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河豚と牡蠣 西施と楊貴妃の「乳」対決?=柏木如亭と梅堯臣の乙なコラボ

前回、梅堯臣の「河豚」の猛毒をユーモアたっぷりに詠んだ詩をご紹介しましたが、我が親愛なる柏木如亭のグルメ本「詩本草」にも「河豚」の段があったのを思い出しました。その中に、なんと梅堯臣の詩を踏まえたくだりがあります。弊blogが昨年の初期のころに連載した「詩本草シリーズ」(Category「漢詩・柏木如亭」の欄を参照)では採り上げていませんでしたので、改めて「詩本草」(揖斐高校註、岩波文庫)から引用いたします。

「32 河豚」

河豚、美にして人を殺す。一に西施乳と名づく。又た、猶ほこれ江揺柱の西施舌と名づけ、蠣房の太真乳と名づくるがごとし。皆な佳艶の称なり。関東、賞するに冬月を以てす。余が「雪園の蘿菔、自づから甘美。春洲、荻芽を生ずるを待たず」の句有る所以なり。梁蛻巌先生の集中に七古一篇有り。妙、梅聖兪が五古に減ぜず。周紫芝が「平生欠く所惟だ一死。更に杯中鏌鎁を論ず可けんや」といふに至つては、先づ吾が心を得る者と謂ひつ可し。

この中の「梅聖兪が五古」(五古=五言古詩)が前回紹介した梅堯臣の詩を指しているのです。如亭によると、梁田蛻巌(やなだぜいがん、1672~1757)も河豚のことを「七古」(七言古詩)に詠んでおり、この梅堯臣の詩と遜色なく優れていると言っています。蛻巌の詩文集に「蛻巌集」というのがあるそうですが、揖斐氏の解説によれば「河豚を主題とした七言古詩は見出せない」とあり、「おそらく、秋山玉山(1702~1763)の『玉山先生詩集』巻二に七言古詩(実は五言や十言の句も交えた雑言古詩)として収める『河豚行、戯れに岡士騏に示す』ではなかったかと思われる」とあります。どうやら、蛻巌と玉山は活動時期が重なっており、併称される詩人であったことから、「如亭がうろ覚えで勘違いしたもの」(揖斐氏)のようです。

ちなみに、その玉山の漢詩文の一節というのは、

死を視ること西施の乳よりも甜し
寒冬十月雪は花と作る
虎斑の豚魚味方に美なり
酔ひて西施を将て人腹に葬る


確かに如亭の記述と符合する内容です。

さて、如亭の詩本草に戻りますが「西施乳」とはいかにもエロティックな表現ですな。中国明代の薬学著作である「本草綱目」(巻44・河豚)によると、「時珍曰く、腹下白くして光らず。……彼の人、春月甚しくこれを珍貴とす。尤もその腹のなるを重んじ、呼びて西施乳と為す」とあり、中国の河豚の異称だとの解説が見えます。弊blogでも中国四大美女の一人でもある彼女のことはこれまで何度か採り上げてきました。春秋戦国時代、呉王夫差が越王勾践から献じられた西施の美貌に迷い、身を亡ぼした故事を踏まえている。

梅堯臣の詩にも出てきた「庖煎苟も所を失すれば 喉に入りて鏌鎁と為る」の「鏌鎁」(バクヤ=莫邪)も呉の国の「名剣」です。西施や鏌鎁など呉の故事成語に引っ掛けているのです。如亭の詩本草の終盤に出てくる周紫芝(北宋の官僚詩人)の「平生欠く所惟だ一死。更に杯中鏌鎁を論ず可けんや」もそうで、梅堯臣にせよ、柏木如亭にせよ、お洒落な詩人たちです。

河豚とは話がずれますが、前半部分に出てくる「江揺柱」(コウヨウチュウ)というのは「たいらぎ貝」の漢名のことで、これも西施を捩り「西施舌」との別称があると如亭は言います。そして、続けて「太真乳」(タイシンニュウ)までもが登場します。「太真」は覚えていますか?ヒントは長恨歌ですよ。そうそう、玄宗皇帝の嬖り、楊貴妃のことですね。彼女も中国四大美女の一人です。彼女の乳が「蠣房」、つまり「牡蠣」の異称であるというのです。西施と楊貴妃という絶世の美女の「乳」のバトルですよ。想像してみてください。壮観ですな~。エロいですな~。如亭も「佳艶之称」と表現し、自分で言っておいてその色っぽさに酔い、舞い上がっているかのようです。

如亭の詠んだ詩は「木工集」に収められています。

天下無双西子乳
百銭買ひ得て貧家に入る
雪園の蘿蔔自ら甘美
春洲 荻芽を生ずるを待たず


蘿蔔は「ダイコン」のこと。春の七草にある「スズシロ」は「蘿蔔」と書き、ダイコンのことを指しています。詩本草では「蘿菔」となっています。「当時の河豚のもっとも一般的な料理方法は、味噌仕立ての『ふくと汁』。ここはその汁の実としてダイコンを一緒に入れたのであろう」と揖斐氏が解説しています。

一方、「中国の江南地方では、暮春に水辺に生えるオギの新芽を取り合わせて河豚の羹を調理し、嘗味した」とある。梅堯臣の五言古詩は実は、冒頭の一節に「春洲 荻芽を生ず、春岸 楊花を飛ばす」となっています(前回紹介したのは抜萃です)。如亭の詩は明らかにこれを踏まえています。「日本では河豚の旬が冬で、江南のように春ではないことを、取り合わせの蔬菜の違いで表現した」という。唐詩に傾倒していた如亭ですが、宋代初期の梅堯臣にも一目置いていたようです。

最後まで絮いのですが、梅堯臣の盟友である欧陽脩が「六一詩話」で梅堯臣の詩を取り上げて「河豚常に春暮に出でて水上に群遊す。を食ひて肥ゆ。南人多く荻芽と羹に為す。最も美と云ふ」と紹介していることが揖斐氏の解説に見えます。中国南部地方の名物である河豚。春が旬なんですね。

本日は、河豚を通じた梅堯臣と柏木如亭のコラボレーションでした。漢字問題はなし。。。偶にはいいっしょ。。。ダメ?。。。という声なき声にお応えしましょう。んじゃあ、
本日登場した以下の漢字を読んでください。

●腴(訓)

●絮(訓)

●荻芽(音)





(答え)

=ゆたか。

 豊かに肥えているさま。音読みは「ユ」。膏腴(コウユ=地味が肥えている)。

=わた。

柳の花のわたげ。音読みは「ジョ」。柳絮(リュウジョ=やなぎのわた)、蘆絮(ロジョ=あしのわた)、絮語(ジョゴ=くどくど語る、絮説=ジョセツ=)、絮(ジョコウ=わた、絮綿=ジョメン=)、絮雪(ジョセツ=白雪のように飛ぶ柳の花)、絮煩(ジョハン=くどくどしい、わずらわしい)、絮飛(ジョヒ=白雪のような柳の花が飛んでいるさま)。

=テキガ。

 おぎの芽。荻花(テキカ=おぎの花)、荻洲(テキシュウ=おぎの生えている川のす)、荻浦(テキホ=おぎの生えている水辺)。
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「案」は「つくえ」、上も下もあります=「如亭山人遺藁・巻二」が終了

姑くお休みしていましたが再開です。ご心配なくちゃんと生きていますよ(笑)。柏木如亭の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)シリーズは最終盤で足踏みしておりますが、あと一息。本日は「木百年に逢ふ」から。

この木百年(ボクヒャクネン、1768~1821)とは、信州中野(現在の長野県中野市)の晩晴吟社における如亭の門人です。師の如亭と同様に故郷を離れて游歴の詩人になっていました。三枝氏。木は修姓、百年は号。名は寿。

老来 事事尽く1)テンキョウ
但だ吟詩の肯へて忘れざる有り
六十の2)シュビ 点白無し
笑ふ ア)の四十の髩の霜の如きを

1)「テンキョウ」

=顚狂。勝手気ままで拘束を受けないさま。「顚」は「気が狂って正気でない、また、そのようになる病気」。「たおれる」「たおす」「くつがえる」とも訓みます。「いただき」とも。顚殞(テンイン=さかさに落ちる=顚越テンエツ・顚隕テンイン)、顚蹶(テンケツ=困難に逢い苦しむ=顚跌テンテツ・顚躓テンチ)、顚実(テンジツ=気力を体中に満たす)、顚墜(テンツイ=失敗し亡びる)、顚顚(テンテン=あわててうろたえる)、顚狽(テンバイ=うろたえること)、顚沛(テンパイ=咄嗟→造次顚沛ゾウジテンパイは必須四字熟語)、顚風(テンプウ=突風、逆風)、顚頓(テントン=さかさにころげおちる=顚仆テンフ)、顚末(テンマツ=一部始終)、顚毛(テンモウ=頭髪)、顚連(テンレン=もつれて処理できない)。

2)「シュビ」

=鬚眉。既出です。鬚と眉(ひげとまゆげ)。これが「点白無し」というのですから、点々と白くなっていない黒々としている。若いということを強調しています。これは如亭自身のことを諧謔的に言っています。60歳というのは概算です。このとき如亭は53歳。

ア)「佗」

=タ。かれ、ほかの、よそもの。三人称の代名詞です。「侘」と似ているので区別に注意しましょう。でも、佗も侘も1級配当漢字で意味は「わび」「わびる」「わびしい」。ただし、佗は侘の誤用だという解説が見えます。侘び茶(わびちゃ)、侘び住まい(わびずまい)、侘助(わびすけ)はいずれも「侘」です。この場合の「佗」は弟子の木百年を指しています。まだ40歳(実際には48歳)だというのに奴の髪の毛は真っ白だね。師匠の俺の方がずいぶんと若いぞ、はっはっは~。

続いて「除夕」。これは「巻二」の掉尾を飾っています。「除夕」とは除夜、一年の最後、つまり大晦日の夜のことです。

客と作りて山村3)ガイジ無し
一詩一画 筆頻りに4)
春来りて意有るは我に於いてするに非ず
歳去りて情無きは只だ佗にイ)
樹冷やかにして分たず 梅の折るべきを
泉芳しくして且つ喜ぶ 墨の磨るに堪へたるを
5)アントウの新暦 除夜を知る
始めて省す 光陰の容易に過ぐることを

3)「ガイジ」

=外事。世間のことがら、俗事。孩児、外字、外耳ではないので注意してください。

4)「カす」

=呵す。息を吹きかける。既出ですね。「呵筆」(カヒツ)で寒気で凍った筆に息を吹きかけて解かすこと。

5)「アントウ」

=案頭。机の上。「案」は「つくえ」。案上ともいう。当然ながら「案下」(アンカ)は机の下、手紙の宛名のわきに書く敬語(几下)。案几(アンキ=つくえ)、案牘(アントク=取り調べが必要な書類や手紙)、案撫(アンブ=なでいたわる=按撫)。

