スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

屈原の「離騒経」を一気に通読しよう=19・最終回

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の19回目です。いよいよ大団円。最終の第十四段は「乱(=まとめの言葉)。故郷への想いを断ち切り、いにしえの賢臣である彭咸のもとへ行こうと述べる。」。

乱に曰く、ア)んぬるかな。

国に人無く吾を知る莫し。又何ぞ1)コトを懐わん。

既に与に美政を為すに足る莫し。吾将に彭咸の居る所に従わんとす、と。

1)コト=故都。昔都であったところ、古い都、故郷の都。古都とも書く。

ア)已んぬるかな=や・んぬるかな。「もうこれまでだ」「もうだめだ」などと絶望の意。「已矣」「已矣乎」「已矣夫」「已矣甚」とも書く。漢文訓読用法です。


(解釈)乱にいう、「ああ、もうおしまいだ。この楚国には賢人は無く、また、この私を理解してくれる人もいない。この上はどうして故国を懐い慕おうぞ。もはや共によい政治をするに足る人物がいないからには、わたしはかの彭咸のあとを追って一緒に住むことにしよう」と。

清廉潔白の孤高の詩人である屈原は讒言に陥れられ、彼はその後汨羅江に身投げしてこの世を去ります。そうした濁世に迎合できずに無念な思いを残した屈原の想いは後世の中国はもちろん、日本の文学作品にも頻出します。われわれも過度に自らの正当性だけを重んじるのは厳に戒めなければなりませんが、曲学阿世することなく讒諂面諛することのない生き方を見習いたいものですね。どうせ一度の人生なら、己の信じる道をまっすぐに進みたいです。折角の「離騒経」です。その最後に当たり、もう一度全文を一挙掲載しておきます。もう一度復習しませんか。屈原の「怨念」の叫びを通読して味わいましょう。忘れた読み・訓みや意味は、弊blogの過去記事を振り返っておきましょう。


