨」も「愴」も「いたむ」と訓む。「凄愴」(セイソウ=悲しみにひしがれたさま)。

 3) ダットウ=怛悼。

  悲しみいたむ。怛傷(ダッショウ)ともいう。「怛」は「いたむ」「おどろく」とも訓む。「悼」も「いたむ」。怛然(ダツゼン=はらはらするさま、心をいため悲しむさま、怛焉=ダツエン=)、怛怛(ダツダツ=心をいため、はらはらするさま)、惻怛(ソクダツ=同情してはらはらする)。

 4) カンカン=款款。

  心で望む物があるさま。真心のこもったさま。ゆるやかなさま。「款」は「まこと」

 5) サイハイ=摧敗。

  惨敗させること、完膚なきまでに打ち破ること。采配、再拝、儕輩ではないですが、この言葉は辞書にも載っていません。やや難語です。「摧」は「くだく」「くじく」とも訓む。摧朽(サイキュウ=腐った物をくだく、物の破りやすいたとえ、摧枯=サイコ=、摧槁=サイコウ=)、摧挫(サイザ=うちくだく)、摧残(サイザン=くだき、そこなう。破壊すること)、摧辱(サイジョク=はずかしめる)、摧折(サイセツ=うちこわす、相手の勢力をくじいてほろぼす、摧破=サイハ=)、摧蔵(サイゾウ、ゾウをくだく=心を痛める、気持ちがうちひしがれる)、摧頽(サイタイ=こわれてくずおれる、おちぶれる)、摧眉(サイビ、まゆをくだく=がまんしてへりくだることのたとえ)、摧北(サイホク=くじけ負けて逃げる)、摧抑(サイヨク=勢力や計画などを圧迫してくじく)。

 6)ガイサイ=睚眥。

  「睚眥之怨も必ず報ゆ」(史記范雎伝)でお馴染みの「睚眥」。目にかどをたててにらむこと。「睚」は「にらむ」、「眥」は「まなじり」で、「ひとにちょっとにらまれたという程度のうらみ、わずかなうらみのこと」。「睚眥之隙」(ガイサイのゲキ)ともいう。「まなじり」はほかに「眦」。

 7) ケンケン=拳拳。

  体を丸くかがめて慎むさま。よく熱心に勤めるさま。拳足(ケンソク=足を曲げる)、拳攣(ケンレン=心にまといついて離れないさま、恋い慕うさま、眷恋とも)、拳拳服膺(ケンケンフクヨウ=常に心に銘記して決して忘れないこと)。

 8) リギ=吏議。

  役人の相談。官吏が事をはかること。裁判官が法律によって罪を定めること。

 ア) 沮し=ショ・し。

  「沮す」は「ショす」。邪魔されて気持ちが腐ること。沮喪(ソソウ=、沮廃(ソハイ=勢いがなくなること)。沮沢(ソタク=湿気の多い土地)、沮色(ソショク=不賛成で気の進まない顔つき)、沮泄(ソセツ=もれる)、意気沮喪(イキソソウ=がっかりして元気を失う、意気阻喪)。

 イ) 誣う=し・う。

  「誣いる」は「しいる」。そういう事実がないものをあるように言い立てて、人をそしる。また、人のいうことを蔑ろにする。事実を曲げてこじつける、罪のない者を故意に罰する。音読みは「フ、ブ、ム」。誣陥(フカン=人を悪く言って無実の罪に落す)、誣言(フゲン=ないことをあるかのように偽っていいふらす、誣説=フセツ=)、誣構(フコウ=罪のない人を、罪のあるように偽ってしたてる、こじつけて仕組む)、誣告(ブコク、フコク=むりにこじつけて偽って告げる、無実の人を陥れようとして告訴する、誣人=ブジン、ひとをブす=)、誣奏(フソウ=ないことをあるように偽って申し上げる)、誣服(フフク=無実の罪に落され、仕方なく刑罰を受ける)、誣謗(フボウ=ないことをあるように偽って悪口をいう、誣詆=フテイ=)、誣罔(フモウ=ないことをあるように偽っていう、誣妄=フモウ=)。