イ)「聴す」

=まか・す。「ゆるす」でもよさそうですが、ここは「まかす」。

「新暦」とは新年の暦のこと。大晦日に「ああまた一年が終わったんだな。時間が経過するのは早いことよ」と嘆息する如亭です。この詩は律詩。頷聯、頸聯はそれぞれ対句を形成しています。頷聯では、春が来て意欲があるのはわたしが燃えているのではない、一年が過ぎて感ずる心がないのはかれがするにまかせるしかない。頸聯では。梅の木はまだ冷たくて花を咲かすには早すぎる、泉は凄烈にして墨をするにはちょうどいい。
一年中、あちこちを遍歴して振り返るとあっという間だった。除夜の鐘がご~ん。。。自分の残りの人生が短いことを悟っていたのかもしれませんね。


以上で「巻二」は終了です。

敲金撃石、疾風勁草、門巷塡隘は基本四字熟語か=如亭山人遺藁

本日の「如亭山人遺藁」は二首。

まずは「ア)杪冬、久天錫が斎に寓す。山中、雪漸く深し」から。

久天錫とは久須美祐之という人のこと。久は修姓、天錫は字か。号は逸翁。慶応初年に七十七歳で死去。越後三島郡小島谷の出で、家は代々高田藩の代官を勤めた豪家。書斎を住雲書家と号し、如亭のほか亀田鵬斎や大窪詩仏ら多くの文人たちが立ち寄った。雪深い季節のことの風景です。

満窓の積雪 イ)書堆に映ず
1)シャリに頭を埋めて暖の回るを待つ
一望2)ヘイテンす 門外の路
妨げず 更に幾重を打し来るを

1)「シャリ」

這裏。このうち、この辺り。ここでは、久天錫の書斎「住雲書家」をいう。「這」は「この、これ」。宋代以後広まった、禅家から生まれた言葉のようです。這般、這箇、這人。「回る」は「めぐ・る」と訓んでおきたい。

2)「ヘイテン」

平塡。(雪によって)平たく埋め尽くされているさまをいう。やや難問。弊店、閉店くらいしか浮かばんですよなぁ。「塡」は「チン」とも読む。訓読みは「うずめる」「うずまる」「はまる」「はめる」。門巷塡隘(モンコウテンアイ=人々が多く集まる形容)、塡撫(チンブ=鎮撫)、「塡咽」(テンエツ=門巷塡隘)、塡詞(テンシ=新しい型の歌曲)、塡字(テンジ=空欄を埋めよ)、塡湊(テンソウ=門巷塡隘)、塡塡(テンテン、チンチン=雷がごろごろ鳴るさま)。

ア)「杪冬」

ビョウトウ。晩冬。陰暦十二月の別称。「杪」は「すえ」「こずえ」「おわり」とも訓む。ほかに杪秋(ビョウシュウ=秋の終わり)、杪春(ビョウシュン=春の終わり)はあるものの、杪夏だけはどうやらないようです。「杪」にある「うら寒いイメージ」のせいでしょうか?歳之杪(サイノビョウ)は年末大晦。

イ)「書堆」

ショタイ。積み重なった書物の山。「堆」は「うずたかい」。

最後の一句は、さらに雪を幾重にも降り積もらせるということ。

続いて「雪竹」。

勁節何ぞ愁へん 人の知らざるを
3)コウキン ウ)戛玉 只だ心に期す
言ふを休めよ 雪裏長く首をエ)るると
自づから清風の喚び起こす時有り

3)「コウキン」

敲金。金属を打ち叩くこと。清澄な音を発することをいう。ここでは風に吹かれた時の竹の葉ずれの音を譬えている。「敲」は「たたく」。四字熟語に「敲金撃石」(コウキンゲキセキ=詩文の美しい響きやリズムのたとえ)があるのでしっかりと押さえておきましょう。敲金戛玉ともいう。敲朴(コウボク=むちで罪人を打つ)、敲門(コウモン=叩門)、敲氷求火(コウヒョウスイカ=見当違い、お門違い、縁木求魚)。

ウ)「戛玉」

カツギョク。玉を打ち叩くこと。こちらもいい音がする。「戛」は、武器、金属、石など、かたい物を打ち当てる、また、その際に発するかちかちという音。戛戛、戛然。戛戛には食い違うという意味もあります。

エ)「低るる」

・るる。たれること。表外訓みです。

第一句の「勁節」(ケイセツ)は堅牢な竹の節のこと。転じて、堅固な節操。「勁」は「つよい」。疾風勁草(シップウケイソウ=節操の難い人物)は基本四字熟語です。勁悍(ケイカン=つよくて荒々しい=勁捍)、勁士(ケイシ=芯の通った人)、勁疾(ケイシツ=つよくて素早い=勁捷)、勁秋(ケイシュウ=霜の厳しい秋)、勁駿(ケイシュン=書画、文章などの勢いがつよくすぐれていること)、勁箭(ケイセン=丈夫な強い矢=勁矢)、勁直(ケイチョク=剛直)、勁弩(ケイド=張りの強い石弓)、勁抜(ケイバツ=つよくて他に抜きんでている)、勁風(ケイフウ=つよい風)、勁兵(ケイヘイ=強い兵隊=勁卒)、勁旅(ケイリョ=つよい軍隊)、勁敵(ケイテキ=強敵)。
この一首は竹が雪の中でも存在感を放っていることを詠っています。誰が見ていようが見ていまいがお構いなしに立っている竹。寒かろうが風に吹かれる音は清澄そのもの。心が洗われ寒さなど忘れてしまう。雪の重みで撓むなどどうでもいいことだ。重たい雪を払って自ら起ちあがるのだ。清風勁雪。清風勁節。

「三杯」の酒で通じる大いなる道=如亭山人遺藁

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは、「原松洲に似す」「釧雲泉が画山水」「雲浦に遊び野天籟に答ふ」の三首をご紹介します。

まずは「原松洲に似す」。
原松洲(1776~1829)とは、名は簡。松洲は号。江戸の人。のち上毛高崎に塾を開いたが、文化九年(1812)に招かれて越後柏崎に移住し、塾舎十六堂(翠光軒)を開いて子弟に教授したという人物。越後逗留時代に親交があったのでしょう。「似す」は「しめす」で「見せる」の意。

一別 毛山 已に十1)ソウ
2)トウロ 雪ならんと欲して客途長し
誰か図らん 越海三杯の酒
千里重ねて逢ひて故郷を話せんとは

1)「ソウ」

。としつき。霜が降りる季節が一年を経てめぐってきたという意味で一年を指す言い方。星霜ともいう。星も一年でぐるりと一回りしますよね。中唐の詩人・賈島の「渡桑乾」に「客舎幷州已十霜,帰心日夜憶咸陽。無端更渡桑乾水,却望幷州是故郷」がある。
霜は「白」。霜鬚、霜鬢、霜眉は「ひげ、かみ、まゆ」がいずれも白くなったさま。

2)「トウロ」

頭顱。あたまのこと。顱の一字で「あたま」。既出です(ここ)。

第三句の「三杯の酒」は酔うに足る酒の量を言う。李白の「月下独酌其の二」に

天若不愛酒,酒星不在天。

地若不愛酒,地応無酒泉。

天地既愛酒,愛酒不愧天。

已聞清比聖,復道濁如賢。

賢聖既已飲,何必求神仙。

三杯通大道,一門合自然。

但得酒中趣,勿為醒者伝。

とあります。とにかく李白は酒好きで知られました。この中で「聖」と「賢」と出てきますが、「聖」は清酒のこと、「賢」は濁酒のことを指します。
下戸の如亭は李白がうらやましかったのかもしれませんね。


続いて「釧雲泉が画山水」。
釧雲泉(1759~1811)は、名は就。字は仲孚。雲泉は号。肥前島原の人。画家として各地を歴遊し、文化八年十一月十六日に越後出雲崎(現在の新潟県出雲崎町)で病没した。文化十二年十一月十六日に、出雲崎で雲泉の立碑追福画会が催されており、この詩はその折の作とみられる。「画山水」とは山水画のこと。

此の画有りてよりア)此の法無し
望みて知る 亡友の老雲泉なるを
憐れむべし 世上3)シンガン無く
了に生前をして銭にイ)らざらしむるを

3)「シンガン」

真眼。本物を見抜く目のこと。真贋、心眼、神龕、心願ではないので注意しましょう。世の中の連中の眼はみんな節穴だったということ。

ア)「来」

このかた。表外訓み。ある時点からのち、今まで。

イ)「直ら(ざらしむる)」

あた・ら。これも表外訓み。あたる。値する。値打ちがある。生きている間はお金になることはなかった。つまり、売れなかったということ。

最後は「雲浦に遊び野天籟に答ふ」。
「雲浦」は新潟県出雲崎。野天籟は野口天籟(1791~1842)。野は修姓、名は寛。字は仲猛。通称は七左衛門。号は天籟・竹外。出雲崎尼瀬の名主。日本海の海運に従事し、幕府の御用を勤めて御家人に列せられた。如亭に詩を学び、亀田鵬斎や巻菱湖らとも交遊があった。

曾て二十年前の客と為る
杯酒 4)キラ 殊に疎ならざりき
今日 5)ビンシ 重ねて一到
6)シガ僅かに試む 雪中の魚

4)「キラ」

綺羅。高価で華やかな絹の着物。ひっくり返して羅綺ともいう。「綺」は「あや」。狂言綺語を忘れずに。。。

5)「ビンシ」

髩糸鬢糸でも可。白髪が鬢の毛に混じること。杜牧の「鬢糸茶烟」はもう何度も登場していますね。

6)「シガ」

歯牙。歯で噛み締めること。滋賀、志賀ではないけれど平易ですよね。

二十年前に如亭は越後出雲崎で野天籟と邂逅し、お世話になっているようです。当時は杯酒、綺羅で饗してくれたけれど、其の後私も年を取りました。二十年ですからね。二十年ぶりですよ。でも、なんとかして美味しい新潟の魚だけは噛み切りたいものです。時の移り変わりともに己の老いを実感する如亭でした。

于公高門は親父の力?孱顔はお顔を洗うの?=如亭山人遺藁

本日は「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)の「画に題す」(文政十二年作)の後半六首です。まずは画の中では水墨画が最上だという如亭の自論を詩に詠んでいます。