■「離騒経」(文選・文章篇)■

帝高陽の苗裔、朕が皇考を伯庸と曰う。

摂堤孟陬に貞しく、惟れ庚寅に吾以て降れり。

皇覧て余を初度に揆り、肇めて余に錫うに嘉名を以てす。

余を名づけて正則と曰い、余を字して零均と曰う。

紛として吾既に此の内美有り、又之を重ぬるに脩態を以てせり。

江離と辟芷とを扈り、秋蘭を紉いで以て佩と為す。

汨として余将に及ばざらんとするが如く、年歳の吾と与にせざるを恐る。

朝には「阝+比」の木蘭を搴り、夕べには洲の宿莽を攬る。

日月は忽として其れ淹まらず、春と秋と其れ代序す。

草木の零落するを惟い、美人の遅暮ならんことを恐る。

壮を撫して穢を棄てず、何ぞ其れ此の度を改めざる。

騏驥に乗りて以て馳騁し、来れ吾夫の先路を導かん。

昔三后の純粋なる、固に衆芳の在りし所なり。

申椒と菌桂とを雑う、豈維だ夫の茝を紉ぐのみならんや。

彼の尭舜の耿介なる、既に道に遵いて路を得たり。

何ぞ桀紂の昌披なる、夫れ唯だ捷径以て窘歩せり。

惟うに党人の偸楽せる、路は幽昧にして以て険隘なり。

豈余が身の殃を憚るならんや、皇輿の敗績せんことを恐るるなり。

忽として奔走して以て先後し、前王の踵武に及ばんとす。

荃 余の中情を察せず、反って讒を信じて斉怒す。

余 固より謇謇の患いを為すを知るも、忍んで舎むこと能わざるなり。

九天を指して以て正と為す、夫れ唯だ霊脩の故なり。

初め既に余と言を成ししも、後に悔い遁れて他有り。

余 既に離別を難らざるも、霊脩の数々化するを傷む。

余 既に蘭を九畹に滋え、又を百畝に樹う。

留夷と掲車とを畦にし、杜衡と芳芷とを雑う。

枝葉の峻茂せんことを冀い、願わくは時を竢って吾将に刈らんとす。

萎絶すと雖も其れ亦何ぞ傷まん、衆芳の蕪穢するを哀しむ。

衆 皆競い進みて以て貪婪なり、憑つれども求索に厭かず。

羌 内に己を恕して以て人を量り、各々心を興して嫉妬す。

忽として馳騖して以て追逐すれども、余が心の急とする所に非ず。

老 冉冉として其れ将に至らんとす、脩名の立たざらんことを恐る。

朝には木蘭の墜露を飲み、夕べには秋匊の落英を餐らう。

苟くも余が情其れ信に姱しく以て練要ならば、長く顑頷するも亦何ぞ傷まん。

木根を擥りて以て茝を結び、薛荔の落蘂を貫く。

菌桂を矯めて以てを紉ぎ、胡縄の纚纚たるを索にす。

謇 吾夫の前脩に法る、時俗の服する所に非ず。

今の人に周わずと雖も、願わくは彭咸の遺則に依らん。

長太息して以て涕を掩い、人生の多艱なるを哀しむ。

余好く脩姱して以て鞿羈すと雖も、謇 朝に誶めて夕べに替てらる。

既に余を替つるに纕を以てし、又之に申ぬるに攬茝を以てす。

亦余が心の善しとする所、九死すと雖も其れ猶お未だ悔いず。

怨むらくは霊脩の浩蕩として、終に夫の人心を察せざることを。

衆女余の蛾眉を嫉み、謡諑して余を謂うに善く淫するを以てす。

固に時俗の工巧なる、規矩に偭いて改め錯く。

縄墨に背いて以て曲を追い、周容を競いて以て度と為す。

忳として鬱悒して余侘傺し、吾独り此の時に窮困す。

寧ろ溘に死して以て流亡すとも、余此の態を為すに忍びざるなり。

鷙鳥の群せざるは、前代自りして固より然り。

何ぞ方円の能く周わん、夫れ孰か道を異にして相安んぜん。

心を屈して志を抑え、尤めを忍んで詬を攘わん。

清白に伏して以て直に死するは、固に前聖の厚くする所なり。

道を相るの察らかならざるを悔い、延佇して吾将に反らんとす。

朕が車を廻らして以て路に復り、行迷未だ遠からざるに及ばん。

余が馬を蘭皐に歩ませ、椒丘に馳せて且く焉に止息す。

進んで入れられずして以て尤めに離わば、退いて将に復た吾が初服を脩めんとす。

芰荷を製して以て衣と為し、芙蓉を集めて以て裳と為す。

吾を知らざるも其れ亦已まん、苟に余が情其れ信に芳し。

余が冠の岌岌たるを高くし、余が佩の陸離たるを長くす。

芳と沢と其れ雑糅し、唯だ昭質其れ猶お未だ虧けず。

忽ち反顧して以て目を游ばしめ、将に往きて四荒を観んとす。

佩は繽紛として其れ繁飾し、芳は霏霏として其れ弥々章らかなり。

人生各々楽む所有り、余独り脩を好んで以て常と為す。

体解せらると雖も吾猶お未だ変ぜず、豈余が心の懲る可けんや。

女「須(の下に)+女」の嬋媛たる、申申として其れ予を詈る。

曰く、鯀は婞直にして以て身を亡ぼし、終然として羽の野に夭せり。

汝は何ぞ博謇にして脩を好み、紛として独り此の姱節有るや。

薋菉葹を以て室を盈てるに、判として独り離れて服せざる。

衆は戸ごとに説く可からず、孰か云に余の中情を察せん。

世は並びに挙りて朋を好む、夫れ何ぞ煢独にして予に聴かざる、と。

前聖に依りて節中せんとし、喟として心に憑りて茲に歴れり。

沅湘を済りて以て南征し、重華に就いて詞を陳ぶ。

啓に九弁と九歌とあるも、夏康娯しんで以て自ら縦にす。

難を顧みて以て後を図らず、五子用て家巷に失えり。

羿は淫遊して以て畋に佚り、又好んで夫の封狐を射る。

固に乱流して其れ終わること鮮なし、浞は又夫の厥の家を貪る。

澆は身にを被服し、欲を縦にして忍びず。

日々に康娯して自ら忘れ、厥の首用て夫れ顚隕せり。

夏桀の常に違える、乃ち遂に焉に殃に逢えり。

后辛の葅醢にする、殷宗用て長からず。

湯禹は儼にして祗敬し、周は道を論じて差う莫し。

賢を挙げて能に授け、縄墨を脩めて頗かず。

皇天は私阿無く、人徳を覧て馬に輔を錯く。

夫れ維だ聖哲にして以て茂行あり、苟に此の下土を用うるを得。

前を瞻て後ろを顧み、人の計極を相観するに、

夫れ孰か義に非ずして用う可けん、孰か善に非ずして服す可けん。

余が身を阽うして死に危ずくも、余が初めを覧て其れ猶未だ悔いず。

鑿を量らずして枘を正せば、固に前脩も以て葅醢にせらる。

曽ねて嘘唏して余鬱邑し、朕が時の当たらざるを哀しむ。

茹を攬りて以て涕を掩えど、余が襟を霑して浪浪たり。

跪き衽を敷きて以て辞を陳べ、耿として吾既に此の中正を得たり。

玉虯を駟として以て鷖に乗り、溘ち風に埃して余上り征く。

朝に軔を蒼梧に発し、夕に余県圃に至る。

少く此の霊瑣に留まらんと欲すれば、日は忽忽として其れ将に暮れんとす。

吾羲和をして節を弭め、崦「山+茲」を望んで迫ること勿からしむ。

路は漫漫として其れ脩遠なり、吾将に上下して求索せんとす。

余が馬に咸池に飲い、余が轡を扶桑に結ぶ。

若木を折りて以て日を払ち、聊か須臾して以て相羊す。

望舒を前にして先駆せしめ、飛廉を後にして奔属せしむ。

鸞皇 余が為に先ず戒め、雷師余に告ぐるに未だ具わらざるを以てす。

吾 鳳凰をして飛騰せしめ、又之に継ぐに日夜を以てす。

飄風屯まりて其れ相離れ、雲霓を師いて来り御う。

紛総総として其れ離合し、斑陸離として其れ上下す。

吾 帝閽をして関を開かしめんとすれば、閶闔に倚りて予を望むのみ。

時は曖曖として其れ将に罷まらんとし、幽蘭を結んで延佇す。

世 溷濁して分かたず、好んで美を蔽いて嫉妬す。

朝に吾将に白水を済り、閬風に登りて馬を緤がんとす。

忽ち反顧して以て流涕し、高丘の女無きを哀しむ。

溘ち吾 此の春宮に遊び、瓊枝を折りて以て佩に継ぐ。

栄華の未だ落ちざるに及び、下女の詒る可きをウ)相ん。

吾 豊隆をして雲に乗り、宓妃の在る所を求めしむ。

佩纕を解いて以て言を結び、吾 蹇脩をして以て理を為さしむ。

紛総総として其れ離合し、忽ち緯「糸+畫」して其れ遷り難し。

夕べに帰りて窮石に次り、朝に髪を洧盤に濯う。

厥の美を保ちて以て驕傲し、日々に康娯して以て淫遊す。

信に美なりと雖も礼無し、来れ違棄して改め求めん。

覧て四極を相観し、天に周流して余及ち下る。

瑤台の偃蹇たるを望み、有娀の佚女を見る。

吾 鴆をして媒を為さしむるに、鴆 余に告ぐるに好からざるを以てす。

雄鳩の鳴き逝く、余猶お其の佻巧を悪む。

心 猶予して狐疑し、自ら適かんと欲するも可ならず。

鳳皇は既に詒を受く、恐らくは高辛の我に先んぜんことを。

遠く集らんと欲するも止まる所無し、聊か浮游して以て逍遥せん。

少康の未だ家せざるに及び、有虞の二姚を留めん。

理 弱くして媒拙く、導言の固からざるを恐る。

時 溷濁して賢を嫉み、好んで美を蔽いて悪を称ぐ。

閨中既に以て邃遠なり、哲王又寤らず。

朕が情を懐きて発せず、余焉くんぞ能く忍びて此と終古せん。

「艹+夐」茅と筳「竹+專」とを索り、霊氛に命じて余が為に之を占わしむ。

曰く、両美は其れ必ず合わん、孰か脩を信じて之を慕わんや。

思うに九州の博大なる、豈唯だ是にのみ其れ女有らんや、と。

曰く、勉めて遠逝して狐疑する無かれ、孰か美を求めて女を釈てん。

何の所にか独り芳草無からん、爾何ぞ故宇を懐う。

時幽昧にして以て眩曜す、孰か云に余の美悪を察せん。

民の好悪は其れ同じからず、惟だ此の党人のみ其れ独り異なり。

戸ごとに艾を服して以て要に盈て、幽蘭は其れ佩ぶ可からずと謂う。

草木を覧察するすら其れ猶お未だ得ず、豈の美に之れ能く当らんや。

糞壌を蘇りて以て幃に充て、申椒は其れ芳しからずと謂う、と。

霊氛の吉占に従わんと欲すれども、心猶予して狐疑す。

巫咸 将に夕べに降らんとす、椒糈を懐いて之を要す。

百神 翳いて其れ備に降り、九疑 繽として其れ並び迎う。

皇は剡剡として其れ霊を揚げ、余に告ぐるに吉故を以てす。

曰く、勉めて升降して以て上下し、矩矱の同じき所を求めよ。

湯禹は儼にして合うを求め、摯と皇繇とは而ち能く調う。

苟くも中情其れ脩を好まば、何ぞ必ずしも夫の行媒を用いん。

説は築を傅巌に操れども、武丁用いて疑わず。

呂望の刀を鼓する、周文に遭いて挙げらるるを得たり。

寧戚の謳歌する、斉桓聞いて以て輔に該えり。

年歳の未だ晏からず、時も亦猶お其れ未だ央きざるに及ばん。

恐らくは「單+鳥」鴂 先ず鳴きて、百草をして之が為に芳しからざらしめんことを、と。

何ぞ瓊佩の偃蹇たる、衆 「艹+愛」然として之を蔽う。

惟だ此の党人の亮ならざる、恐らくは嫉妬して之を折かん。

時は繽紛として其れ変易す、又何ぞ以て淹留す可けん。

蘭芷は変じて芳しからず、荃は化して茅と為る。

何ぞ昔日の芳草、今直ちに此の蕭艾と為るや。

豈其れ他の故有らんや、脩を好むこと莫きの害なり。

余 蘭を以て恃む可しと為せり、羌 実無くして容長ず。

厥の美を委てて以て俗に従い、苟くも衆芳を引くを得たり。

椒は専ら佞にして以て慢慆たり、「木+殺」は又夫の佩幃を充たさんと欲す。

既に進むを干めて入れられんことを務むれば、又何の芳をか之れ能く祗しまん。

固より時俗の流れに従う、又孰か能く変化すること無からん。

椒蘭を覧るに其れ茲の若し、又況んや掲車と江離とをや。

惟だ茲の佩の貴ぶ可き、厥の美を委てて茲に歴る。

芳 菲菲として虧け難く、芬は今に至るも猶お未だ沫まず。

度を和らげ調えて以て自ら娯しみ、聊か浮游して女を求めん。

余が飾りの方に壮んなるに及んで、周流して上下を観ん。

霊氛既に余に告ぐるに吉占を以てす、吉日を歴んで吾将に行かんとす。

瓊枝を折りて以て羞と為し、瓊「麻+非+灬」を精げて以て粻と為す。

余が為に飛竜に駕し、瑤象を雑えて以て車と為す。

何ぞ離心の同じかる可き、吾将に遠逝して以て自ら疏けんとす。

邅りて吾夫の崑崙に道すれば、路脩遠にして以て周流す。

雲霓の晻藹たるを揚げ、玉鸞の啾啾たるを鳴らす。

朝に軔を天津に発し、夕べに余西極に至る。

鳳凰は翼しみて其れ旂を承げ、高く翺翔して之れ翼翼たり。

忽ち吾此の流沙に行き、赤水に遵いて容与す。

蛟竜を麾いて津に梁かけしめ、西皇に詔げて予を渉さしむ。

路は脩遠にして以て艱み多く、衆車を騰せて径に待たしむ。

不周に路して以て左転し、西海を指して以て期と為す。

余が車を屯むこと其れ千乗なり、玉軑を斉えて並び馳す。

八竜の婉婉たるに駕して、雲旗の委移たるを載つ。

志を抑えて節を弭め、神高く馳せて之れ邈邈たり。

九歌を奏して韶を舞い、聊か日を仮りて以て婾楽す。

皇の赫戯たるに陟升し、忽ち夫の旧郷を臨睨す。

僕夫悲しみ余が馬懐い、蜷局として顧みて行かず。

乱に曰く、已んぬるかな。

国に人無く吾を知る莫し。又何ぞ故都を懐わん。

既に与に美政を為すに足る莫し。吾将に彭咸の居る所に従わんとす、と。
スポンサーサイト

新たな旅路は故郷も捨て去る覚悟が必要=屈原「離騒経」18

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の18回目です。「天へと昇りはじめるものの、ふと下の故郷が目に入る。従者は悲しみ、馬も故郷を恋い、前に進まない」という第十三段の後半です。

蛟竜を1)サシマネいて津にア)かけしめ、西皇(=西方の神の名)にイ)げて予を渉さしむ。

路は脩遠にして以てウ)み多く、衆車を騰(は)せて径に待たしむ。

不周に路して以て左転し、西海を指して以て期と為す。

余が車を屯むこと其れ千乗なり、玉軑(ギョクタイ=美しい車輪)を斉えて並び馳す。

八竜の婉婉たるに駕して、雲旗の委移たるを載つ。

志を抑えて節を弭め、神高く馳せて之れ邈邈(バクバク=はるかなさま)たり。

九歌を奏して韶を舞い、聊か日を仮りて以て婾楽(ユラク=遊び楽しむ)す。

皇の2)カクギたるに3)チョクショウし、忽ち夫の旧郷を4)リンゲイす。

僕夫悲しみ余が馬懐い、5)ケンキョクとして顧みて行かず。


1)サシマネいて=麾いて。「麾く」は、手の先を曲げて人を呼んだり、さしずしたりする。「さしずばた」の訓もある。音読みは「キ」。麾鉞(キエツ=さしず用の旗とまさかり、ともに大将が用いる)、麾下(キカ=大将に直接さしずされる部下、将軍直属の兵士)、麾召(キショウ=まねき寄せる、呼び寄せる、麾招=キショウ=)、麾扇(キセン=軍を指図する扇、軍配うちわ、軍扇)、麾幢(キトウ=軍をさしずするのに使う旗、麾旌=キセイ=、麾節=キセツ=)。

2)カクギ=赫戯。光り輝くさま、勢いが盛んなさま。赫曦、赫羲とも書く。「赫」は「あかい」「あきらか」「かがよう」とも訓む。赫奕(カクエキ=光り輝くさま、物事が盛んで美しいさまに喩える)、赫赫(カクカク、カッカク=功績が著しいさま)、赫赫之光(カクカクのひかり=激しく輝くひかり、盛んな威勢や名声に喩える)、赫喧(カクケン=人格や威儀が堂々としていてりっぱなさま)、赫灼(カクシャク=あかあかと光り輝くさま)、赫然(カクゼン=かっと怒るさま)、赫咤(カクタ=かっと激しく怒る、赫怒=カクド=)、赫烈(カクレツ=激しく輝くさま、また、非常に盛んなさま)。

3)チョクショウ=陟陞。高い所にのぼる。陟升とも。「陟」は「のぼる」「すすむ」。黜陟(チュッチョク=官位を下げることと、上げること)、陟罰(官位を上げて賞めることと、官位を落として罰すること)、陟方(チョクホウ=天子が四方視察の旅にのぼる)、陟降(チョッコウ=のぼることと、くだること、天にのぼったり、地上に下ったりすること)。

4)リンゲイ=臨睨。高い所に立って見下ろすこと。天子がその場でにらむこと。「睨」は「にらむ」のほか、「ねめる」の和訓もあります。睥睨(ヘイゲイ=横目でにらむ、城壁のくぼみから敵情を覗き見ること)。

5)ケンキョク=蜷局。虫がからだを屈曲させながら動くさま。蜷曲とも。「とぐろ」との宛字訓みもある。「蜷」は「にな」とも訓む。

ア)梁=はし。左右の両岸に支柱を立て、その上に懸けた木のはし。橋梁(キョウリョウ)。もちろん、「はり」「うつばり」「やな」の訓みもお忘れなく。鼻梁(ビリョウ=鼻筋)、梁材(リョウザイ=立派な人材)、梁山泊(リョウザンパク=水滸伝の舞台、広く豪桀・野心家の聚まる所)、梁上君子(リョウジョウのクンシ=泥棒)、梁津(リョウシン=渡し場、津梁とも)、梁塵(リョウジン=梁の上の塵、歌い方が優れているたとえ)、梁木壊(リョウボクやぶる=梁の木が折れる、転じて、賢人の死ぬこと)。