司馬遷が帝に具申しようと、心の中でまとめた意見はこうです。

「李陵は素士大夫と、甘きを絶ち少なきを分かち、能く人の死力を得ること、古の名将と雖も、過ぐる能わざるなり。身は陥敗すると雖も、彼其の意を観るに、且に其の当を得て、漢に報ぜんと欲す。事已に奈何ともす可き無し。其の摧敗する所、功亦以て天下に暴すに足る」(李陵は元来、部下に対しても自分独りだけがうまい汁を吸うことをせず、乏しい物を彼らと分かち合うという態度で臨み、だからこそ部下も李陵の為に死力を尽すことができたのです。それは過去のいかなる名立たる名将たちよりもすぐれていたのです。最終的に今、敵の手に囚われの身になったとはいえ、彼の心中を察すれば、自分の敗戦の責任をつぐなうだけの働きをして、漢王朝の恩に報いようとしたことは確かでしょう。事態は窮り如何ともしがたいですが、何度も匈奴軍を撃破した彼の功績はやはり天下に知らしめる必要があると思われます)

司馬遷はこの意見を必ずしも帝に奏したわけではないようです。その真意を伝えきることなく、帝の怒りに触れ投獄されてしまいます。どうやら、司馬遷は、文章をものするのはお上手でも弁舌は苦手だったようですね。プレゼンテーション能力に劣ったのでしょうか。帝の心を動かすことはできなかった。剰え不幸なことに司馬遷は帝に偽りの妄言を具申したものとして裁判にかけられることとなってしまったのです。

獅子奮迅たる李陵の活躍ぶりに感動=司馬遷「報任少卿書」7

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」)の7回目です。李陵とかかわった司馬遷は、親しくないと言いながらも、尊敬の念を持っています。中島敦の「李陵」を読めば、彼の獅子奮迅たる活躍ぶりは髣髴とし、それがそのまま司馬遷の手紙でも描写されています。司馬遷が感動したさまもうかがえます。

且つ李陵は歩卒をア)ぐること、五千に満たず。深く1)ジュウバの地を践み、足は王庭を歴、餌を2)ココウに垂れ、彊胡に挑し、億万の師を仰ぎ、単于と連戦すること十余日。殺す所半当を過ぐ。虜は死を救い傷を扶くるも給せず。イ)旃裘の君長、咸震怖す。乃ち悉く其の左右賢王を徵し弓を引くの人を挙げ、一国共に攻めて之を囲む。転闘すること千里、矢尽き道窮するも、救兵至らず、士卒の死傷すること積むが如し。然れども陵一たび呼して労えば、軍士起ちて、ウ)躬自ら流涕し、血をエ)い涙を飲み、更に空拳を張り、3)ハクジンを冒し、北にオ)かい争いて敵に死せざる者無し。陵未だ没せざる時、使の来りて報ずる有り。漢の公卿王侯、皆カ)を奉り寿を上る。後数日、陵の敗書聞せらる。主上之が為に、食は味を甘しとせず、朝を聴くも怡ばず。大臣4)ユウクし、出ずる所を知らず。

 1) ジュウバ=戎馬。

  戦争に使う軍馬。戦争そのものを指す。ここは後者。「戎」は「えびす」。戎馬倥偬(ジュウバコウソウ=戦場にあって忙しく軍務を行うこと、兵馬倥偬=ヘイバコウソウ=とも)。

 2) ココウ=虎口。

  トラの口。非常に危険な場所・場合のたとえ。孤高、股肱、枯槁、糊口、辜較ではない。

 3) ハクジン=白刃。

  さやから抜いてある刀。しらは。故事成語に「白刃胸を扞(おか)せば則ち流矢を見ず」(大きな困難に出遭った場合は、小さな問題にかかわっている余裕はないこと、出典は荀子「彊国」)がある。