水墨最も是れ上
何ぞ須ひん 5)サイショクを借ることを
吾が筆 一塵無く
吾が墨 五色有り

5)「サイショク」

采飾。彩色(色付け)を用いた装飾技法。意味的には彩色でも良さそうですが…。「采」は「いろどり」「あや」「もよう」。采薪之憂(採薪之憂)は「自分の病身をへりくだって言う語」(孟子・公下)。この場合は「采る」(とる)の意。采邑(サイユウ=領地)=采地。文采、雑采。采芹(サイキン=学校に入学すること)、采詩之官(サイシノカン=周代の官職名、民間の詩を採集した)、采女(サイジョ=女官)、采椽(サイテン=質素な建築用のクヌギのたるき)、采薇歌(サイビノウタ=伯夷叔斉が餓死する時に作った歌)。

この首は、画人・柏木如亭が、「彩色しない水墨画が最も優れている」という見解を示している点で非常に興味深いです。わたしの揮う筆には「一点の塵」も無く、その黒い墨は万物のもつ「青、赤、白、黒、黄の五色」を艶やかに表現できるのだ。色鮮やかな絵具などは要らぬ。魂を込めた筆があればいい。このblogもそうありたい。あれこれ飾りは要らない。一筆入魂です。



是れ6)キョウカンの路に似たり
山川数十程
憾む 歩を容るることの得難きを
一枕 7)ムチュウに行く

6)「キョウカン」

郷関。故郷のこと。盛唐の詩人、崔(サイコウ、704~754)の超有名な七言律詩に「黄鶴楼」というのがあり、この中の尾聯に「日暮郷関何処是、煙波江上使人愁」があります。

7)「ムチュウ」

夢中。夢の中とそのままです。一枕は「ひとたび眠りに就くこと」。

ふと気がつけば懐かしい故郷へ帰る道が続いているかのようだ。如亭は画を見てそう思います。「程」というのは「宿場と宿場の間の距離、道のりのこと」。数十もあるというのですから、遥か彼方。山を越え川を渡ってもまだまだ先の方だ。でも、画の中に入ってその道を行けば故郷に辿り着く。しかし、残念ながらそれは叶わないこと。せめて夢の中ででも故郷に帰ることにしよう。。。。望郷の念に駆られる如亭です。


三間 一峰にカ)
キ)涓涓たり 8)リガイの水
山雨時に来らんと欲し
冷雲 屋裏に飛ぶ

8)「リガイ」

籬外。垣根の外。既出(ここ)ですね。

カ)「靠る」

・る。よりかかる。「靠」は「もたれる」とも訓む。「よる」では「依る」「倚る」「旁る」「拠る」「憑る」「仍る」「仗る」「凭る」もある。

キ)「涓涓」

ケンケン。水が細く緩やかに流れているさま。「涓」は「しずく」。「ケン」か「エン」か迷うでしょう。涓滴岩を穿つ(ケンテキいわをうがつ)で何としてでも覚えましょう。涓埃(ケンアイ=一滴の水と一つのちり、わずかなもの)=涓塵(ケンジン)、涓潔(ケンケツ=清くてさっぱりしている)、涓人(ケンジン=宮中の清掃をつかさどり、取り次ぐ人)、涓流(ケンリュウ=細流)。

この一首は狭い廬での生活を詠っている。「三間」はわずか三室の粗末な家のこと。「屋裏」(オクリ)は室内。ここの冷雲が飛び込んでくるという。それくらい裏寒い廬だというのでしょう。


秋の山水を訪はんと欲するも
老人 唯だ寒をク)
如かず 9)イッシの筆の
自己ら画き来つて看んには

9)「イッシ」

一枝。筆一本。これも何度か登場(ここ)。

ク)「怕る」

おそ・る。おそれること。「おそれる」はほかに、懼れる、畏れる、兇れる、兢れる、凶れる、恂れる、恟れる、悚れる、悸れる、惧れる、惴れる、惶れる、愬れる、慄れる、慴れる、憺れる、懍れる、懾れる、歙れる、瞿れる、竦れる、聳れる。なぁ~に、おそれることはありませんよ。書き問題で出ることはないのですから。恐れるでいいんです。訓み問題でしか出ない。訓めりゃぁいいんです、訓めりゃ…。怕ですが、音読みは「ハ」であることに注意してください。「怕畏」は「ハイ」。「怕痒樹」は「紫薇」「百日紅」「猿滑」。

年老いた旅人は寒さに弱い。景勝地を求めて秋にあちこち歩き回るのはつらいこと。だからこそ、筆一本で画を描いて行った気になるのがいいんです。年取るととかく歩くのが億劫だしね。


筆頭 我に銭有り
世人何ぞ解することを得ん
ケ)于氏の力に依らず
10)コウザン 意に任せて買ふ

10)「コウザン」

好山。好い山水の景色を思うままに描くこと。やや比喩的な表現で難しいです。ただし、鉱山、甲山じゃあ品がないような気がします。

ケ)「于氏」

ウシ。ま、読むだけなら読めますわねぇ。敢えて訓み問題にしたのは、蒙求にある「于公高門」(ウコウコウモン)を確認したかったからです。ここでいう「于氏」というのは、漢代の丞相・于定国(ウテイコク)の父親のこと。定国の父は訴訟を公平に裁いて、その余慶によって子孫が栄えるであろうと予測して、家の門を高大にし、果たして子供の定国は宰相にまで上り詰めたという故事を踏まえているのです。漢検の四字熟語辞典によると、陰徳を積む家の子孫は繁栄することのたとえとある。陰徳陽報が同義語で、漢語林によれば、「于公門閭を高大にす」ともいう。故事成語問題で「門閭」が狙われそうです。
それで如亭詩ですが、如亭は画筆一本で描いて銭を稼いでいるこのおれは父親の力もからないでいるのだ。だから自分の描きたい風景画を描ける、そんな自由を手に入れたのさ。世の中の奴に理解されなくてもお構いなしさ。。。親父なんて関係ない。


山人 外に在りと雖も
到る処山に登ることを愛す
連朝 風雨悪し
戸を閉ぢてコ)孱顔を描く

コ)「孱顔」

センガン。高く険しく聳える山のこと。「孱」といえば普通は「よわい」という意味ですから、この言葉はいささか風変わりな意味を持っています。この場合の「顔」は、山が高く角だった場所を指す。それがやせ細ったさまであることから、山の険しさを云う、つまりは細く尖んがったさまなのです。これは読むのはいいとして、書き問題で出されたら超難問でしょうね。「センガン」―箭眼、洗顔、洗願、洗眼。。。どれも違う。

キョロキョロすんな!真っ直ぐキョロを行け!=如亭山人遺藁

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは「画に題す」。いずれも文化十二年(1815年)の作品です。十二首もある長い詩なので、六首ずつ二回に分割することをお許しください。まずは前半の六首から行きましょう。


隠を訪ふ ア)人間の客
イ)胡為れぞ頻りに回顧す
深居 到り得ず
白雲 1)キョロを埋む

1)「キョロ」

=去路。旅行の道筋、旅路、行路。「去る」とは、その場を離れて他の場所に行くこと。

ア)「人間」

=ジンカン。人が住む世界、世間。「ニンゲン」と読むと軽くなる気がします。さらりと「ジンカン」と読んでしまいたいところです。

イ)「胡為・れぞ」

=なんす・れぞ。漢文訓読で「胡為」(なんすれぞ)は「どうして」「何のために」と訳す。行動する目的や理由を問う疑問の意を表す。「コイ」と読めば、でたらめに物事を行うこと(俗語)。

この句は俗世間にどっぷりと漬かった人が、山の奥深く栖む「隠者」を訪ねるのですが、どこからか雲がどんどん湧いてきて道が見えなくなり、隠者の廬にたどり着くことができない風景を詠じています。その人は後ろを振り返ってばかり。周りをキョロキョロ気にしてばかり。つまりは己の人生に悔いばかりを残している。他人のことを気にしてばかりいる。そんな半身に構えるしかできない輩は前を向いて生きていくことができないのだ。そう、それは如亭、自分自身のことを寓意しているのです。



山居 喧免れ難し
幽径 来人有り
何ぞ似ん 2)フカの子の
眼に一点の塵無きに

2)「フカ」

=浮家。船を家とすること。新唐書「巻196 隠逸伝」にある「張志和伝」にある「張志和曰、願爲浮家泛宅、往來苕霅」との故事を踏まえて、四方に放浪すること。この四字熟語は「浮家泛宅」(フカハンタク=船の中に住まうこと、転じて放浪する隠者の生活)。

「幽径」(ユウケイ)は奥深い静かな小道。「径」は「こみち」。ここを山中の廬目指してやってくる客がいる。それは誰だ、如亭だ。


山中 来つて戸を閉め
歳月 著書新たなり
城門に向ひて入らず
3)イカン 人を拘束す

3)「イカン」

=衣冠。士大夫の服装。転じて役人勤めを指す。

一日中、山奥の廬に籠って読書に耽るのがいい。なまじ役人勤めなぞしたら最後、しがらみに囚われて自由が利かなくなってしまうぞ。


身外皆な詩料
秋林 ウ)好箋を献ず
幽人 手を袖にして立つ
覚えず 袖将に穿たんとするを

ウ)「好箋」

=コウセン。詩を書き付けるために格好の紙片。ここでは、秋の林の中で、はらはらと散り落ちてくる、紅や黄色に染まった落ち葉をいう。如亭一流のお洒落な表現です。

「幽人」(ユウジン)は隠者のこと。すなわち如亭自身です。山奥の廬に在る物はすべて詩の素材となる。紅葉に染まった落ち葉だって。。手を袖に入れて何もしないでただ見ているだけ。落ち葉がはらりと袖を穿っても気にならないほど物思いに耽るだけだ。紅葉の赤や黄色の中でただひたすら詩興に耽る如亭です。


一たび雲林の主と作り
4)ガンソウ 塵を見ず
花有るの樹を嫌ふに非ず
世間の人を引くを恐る

4)「ガンソウ」

=巌窓。洞穴の窓。ゆめゆめ含漱、含嗽などを想起しないようにしてください。

「雲林」(ウンリン)は雲の掛かっている林のことで、隠逸の場所の象徴です。王維の「桃源行」に「当時只記入山深、青渓幾度到雲林」とあるのを踏まえている。


朝に水墨の画を写し
夕にエ)浅絳の色を写す
目に未だ古人をオ)ざるも
云ふ 黄倪の筆墨と

エ)「浅絳」

=センコウ。あわい赤色。同義語は代赭色。「絳」は「あか、あかい」と訓む。絳河(コウカ=天の川、銀河)、絳英(コウエイ=あかい花)、絳裙(あかい裳、芸妓)、絳闕(コウケツ=王宮の門)、絳紗(コウサ、コウシャ=あか色のうすぎぬ)、絳脣(コウシン=美人のあかいくちびる)、絳帳(コウチョウ=あかいとばり、先生の席や学者の書斎を指す)、絳桃(コウトウ=桃のあかい花)、絳蠟(コウロウ=あかい色のろうそく)。

