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京都の名産品を殫見洽聞しよう=柏木如亭「詩本草」

 柏木如亭の「詩本草」シリーズは早くも10回目、二桁の「大台」に乗りました。3月30日に弊blogを開設して以来丁度1カ月が経ちますが、陶淵明の「桃花源の記」「止酒」、如亭の「訳注聯珠詩格」、「菜根譚」とおおむね一週間でテーマをころころ変えて来たのを見れば、迂生の性格に少々飽きっぽいところのあるのが分かると思います。血の型は「B型」ですから…。しかしながら、この詩本草シリーズは思いの外、「ロングラン」で続いています。これは、率直に言って如亭の文章が洒落ていて面白く、迂生のセンスに「すぽっ」と嵌ったからです。

 日本各地のグルメを翫わいながら、詩を詠じる。酒は弱かったようですが、各地の女性(遊女が多いと思いますが)たちとも濃厚な交わりで「浮き名」を流したのでしょう。詩人・日夏耿之介は如亭のことを「日本のボードレール」と称して、フランスの頽廃主義詩人の生涯と重ね合わせていますが、幕府の大工棟梁という名誉ある家職を若くして弟に譲り、結局は一所不住の生涯を送らざるを得なかった不遇の漢詩人でした。

 どこにも記述は見えませんが、恐らく生涯を通じて、いわゆる「家族」というものは持たなかったんじゃないかなぁ。想像するに。。。江戸時代後期、如亭は裕福な実家を「後ろ楯」にして優游自適の生活を貫いた「吟遊詩人」という、現在の迂生から言わせれば羨ましい限りです。官職を得たり、商売を成功させたりといったいわば「栄達」を求めることなく、己の擅に自由奔放に生きた。今まで取り上げた題材は、鯛、鮑、松茸、鮎、鼈……いずれも高級食材、庶民感覚からすると簡単には手に入らないものばかり。土地土地の藩家老や素封家らをパトロンとして、彼らの食客となって画詩を潤筆したり、私塾に於いて詩作を教授したりすることで得られたものでしょう。無論それは彼の「才能」が導いたものです。中国古典に通じた博覧強記ぶりやそのセンスのよさは、彼の詩の一端を読めば分かります。なんだかこの如亭「詩本草」シリーズを卒えるため振り返っているみたいですが、いや、ご心配なく、まだまだ続きますよ。これからが佳境を迎えると言っていいでしょう。

 ってことで、本日のお題は「京の名品」。京都の名物を列挙した上で、最後に江戸の名物と較べています。東西二つの都、中国の唐代で言えば洛陽と長安。個人的見解と断って、江戸はウナギの蒲焼き、京都は家鴨入りの茶碗蒸しが両巨頭だと評しています。同調者が出てほしいとは最後の件(くだり)に見られるように、ちょっとだけ自信のなさも顔を覗かせているのが面白い。結構、配当外の漢字も登場しますが、いずれも食べ物関係なので馴染みやすいでしょう。

 《38京の名品》

 京寓還り来つて便ち家に当つ
 嵐山鴨水の旧生涯
 老夫は是れ官を求むる者にあらず
 祗だ愛す平安城外の花

 平安は万世の帝都なり。城中のネツドウ、市井のケンカ、物として有らざる無く、事として有らざる無きは必ずしも言を待たず。その名園のカキ、城外の風景、余の七載の留滞すら尚ほ未だ詳を言ふこと能はず。独り飲膳において粗ぼ一二を識る。此以て言ふ可きのみ。それ祇園の田楽豆腐・加茂の閉甕菜・北山の松蕈・東寺の芋魁・錦巷の肉・桂川の香魚は児童も亦たその佳なるを知る。金鯉・銀・絳・黄の美鮮は邇く琵琶湖中に取り、棘鬣・比目・方頭・大口の名遐く若狭の海浜より輸す。水菜・蕪菁・腐皮・麪筋の妙選、昆布・子・魚・海鰻の精製、僕を更へて数へ難し。若しそれ酒楼の品は茶碗蒸を以て第一と為す。茶碗蒸は鶩を以て第一と為さば、到る処復た敵する者無し。惟だ江戸の蒲焼以てこれに当つるに足れり。江戸は即ち我が江南陳眉公が所謂ゆる人世の極楽国なり。又た物として事としてこれ無きは無し。酒楼の品は又た蒲焼を以て第一と為し、蒲焼は又た「魚+麗」を以て第一と為す。鶩と「魚+麗」の何れの地かこれ有らざらん。但し是れ服に果するのみ。その脂膏の殊、調理の尤に至っては、則ちショウジョウたり。その中に又復たイチユイチエイ有り。而して鶩は江戸は平安に及ばず、「魚+麗」は平安は江戸に及ばず。吾今特に二者を以て断じて東西のケイテキと為す。味を知るの真なる者に非ざれば、蓋し言い難からん。姑くこれを書して以て両都に遊ぶことの久しうして老余に同じき者を竢つ。