 4) ユウク=憂懼。

  恐れ心配すること、また、心配事。憂畏(ユウイ)、憂惶(ユウコウ)、憂惧(ユウグ)ともいう。憂懣(ユウモン=心配して苦しむ)、憂恤(ユウジュツ=かわいそうでふさぎこむ)。「懼」は「おそれる」とも訓む。

 ア) 提ぐる=ひっさ・ぐる。

  「提げる」は「ひっさげる」。ぐいと直線状にひっさげて持つ。表外訓み。提挈(テイケツ=互いに手を取り合っていく)、提撕(テイセイ=手に提げてもつ、後輩や後進の者を教え導く、励ます)、提要(テイヨウ=その物事の要点をあげ示す、その書物)。

 イ) 旃裘=センキュウ。

毛織りの服。氈裘(センキュウ)ともいう。「旃」は「毛織物」のことで「けおりもの」「あかはた」とも訓む。旃車(センシャ=毛氈を荷台にはりめぐらした車)、栴檀(センダン=センダン)、旃毛(センモウ=毛織物の毛)。「裘」は「かわごろも」。

 ウ) 躬自ら=みずか・ら。

  躬身は「キュウシン」とも読む。からだ、体を曲げて礼をする。「躬」の一字で「みずから」とも訓む。躬耕(キュウコウ=自分で田畑を耕す)、躬行(キュウコウ=自分で実際に実行する、実践する)、実践躬行(ジッセンキュウコウ=自分自身の力で実際にすすんで行動してみること、口先ばかりを戒める言葉)、鞠躬尽瘁(キッキュウジンスイ=ひたすら心を尽して骨折り国事につとめること、諸葛亮「出師の表」)。

 エ) 沬い=あら・い。

  顔を洗う、顔に水を注ぐ。旁をよく見てください。「末」でなくて「未」です。残念ながら配当外の漢字です。音読みは「マイ」。

 オ) 嚮かい=む・かい。

  むこうへ動いて去る。音読みは「キョウ」。嚮導(キョウドウ=目標目指して導く)、嚮応(キョウオウ=響きが声に応じるように、人の言葉や行動にすぐさま反応すること)、嚮然(キョウゼン=音の響くさま)、嚮道(キョウドウ=道案内をする、また、その人)、嚮慕(キョウボ=そのほうをむいて慕う)、嚮明(キョウメイ=夜が明るくなってくる頃、夜明け)。「向」と書き換えできるケースは多い。

 カ) 觴=さかずき(ショウ)。

  酒杯の総称。濫觴(ランショウ=さかずきからあふれたほどのわずかな液体、大水の源流となるもので、転じて、物事のおこり、発端)、觴詠(ショウエイ=酒を飲み、詩歌をうたう)、觴酌(ショウシャク=さかずきと、酒を入れる銚子、酒を酌み交わすこと、觴勺)、觴酒(ショウシュ=さかずきの酒)、觴政(ショウセイ=酒宴に興を添えるために設けた規則、觴令=ショウレイ=)、觴杯=ショウハイ=)。



李陵の活躍ぶりはこうです。わずか五千の歩卒を引き連れて、匈奴のいる地を奥深く分け入り、単于の本拠地を横切り、虎口に自ら餌となって身をさらす。匈奴の精鋭に戦いを挑み、その億万の大軍を迎撃し、単于と連戦すること、数十日に及ぶ。殺した敵の兵隊は辞軍の数の半数を上回り、匈奴は死者を収容し、負傷した兵隊を救出するにも兵士が足りず、毛織りの上着をまとった指揮官たちは、皆恐怖のあまり震えあがる。かくして、敵は左右の賢王を呼び寄せ、弓の使い手のすべてを繰り出し、国の総力を結集して李陵の軍を攻撃。包囲した。李陵は転戦すること千里に、ついに矢も尽き、道も極まって、かくて援軍も来らず、士卒は負傷して倒れ伏す。ところが、李陵が犒いの言葉を発した途端に、兵士らは一斉に立ち上がり、涙を流し、顔は血まみれになりながら、涙をのみ込み、矢の尽きた弓を張って弦音を響かせながら、敵の白刃をものともせず、北に向かって先を争い、敵を皆殺しにしていく。。。。