オ)「覩(ざる)」

=み・ざる。視線を集めてじっと見る。「覩」は「睹」の異体字で「ト」。「目睹」(モクト)、「逆睹」(ギャクト、ゲキト)。

ここで出てくる「黄倪」(コウゲイ)とは、元代の画人である黄公望と倪瓚(ゲイサン)。浅絳や水墨の山水画を能くした。

オマケとして王維の「桃源行」全文を掲載しておきましょう。陶淵明先生の「桃花源記」のストーリーをベースに詠んでいます。

漁舟逐水愛山春,両岸桃花夾古津。
坐看紅樹不知遠,行尽青渓忽值人。
山口潜行始隈隩,山開曠望旋平陸。
遥看一処攢雲樹,近入千家散花竹。
樵客初伝漢姓名,居人未改秦衣服。
居人共住武陵源,還従物外起田園。
月明松下房櫳静,日出雲山雞犬喧。
驚聞俗客争来集,競引還家問都邑。
平明閭巷掃花開,薄暮漁樵乗水入。
初因避地去人間,及至成仙遂不還。
峡裏誰知有人事,世中遥望空雲山。
不疑霊境難聞見,塵心未尽思郷県。
山洞無論隔山水,辞家終擬長遊衍。
自謂経過旧不迷,安知峰壑今来変。
当時只記入山深,青渓幾度到雲林
春来遍是桃花水,不弁仙源何処尋。

麻雀で負けたら点棒払う、それが「一籌を遜る」=如亭山人遺藁

本日の「如亭山人遺藁巻二」からは三首をご紹介します。


まずは「高聖誕に示す」。

高聖誕とは、高梨聖誕(1774~1822)のことで、高は修姓、聖誕は字。名は魯、または一魯、号は紅葉。如亭の門人である木百年(1768~1821)とともに、如亭が寛政年間に信州中野に開いた晩晴吟社の双璧とされる。

詩景 前に満つれども吾れ尋ぬるにア)
秋虫声裏 日将に沈まんとす
1)イッチュウ 今夕 君にイ)
明月清風 自在に吟ぜしむ


1)「イッチュウ」

一籌。「籌」とは「かずとり」とも訓み、数を計算するのに用いる竹の棒、マージャンで言えば点棒ですね。ゲームなどをして負けた方がこの籌を手渡すことから、「一籌を遜る」とは「負けを認めるということ」。「一籌を輸(ユ、シュ)する」ともいう。

ア)「嬾し」

ものう・し。今回の漢検2級の試験では「ものうい」という書き問題が出ていました。むろん「物憂い」が正解です。1級の世界では慵、嬾、懶があります。しかし、「物憂い」でも正解ですから、残念ながら書き問題としては出題されません。したがって訓み問題の出題です。その代わり、嬾婦、懶惰、慵惰など音熟語の書き問題では必須ですよ。

イ)「遜り」

ゆず・り。譲る。「遜」は「へりくだ・る」「のが・れる」とも訓む。音読みは「ソン」。遜位(ソンイ=位をゆずって退く)、遜志(ソンシ=控え目な心)、遜辞(ソンジ=逃げ口上)、遜順(ソンジュン=へりくだって人に随う)、遜遁(ソントン=逃げ避ける)。ほかに謙遜、不遜、遜譲も。

第四句は黄庭堅の「鄂州南楼書事」に「清風明月無人管、併作南楼一味涼」があるのを踏まえています。明るい月と爽やかな風の中で自由自在に詩を吟じられるあなたには敵いませんよ、と謙遜しまくる如亭でした。なんでだろ?ご馳走でもしてもらったのか?

続いて「江蘭腸に示す」。

江蘭腸という人は、山岸蘭腸(1776~1837)で、江は修姓、蘭腸は字。名は自芳、通称は魯庵。号は梅堂。信州中野で医を生業とし、晩晴吟社に参加して詩を能くし、また俳諧にも通じた。

2)シュビを白尽して心未だ灰せず
語言 今日 尚ほウ)俳詼
直に十載風流の事を将つて
挙げて一宵の3)セイワと作し来る


2)「シュビ」

鬚眉。ひげやまゆげで男子を寓意する。それが白尽するのですから、真っ白くなる、つまり年老いるということ。でも「心は灰にならない、燃え尽きることはない」と、気持ちだけは若いままであることを強調しています。

3)「セイワ」

清話。高雅超俗な話。陶淵明の「与陰晋安別」に「信宿酬清和」とある。世俗を忘れた風流な粋な話です。

ウ)「俳詼」

ハイカイ。もちろん「俳諧」の方が一般的でしょう。もともと、おどけ、洒落、諧謔(詼謔)、ユーモアのことを言いました。「詼ける」は「おどける」、「詼れる」は「たわむ・れる」。

如亭山人の艶事は永遠なり。どんなに年を重ねてもこれだけはやめられまへん。色事。一夜のお話を聞いておくれ。

最後は「保桃仙が皚山堂」。

保桃仙とは保坂桃仙。保は修姓、桃仙は号。通称は甚右衛門。越後大井平(いまの新潟県中魚沼郡)の庄屋。亀田鵬斎の門人で詩を能くした。北越詩話の補遺に「松園、名は信美、字は子潤。文政二年に没す。年五十八」という松園は、この保桃仙と同一人物だろうといいます。如亭はかつて寛政年間に半年ほど彼の世話になったとの記録が残っています。

月は荒村をエ)めて銀色4)タダ
越山深き処 気偏へに寒し
客膚 八月 已に5)ゾクを生ず
只だオ)皚々雪裏の看を作す


4)「タダる」

る。この場合は「光が溢れるばかりに輝くさま」。豪華絢爛の「爛」ですね。

5)「ゾク」

。粟粒のこと、鳥肌のことです。

エ)「罩め」

・め。込める。覆う、包み込む。音読みは「トウ」。罩袍(トウホウ)は「お包み」のこと。罩罩(トウトウ)は魚用の竹製のかご。

オ)「皚々」

ガイガイ。雪が白いさま。「皚」は「しろい」とも訓む。

「客」というのは如亭詩で頻出しますが、「カク」と読んで旅人を指します。この詩の「客膚」(カクフ)とは旅人のはだのこと。まだ8月だというのに鳥肌が立つほど寒さが増している。それはこの廬の名前「皚山」にちなんでいるというウィットを利かせているのです。

下戸の人はスイキョウに辿り着けまへんなぁ=「如亭山人遺藁」再スタート

本日の漢検試験はいかがでしたか?前回通り平易な内容だったかどうかは気になりますが、おいおいとその内容は明らかにされるでしょう。さて、弊blogは柏木如亭の「如亭山人遺藁」(岩波書店刊行)シリーズに戻ります。

そういえば「巻二」がまだまだ終了しておりません。まだまだ先は長いです。

「余が量、蕉葉に勝へず。客途雨に阻まるるも、酒を以て消遣すること能はず。乃ち一絶を作る」という長い詩題です。

蕉葉(ショウヨウ)というのは、底の浅い、少量しか入らない酒杯のこと。すこし変わった言葉ですが、「苕渓漁隠叢話後集・回仙」という書物に「飲器中、惟鐘鼎為大、屈卮螺杯次之、而梨花蕉葉最小」というくだりがあります。如亭は下戸ですから、蕉葉のような小さな杯でもすぐに酔いが回ってしまうのですが、旅の道中にながあめで足止めを食らっても、酒を飲んで憂さ晴らし(消遣)するわけにもいかず、さすがに詩人だけあって絶句を一首ものしたというわけです。

豈に1)ハイシャクの清寥を破る無からんや
2)タンパン 粗茶 幾朝を過ぐ
3)スイキョウ深き処に向ひて去らんと要すれば
山重なり水ア)なりて路4)チョウチョウ



1)「ハイシャク」

杯杓。酒杯と酒を汲む杓子。転じて飲酒そのものを云う。「拝借」といきたいところですが意味が…。「清寥」とは、清らかな静寂。淒寥、凄寥、凄涼、淒涼、清涼などもほぼ同義とみていいでしょう。「寥」は「しずか」「さびしい」とも訓む。鳥の羽がまばらに開き、うつろである様子を表している。「寂寥」(セキリョウ)、「寥落」(リョウラク)、「寥廓、寥郭」(リョウカク)、「寥亮」(リョウリョウ)=「寥戻」(リョウレイ)、「寥寥」(リョウリョウ)、

2)「タンパン」

淡飯。粗食のこと。摶飯、攤飯が浮かび、こちらの方がよさそうでもありますが。。。あっさりと調理された質素な食事のことです。その次の「粗茶」がヒントかもしれません。

3)「スイキョウ」

酔郷。酒を飲んだ時の快い気分のこと。酔ったあとの夢見心地を表します。酔狂や酔興も浮かびますね。でも、ここはやはり酔郷。もの好きという意味では雰囲気があまりにも軽くなってしまいます。如亭詩では詩本草にも登場(ここ)。蘇軾の「飲湖上初晴後雨」(ここ)にも「晩雨留人入酔郷」がありましたが、ご記憶ですか?