 この段は珍しく、いきなり七絶で始まっています。この詩は「京城の寓所に還る」という題で、漂泊の詩人が晩年、腰を落ち着けた京都への思いを詠いこんでいます。都合7年間棲んだと言っていますが、官職を求めるでもなく、流浪の身であることに変わりはない。ただ、嵐山、鴨川が好きで都の郊外に咲く花を愛でるのみである。この場合の「花」は女を寓意しているんでしょうなぁ。


 ■さて、次に三つ連続で漢検1級配当の重要熟語が登場。これは問題にせねばなりません。是非とも正解してほしい。「ケンカ」は複数の正解があり得るかも。

 「ネツドウ」→「熱鬧」。

 にぎやかに繁盛していること。「鬧」は「さわ・がしい、さわ・ぐ、あらそ・う」と訓む。

 「ケンカ」→「諠譁」。


 大声で騒々しいこと。両字共に「かまびす・しい、やかま・しい」と訓む。このほか、「讙」「喧」もあるので一緒に覚えましょう。「讙嘩」「讙譁」「喧嘩」もOKでしょうかね。


 「カキ」→「花卉」。草花。


 「卉」は「くさ、さか・ん」と訓む。

 ■「邇く」と「遐く」。訓んでください。

 →「ちか・く」と「とお・く」。

 「邇」は「ジ」で「邇遐」(ジカ)=遠近(おちこち)、「邇言」(ジゲン=卑近)、「邇来」(ジライ)、「遐」は「カ」で「遐異」(カイ)、「遐域」(カイキ)、「遐遠」(カエン)、「遐観」(カカン)、「遐棄」(カキ)、「遐睎」(カキ=遠くをながめやる)、「遐挙」(カキョ)、「遐荒」(カコウ)、「遐邇」(カジ)、「遐陬」(カスウ)、「遐想」(カソウ)、「遐登=逝去」(カトウ)、「遐年」(カネン)=「遐齢」(カレイ)、「遐念」(カネン)、「遐福」(カフク)。面白いのは「邇遐」と「遐邇」の両方があること。セットで覚えるべきでしょう。


 さぁ、ここから如亭が称げる京都の名物が並びます。

 ★「祇園の田楽豆腐」。「田楽豆腐」は、長方形に切った豆腐を串に刺し、練り味噌を塗って焼いたもの。祇園社鳥居前の二軒茶屋の名物であった、と註釈にある。

 ★「加茂の閉甕菜」。「ミズグキ」とルビが振ってあるが、註釈によれば、「甕に漬け込んで発酵させた菜っ葉の漬物。具体的には今も京都の名産として名高い酸茎菜(すいぐきな、すふき)を指すと思われるが、云々」とある。Wikipediaによると、「紫菜」「千枚漬」と並び、京都の三大漬物だという。「甕」は「オウ、かめ」。1級配当では「甕裡醯鶏」(オウリケイケイ)で覚えなければならない「外せない漢字」です。「加茂」は「賀茂」と同じで、洛北にある上賀茂社・下賀茂社周辺一帯の地名のことです