しかし、所詮五千の軍隊は限界がある。李陵軍敗北の知らせが入ると、皇帝は落胆の色を隠されず、食事ものどを通らなくなりました。回りの取り巻き連中も憂い、恐れ、為すすべを知らぬ有様でした。そして、あのことが起こったのです。。。。。

李陵と司馬遷の関係や如何に?=司馬遷「報任少卿書」6

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の6回目です。ここで新たに登場する人物が李陵です。中島敦の小説「李陵」で彼の伝記が描かれています。


僕と李陵とは、俱に門下に居る。素より能く相善きに非ざるなり。1)シュシャ路を異にし、未だ嘗て盃酒をア)み、2)インギンのイ)余懽に接せず。然れども僕其の人と為りを観るに、自守の3)キシにして、親に事えて孝、士とウ)にして信、財に臨んで廉、取与には義あり。分別には譲る有り、4)キョウケンにして人に下り、常に奮して身を顧みず、以て国家の急にエ)わんことを思う。其の素より蓄積する所なり。僕以て国士の風有りと為す。夫れ人臣は、万死に出でて一生の計を顧みず、公家の難に赴く、斯れ以て奇なり。今事をオ)いて一たび当らず、而るに軀を全うし、妻子を保つの臣、随いて其の短を媒「薛+女」(ゲツ=わざわい、妖怪のなす悪さ、「孼」=ゲツ=が類義語)す。僕誠にカ)かに心に之を痛む。

 1) シュシャ=趣舍。

  進むことと、とまること。趨舎ともいう。ここでは司馬遷と李陵の二人が帝のそばで働いているがその仕事の内容が重なることはなく、日常の接点がないことを指す。


 2) インギン=慇懃。

  ねんごろなさま、ていねいに気を配ること。ここでは司馬遷が李陵と親しく付き合うことがないことをいうくだりで用いている。

 3) キシ=奇士。

  すぐれて人物。ひとくせある、変わった人物。ここは前者、すなわち李陵を指す。

 4) キョウケン=恭倹。

  他人に対してはうやうやしく、自分に対してはつつましくする。「論語」の「夫子温良恭倹譲以得之」から来ている。矯虔や狂狷ではない。

 ア) 銜み=ふく・み。

  「銜む」は「ふくむ」。口にくわえること、口の中に入れること。音読みは「ガン、カン」。銜轡(ガンピ=馬を操るくつわとたづな、転じて、法律を指す)、銜尾相随(ガンビあいしたがう=後に続く獣が前の獣の尾をくわえているように、前後にぴったりと続いていくこと)、銜恤(ガンジュツ=うれいを心にふくみ持つ、うれいを抱き続ける)、銜泣(ガンキュウ=涙が出るのをおさえる、咽び泣く)、銜冤(ガンエン、エンをふくむ=無実の罪を受けながら釈明できないこと)、銜環(ガンカン=恩に報いること、後漢の楊宝が黄雀を救って環を得たことから)、銜枚(ガンバイ、バイをふくむ=声を出さないように口にかませる棒状の物)。

 イ) 余懽=ヨカン。

  この言葉は辞書には見えません。「懽」は「よろこぶ」「わいわいと声をそろえてよろこぶ」意味ですから、わいわいと雑談して打ち解けるさまをいうのでしょうか?「余」の意味が捉えづらいですね。「ゆったりと」という意味か?