4)「チョウチョウ」

迢迢。みちがはるかかなたまで続くさま。「迢」は「はるか」。悵悵、佻佻、帖帖、蝶蝶、諜諜、喋喋、丁丁などがライヴァル候補。喋喋は「喋喋喃喃」(チョウチョウナンナン=小声で睦まじく話し合うさま、男女が仲良い形容です)をしっかりと押さえましょう。

ア)「複なる」

かさ・なる。重なること。表外訓み。陸游の「游山西村」という詩に「山重水複疑無路、柳暗花明又一村」がある。

最後の句は「酔郷の境地」になかなかたどり着けないことを寓意しています。如亭は旅人です。グルメです。それなのに酒を嗜めない不幸をしょっている。中国の詩人で「下戸」というのはあまり聞いたことがありませんね。そういう意味では如亭は稀有なる詩人かもしれません。

「カンソウ」に佇む織女「キチョ」飛ばす=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは「淡斎詩三編」。

淡斎というのは、佐羽淡斎(1772~1825)。上毛桐生で絹の買次商を営み、桐生詩檀の中心的人物として江戸の詩人文人たちとも親密な交遊関係のあった人。淡斎はすでに、淡斎百絶、淡斎百律の二つの詩集を刊行しているが、この年(文化十二年=1815)、第三詩集の菁莪堂集を出版するにあたり、折から桐生に来游した如亭に求めた題詩であるとあります。

季節は「清和」で初夏、陰暦四月の候です。

清和の時節 雨新たに晴る
北向初めて毛中の行を為す
拄杖を払拭してア)で寓を出づれば
芳草 新樹 一身軽し
来到る 桐郷 錦を出すの地
飽くまで看る 山明らかに水又た1)ぶるを
西商東賈 肩相摩し
山に倚り水に臨むは皆な2)キンシ
遊子 段匹を買ふ客に非ず
3)コウリ暫くイ)む 詩人の宅
坐して愛す 4)リガイの好風景
是れ晴 是れ雨 日に5)セイテキ
君に詩巻有り 本より新鮮
奇を捜りて看ることを得たり 第三編
驚歎す 天孫 6)キチョの別なるを
織り出す句句更に7)ランゼン
笑ひつべし 家家8)カンソウの婦
9)を飛ばし軸を転じて凍手を10)するを
花様にウ)たりと雖も璀璨乏し
光華 富貴 君が後に落つ
我れ世人に向ひて普く語げ奉る
巻を獲て蔵する者は宜しく保護すべし
一旦 暴雷 雲間を下らば
11)キョウフウ 12)ガイウ エ)みて将ち去らん


1)「コぶる」

=媚ぶる。媚びること。「こびる」なら100%浮かぶでしょうが、文語体の「こぶる」でも同じように浮かぶかどうかを問うています。ここでは「山水明媚」(サンスイメイビ)を訓読した形。風光明媚にも要注意。自然が見事に美しいさまをいいます。

2)「キンシ」

=錦肆。やや難問。錦などの絹織物を取り扱う店。「肆」は「みせ」。書肆、酒肆、店肆、魚肆、市肆。金枝、錦糸、禁止、巾笥、金翅、金鵄、鈞旨、麕至、菌糸ではない。

3)「コウリ」

=行李。旅の荷物。句驪、孔鯉、狡吏、紅梨、蒿里、蛤蜊、高利ではないので要注意です。

4)「リガイ」

=籬外。う~ん意外に難問か?利害、理外ではない。垣根の外。「籬下」(リカ=垣根の下)と同様に浮かびにくいかもしれません。

5)「セイテキ」

=清適。すがすがしくて気持ちがよいこと。ちょっとエロな人は「性的」しか出てこないでしょう。政敵、静的ならまだ許~す。

6)「キチョ」

=機杼。「キジョ」とも読む。織機(はたおりの機械)と、織機に横糸を通わせる梭(さ)。転じて、「詩文創作における新工夫」の比喩です。これは如亭ならではのなかなかに難しい言葉です。この前の「天孫」(テンソン)は織女星(ショクジョセイ)のことで機織りを司る星。「織婦」(ショクフ)ともいう。これを捩っている。もちろん、この詩を捧げている淡斎が「絹買次商」であることに因んでいるおどけた表現でもあります。

7)「ランゼン」

=爛然。絢爛たるさま。これは平易ですね。ランゼンといえばこれしかない。

8)「カンソウ」

=寒窓。これは難問。寒々とした窓辺で貧窮の生活を寓意している。観想、乾燥、感想、檻送、翰藻、諫争、讙譟、盥漱、間奏など同音異義語は多彩です。でも寒い窓を浮かぶ人は普通はいませんよね。これを機にこの言葉も音と共に習得しましょう。

9)「ヒ」

=梭。さきほども登場した「杼」と同じで、織機に横糸を通すための木製の道具。その形が魚の(カマス)に似ていることから、カマスのことを「梭子魚、梭魚」とも書く。

10)「カする」

=呵する。ここは成句で「凍手を呵する」として「はぁっと息を吹きかける」。「呵凍」(カトウ)という言い回しがあって、「凍った筆や、すずりに、はあと息を吹きかける、つまり、寒中に詩文を書くこと」。ここでは「梭を飛ばし」「軸を転じて」(軸=織機の部品の一つで、縦糸を巻きつけるもの=を動かす)、「凍手を呵する」とあって、寒さに耐えながら機織りをすることと、詩を苦吟することを寓意しているようです。

11)「キョウフウ」

=驚風。猛烈な風のことですが、普通は強風ですよね。でも「驚いた」んです。

12)「ガイウ」

=駭雨。激しい雨のことですが、これも「駭いた」んです。

ア)「旋で」

=つい・で。「尋で」と同義。事の移り来る意。

イ)「駐む」

=とど・む。「留む」と同義。とどまること。

ウ)「肖る」

=に・る。「似る」と同義。似ていること。「肖る」は「あやかる」とも。

エ)「攫み」

=つか・み。「掴み」と同義。つかむこと。

如亭は相当、この淡斎なる商人に金銭面でお世話になっているのでしょう。大賛辞の雨霰ですね。「璀璨」(サイサン)は絢爛豪華なさまという意味の難語ですが、花よりもきらびやかでいかなる貴人もあなたには劣るでしょう。世間の皆様にわたくしめがお告げいたしましょう。あなたの詩が載った書物を手に入れたらそれは大変貴重な代物ですよ。突然雷が鳴って風や雨が吹き降れば、持ち去られてしまいますから注意して守ってくださいませ。

イッサン?一盞、一粲、一山、一散?いやいや相合傘よ~ん=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁」(岩波書店刊行)からは「桜を看る 以下、乙亥」と「絶句」の各二首、計四首をご紹介します。

まずは「桜を看る 以下、乙亥」から。

この「乙亥」(きのとい)は文化十二年(1815)の作品です。久しぶりの江戸で迎えた春の風景ですね。

春は長堤に満ちて1)キンペイを列ぬ
微風 花下 ア)を把りて停む
此中の歩往皆な2)コウギョク
遊人をして少しも青を踏ましめず

イ)を撲ち衣を穿ちて雪と同じ
往来但だ是れ寒からざるの風
十分の時節何ぞ曾ち悪からん
人は3)ヒカ4)バンテンの中に在り


1)「キンペイ」

=錦屛。錦の屛風。すなわち、満開の桜並木の比喩と思われます。あるいは、着飾った花見客の連なりの譬えかもしれません。噤閉では全く意味が通らない。ここで出てくる「長堤」は長く続く隅田川の土手を指すと見られます。

2)「コウギョク」

=香玉。ここは花びらの譬え。堤の上の道に桜の花びらが散り敷いているさまをいう。紅玉、皇極ではない。唐代の李玖の「噴玉泉冥會詩八首•白衣叟途中吟二首」という詩に「春草萋萋春水緑,野棠開尽飄香玉。繡嶺宮前鶴発人,猶唱開元太平曲。厭世逃名者,誰能答姓名。曾聞王楽否,眷取路傍情。」とあります。

3)「ヒカ」

=飛花。風に翻り飛ぶ落花。悲歌、皮下、悲笳、飛舸ではないので注意しましょう。

4)「バンテン」

=万点。無数の花びらのこと。やや難問か。杜甫の「曲江二首」に「一片花飛減却春,風飄万点正愁人。且看欲尽花経眼,莫厭傷多酒入唇。江上小堂巣翡翠,花辺高冢臥麒麟。細推物理須行楽,何用浮名絆此身。」「朝回日日典春衣,每日江頭尽酔帰。酒債尋常行処有,人生七十古来稀。穿花蛺蝶深深見,点水蜻蜓款款飛。伝語風光共流転,暫時相賞莫相違。」があります。

ア)「藜」

=あかざ。ここはあかざでできた杖のこと。藜は中国原産の一年草で、茎は丈夫なので乾燥して杖にした。痛風を患い足が悪い如亭は杖が必需です。「藜」は「レイ」と読む。「藜杖」(レイジョウ)はそのまんま「あかざのつえ」。四字熟語に「藜杖韋帯」(レイジョウイタイ=質素なことの形容)。「藜羹」(レイコウ=あかざの葉の吸い物、粗末な食事の代名詞)。

イ)「面」

=かお。「おもて」ではなく「かお」と訓んでおきましょう。桜の花びらが顔に当り、衣服にくっついてさながら雪が舞うようだというのです。ところが、吹く風は暖かい。そりゃそうさ、春だもの。やっぱ江戸の春はいいわ。なんだかんだあった江戸だが故郷に帰った思いに耽る如亭です。「面~」の熟語では、「面誡」(メンカイ=面と向かっていましめる)、「面結」(メンケツ=うわべだけの交際)、「面晤」(メンゴ=面会)、「面牆」(メンショウ=見聞が狭く、進歩に乏しい)、「面諍」(メンソウ=論争する)、「面疔」(メンチョウ=顔面のはれもの)、「面縛」(メンバク=後ろ手にしばりあげる)、「剥面皮」(メンピをはぐ=厚顔の者にはずかしめを与える)、「面冪」(メンペキ=幎冒)、「面皰」(メンポウ=にきび)、「面欺」(メンギ=面謾、面と向かってあなどること)、「面諛」(メンユ=おもねること)、「面友」(メンユウ=面朋メンホウ=表面的な付き合いの友)。

続いて「絶句」の二首。これも文化十二年の作品です。

5)キア閃閃として6)エンショウに没す
但だ見る 漁舟の晩潮を趁ふを
7)イッサン相扶けて雨を侵して去る
黄昏独り上る 水東の橋

孤影8)ショウゼンとして月明に随ふ
9)リュウテイ一路 人行少なり
幾家か半ば掩ひて 鐘初めて響く
橋頭に少立して10)ニコウを数ふ


5)「キア」

=帰鴉。夕方に塒に帰るカラス。やや難問。「キア」では辞書に熟語はない。「閃閃」(センセン)とはひらめくさま。唐彦謙の「長渓秋望」に「柳短莎長渓水流,雨微煙暝立渓頭。寒鴉閃閃前山去,杜曲黄昏濁自愁。」があります。

6)「エンショウ」

=煙霄。霞んだ大空のこと。煙瘴、冤訟、圜牆、垣牆、塩鈔、炎瘴、焔硝、猿嘯、艶笑、艶粧、炎症、延焼など同音異義語は多いのでそれぞれが要注意ですね。ただし、煙霄はやや難問でしょう。「霄」は「そら」。「霄漢」(ショウカン=はるかな大空)、「霄峙」(ショウジ=高く空に聳え立つ)、「霄壌」(ショウジョウ=雲泥)→「霄壌月鼈」(ショウジョウゲツベツ=月と鼈)。

7)「イッサン」

=一傘。一つの傘とまんまですが、「一傘相扶けて」と続けて「相合傘で」。一盞、一散、一粲、一山、逸散ではないので念のため。でも一傘は最も難しいかもしれません。

8)「ショウゼン」

=悄然。しょんぼり。蕭然、瀟然、聳然、悚然、鏘然、竦然ではない。が、これらの区別はなかなかに難しい。

9)「リュウテイ」

=柳堤。ヤナギの植えてある土手。流涕、柳亭と行きたいところですがムズい。

10)「ニコウ」

=二更。午後10時頃に鳴る鐘の音。夜の時間帯を五分した前後2時間の時間帯をいう。順に一更=午後8時(同7~9時)、二更=午後10時(同9~11時)、三更=午前0時(午後11~午前1時)、四更=午前2時(同1~3時)、五更=午前4時(同3~5時)。

絶句の一首目、第四句に「水東の橋」(スイトウのはし)とあるのは「江戸・深川にかかる橋。隅田川の東に位置することからこう呼ばれた」。

絶句の二首目、第一句は杜牧の「早雁」がモチーフになっています。すなわち、「金河秋半虜弦開,雲外驚飛四散哀。仙掌月明孤影過,長門燈暗数声来。須知胡騎紛紛在,豈逐春風一一回。莫厭瀟湘少人処,水多米岸莓苔。」。「仙掌」は「サボテン」?