イ)詔げて=つ・げて。「詔げる」は「つげる」。上位者が下位者につげる。表外訓み。

ウ)艱み=なや・み。漸特殊な訓み。通常は「艱しむ」(くるしむ)、「艱い」(かたい)。やりにくい状態、つらさ、なんぎ。音読みは「カン」。艱易(カンイ=むずかしいことと、やさいいこと)、艱患(カンカン=困難と災い、艱禍=カンカ=)、艱急(カンキュウ=苦しみ行き詰まること)、艱窘(カンキン=なんぎ、飢饉の年)、艱苦(カンク=艱難と辛苦、なやみ苦しむこと、艱困=カンコン=、艱辛=カンシン=)、艱虞(カング=なんぎと心配事)、艱嶮(カンケン=地形の険しい所、艱険とも)、艱渋(カンジュウ=詩文などがむずかしくて理解しにくいこと)、艱阻(カンソ、カンショ=人生や、山道がけわしいこと)、艱貞(カンテイ=なんぎに耐え、節を守って屈服しないこと)、艱難(カンナン=なんぎ、つらいめ)。


(解釈)蛟竜をさしまねいてその渡し場に橋をかけさせ、西方の神少皥に告げてわたしを向こう岸に渡らせた。路は長く遠くして苦難も多いので、多くの供車を馳せて近道を先に行かせて待たせる。そして、不周山へと道をとって左に巡り、西海のほとりを指さしてそこで会おうと約束した。群がり集まったわたしの従車は千乗、みな美しい車輪を揃えて並び馳せる。わたしはうねり進む八頭の竜に車を曳かせ、棚引く雲の旗を推し立てて進む。はやる気持ちを抑えて、車の速度を控えてゆるやかに行くが、わたしの精神ははるかに遠く馳せかける。禹王の「九歌」の楽を奏して、舜帝の「九韶」の楽曲を舞って、しばらく日を送り、遊び楽しんだ。やがてまばゆく輝く中を登っていくと、ゆくりなくもかの懐かしき故郷が眼下に眺めやれた。従者たちは嘆き悲しみ、わが馬は恋い懐かしんで、ともに足も立ちすくみ、振り返って前には進まなかった。

「蛟竜を麾いて津に梁かけしめ、西皇に詔げて予を渉さしむ」「八竜の婉婉たるに駕して、雲旗の委移たるを載つ」――。かなり大仰な門出のシーン。ナルシスト屈原らしい描写が続きます。禹王の「九歌」、舜帝の「九韶」を登場させて古代の理想郷に思いを馳せます。曾て仕えた主君を見限る新たな旅立ちにはふさわしい。しかし、故郷が眼下に見えた瞬間、屈原の気持ちが揺らぐ場面も描いている。過去との決別とはすべてを断ち切ることなのです。自分にとって必要のない物だけではないのです。必要な物とも関係を切ることはそう簡単なことではない。今後屈原が歩む人生が途轍もなく険しいことを暗示させています。愈次回、「離騒経」の最終回です。

測り難し!安易なる人と人の「距離感」=屈原「離騒経」17

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の17回目です。同書によると、第十三段は「天へと昇りはじめるものの、ふと下の故郷が目に入る。従者は悲しみ、馬も故郷を恋い、前に進まない」。今回はその前半です。いよいよ、旅に出る屈原。意気は揚々としています。しかし、心の片隅では不安も頭を擡げる。完全には迷いを払拭しかねています。

霊氛既に余に告ぐるに吉占を以てす、吉日を歴(えら)んで吾将に行かんとす。

瓊枝を折りて以て1)シュウと為し、瓊「麻+非+灬」(ケイビ=玉の屑)をア)げて以て粻(チョウ=乾し飯)と為す。

余が為に飛竜に駕し、瑤象を雑えて以て車と為す。

何ぞ離心の同じかる可き、吾将に遠逝して以て自らイ)けんとす。

邅(めぐ)り(=巡り)て吾夫の崑崙に道すれば、路脩遠にして以て周流す。

雲霓の晻藹(アンアイ=火の光が雲に覆われてくらいさま)たるを揚げ、2)ギョクランの3)シュウシュウたるを鳴らす。

朝に軔(ジン=車止め)を天津に発し、夕べに余西極に至る。

鳳凰は翼(つつし)しみて其れ旂(キ=はた)を承(ささ)げ、高く翺翔(コウショウ=鳥が高く自由に飛び回る)して之れ翼翼たり。

忽ち吾此の流沙に行き、赤水に遵いて4)ヨウヨす。

1)シュウ=羞。細かく引き裂いた肉。転じて、ごちそう。「脩」と同義。時羞(ジシュウ=その季節の食べ物)、「すすめる」の訓みもあります。この場合もごちそうをすすめるの意。羞饌(シュウセン=ごちそうを供えて、すすめる、羞膳=シュウゼン=)。

2)ギョクラン=玉鸞。玉で鸞(鳳凰に似た鳥)の形につくり、天子の車に付けたすず。転じて、天子の車そのものを指す。ここでは「すず」。

3)シュウシュウ=啾啾。小さな声を出す。鳥・虫・獣や女・子供・亡霊などが細い声で鳴く声の形容。哀鳴啾啾(アイメイシュウシュウ)や鬼哭啾啾(キコクシュウシュウ)でお馴染み。

4)ヨウヨ=容与。ゆとりがあって、静かなさま。精神にゆとりがあって、自由であるさま。この場合の「容」は「ゆとりがあるさま」。この言葉は是非とも覚えたない。本番でも出そうです。

ア)精げて=しら・げて。「精げる」は「しらげる」。表外和訓。玄米をついて白くする。

イ)疏けん=しりぞ・けん。「疏ける」は「しりぞける」。漸特殊な訓み。「疎」に書き換え可能ですが、「うとんじる」からくる宛字訓みっぽいです。上疏(ジョウソ=意見書を奉る)があるように「一条ずつわけて意見をのべた上奏文」という意味もあります。



(解釈)霊氛が先にわたしによい占いを告げていたので、わたしはめでたい日柄を選んで旅に出発しようと思った。玉の枝を折り取って乾し肉とし、玉の屑を搗いて乾し飯として旅の準備を整えた。わたしのために飛竜に車を曳かせ、玉石と象牙とで美しい車をつくる。ひとたび離れ背いた心が、どうして一緒に合うことができよう。わたしは今はもう遠くに旅して、自ら逃れ遠ざかることにしよう。方向を巡らして、わたしはかの崑崙山の方へと進んでいくと、行く手の路は長く遠くてどこまでも回り巡っている。日を蔽って棚引く雲霓の旗を揚げ、白玉造りの鸞鳥の鈴はしゃんしゃんとさやかに鳴る。朝に東の方天の川の渡し場から車を出発させ、夕方にはわたしは大地の西の果てに着いた。鳳凰はうやうやしく竜蛇の旗を捧げ持ち、天高く飛びかかって羽ばたいてゆく。忽ちのうちにわたしはこの流沙の地に行き、崑崙より流れ出る赤水に沿ってゆったりとさまよい遊ぶ。

「何ぞ離心の同じかる可き、吾将に遠逝して以て自ら疏けんとす」。ひとたび離れた心は二度とはあうことはない。もう元の関係には戻れないのだ。覆水盆に返らず。人と人の気持ちのつながりの怖さを言い表しています。君主を諫めた自分に非があるのか。それとも、自分に対する讒言を聴き入れた君主がどうしようもないのか。そのどちらでもないのです。いや、そのどちらもが相俟って、こうした結果を引き起こしたのです。人間関係という脆弱な基盤に於いては、どちらかだけが悪いということはあり得ない。つまり、結局別れることになるというのは両方の相性が悪かったということなのです。長い人生の中で短い付き合いではあったが、未来永劫の永続たる時間を共有することはできなかった。それは仕方のないこと。別の関係を模索するのが得策だ。

しかし、また同じようなリスクを背負うことでもある。したがって、探し求める相手は以前とは違うはず。懲羹吹膾――。痛い目に遭って一度懲りた人間は、なかなか自分に相応しい人と出会う確率は低くなりますね。屈原の旅もそうした困難を暗示させるものです。旅路の支度が大袈裟であるほど、それは寧ろ不安の裏返しなのです。人間恐怖症――。人間は一つの存在であり続けることはないとだけは肝に銘じておきたいところ。完全否定する必要もないが、完全肯定するのも累卵の危と言えるでしょう。その微妙な「距離感」を一早く測り、構築できればリスクを脱することができます。結局損するのは自分ですから。あれれ?何書いているか分かんなくなりましたわ。あくまで屈原のことですよ~。本日はこの辺で。。。。

新たな旅路へ鼓舞する水面のナルシス=屈原「離騒経」16

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の16回目です。「善が悪に変わりやすいということに気づき、遠くへ行こうと決意する」という第十二段の後半です。曾て仕えた君主の「偽善性」を見抜いて、却ってこちらの方から見切りをつけようとする屈原。自分以上に他人に厳しい「性癖」が、自らを新天地への旅立ちに向けて鼓舞するのです。高潔の士は一つのところに拘ることはできない。


椒は専ら1)ネイにして以て慢慆(マントウ=だらしなく気まま)たり、「木+殺」(サツ=茱萸)は又夫の佩幃(ハイイ=おびた匂い袋)を充たさんと欲す。

既に進むをア)めて入れられんことを務むれば、又何の芳をか之れ能くイ)しまん。

固より時俗の流れに従う、又孰か能く変化すること無からん。

椒蘭を覧るに其れウ)茲の若し、又況んや掲車と江離とをや。

惟だ茲の佩の貴ぶ可き、厥の美を委てて茲に歴る。

芳菲菲として虧け難く、2)フンは今に至るも猶お未だ沫(や)まず。

度を和らげ調えて以て自ら娯しみ、聊か浮游して女を求めん。

余が飾りの方に壮んなるに及んで、周流して上下を観ん。

1)ネイ=佞。人当たりはいいが口先だけであるさま。おもねるさま。佞猾(ネイカツ=口先が上手く悪賢い)、佞姦(ネイカン=口先が上手く心が拗けていること、佞奸)、佞給(ネイキュウ=口先が上手くへつらう)、佞言(ネイゲン=こびへつらうことば、おせじ)、佞巧(ネイコウ=口先が上手く、人にへつらうこと)、佞倖(ネイコウ=こびへつらって主君に気に入られる者、佞幸)、佞才(ネイサイ=口先が上手くて人にへつらう才能)、佞臣(ネイシン=口先が上手い心の拗けた家来、姦臣)、佞人(ネイジン=口先が上手くて人にへつらう、心の拗けた人、佞者=ネイシャ=)、佞媚(ネイビ=こびへつらう、そのような人)、佞弁(ネイベン=うまく調子を合わせて相手の気に入るようにいうこと)、佞諛(ネイユ=こびへつらう)、不佞(フネイ=自分を遜る言葉)。