 ウ) 与にして=とも・にして。

  漢文訓読語法の訓み。「いっしょに」「つれだって」と従属の意を表す。

 エ) 殉わん=したが・わん。

「殉う」は「したがう」。命懸けで他者に従う。表外訓み。

 オ) 挙い=おこな・い。

  「行動」「ふるまい」との意があるのでこの訓みも成り立つ。行う。延頸挙踵(エンケイキョショウ=つまさきだって待ち設けること)、挙觴(キョショウ=杯を挙げて酒を飲む、酒を勧める、挙爵=キョシャク=)。

 カ) 私かに=ひそ・かに。

  密かに。ないしょで、こっそりと。表外訓み。「ひそかに」はほかに、「間かに、秘かに、窃かに、竊かに、陰かに」があります。



司馬遷と李陵の関わりを明らかにする貴重な記述です。もともと目指す道は異なりそれほど親しくはなかったが、稀有の逸材であることは忽ちのうちに悟りました。彼は国家の危難に立ち向かい、自分のことを顧みずに匈奴と闘ったのです。しかしながら戦果は思わしくなかった。ぬくぬくと安住している者どもがここぞとばかりに彼の揚げ足を取ったのには許し難い思い出いっぱいです。生来の熱き思いがふつふつとわく司馬遷でした。そんなに仲良くないのならだまっておればいいものを…。

頭にお盆を載せたまま空は見れるかい?=司馬遷「報任少卿書」5

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の5回目です。あの有名な成句が登場します。

且つ事の本末、未だ明らめ易からざるなり。僕少くして1)フキの行いを負ひ、長じて2)キョウキョクの誉れ無し。主上幸いに先人の故を以て、3)ハクギを奏し、周衛の中に出入するを得しむ。僕以為えらくA)盆を戴けば何を以て天を望まんと。故に4)ヒンカクの知を絶ち、5)シッカの業をア)れ、日夜其の不肖の才力をイ)くす思い、一心に務めて職を営み、以て6)シンビせられんことを主上に求む。而るに事乃ち大いに謬りて然らざる者有るかな。

 1) フキ=不羈。

  なにものにも束縛されないこと。特に、才能や学力が非常に優れていて自由に振る舞うこと。「不羈之才」(フキのサイ)は「何事にも拘束されないのびのびとした才能、学力が卓越していることをいう、非凡の才」。「羈」は「つなぐ」とも訓み「拘束や束縛」を意味する。

 2) キョウキョク=郷曲。

  中央から遠く離れた地。辺鄙な田舎のこと。この「曲」は「すみ」の意。また、転じて、ふるさと、郷里のことをいう。「郷曲の誉れ」は「故郷に錦を飾ること」。

 3) ハクギ=薄伎。

  つまらなくてつたないわざ。自分の技術を遜る言い方。「薄~」で自分を遜る言い方は薄儀(ハクギ=わずかな礼物)、薄謝(薄志=わずかな謝礼)、薄宦(ハッカン=仕官しながら出世しないこと)、薄設(ハクセツ=粗末な食事の用意)。


 4) ヒンカク=賓客。

  客の尊敬語。いそうろう、食客を指すこともあるが、ここは単なる客人。「品格」ではないので要注意。

 5) シッカ=室家。

  すまい。夫婦によって構成されている家庭。家室ともいう。「膝下」や「失火」を努々想起しないように。

 6) シンビ=親媚。

  特に可愛がってもらうこと、依怙贔屓。親昵(シンジツ)、親狎(シンコウ)などが類義語。「媚」は「こび」。「審美」ではない。


 ア) 亡れ=わす・れ。

  わすれること。ちょっと特殊な表外訓みです。「忘年の交わり」は「年長者が、年齢の差を問題にせず、年少者の才能や人がらを主にして付き合うこと」。

 イ) 竭くす=つ・くす。

  力や水を出しすくす。力や水がつきはてる。からからになる。音読みは「ケツ」。竭尽(ケツジン=すべてを使い切る、また、使いはててなくなる)、竭誠(ケッセイ、まことをつくす=真心をありったけ出しつくす)、竭歓(ケッカン、カンをつくす=よろこびの心をつくす、非常に喜び楽しむこと)、竭蹶(ケッケツ=つまずいて倒れる、あえぎまろびつ非常に急いでいくこと、力は足りないがなお努力しているさま)、竭力(ケツリョク=尽力)。