汗牛充棟、載籍浩瀚、さて「ゴシャ之書」は?=漢詩学習

柏木如亭の「如亭山人遺藁」(岩波文庫刊行)シリーズから、本日は「雑興」の六首をご紹介します。東海道を旅して箱根を越えていよいよ江戸にたどり着きました。品川宿は色街ですが、なぜかしらなじめない自分がいることにふとさみしい気持ちになっている如亭です。

今宵の暖は昨宵に較ぶれば多し
直に華胥に入りて豈に他を顧みんや
1)イッカク知らず 天已に曙け
世間の2)ビウ 窓を打ちて過ぐるを

帰り去らんと欲すれば去り 来らんと欲すれば来る
久しく途中に在るも哀しむに足らず
即ち3)コウホウの登るべき者有るも
未だ曾て当てて望郷台と作さず

一束の4)ザンショ 5)ゴシャに当つ
久しく6)エンリュウの処 且く家と為す
断えて喜びの7)カンシンに報じて到る無し
笑ひて謝す 夜燈の頻りに花を結ぶを

8)チョウキン 半夜 霜を知らず
燈火 油を添へて客床を照らす
覚えず 睡魔の我を拖きて去るを
手中 書堕ちて渠が郷に入る

東海の路程 今日尽く
9)キジンの頭上 髪将に皤ならんとす
八年識らず 品川駅
楼上の靚粧 旧に依つて多し

10)ネツドウ偏へに驚く 旧時に異なるを
人の是れ玉山の頽れざるは無し
11)カンジョウ 怪しむこと莫かれ 身心の冷なるを
新たに箱関雪裏を過ぎ来る



1)「イッカク」

=一覚。一たび眠りから目覚めること。一角、一廓、一画、一鶴ではない。

2)「ビウ」

=微雨。しとしとと降る雨。小糠雨。「眉宇」だと眉近辺の意になる。ここは比喩的に、第二句の「華胥」(夢の世界)と対比させた現実の人間の世界に降る冷たい雨のこと。

3)「コウホウ」

=高峰。高く聳える山々。「登る」のですから、これしかない。簡単だと思いますが、広報、後方、哮咆、弘報、宏放、黄袍、工法、航法、公報などの同音異義語と区別しなければなりません。

4)「ザンショ」

=残書。手元にある読み止しの本。残暑でないことは以前も取り上げました。「残」は「まだ残っている、残り少ない」という意味。

5)「ゴシャ」

=五車。書物を多く読み、博学であることをいう。「荘子・天下」に「恵施多方、其書五車」(恵施は多芸多才で蔵書も多かった)という戦国時代・魏の宰相で論理学派の首謀者だった恵施(ケイシ)の故事が見えます。五台の車に乗せるほど書物が多い。「汗牛充棟」「載籍浩瀚」ならご存知でも「五車之書」はいかがか?盲点でしょ。故事成語問題で出ないかなぁ?五社、五者、伍奢、誤射、誤写ではないので注意しましょう。六合が出るなら五車が出ても全然可笑しくないぞ!

6)「エンリュウ」

=掩留。身をひそめて滞在すること。淹留、奄留、簷溜とは微妙に異なるので要注意。やや難しい。「掩」は「おおう」「かくす」の意で、ここでは「身を隠す」。

7)「カンシン」

=間身。暇な身、無冠・無役で世の中の役に立たないことを譬える言葉。この「間」は「閑」と同じ意味。間人ともいう。

8)「チョウキン」

=重衾。重ねた上掛けの布団。如亭詩では頻出する「衾」ですね。朝槿、雕金、朝覲、兆听、超勤ではないので注意して。。

9)「キジン」

=帰人。故郷に帰来した人。ここでは江戸にたどり着いた如亭自身を指す。倚人、貴人、畸人、奇人でないので念のため。。

10)「ネツドウ」

=熱鬧。人が多くてにぎやかで、繁昌して喧噪なるさま。「鬧」は「さわぐ」「さわがしい」「みだれる」と訓む。「鬧事」(ドウジ=騒動)、「鬧熱」(ドウネツ)。「鬥」(せりあう)+「市」(多くの人が集まる)で「さわがしい」の意を示す。

11)「カンジョウ」

=歓場。歓楽の場所。ここでは品川の妓所をいう。感情、函丈、圜繞、宦情、扞城、灌頂、環繞、豢擾、鹹壌、勘定、勧請、閑情など同音異義語は多いのでそれぞれの意味もしっかりと押さえておきましょう。

二首目にある「望郷台」は、昔、中国で辺境の地などに流落した人が、故郷の方を眺望するために登った高台のこと。以前、漢詩シリーズで取り上げた王勃の「蜀中九日」(2009年9月9日付記事ここ)に「九月九日望郷台、他席他郷送客杯」がありました。

三首目にある「夜燈…」は、燈心の先の燃えカスが花のような形になるのを「燈花」といい、それを吉事の兆しととらえる俗信があった。いまなら四つ葉のクローヴァーか、茶柱が立つか?これは杜甫の「独酌成詩」に「燈花何太喜,酒緑正相親。酔裏従為客,詩成覚有神。兵戈猶在眼,儒術豈謀身。共被微官縛,低頭愧野人。」というのが見えます。

四首目の「渠が郷」とは「睡魔の郷、すなわち眠り」。「拖」は配当外で「拕」の異体字。「ひく、ひっぱる、ずるずるとひく」。「拕欠」(タケツ)は借金の返済期日をずるずるとのばすこと、「拕紫」(タシ)は、紫の印綬をひいて高い位に出世すること。

五首目の「皤」(ハ)は配当外。白い部分が広がったさま、また、老人の髪が白いさま。「皤皤」(ハハ)=「番番」(ハハ)、「皤然」(ハゼン=皤如ハジョ)は老人の髪が白いこと。「八年識らず」ということから、如亭が品川宿を訪れるのは8年ぶりであります。「靚粧」(セイショウ)とは美しき化粧した女、ここでは妓女。「靚」は「めかす、まみえる」。配当外漢字。「靚妝」(セイショウ・セイソウ)=「靚装」(セイショウ・セイソウ)=「靚飾」(セイショク)ともいう。解説によりますと、「品川の宿には飯盛女の名目で遊女を置くことが許されていたため、江戸の岡場所として栄え、土蔵相模など有名な妓楼もあった」といいます。品川宿全体で千人を超える遊女がいたとされます。

六首目にある「玉山の頽れざるは無し」というのは、人の酒に酔って倒れるさまをいいます。「世説新語・容止」に「嵆叔夜之為人也、巌巌若孤松之独立、其酔也、傀俄若玉山之将崩」という故事があるのに基づきます。この中で「嵆叔夜」(ケイシュクヤ)とは竹林の七賢の一人、嵆康(ケイコウ)のこと。「人柄は気高くて、恰も一本の松が高く厳頭に独立するようで、又、酒に酔うて傾ける姿は偉大で、玉山が丁度、頽れるようだ」というのです。彼は、奇才奇智に富み、風采容儀は優れ、よく琴を弾じ詩を詠じて自ら楽しみ、山沢の遊びを好むとともに、広く書史を覧て萬事に兼ね備え通じていた。同格で交際する人物は阮籍と山涛だけで、末席に連なり交際したのは、向秀、劉伶、阮咸、王戎の四人だったといいます。

嵆康の故事を持ち出して、「玉山」ということから「雪をいただいた山」が寓意され、如亭は「こんなに大盛り上がりなのにわたしの身も心も冷たくなっているのを不思議に思わないでおくれや。だってあの雪降る箱根の関を越えてきたばかりなのだからね」と歓楽街の雰囲気にちょっとばかり馴染めない自分を詼けて表現しているのです。もう年だからねぇ~、さすがの如亭もいつまでも色事ってわけにもいかんよねぇ~。いささか気遅れ気味の如亭でした。

難関の「箱関」を越せるか?音読みで読めるか?=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは二首。

まず最初は「駿の地暖かにして一冬多くは雪を見ず。甲戌の帰途、桑氏の鉄蕉院に在り。十一月十二日暁雪降る。歩して前村に到る。漸く已に1)ショウジンす。2)チョウゼンとして帰る」。いささか長い題の詩です。この中の「桑氏の鉄蕉院」というのは駿河・島田の桑原弼導の書斎。「甲戌」は「きのえいぬ」。

暁窓3)イッキョウす 花の樹に在るに
登山 屐を着けて試みに寓を出づ
日昇り風軽うして花早く銷す
チョウゼン帰り来つて4)ショウグを置く
5)セイケイ已に目に飽くこと能はず
暫時の幽賞 心何ぞ足らん
此の地従来 雪の飛ぶこと少し
此の游知る 是れ復た続き難きを
忽ち憶ふ 前路 ア)箱関の寒きを
豆相分頭 玉巑岏
櫧木 莢 獼猴倒  (関前の三坂、最も6)ケンシュンと為す)
免れざらん 凍を忍び杖を駐めて看るを



1)「ショウジン」

=銷尽。融け尽くすこと。「銷」は「け・す」「と・かす」と訓む。消尽でもOKですが焼尽は微妙ですがやはりアウトでしょう。「雪」のお話ですから、同音異義語の樵人、精進、小人ではないのは明らかですね。

2)「チョウゼン」

=悵然。これは平易。失意を表わすので超然、佻然、帖然、輒然ではアウト。いわんや兆膳は論外。「悵」は「うら・む」「いた・む」と訓む。「悵悵」「悵恨」「惆悵」「悵望」などを押さえておきましょう。

3)「イッキョウ」

=一驚。おどろくさま、めをみはるさま。簡単な漢字ですが浮かびますか?一匡、一興などもありますが意味を考えましょう。

4)「ショウグ」

=勝具。以前登場した「済勝之具」(セイショウノグ)の省略形。景勝地を渡り歩くための道具、すなわち健脚のこと。「セイショウノグ」ですら馴染みがないのに「ショウグ」で浮かべというのは“無理筋”かもしれませんが「済勝之具」は絶対に覚えておきましょう。故事成語問題で出ますよ、屹度。