2)フン=芬。かおり、よい評判、名声。芬芬(フンプン=ぷんぷんとよいかおりが立ち上るさま、芬郁=フンイク=、芬馥=フンプク=)、芬芳(フンポウ=よいかおり、りっぱな名声、また、それがある人、芬馨=フンケイ=)、芬烈(フンレツ=強い香り、立派な手柄)、芬華(フンカ=はなやかな美しさ)、芬香(フンコウ=よいかおり)、芬菲(フンピ=草花のかんばしい香り)。

ア)干めて=もと・めて。「干める」は「もとめる」。表外訓み。無理して手に入れようとすること。干禄(カンロク、ロクをもとむ=俸禄をもとめる、仕官を望む、天が与える幸福をもとめる)。

イ)祗しまん=つつ・しまん。「祗しむ」は「つつしむ」。音読みは「シ」。「うやまう」の訓もあり。祗畏(シイ=つつしんで敬い、おそれる)、祗役(シエキ=つつしんで君主の命令にしたがう)、祗候(シコウ=身分の高い人のそばに仕える)、祗粛(シシュク=ひたすらにつつしみ敬う、祗敬=シケイ=)、祗服(シフク=目上の人につつしみ従う、うやうやしく従う)。天神地祇(テンジンチギ)の「祇」とは別字であることに要注意。ただし、こちらにも「シ」「ただ」の読みがあり混同しやすいのは確か。祇園(ギオン)。

ウ)茲の若し=かく・のごと・し。このようである。身近な指し言葉。「如茲」を訓読した読み方です。「茲」の音読みは「シ、ジ」。今茲(コンジ=今年)。

(解釈)山椒は口上手に人の機嫌をとってだらしなく怠け、茱萸は香りもないのに佩び香袋を自分で満たそうと願っている。すでに出世を志して、君に用いられようと努めているのであるから、いまさら芳しい香気も何もあったものではない。もとより今の世の習わしは、流れる水のように流れ移っていって、誰であろうとも変化しないではいられない。あの香り高い山椒や蘭でさえもこの有様であるから、まして掲車や江離などの雑草は言うまでもない。ただわたしの佩び物はまことに貴いものであるのに、その美しさ打ち捨てられ、このようなことになった。しかし、その香気は盛んに立ち籠めて尽きること無く、芳しさは今になってもまだ消え失せてはいない。自分の心を和らげ調えて自ら慰めたのしみ、しばらくさまよい巡って、あこがれの美女を探し求めよう。わたしの佩び飾りが盛んに匂ううちに、あまねく巡って天上地下をよく見て回ろうぞ。

ナルシスト屈原は讒言で自分を陥れた連中を山椒や茱萸に譬えています。それに引き換えて自分の高貴さは誰にも負けない。こんなに辛い目に遭っているというのにその芳りときたら永遠なるかのように尽きることがない。さぁ、これからが本当の自分の人生である。美女、美女、美女…本当の美女を探しに旅に出よう。この匂いに誘われて私についてきてくれる美女よ、現れておくれ…。嗚呼、水面に映ったナルシス…。

ショウガイになり果てた芳草に“三行半”!=屈原「離騒経」15

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の15回目です。同書によると、第十二段は「善が悪に変わりやすいということに気づき、遠くへ行こうと決意する」。今回はその前半です。稀代のナルシスト、屈原の真骨頂が最大限に発揮された独白が続くヤマ場です。


何ぞ1)ケイハイの偃蹇たる、衆「艹+愛」然(アイゼン=いっぱいに茂るさま)として之を蔽う。

惟だ此の党人の亮(まこと)ならざる、恐らくは嫉妬して之をア)かん。

時は2)ヒンプンとして其れ変易す、又何ぞ以て3)エンリュウす可けん。

蘭芷(ランシ=香草の名)は変じて芳しからず、荃(センケイ=香草の名)は化してイ)と為る。

何ぞ昔日の芳草、今直ちに此の4)ショウガイと為るや。

豈其れ他の故有らんや、脩を好むこと莫きの害なり。

余蘭を以てウ)む可しと為せり、羌(ああ)実無くして容長ず。

厥の美を委てて以て俗に従い、苟くも衆芳を引くを得たり。


1)ケイハイ=瓊佩。美しいおびだま。「瓊」は「たま」、「佩」は「おびだま」。瓊瑶(ケイヨウ)ともいう。

2)ヒンプン=繽紛。乱れ飛ぶさま。陶淵明の「桃花源記」に「芳草鮮美、落英繽紛」がある。これまでも何度も登場、「粉」でないことに留意すべし。

3)エンリュウ=淹留。一箇所に長い間とどまること。淹久(エンキュウ)、淹泊(エンパク)ともいう。「淹まる」は「とどまる」。はった水が引かないように、いつまでもとどまる、ぐずぐずしているさま。淹恤(エンジュツ=長く他国にとどまっていて、さびしい思いをする)、淹歳(エンサイ=長く久しい年月)、淹速(エンソク=ぐずつくことと、速いこと)、淹博(エンパク=学問・知識が深く広い)、淹病(エンビョウ=ながわずらい)。

4)ショウガイ=蕭艾。ヨモギ。下賤な人、小人を譬える。「艾」には「もぐさ」の訓も忘れずに。。。

ア)折かん=くじ・かん。「折く」は「くじく」。漸特殊な表外訓み。途中で中断する意。折挫(セツザ=くじく、また、くじける)。「くじく」はほかに、「挫く、拉く、摧く、摺く、擠く、橈く」。

イ)茅=ちがや。「かや」とも。屋根などを葺くのに用いる草の名。音読みは「ボウ」。

ウ)恃む=たの・む。頼りにすること。音読みは「ジ」。恃気(ジキ=勇気をたのむ、キをたのむ)、恃頼(ジライ=たのみとする、恃憑=ジヒョウ=)、恃力(ジリョク、ちからをたのむ=勢力や権力をあてにする)。



(解釈)わたしの美しい佩の何と数多く煌めくことだろう。それであるのに衆人は目立たせぬようにこれを覆って隠そうとする。邪悪な楚国の党人どもは心が誠でないから、恐らくわたしを憎み妬んで、この美しい佩を壊そうと画策するであろう。時世は乱れ動いて移り変わっていくのだ。どうしてまたこんな所に長らくとどまる必要があろうか。蘭や芷も今は変じて香りを失い、荃やもすっかりと茅に変じてしまった。どうして昔、芳しかった草が今はこんなにもよもぎのような雑草となり果ててしまったのか。それはどうして他のわけがあろうか。善美なるものを好むことがないための弊害以外の何物でもない。わたしは以前、蘭のような佳人を信じて運命を共にできるものと考えていたが、ああ、内に香り高き真実は持っておらず、外見だけが立派に見える偽君子でしかなかったのだ。自らの善美なるものを打ち捨てて世俗の流れにだけ順応し、ただかりそめに多くの芳草の仲間入りを君子然としていただけなのである。

「何ぞ昔日の芳草、今直ちに此の蕭艾と為るや」というのは、讒言を信じて自分を退けた君主に対する痛烈な皮肉と言えるでしょう。離騒経を読んでいると、匂いを聖なるもの、臭いを邪悪なるものに振り分けています。古の中国では同じ草でも香りの有無によってその存在価値を極端に分けていたのですね。「鼻抓み者」という言葉があるように現代社会でも香りは人物を判断する上で重要なファクターであるのは同じでしょうかね。いずれにせよ、屈原はこんな場所に見切りをつけて去る覚悟を決め始めているようです。

鵙が啼く前に君主を探しに逝くべし=屈原「離騒経」14

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の14回目です。同書によると、第十一段は「巫咸から遠くに行くのが良いと勧められる」。占いで吉と出たのは「他地へ移る可し」。振られた女のことは忘れて別の女を探しなさい。いくらでもあなたに相応しい人が見つかりますよ。この世に女は五万といるのだから…。

霊氛の1)キッセンに従わんと欲すれども、心猶予して狐疑す。

巫咸(フカン=神巫の名)将に夕べに降らんとす、椒糈(ショウショ=サンショウを混ぜた精米)を懐いて之を要す。

百神ア)いて其れイ)に降り、九疑(=九疑山の神霊)2)ヒンとして其れ並び迎う。

皇は剡剡(エンエン=きらきらとかがやくさま)として其れ霊を揚げ、余に告ぐるに吉故を以てす。

曰く、勉めて升降して以て上下し、矩矱(クカク=道義)の同じき所を求めよ。

湯禹は儼にして合うを求め、摯(シ=伊尹、賢臣の名)と皇繇(コウヨウ=賢臣の名)とは而ち能く調う。

苟くも中情其れ脩を好まば、何ぞ必ずしも夫の3)コウバイを用いん。

説(エツ=傅説)は築を傅巌に操れども、武丁用いて疑わず。

呂望(リョボウ=太公望)の刀を鼓する、周文に遭いて挙げらるるを得たり。

寧戚(ネイセキ=)の4)オウカする、斉桓聞いて以て輔にウ)えり。

年歳の未だエ)からず、時も亦猶お其れ未だ央(つ)きざるに及ばん。

恐らくは「單+鳥」鴂(テイケツ=モズ)の先ず鳴きて、百草をして之が為に芳しからざらしめんことを、と。

1)キッセン=吉占。「吉」とでた占い。珍しい言い回しで辞書には掲載がない。とすると、反対は「凶占」か?