さて、ここで問題です。下線部A「盆を戴けば何を以て天を望まん」について、その意味と司馬遷が論じたい真情を述べよ。

二つのことを一度に実現させるのは無理だということ。「盆を戴く」とは「頭に盆を載せること」、「天を望む」とは「天を仰ぎみること」。四字熟語で「戴盆望天」(タイボンボウテン)ともいう。どちらか一つは出来ても、二つのことを同時にするという器用な芸当は誰にもできはしない。そこで世間の交際を絶ち、我が家のことを忘れ、日夜、わずかな才を尽し、帝の覚えが目出度くなることばかりを考えてきた。不器用な人間である司馬遷はあれもこれも立ち回るなどということはできない性分です。ただ只管、帝のおんために自らできることを精進したということです。ああ、それなのに「あの事件」が起きてしまった。ああ、うまくはいかぬが世の常ながら「あれ」さえなければわたしの人生は違った物になっていたであろうに…。そうした後悔の念を抱かせた気持ちが現れた喩えと言ってもいいでしょう。果たして「あの事件」「あれ」とはどのようなことなのでしょうか?


さてさて、末尾ながら地味に弊blogも開設以来丸一年が経過したことをご報告しておきます。どうにかこうにか続けてこられたのも有り難くもアクセスしていただける方がいらっしゃるおかげでございます。二年目も新たな境地でどしどし古人糟魄を嘗め続けますので、今後ともご愛顧のほどをよろしくお願いします。新企画も構想中です。お楽しみに。

「虧形」の恨み骨髄に入る「掃除の隷」=司馬遷「報任少卿書」4

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の4回目です。宦人である自分自身を貶み、世を儚んでいる司馬遷。帝のそばに傅いて20年余り経つというのに何一つ成就したものがない。そして、「嗟乎、嗟呼、僕の如きは尚お何をか言わんや」と繰り返すばかりなのです。

僕、先人の1)ショギョウに頼り、罪を2)レンコクの下に待つを得ること、二十余年なり。所以に自ら惟う、之を上にしては忠を納れ信を効し、奇策才力の誉れ有りて自ら明主に結ぶ能わず、之を次にしては又拾遺3)ホケツし、招賢進能し、4)ガンケツの士を顕らかにする能わず。之を外にしては、又行伍を備え、城を攻め野に戦い、将を斬り旗をア)るの功有る能わず、之を下にしては日を積み労を累ね、尊官厚禄を取り、以て宗族交遊のイ)光寵を為す能わず。四者一も遂ぐる無し、5)コウゴウ取容して、短長する所の効を見る可きこと此くの如し。嚮者、僕ウ)て下大夫の列にエ)わり、外廷の末議に6)バイするも、此の時を以て7)イコウを引き、思慮を尽さず。今虧形を以て掃除の隷と為り、闒茸(トウジョウ=軽薄で卑しい人)の中に在り、乃ち首を仰げ眉を伸べ、是非を8)ロンレツせんと欲す。亦朝廷を軽んじ当世の士を羞じしめずや。嗟乎、嗟呼、僕の如きは尚お何をか言わんや。尚お何をか言わんや。

 1) ショギョウ=緒業。

  やりかけた事業。ここでは先人、つまり父祖の代から受け継がれている大事業である「史記」の編纂のことを指している。

 2) レンコク=輦轂。

  「輦轂下」(レンコクのもと)が成句で「天子が載る車のそば、転じて、首都のこと」。「輦」は「てぐるま」、「轂」は「こしき」でいずれも天子の車を指す。輦下(レンカ)、轂下(コッカ)ともいう。肩摩轂撃(ケンマコクゲキ=町が賑やかで人や車の往来が激しい様子を形容する言葉)、班女辞輦(ハンジョジレン)もお忘れなく。