5)「セイケイ」

=清景。きよらかな風景・景色。「絶景」「佳景」とほぼ同義でしょう。

6)「ケンシュン」

=険峻。嶮峻でもOK。山が高く、けわしいさま。これも基本ですが、第10句にある同じ意味の「巑岏」(サンガン)は難しい。当然ながら「」も「」も配当外です。いずれも「山が高くそびえたつ」の意で「ごつごつした山」。

ア)「箱関」

=ソウカン。箱根の関所のこと。「箱」の音読みが珍しいので問題にしてみました。ま、縦令知らなくとも「相」が音符だと分かれば、「ソウ」とは読めると思いますがね。「箱筥」(ソウキョ)=「箱篋」(ソウキョウ)=「箱匣」(ソウコウ)はいずれも「はこ」。「箱筥」は「円形の箱」、「箱篋」は「長方形の箱」、「箱匣」は「小さい箱」。

雪が降ることの少ない駿河の地で降雪に遭い驚きの如亭ですが、「もうまもなくあの箱根の関を越えねばならぬのか」と身の引き締まる思いを募らせています。「豆相分頭」(ズソウブントウ)=伊豆国と相模国との境界、「玉巑岏」(ギョクサンガン)=雪に覆われて白くなった嶮しい山々、「木」(ショボク)=樫の木、「莢」(ソウキョウ)=さいかち、「猴倒」(ビコウトウ)=サルスベリ、はいずれも箱根を想起するもの。最後の三つは注書きに有るように箱根の関の西側にある坂の名前。

箱根の関は如亭の「眼前」にまだないものの「心眼」にははっきりと映っているのです。やはり江戸時代の旅人にとって箱根の関を越えるのはプレッシャーだったようです。おそらくこれまでも何度か越えており、その辛さが身にしみているのでしょう。しかも寒い冬となると尚更だ。坂の名称については大田南畝の改元紀行(享和元年=1801)に「角(さいかち)坂、かしの木坂、猿すべり、てうしの口など、さがしきにさがしきをかさねて、やゝ平かなる老が平といふ所にいたる」という記述がみえます。

続いて「二十八日又た雪ふる」。

7)リントウの暁雪 客関を開く
気暖かにして留め難し 頃刻の間
天は貧生を待つこと薄からずと雖も
地は吟料に于いて全くイ)しむに似たり
暫時の花様 夢中の夢
千里の屐痕 山外の山
首を回らせば 去冬此を衝きて去り
岐蘇道上 飽くまで艱を嘗む


7)「リントウ」

=林塘。林や池のこと。臨潼は別の意味。「塘」は「つつみ」。

イ)「慳しむ」

=お・しむ。惜しむ。ほかに「吝しむ」「嗇しむ」「悋しむ」「愛しむ」「穡しむ」「閔しむ」などがあります。音読みは「ケン」。「慳貪」(ケンドン)、「慳吝」「慳悋」(以上ケンリン)=「慳惜」(ケンジャク)=「慳嗇」(ケンショク)=しみったれ、けち、ものおしみすること。

煩わしいジンケン蹂躙?嫌ならカショの国で遊ぼうよ=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは三首プラス白居易のやや長い詩を一首掲載いたします。

まずは「石雲嶺、睡癖有り。新たに小室を構へて以て1)エンソクの所と為す」。

石雲嶺という人物は既出ですが、すぐにどこでも眠ってしまう「睡癖」を持っていたらしい。鼾声も激しかったようです。

2)ジンケン 嫌ふ 俗と同じうするを
小室の経営 只だ数弓
此より世人面を見難し
3)カショ隔てて一林の東に在り


1)「エンソク」

=偃息。横になって休息すること。厭足、圜則、堰塞、奄息、遠足ではありません。

2)「ジンケン」

=塵喧。俗世間の騒がしさ。塵涓(非常に小さいものの譬え)、人権、訊検、人絹ではない。「喧」は「さわがしい、かまびすしい、やかましい」。「喧囂」(ケンゴウ)、「喧啾」(ケンシュウ)、「喧聒」(ケンカツ)、「喧騰」(ケントウ=大評判)、「喧呶」(ケンドウ=絶叫)、「喧卑」(ケンピ=騒がしくて下品)。

3)「カショ」

=華胥。もとは中国古代伝説上の皇帝伏氏の母親の名だが、列子の黄帝篇の故事から、理想的な安楽平和な世界、転じて夢の世界をいう。「華胥の国」は故事成語問題で頻出。

「数弓」は面積の狭いことをいう。「弓」は土地の長短を計る長さの単位です。一弓は、一歩の長さで、六尺のこと(例えば、周代の一尺は22・5センチ、一説には五尺ともいい時代によって諸説ある)。

続いて「途中、寛斎先生の長崎の幕中より帰るを迎へ奉る」。

寛斎先生とは市河寛斎。長崎奉行牧野成傑に随行して長崎に遊んだ寛斎は、文化十一年(1814)九月二十二日、長崎を発って帰路に就き、十月末ごろ駿河島田辺りで如亭と邂逅した。「幕中」というのは役所の中で、ここは長崎奉行所を指す。

燕去り雁来るも 従ふに処無し
偶然今日 路に相逢ふ
君が身には本と4)チョウリョウの屋有り
笑ふ 我が5)ロヘンに独り踪を寄するを



4)「チョウリョウ」

=彫梁。「彫梁の屋」で、美しく装飾された建物のこと。言い換えれば、立派な屋敷を指す。跳梁、長鬣、跳踉、雕竜、兆両なども同音異義語で押さえておきましょう。「談天雕竜」(ダンテンチョウリョウ)、「跳梁跋扈」(チョウリョウバッコ)もついでに…。

5)「ロヘン」

=蘆辺。あしの生えている岸辺。「踪を寄する」は身を寄せるの意。寛斎先生は元来、立派なお屋敷をお持ちの方なのに、たまたま私のような根なし草の住まいに身を寄せられた。有り難いことと同時に嬉しくも可笑しくもあります。ツバメが南へ去り、カリが北から渡ってくるというこの冬の季節に、お寒いことですなぁ。炉辺、路辺は浮かべないように。



最後は「庭松」。

庭に生えている松のことです。

多く6)ショセイを助けて曲欄を護す
中庭長く免る 7)フキンの残
言ふを休めよ 只だ人の8)リカに寄ると
ア)や勝れり 氷霜㵎底の寒きに



6)「ショセイ」

=書声。書物を読む声ですが、書生や処世くらいしか浮かばんですよね。

7)「フキン」

=斧斤。斧で伐られたり傷つけられたりすること。付近、布巾、布衾ではない。

8)「リカ」

=籬下。まがきの下。梨花、俚歌、李下、罹禍、驪歌、理科と区別できるようにしましょう。籬下には通常、菊の花が満開です。

ア)「較や」

=やや。表外訓み。稍、漸と同じです。「較」は「くら・べる」とも訓む。

「曲欄」は曲折した欄干のこと。ここでは書斎の欄干。白居易の「題岳陽楼」に「岳陽城下水漫漫,独上危楼憑曲欄。春岸緑時連夢沢,夕波紅処近長安。猿攀樹立啼何苦,雁点湖飛渡亦難。此地唯堪書画障,華堂張与貴人看。」がある。

第三句は陶淵明の「飲酒」と「帰去来兮辞」を踏まえ諧謔性を出しています。すなわち、「飲酒」の「采菊東籬下」、「帰去来兮辞」の「撫孤松而盤桓」。人が兎角東籬の下の菊ばかりに寄って行き、松には注意を払わないなどと言わないでねという意。逆に言えば、もっと松も愛でてほしいよねということです。

「氷霜㵎底」は、氷や霜のある谷底。「文選・左思・詠史」に「鬱鬱㵎底松」があるのを踏まえ、庭の松はそれよりもましだという意。

ちなみにですが、白居易の詩に「庭松」と題する五言古詩があります。じっくり味わってみてください。

堂下何所有?
十松当我階。
乱立無行次,高下亦不斉。
高者三丈長,下者十尺低。
有如野生物,不知何人裁。
接以青瓦屋,承之白沙台。
朝昏有風月,燥湿無塵泥。
疏韻秋槭槭,涼陰夏淒淒。
春深微雨夕,満葉珠蓑蓑。
歲暮大雪天,圧枝玉皚皚。
四時各有趣,万木非其儕。
去年買此宅,多為人所咳。
一家二十口,移転就松来。
移来有何得,但得煩襟開。
即此是益友,豈必交賢才?
顧我猶俗士,冠帯走塵埃。
未称為松主,時時一愧懐。

「鱸魚」を「魯魚」と書き誤るな!=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは三首を取り上げます。


まずは「中秋豊水に舟を泛ぶ」の二首。

中秋は陰暦八月十五日。豊水は三河吉田(現在の愛知県豊橋市)の域下を流れる豊川。江戸への旅途中で滞在して、風流な船遊びに興じた如亭です。そして、本来は懐郷の念に駆られ、帰郷を急がせるはずの魚を食べるために、かえって旅先で淹留するという“逆手”に取った行動に出るのです。

豊水橋西 薄暮の天
間に登る 三五月明の船
秋風 1)シキの夢を作さず
且く2)ロギョの為に半年を捨つ

詩酒何ぞ妨げん 3)キュウリュウを作すを
又た4)カキョウを追ひて軽舟に在り
金虀玉膾 玻瓈の月
併せて中秋一夜の遊に供す


1)「シキ」

=思帰。故郷に帰りたいという思い。四機、士気、史記、指揮、刺譏、指麾、瓷器、私諱、蓍亀、四季ではないですが、「シキ」の同音異義語は多いですね。

2)「ロギョ」

=鱸魚。スズキのこと。とりあえず「魯魚」と書き誤らないことに留意しましょう。


3)「キュウリュウ」

=久留。長期滞在のことをいう。急流、穹窿、九竜などでは意味が通らない。

4)「カキョウ」

=佳興。風流な情趣。佳境や花筐ではないので念のため。王維の「崔濮陽兄季重前山興(山西去亦対維門)」に「秋色有佳興,況君池上閑。悠悠西林下,自識門前山。千裏横黛色,数峰出雲間。嵯峨対秦国,合沓蔵荊関。残雨斜日照,夕嵐飛鳥還。故人今尚爾,嘆息此頹顔。」がある。