2)ヒン=繽。びっしりとならぶさま、ひたひたと続くさま。

3)コウバイ=行媒。結婚の仲立ちをする人。媒酌人。

4)オウカ=謳歌。うたをうたう、天子などの仁政や徳行をほめたたえる。「謳」は「うたう」「うた」とも訓む。謳唱、謳誦、謳吟、謳詠ともいう。謳頌(オウショウ=徳をたたえる歌)。

ア)翳いて=おお・いて。「翳う」は「おおう」。かざしてかくす。掩翳(エンエイ=おおいかくすこと)。通常は「かざす」と訓む。やや珍しい訓みです。音読みは「エイ」。翳翳(エイエイ=ほの暗いかげの生じるさま)、翳然(エイゼン=かげに隠れたさま、荒れ果ててひっそりしているさま)、翳薈(エイワイ=草木が茂って葉がおおいかぶさっていて、状況が判明しがたいさま)。

イ)備に=とも・に。表外訓みですがやや特殊。「つぶさに」なら一般的ですが、ここでは意味が通らない。

ウ)該えり=そな・えり。「該わる」は「そなわる」。全面にわたってはりわたす。全体に行きわたって、じゅうぶん足りる。表外訓みでぜひ覚えておきたい。該悉(ガイシツ=全体を知り尽くす)、該覈(ガイカク=広く当って調べる)、該洽(ガイコウ=学問などに広く通じている)、該博(ガイハク=全面的に物事に通じている)。

エ)晏からず=おそ・からず。「晏い」は「おそい」。日が暮れかかる。「やすい」「やすらか」とも訓む。音読みは「アン」。晏駕(アンガ=天子の死)、晏起(アンキ=朝寝坊、晏眠=アンミン=)、晏如(アンジョ=安らかなさま、落ち着いているさま、晏然=アンゼン=)、晏朝(アンチョウ=朝遅く出勤する)、晏晏(アンアン=おだやかなさま、やわらぐさま)。



古の君臣を引き合いに出して、その出会いは「調和」であることが説かれています。どこでどんなきっかけがあるかは分からない。とにかく前に進みなさい、屈原。あなたはまだ若い。この先時間はたっぷりとある。しかし、ぐずぐずしているとモズが鳴き始めて、あの百草の香りが萎れるとともに消えてなくなってしまいますよ。お急ぎなさい。この地を去るのです。あなたのことを待っている君主のところへ早くお行きなさいまし。。。

レイフンから移徙のススメ?=屈原「離騒経」13

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の13回目です。同書によると、第十段は「占いの結果、悪人の横行する故国を棄てて他国に行けと勧められる」。美女探しを断念した屈原は突然、占い師に命じて自分の運命を当てさせます。

「艹+夐」茅(ケイボウ=占いに霊草)と筳「竹+專」(テイセン=占い用の小折竹、筮竹の一種)とを索(と)り、1)レイフンに命じて余が為に之を占わしむ。

曰く、両美は其れ必ず合わん、孰か脩を信じて之を慕わんや。

思うに九州の博大なる、豈唯だ是にのみ其れ女有らんや、と。

曰く、勉めて遠逝して狐疑する無かれ、孰か美を求めて女(なんじ)をア)てん。

何の所にか独り2)ホウソウ無からん、爾何ぞ3)コウを懐う。

時幽昧にして以て4)ゲンヨウす、孰か云に余の美悪を察せん。

民の好悪は其れ同じからず、惟だ此の党人のみ其れ独り異なり。

戸ごとにイ)を服して以てウ)に盈て、幽蘭は其れエ)ぶ可からずと謂う。

草木を覧察するすら其れ猶お未だ得ず、豈(テイ=美しい玉の名)の美に之れ能く当らんや。

5)フンジョウを蘇(と)りて以て幃(イ=匂い袋)に充て、申椒は其れ芳しからずと謂う、と。

1)レイフン=霊氛。神秘的な気配、霊気。ここでは占い師(神子)の名として用いているようです。「氛」は「たちこめて発散するもや、物事に先だってあらわれ、吉凶や禍福などを暗示する雲の形や色」。氛埃(フンアイ=大気中に飛散するちり、氛垢=フンコウ=)、氛囲気(フンイキ=雰囲気、場の空気)、氛翳(フンエイ=邪気、不吉な気配)、氛気(フンキ=災いの気)、氛祥(フンショウ=吉兆と凶兆)、氛霧(フンム=不吉なもや、逆賊に喩える)。

2)ホウソウ=芳草。よいかおりのする草花。多くは蘭を指す。「塩鉄論」に出てくる成句の「茂林の下ホウソウ無し」(樹木のよく生い茂った場所では、その木の根元では草が豊かに生い茂ることはできない、上の者の権力が強すぎると、下の者が育たない)は「豊草」ですので要注意。

3)コウ=故宇。ふるさと。なつかしい我が家。「宇」は「いえ」。

4)ゲンヨウ=眩曜。まばゆいほど輝くさま。眩燿あるいは眩耀とも書く。「眩」は「くらむ」「くらます」とも訓む。眩暈(ゲンウン=めまい)、眩人(ゲンジン=魔術師)、眩転(ゲンテン=目がくらんでぐるぐる回るように見えること、眩瞑=ゲンメイ=)、眩惑(ゲンワク=目をくらましまどわす)。「まばゆい」と訓むこともある。

5)フンジョウ=糞壌。よごれた土。「糞」は「くそ」。糞土(フンド=きたないもの、つまらないものの譬え)、糞穢(フンワイ=くそや、きたないもの)、糞除(フンジョ=けがれたものをはらいのぞく)、糞土之牆不可杇(フンドのショウはぬるべからず=心のたるんだ怠け者は教化の施しようがない)。

ア)釈てん=す・てん。「釈てる」は「すてる」。捨てる。つかんだものを放しておく。釈奠(セキテン=供物をおいてまつる、孔子を祀る祭り、舎奠とも)。

イ)艾=よもぎ。音読みは「ガイ」。艾虎(ガイコ=端午の節句に飾り邪気を払うとされる人形)、艾康(ガイコウ=世の中がおさまって安らかなこと、艾安=ガイアン=)、艾殺(ガイサツ=土地や世の中を平らげる、「艾」は草木を刈る、「殺」は動物をころす)、艾人(ガイジン=ヨモギで作った人形、老人の意も)、艾年(ガイネン=髪の毛がヨモギのように色つやがなくなる年、五十歳、艾老=ガイロウ=、艾耆=ガイキ=)。「よもぎ」はほかに、「蕭、苹、萍、蒿、蓬」もあります。

ウ)要=こし。腰。細要(サイヨウ=美人の細い腰、細腰の方が一般的)。

エ)佩ぶ=お・ぶ。ぴったりと身につける。音読みは「ハイ」。佩韋佩弦(ハイイハイゲン=自分の性格を改めて修養しようと戒めのための物を身につけること、韋弦之佩=イゲンのハイ=)、佩犢(ハイトク=刀を身につけずに子牛を連れて歩く、武事をやめ農業に従事すること)、佩服(ハイフク=よく覚えていて忘れない)。

占い師である霊氛は「両美は其れ必ず合わん」と言います。すなわち、すぐれた美しい者同士はいつか必ず出会うものであると。しかしながら、九州、つまり中国の国土は広大であるから、必ずしもいまこの場所ではないのだというのです。「あなたの理想とするお方は別のどこかにいる。汚い泥を匂い袋いっぱいに入れたり、ハジカミのあの芳しい香りが苦いだけで嗅ぎ分けられない人しかいないのならば、それが出来る人がいるところに場所を移すべきではありませんか?」霊氛の言葉に心が動かされずにはいられない屈原でした。

ど壺の袋小路に嵌まるのは何度め?=屈原「離騒経」12

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の12回目です。「天界で神女を探すが得られず、下界に戻って伝説の美女を求めて回るが、うまく行かない」という第九段の後半です。再び下界に降りた屈原ですが、天界にすら居ない美女がどうして下界で見つけられるのでしょうか。ここでも蹉跌に遭う屈原でした。

瑤台の1)エンケンたるを望み、有娀(ユウジュウ)の佚女(=美人)を見る。

吾2)チンをして媒を為さしむるに、チン余に告ぐるに好からざるを以てす。

雄鳩の鳴き逝く、余猶お其の佻巧を悪む。

心猶予して3)コギし、自ら適かんと欲するも可ならず。

鳳皇は既にア)を受く、恐らくは高辛の我に先んぜんことを。

遠集(いた)らんと欲するも止まる所無し、聊か浮游して以て逍遥せん。

少康の未だ家せざるに及び、有虞の二姚を留めん。

理弱くして媒拙く、導言の固からざるを恐る。

時溷濁して賢を嫉み、好んで美を蔽いて悪をイ)ぐ。

閨中既に以て4)スイエンなり、哲王又ウ)らず。

朕が情を懐きて発せず、余焉くんぞ能く忍びて此と5)シュウコせん。

1)エンケン=偃蹇。建物などががっちりしているさま。人間であれば、おごり高ぶるさまを言います。「偃」は「ふせる」「たおれる」「やすめる」の訓があり要注意です。偃臥(エンガ=横になって寝る)、偃月(エンゲツ=半月にならない細い月のこと)、偃月刀(エンゲツトウ=中国古代の武器、薙刀に似ている)、偃甲(エンコウ=戦争をやめること)、偃仰(エンコウ、エンギョウ=時勢に従い運がよくなったり、悪くなって衰えたりすること)、偃然(エンゼン=身を横たえて休息するさま)、偃草(エンソウ=風が草を靡かせ倒す)、偃息(エンソク=物事が終わりになる)、偃武修文(エンブシュウブン=武器を仕舞って教育を盛んにする)、偃兵(エンペイ=戦争をやめること)=偃戈(エンカ)、突怒偃蹇(トツドエンケン=岩がごつごつと突き出た様子を人がおごり高ぶったさまに喩えた言い方)。

2)チン=鴆。羽毛と肉に猛毒を持つとされる鳥の名。その羽をひたすと毒酒になり、飲むと死ぬという。鴆毒(チンドク=鴆の羽を酒にひたしてつくった毒薬、ひどい害悪に喩える)、鴆殺(チンサツ=鴆の毒で毒殺する)、鴆酒(チンシュ=鴆の羽を浸した毒酒)、鴆媒(チンバイ=人を陥れること、鴆鳥の媒酌ということから)。

3)コギ=狐疑。キツネが疑り深いように、ためらって物事をきめかねること。狐疑逡巡(コギシュンジュン)なら浮かびやすいですが、「コギ」だけで想起できるようにしましょう。狐媚(コビ=うまくとりいって人にこびへつらう、女性が男性を誑かすこと)、狐狸(コリ=キツネ、こそこそ悪事を働くもの)、狐狼(コロウ=キツネとオオカミ、ずるがしこく、人を殺したり、だましたりする者のたとえ)。

4)スイエン=邃遠。ふかくてとおい。「邃い」は「ふかい」。幽邃(ユウスイ=おくぶかい)、邃宇(スイウ=大邸宅)、邃暁(スイギョウ=通暁している)、邃古(スイコ=おおむかし)、邃密(スイミツ=屋敷などが奥深くて静かである)、邃冥(スイメイ=奥深く暗い)。

5)シュウコ=終古。年月のきわまりないこと。はてしないこと、永遠。

ア)詒=おくりもの。「賻、贐、餽、饋、齎、贈物」はみな「おくりもの」。

イ)称ぐ=あ・ぐ。もちあげる。たたえること。称頌(ショショウ=ほめたたえる)、称道(ショウドウ=ほめていう、ほめたたえる)、称揚(ショウヨウ)ともいう。

ウ寤らず=さと・らず。「寤る」は「さとる」。はっきりと気付く。音読みは「ゴ」。「さめる」の訓みもある。寤言(ゴゲン=ねむりからさめてひとりごとをいう)、寤生(ゴセイ=逆子)、寤歎(ゴタン=目覚めて溜息をつく)、寤寐(ゴビ=目覚めることと、眠ること、寝ても覚めても)、寤寐思服(ゴビシフク=ねてもさめてもわすれないこと)、寤夢(ゴム=昼の出来事を、その夜、夢に見ること)。

下界に戻ってまず目に入ったのが、玉を鏤めた台。かなりの高さです。そこには絶世の美女がいます。「鴆」を仲人に求愛の申し込みを頼むものの、「あの娘はあなたにはふさわしくない」と諫められる。それでは別の女を、とあれこれ物色するのですが悉く「粗」が見えてしまい、思うような相手と見定めることができなくなります。意中の美女の閨は奥深くとても近づくことができない。明哲の君主もまっとうなことをお悟りにはならない。このわたしの真情を胸に抱いたまま誰にも申し述べることができず、どうしてここにいて耐えられようか。ありゃりゃ、またまた袋小路に陥る屈原でした。

天界の女か?外科医、もとい下界の女か?=屈原「離騒経」11

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の11回目です。同書によると、第九段は「天界で神女を探すが得られず、下界に戻って伝説の美女を求めて回るが、うまく行かない」。ん?屈原は美女を探しに天界にやって来たんでしたっけか?