 ★「北山の松蕈」。「松蕈」(マツタケ)は既出ですね。「北山」は京都北部の山々、即ち、船岡山・衣笠山・岩倉山などをいう。

 ★「東寺の芋魁」。「芋魁」は「いもがしら」。里芋の親芋のこと。拳大の大きさで正月の雑煮に入れる。「おやいも」ともいう。「東寺」は、平安京の南の出入り口である羅城門の東(今の京都市南区九条町)に創建された教王護国寺の通称。

 ★「錦巷の肉」。「肉」は「カマボコ」とルビ。蒲鉾のこと。「」は配当外で「コウ」。こってりした、むしもちの類。米の粉をむしてねる、日本でいう「ういろう」のイメージ。「」(配当外、コウ)と同義。「錦巷」(キンコウ)は、錦小路、今の京都市中京区錦小路。生鮮食料品を中心にした市場があり、古来、京の台所と呼ばれている。

 ★「桂川の香魚」。これは詩本草12段で既出。「香魚」は「あゆ」。

 ★「金鯉」はコイ。

 ★「銀」は「ギンブナ」。「」は配当外で「ショク、ソク、ふな」。「鮒」なら準1級配当。変わりどころでは「烏」(ウソク)とは「イカ」(烏賊)。

 ★「絳」は「アメノウオ」。「」は配当外で「カン、ゲン、あめのうお」。「あまご」「琵琶鱒」の別名とある。「絳」(コウ)は1級配当で「あか・い、あか」と訓む。外見が絳いのではなく、肉の色が絳いのだとそうです。

 ★「黄」は「ワタカ」「コウコ」。「」は配当外で「コ」。ヨコグチ。体は扁平で黄みがかった銀白色。口は小さい。腹や腸に脂肪が多い。「黄魚」のこと。

 ★「棘鬣・比目・方頭・大口の名」。詩本草31段で既出。「」(エン)は配当外で「つける、しおづけ」と訓む。「名」(メイエン)は、塩漬けの名品のこと。「蔵」(エンゾウ)は魚・肉・野菜などを塩漬けにして貯蔵すること。「菜」(エンサイ)は菜の漬物。

 ★「水菜・蕪菁・腐皮・麪筋の妙選」。「水菜」(みずな)は京菜ともいう。「蕪菁」は「かぶら」。「腐皮」は「ゆば」。湯葉が一般的。「麪筋」は「フ」とのルビが振られているが、小麦粉から取り出したグルテンを精製した食品。「麩」であれば、「小麦から麦粉を取ったかす、ふすま」。「麪」は「麵」の異体字で「むぎこ」。四字熟語に「麪市塩車」(メンシエンシャ)という一風変わったものがあります。白尽くしで「雪が積もる形容」ですが、余力があれば。。。。出典は李商隠なんですが見つからない。。。

 ★「昆布・子・魚・海鰻の精製」。「昆布」は松前から送られ京都で精製し「京昆布」と称して重宝された。そのルートは、松前から、越前・敦賀、若狭・小浜を経由して京に運ばれた。鯖街道ですね。「子」は「チマキ」とルビが振られているが音なら「ソウシ」。「」は「粽」(1級配当、ちまき)の異体字。「ソウ、スウ」。「粽子」とも書く。「魚」は「マナガツオ」とルビ。「」は配当外で「ショウ、まながつお」。「鯧鯸魚」(ソウコウギョ)とも書く。「海鰻」は訓めてほしい。「あなご」とも訓めるが、ここは京都なので「はも」。1級配当なら「鱧」ですね。これは書けなければいけない。

 ■「僕を更へて数へ難し」は「ボクをかへてかぞへがたし」。事物が多くて数え切れない・「礼記」で孔子が言った言葉が典故と註釈にある。

 ★「鶩」は「アヒル」。「阿比留」とも訓じる。音読みは「ボク」。「鶩櫂」(ボクトウ=アヒルに形が似た小船)=「鶩」(ボクレイ)、「鶩列」(ボクレツ=朝廷の百官の列、最近では北朝鮮で良く見られる光景)。