5)「ギョクカイ」

=玉膾。なますを美化した表現。今風に言えば、「超美味」な魚のなます。その前の「金」(キンセイ)は、超美味な野菜の和え物。「齏」「韲」なら1級配当ですが、草冠がついた配当外の「」も「あえもの」。唐代の馮贄(フウサン)が著した「雲仙雑記」という書物に「呉都献松江鱸魚、煬帝曰、所謂金虀玉膾、東南佳味也」とあるのを踏まえている。

このあとの「玻」(ハリ)は水晶のこと。月を美称する表現です。黄庭堅の「太平寺慈氏閣」という詩に「青玻瓈盆插千岑,湘江水清無古今。何処拭目窮表裏,太平飛閣暫登臨。朝陽不聞蓋下,愚溪但見古木陰。誰与洗滌懐古恨,坐有佳客非孤斟。」というのがあります。


その前の「三五月」は十五夜のこと。白居易の「効陶潜体詩十六首」の七首目の「臨觴忽不飲,憶我平生歓。我有同心人,邈邈崔与銭。我有忘形友,迢迢李与元。或飛青雲上,或落江湖間。与我不相見,於今四五年。我無縮地術,君非馭風仙。安得明月下,四人来晤言。良夜信難得,佳期杳無縁。明月又不駐,漸下西南天。豈無他時会,惜此清景前。中秋三五夜、明月在前軒」の最後の一節を踏まえている表現です。


最初の一首は晋代の張翰(チョウカン)の故事に由来するのはお分かりですよね。四字熟語で言えば「蓴羹鱸膾」(ジュンコウロカイ)。秋風が立つと、故郷の呉の菰菜(コサイ)、蓴羹(ジュンサイのあつもの)、鱸魚膾(スズキのなます)のことが思い起こされ、食べたくて食べたくていても立っても居られなくなった張翰が役人生活を抛擲して帰郷したのです。そんな張翰を“見習って”、如亭は鱸を食べるために半年間もこの豊橋に滞在しました。「半年を捨てる」というのは「この半年を鱸のために費やした」という面白い表現です。

「軽舟」(ケイシュウ)は軽快な小舟。二首目の最後の一句は黄庭堅の「鄂州南楼書事」の「四顧山光接水光,憑欄十裏芰荷香。清風明月無人管,並作南楼一味涼。」を踏まえています。



続いて「大庭国馥が小軒」。

大庭国馥というのは遠州掛川(現在の静岡県掛川市)の商人。国馥は字、名は延香、通称は大助、号は松風。国学を学び、内山真竜と親交した人です。知らんよね。

知ると知らざると6)オウカンに従す
柴門設くること雖も未だ曾てア)さず
此中相得て長く相対するは
只だ軒前の小笠山有るのみ


6)「オウカン」

=往還。行き来すること。常用漢字系です。2級試験で出てもいいですが、1級でもいいでしょ。王翰、皇侃、王冠と区別できる力を求めています。

ア)「関さず」

=とざ・さず。「関す」には「とざ・す」という特別なる表外訓みがあるので要注意。閉すこと。

「従す」は「まか・す」と特別な表外訓み。

最後の一句は李白の有名な「独坐敬亭山」の「眾鳥高飛尽,孤雲独去閑。相看両不厭,隻有敬亭山。」を意識した表現。


この国馥という人物は来るもの拒まず、いろんな人と交流したようですね。第一句がそれを寓意しています。それでも眼前に聳える小笠山なる山は我関せず。人間界の雑事に関わらず悠然と変わらぬ姿を見せ続けているのです。いわば千客万来、応対するのはこの小笠山のみ。標高は260メートル余りとそれほど高くはない山ですが、人を寄せ付けない森厳さが感じられたのでしょう。

こらっ、お子ちゃま!!「塗抹詩書」はいかんぜよ=漢詩学習

本日の「如亭山人遺藁巻二」(岩波書店刊行)からは、「亀研古が子を得るを賀す」など四首をご紹介します。

「亀研古が子を得るを賀す」。亀研古というのは、三河吉田(現在の愛知県豊橋市)の人。亀は修姓、研古は号。姓は未詳で名は遜、字は脩来。海内才子詩に詩一首を収める。その亀研古に男の子が誕生。如亭がお祝いの言葉を詩にして寄せています。第二句の「老夫」は如亭自身を指しています。

昨夜1)ケイモン 神 筆を授く
今朝早く老夫に報じて聴かしむ
是れ書種の子 2)ヨウブツに非ず
道ふを休めよ 国家一丁を添ふると


1)「ケイモン」

=閨門。婦女、ここでは亀研古の妻のこと。「閨」は「ねや」とも訓み、女性の部屋を意味する。「ねやの門」ということでそこに住む女性、奥方を寓意する。「閨房」(ケイボウ)、「閨閤」(ケイコウ)、「閨」(ケイコン)、「閨」(ケイイ)、「閨」(ケイタツ)ともいう。後ろ三つの二文字目はいずれも配当外で「閨」と同義。できれば覚えて。

2)「ヨウブツ」

=庸物。平凡な人間のこと。「庸人」(ヨウジン)、「庸器」(ヨウキ)、「庸才」(ヨウサイ)ともいう。「庸」は「つね」という表外訓みがあるので要注意。「凡」の意味です。「凡庸」があります。「庸~」の熟語では、「庸医」(ヨウイ=藪医者)、「庸弱」(ヨウジャク=取り柄がない意気地なし)、「庸主」(ヨウシュ)=「庸君」(ヨウクン=凡庸な主君)、「庸夫愚婦」(ヨウフグフ=匹夫匹婦)、「庸劣」(ヨウレツ)=庸愚。

ここは、その前に「書種の子」とあり、「読書家である研古の子供」だから凡人であるはずがないと最大級の賛辞を贈っているのです。最後の句では「一丁」(イッテイ=公役賦課の対象となる男子)といい、国を底辺で支える単なる課税対象の男子が生まれたと見るのは禁物ですぞ。これまた男の子が生まれた家には「お約束の賛辞攻め」。いわゆる褒め殺しと言ってもいいかもしれません。どうなるか化ける前に生まれたてだからこそどうとでも言える無責任な褒め言葉…といったら言い過ぎでしょうか。第一句の「神筆を授く」も「神様が文筆に長じた子供をお授けになった」と言っている。ところで、如亭は「神」という言葉が好きで頻出しますが、「仏」ではなく神道に縋っていたのでしょうか?あまり仏教臭い話は出てきませんね。

続いて「夏夜、文平に寄懐す」。

文平は河南文平(1785~1847)。三河国田原(現在の愛知県渥美郡田原町)の人で、詩を如亭に学び、文化十年には詩集の寒林刪余を刊行。また篆刻も能くし宝象庵印譜を編んだ。文平の草庵を訪れた如亭は、月夜に詩興が誘われたのでしょう。

中庭手づから掃きて浄くして埃無し
詩人を引き得て3)セキタイに坐せしむ
庵門を把りて月裏に開くこと莫かれ
涼を追ひて俗客も亦た能く来らん


3)「セキタイ」

=石苔。石を覆って生えている苔のこと。石黛という言葉が浮かぶかもしれませんが、これは女性が眉を書くための石墨のことです。中庭に在る「坐す」ことのできるものですから…。

第三、第四句では、月明かりが中庭を照らしている石苔の上に座っている如亭が、「誰もこの庭に入れてはなりませんぞ。風流を解せず宴会を始めてしまう輩も交じってしまいますから」などと主人を戒めているのでしょう。夕涼み、宴会、そうした俗世間の営みを排したい気分に駆られたのか。夏の夜の静寂な空気が感じられるいい詩です。

最後は「画に題す」の二首。

偶然の4)トマツ是れ天真
5)ギンエイの余間 筆に神有り
世上方今 題品の者
誰か言ふ 画は詩人に属せずと

都を出でて一杖遠く相随ふ
路上の6)オウコウ 眼に入る時
怪しむこと莫かれ 帰人7)タントウの重きを
満装の金玉尽く新詩


4)「トマツ」

=塗抹。墨や絵の具を塗り付けること。四字熟語に「塗抹詩書」(トマツシショ)というのがあるのを思い出しました。漢検2級配当と常用系なのですが、「幼児のいたずら、幼児」というちょっと変わった意味。お子ちゃまは詩経や書経もお構いなしに塗りつぶして遊んでしまうことから。出典である盧仝の「示添丁」という詩を白文、旧字体のままで掲げておきます。

「春風苦不仁,呼逐馬蹄行人家。慚愧瘴氣卻憐我,入我憔悴骨中為生涯。數日不食強強行,何忍索我抱看滿樹花。不知四體正困憊,泥人啼哭聲呀呀。忽來案上翻墨汁,塗抹詩書如老鴉。父憐母惜摑不得,卻生癡笑令人嗟。宿舂連曉不成米,日高始進一碗茶。氣力龍鐘頭欲白,憑仗添丁莫惱爺。」

添丁とは盧仝の息子。腕白盛りでやりたい放題。疲れ切った盧仝がぼやくことしきりの詩です。「塗鴉」(トア)で「落書き」の意味もあるといいます。

5)「ギンエイ」

=吟咏。「咏」は「詠」の異体字ですので「吟詠」でも正解(平仄は知りませんよ)。漢詩や和歌を節をつけてうたうこと。漢詩や和歌を作ること。

6)「オウコウ」

=秧光。稲穂が秋の日の光に照り映える光景。やや難問です。泓宏、横行、王侯、鴨黄、往航ではないです。


7)「タントウ」

=担頭。振り分け荷物のこと。二つの行李を紐で結んで旅人が担ぐイメージ。でも、その中身はできたての新しい詩がいっぱいに詰まっているのです。以前取り上げた「奚嚢」ですね。担当、貪叨、短答、短刀ではありません。

「筆に神有り」というのは、生動して神韻があるさまをいう。杜甫の「奉贈韋左丞丈二十二韵」に「紈袴不餓死,儒冠多誤身。丈人試靜聽,賤子請具陳。甫昔少年日,早充觀國賓。讀書破萬卷,下筆如有神。賦料揚雄敵,詩看子建親。李邕求識面,王翰願蔔鄰。…」があるのを踏まえている。

「天真」とは、天から与えられた純粋な性質。また、自然のままで飾り気のないこと。

「題品」は品定め。

第一首では、「詩人には画は描けないというのは間違っている。おれはこんなにも生き生きとした筆遣いで絵を描けるのだ。詩だけじゃないぜ。詩の合間にちゃっちゃとね」。自信たっぷりの画師・柏木如亭ですね。ところが第二首では京都から江戸に向かうその合間に実りの秋の風景をみてたっぷりと詩ができたのでしょう。「この重い荷物の中身は何かって?そりゃあ、金銀財宝にも劣らない俺の魂、詩だよ。。。やっぱりおれは詩人なんだよ」。これまた自信満々。画も詩も相当自信があったのでしょうね。
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2006.3  漢字学習スタート
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