朝に吾将に白水を済り、閬風(ロウフウ=崑崙山の頂にある山の名、仙人が住むという)に登りて馬をア)がんとす。

忽ち反顧して以て1)リュウテイし、高丘の女無きを哀しむ。

溘ち吾此の春宮に遊び、2)ケイシを折りて以て佩に継ぐ。

栄華の未だ落ちざるに及び、下女のイ)る可きをウ)ん。

吾豊隆(ホウリュウ=雲をつかさどる神、雲師とも)をして雲に乗り、宓妃(フクヒ=古代伝説上の皇帝、伏羲の娘、洛水に身を投げて死に、水神になったという)の在る所を求めしむ。

佩纕(ハイジョウ=飾り帯)を解いて以て言を結び、吾蹇脩(ケンシュウ=太古伝説上の人名、伏羲氏の家来、男女の仲をとりもつのに巧みであったという)をして以て理を為さしむ。

紛総総として其れ離合し、忽ち緯「糸+畫」(イカク=異なりそむくこと)して其れ遷り難し。

夕べに帰りて窮石にエ)り、朝に髪を洧(イ=古代の川の名)盤に濯う。

厥の美を保ちて以て3)キョウゴウし、日々に康娯して以て淫遊す。

信に美なりと雖も礼無し、来れ違棄して改め求めん。

覧て四極を相観し、天に周流して余及ち下る。

1)リュウテイ=流涕。涙を流して泣くこと。「涕」は「なみだ」。涕泣(テイキュウ=涙を流して泣く)、涕泗(テイシ=たれるなみだと鼻水、涕洟=テイイ=)、涕涙(テイルイ=流れ落ちるなみだ)、涕零(テイレイ=なみだをこぼす)。

2)ケイシ=瓊枝。玉の実がなるという珍木。「瓊」は「たま」とも訓む。倭訓では「ぬ」とも。瓊筵(ケイエン=はなやかな宴会、瓊席=ケイセキ=、瓊座=ケイザ=)、瓊音(ケイオン、ぬなと=宝玉の鳴る音、玉のような清らかな声)、瓊瑰(ケイカイ=りっぱな贈り物)、瓊玖(ケイキュウ=美しいおび玉)、瓊姿(ケイシ=玉のように美しい姿)、瓊樹(ケイジュ=崑崙山の西にある、玉の成る木)、瓊觴(ケイショウ=玉で作った杯、瓊杯=ケイハイ=、瓊草(ケイソウ=玉のように美しい、よいかおりのする草)、瓊葩(ケイハ=玉のように美しい花)、瓊瑶(ケイヨウ=人からの贈り物、詩文、手紙などの尊称)、瓊林(ケイリン=玉のように美しく雪の積もった林)。四字熟語がとても多くあります。瓊林之宴(ケイリンのうたげ=清代、会試に合格した者をもてなす宴会)、瓊楼玉宇(ケイロウギョクウ=月の中にあるという美しい御殿)、瑶林瓊樹(ヨウリンケイジュ=人品が卑しくなく高潔で、人並み外れてすぐれていること)、瓊枝玉葉(ケイシギョクヨウ=天子の一門のこと)、瓊枝栴檀(ケイシセンダン=有徳の人の形容、また、素晴らしい詩文のたとえ)、瓊宮瑶台(ケイキュウヨウダイ=玉で飾った美しい宮殿)。

3)キョウゴウ=驕傲。おごりたかぶって勝手なさま。「驕」も「傲」も「おごる」。驕敖、驕慠とも書く。

ア)緤がん=つな・がん。「緤ぐ」は「つなぐ」。「紲」が本字です。「きずな」とも訓む。縲緤(ルイセツ=やっかいな束縛)。

イ)詒る=おく・る。音読みは「イ」。詒謀(イボウ=子孫のためによいはかりごとをのこす、詩経大河の文王有声の「詒厥孫謀、以燕翼子」から、貽謀=イボウ=とも)。「あざむく」との訓もあるが、この場合の音は「タイ、ダイ」。

ウ)相ん=み・ん。「相る」は「みる」。やや特殊な表外訓み。人間を対象としてその人相をみる。

エ)次り=やど・り。「次る」は「やどる」。表外訓み。旅の間に一日だけ泊る。旅次(リョジ=宿屋、旅の途上)。

夜が明けてふと屈原は来し方を振り返ります。すると、この高丘の地に理想の女神がいないことに気付き涙が溢れ落ちました。もちろん、女神というのは比喩的な表現であって、屈原を理解してくれる存在を象徴しているのでしょう。わざわざ馬車を馳せてやってきたものの、門番からは無視されてしまう始末。怒りに震えることも忘れて哀しさが襲いかかります。今度は、再び下界を目指して、美女を探すこととしよう。まぁ、変わり身というか切り替えの御早いこと。。。。ここで少し矛盾なんですが、下界に降りようと決心したのに、仲立ちを頼んで宓妃に求婚の申し入れをさせます。しかしながら、やはり屈原は幻滅を感じてしまいます。美しいことはこの上ないのですが、遊び耽って礼節に欠ける。こんな軽い女は棄ててしまえ。やはり、下界だ。下界でいい女を探すぞ~~。って、寧ろ屈原の方が軽くないですかねぇ。。。というか、屈原の行動がますます読めなくなってきましたわ。錯乱かぁ?

閶闔に倚門するばかりの帝閽の意地悪=屈原「離騒経」10

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の10回目です。「天界へと飛翔したが、天の宮殿の門番は門を開けてくれない」という第八段の後半です。


望舒(ボウジョ)を前にして先駆せしめ、飛廉(ヒレン)を後にして1)ホンゾクせしむ。

2)ランコウ余が為に先ず戒め、雷師(ライシ)余に告ぐるに未だ具わらざるを以てす。

吾鳳凰をして飛騰せしめ、又之に継ぐに日夜を以てす。

3)ヒョウフウア)まりて其れ相離れ、4)ウンゲイをイ)いて来り御(むか)う。

紛総総として其れ離合し、斑陸離として其れ上下す。

吾帝閽(コン=天宮の門衛)をして関を開かしめんとすれば、閶闔(ショウコウ=天門)に倚りて予を望むのみ。

時は5)アイアイとして其れ将に罷(きわ)まらんとし、幽蘭を結んで延佇す。

世ウ)溷濁して分かたず、好んで美を蔽いて嫉妬す。


1)ホンゾク=奔属。走り後ろから付いてこさせること。跟随、追随。やや難語です。「望舒」(ボウジョ=月の御者)に「先駆」(先に走らせる)させて、「飛廉」(ヒレン=風神)を後ろに従えて走るという意味。

2)ランコウ=鸞皇。ランとオオトリ。瑞鳥の代名詞。「戒める」はここでは、「蹕、さきばらいをすること」。このあとの「雷師」(ライシ)は雷神。

3)ヒョウフウ=飄風。つむじかぜ。「飄」の一字で「つむじかぜ」。飆風もありか。

4)ウンゲイ=雲霓。くもやにじ。いずれも雨が降る前兆。「霓」は「(雌の)にじ」。霓裳羽衣(ゲイショウウイ=にじのようじうつくしい裳。玄宗皇帝の楽曲名)、霓旌(ゲイセイ=天子の儀仗の旗)。

5)アイアイ=曖曖。薄暗いさま、はっきりしないさま。「曖」は「くらい」とも訓む。曖昧模糊(アイマイモコ=はっきりしないさま)。藹藹も「アイアイ」ですが、こちらは「元気いっぱいであるさま、草木がこんもりと茂るさま、雲がたなびくさま、穏やかなさま」。後ろにある「罷まらん」とか「幽蘭」などの文意から判断するしかないでしょう。

ア)屯まり=あつ・まり。「屯まる」は「あつまる」。やや特殊な表外訓み。たむろする。ずっしりとむらがること。音読みは「トン」。「チュン」と読めば「下に閊えて出きらない、行き悩む」の意。

イ)帥いて=ひき・いて。「帥いる」は「ひきいる」。表外訓み。大勢の先頭に立って指揮をすること。

ウ)溷濁=コンダク。にごる、けがれる。また、にごり、世の中の乱れ。「溷」は「にごり、にごる、みだれ、みだれる」の訓みがあり。溷淆(コンコウ=入り乱れる、溷肴=コンコウ=)、溷廁(コンシ=便所、かわや)。

「紛総総として其れ離合し、斑陸離として其れ上下す。」は面白い対句表現ですね。天界に向かって車に乗って飛び進んでいる屈原。雲や虹が入り乱れて群がったかと思うと離れ離れになり、まだらになったところではきらきら輝きを放ち上に行ったかと思うと下に降りてくる。スピード感に溢れる表現で、この「離騒経」が美文である所以とも言えるでしょう。心躍らせる屈原の真情がにじみ出ています。

ところが、やっとの思いで到達した天界の入り口である宮殿の門だというのに、門番は閂を開けてくれない。なぜなのか?薄暗く暮れ果てる門を前にして、空しく立ちつくす屈原です。手にはかすかに香る蘭の花。ああ、ここでも世の中は乱れて腐っているのか。わたしの美徳は覆い隠され、嫉み妬みに遭うばかりではないか。。。