 ★「魚+麗」(第4水準2-93-94)=「ウナギ」。配当外で「レイ、ライ」。「鱧」と同義ともある。

 ■「江南陳眉公」(コウナンチンビコウ)。明の陳継儒(1558~1639)。「詩文を能くし、書画にも巧みで、董其昌(トウキショウ)と名を斉しくし」と註釈にある。かの董其昌とは莫逆の友だったようです。「学は仲醇、眉公など。江蘇省華亭の人。早くから詩文、書などに才能を発揮し、同郷の三年先輩で親友の董其昌と並び称される存在であったが、二十九歳で隠居生活に入った。博学で画、篆刻も得意とし、特に北宋時代の蘇軾の書を好んで学んだといわれるが、残された彼の書には董其昌の書風も垣間見られる。収蔵にも富んだが、彼が専心して集めたのはやはり蘇軾の書で、それらをまとめた「晩香堂蘇帖」が知られている」(考古用語辞典)。

 「董其昌」は「1555~1636、字は玄宰、号は思白など。江蘇省華亭の人。明時代末期の高官。二王やその流れをくむ唐時代の名家、北宋時代の米芾などの書を学ぶが、項元汴など大収蔵家の下であらゆる肉筆作品を鑑賞、研究する機会に恵まれたことが書画家としての大成に大きく役立った。「行草書羅漢賛等書巻」(東京国立博物館)をはじめ、多くの書画作品が現存しており、晩明の四大家の中でも特に後世に絶大な影響を与えている」(同)。

 ■「ショウジョウ」は書き問題。→「霄壌」。天と地。「月と鼈」。

 ■「イチユイチエイ」は書き問題。→「一輸一贏」。負けたり勝ったりすること、互角でいい勝負だということ。「一輸」は「イッシュ」とも読む。

 ■「ケイテキ」は書き問題。→「勁敵」「勍敵」。強敵のこと。いいライバル。「」も「」も「つよ・い」と訓む。

 ■「老」=「ロウザン」。極めて食い意地のはった人。意地汚い人。「」は配当外。「サン、サン、セン、むさぼる」。「火」(サンカ)、「嗜」(サンシ)、「涎」(サンゼン)、「吻」(サンプン)。

 いかにも各地を逍遙して名品を食べ尽くした美食家・如亭らしい一段ですね。書き取り問題で出題した6問はいずれも本番で狙われても可笑しくないです。必ず書けるようにしておきましょう。配当外の漢字も多く登場しました。とりわけ「魚偏」の漢字は厄介な代物が多い。その物を知らないだけに記憶に定着する確率はかなり低いですね。一方、1級配当の「鱧」や「鶩」ど重要語も目白押しです。「遐い」「邇い」は書けなくてもいいが読めるように。ただし、「遐邇」「邇遐」は書けるように。「在邇求遠」(ザイジキュウエン)はしっかりと押さえてください。


 【今日の1級配当漢字】

譚、嵌、耿、頽、游、擅、鮑、鼈、甕、蕈、絳、邇、棘鬣、遐、菁、麪、鶩、竢、鬧、諠譁、讙、卉、陬、醯、扁、粽(糉)、鱧、櫂、篆、軾、霄、贏、勁、勍、嗜、涎、吻、逍

 【今日の配当外漢字】

糕、餻、鯽、鯇、鯝、醃、鯧、「魚+麗」、饞、睎、鯸、舲、汴
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気分転換…

という訳ではないんですが、コメントの不具合に我慢がならず、テンプレートを変えてみました。ちょっと派手ですが、むしろ前回のレイアウトは地味だったかと。文字もはっきりしていますね。

配当外漢字は「跛鼈千里」で行かないととっても太刀打ちできませんね。

レス違いで申し訳ないですが、「魚の塩漬け」のタラとイワシの解説。な~る、色ね。あちこちで女色を漁りまくった如亭にしか分からないセンスなんでしょうね。凡人には無理ですよ。でも、塩漬けですからね、普通は女では譬えませんよね~。

コメントできました

急に、表装が変わって吃驚致しました。こちらの方が本文の字も大きくて読みやすいですね。

本日分も沢山、配当外の漢字を学習させて貰いました。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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