 3) ホケツ=補闕。

  物事の欠点を正すこと。天子の過ちをいさめること。「ケツをおぎなう」とも読む。「闕」は「かける」とも訓む。

 4) ガンケツ=巌穴。

  「巌穴之士」が成句で「俗世間から離れて、山の中のいわあなに住む人」の意。「巌」は「いわお」「けわしい」とも訓む。巌居(ガンキョ=俗世間を離れて隠居すること、巌処=ガンショ=、巌栖=ガンセイ=、巌棲=ガンセイ=)、巌窟(ガンクツ=いわあな、巌岫=ガンシュウ=、巌穴=ガンケツ=)、巌牆之下(ガンショウのもと=高い塀のそば、危険な場所の喩え)、巌阻(ガンソ=けわしい要害の地)、巌巒(ガンラン=けわしい山)、巌稜(ガンリョウ=いかついいわかど、巌角=ガンカク=)。

 5) コウゴウ=苟合。

  無責任に他人にへつらい迎合すること。どうにか当座だけ集まること。「苟」は「かりそめ」「いやしくも」とも訓む。苟容(コウヨウ=無責任に迎合して、人の気に入るようにふるまうこと)、苟免(コウメン=一時凌ぎに誤魔化して罪・困難を免れようとすること)、苟生(コウセイ=いいかげんな態度で生き長らえる、苟活=コウカツ=)、苟偸(コウトウ=一時凌ぎの安楽をむさぼる)→苟且偸安(コウショトウアン=物事をなおざりにして一時の安楽をむさぼること)の略。

 6) バイする=陪する。

  そばに並んでおともする。常用漢字ですが、前後の文脈からこの漢字が浮かぶかどうかを試してみました。意外に書けないのでは?「そう」「そえる」という「表外訓みがあるので要注意。陪弐(バイジ=つきそいの人)、陪乗(バイジョウ=身分の高い人につきそって、その車に同乗すること)、陪隷(バイレイ=しもべ、従僕)。


 7) イコウ=維綱。

  大つなでつなぐこと、天地日月を秩序づけること、転じて、きまり、大綱。「維」は「つなぐ」とも訓む。維斗(イト=北斗七星の別名)という変わり種も。

 8) ロンレツ=論列。

  列挙して事物のよしあしを論ずる。

 ア) 搴る=と・る。

  上に持ち上げてぬきとる、旗などをぬきとる、高く上に持ち上げる。通常は「ぬく」「かかげる」の訓みが一般的か。音読みは「ケン」。搴裳(ケンショウ=すそをからげる、蹇裳とも)。

 イ) 光寵=コウチョウ。

  天子の覚えがめでたいこと。辞書には掲載がないですが寵光(チョウコウ)ならあり、「恵みの光、君主の恩徳のこと」。是非とも覚えたい言葉です。「寵」は「かわいがられること、お気に入りの人」の意。

 ウ) 常て=かつ・て。

  漸特殊な表外訓みですが、漢文訓読語法として「~したことがある」と訳す。ここの経験の意を示す。

 エ) 廁わり=まじ・わり。

  「廁まる」は「まじわる」。間にはさまる。割り込んでそばにひっつく。音読みは「ソク・シ」。「かわや」の訓みもある。雑廁(ザッソク、ザッシ=いろいろなものがいりまじる)、廁牀(シショウ=便所、廁溷=シコン=)。



「虧形を以て掃除の隷と為り、闒茸の中に在り」という自虐的な極みである表現が出てきます。「虧形」とは宮刑に遭い肝腎な睾丸が欠けたさまをいう。これでもか、これでもかと自分を貶め続ける司馬遷。「恨み骨髄に入る」とはこのことでしょうか。しかし、その恨みの由来を聴けば理解できる部分は多々あります。そのことはもう少し後のくだりで…。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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