目指す天界で何を展開?=屈原「離騒経」9

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の9回目です。同書によると、第八段は「天界へと飛翔したが、天の宮殿の門番は門を開けてくれない」。今回はその前半。古の帝、舜のもとへ時空游泳した屈原ですが、今度は突然天界に馳せます。心の中の「蟠り」が払拭できずにあっちふらふら、こっちふらふら。。。天界の風景にふさわしい語彙が目白押しで登場します。

1)ヒザマズきア)衽を敷きて以て辞を陳べ、イ)として吾既に此の中正を得たり。

玉虯(ギョクキュウ=みずち)を駟として以て鷖(エイ=鳳凰に似たかもめ)に乗り、溘ち風に埃して余上り征く。

朝に軔(ジン=くるまどめ)を2)ソウゴに発し、夕に余3)ケンポに至る。

少く此の霊瑣に留まらんと欲すれば、日は忽忽として其れ将に暮れんとす。

吾羲和(ギカ=太陽の車の御者)をして節をウ)め、崦「山+茲」(エンジ=太陽の沈む西方にある山の名)を望んで迫ること勿からしむ。

路は漫漫として其れ脩遠なり、吾将に上下して4)キュウサクせんとす。

余が馬に咸池(カンチ=太陽が水浴びをするという天上の池)に飲(みずか)い、余がエ)を扶桑に結ぶ。

若木を折りて以て日を払(う)ち、聊か4)シュユして以てオ)相羊す。

1)ヒザマズき=跪き。ひざまずく。かしこまったときの作法。「跪」は音読みは「キ」。跪座(キザ=ひざまずいてももをまっすぐにたててすわる)、跪謝(キシャ=ひざまずいて感謝・謝罪をする)、跪拝(キハイ=ひざまずいておがむ)、跪伏(キフク=ひざまずいてふしかがむ)。

2)ソウゴ=蒼梧。山の名前。現在の湖南省藍山県にある。九嶷山ともいう。中国古代、舜帝が南へ視察に訪れここで死んだとされる場所。

3)ケンポ=県圃。崑崙山の頂上の、仙人が住むとされた場所。懸圃ともいう。

4)キュウサク=求索。さがしもとめる。「索」も「もとめる」。

5)シュユ=須臾。ほんの短い間。ごくわずかの時間がたって。これまで何度も出てきた言葉で、本番でも何度も出題されています。

ア)衽=ジン。「しとね」とも訓む。柔らかい寝床のこと。衽席(ジンセキ=寝間、寝所)。「衽」は「えり、おくみ」の訓もあり要注意です。「ニン」ではない点に留意しましょう。左衽(サジン=左の襟を内に入れる、不作法)。

イ)耿として=コウとして。目の奥がちかちかとして不安なさま。耿耿(コウコウ)とも。今回は読み問題で出題しましたが、書き取り問題でも要注意。

ウ)弭め=や・め。「弭める」は「やめる」。そこまでで終わりにすること。音読みは「ビ」と難しい。「ゆはず」の訓もある。弭兵(ビヘイ=戦争をやめる、類義語は「偃武(エンブ)」)、弭忘(ビボウ=忘れること、思考停止状態、忘却の彼方)。

エ)轡=くつわ。馬の口に含ませた、手綱を取り付ける道具。くつばみ。「たづな」の訓みもある。音読みは「ヒ」と是も難しい。轡銜(ヒカン=たづなと、くつわ、制御する道具、轡勒=ヒロク=)、轡頭(ヒトウ=たづな)。「轡を扶桑に結ぶ」とは「扶桑の木に馬を繋ぎ止める」。

オ)相羊=ショウヨウ。さまようさま。逍遥と同義で音も同じ。さまよえる子羊のイメージで。相佯とも書く。「ソウヨウ」ではないので要注意。

帝舜重華の霊廟にひざまずき礼拝してわが志を述べると、中庸至正の道をはっきりと悟った心地がした。。。。はずなのですが、忽ち今度は展開を目指して駆けあがります。蒼梧の野原から崑崙山の懸圃に一直線。日が暮れなんとする折柄、ゆっくりと歩みを進めて行きます。屈原が目指す天界とは。。。そして、彼は何をどうしたいのか?やや錯乱状態か?行動に一貫性が無くなってきます。思いつくまま、西へ東へといった感じでしょうか。躁鬱?現代人を苛む病気が、古くは屈原にも襲いかかっていたのかもしれません。

問題にはしませんでしたが、「駟」(シ)は「四頭立ての馬車」のことで「駟不及舌」(シもしたにおよばず=綸言汗の如し、一度口にしたら取り返しがつかないから慎重に発言せよ)で頻出です。

穴の形を量らず「ほぞ」を入れる=屈原「離騒経」8

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の8回目です。「古代の聖天子である舜に向かい、いにしえの賢明な君主と暗愚な君主の事跡について問いただす」という第七段の後半です。屈原が理想に掲げる「皇帝と臣下の関係」を述べます。公平無私に尽きる。


賢を挙げて能に授け、1)ジョウボクを脩めて頗(かたむ)かず。

皇天は2)シア無く、人徳を覧て馬に輔を錯く。

夫れ維だ聖哲にして以て茂行あり、苟に此の下土を用うるを得。

前を瞻て後ろを顧み、人の計極を相観するに、

夫れ孰か義に非ずして用う可けん、孰か善に非ずして服す可けん。

余が身を阽(あや)うして死に危(ちか)ずくも、余が初めを覧て其れ猶未だ悔いず。

2)サクを量らずして枘(ゼイ=ほぞ、木材と木材をつなぐのに一方に穴をあけ一方に突起をつくるが、その突起部分)を正せば、固に前脩も以て葅醢(ソカイ=肉の塩漬け)にせらる。

ア)ねて3)キキョして余鬱邑し、朕が時の当たらざるを哀しむ。

茹(ジョケイ=やわらかい草)を攬りて以て涕をイ)えど、余が襟をウ)して浪浪たり。


1)ジョウボク=縄墨。すみなわ、転じて、規則。また、物事の標準。縄矩(ジョウク)、縄準(ジョウジュン)ともいう。

2)シア=私阿。依怙贔屓。「阿」は「おもねる」。

2)サク=鑿。木材と木材をつなぐ、その穴。円鑿方枘(エンサクホウゼイ=物事がうまくかみあわないことのたとえ)から。「のみ」とも。

3)キキョ=欷歔。すすり泣くこと。「欷」も「歔」も「すすりなく」。唏嘘でもOK。漢検本番でも頻出の一品です。

ア)曽ねて=かさ・ねて。やや特殊な訓み。「かさねて」は「塁ねて、套ねて、申ねて、畳ねて、累ねて、荐ねて、複ねて、褶ねて、襲ねて」もある。

イ)掩えど=ぬぐ・えど。「掩う」は「ぬぐう」。やや特殊な訓み。

ウ)霑して=うるお・して。「霑す」は「うるおす」。音読みは「テン」。霑体塗足(テンタイトソク=苦労して働くこと)、「うるおす」はほかに、「潤す、沾す、洽す、浹す、涵す、湿す、膏す」がある。均霑(キンテン=ひとしく恩恵を与える)、霑汗(テンカン=にじみ出た汗)、霑濡(テンジュ=びっしょり濡れる)、霑酔(テンスイ=全身にしみわたるほど酔う)、霑被(テンピ=恩恵を施す)、霑露(テンロ=つゆ、つゆに濡れる)。

屈原が舜帝に自らの理想をぶつけています。「才のある者を登用し、正しい基準で偏りなく治世する。公平無私に、徳のある者を選び出し天子とする。補佐役も付ける。道義に反する者が天下を治めるはずがなく、ほとんど死にかけもしたが、初志を顧みるといまなお後悔の念は一切ない。塩漬けされても仕方がない。穴の形を確かめずにほぞを削って入れようとしたのだが、形があっていなければ納まるべくもない。それが私と帝との運命だったのだから」。もう少し早く生まれたいたら。。。屈原は後悔に咽び泣くばかりです。拭っても拭っても涙はさめざめと止まるはずもありませんでした。。。

古の聖天子に名君と暗君の逕庭を問う=屈原「離騒経」7

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の7回目です。同書によると、第七段は「古代の聖天子である舜に向かい、いにしえの賢明な君主と暗愚な君主の事跡について問いただす」。自分の進む道を悟ったはずの屈原でしたが、完全には自信が持てないのか、むかしの皇帝に会いに“タイプスリップ”します。「臣下は帝に意見をしてはいけないのか?」。この疑問を氷解させるために舜を訪れたのです。冒頭部分の「茲」(ここ)とは、屈原が流されてしまったことを指しています。今回はその前半。

前聖に依りて節中せんとし、ア)として心に憑(いきどおり)りて茲に歴(いた)れり。

沅湘(ゲンショウ=沅水と湘水の二つの川)を済りて以て南征し、重華(舜帝の名)に就いて詞をイ)ぶ。

啓(夏帝の名)に九弁と九歌とあるも、夏康(夏の子の太康帝)娯しんで以て自ら縦にす。

難を顧みて以て後を図らず、五子用て家巷に失えり。

羿(ゲイ=夏の太康から王位を奪った)は淫遊して以てウ)に佚(ふけ)り、又好んで夫の封狐を射る。

固に乱流して其れ終わること鮮なし、浞(サク=宰相の寒浞、羿を殺し妻も奪った)は又夫の厥の家を貪る。

澆(ギョウ=寒浞の息子)は身にエ)強圉を被服し、欲を縦にして忍びず。

日々に1)コウゴして自ら忘れ、厥の首用て夫れ2)テンインせり。

夏桀の常に違える、乃ち遂に焉に殃に逢えり。

后辛の葅醢(ソカイ=肉の塩漬け)にする、殷宗用て長からず。

湯禹は儼にして3)シケイし、周は道を論じてオ)う莫し。


1)コウゴ=康娯。やすらかに楽しむ。交互、嚮後、槁梧、口語ではない。

2)テンイン=顚隕。さかさに落ちる。顚越(テンエツ)ともいう。「隕」は「おちる」「おとす」。隕越(インエツ=ころがり落ちる、深く願うあまり常識を失う)、隕穫(インカク=収穫を台無しにする)、隕首(インシュ=死ぬこと、こうべをおとす)、隕絶(インゼツ=人が死に絶える、国が滅びる)、隕墜(インツイ=ぼろぼろとおちる)、隕涕(インテイ=なみだがぼろぼろとこぼれる、隕泗=インシ=、隕涙=インルイ=)、隕命(インメイ=死ぬこと、隕身=インシン=)、隕零(インレイ=草木が萎れること、死ぬこと)。

3)シケイ=祗敬。ひたすらにつつしみ敬う。祗粛(シシュク)ともいう。「祗」は「うやまう」「つつしむ」とも訓む。「祇」は別字ですので要注意。「ただ」とも訓む。祗畏(シイ=つつしんで敬い、おそれる)、祗役(シエキ=つつしんで主君の命令に従う)、祗候(シコウ=身分の高い人のそばに仕える)、祗服(シフク=目上の人にうやうやしく従う)。

ア)喟として=キ・として。はあと息を出す。溜息をつくさま。喟然(キゼン)、喟焉(キエン)、喟爾(キジ)などで用いることが多い。書き取り問題でもいいかもしれません。前後の文脈から「キ」という音で、この漢字が浮かぶかどうかを問うてみたい。

イ)陳ぶ=の・ぶ。「陳べる」は「のべる」。表外訓み。展開して述べ連ねること。

ウ)畋=デン。狩り。「かり」とも訓む。部首と音符がともに「田」(デン)の変わり種。畋漁(デンギョ=漁をすること)。

エ)強圉=キョウギョ。強情で善を受け入れない。強禦ともいう。「圉」は「相手の行動をふさぎとめる」の意。「ひとや」「うまかい」とも詠む。圉圉(ギョギョ=苦しみ弱っているさま)、圉禁(ギョキン=ふさぎ止める)、圉師(ギョシ=馬の飼育係の長官、「周礼」の官職名)、圉人(ギョジン=うまかい、圉者=ギョシャ=、圉牧=ギョボク=)。

オ)差う=たが・う。異なること。同じにそろわないこと。表外訓み。

中国古代王朝が次から次と放蕩の限りを尽くしては交代していく状況を振り返る屈原。殷宗(インソウ)は、殷王朝の宗室で、これも長続きせずに次の周王朝に取って代わられました。ところが、湯禹(トウウ)とは殷の湯王や夏の禹王のことで、この二人の時代は謹厳で天を敬っていたという。そして、最後の周の文王・武王らは道義を尽して政治にも過ちがなかったと褒め称えています。それはしっかりした賢人を従えていたからなのだと屈原は考えるのです。第七段の続きは次回にて。。。屈原の理想とする「帝と臣下の関係」が見えてきます。

朱に交わり赤く染まらぬ弟を面罵する姉の愛=屈原「離騒経」6

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の6回目です。第六段は「姉から高潔にすぎる生き方を非難される」。この段では竟に厳しいお姉さんの登場です。心から弟のことを思い、「朱に交わり赤く染まれ」と面罵します。

女「須(の下に)+女」(ジョシュ=あね、古代楚の方言)の1)センエンたる、申申として其れ予をア)る。

曰く、鯀(コン=禹帝の父の名)は婞直(ケイチョク=剛情)にして以て身を亡ぼし、終然(結局は)として羽の野にイ)せり。

汝は何ぞ博謇にして脩を好み、紛として独り此の姱節(カセツ=美貌と節度)有るや。

薋(シ=ハマビシ、雑草名)菉(リョク=コブナグサ、雑草名)葹(シ=オナモミ、雑草名)を以て室を盈てるに、判として独り離れて服せざる。

衆は戸ごとに説く可からず、孰か云に余の中情を察せん。

世は並びにイ)りて朋を好む、夫れ何ぞ2)ケイドクにして予に聴かざる、と。

1)センエン=嬋媛。軽やかに身をくねらせるあでやかな女性の形容。「嬋」は「うつくしい」。嬋娟(センケン)、嬋姸(センケン)ともいう。

2)ケイドク=煢独。身寄りのない独り者。「煢」は「ひとりもの」とも訓む。煢煢(ケイケイ=孤独で頼る所のないさま)。いかにも漢検1級配当らしい漢字です。慣れましょう。

ア)詈る=ののし・る。けなすこと、悪口を言うこと。音読みは「リ」。詈辱(リジョク=ののしってはずかしめる)、罵詈(バリ=ののしること、罵詈雑言、罵詈讒謗)、悪口雑言。「ののしる」はほかに、「罵る、詬る」がある。

イ)夭せり=ヨウ・せり。早死にする、天寿を全うできなかった意。「夭」は「わかじに」とも訓む。夭枉(ヨウオウ=思いがけない事故で若死にする)、夭札(ヨウサツ=流行病で若死にする)、夭疾(ヨウシツ=若死にしたり病気になったりする)、夭寿(ヨウジュ=短命と長寿、殀寿)、夭殤(ヨウショウ=負傷や急病で若死にすること)、夭逝(ヨウセイ=若死に、夭折=ヨウセツ=、夭死=ヨウシ=、夭没=ヨウボツ=、夭歿=ヨウボツ=)。桃や草木の芽が出たばかりの若々しいさまを「夭夭」(ヨウヨウ)と言います。

ウ)挙りて=こぞ・りて。一斉に、一様に、ことごとく。「挙って」が一般的ですが「挙る」と動詞で言う場合もある。副詞用法と動詞の連用形用法のいずれもOK。


「申申」(シンシン)は「ながながと何度も徹底させるさま」。「博謇」(ハクケン)は「広博忠直、剛情なまでにすがるさま」。お姉さんは古の帝、禹とその父親である鯀の故事を引き合いに出してコンコンと説諭、いや、命令します。

「部屋の中が雑草でいっぱいであるならば、どうしてひとりだけぽつんと傍に寄らずにいるのですか?その雑草に塗れるように生きればいいではないですか。一人一人善人の家を回って「自分の本心はこうなんです」と説くなどということができますか?無理ですよね。周りのみんなが友達になって楽しくやっているのならば、あなただって交ればいい。ひとり超然として格好をつけている場合ですか?世の中から浮きまくっているのがお分かりではないのですか?」

姉の言葉遣いは丁寧ながらも辛辣でシニカルな含み満ちています。「弟よ、恰好をつけるでない!!」―。愛の叱咤でもありますね。弟の苦境を見かねた諫言であったでしょう。しかし、屈原は頑として聞き入れません。自分の進むべき道を見つけた男の胸には響かなかったようです。

擾わしい過去から解放され新天地へ=屈原「離騒経」5

中国の名文・美文を噛み締めるシリーズは、憂国の大詩人、屈原の「離騒経」(明治書院「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の5回目です。同書によると、第五段は「主君のもとに引き返そうかと思うが、自分の高潔な生き方を変えるべきではないと思い直す」。自分の生き方を貫き通して前に進むべきか、自分の生き方を曲げて帝の元へ戻るべきか――。心の葛藤と闘う屈原。人生を謳歌する方法は人それぞれで異なります。享楽的に生きるのもあり。屈原の場合は、まっすぐに進むことを「宗」としています。たとえこの身がバラバラにされようとも、己が間違っているなどとは決して認めないのである。

道を相(み)るの察(あきら)かならざるを悔い、ア)延佇して吾将に反らんとす。

朕が車を廻らして以て路に復り、1)コウメイの未だ遠からざるに及ばん。

余が馬をイ)蘭皐に歩ませ、椒丘に馳せて且くウ)に止息す。

進んで入れられずして以て尤めにエ)わば、退いて将に復た吾が初服を脩めんとす。

芰荷(キカ=菱と蓮の葉)を製して以て衣と為し、芙蓉を集めて以て裳と為す。

吾を知らざるも其れ亦已まん、オ)に余が情其れ信に芳し。

余が冠の2)キュウキュウたるを高くし、余が佩の3)リクリたるを長くす。

芳と沢と其れ4)ザツジュウし、唯だ昭質其れ猶お未だカ)虧けず。

忽ち反顧して以て目を游ばしめ、将に往きて四荒を観んとす。

佩は5)ヒンプンとして其れ繁飾し、芳は6)ヒヒとして其れ弥々章らかなり。

人生各々楽む所有り、余独り脩を好んで以て常と為す。

体解せらると雖も吾猶お未だ変ぜず、豈余が心の懲る可けんや。

1)コウメイ=行迷。行き迷う。孔明、公明、誥命、香茗、高冥、鴻名などではありません。簡単な漢字ですが馴染みのない熟語です。

2)キュウキュウ=岌岌。傾斜が急で高く聳えたさま。「岌い」は「たかい」。岌嶷(キュウギョク=山が高く聳えるさま、岌峨=キュウガ=)。

3)リクリ=陸離。きらきらと光が断続的に輝くさま。光彩陸離(コウサイリクリ)。

4)ザツジュウ=雑糅。入り混じる。玉石雑糅(ギョクセキザツジュウ=玉石混淆)、雑揉、雑蹂ともいう。雑錯(ザッサク)。「糅」は「かて」。混ぜるという意味で、「糅てて加えて」(か・ててくわ・えて)が決まり文句。糅飯(かてめし)。

5)ヒンプン=繽紛。乱れ飛ぶさま。「繽」は「びっしりとならぶさま」。落英繽紛(ラクエイヒンプン=「紛」を「粉」と間違えないように)。

6)ヒヒ=菲菲。雨や雪が乱れて降るさま。細かく入り乱れるさま。

ア)延佇=エンチョ。いつまでもたたずんでいる。延竚(エンチョ)とも。「佇」は「たたずむ」。訓み・読み両方とも注意。

イ)蘭皐=ランコウ。蘭の花が咲く水辺。「皐」は「さわ」。

ウ)焉に=ここ・に。空間を表す。訓み問題注意。

エ)離わば=あ・わば。「離う」は「あう」。「とりつかれる」。本作品のタイトル、「離騒」は「騒ぎにあう、とりつかれる」という意味。

オ)苟に=まこと・に。そのつど、ひとつひとつ。行為・動作に区切をつける意。

カ)虧けず=か・けず。「虧ける」は「か・ける」。音読みは「キ」。少なくなる、減る。虧盈(キエイ=みちかけ)、虧欠(キケツ=完全でないこと)、虧失(キシツ=かけてなくなる)、虧蝕(キショク=日食や月食、欠損)、虧膳(キゼン=ダイエット)、虧損(キソン=法令が不完全)、虧敗(キハイ=かけやぶれる)。

「離騒」とは「いらいらした憂いに取り憑かれること」。自分の歩んできた道がどこへ通じているのか身定めずに生きてきたが、いまはっきりとその意味を悟った屈原でした。高邁な理想を掲げて帝にお仕えしてきたのに、それが受け入れられず、遠ざけられてしまった。もはや、帝にすら媚びる必要はないと痛感します。もともと相性が悪かったのだと諦めるしかない。どこか遠い国へ行って、新しい帝を探そう。過去にはこだわらない。それが今後私の歩むべき道なのだから。。。。
profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。